海外生活体験者・社会人インタビューvol.93〜前編〜

interviewee_s_230_profile.jpg Rie fuさん。本名船越里恵。1985年東京生まれ。小学2年から5年までの3年間を、アメリカ東海岸メリーランド州で過ごした。高校時代、何気なく弟からギターを借りて作った曲がデビューのきっかけとなる。04年3月にSony musicより『Rie who!?』でデビュー。また、03年からイギリスの名門Central Saint Martins College of Art and Designに通い、日英を往復しながら音楽活動を続けていた。07年に油絵科を次席で卒業。卒業制作は大学や現地企業に買い取られて評価を得る。現在は日本を拠点に、日英米を股に掛け、個展やライブイベントで、画家・音楽家として活動している。

色々な視点で色んな文化に触れる

―それでは、まずRie fuさんの海外生活体験について教えてください。

小2から小5まで、父親の仕事の都合で、アメリカ・メリーランド州の片田舎に3年間いました。現地校に通っていて、1学年15人の、のどかな穏やかな雰囲気のところでしたね。キリスト教の学校で、小さい時から聖書を読んだりしていたので、自分の考え方とかに大きな影響を与えた要素かな~と思ってます。

日本の高校を卒業してから4年間、イギリス・ロンドンにいました。そのときは、アメリカも考えていて、大学見学で高1のときにニューヨークにも行ってみたんですけど、街のスピードがすごく速くて、ここは20代になってからでもいいかな~と思って、もう少しゆっくりでマイペースなイギリスの方が自分に合うと思って選びました。

その決断は正しくて、アメリカとイギリス両方に住んでみて良かったなと思っています。どうしてもアメリカは自分たちの国が世界の中心っていう雰囲気だから、ヨーロッパを見ることで視野が広がった気がするし、色々な視点でたくさんの文化に触れられたな~と思いますね。

―やっぱり、アーティストにとって、色々な環境に触れるっていうのは大事なんでしょうね~。

そうだね。日本も客観的に見るってこともできるしね。ただ、「海外は雰囲気がいい」じゃなくて、改めて日本の良さを知って、それを海外に発信していくってことも出来るようになりますしね。日本の人に対しても、外から見て「こういう素晴らしいところがあるんだよ!」って伝えられるし。アートとか音楽で直接的に伝えるというよりは、そういう要素を歌詞に取り入れたりします。

弟がギターを買って来て、ちょっと弾かせてよ

―いつから美大に行きたいって思ってたんですか?

それは、小中学生の頃からず~っと。

―音楽は?

音楽は実はすごく最近で、美大の準備をしているときにたまたま(笑)

受験期だったんですけど、受験っていっても、作品作りをしてポートフォリオを作っていて、でもそのとき、段々この作品たちって誰かに見せるわけでもないし、何のために作ってるんだろうって、思い出して。

そんなときに、ある新聞記事で千住明さんが「音楽は人に聞いてもらって命が宿る」って話をしてるのを読みました。その一言にすごく感銘を受けて、「あぁこれだ~!」って思って。で、そのときたまたま弟がギターを買って来て、ちょっと弾かせてよって言って、コードを弾いていたら、メロディーがいくつも浮かんできて。それこそ突然のことだったんだけど、たどたどしいギターでテープレコーダーに録音してSONYに送ったら、気に入ってくれたんです。

最初はデビューするのと留学を両立させるの、はちょっと難しいっていう人もいたんですだけど、いい担当者に巡り合えて、無事デビューに辿りつけました。やっぱり、絵はなかなか同時にたくさんの人に見てもらうことは難しいけど、音楽は色んな手段ですぐに多くの人に聴いてもらえるから、そこが一番自分と外の世界との懸け橋になっていると感じますね。

アートっていっても、自己満足だったら意味がなくて、自分が見た夢と同じようなものだから、そういう自己満足じゃなくて、やっぱりインスピレーションを与えることをやっていきたい。音楽を通じて個展が出来て、またファンの人たちが見に来てくれたりだとか、色々音楽を通してアートのことも出来るようになったから、一つのことから色んなことに広がるなって。絵を描くことと音楽を作ることの境目が全くないっていうか、表現方法として、今どちらも大事にしています。

―作曲はどういうふうにして行うんですか? 「曲を書こう!」って思って、ピアノに向かうんですか?

