海外生活体験者・社会人インタビューvol.100

saaler.jpg スヴェン・サーラ(Sven Saaler)さん。上智大学国際教養学部准教授(日本近現代史)。1968年ドイツ生まれ。マインツ大学、ケルン大学、ボン大学で歴史学、政治学を学び、計4年間金沢大学での留学を経て、1999年ボン大学文学部日本研究科博士号取得。マールブルグ大学日本研究センター講師、ドイツ-日本研究所人文科学研究部部長、東京大学大学院総合文化研究科・教養学部准教授を経て、08年10月より現職。主著には『大正デモクラシーと陸軍』(独文1999年)、『Politics, Memory and Public Opinion (日本における歴史記憶、歴史認識と政治)』(英文2005年)、共編著に『近現代日本史に於けるアジア主義』(英文2007年)、『明治初期の日本-ドイツ外交官アイゼンデッヒャー公使の写真帖より』(和独文2007年)、『近現代日本における歴史記憶の諸相』(英文2008年)、『史料でみる汎アジア主義』(英文2011年)など。

「歴史を勉強しなさい」

―サーラ准教授が史学を勉強し始めたのは何故ですか?

高校に行ったとき、卒業後に何を勧めたら良いか、先生たちの多くが困っていたのですが、歴史の先生だけが「大学に行って歴史を勉強しなさい」と仰ってくれたからです。親も私も「はー、そうですか」という感じで(笑) それで、マインツ大学に進学して歴史の勉強を本格的に始めました。

日本の高校では、世界史と日本史というように、様々な国の歴史を学ぶ機会がありますが、私が通ったドイツの高校では、ドイツ史を中心としたヨーロッパの歴史以外は、ほとんど学びませんでした。大学に入った当初も、ドイツ史に重きを置いて勉強したのですが、だんだん別の大陸の歴史にも興味を持ち始めて、ラテンアメリカや東アジアの歴史の講義にも、顔を出すようになったんです。日本の歴史に興味を持ち始めたのも、この頃からですかね。

京都と金沢

―日本にはじめていらっしゃったのはいつですか?

日本にはじめて来たのは、夏休みの2ヶ月を日本で過ごしたときでした。日本という国がどういう国か、とりあえず試してみようと思っての滞在だったんです。2ヶ月のほとんどを京都で過ごしたのは、なかなか良い経験でした。このときの経験を元に、ドイツに戻ってからは、日本史の勉強に集中しようという決心をしましたね。そして、歴史家として、言語をきちんと身につけたり、一次資料が沢山あるところに行ったりする必要がどうしてもありますので、いずれ日本に戻ってくるということも、その時点で決まりました。

―その後、金沢大学に留学されましたが、留学生活は如何でしたか?

金沢大学に留学した最初の頃は、歴史の一次資料を読むことは出来なかったので、日本語の勉強を中心に行いました。日本語に馴れるまでは、少し時間がかかりましたね。田舎にある大学だったので、なかなか過ごしやすかったです。また、英語を話せる人が周りにいなかった環境でしたので、日本語の勉強もはかどりましたね。

留学から戻ってからは、博士課程に進学して、学者になるための勉強をしました。博士課程の最中に、金沢へ再び留学しました。滞在中は、第一次世界大戦中の日本の外交を中心に研究を行いました。現在も、日本の外交や政治の歴史を主に研究しています。博士課程修了後は、ドイツ国内の大学や日本の大学で、非常勤講師として、日本史を教えていました。

日本史を教える

―博士号を取得された後に、日本のDIJ(ドイツ日本研究所 ドイツ政府機関)での勤務を始められましたが、そこではどんな研究をなさったのですか?

DIJでは、やはり外交史を主に研究しましたが、当時問題となっていた歴史教科書を、現場にいる学者として研究し始めました。DIJは東京にあり、国会図書館や外交史料館にも歩いていける場所に立地していますので、資料には非常に恵まれている環境だと思います。人文科学研究部部長としては、プロジェクトのコーディネート等を行いました。日本の学会での発表も行い始めましたね。

―DIJでの勤務後は?

DIJに勤務した後は、東京大学で准教授として日本史を教えました。上智大学の国際教養学部で、近代日本史を教えるようになったのは、2年ほど前からです。

国際教養学部の学生の背景は様々あるので、今までとは違う方法での指導の模索を続けています。学生たちの前提知識が様々なので、それぞれの学生のことを想定して授業を行わなければなりません。前提知識がある学生とない学生、両者にとってためになる授業をしなければならないというのが、この学部で教える難しさと面白さだと思います。ただ、歴史を専攻している留学生はとても熱心です。彼らが日本で学びたいのは、ヨーロッパ史や世界史ではなく、まず日本史。ですから、彼らは積極的に講義を受講していますね。

―今後の展望などはありますでしょうか?

最近の大学には雑務的な仕事が増えてきている中で、教育活動と研究活動を両立できる環境がベストですね。積極的なビジョンではないのですが、世界的にどの国の学者も、このような現状を維持できればというひとは多いと思いますよ。

タイミングが難しい

―サーラ准教授は、就職活動をしたことはないんですよね?

