海外生活体験者・学生インタビューvol.113

interviewees_s_240_profile.jpg 山﨑奈都子さん。1989年生まれ。3歳までオーストラリアのメルボルンで過ごし、一度帰国する。その後、小学3年からの4年間、イギリスに住み、現地の私立学校Bedford High Schoolへ通う。卒業後、再び日本に戻り、中高時代は私立公文国際学園にて様々な学校行事で活躍。学校代表として模擬国連世界大会に出場する。08年度4月東京大学文科Ⅰ類に入学し、10年度より法学部へ進学。大学でもG8 Youth Summit、京論壇など、積極的に国際的な学生主体のプロジェクトに参加している。

―なっちゃん、今日はよろしくお願いします。忙しいのにありがとう!

いえいえ、こちらこそ。なんだか、インタビューって緊張するね(笑)

―気軽な感じで大丈夫(笑) まずは海外のどこに、どれくらい住んでいたか教えてもらえますか?

はい。生後10ヶ月から3歳まではオーストラリアのメルボルンで暮らし、帰国しました。その後、小3から小6の4年間をイギリスのBedfordという町で過ごしました。オーストラリアにいた頃は、小さすぎて覚えてないな。イギリスに行ったときも、英語を全く話せない状態でした。Bedfordはロンドンから車で2時間くらいの静かな町です。日本で言うと、東京と群馬くらいの距離感かな? あまり日本人がいない町に住もうということになり、Bedfordにしたみたい(笑)

姉のおかげで条件付き入学

―そうなんだ! じゃあ小学校も日本人いなかった?

そう、私と姉だけ(笑)

―どんな学校だったの?

小学校から高校までは私立の女子校で、日本人はいなかったけど、中国人は多かったな。Boarding Houseと呼ばれている寮があって、親元離れて、みんなそこに住んでました。中国ではかなりお金持ちの家の子どもたちだったと思う。あとはロシア人の子とかもいたかな。全寮制ではないから、私は家から通ってたよ。近くの公立小学校はあまり教育水準が高くなかったから、それで親は私立に入れたみたい。

―最初、英語が全然しゃべれなかったのに、不安じゃなかった?

実はあんまり最初の頃のことは覚えていなくて(笑) でも、そこまで感じなかったかな? みんな優しくしてくれました。姉は5歳年上で、オーストラリアで喋れるようになってたから、一緒の学校に通っていたことも大きかったかも。最初全く喋れなかったから、そもそも入学断られたんだけど(笑) 姉はもちろん普通に入れて、そのおかげで入れてもらえたの。1年通って、もし喋れるようにならなかったら、違う学校に行ってくださいという条件付きでした。

―なっちゃん入れないとか、ありえん(笑)

無限の可能性をくれた学校

―やっぱり私立だから厳しかったんだね。どんな授業だったの?


ひとつ学年下げて、小2のクラスに入ったの。アジア人は全然いなくて、逆にそれは溶け込みやすかったかも。最初はESLの授業をたくさん受けさせられて、とにかく英語だらけだった。ESLの授業を受けるとき、中国人の女の子と2人だけで、その子が怖かったから(笑) 最初はきつかったな。それでも、途中から仲良くなって、未だにFacebookで連絡取ってるよ。

そのうちESLは減っていって、理科・社会の授業もあったよ。社会と言っても、「現代社会」はやらず、「イギリス史」をやったの。それも通史を時間軸でやるのではなく、「今学期はチューダー朝、来学期は産業革命」といった感じで、学期ごとに一つの時代をテーマにやってた。

どの科目も宿題は途轍もなく多くて、中学入った頃より、小学校の方が勉強してたな。英語の調べ物学習で30ページのレポート書かされたり。大学でも、そんな長編大作なんて、そうは書かないのに(笑) 「宿題計画シート」なるものを渡されていて、何曜日の何時から何時まで、どの科目の宿題をやるか書かれているの。たとえば「水曜日フランス語45分」みたいに。

―小学校からフランス語の授業あったの?! 待って、英語でフランス語習うってどういう状況? (笑)

確かに今思うと色々やらせてくれた学校だったな。授業時間内にピアノを教えてもらえたり、他にもフルートとか色々な楽器が習えたり。音楽以外にダンスまであった。

―私立だからこそ、やらせてくれたのかもね。

そうだね。日本に帰って来てから、どれだけいい学校だったか実感した。自分の持っている良さ、特技といったものを表に出す機会をたくさんくれる学校だった。学校内でピアノ・コンペティションがあったの。それに出て優勝したとき、学校内のピアノ演奏会で弾くことになって。その頃まだイギリス来たばかりで、英語分からないから忘れ物とか多くて、ちょっとした困ったちゃんだったんだけど(笑) ピアノのおかげで得意分野を見せられた。母は「『芸は身を助けるってこういうことだな』と思った」と言ってました。

―私高校の頃、なっちゃんのピアノ聞いて感動した。何歳から弾いてるの?

ありがとう! 3歳だよ(笑)

中学受験準備 in UK

―中・高は公文国際学園で私たち一緒だったよね。公文は私立だから入試があるけど、イギリスでどう準備したの?


