海外生活体験者・学生インタビューvol.98

interviewee_s_219_profile.jpg 江藤熙樹さん。1990年韓国生まれ。6歳から18歳まで、両親の事情で、韓国に滞在。小学、中学時代を現地校で過ごし、高校1年のときにソウルの全寮制私立特殊学校Cheongshim International Academyに入学。高校では、一日11時間以上勉強しながら、軽音部でバンドに打ち込む日々を過ごす。卒業後、大学進学のために日本に帰国し、京都大学法学部に入学する。現在2回生で、バンドサークルに所属している。

「負けてたまるか!」

―早速厳しい話題に入るけど、韓国人の中には、日本のことを好ましく思ってない人がいると聞いたことがあるけど、実際はどうなの?

残念ながら、そういう人がいることは否定できないね。僕には韓国人の友人がたくさんいるし、みんなナイスな人たちなんだけど、日本のことが話題になると大概一斉に批判しだすんだ。でも、そういった人たちに限って、日本のマンガやアニメが大好きだって言ってはばからない。不思議だよね。まるで、日本文化は好きだけど、日本という国は嫌い、みたいな。

―僕も中国人の生徒が多数を占める学校にいたことがあるから、その違和感は何となく分かる気がする。でも、なんでそんな風になってしまうのかな?

原因はいろいろあると思うけど、僕は歴史教育が要因の一つだと考えてる。現地校にいたからわかるけど、韓国の歴史教科書って、むっちゃ分厚いんだ。しかも、内容の3分の2が、太平洋戦争と日本の韓国植民地化について語っているんだよ。その中で日本がどのように評価されてるかは…推して知るべしだよね。

―うーん、やっぱり韓国では、あの時代の歴史はまだ「現在進行形」なんだね。でも、そうなると、江藤くんもその煽りをくらってしまうということはなかったの?

もちろんあったよ。12年間住んでいたこともあって、僕はそこらの韓国人に負けないくらい韓国語は使いこなせるし、韓国を自分の故郷だとも思っている。でも、韓国人からしてみれば、僕はやっぱり「日本人」なんだ。学校でも、それが原因で諍いになってしまうことがたまにあった。ホントくやしかったよ。

―うわぁ。初っ端から暗い話題にしてしまってやっぱりゴメンなさい。

ううん、そんなことないよ。楽しい思い出はいっぱいあるし、今ではいい経験だと思ってる。何より、「見くびられてたまるか!」っていう意気込みで勉強に集中できたからね。おかげで難関校といわれた高校にも受かった。

「特目校」で猛勉強

―そういえば、江藤くんの高校って“International Academy”ってあるけど、珍しいね。確認しとくけど、インターナショナル・スクールなんだよね?

いや、それが違うんだよ。確かに授業は英語で行われていたんだけど、生徒のほとんどは韓国人だったし、なにより僕の高校は国際系列「特殊目的高等学校」だったんだ。

―特殊目的学校?

そう。「学生の海外留学と国際化を図るために」韓国政府が指定したいくつかの私立校のことを指すんだけど、僕が入った高校はこの制度のためにできた新設校で、僕はちょうどその第一期生だったというわけ。

―おお、学校の看板を背負って立ったわけだね。すごいじゃん!

背負わされた気がしなくもないけど(笑)。でもまあ、現地校時代の頃よりもっとたくさん勉強したかな。今では役に立ってると思うけど、あのころは本当に大変だった。

―というと?

ウチの高校は全寮制だったんだけど、朝8時に起きて、9時から午後4時まで授業。で、そのあとは夜の9時まで補修をやらされる。そのあとは夜中の12時まで図書館で自習してから、ようやく自由時間という名の勉強時間が訪れる、という感じ。そんな生活を3年間続けてたよ。

しかも、みんな韓国やアメリカの大学への進学を目指してた関係で、韓国の統一試験だけでなく、SAT、TOEFLやAPも勉強しないといけなかった。加えて、僕は日本の大学進学を希望してたから、漢字の練習から小論文の過去問、果ては日本の大学に通う韓国人の友達から情報収集までしたりしてたよ。クラスの中でも日本の大学を考えてたのは僕だけだったから、全部独力でやらなければならなかったのは結構しんどかったなぁ。

―うわ、そんな生活とてもじゃないけど想像できないよ。それだとせっかくの高校の青春時代を満喫できなかったんじゃないの?

