海外生活体験者・学生インタビューvol.111〜前編〜

interviewee_s_158_profile.jpg 上田千佳さん。1989年生まれ。京都出身。4歳から13歳までをロンドン、中学3年 から高校1年までをニューヨーク、高校卒業までをロサンゼルスで過ごし、LAのWest High Schoolを卒業後、帰国し、東京大学文科Ⅰ類に入学。現在法学部2類(公法コース)4年に在籍。大学ではスポーツ愛好会バレーボールパートに所属し、セッターとして日々練習に励みつつ、学外の社会人サークルでイラスト活動にも勤しむ。3年からは刑事政策を扱う川出ゼミでも奮闘中。

おてんば幼少期、改善ならず

―小さい頃はどんな子だったか覚えていますか?

小さい頃の記憶はほとんどありませんが、親からの逸話はたくさん聞きます。2つ上に兄がいるんですが、兄の真似をするのが好きだったようですね。男の子に混ざってサッカーをやったり、兄が公文に通っていたんですが、全く同じプリントをもらってせっせこ解いて「出来たー!」って喜んでいたり。

―それはそれですごいですよね?

幼稚園入りたてで、すでにひらがなカタカナはマスターしていました(笑) あと、親の化粧台に勝手にあがって、化粧品をぐっちゃぐちゃにして、怒られたりですね。一人で外に出て遊んだりと、やんちゃでした(笑)

―好奇心旺盛だったんですねー(笑)

言い風に聞けば好奇心旺盛ですね(笑) 今でもその傾向はあると思いますが、親には無鉄砲だとよく言われていましたね。自由な子だったんでしょうね。

私3人兄弟で真ん中なんですけど、今でも思いますが、真ん中って、あまり親に目をつけられていないんですね。兄や妹は細かいことで何かと母親や父親にあーだこーだと言われていましたが、自分は結構放置されて育てられた気がします。親も気がついたら、私がとんでもないことしてる!みたいに、後から気づいて叱るって感じだったんでしょうね。だから、ちょっとマズそうなことでも、冒険心が勝ってやっちゃいますね。

―でも話によると、小学校からは親がさすがに改善を試みたとか?

そうなんですよ。小学校のときは、宿題をやってこなかったり、授業をちゃんと聞かなかったり、定評がある中々の問題児でして。親がさすがにこれはよくないと、すごくたくさん習い事をさせたんですね。ピアノ、バイオリン、合唱、乗馬、水泳、公文、etc。少しは女の子らしくなるというか、真面目になるというか、そんなことを狙ったようですが、中々……(笑) ほとんど小学校で止めました。合唱と、あとネットボールというヨーロッパでは結構人気の球技があるんですが、それが好きで、それは中学で転校するまで続けました。

―では、小学校のうちは、勉強や習い事は不真面目なままだったのかな?

そうでしたねぇ(笑) 今振り返ると、親には迷惑をかけましたが、同時に教育って難しいなと思います。小学校のときどんな性格でも、中学あたりでポロっと変わったりしますものね。人は、根本は変わらないといいますが、私は中学で劇的に変わったと思います。それはもう別人のように(笑)

―その中学は、受験で第8希望だったそうですが……。そのときも何も思わなかったんですか?

はい。元々中学受験は親にやらされていただけなところもあったので、余計に。

こんなにもバカにされるのか

―その転機となったのが生物の期末テストだそうですが。

はい。小学校のときは、不真面目でしたが、成績はそれほど悪くなかったんですね。一番苦手な国語でも、平均以上はありましたし、算数は学年1番か2番でしたし。

―あれ?(笑)

だから、勉強というものに苦とか楽しみとか、とくに感情を抱いたことがなかったんですね。だから興味もなくて。でも、それはあくまで公立だったからだと思うんですね。中学では、みな受験を通っているから、それなりにはレベルの高い集団で、勉強も難しくなるし、にもかかわらず、私は真面目に授業を聞かず、周りは真面目に勉強し……という感じで、一年の最初の期末テストの生物の試験が、学年で最下位だったんです。

思えば、国語の平均点以上というのも、周りの友だちと比較してというだけで、正確な点数を言われたことはなかったので、もしかしたら平均下だったのかもしれませんね。中学校で初めて、成績表に日本でいう◎や○でなくABCという評価がついたんですよね。しかも順位まで。自分は周りと比べるとこんなに下なのかとちょっと驚きましたが、そのときはその程度しか思いませんでした。

