海外生活体験者・学生インタビューvol.109

interviewee_s_237_profile.jpg 湯澤霞さん。1989年埼玉で生まれる。親の転勤により、中学2年生からカナダのトロントに移り住み、07年に現地のBear Creek Secondary School を卒業。帰国子女受験にて、立教大学社会学部社会学科に合格し、現在4年生。大学では、新入生ウェルカムキャンプ、オープンキャンパスのスタッフ、農業体験や日韓交流会など、さまざまな活動を行っている。ゼミ活動にも積極的に参加し、コミュニケーションとアイデンティティというテーマで研究を進めている。

*このインタビューは昨年8月に行われました。

段々と嫌なところが目につく

―中学の途中からカナダに行ったんですよね? まず、そのときのことをお願いします。

最初は、当然かもしれないけど、英語が全然通じなかったですね(笑) それでも、2ヶ月くらいで言ってることは理解できるようになって、カナダ人の友だちもできて、買い物とかしていました。だけど、やっぱり自分が聞く立場のときはいいんですが、自分の考えを伝えるのは難しいと強烈に感じました。Year8の途中という、中学3年の途中から入ったようなものなので、あっという間に中学は終わってしまいましたね。

―高校生になって、なにか大きな変化はありましたか?

高校には、同じ中学の人も半分くらいいたんですが、自分にとってはまったく新しい環境でした。勉強も単位制で、エッセイなど英語を書く機会も圧倒的に増えたし、大変だった覚えがあります。でも、家庭教師をつけて教えてもらい、ESLの先生もすごくいい人で、落ち込んだり、つらいと感じることはありませんでした。英語もだんだん自分から喋れるようになっていきましたね。

環境に慣れると、だんだんカナダの悪いところというか、そういうのが気になるようになってきました。それまでは、カナダっていうと、なんかみんな明るかったり、細かいことを気にしなかったり、のんびりしているというイメージがあって、それがすごく良いことだと思っていたんですよね。でも、時間にきっちりしていないところとか、だんだんそのキャラクターを嫌に感じるようになって、逆に日本を美化するようになっていきました。

日本語と英語を比べたりもしました。日本語って、すごく表現が豊かで、複雑じゃないですか。いろんな擬音もあるし。そういう点でも、日本とカナダを比べて、日本の方がいいなとか、日本に帰りたいなとか、考えていましたね。たぶん、そういう時期だったんだと思います(笑)

異文化を受容できるようになる

―その考えはいつごろ変わったんですか?

Year10のときに、2ヶ月くらい日本に一時帰国したんです。当時は、日本に帰るのがとても楽しみだったんですが、いざ帰ってくると、電車の中で誰も席を譲らなかったり、友だち同士なのに派閥とか、関係を気にして、言いたいことが言えなかったり、今度は日本の悪いところが見えるようになったんですね。帰国子女は、みんな経験することなんだと思うけど、私もこのころから、異文化受容力がついたというか、いろいろな文化があって、それぞれ違うけれども、どれが良いとか優れていることはないんだと、漠然と思うようになりました。

―それからの向こうでの高校生活はどうでしたか?
 
カナダって、やっぱりいろいろな民族の人がいるし、公用語も英語とフランス語で分かれていて、いろいろな文化に触れる機会がすごくあると思うんですよね。日本に住んでいたら、基本的に日本人としか付き合う機会はないわけですし。自分に与えられた機会を生かそうと思って、積極的にいろいろな活動をするようになりました。

特にこれ!っていう、軸のようなものはないんですが、町のバトミントンクラブに参加したり、文化祭の学級委員をやったり、学校のバスケ部のマネージャ、ケータリングでパンを作って昼休みに学校内で売ったり、意識していろんなことに手を出していました。あとは、普通のことなんですけど、カナダ人の友だちと買い物に行ったり、映画見たり、散歩したり、いわゆるカナダの高校生の生活っていうのも楽しんでいました。そんなにガリガリ勉強した覚えもないんですが、不思議と成績も良かったですね。

いろんなことに全力で取り組もう

―いいですねー。まさに向こうの「リア充」って感じじゃないですか!