そうですね、ちょこちょこ浮かんできたフレーズを録音しておいて、時間のある時にそれをまとめたりして作るね。で、たまに会社のディレクターの人に会って聞いてもらってアドバイスもらって訂正したり。そして、曲が溜まったらレコーディングしてって感じですね。

日本の歴史的な場所に、自分の活動の場を広げる

―Rie fuさんが伝えたい日本の素晴らしいところってどんなところですか?

まぁちょっと違うけど、ホンットに便利な国だよね!(笑) みながきちんと出来上がったシステムに則ってやっていて、逆に海外へ行くと、人間味のあるサービスとかが面白いとか新鮮だったりするよね。便利さとちょっと冷たいって思ったりするのは紙一重だと思うけど、それもまた日本の魅力なのかなって思えるようになったりしましたね。

―ご自身の活動で、日本人に伝えたいこととか海外に発信していきたいこととか、どういうことを心掛けていますか?

最近はちょっと浅草に注目していますね。渋谷とか六本木とかみたいに今の人たちが集まる場所ではないんだけど、海外の人から見ても日本を象徴している文化的な土地で、古き良き伝統とか下町らしさの溢れているところだな~と。

そこでちょっと前に、ライブペインティングをしたです。昔、浅草のエンターテインメントで一番栄えた通りがあって、そこの劇場とかが今全部工事中で、真っ白な囲いがあるんです。35m くらいある囲いの壁に全部一人で絵をペイントしたんです。

絵を描くだけで、街全体がカラフルになって、雰囲気も変わりますね。日本人も忘れている日本の良さのある土地で、アートとかライブをすることで、日本人にもこの国の良さを再認識してもらうきっかけになるし、海外に紹介しても新しいことだと思うんですよね。今は、そういう日本の歴史的な場所とかに、自分の活動の場を広げることが一番の目標かな。

「音楽」っていうよりは、その「人」っていう感じ

―先週までニューヨークに行っていましたね。海外と日本では「アート」に対する考え方が違うと思うんですけど、どういうところに違いを感じますか?

日本はアイドル性とかタレント性が濃いですね。「音楽」っていうよりはその「人」っていう感じですね。まぁもちろん、アメリカでの活動は始めたばっかりで、そんなに人が集まったわけではないけど、日本から来た知らないアーティストでも、音楽が良ければ純粋に「良かった」って言ってくれて、音楽の本質を見てくれるっていうのがあると思います。

―それこそ、日本ではイギリスみたいに、普通の人がフラッと絵を見に行くっていう文化はないですよね。ハードルが高いっていうか。

そうですね。生活とはかけ離れた特別なものっていうふうになっていて、それもいいんだけど、そうするとただの見世物になってしまうんですよね。アートというよりはエンターテインメントなのかな。

ニューヨークで、ライブとかミュージカルとか色々見て面白いと思ったのが、みなタクシーの運転手と同じような気持ちで仕事をしているっていうこと。それを特別なことだとか、「すごいでしょ」という姿勢でもなくやっているんですよね。ライブで演奏者が出番じゃないときの舞台裏を覗いてみたら、ゲームをやってたりしてんです! 全く気負いなくやっている感じで、気取ってない。いい意味でハードルが低いっていうのが、「生活の一部になる」ってことのポイントなのかなって思いましたね。

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岡村美佳。1986年東京生まれ。4歳から8歳までの4年間をアメリカのニューヨーク・カリフォルニアで過ごし、日本に帰国。中学1年生のときに、今度はイギリス・ロンドンに渡り、5年間過ごす。Marymount International Schoolを卒業後、日本に帰国し、06年に東京大学理科Ⅱ類に入学。教養学部生命認知科学科を卒業後、東京大学総合文化研究科に進学し、現在修士1 年。大学では、酵母を使ってDNAの転写・組み換え機構について研究を行っている。