海外生活体験者・学生インタビューvol.90

interviewee_s_202_profile.jpg 古坂純さん。1989年生まれ。逗子開成高校の留学プログラムで、05年の8月から06年の6月までアメリカのオレゴン州ミルウォーキー高校に留学。帰国後、08年に中央大学法学部国際企業関係法学科に入学。現在3年生。The Asian Law Students’ Associationに所属しており、中央大学の支部の代表(09年10月~10年9月)を務める。09年の夏休みに、韓国の法学生を日本に招いて、100人規模で学術的・文化的交流を1週間かけて行うStudy Tripを主催。企画の実行委員会で広報部門を統括していた。先輩後輩を問わず、サークル内では「あっちゃん」というあだ名で親しまれる。

ALSA中央大学代表を務める

―それでは、インタビューを始めさせていただきたいと思います。

はい。よろしくお願いします!

―それでは早速自己紹介からお願いします。

こんにちは! 古坂純と言います。中央大学法学部の3年生です。民事訴訟法を専攻しています。サークルはALSAで中央大学の代表を務めさせていただいています。

―え? それだけ?(笑) 他につけ加えることは?

付け加えること? バイトで塾講師やっています(笑) だけど、オールマイティな塾講師になっちゃってるんだよね(汗) 文系だけど、理科とか数学とか、5科目をやらせてもらっています。

―大変だなぁ。。。まぁ、「あっちゃん」だもんね。そんなオールマイティーなあっちゃんが代表を務めているALSA中央大学に入ったきっかけはなんだったの?

ALSAに入ったきっかけか~。やっぱり清輔の紹介かな(笑) ALSAのランチ(会員が集まって一緒に昼飯を食べるという企画)に行ってみて、動機の強い考え方をする同級生や先輩と出会って「すごい人だな」と思ったのが、最初の印象。その後に、そのサークルの特許庁フィールドワークを通して、「ALSAってこんなことをするんだぁ」と、面白さを段々と感じていったんだよね。

それから5月に、ALSA Integrationという日本のALSAに加盟している大学の学生が一か所に集まって学術的交流を行う企画に参加して、早稲田の先輩の分科会に所属したんだけど、他の大学の友達がたくさん出来たり、一緒に勉強や議論・討論してみたりして、「すごく楽しい!」と思った。「これでやっていこう!」って決心したのがきっかけだね。

オレゴンに留学する

―じゃあ、ここから本題?に入りましょう! 高校の1年間オレゴンに留学していたって言っていたんだけど、オレゴンを選んだ理由って聞かせてもらえる?

理由と言うよりは、学校の留学プログラムの提携校として、オレゴンの高校があったからなんだよね(笑)

留学した理由は、中学のときにショートステイで日本に来ていたメキシコ人、アメリカ人の留学生(高校生&大学生)を家に泊めていたんだ。ホストファミリーの登録をしていたから、英語を使う機会が日頃からあったんだ。そういう人たちを泊めていて、「もっと英語をうまく話せるようになりたいな」って思い始めて、英語をしゃべる機会が欲しかったのが主な動機かな。

僕の通っていた中高一貫校が、正式名称はわすれたけど、国際交流プログラムを推進していて、シアトルの高校生や日本メキシコ学院の生徒をガンガン受け入れる体制をとっていたんだよね。いろんな生徒や学生をホームステイさせているうちに、学校の国際交流の先生と仲良くなって、留学プログラムに参加してみないかって言われて興味を持ち始めたんだ。

短期と長期のステイプログラムがあって、短期で参加したかったけど、親から「留学行くなら短期間じゃなくて長期で行ったほうが勉強になる」とアドヴァイスを受けて、長期で行こうと決心した。それで、オレゴン州留学プログラムみたいものに参加し、05年の8月20日から06年の6月26日までオレゴン州ポートランド市のミルウォーキー高校に留学することになったんだ。

―中学生のときから海外の学生をホームステイさせてたんだね。結構色々な人と交流して、刺激を受けて決心した留学だったんだね。俺の受動的な海外体験とは大違いだな(笑) 向こうに着いてみて、最初の印象ってどうだった?

