海外生活体験者・社会人インタビューvol.79

interviewee_s_204_profile.jpg T.S.さん。埼玉県生まれ。小学校卒業後、ニューヨーク州Scarsdaleに転勤し、Greenwich 日本人学校、Scarsdale High Schoolを経て、Hunter College of The City University of New Yorkに入学し、Community Health Educationを専攻。卒業後、外資系の医療機器メーカーに就職。

英語・コミュニケーション・コミュニティ

―なぜアメリカの大学に行こうと思ったのですか?

僕は中学校からアメリカにいたんだけど、中学は日本人学校だったし、高校は、健ちゃんもわかると思うけど、日本人がすごく多い学校だった。どうしても日本人の子たちと一緒にいる時間が多くなっちゃって、高校を卒業するとき英語がすごく喋れるようになっていたかというと、そうではなかった。そのままじゃ、日本に帰っても「長期間アメリカにいたのに、何してたの?」って言われちゃうと思ったから、あえてアメリカに残って英語を勉強したいって思ったのが一番大きい。大学行く前から、「日本人との関わりはできるだけ少なくして、積極的に日本人以外の人とコミュニケーションを取る!」って決めてた。

―大学生活はどんな感じだったんですか?

最初の2年間は、とにかく自分のコミュニティの基盤を作ろうと頑張っていた。いろんな人と遊んだり、コミュニケーションをとったり、とにかく日本人以外のコミュニティの中に飛び込んでいって、仲良くなろうとしてた。おかげで、その2年間で英語が劇的に喋れるようになった。この変化は自分でもすごく感じた。

3年生になってからは、Health Educationの専門的な授業が増えてきた。Health Educationっていうのは、看護師さんたちが勉強することと似ているから、やっぱりクラスの大半が女性だった。クラスに男が僕一人っていうこともよくあった。だけど、何も恥ずかしいことはなかったし、授業は面白かったから、たくさん勉強して、2年連続でDean’s Listっていう、いわゆる優等生リストみたいなものに入れたんだ。

500時間のインターン

―何か印象的な出来事とかありましたか?

一番は卒業前のインターンかな。500時間。つまり、半年くらい費やして、健康を啓蒙する活動とか、病気を予防するための活動とかを、自分で考えて行うっていう内容だった。日本語で頼れる人なんて一人もいないからさ。自分でいろんなところにいって、そういう活動をやらせてくれるところを探さないといけなかったから、もう大変だったよ。

―具体的にはどんな活動だったんですか?

1つは、Banana Kelly High SchoolっていうSouth Bronxにある高校で、Health Educationを教えること。South Bronxって、やっぱりみんな貧しいし、治安も悪いし、普通じゃない環境で育っている生徒たちが多い地域だから、Health Educationを教えながら、精神的な部分をサポートして行きたいと思った。

放課後に、学校のほうで生徒を数人集めてもらって、みんなの悩みを聞いたりしようと思ってたんだけど、最初はやっぱりうまくいかなかった。生徒たちも「なんでこんな見たことないジャパニーズのために、放課後時間あけて、しかも自分の悩みなんて話さないといけないんだ?!」って思ってだろうね。

だから、彼らが興味を持ってくれそうな話から攻めていって、仲良くなることから始めたんだ。最終的には、みんなの話をいろいろ聞けてサポートすることができて、「今まで知らなかったことを教えてくれてありがとう。」って感謝されたから、嬉しかったね。

―彼らの気持ちになかに入っていけたんですね。

Banana Kellyでは、Health Fairを開催したりもしたんだ。学校の近辺にある病院とかクリニックの先生を呼んで、それぞれ学校の部屋に待機してもらって、生徒のみんなに回ってもらうっていう形で、生徒の健康をチェックする企画だった。やっぱり食生活が偏っているのか、肥満の子供が多かったんだよね。

だから、生徒たちの親も呼んで、肥満、カロリー、それらが原因として引き起こされる症状のこととか、レクチャーしたんだ。みんな何となくわかってはいたようなんだけど、なんで今の食生活がダメなのか理解していないようだったから、病気のこととか、医療費のこととかレクチャーしたら、みんな次第に顔がこわばっていったよ(笑) 多少なりとも健康に対するみんなの意識を変えられたと思う。

―アメリカじゃ、肥満は大きな問題ですよね。もう1つの活動はどんなものだったんですか?

