活動報告 vol.40 薮崎宏晃‏

今回は、今年4月に就職された薮崎宏晃さんからの活動報告です。中央大学法学部国際企業関係法学科在学中に行かれた、10年8月から11年1月の半年間に渡る中国・深圳でのインターンシップをご紹介いただきます。中国語の勉強を第一に、働くことを二の次に考えていたインターンですが、思いのほか働くことから数多くの気づきを得られたそうです。AIESECインターンシップに関しては、以下をご参照ください。「活動報告 vol.27 千葉樹」「活動報告 vol.32 近藤恵多」

report_40_1.jpg 薮崎宏晃さん。3歳のときに、父親の転勤により、家族でブラジル・サンパウロに渡り、そこで人生が始まる。6歳のときに帰国し、それ以降、神奈川県横浜市で育つ。中学、高校は山手学院。06年中央大学法学部国際企業関係法学科に入学。在学中、University of Wisconsin-La Crosseに1年間留学し、コミュニケーション学を学ぶ。10年8月から11年1月まで半年間、中国・深圳にてAIESECインターンシップに参加。大学を卒業し、2011年4月からは、アジアを中心に海外進出を果たしているITベンチャーにて、海外事業を担える人物を目指し、日々奮闘中。

活動報告

インターンに参加しようと思った背景

私は、大学3年次から単位認定留学でアメリカへ1年留学したのですが、それでも単位が足らず、卒業が1年遅れてしまいました。5年次の前期で単位を取り終える予定だったので、残された卒業までの時間をいかに充実させて過ごすかを考えていました。「内定先が中国で事業を展開しているので、中国語を勉強してみよう」、「世界から注目を浴びている中国はどんなところか知りたい」という動機から、中国が次第に気になりだし、終には「中国語の勉強ついでに中国でインターンをしよう」という気持ちに至りました。北京か上海に行こうと思ったのですが、インターン生を募集している中国企業が少なかったので、途中から場所にこだわらず応募していった結果、縁あって今回の会社でインターンすることになりました。

インターンの内容

私がインターンをした会社は、深圳市八達物流有限公司(以下BADA)という、中国系の物流会社です。同僚は約30人で、私以外はみな中国人でした。主な事業は、貿易・通関代理、外貨決算、税還付などの代理業務です。

企業が外国でビジネスを行う際に、厄介なのが通関です。その際に必要とされることは、滞りなく貨物を通関し、税関から余計な関税を掛けられないようにすること。それには、通関業務の専門性と経験、各地税関とのコネが必要なのですが、多くの企業は通関業者に任せています。

BADAは、このような通関業務の代行に加えて、上記の外貨決算、税還付代行を同時に提供し、中国、主に華南地区での輸出入を全面的にサポートしています。BADAの取引先にはPanasonic、住友商事、日通など大企業も名を連ねており、取引先の7割は日系企業です。そこで、私は深圳及び広東省の日系企業の新規開拓のために招聘されました。

具体的には、過去に広東省で行われたメーカー展示会の資料や日系企業名簿などを見て、テレアポをしたり、近隣地域で開催された展示会や日本人の集いに足を運んで営業したりしました。営業では、僻地にも出向き、こんなところにも日本人がいるのかと驚いたこともあります。

他には、通関書類の一部を翻訳したり、JETROやアリババに会社の情報を載せたりしました。中国に進出している企業のホームページを毎日見ていて感じたことは、「中国進出している日系企業は思っていた以上に多い」ということです。それに加えて、求人ページを見ると、現地で働いてくれる人材を募集している企業も多いことに気づきました。

営業の成果はどうだったかというと、半年間で契約は0でした。非常に痛い結果です。アポを取って、訪問して、見積もりを出した会社は何社かあったのですが、契約までは至らずでした。今振り返ると、「売り方」に少し工夫が足りなかったのかと思います。この結果に対して、私の上司は度々、「今は取引がなくても、将来通関関係で何か困ったがあったときに、うちの会社を思い出してくれればいいから、(日系企業に)紹介してくれるだけでも十分価値はある」と、寛容な言葉を私にかけてくれました。