企業を相手にしたり、学部生が3年のときに始めたりする形のものではないのですが、学者としての就職活動をしたことはあります。

―失礼しました(汗) それでは、学者としての就活について教えて下さい。

若い学者は、任期付きのポストしか与えられないことばかりで、パートだったりしても、期限付きのものしか与えられないというのがあります。ドイツの場合は、学者のパートの問題もあるんですね。制度で決められている労働時間は週20時間ですが、それをを超えて働いても、給料が半分だったりすることもあります。

学者は任期が終わる時期に合わせて就活を始めます。タイミングが難しくて、日本だと大体9月末に公募が出る場合が多いですね。ただ、自分の契約が9月末で終わったりすると、半年の空白が生じるという場合が多いんです。また、任期付きの若い学者は、インターネットで世界中の公募に応募するんですね。私も、同じ年で何十件と応募したことがありますよ(笑)

経験を積んでから

―では、就活生に向けてアドバイスを頂けますでしょうか?

厳しい状況なので、今就活をしている学生も学者も、みな大変ですよね。自分の夢を追求することはいいことです。ですが、それを実現させる仕事をいきなりすることは、とても難しいと思います。安定した、日本に昔からある終身雇用というものはさて置き、とりあえず就職して、そこで自分を改善、経験を積んでから、より良い仕事を探すことが重要だと思います。それは違う!と言う人もいると思いますが……。

今、日本の就活生に混じって就活をして、自分の希望通りの企業に行ける自信はないですねぇ(笑) 私の経験から言うと、就活というのは、自分の問題だけじゃないんですよ。自分のことよりも、周りにいるどういう人たちが応募するかというのが、一つの大きなポイントです。もちろん、自分が資格とか経験とかを踏まえて応募するので、応募する仕事には大体適合しているはずなんですが、ノーベル賞を受賞するような人材以外は、どこかに自分よりも適合している人がいるものなんです。ですから、自分のことを出来るだけ相対的に見ることが大事だと思いますね。

危機感が足りない

―これからの日本の若者は、どうあるべきでしょうか?

難しいですねぇ(笑) 日本もドイツも、世界の経済に頼っている国です。資源の輸入、製品の輸出など、他の国との経済活動に頼っている国には、国際的に活躍できる人材がすごく必要なんです。日本の若者には国際化に貢献してもらいたいですね。

最近の日本は、外交的にも様々な課題に直面しています。国内の人々は、政府をすぐに馬鹿にしますけど、そういう問題じゃないんですね。国際関係や国際貿易が重要な日本ですが、今までの50年間で十分に国際化を推進することが出来ていないので、今様々な問題が生じており、その影響で諸外国との間に誤解を生じることもあります。

そうした背景を踏まえた上で、外国との良好な関係を築くことが重要。政治的な問題も、経済的な問題も、もっと積極的に解決していかないと、さらに難しい問題に直面することになると思います。政府や教育機関も、若者にもっと国際社会に身を置いたり、競争力を得られたりするような機会を設けるべきです。

―最後の質問になりますが、これからの日本は沈んでいくと思いますか?

沈んでいくことはないと思います。戦後、著しい発展を遂げたし、何回も何回も危機に直面して乗り越えて来たわけですから。今回の危機的状況は、今までと違い長期的な要因が関わっているものなので、解決しにくいところはあるとは思いますが、日本が世界に置ける位置を大切にして、貿易などをさらに拡大させられれば、将来は明るいと思います。ただ、世界経済が良くないので、当分は現状維持ということになるかと思います。これは、日本だけでなくヨーロッパ諸国等もそうですね。

しかし、危機感が足りない人が多いのも事実です。私は日本が沈んでいくとは思わないけど、最近よく議論されているTPPなどを通じて、積極的に貿易活動に関わっていかないと、非常に悪いシナリオが実現してしまいます。若い人たちの一部は、現状の危機をわかっていないので、なんらかの形で認識させることも必要だと思います。当然のことだとは思いますけどね。

―本日はインタビューありがとうございました!

マインツ大学 :
http://www.uni-mainz.de/
ボン大学 :
http://www3.uni-bonn.de/
DIJ :
http://www.dijtokyo.org/?lang=ja

インタビューアから一言

怒るところが想像できない温和なサーラ准教授ですが、インタビューの際も、力不足の僕に対して、とても優しく接してくださりました。色々な考えに触れられた、貴重な機会に巡り会えたことを嬉しく思います。外交史の研究をなさっている准教授の目から見た日本の問題も、非常に興味深く、考えこんでしまいました。学会の準備でお忙しかった時期に、僕のような一学生のためにインタビューの時間を割いていただき、本当にありがとうございました! これからもよろしくお願いします。
稲葉省吾。1990年生まれ。神奈川県出身。小学校5年生のときにアメリカのニュージャージー州に引っ越し、小・中・高を通して7年8ヶ月ほど滞在。Parsippany Hills High Schoolを卒業後、日本に帰国。2009年に上智大学国際教養学部に合格し、3年に在学。現在はRTNプロジェクトの上智支部代表として活動中。趣味は戦国時代とマンガ絵を描くこと。神奈川新聞社主催「北条イラストコンテスト」入賞。