海外生活体験者・社会人インタビューvol.98〜後編〜

interviewee_s_236_profile.jpg 八代尚宏さん。1946年生まれ。大阪出身。68年に国際基督教大学(ICU)卒業後、東大経済学部に3年生として編入。卒業後は経済企画庁に入る。75年にアメリカのメリーランド大学へ留学し、博士号を取得。また、87年から90年までの3年間はOECD(Organization for Economic Co-operation and Development)に出向。帰国後は上智大学の教授、日本経済研究センター理事長を経て、05年からはICUで教授として経済学を教える。

「こういうことは書くな」という圧力

―少し話を変えて、先生がOECDで勤務されたときのことを、お聞きしたいと思います。そこでは、どんなお仕事をされたのですか?

OECDは、本部がパリにありますので、フランス勤務でした。87年から90年までの3年間です。仕事は経済企画庁と基本的に同じです。経済の予測と分析をします。当時OECDは24ヵ国だったのですが、私は日本とアイルランドの2ヵ国に責任を持ち、それぞれの経済予測と経済白書のようなレポートを書きました。ですから、アイルランドにはよく出張に行きました。

年2回Economic Outlookという、OECDの国全部についての予測を載せる本を作りました。それと、日本については3冊、アイルランドについては1冊レポートを作成しました。これは作ること自体も大変ですが、書き終えた後、日本政府と調整もしないといけないのが大変でした。悉く「こういうことは書くな」という圧力をかけられるのですね(苦笑) それだけ日本政府がOECDを重視しているからなのですが。

一番詳しい人間が説明すればいい

―先生がOECDに出向されたのは,希望があったからですか?

そうです。希望は出していましたよ。けれど、海外勤務も最初は大変でした。と言うのも、責任が明確でしたので。どこまで自分に仕事が与えられているか、そして、権限もはっきりしていました。私の場合は、日本とアイルランドの経済分析に関しては、完全に任せられていました。上には課長がいるのですが、彼は横から見ている感じで、最終責任は私にありました。

私のように、2ヵ国ずつ担当する人が3人いて、それをまとめるのが課長であり、個々の国には、それぞれの担当者が責任をもつ形です。例えば、OECD事務総長が日本やアイルランドに行くときは、私が直接説明しましたが、これは日本の官庁ではあり得ないことです。日本では私が局長に、局長が大臣に説明するという形ですが、OECDでは一番詳しい人間が説明すればいいというスタンスです。

―やはり、日本と海外では、仕事へのスタンスが全然違いますね。お仕事の進め方について聞きたいのですが、急にアイルランドの経済を予測しろと言われても、難しいと思うのですが、どうやってやるんですか? また、データはどのように集めるのですか?

データはアイルランド政府からもらいます。それから他の機関、政府と違う考え方の人からもヒアリングします。例えば、民間のエコノミストとコンタクトを取ったりします。経済の予測の方法に関してですが、OECDでは標準的なやり方があります。ベーシックな経済の知識があれば、アイルランドについて全然知らなくても、それなりに分かるのです。私が赴任したときは、ちょうどアイルランドの転換期で、それまでお荷物だったアイルランドが猛烈に発展し始めた時代でした。そういう意味では、日本と似ていて、比較できて面白かったですよ。

―なるほど、経済を知っている人ならば、なんとかなるんですね。

残業するとwarning letter

―もう一つ気になることがありまして、OECDの仕事は一日どのくらいなのですか?

これは大体、日本と同じですよ。朝9時から午後6時くらいまでですね。土日はどちらか働くと、代休を必ずもらうようになっています。違うところは、一般に残業はしないという点ですね。けれど、残業に慣れていたので、ついやるとwarning letterが来たりしました(笑)

残業代は出ないのですけど、その分、代休があるのです。だから、残業しすぎると、そんなに代休は出せないからやめろと人事部から言われる。しかも、この警告は私だけでなく上司にも行くので、上司からもやめろと言われましたね。しょうがないから、届けを出さずにサービス残業をしました(笑) つまり、向こうでは効率的に働かないといけないのです。

―残業すると警告されるなんて驚きです(笑)

Mr.Yashiroの英語はきつい

―他にも、海外と日本の職場では、ここが違うという点はありますか?