公文は日本にいるとき姉が通ってたから、自分も行こうと思ったんだ。いい学校だと知ってたからね。姉のときと試験方法は同じ作文と面接だから、その準備は母と一緒にやってたの。あとはロンドンまで行って英検受けたのは覚えてる。

作文は時事問題がテーマとして出るから、母が毎日お題を1題作ってくれて、それを解いてた。日本の時事問題を知るために、毎回作文のお題と一緒にそれに絡んだ「今日の資料」を用意してもらってたなあ。今思うと、母が頑張ってくれてた(笑) ありがたいですね。受験のために一時帰国して、受かったか確認してからイギリスに帰り、4月に入学するためにまた日本に戻ってきたの。

―入学前にかなりめまぐるしかったのね(笑) それにしても、そこまで入試の準備をしていたとはさすがです。入ってから中1の英語簡単だったでしょ?

そうだね。でも、試験前は必ず教科書、問題集を一読して臨む感じ。試験の度にそれをしたおかげで、学年上がって英語が難しくなっても大丈夫だったんだと思う。

模擬国連との出会い

―やっぱり勉強ちゃんとしてたんだね。自分に何が足りなかったかよく分かるわ(笑) 全然スピーキングとかも落ちてなかったようだけど、中高時代、何か対策してた?


週一で帰国生向けの英会話スクールには通ってたよ。あとは模擬国連に参加したのが結構大きかったと思う。公文って、いろんな国の模擬国連大会に生徒を派遣してたじゃない? 準備のために議題の資料読んだり、ネイティブの先生と議題について話して、自分はどんな意見を会議で提案していくか相談したり、実際会議で色々な国の人と英語で議論したことは訓練になったと思う。

―高校から模擬国連できるチャンスって、なかなかないよね。どんな議題扱ったの?

全部で3回行ったんだけど、そのうち2回は人権について扱ったものだった。1回は「アフリカ紛争による難民の人権保護」、もう1回は「スリランカ紛争下における民間人の保護」。人権について扱うものをわざわざ選んだわけではなく、たまたま面白そうと思った議題が「人権委員会」の議題だった。準備のために勉強することによって、「あぁ、これが『人権問題』というものなのか」と初めて摑めた感じ。

模擬国連に出場することで自分が人権に興味があることに気付いて、法学部行こうと思った。それで東大文Ⅰ受験することにしました。

―じゃあ、模擬国連によって、今まで培ってきた英語力も保てたし、自分がこれから勉強する道も見つけたんだね。人権について大学で勉強したいほど興味を惹かれたのはなぜ?

模擬国連の議題を調べているうちに、「とんでもない事態だ!」と思ったの(笑) 国家間で、国内でも民族間で人が人を傷つけている。私は色んな人種の人が暮らす社会に無邪気な頃からごく自然に触れていた。だから無理に作り上げなくても、自然な状態で文化の異なる人々が共存できる社会が存在し得ることを知っている。だからこそ、模擬国連の議題のために調べた事例ひとつひとつが、理解の範疇を超える内容だった。

イギリスに行って良かったと思うのは、今の私の考えを作り上げている基盤ができたこと。それがなければ、色々な人が共存する世界を結構大きくなるまで知らなかっただろうし、模擬国連にも挑戦しなかっただろうし、挑戦したとしても人権問題に興味を持たなかったんじゃないかな。

これからの目指す道

―やっぱりイギリスでの生活はかけがえのない体験だったんだね。最後に、自分が興味を持つものを知り、大学でそれを学んできた今、将来何をしたいと思う?


高校の頃から、将来の目標は変わっていなくて、国際機関やNGOで働きたいと思ってる。やるからには、世界の人権問題に真剣に取り組みたい。Human Rights Watchで去年インターンをして、本当にそれが確信できたの。それを叶えるために、国家公務員になるか、学部卒業後すぐに院へ行くか、弁護士になって法律のプロになるか、色々迷ったけど。今は、まず就職して社会を知り、いつか海外の院に留学して、その後はいよいよ目標の仕事をしていきたいと思う。

―なっちゃんなら、きっと世界にインパクトを与えられる思う。これからも応援しているね! 今日はありがとうございました。

どういたしまして! 目標に向かって頑張ります!!

Bedford High School :
http://www.bedfordhigh.co.uk/

インタビューアから一言

今回は、自分が最も尊敬している友人の山﨑さんに、改めて話を聞くことができ、とても刺激的でした。彼女の魅力は、何よりもあらゆる方面に興味を持ち、そのひとつひとつに手を抜かず、極めていく点だと思います。高校の頃から明るく、優しく、才能豊かで、しかも誰よりも努力を惜しまないなっちゃん。中・高・大と一緒ですが、彼女がいなかったら今の自分はないなと思うほど、なっちゃんからインパクトを受けています。私も「人が見て、『自分も頑張ろう』と思う人間」を目指します! これからも、ともに夢を叶えていきたいです。なっちゃん、本当にありがとう!

interviewee_s_239_profile.jpg 尾下祥子。1989年東京生まれ。アメリカのヴァージニア州に1歳から4歳、ニュージャージー州に5歳から8歳の間滞在。その後帰国し、公立小学校を卒業後、私立公文国際学園(神奈川)にて中高時代を過ごす。09年4月に東京大学文科Ⅱ類に入学。現在は、経済学部金融学科に進学し、3年に在籍。「ADEO(アデオ)」という、アフリカで医療・食糧・教育問題に取り組むNGOの日本支部(アデオジャパン)で活動中。