う~ん。。。初めてのアメリカだったから、結構驚いたことは沢山あったな。

まず、「落ち着いている」ってこと。空港も日本の成田みたいなものをイメージしていたから、人もたくさんいるんだろうなって思っていたんだけど、実際着いて見たら、空港にひとが少なくて驚いたかな。

次に、「過ごしやすい」って思った。オレゴンに限って言えることかもしれないんだけど、交通システムとかは日本には劣るけれど、息苦しい感じが全くなくて、スペースがあったから利用しやすかったし。僕が住んでいる神奈川県茅ヶ崎に比べれば、結構人はいたけどね(笑)

あと、自然がきれいだった。空が澄んでいて良かったかな。山に行けば森があり、海いけば、オレゴンはバラが有名だったからね。ローズガーデンが有名スポットで結構足を運んだな(Rose Garden Arena)。

1年間だけなら、12年生?

―確かに東京とかと比べちゃうとね(笑) 色々な違いに驚いたんだ。そんな環境に入って専念したり苦労したことってある?

大まかに分けるとバスケと英語(笑)

中学からバスケやっていたから、NBAには興味を持ってたんだ。NBAのゲームをポートランドで見に行ったんだよね。そのときに、タムス(田臥雄太選手)のプレーを見て感動した! 自分が行ってた高校はミルウォーキー高校って言うんだけど、そこでも部活があって、バスケをやろうって思ったんだけど、入団テストが難しくて一軍には入れなかったよ。

そもそも10年生のはずなんだけど、「1年間だけなら、12年生に入ったほうがいいんじゃない? 卒業とかも体験できるし。」と言われて、12年生に入ってしまったんだ(笑い) 10年生なら二軍入団テストが受けられたんだけど、12年生だと一軍しかテスト受けられないから難しくて・・・。

次に英語。最初はポートランドに住んでいたんだけど、そのときのホストが、あまりにも僕を放置していて、挙句の果てに「英語が聞き取りにくい」と僕が全面的に悪いようなことを言われたので、ホストを変えて、ちょっと離れたGladstoneってところに移ったんだ。そのとき、英語での対応とかに苦労したから、本格的に頑張らなきゃって思ったよ。学校でも、生物の授業とか、単語がとても難しいものばかりだったから、ホントに苦労したよ(汗)

―そっかぁ、最初英語って苦労するよな……。僕のところはESLがなかったから、もう電子辞書と友達になるくらい……。あっちゃんが英語で苦労してたときに、その苦労を乗り越えようと心掛けてたことってある?

心がけてたことね。。。とりあえず、自分の分かるところから参加していこうとは思ってたよ。自分でわかる分野は発言したり、わからないところは議論にひたすらくらいついていく!って感じかな。数学や歴史は得意たっだら、発言したりしゃべったりするのは結構出来たんだ。数学の公式とか、歴史でも人物の名前が出ると、「あ~、あの事を話してるのか」って分かったからね。でも他の科目が大変だったよ……生物とか(笑)

あと普段は、今まで習った文法の見直しを頻繁にしていたかな。日本で使っていた教科書やノートを持ってきて、習った文法をひたすら身につくまでおさらいしてたね。英語の授業でライティング、これが結構きつく、文法とかを日頃から復習するようにしていた。

あとは、毎週末にホストファミリーが近所の人を呼んできて、「バイブルスタディー」みたいなことをしてくれたんだ。ホストファミリーが熱心なキリスト教徒で、ホストの知りあいのおばさんを呼んで、土曜日の朝の2時間を使って聖書を読んでいたんだ。旧約聖書「Old testament」を理解するだけでも結構大変だったよ。

―めっちゃがんばってたんだな~!

自分で考えて行動する習慣がついた

―オレゴンでのライフスタイルってどんなものだったの?

月から金は学校・部活やって家に帰ってくる感じだったね。

火曜日には、近所の教会で、youthの勉強っていう、近所の若者が集まって聖書の勉強をしましょうという集まりに参加してたよ。水曜日にバスケのコーチの行っている教会(コーチが牧師)で、他の高校の人々とかと知り合えた。週末は、友達と遊んだり、交通機関を利用していろんな町に行ってみたり、近くの都心に日本のスーパーマーケットがあったから、日本の情報もそこでアップデートしていたり。

週末には、たまに僕のホストファミリーの子供たちが遊びにきたんだ。ホストファミリーはおじいちゃんとおばあちゃんだったから、家に同年代の子供がいなかったんだよね。3人の子供が独立していて、比較的近所に住んでいたから、時々孫を連れてきて。一緒に遊んだり、クリスマスのときには集まって一緒に過ごしたりしたから楽しかったよ。トランプとかメキシカントレインというゲームをやったなぁ……。

―印象に残った人とかっている?