そうですね。まず1つ、OECDでは仕事を個人単位で行っていました。これは日本とは全然違いますね。会議は年に数回ぐらいしかないほどです。しかも、個室で働いていました。全然会議もしないでどう調整するかというと、全部代わりにEmailでやりとりするのです。例えば、Economic Outlookなど、日本経済の予測の文書を、完成前に関係者全員にメールで送って見てもらったりしました。

これに関しては、勝手に一人で全部進めちゃいけないのですね。なぜかというと、日本は世界でも経済的には大きな力を持っているので、その予測は他の国にも影響するからです。OECDでは国別と分野別の分担があり、国際収支や物価の担当からは、日本経済の数値が出てくる。その人たちと調整をしないといけないのです。

私もいっぱい文書を回しましたが、同時に自分にもたくさん回ってきます。これは早く読んで、直ちにコメントしていました。相手が言っていることがおかしいと感じるときは、すぐに自分の考えをコメントしました。けれど、量がたくさんあるため、短時間で読んで英語でコメントしないといけなく、その点は大変でした。

アメリカ留学時代の癖と時間がないという理由で、ストレートにコメントしていたら、Mr.Yashiroの英語はきつ過ぎるという文句が来たこともありました(苦笑) 日本人のくせに、随分とアグレッシブだと思われてしまったのでしょうね。けれど、コメント自体はみなさん評価してくださいました。書くのは話すときと違って、ハンディキャップが小さいところがよかったですね。

OECDは官庁とは違い、周りはエコノミストばかりでしたので、話が通じて非常に面白かったです。経済学の理論でディスカッションができるわけです。それとこれは、日本と海外の差ということではないのですけど、海外から日本に出張することでわかったことがあります。それは官庁のレベルの差です。

例えば、日本の財務省なんかは進んでいて、英語ができる課長補佐クラスの人が一人で説明してくれるので、こちらとしても効率的がいいのです。けれど、国内官庁だと20人くらいやってくる上に、英語ができるのは数人だけでした(苦笑)

また、単に英語が話せないという場合もありますが、そもそも論理的な話が出来ていない人も結構いるのです。そうなると、通訳を呼んできても意味不明になってしまうものだから、もう大変でした。論理的に話す訓練が必要だと感じましたね。今は変わっては来ていますが、海外から帰ってきて日本でもう一度働くと、このあたりが大きな壁になるのではないかと思います。

―海外と日本では大きな差があるようですね。それに論理的話せない日本人が多いのは残念ですね……。自分もそうならないよう頑張ります(苦笑)

自分が本当に試されるとき

―最後に、今はかなりの就職氷河期ですが、就活生に一言いただけますか?

不況のときは、企業は採用を厳選しますよね。そこで頑張って入れたら、あなたはかなり注目されているということです。不況期は、自分が本当に試されるときと考えていいと思います。難しいとは思いますが、何をしたいかをよく考えてから、自分の意思を尊重してください。大学受験でみなさん猛勉強されたのですから、もっと重要な就職活動では、それ以上に頑張れると思います。

―ちなみに公務員はオススメですか? 3年生から公務員目指すのは、難しいとは思いますが……。

そうですね。公務員は依然としてオススメです。一生やるというのではなく、スタートラインとしては、公務員はいいと思います。10年ほどした後で、色々道が開けてきますから。それに、公務員試験は大学入試よりはるかにいい試験です。細かすぎず、きちっと勉強すれば通れるようになっているので。試験に通るためというより、大学の勉強を試すターゲットとしてイメージしてやるといいのではないでしょうか。

将来、国際公務員になりたいっていう学生にもよく会いますが、国際機関はどこも中途採用です。そして、求めているスキルというのは、単なる知識だけでなく公務員での仕事です。そういう意味でも、公務員はあとでたくさんの道が開けてくると思います。

また、国際公務員に興味がある方は、是非経済学を勉強してみるといいと思います。経済関係の国際機関は多いですし、経済学というのは、どこの機関でもポストでも、共通して使われていますので。そして、Ph.Dは不可欠でしょう。Ph.Dはいわば、ハイレベルな仕事をするために必要な、基礎的な学力の証明とされます。是非、何か目標を見つけ、それに向けて頑張ってください。

―国際機関で働きたい人にとっては、公務員はスタートラインとしてかなり魅力的ですね。本日はインタビューにご協力くださり、ありがとうございました!

University of Maryland :
http://www.umd.edu/

インタビューアから一言

八代先生の授業は私も何度か受講したことがあるのですが、こんなに一対一で詳しくお話をしたのは初めてでした。今の先生がいるのは、若いときから自分のやりたいことを見据えて、それに向かって努力してきたからなのだなと感じました。また先生は、最初から経済に興味があったわけではないことが、私にとっては驚きでした。本当に自分が興味あることを見つけること、そして見つけたら目標に向かって努力することが、学生にとっては本当に大事なのだなと改めて感じました。

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中野雄介。1989年東京都生まれ。小学校3年生のときにイギリスへ渡りサリー州に滞在。Whitgift Schoolに11年生(15歳)まで通い、その後日本の高校入学に合わせて帰国。国際基督教大学高等学校に入学し卒業後は国際基督教大学に進学。現在教養学部アーツサイエンス学科の4年生。専攻は経済学だが、リベラルアーツの教育方針の下で、経済学以外の科目も多数学ぶ。部活動ではソフトボールをしており、経験者に負けぬよう練習に取り組んでいる。