もう1つは、NY Methodist HospitalというBrooklynにある大きな病院で働いたこと。ここでも、Banana Kellyでやってたみたいに、Health Fairを路上で開催したりもしたんだけど、こっちの活動で特徴的だったのはOutreach Programかな。人にわざわざ来てもらうのではなくて、こっちから外に出て行って、積極的にHealth Educationを教えにいくんだ。この活動のほうがBanana Kellyでの活動より期間が長かったから、患者さんそれぞれにFollow Upができて良かったっていうのもある。

フレンドリーに接することが難しい

―今の会社に関して聞かせてください。

骨接合材と言って、骨折した際に骨をつなげる金属のプレートや、人工関節等を製造、販売している外資系医療器機メーカーです。あまり一般的ではない、専門性の高い分野だから、知っている人は少ないと思うけど、骨折したことある人ならわかるかもしれないね。

―どのようなお仕事をされてるんですか?

まず、最初の2年間は千葉で営業。片っ端から病院を訪問して、先生に会って、競合メーカーよりいいとこをアピールして、シェアを取って行くっていう仕事をしてた。

その後に、マーケティング部門に移ることができた。本来なら、営業をもっとさせてからなんだろうけど、僕は英語ができたっていうのが大きいかな。ここでの仕事は、主にアメリカで販売している製品を、いろんなマーケティング戦略を練って、日本に導入するっていう仕事だね。あと、定期的に国内外の先生方を呼んで、いろんなディスカッションをしてもらうっていう、イベントの企画・運営も行っている。

―仕事をしているときに、日本とアメリカの違いを感じることってありますか?

日本だと、アメリカよりもフレンドリーに接することが難しく感じる。自分は思春期をアメリカで過ごした経験が大きく影響していて、文化は理解できるし、それを表面的には実行できるけど、本音はそこまでするの?って思うことがあるね。具体例は伏せておきます(笑) 日本では、ちょっとした接し方の問題が、大きな問題に発展したりするから、気をつけなければいけないね。

―帰国子女でよかったと思うことはありますか?

1つは、やはり英語ができるようになったこと。仕事でも、毎日海外とメールのやりとりをしてるし、週に3回くらいは電話で話す。しかも、マーケティング部門では、英語ができないと仕事の幅が狭まっちゃうから、英語はすごく今アドバンテージになっている。2つ目は、人脈を広げるときに有効だと言うこと。例えば、異業種交流会なんかがあったときには、自分の経歴を話すときに、海外ネタで話の幅が広がることがよくあるね。3つ目は、仕事で海外にいけること。今まで、マレーシア、ニュージャージー、イギリス、ラスベガスに行かせてもらえた。今では、これは楽しみの1つになってる。

何事にも肉食系でいくべき!

―これからの目標を聞かせてください。

もっと患者さんと直接関わる仕事がしたい。Banana Kellyのときみたいに、直接自分が何かをして、そのフィードバックを直接もらえるっていう関係がいい。あと、日本に留まらず、海外でも活躍したい。長期間アメリカにいたからか、たまに日本がすごく窮屈で、堅苦しくて、縛りが多いように感じることがあるんだ。他の国でもっとオープンにやりたい。

―最後に、大学生に何かアドバイスを!

んー、今の学生は、草食系が多いってよく言うけど、実際いろんなことに興味が薄れてきてる人が多いと思う。もっといろんな分野に興味もって、視野を広げて、何事にも肉食系でいくべき!

―ありがとうございました!

インタビューアから一言

Sくんは、僕が小学生だったときから知っている人で、昔からかわいがってもらっていたので、改めて今回のような形でインタビューをさせていただくのは、なんとなく照れました(笑) だけど、貴重な話をいろいろ聞かせてもらえることができて嬉しかったです。これからもがんばってください!
越島健介。1989年ロサンゼルス生まれ。2歳から9歳まで神奈川県で過ごした後、再び渡米。Scarsdale High Schoolを卒業。帰国後、東京大学理科一類を目指し、約1年間受験勉強をするが、不合格となり、早稲田大学先進理工学部に進学することを決める。現在、電気情報生命工学科3年に在籍。