でも後から、周りの一部の生徒に「上田さんって日本人なのに勉強出来ないんだね」と陰口されているのを知って、すごくショックでしたね。日本人は頭がいいというバイアスが私の周りにはその頃はまだありましたね、ロンドンでは。

ショックだったのは、陰口言われてたことというよりも、「勉強が出来ないと、こんなにもバカにされるのか」っていうことに、初めて気づいたことですね。大袈裟かもしれませんが、これから3年間期末テストの度、もっと言えばこれから先ずっと、勉強出来ないとバカにされるのかなと思うと、嫌で嫌でしょうがなかったですね。

何て言うんでしょう。自分が尊敬している方とか、自分が明らかに相手の方が実力が上だと認めている相手に、どうこう言われるのは気にならないけれど、あんな子たちに日々バカにされながら生きていくのかということに、無性に腹が立ったんですね。

「やるしかないんでしょう、やるしか」って

―負けず嫌いですよね、上田さんは(笑) それはすごく伝わります。

あぁ、よく言われます(笑) でも、その負けず嫌いが初めて勉強に向きましたね。気がついたら、勝手にすごく勉強していて、次の期末試験では生物の試験で学年1位でした(笑)

―どんなドラマですか? それは(笑)

いや、周りもそこまでではなかったということですよ、きっと(笑) なんだか、異常に勉強しましたから、その期末は。その後も、勉強のペースがわかったので、大体上位くらいにずっといましたね。

―勉強のペースですか。是非知りたいです。

いや、勉強のペースと言いますか、なんというんでしょう。人生で勉強が苦であったことが一度もないんですよね。この頃から。受験や法学部の試験は、もちろん辛くて辛くて仕方ないので、苦であるという表現は間違いなのですが、なんというか「やるしかないんでしょう、やるしか」って、受け入れられる自分がいますね。だから親にも一度も「勉強しなさい」と怒られたこともないし。受験や法学部の試験は、もちろん量が大変で辛かったですが、辛くてあたり前だと思える忍耐力がいつの間にかあるので。なんでしょうこれ、ドMみたい……(笑)

―辛いことを我慢出来るのは、すごいことだと思いますよ。誰もが勉強が出来ない一番の原因ですよ。しかも、別に勉強が楽しいわけでもないのに乗り越えられるなんて、羨ましい……。

一度始めたことはやめたくないという性分もありますね。だから、試験勉強を始めるのが遅い時もよくあります(笑)ただ周りからも馬力は人の10倍くらいはあるといつも関心されるので(笑)そういう馬力というか集中力と、あと負けず嫌いと、一度始めたことは辞めたくないっていうこだわりとか全部が、勉強にも向いたんでしょうね。

なんとなく漫画で知っていたんですが

―そこから日本に帰国されましたが、海外との違いには困ったりしましたか?

そうですね。まぁよくあることですが、いじめにはあいました。しばらくしたら、普通に落ち着きましたが……。日本文化をまるでわかってなかったですね。特に部活について。普通のことをしているようで、だいぶ向こうのクラブ活動とは違いました。

―先輩に敬語とか、そういう感じですかね?

んー、それはなんとなく漫画で知っていたんですが(笑) 日本の部活はすごく厳しいですよね。ランニングとか、準備片付けなどなど。私は、すごくのんびりなイメージを持ったままだったので、向こうのクラブ活動的な。「何サボってるのあいつ」みたいな目で見られてしまって。

―どうやっていじめが改善されたかとか、わかりますか?

ここでも多分勉強が出来たことは大きかったと思います。英語はもちろんですが、それ以外も。やっぱり学生の頃は、勉強が出来るって、かなり指標として影響力は大きいですからね。それなりに注目されるようになりました。あとは何か問題があったとき、自分がどんなに正しいと思っても、自分に何か問題がないか考えることが大切だということ。そして大体の場合、自分にも多少は原因があるということを考えるようになりましたね。実際、私の行動は日本では浮いていたかもしれませんが、そんなに怪しい行動をしていたわけではなくて。部活っていうカラーがわからなかっただけだけれど、でも実際に輪を乱していたのは私なわけですね。後編はこちら>>
三雲俊介。1988年生まれ。中学1年の夏に幼少期にも数年滞在した、米国カリフォルニア州オレンジカウンティー、ニューポートビーチに移り、私立St. Margaret's Episcopal Schoolに高校卒業まで6年間通う。高校卒業後、慶應義塾大学法学部法律学科に進学。現在4年に在学。現在は法律系サークルとフットサルサークルに所属している。