活動報告 「世界の学校から」vol.30 稲葉省吾

今回は、上智大学国際教養学部3年の稲葉省吾さんに、卒業された母校のParsippany Hills High Schoolをご紹介いただきます。ご本人曰く、米国ニュージャージー州の片田舎Parsippany、Parsippany-Troy Hills教育地区にある、どこにでもある平凡な公立学校だそうですが、深々とした緑に囲まれた山地にあり、豊かな自然に恵まれた環境があります。教員の半数は、それぞれが教えている分野に関する修士号、あるいは博士号を修得しており、授業の水準も決して低いものではないようです。

稲葉省吾さん。1990年神奈川県の田舎生まれ。小学校5年生のときにアメリカのニュージャージー州に引っ越し、7年8ヶ月ほど滞在。Parsippany Hills High Schoolを卒業後、日本に帰国。2009年に上智大学国際教養学部に合格し、現在3年に在学。国際教養学部の制度を活用して、史学や政治学など複数の科目を学んでいる。RTN Project上智支部代表。

活動報告

Parsippany Hills High School

私は、小学校5年生のときにアメリカのニュージャージー州に引越し、小学校と中学校を無事に卒業した後、Parsippany Hills High Schoolに入学しました。どこにでもあるような公立高校ではありましたが、私にとってはかけがえのない学校となりました。 report_s30inaba1.jpg

Parsippany Hills High SchoolはParsippany-Troy Hills教育地区にある2つの高校の内の1つであり、居住している地区によって進学する高校が変わります。入学にあたって好成績を中学で収めていたり、スポーツで素晴らしい結果を残していたりする必要は全くありません。つまり、他の帰国子女の皆さまが通われた高校よりも、すごく平凡でありふれたな学校です。

我が校の位置するParsippanyの街は、決して都会ではない片田舎です。凶悪犯罪も滅多にないのですが、私が学校にいる間に楯籠り犯が現れ、SWATが出動したことがあります。恐らく10年に1度くらいの出来事だったと思われます。

全校生徒の数は約1200人名。進学校であったり、人口密度の高い地域にあったりしないため、大規模な学校ではありません。また、日本語を話せたり、日本に長期住んでいたりした人は1人もいなかったため、私は日本人グループに所属するということはありませんでした。

教員の総数は100名程度であり、約半数はそれぞれが教えている分野に関する修士号、あるいは博士号を修得しています。一流の高校ではないものの、生徒に与える教育水準は決して低くありません。その結果、Ivy Leagueの大学に進学する生徒を毎年輩出しています。僕自身も博士号を修得している教師の下で文学を学ぶことが出来ました。

Symbol

我が校のシンボルカラーは水色と黒です。運動部のユニフォームのほとんどは水色と黒を使用しており、爽やかなデザインに仕上がっています。私自身は運動部に所属したことはありませんが、いつも格好が良いユニフォームだなと思いながら運動部の人たちを見ていました。特に、野球部のユニフォームが印象に残っています。

シンボルカラーは様々な箇所に使用されており、私が卒業した年次の卒業アルバムは水色、黒、銀色の三色で構成されたカバーに仕上がっています。卒業式のガウンも水色を使用する場合があり、客席から卒業式を見ると不思議な色彩を楽しむことが出来ます。ちなみに、僕は黒色のガウンを着ました。至って普通です。

report_s30inaba2.jpg また、我が校のマスコット、およびシンボルはバイキングであり、各スポーツの試合では、バイキングのマスコットが応援に駆けつけることがあります。マスコットの着ぐるみはとても頭でっかちで、バイキングの荒々しさよりも親しみの方が強く感じられるデザインになっています。しかし、シンボルマークのバイキングは勇ましさを感じさせる逞しい横顔とともに描かれています。


Environment and Extracurricular Activities

report_s30inaba1.jpg 我が母校は深々とした緑に囲まれた山地にあります。学校の外で写真を撮ると、大抵の場合は後ろに森が写ってしまいます。学校の周りは調度良い散歩道になっていて、学外の方々がよく散歩やジョギングに来ています。山の中に学校があるため、熊が出没して体育の授業が中止になったこともありました。本当に自然が豊かです。

敷地は他のマンモス校に比べれば広くないかもしれませんが、決して狭いわけではありません。テニスコートは全部で6面あり、野球用のグラウンドも2面あります。体育の授業では広い敷地を利用して、秋の間はアメリカンフットボールやフィールドホッケーを行い、暖かい季節になるとフリスビーやアーチェリーを行いました。

十分に広い運動用のスペースを持っているため、スポーツでは他州の高校と比べても遜色ない成績を残せています。例えば、我が校のレスリング部は06年から07年の間、地区大会で無敗を誇っていました。サッカーやチアリーディングも、州大会や全国大会に進出した、誇り高き過去を持っています。過去には、元メジャーリーガーのJoe Orsulak選手も我が校を卒業しました。

スポーツだけでなく、音楽の分野でも優秀な成果をあげています。過去10年間で7回ほど州大会に参加し、入賞しています。私の友だちが、バスに乗って遠征に行く姿をよく見ました。図書室の入り口の脇に置いてあるケースに、ブラスバンドの大会で入賞したトロフィーが沢山飾られていたことは記憶に深く残っています。

My 4 Years

小学校最終学年、中学校3年間をParsippany-Troy Hills教育地区で過ごした私にとって、Parsippany Hills High Schoolの4年間は義務教育(同教育地区では高校も義務教育に含まれます)の集大成と呼べる物でした。ESLを卒業したため、好きな授業を選択出来るようになったし、英語を話すことにも大分慣れたからです。

私は中学校の頃、ESLのクラスを取っていたため、アートの授業を選択できず、悔しい思いをしました。高校で、晴れてアートの授業を取れるようになったときは、嬉しくて夢中になり、プロレベルには遠く及ばないものの、めきめき上達していきました。好きなことに集中することの楽しさを学んだのは、高校時代の大きな収穫です。

高校で得たものは、単純な経験や能力だけではなく、思想的な面でも自分の人生を大きく変えました。英語を本格的に話せるようになったため、言語を通じての異文化理解が可能になったからです。中学までの私は、自分の文化の殻に篭っていましたが、高校生になってから自分の世界が大きく変わりました。 report_s30inaba3.jpg

At Last

Parsippany Hills High Schoolは決して非凡な高校ではありません。アメリカならばどこにでもある、平凡な高校です。ですが、だからこそ、エリート揃いである多くの帰国子女には経験できないような普通のアメリカ生活に触れることができ、平凡かつ大きく成長できたのだと思います。名門校や進学校に進学するだけが、学生にとっての幸せだと僕は思いません。背伸びをしないで入れる学校に進み、そこで将来なりたいもの、今やりたいことの2つに全力で取り組むことこそが、幸せなのではないでしょうか。

Parsippany Hills High School :
http://www.pthsd.k12.nj.us/SCH/PHHS/home.html
帰国子女大学入試・合格体験記vol.36
http://www.rtnproject.com/2010/05/vol36_2.html