海外生活体験者・学生インタビューvol.91

interviewee_s_207_profile.jpg 櫻木翼さん。1990年、石川生まれ。生後6ヶ月から2歳までイギリスで、2歳から4歳までオランダで過ごす。その後帰国し、11歳のときメキシコのメキシコシティーへ渡る。約3年間滞在し、日本メキシコ学院へ通う。中学3年のときに帰国が決まり、日本の公立中学に半年間通う。その後、国際基督教大学高等学校、国際基督教大学教養学部に学ぶ。現在、国際関係を専攻している3年生。

―それではインタビューを始めさせていただきます。よろしくお願いします!

こちらこそよろしくお願いします。

サッカーは言葉を越える

―まずは、どの国に滞在していたのか教えてくれる?

6ヶ月から2歳の頃まで、イギリスのWalkingham、2歳から4歳の頃まではオランダのRotterdamというところに住んでたよ。それで一度日本に帰国して、小学5年生のときに、今度はメキシコシティーへ。中学3年生まで約3年住んでた。だから、イギリスとオランダのことは全く覚えてないんだ(笑)

―そうか~、それはしょうがないね(笑) それじゃあ、メキシコのことを教えてくれる?

メキシコでは、日本メキシコ学院という日本人学校に通ってた。そこはすごく特徴ある学校でね、日本コースとメキシココースっていう、2つのコースがあったんだ。日本コースの方は、小1から中3までの日本人が通うコースで、生徒数は100人ぐらい。メキシココースは、メキシコ人だけが通うところで、生徒は1000人ぐらいかな。つまり、同じ学校にメキシコ人と日本人が通う「国際校」で、世界でもすごく珍しいらしい。

この2つのコースは、完全に別々というわけではなくて、運動会とかの行事とクラブ活動は一緒にやるんだ。俺はサッカーと卓球をやってた。

―へぇ、すごく面白い学校だね! メキシコ人とは、どうやってコミュニケーションとったの? やっぱりスポーツやるときなんかは必要なんじゃない?

一応、日本コースではスペイン語を教えられて、メキシココースの方では日本語を教えられるんだ。だから、お互い相手の言葉を使って、なんとかコミュニケーションとろうとするんだけど、すごい基本的な言葉しかお互いわからないから、なかなか伝わらないんだよね(苦笑) どちらも英語はそんな使えないしね。だから、ボディーランゲージはよく使ったよ。

サッカーは、学外でユースのチームでもプレーしたんだけど、そこは基本的にメキシコ人しかいなくて、そのときはさすがにコミュニケーションとるのは難しかったな。でも、みんなサッカーがやりたくて集まるわけでしょ? だから、サッカー自体でお互いつながりがあってる感じだったな。

―すごいね、スポーツって!

うん! おかげで、言葉がわからなくても、たくさんメキシコ人の友だちができたよ。

家もなく、学校にも行けず

―他に、メキシコで楽しかった思い出や、逆に困難なことはあった?

そうだなぁ。。。あちこち家族で旅行したんだけど、あれは楽しかったな。アメリカ大陸は日本からより気軽に行けるからね。NY、LA、ラスベガス、カナダ、あと南米の方とかヨーロッパも行ったな。もちろんメキシコ国内も旅行してすごく楽しかった。

滞在中は特につらい出来事はなかったけど、小さな困難はたくさんあったよ。一つは治安がやっぱりよくなくて、子供は一人じゃ外を出歩けない状態だったこと。どこ行くにも親の送り迎えが必要で、日本で自由に過ごしていたときと比べると、ちょっと不便だったね。あと水道水が飲めないとか、塾がなくて勉強面の不安とか(笑) でも大変だったのはそれぐらいで、メキシコは楽しかった。また行きたい!

―メキシコは翼に合ってたんだね。最後にメキシコで一番印象に残ってることを教えてもらっていいかな?

うん。それはストリートチルドレンだな。メキシコは物乞いがけっこう多いんだ。それで自分と同じぐらいの年の子が、家もなく、学校にも行けず、路上で生活しているのは、本当に衝撃的だった。自分にとって当たり前のものが、彼らにはなくて……。これは自分にとって、とても大きなことだったよ。その衝撃が今の俺につながってると思う。

みんなノリノリっていうか

―そうかぁ、考えさせられるよね。で、今度は日本に帰国した後の話だけどまずは公立の中学に行ったんだ?