いやいや! そんな大げさなものじゃないですよ(笑) 英語は、もちろんある程度できるようにはなったんですけど、やっぱり自分の中では苦手意識がずっとあったんです。自分が思っている全てを伝えきれないというか。いろいろな活動をしていたんですが、どこかでそう思ってしまう部分もあって、積極的になりきれていなかったんですね。そういうこともあって、日本に帰ったら、もっといろんなことに全力で取り組もうと思っていました。

―なるほど。それでは高校を卒業して、大学に入ってからはどうですか? 具体的にはどんな活動をしているんでしょうか?

やっぱり卒業するときは、友だちとも別れなきゃいけなくて寂しかったんですが、それよりも日本に帰れる喜びが大きかったというか、ワクワクしていましたね。大学では社会学部を選んだんですが、それも留学の影響が大きかったと思います。カナダで暮らすことによって、人種問題とかに興味が出てきて、そこからさらにジェンダーにも興味が飛んだりして、社会学部が一番自分のやりたいことに近いと感じました。

ゼミでは、コミュニケーションとアイデンティティというテーマで研究しています。やはり、アイデンティティ形成の過程というのは、すごくおもしろいですね。具体的には、アンケートとかの不特定多数相手の調査とかよりも、個人個人にフォーカスしたインタビュー方式で活動しています。ちょうどこんな感じです(笑) 身近なものでは、若者のKY文化とか、自分の生活に本当に身近なものも研究対象になるので、興味は尽きないですね。

ゼミ以外では、新入生ウェルカムキャンプやオープンキャンパスのスタッフ、農業体験や日韓交流会など、機会があるものにはなんでも参加するようにしています。あと、大学に入ってからはまったのは旅行ですね。カナダで、ある程度欧米の文化に触れる機会があったので、今はアジアやヨーロッパ、アフリカなんかの文化に触れようと思い、あちこち旅行しています。この前はインドに行って、次はエジプトに行こうかな~なんて計画しています。

―本当に積極的にいろんな活動をしてるんですね!

そうですね(笑) でもやっぱり、どの活動にも、違う価値観に触れて、受け入れることが共通していると思うんです。日韓とか旅行はそのまんまだし、新入生との交流にしても、いろいろな人が、いろいろな経験や価値観を持って、大学に初めて来るわけじゃないですか。そういう人たちにできるだけ多く触れて、いろいろなものを見て、決め付けずに吸収したいですね。

人との直接の触れ合いを大切に

―それでは最後に、将来というか、なにかこれから考えていることがあったら教えてもらえますか?

まだ就職とか、具体的にはなにも考えていないんですけど、やっぱり直接人と接して、助けになるようなことがしたいですね。なんていうか、どんな仕事をするにしても、なんらかの形で人のため、社会のためになると思うんです。でもそれだけじゃなくて、やっぱり私は人との直接の触れ合いを大切にしていきたい。先生になる気は今のところないんですが、一応教職もとっています。とにかく、選択肢と視野をなるべく広く持って、これから何をするのか具体的に考えていけたらなと思っています。

Bear Creek Secondary School :
http://bss.scdsb.on.ca/

インタビューアから一言

インタビューしてみると、内容にもあるとおり、本当に自分から積極的にいろんな活動して、とても充実した大学生活を送っている人だと感じました。僕も結構自分からなんでもやってみるほうなのですが、僕の場合は、自分のためになるか、楽しいかという基準で動くことが多いのに対し、湯澤さんは、人との繋がりや文化、コミュニケーションをもっと重視しているという印象を持ちました。話している間も、とても楽しいインタビューでした。ありがとうございました!
高橋篤哉。1989年東京生まれ。日本の小、中学校を卒業後、高校の3年間オーストラリアに留学。Cairns State High Schoolを卒業し、2008年に立教大学経営学部経営学科に入学。現在4年に在籍。インカレのポーカーサークルに所属し、代表を務める。