深圳のいろいろ

~環境~

私が住んでいた羅湖区の蓮塘は、着いたばかりの頃は、まだ道路も整備されていない状態で、古い建物が建ち並び、まさに「発展途上国に来た!」という感じでした。それでも半年後には、アスファルトできちんと整備され、道路沿いには新しい店もどんどん入り、活気に満ちていました。深圳内の地下鉄も、今後数年内に拡張予定だそうです。また、蓮塘から香港へ入れることになるそうで、ますます香港との距離が近くなりそうです。ただ、羅湖区には高級デパートがいくつかあるのですが、隣の香港のものと比べると、深圳の建物は張りぼてのようなものだと感じました。

~ひと~

人が多いのはもちろんですが、その若さが印象的でした。特、に赤ちゃんや妊婦の数に驚きました。

~BMWの数~

嘘かと思うかもしれませんが、走っている車の4割くらいはBMWでした。4割と言ったら、多すぎかもしれませんが、とにかく道路を見渡すとそこら中にBMWが走っており、もはや希少性が薄くなっていました。ポルシェやアウディも多かったです。中国の新卒の平均月収は5万円であり、中国ではBMWは関税の関係で日本より数割高いので、それを考慮すると、いかに中国経済に勢いがあるかが分かると思います。

中国で困ったこと

中国滞在中に一番困ったこと、それは中国の「お酒の習慣」です。北京出身の方からも聞いた話なので、これは中国全土に共通する文化なのだと思います。中国人は会食においてとにかくお酒を飲みます。ひたすら乾杯です。中国のお酒「白酒」は50度近くあるので、これが出てきたときには肝を冷やしました。


また、「新人はテーブルにいる人全員と乾杯する」という文化もあり、私もこの洗礼を受けました。会食の席では、上司や取引先の目上の人に対して乾杯するのですが、杯の底を両手で持ちながら乾杯する、その姿はまるで「王に仕える家来」のようでした。

もう1つ困ったことは、日本人の同僚がいなかったということです。これは、中国語を勉強するという観点から言えば良かったのですが、業務上分からないことがあったとき、同僚とのコミュニケーションに悩んだときなど、自分ひとりで解決しなければならなかったので、心理的に参ってしまったことが何度かあります。

これから中国? 今さら中国?

就職活動をしていた頃、「これから中国に進出する」、「最近中国語を勉強し始めた」と言っていた方に会った際は、「今時だなぁ」なんて思ったりしていたのですが、いざ中国に来てみて現地で働いている人と話すと、その認識を持っていた自分は少し古いことに気づきました。

深圳に10年在住の中小企業の経営者の方は、「もう中国のバブルは終わった」「5年後にはASEAN諸国のどこかに進出する」「今は場所を検討中」と話していました。この方は日本にも会社があるのですが、日本では儲からないからといって、10年前に中国に来たそうです。中国経済の今後については、「5年ももたない。だから英語を勉強している」と言う方もいれば、「15年、20年は大丈夫」と言う方もいて、意見は様々でした。

「海外で働く」

ということ

海外生活の経験があったせいか、昔からなんとなく憧れていた「海外で働く」ということ。実際に働いてみると、留学とはまた違う、色々な気づきがありました。

まず、「海外で働く」こと自体は、いつでも出来るということです。中国では日々新たに現地採用の求人が出ていたので、他のアジア諸国でも求人は多いのだと思います。高級管理職の募集も多いですが、若い人材の求人も多かったです。ちなみに、現地の人材会社の方によると、登録している人材のうち、7割は40歳から50歳の方で、若い人材は少ないそうです。

一番の気づきは、「ある程度の計画と目的を持った上で海外に挑戦したほうが、自分のためになる」ということです。今回のインターンを通じて、「海外では、語学がなんとかなるだけでは、何も役立たない」ということを実感しました。もちろん現地で働いて仕事を覚えるのもいいのですが、「自分でビジネスチャンスを見つけて、事業を作り上げることが出来る」ようになれば、どの国に行ってもそういうことが出来るようになり、そうすれば、海外でよりロマンのある仕事が出来ると思うので、当面はそれを目指していこうと思っています。

最後に

中国語の勉強を第一に、働くことを二の次に考えていたインターンですが、思いのほか働くことから数多くの気づきを得られました。また、良い給料をもらって「助っ人」に来たはずが、最後までお世話になりっぱなしで、与えることよりも、与えてもらうことが多くなってしまったインターンでもありました。中国語も、業界知識も、経験もなかった私を寛容に受け入れてくれ、最後まで見守ってくれた中国の朋友(友だち)に非常に感謝しております。これからは、これまでお世話になった方たちにいつか恩返しが出来るよう、常人以上の価値を社会に還元出来るよう、頑張りたいと思っています。