海外生活体験者・学生インタビューvol.125

nterviewee_g_125_profile.jpg 小林研二朗さん。1989年7月6日生まれ。中学校卒業までは、日本の学校に通学していた。卒業後イギリスに移り、私立International Kings Collegeに入学、その後、私立Lancing Collegeに転学し、高校卒業まで通う。Lancing Collegeでは、ラグビー部に所属し、その他にも様々な部活動に参加する。留学中の3年間は寮生活。10年4月、横浜国立大学に入学。現在は3年に在籍している。1年次はアメリカンフットボール部に所属していた。現在は、学内で水球サークルを立ち上げ、学外ではバンドを結成して活動している。

ただ、なんとなく、不安は特になかった

―留学まではどんな学校生活を送っていたんですか?

中学までは、毎日部活のことしか考えていませんでした(笑) 1年を通して、練習がない日はお盆とお正月だけで、それ以外は毎日部活。あとは塾にも通い、学生委員会にも参加していたため、あまり自分一人の時間というものを持てませんでした。まぁ、他にやりたいことが特になかったため、その時は満足だったんですね。

毎日が忙しくても、学校にはたくさんの友だちがいたため、空いている時間を見つけたら、カラオケに行ったり、街に遊びにいったりしていました。夏休みは午前中に練習が終わるので、ほぼ毎日カラオケのフリータイムなどで時間を過ごします。花火大会にも行ったり、今思えば小さなことでも、そのときは大きなイベントでした。

―中学を卒業後、イギリスに留学したわけですが、その決心をした理由は何でしたか?

なんとなく……ですね(笑) たまたま、親の知り合いで、イギリスの学校と関係があった人がいたので、紹介してもらえました。と言うよりも、いつの間にか勝手に行く学校が決まっていました(笑) 特に、「行きたくない」という理由もなかったし、自分の生活や進路について、「こうあるべき」というものがありませんでした。

―では、実際に行ってみて、日本との環境変化についてどう思われましたか?

まず、最初に感じた印象は「きたない」です。具体的に言うと、衛生管理がしっかりと行き届いている日本に比べて、イギリスは雑な感じです。マクドナルドの机は、油のような膜でぬるぬるしてたり、道の歩道には捨てられたガムだらけだったり。38度以上の熱が出ているのに、平熱扱いされたこともありました。

―それは、大変でしたね(笑) 環境が大きく変わったわけですが、そこで不安はありましたか?

今まで、頑張ったら何とかなると思って、何でも乗り越えてきたので、特に不安はありませんでした。勉強面でも、昔から特に困ったことはなかったので大丈夫でした。

いつもの軽い感じで、「また会えるしいいよね」

―たくましいですね! 困ったことはなかったんですか?

日本人よりはっきりと主張するところがあったので、言葉に関しては、なんとか簡単な言い回しをして自分を伝えてきたので、特に不安にはならなかったです。ただ、国民性や民族性に大きな違いがあったので、理解し合うのはなかなか困難でした。最終的には、寮生活をともにしていくにつれて、考え方が少しあちらよりになったと思います。

部活動では、特にこだわりを持たず、ラグビーを始め、テニス・サッカー・バスケットボール・陸上ホッケー・ランダーズ・クリケット・水泳・空手等もやっていたので、色々な友だちと関わることができました。スポーツをやることによって、友だちと関わる時間が増え、色々な考え方を共有し合えるようになったんだと思います。

―友達が増えるのはいいことですね。ただ、いろんな部活に所属しすぎて中途半端になりませんでしたか?

日本は、一つの部活に所属すると、なかなか掛け持ちをすることができませんが、イギリスは違います。季節によってできるスポーツが異なり、毎日違うスポーツを選ぶことができます。そのため、一つに固執せずに色々な経験ができます。練習量は日本の学校に比べると劣りますが、毎回メリハリを持ってやっていたので、中途半端にはなりませんでした。

友だちとの交流は部活だけに留まりません。学校にはたくさんの外国人がいました。イギリス人はもちろん、中国・韓国・ロシヤ・ドイツ・アメリカといったところです。中国人や韓国人とは、よく中国麻雀をしていました。イギリスでは、保護者同伴なら何歳からでもお酒が飲める法律があったので、イギリス人やドイツ人とは、よく週末にパブへ出かけていました。多民族があつまり、多様な文化がありましたが、同じ屋根の下で暮らすので、まとまりはありました。

今思い返せば、いい思い出です。寮対抗のクリケット大会などは印象的です。野球によく似ていますが、自分の腕次第でバッターを何度も続けることができ、かつ、チームワークも大切なので、魅力的でもありました。この大会を機に、クリケットの面白さを感じて、続けてみようと思いました。

―いい思い出ですね! 1番印象に残っている思い出は何ですか?

