活動報告 「世界の学校から」vol.29 大塚清輔‏

今回はStockholm International School (SIS) の紹介です。紹介者は、中央大学法学部国際企業関係法学科4年の大塚清輔さんです。SISは、スウェーデンの首都ストックホルムの中心部に位置する小規模な私立学校です。もともとは大使館員の子どもを預かる保育施設だったそうですが、現在では保育園から高校まで完備しており、町の中心街まで徒歩でも20分でアクセスできる好立地にあります。冬はマイナス30℃、夏は30℃と、厳しい気候のようですが、ひとは優しく温かく、非常に豊かで恵まれた環境にあるようです。

interviewee_s_156_profile.jpg 大塚清輔さん。1989年生まれ。東京都出身。外交官である父に同伴して、2歳から18歳まで、スコットランド、タイ、アメリカ(ニューヨークとマサチューセッツ)、スリランカ、スウェーデンにそれぞれ約3年間ずつ滞在。日本の大学を受験しようと帰国。中央大学に入学し、法学部国際企業関係法学科4年に在籍。国際交流学生団体 The Asian Law Students’ Association(和名:アジア法学生協会)に入会し、活動中。8歳からスコットランドの伝統楽器であるバグパイプを続けており、各種イベントで公演している。

活動報告

Stockholm International School

周辺環境と気候

Hötorgetはスウェーデンの首都、ストックホルムの中心街近くにある場所で、ここに私が高校3年間を過ごしたStockholm International School(以下SIS)があります。近くに大きな公園があり、そこにJohannes Kyrkaという大きな教会が建っていて、よくベルが響いていました。ストックホルムの真ん中ともあって、中心街には徒歩でも20分あれば余裕でアクセスできる距離です。 report_s29otsuka1.jpg

北極圏ぎりぎりに位置するため、冬はとても寒くてマイナス30℃まで行くことがあり、郊外に位置していた自宅から通うのに一苦労でした。その反面、夏は北極圏とは思えないほどの暑さで、逆に30℃にも達することがあります。

Stockholmの町の様子

町は季節・時間帯によっては様々な面を見せてくれます。

report_s29otsuka2.jpg 夏は、日照時間が長いこともあって街の雰囲気はとても明るく、港や公園の芝生で日光浴を楽しむ姿が頻繁に見られます。この季節はSISを含め、学校の卒業シーズンということもあり、特に高校生が卒業を祝って囲い付きのトラックに乗りこんで卒業の嬉しさを叫びながら、ほぼ一日中ストックホルムの街中を周回する光景が見られます。

冬は夏と正反対で日照時間が短い時は6時間にも満たないのですぐに暗くなります。人々の活気も夏までには至りませんが、町の明かりやイルミネーションが早ければ4時ごろから楽しむことができます。

町の人々はとても気さくで明るく、道に迷っているとスウェーデン語でも英語でも気さくに声をかけて助けてくれ、丁寧に教えてくれます。福祉国家ともあって、バス、電車や地下鉄ではお年寄りには席を譲ったり、乗る際に手助けをしたり、とても心が豊かになる光景を見られます。

学校の様子

SISは1951年に設立された私立学校です、はじめはイギリス大使館職員が同伴していた子どもを預かる保育園のような施設でした。現在は、保育園・幼稚園・小学校・中学校・高等学校としての役割を果たしており、人数は毎年400人前後在籍しています。世界50カ国以上の児童生徒が学習しており、それぞれの国々の文化を尊重した精神を持ち、色々な文化背景を持つ児童生徒と、楽しく和やかな雰囲気の中で交流することができます。先生たちも色々な文化背景を持つ人たちが集まっており、先生同士も深い交流があります。

学校や生徒会主催で沢山のイベントも開かれます。全学年を巻き込んだスポーツイベントや、学年ごとの旅行(海外も国内も)、模擬国連、文化ショー、学年無差別タレントショーなど、学年を問わずに楽しい時間を一緒に過ごせるイベントが盛りだくさんです。時には、学校の食堂がディスコに変身して、ハロウィーン、クリスマス、卒業などのダンスパーティが行われます。

