海外生活体験者・社会人インタビューvol.80〜第1編〜

interviewee_s_205_profile.jpg 堀井貴史さん。1976年生まれ、滋賀県出身。同志社大学法学部卒。キヤノン(株)本社の海外部門にて、デジカメ・ビデオ関連製品の海外調達業務に従事後、外資系ベンチャー企業の日本事業立上げに参画するために転職。その後、ロータリー財団国際親善奨学生として、バージニア州立大学ダーデン経営大学院に留学しMBA取得。卒業後、武田薬品工業株式会社 事業戦略部にて海外事業戦略立案に従事しつつ、土日を使い「キャリア教育の変革と普及」を掲げるNPO法人「JUKE」の共同代表(社会人サポーター代表)として活動中。(2010年8月取材当時)

自分自身の価値観で判断できる人間

―堀井さん、本日はよろしくお願いします。ではさっそく、大学時代のお話を伺いたいと思います。学生時代に力を入れていたことや印象に残っていることは何ですか。

正直、不真面目な大学生活を送っていたので……(笑) ただ、これはやったというのは、大学2年の夏に、アメリカのマサチューセツ州にある、アーモスト大学という同志社の姉妹校に短期留学したことですね。これは、前期に留学のための勉強や準備、留学後の後期は報告レポートといったフォローアップがある人気の通年プログラムで、これに参加したことは印象に残っています。

あとは、大学に入ってから常に心がけていたのが、家族や周囲の人の影響を多分に受けて出来ていた、それまでの自分の価値観を全部壊して、自分の頭で考え、ちゃんと軸を持って、自分自身の価値観で判断できる人間になることです。社会人になる前の4年間は、自分の頭で考える人間になるためのトランジッション(移行)期間と捉えていて、意識してそれに取り組んでいました。

だから、普通にバイトをしていても、サークルに行って飲んでも、本を読んでもテレビを見ても、それまで自分が感じたことのないこととか、会ったことのない人とか、いろいろな価値観に常に触れようと、すごく意識をしていました。それは、4年間通じて、ずっと力を入れていたことです。

「アメリカってすごい!」と憧れを持って

―常に目的を意識して行動されていたんですね。お話にもありました留学は、実際に渡米されていかがでしたか。

これは完全に個人的な意見ですが、「アメリカってすごい!」と憧れを持って渡米したんですよ……。で、行ってみたら、別にフツ―じゃんって思ったのが……

―(爆笑) どういった面でですか?

そんなにすごい所でもないなと。何を求めていたかというのもありますが。向こうでは、英語を第2外国語とする学生用の語学学校のような授業が毎日続きました。僕の頭の中では、リベラルアーツでは全米トップと言われるアーモストの学生とディスカッションして渡り合うみたいなことを勝手に想像していたので。まず、そもそも英語など自分の力が足りなかったこともあります。

あとは、それだけの時間とお金を使って来るのであれば、やはりどうしてもここでしか学べないものとかやりたいことがないとダメだなと感じました。ちょっと英語ができるようになりたいとか、安易に留学するのは、時間の使い方として、僕にとってあまり意味がないと思いました。

逆に、アメリカ留学を通して、初めて日本を外から見る経験をし、日本の素晴らしさを痛感しました。例えば、食事のクオリティであったり、店員さんの態度などです。日本の方がクオリティの高いものはいっぱいあると知りました。留学時代には、向こうの人が日本を知ろうといろいろと質問をしてくれましたが、日本の良さって全然伝わってないなと感じましたね。

僕は、大学が京都ということもあり、日本のすばらしい文化に触れる機会はありましたが、実際自分がよくわかっていないことを知りました。海外の人と話すとき、自分のアイデンティティは日本にあり、やはり日本のことをしっかり理解して相手に伝えられる人間にならなくてはと思いました。外国人と話していると「日本はどうなの?」と必ず聞かれますよね。

日本の良さをもっとアピールしたい

―はい、まるで私が日本代表かのように。

そうなんです。自分を通して日本というものを見てくる人がたくさんいることを感じて、責任感が湧きました。今もビジネスをしていて意識することですが、いろんな国の方と仕事をすると、日本人のビジネスマンってとか、日本人ってとか、自分を通じて何らかの判断をされたりするから、代表みたいな気持になります。

この留学を機に、日本の良さをもっとアピールしたい、日本人として世界で勝負したい、という思いを抱きました。では、僕は何ができるかというと、日本って世界で何が強いかというと、第二の経済大国であり経済性なんですね。だから、日本で日本の中の良いものを外に出していくということは、当時僕の知る限りでは経済やビジネスでした。

では、ビジネスで日本は何が強いんだろうと考えたら、日本には製造業があり、当時はソニー、パナソニック、トヨタ、ホンダなど、特に自動車とエレクトロニクス産業は世界を席捲していました。どこにでも看板があるし、皆が知っているし、それがいちばん良いクオリティで良い物だと。やはり、日本の経済を牽引してきたのは、そういう製造業だと思うし、それが日本の強みなのだと漠然と感じていました。だから、製造業に従事して、世界でで勝負したいと考えました。たった2、3ヵ月のアメリカ留学でしたが、僕のひとつのターニングポイントです。

海外の仕事に関わりたい

―それでは、希望していた製造業の中でもキヤノンを選択した理由は何ですか。

そうですね、自動車・エレクトロニクスで考えていて、あとはそれぞれの社風や財務体質などを調べました。僕が就職活動をした1999年は、今と同じくらい就職氷河期で、とても厳しい時代だったんです。企業の業績も良くなく、銀行などはバブル崩壊後の負の遺産整理ばかりやっているような状態でした。そんな中、僕はどうせやるなら前向きで攻めの仕事がやりたいと考えていました。

当時、キヤノンは15年連続で増収・増益で伸びていたし、まだ設立60年程の若い会社でした。今では、御手洗会長が経団連の会長をされたり、と超有名・優良企業ですが、当時はソニーやパナソニックなどに比べるとまだそこまでの会社ではなく、僕の中では隠れ優良企業でした。他では、就活で会った社員さんの印象もありますね。あとは、どうしても海外の仕事に関わりたいという希望があったため、入社してから海外の事業企画に携われる可能性が高いキヤノンを選択しました。国内営業は、キヤノンマーケティングという別の会社が担っており、キヤノン全体は基本的に国内事業は扱っていませんでしたから。

―へぇ~! 日本にあるキヤノン本体が国内事業を扱っていないことには驚きました。

もちろん国内向けの開発や商品企画などのファンクションは本体に残っていますが、販売会社は別で独立しています。当時、キヤノンでは900~1000人の海外駐在がいたので、まあこれくらいいれば僕でも海外に行けるだろうと思って(笑) 国にこだわりはないですが、とにかく海外の仕事に関わることができる確率が高いところを選びました。入社後は、希望の海外部門に配属されました。第2編はこちら>>
宮崎紗絵子。1989年生まれ。愛知県出身。高校1年の夏からアメリカ・カリフォ ルニア州のサンディエゴで暮らし、Rancho Bernardo High Schoolに通う。高校卒業後帰国し、09年早稲田大学法学部に入学。現在2年に在学中。大学では、法律サークルに所属。現在は、NPO法人JUKEのスタッフとして活動中。趣味は、ミュージカルなどの舞台鑑賞。