いーや。実はそうでもないんだな。たとえば、僕はバンドに興味があったんだけど、軽音部は人気が高くて、入るにも入部試験に受からないといけなかったんだ。そこで、僕は毎日お昼時間を削って練習時間を作り、1週間突貫で練習してベースのパートに合格した。

入部後、正式な部活時間は週1回1時間ほどしかないことに気づいてちょっと萎えたけど、みんな合間を縫っては誰かの部屋に集まって練習してたよ。今振り返ると自分でもよく頑張ったなと思うんだけど、あの頃は周りのみんなそんな感じだったんで、「学生生活ってこんなもんか」としか思ってなかったな。

それに、平日は勉強で厳しい分、週末は緩くて、よくバンドの仲間同士で一緒に街中に繰り出してはハッチャけてた。結局のところ、むちゃくちゃ忙しかったけど、時間なんて、作ろうと思えばいくらでも作れたし、何より充実してて本当に楽しかったよ。

大学生活も全力投球

―勉強と部活を両立させた文武両道の学生生活ってやっぱり本当にあるんだね。ところで、日本に帰国してからは大学でどんなことしてたの?

正直に言うと、京大に入ってからは、カルチャー・ショックを受けて、しばらく自己喪失してたよ。友達からは伝え聞いていたけど、日本の大学がここまで「緩い」とは思わなかった。韓国の大学の授業は朝の1限から夜中の12限まであるし、就職活動の際に大学の成績が見られるので、みんなものすごい勉強する。しかも、成績のよくない人は遠慮なく退学させられるし。

そんな感じで、しばらくなにしたらいいか分からなくなってしまった時期もあったけど、今では自分の大好きなバンドに打ち込んでる。今年の夏休みはサークルのみんなで合宿する予定だしね。あと、日本のゲームが好きな韓国の友達がゲームの中で分からなかった日本語について頻繁に訊いてくるんで、それに答えたりもしてる。おかげで日本語-韓国語の翻訳がめっきり上達してしまったよ。

もちろん、韓国にいた頃からの勉強癖もまだ身に染み付いていて、勉強の手は抜いてないよ。法学部の勉強は楽じゃないけど、もう慣れたことだし、何より将来は国Iか検事を目指してるんでね。今思うんだけど、たしかに大学に入って良くも悪くも自由になった。でも、僕は高校の頃と相変わらず、全力で学生生活を過ごすだけだよ。

―なんだか江藤くんが大きく見えるなぁ…じゃ、じゃあ、最後に後輩に向けて何かメッセージをお願いします。

これは日本の大学入試の準備してた頃に特に痛感したことなんだけど、やっぱり情報は大事だよね。これは大学受験に限らず、何事にも通用することだと思う。僕の場合、自分なりに勉強してたし、なんとか受かったから良かったけど、情報不足でそもそも何をしたらいいか分からなくて途方に暮れることがよくあった。情報がないと準備のしようがないしね。あと、分からないことがあれば直接大学や予備校に電話で聞きに行くのがいいかもしれない。結構親切に答えてくれるし、何よりいい経験になると思うよ(笑)

―今日は忙しい中どうもありがとう。いろんなことが聞けて本当によかったよ。じゃあ、来週の試験一緒に頑張ろう!

うん、頑張ろう(笑)

Cheongshim International Academy:
http://eng.csia.hs.kr/
インタビューアーからの一言:

「試験落ちた~」
「Me too」

これが僕と江藤くんが最初に交わした会話でした。あの年の京大の入試試験は、出題形式がガラリと変っていたのです。京都駅へ向かうバスの中で、お互い「落ちたらどうする?」って悩んでました。結局、二人とも受かりましたけど(笑)。それ以来、僕たちは友人です。最近はお互いスケジュールが合わないのか、しばらく顔を合わせることがなかったのですが、今回のインタビューで久々に会うことができました。同じアジア圏出身ということもあり、似たような考えや悩みを持ってたりして結構盛り上がりました。試験直前とはいえ、たまにはこうした息抜きも必要ですよね?今後とも、お互い頑張りましょう!
吉村政龍。1989年東京生まれ。小学5年から約8年間台湾に滞在。Dominican International Schoolを08年に卒業し、帰国。予備校で約1年間受験勉強に明け暮れた末に、京都大学法学部に合格し、入学。昨年は大学で学ぶことの意義に疑問を抱き無気力に陥ってしまったが、2回生になった昨年からは、法学と経済学の勉強を両立させながらロースクールを目指すと同時に、いろいろな新しいことに挑戦することを決意した。