国籍別に見て多かったのはアメリカ人で、その次にスウェーデン人でした。日本人は、私が転入した時点では学校内で4番目のマジョリティでしたが、徐々に少なくなり、卒業時は私を含めて4人程度だった気がします。

学校の教育プログラム

学校に在籍する児童生徒は、大きく分けて、幼稚園部(Reception:4歳~5歳児)、Primary Year Programme(PYP、Grade1~Grade5:6歳~)、Middle Year Programme(MYP、Grade6~Grade10:11歳~)、Diploma Course(Grade11~Grade12:16歳~)の4つのいずれかに所属します。 report_s29otsuka3.jpg

もともとイギリス大使館職員の子どもを預かる施設だったため、イギリス英語のテキストを主に使っていますが、International Baccalaureate (IB)の認定校であるため、成績評価の方式は中学部からIB方式で行われています。MYP最終学年である10年生においては、1年間何か特定のテーマに基づいて研究するPersonal Projectを行い、一定の成績評価と業績を残さなければ、Diploma Courseに進学できない仕組みになっています。

とは言え、今まで進学できなかった生徒はいないようです。私はここで9年生の途中から12年生の卒業まで在籍し、Personal Projectを経て、IBの2年間プログラムで勉強しました。IB Programmeは課外奉仕活動、Theory of Knowledge(知識の理論?)、と6科目(そのうち3科目はハイレベル科目を選択し、ハイレベル科目の難易度は大学1年に相当)教科を選択して学習するものでした。

学校生活 ~勉強&人間関係~

勉強面では、アメリカのボストンに住んでいた時に1年間地元の学校に通っており、英語で話すことへの抵抗はありませんでした。しかし、改めて英語漬けの教育に身を置いてみると、自分の語彙の少なさに驚き、苦労したのを覚えています。

かと言って、ESL(English as Second Language)のクラスを取るほどではないという微妙な英語力で、先生たちも困っていたのを良く覚えています。9年生の夏休みに、先生が考えてくださった英語強化メニューと映画のセリフの暗記や単語テストによって、受けさせてもらえなかったHumanitiesとEnglish Literatureの授業を10年生から受けさせてもらえるようになりました。

人間関係の面では、転入当時、日本人は私の知る限りPYPに2名、1学年下に4名、同学年に1名、1学年上に2名いました。しかし、小さいときから親の転勤で異文化の交流に慣れていた自分は、日本人との交流は極力避けました。「せっかく英語で学び、交流しに来たのに、日本語に依存してはいけない」という気持ちがあったからだと思います。IBで勉強しているときには、学校にいる日本人の数が転入時に比べて半分以下に減り、「日本人少なくなったな」と感じました。

10年生のときに、仲が良かったスリランカ人、インド人、フィンランド人、アメリカ人、ドイツ人、韓国人の友人と一緒にロックバンドを結成し、約2年間ずっと卒業するまで週2でジャミング・セッション(練習会)を開いて、学校のタレントショーや学外のイベントに出たりしました。このバンド活動が、高校時代の一番の思い出だったと思います。ギターのテクニックの上手さを競い合いつつ、本音で話すことができる友人たち。一生涯の財産をここで得ました。IBでは何人かが親の転勤で去ってしまいましたが、自分たちのオリジナルの曲を作ったりしては、クラスメートに披露していました。

最後に

report_s29otsuka4.jpg スウェーデンは、今まで住んできた国々のなかで、爆弾テロ等の事件が身近で起こらなかった国で、とても豊かな環境でした。自分の抜けているところも、ここから派生しているのかもしれませんが、人生の財産を得られたのは、ここで出会った仲間や先生方、そして自宅の近所に住んでいた愉快な人たちのおかげでした。勉強や人間関係も大変なこともありましたが、今の自分のベースは彼らと出会ったからこそあるものだと思います。

Stockholm International School (SIS) :
http://www.intsch.se/
帰国子女大学入試・合格体験記vol.41
http://www.rtnproject.com/2010/06/vol41_3.html