やっぱり最後に行った、フランス卒業旅行ですね。フランス北部の田舎へ行って、アスレチックで楽しんだ後、キャンプをしました。次の日は、パリのディズニーランドへ。観光もしたかったため、2時間しか楽しむことができませんでした。時間は少なかったですが、濃厚で充実した旅でした。

なぜか、仲の良かった友だちはみんな意外とあっさりとしていたので、最後の別れには苦しみませんでした。いつもの軽い感じで、「また会えるしいいよね」って。そのせいか、別れを惜しむことなく、すんなりバイバイと言えました。私もむしろ、次の環境への期待の方がいっぱいで、それどころじゃありませんでしたね(笑)

揉まれながら勉強したいという気持ち

―期待をいっぱい膨らませてからの帰国後はどのように感じましたか?

帰国後、予備校に通ったわけですが、そこで感じたのは、出身国によって考え方が違うということです。その国独自の言い回し方が日本語にも影響していて、おもしろかったです。また、性格も国によって異なる傾向があったので、出身国によって仲良くなる友だちも違いました。インターに通っていたひとたちは、色んな国の人たちと関わっていたため、仲良くなりやすかったです。

私はイギリスの退屈な田舎の学校に通っていたので、東京の忙しさには帰ってきて改めて驚きました。イギリスでは変と思われるようなファッションでも、東京では個性と認めてもらえるようなところもです。そんな日本は、私にとって大変刺激的でした。

受験中は、何よりも受験生という存在にうんざりして、ストレスさえも感じていました。勉強というよりも、社会的地位がないため、地に足がついていない感じです。しかし、予備校でもいい仲間に恵まれていたため、みんなで困っていることろは助け合い、互いに自分を高めあうことができました。

―苦しい時も仲間がいると心強いですね。大学は、なぜ横浜国立大学を選んだのですか?

学校見学がてらに、学祭に行ったのがきっかけです。私には、校風が自分に合っていると感じました。こういう学生たちに囲まれ、揉まれながら勉強したいという気持ちで一杯でした。また、学力も大学に合っていたので、横浜国立大学に入学することを決意しました。

―入学後の感想は?

思っていた以上に地味でした(笑) 学生の本業をまっとうしている学生ばかりでした。ファッション誌に載っているような茶髪の子を見かけるのが珍しいくらいです。私立と国立の違いを痛感しましたね。

1年間アメリカンフットボール部に所属していました。しかし、拘束時間の多さが嫌になって止めてしまいました。日本の学校にいた頃は何とも思いませんでしたが、イギリス留学に行ったことが原因だと思います。色々な経験を積む時間があることが当たり前になり、ある程度自分の時間ないと、窮屈な感じがして耐えられませんでした。

ただ、何もしないのはもっと嫌ですから、友だちと一緒に水球サークルを立ち上げました。そして、学外でも、社会人も交えたバンドも組みました。共通の友だちはいませんが、活動時間帯が異なるため、うまく運営できています。今後もバンドやサークルを通して、様々な人と相互理解を深めながら関わって行きたいと思っています。

―より充実した毎日を送れたらいいですね。今日はありがとうございます。今後も頑張ってください。

いえ、こちらこそありがとうございました。

Lancing College :
http://www.lancingcollege.co.uk/

インタビューアから一言

小林くんのことは小学校時代から知っていましたが、イギリスへ行ってから、格段にアクティブになったと思います。行動力があるからこそ、何一つも中途半端に終わらせず、満遍なく物事をこなせたのではないでしょうか。今回のインタビューを通して、彼のアクティブさだけでなく、時間の使い方などを見習いたいと思いました。私もイギリスに滞在していたので、留学時代の共感できる話が聞けてとても楽しかったです。

nterviewee_g_125_2_profile.jpg 石塚慎之助。兵庫県芦屋市出身。小学校から高校2年生の7月までは、日本の学校に通う。ぬるま湯生活から脱するために、イギリス・サセックス州にある学校に留学。留学中は、ラグビー部に所属し、寮長と学生委員を務める。3年間の留学を経て、青山学院大学社会情報学部・社会情報学科に入学。現在は2年に在籍。課外活動はフットサルサークルに所属している。