海外生活体験者・社会人インタビューvol.69

interviewee_s_180_profile.jpg 松坂文さん。1973年生まれ。愛知出身。小学生までロンドンで生まれ育ち、その後は日本で生活。ICUHS(国際基督教大学高等学校)、ICU(国際基督教大学)、そしてICUの大学院へ進学。大学院卒業後は某英国系コンサルティング会社に入社。98年から99年の間、日本・米国で半年強、新人教育の研修担当官として勤務。その後外資系銀行、ベンチャー企業に勤務し、05年からICUHSで数学を教える。

今日は恩師の松坂先生にお話を伺って来ました。

大学院で数学に厳しい世界に触れる

―大学生の頃はどんな活動をされていましたか?

勉強と部活のサッカーで明け暮れる日々でしたね。練習自体は週3回でそれほど大変ではなかったのですが、リーグ戦になると3ヶ月は日曜日がない状態でした。専攻は数学で、同時に数学の教職もとっていたので、毎日勉強勉強でしたよ。

―すごい、文武両道ですね! 大学院はやはり勉強が大変ですよね?

そうですね。とは言っても、大学院では数学の勉強だけに集中できたから、それほど大変でもなかったと思いますよ。

―でも、大学院の勉強をしながら、コンサルティング会社に入社されたのは、すごいですよ。どのようにして両立させたのですか? 試験対策はどのようにされましたか?
 
勉強は勉強、就活は就活で、一気にガッとやりましたね。だから、両立させたというよりメリハリをつけてやりました。それと僕たちの時代は、就活は修士2年の4月からでしたから。1年生の頃は全く就活はしないで大学院の勉強をしていました。

修士2年になってから就活に向けて動きだし、2、3ヶ月ほどで終了させました。エントリーした会社はコンサルティング会社を中心に、外資系をたくさん受けました。日系企業に関しては、当時コンサルタントはとても少なかったので、「シンクタンク」と呼ばれるものを受けました。

試験については特に対策をしたということはありません。いつも頭を使って生活していればOKだと思います。就活の試験はセンスが問われると思います。ある人にとっては、どうしてもわからない、できないといった問題があるようなので。やはり言えることは、毎日頭を使って生活することが重要だということです。

―やはり頭を使うのは基本であり大切ですね。先生は、学問を身につけるのにとても熱心だったようですが、就活しようと決心されたきっかけなどはありますか?

そうですね、就活しようと決心したのは、大学院で数学の厳しい世界に触れたからですね。数学だけで生きていくのは本当に大変ですよ(笑) 大学院にいると理系の秀でた人にたくさん出会うわけですが、できる人は本当にすごい! しかもこれがゴロゴロいます。あぁ、この世界でやってくのは厳しいって、すぐに思いました(笑) 博士まで取るかどうかはずっと考えていたのですが、結局就職することにしました。

コンサル、外資系銀行、ベンチャー、そして……

―なるほど……。僕には想像もつかない世界です(笑) それでは次に、先生がどんな会社に勤務されたのか教えてください!

まずは、英国系のコンサルティング会社に入社しました。これはいくつかの部門や法人に分かれていて、監査、税務、ディールアドヴァイザリーなどのサービスも提供しています。あらゆる業種の企業や公的組織にサービスを提供していましたね。

そこに約3年半働いた後、某外資系銀行に1年少し勤務し、その後某ベンチャーのIT企業に入りました。その後、ICUHSの先生に高校で教師をやらないかと誘われ、05年からICUHSに入りました。数学の教師とサッカー部の顧問をしています。

―色々な会社を渡り歩いたのですね。具体的に、どんなお仕事をされたのか教えてくださいますか? また、どのような経緯で転職されたのですか?

最初に勤務した会社は、いわゆる 「コンサルティングファーム」で、お客様(企業や公的組織)が直面する様々な問題を解決するのが事業内容ですね。例えば、会計監査サービス、税務や財務のアドバイスといったものがあります。僕は、お客様のプロジェクトの手助けをする際の、マネージメントを主に担当していました。まあプロジェクトの部分部分の管理や運営を任されるということです。プロジェクトというのは莫大な人数の人が関わって、本当に色々な過程があるわけですが、その全体のうちのある部分の管理ということですね。スムーズに事業を進められるよう管理します。それは、プロジェクトが落ち着くまでの下準備から時間のやりくりまで、様々な仕事があります。

このあと外銀に移った理由は、一言で言うと専門性が欲しかったからです。コンサル会社で働くことによって、化学会社や証券会社など、様々な会社を見ることができて、それはいい経験でしたし、プロジェクトマネージメントの知識もつきました。けれど逆に言うと、知識が偏ったような気がします。専門的な土台となるような知識がなかったのですが、それが欲しいと思いました。中でも金融事業を知りたくてそれで、外銀に入社することにしました。

ここでもプロジェクトマネージメントを担当しましたが、金融事業のプロジェクトに一から携わることができ、いい勉強になりました。この頃はちょうど金融ビッグバンが起きているときで、銀行は新しい金融サービスをどんどん提供していました。僕が勤務していた銀行もその一つ。新しいプロジェクトに着手していて、僕はそのマネージメントに携わったわけです。

後に入った会社は、IT関連のベンチャー企業です。既に東証上場も果たしベンチャーからは程遠いですが。そこで働いているとき、ICUHSの先生から高校で教師をしないかとお声がかかりました! 不思議なきっかけで教育の世界に戻ることになりました。

世の中のリアリティを生徒たちに伝える

―先生はこれまで色んなキャリアを積まれたのですね。知らなかったです……。

まあ、働いた期間はあまり長くはないですけどね。でも、これまでのキャリアは教員になるためのステップだったと思いますよ。必要な経験です。こうして色んな世界を見られたことで、世の中のリアリティを生徒たちに伝えることができますから。生徒たちを見て「あいつはこういう性格でこんな強みがある。一緒に働いたら面白そうだな。」って考えられるし、生徒たちの将来の相談にも乗ってあげることができる。そういうことが教師には必要だと思います。

―先生ありがとうございます! 最後に学生たちに一言お願いします!

いろんな人たちが集う環境で、いろんな人たちと触れて生活してみてください。それぞれの人の個性と触れ合うことがとても面白いはずです。しかし同時に、衝突することもあるかもしれません。そうした状況でも、いずれうまくお互いにやっていく方法を見つけることができるはずです。そのような能力は、今後とても大事になってくると思います。

―本日はインタビューありがとうございました!

インタビューアから一言

松坂先生はとてもフレンドリーで熱心なICUHSの数学教師で、2年ぶりの再会でしたが、そのご様子は全く変わっていませんでした。先生が教師になる前に、色々な会社で勤務されていたことを知らなかったので、大変驚きました。なかなか社会で働くことについてお話を聞く機会がなかったのですが、今回のインタビューでそれを知ることができ、とてもよい勉強をさせていただきました。
中野雄介。1989年東京都生まれ。小学校3年生のときにイギリスへ渡りサリー州に滞在。Whitgift Schoolに11年生(15歳)まで通い、その後日本の高校入学に合わせて帰国。国際基督教大学高等学校に入学し卒業後は国際基督教大学に進学。現在教養学部アーツサイエンス学科の3年生。専攻は経済学だが、リベラルアーツの教育方針の下で、経済学以外の科目も多数学ぶ。部活動ではソフトボールをしており、経験者に負けぬよう練習に取り組んでいる。