一番印象に残っているのはバスケのコーチかな。若いコーチと30歳ぐらいのコーチがいるんだけど、若いコーチのほうが、すごいバスケが上手で、現役のときは地域の大会に出たことのある人なんだ。30代のコーチのほうは、牧師さんで、シアトルでのバスケの試合を一緒に見に行ったり、コーチの家に泊ったり、色々お世話になったよ。

―結構留学中のはなしが長くなっちゃったかな? ちょっとここ当たりで、留学の後の話しも聞きたいなって思うんだ。留学前と留学後で自分のどんなところが変わった?

あ~、すごくいっぱいあるよ。まず、自分で考えて行動する習慣がついたかな。向こうじゃ、なんでも自分で判断しなきゃならない状況が多かったので、自分で考えるクセがついて、自分から行動を起こすようになった。あと、家の手伝いをするようになった。ホストファミリーの家の手伝いを結構していたので、自分の家の手伝いを結構するようになった。今はサークル代表で忙しくて、出来なくなった部分も大きいんだけど(笑)

―帰国して改めて感じた日本ってどんなものだった?

一番先に感じたのが、個人主義と集団主義の差が大きかったことかな。あと、日本のご飯が美味しかったことだね。アメリカのも美味しかったんだけど、改めて日本のご飯って美味しいなって実感した。

あと、高校の違いもあったな。日本は予めスケジュールとか組まれてて、受ける授業は決まっていたんだけど、オレゴンではある程度好きな科目を選べて、自分でスケジュールを組むことができたんだ。日本の大学と似てるね。

授業の内容も違ったかな、例えば、ミルウォーキー高校では、アメリカの警察の授業があって、裁判所の人や警察の人が実際に来てくれて、警察犬や車を見せてくれたり、護身術とかを披露してくれたりしたんだ。他にも、新聞を読んで生徒同士でディスカッションをする授業もあったね。これが結構きつかった。

「挑戦してほしい!」の一言

―留学後に専念したことは?

大学に入ってからの経験が主になるんだけど、英語の勉強をするようになったな。今はもう終わっているけど、大学最初の2年間の第二外国語も英語だったからね。ホントは、第二外国語でドイツ語をとりたかったけど、語学力テストのあとのアンケートで、自分の手違いで第二外国語も英語をとるはめになっちゃったんだけどね(笑) 所属しているサークルの国際企画や国際法模擬裁判大会でも、自分が培った英語力を実践するようにしているよ。

(注:中央大学法学部国際企業関係法学科では、第二外国語として英語を選択できるシステムになっている。ちなみにインタビューアも同じ体験をした。)

―これで、最後になるんだけど、これから留学を考えている高校生や大学生に、経験者としてアドヴァイスをお願いします!

とにかく、「挑戦してほしい!」の一言に尽きるね。迷っているくらいなら、自分自身を留学なり何なりに、飛び込ませたらいいと思うんだよね。迷っていて失った機会って沢山あると思うんだ。機会を失うくらいなら、そのまま飛び込んで行ったほうがいいと思う。留学に迷っていても、まずは一歩を踏み出してほしい、飛び込んでほしいね。事前のプランとかも必要かもしれないけど、そこばかりを気にするのではなくて、何も分からない状態でも飛び込んでいくことで得るものも色々あるから。

―ありがとう! 以上です! お疲れ様でした!

インタビューアから一言

古坂はサークル中大代表を務めたり、法律事務所にインターンシップに行ったりするなど、日頃から鋭い見識を持つアクティブな人だなと感じていました。留学経験について改めて聞くと、今まで話したなかで出てこなかった話題や自分の海外体験との類似性で共感した部分もありました。就職活動の情報を交換することも多々あり、強力な仲間のひとりです。これからもよろしく!
大塚清輔。1989年生まれ。東京都出身。外交官である父に同伴して、2歳から18歳まで、スコットランド、タイ、アメリカ(ニューヨークとマサチューセッツ)、スリラン カ、スウェーデンにそれぞれ約3年間ずつ滞在。日本の大学を受験しようと帰国。中央大学に入学し、法学部国際企業関係法学科3年に在籍。国際交流学生団体 The Asian Law Students’ Association(和名:アジア法学生協会)に入会し、活動中。8歳からスコットランドの伝統楽器であるバグパイプを続けており、各種イベントで公演している。