そう。久々の日本で、ちょっと緊張したけど、簡単に溶け込めたよ。最初は、クラスのみんなが仲良し同士でグループ化してることに、今までとの違いを感じたけど、それはすぐに馴染めたな。やっぱり、自然と仲良くなれる人がいるわけだから。

半年間だけ中学に通ってから、国際基督教大学高等学校(ICUHS)に入学。今までとちょっと違うと思ったことは、みんなのノリだね(笑) みんなノリノリっていうか、そう、みんな帰国生に限らず意見を言う時は、自分の“芯”があるっていうか、はっきり言うでしょ? 今まで会ってきた人たちとは違うと思ったな。あと一番驚いたのはみんな英語がすごいできること。軽くショックだったよ(笑)

―確かに、一般生もなぜかみんな英語できるんだよね。でも、気にするな!(笑)

「国際的」という言葉がキーワード

―高校卒業後は、そのままICUに入学したけど、それからどんな活動をしてきたか教えてくれる?

まずは部活面では、最初にサイクリング部とISL(昼休みを使ってサッカーの試合をする団体)をやって、今は弓道部に所属してる。バイトはファーストフード店やホテルでコンスタントにやってるよ。専攻は国際関係学。さらっと簡単に言っちゃったけど、今の生活で一番熱中してるのは旅行だね。SEA Programme(夏休みの短期留学)でイギリスと、旅行でベネズエラとスペインに行ったな。ベネズエラでは青年海外協力隊の人と話す機会があって、少しだけどベネズエラが抱えている問題も知ることができたんだ。本当にいい経験ができたと思う。

―活動的だなぁ。旅行に力が入っているのは何か理由はあるの?

今しかできないことをやりたいってのが、一番大きな理由かな。それに小さい頃から親に色々なところに連れて行ってもらって、色々なことを教わって、それも影響してると思うよ。そのせいもあって、色んなことを経験してみたいって思うようになったのかな。

旅行して改めて、自分が言いたいことが伝えられないのは、もどかしいと感じたね。だから、言語はしっかり学ぼうと思うようになって、今はそれにも力を入れてる。大学の人たちって、高校の人以上に英語できるじゃん? これは俺にとってでかいね(笑) 言語能力は身につけたいって思うよ。

―熱心だね! 最後に翼は将来やりたいことやビジョンなようなものはある?

難しい質問だな(笑) さっきも言ったけど俺にとってストリートチルドレンを目の当たりにしたのは大きい出来事だったんだ。だから、開発や国連関係に興味があるな。ストリートチルドレンの問題を少しでも解決できたら、支援できたらってね。

でも将来やりたい仕事はそれとは別で、航空関係の仕事をしたいんだよね。なんで自分の興味と将来やりたいことが違うのか、自分でも今はわからない。でも少しでも多くの人に世界を旅できるチャンスが提供できたらと思ってる。まだ明確なビジョンはないけど、ひとつ言えることは「国際的」という言葉が俺の中のキーワードになってるんだろうね。将来は海外でも働きたいし、国と国を繋げるような「国際的」な仕事をしたいと思ってるよ。

日本メキシコ学院 :
http://www.lmjapones.edu.mx/

インタビューアから一言

翼は高校からの友だちですが、今回初めて、詳しく彼の経歴や考えを聞くことができたと思います。いつも穏やかな雰囲気で、今回のインタビューでもそうでしたが、その言葉には熱いものが込められていると感じられました。世界の色んな場所を訪れ見聞してきたことが、彼の考えに大きく影響しているという印象も受けました。その感覚を大切にしながら、今後も積極的に活動する彼の姿が想像できます。
中野雄介。1989年東京都生まれ。小学校3年生のときにイギリスへ渡りサリー州に滞在。Whitgift Schoolに11年生(15歳)まで通い、その後日本の高校入学に合わせて帰国。国際基督教大学高等学校に入学し卒業後は国際基督教大学に進学。現在教養学部アーツサイエンス学科の3年生。専攻は経済学だが、リベラルアーツの教育方針の下で、経済学以外の科目も多数学ぶ。部活動ではソフトボールをしており、経験者に負けぬよう練習に取り組んでいる。