海外生活体験者・学生インタビューvol.128

interviewees_g_128_1_profile.jpg 三林尚香さん。1989年三重県生まれ。8歳から11歳まで台北に滞在し、中学時代を上海で過ごす。中学3年の途中で、Suzhou Singapore International Schoolに編入。高校では、演劇やバスケ、ボランティア活動など、多くの活動に挑戦する。卒業後、大学進学のために帰国し、京都大学経済学部に入学。現在は3回生で、サークルなどに参加する傍ら、国際金融のゼミに所属している。

台北~上海~蘇州

―三林さんは台北に3年間住んでいたようですが、現地の日本人学校に通っておられたのですか?

はい、そうです。小学3年から5年にかけて台北日本人学校に通ってました。でも途中1年間は「幸安国小」という現地校に通っていました。

―どうして一時期現地校に行かれたのですか?

最初は日本人学校に転入したのですが、1学期終わったころに中国語を習得したいと思い立ち、そのためには現地校で学ぶのが一番だと判断したからです。とは言え、当時の私は中国語が片言も話せず、授業についていくのに相当苦労しました。

―日本人学校と現地校の両方に通ってみて、何かここは違うと感じるところはありましたか?

はい。現地校のほうが、人間関係が密接だと思いました。台湾の子たちは、中国語がほとんど話せなかった私にも積極的に声をかけてくれましたし、先生も中国語ができないからと私に補講をしてくださいました。

―その後、上海と蘇州に計6年半行っておられたようですが、街並みや現地の人々について、それぞれどのような印象を持たれましたか?

まず、台北についてですが、当初は本当に不便に感じました。食文化を始め、人との距離の取り方が日本と全く違ったので、戸惑ってばかりいました。気候も湿気・気温ともに高かったし、苦手な蚊やゴキブリも多くて困りました。しかし、現地の良さを知るにつれ、生活も楽しくなっていったことを覚えています。

中学校に入って、親の事情で上海に行くことになりましたが、引っ越した当初は、中国で台湾以上に大変な思いをするとは思っていませんでした。台湾で十分一連の異文化享受の難さを経験したと思い込んでいたのです。私が初めて行ったときの上海は「無秩序」という言葉で表せる気がします。「並ぶ」とか「規律を守る」とか、そういう概念が日本ほど重視されていなかったのです。

静かな日本と違い、中国は常にすごくにぎやかで、人の感情表現も豊かです。そのためか、街中の人と会話する際、怒られてるのかな?と誤解してしまうことも多かったです。でも、ここ数年の上海となると、また話は別です。万博のおかげで、見違えるようになったように思えます。多方面での整備が進んだおかげで、きれいで人のマナーも良い、住みやすい街になったように思えます。

一方、蘇州も開発区があり海外直接投資を受け入れているという点では上海と少し似ているのかもしれません。しかし、古い街並みも所どころ残っていて、上海というコスモポリタンと比べると、地方都市の色が濃いように思えます。現地の人はとても温かみのある人たちが多く、私にも優しく接してくれることが多かったです。

英語力アップのために

―蘇州のインターナショナルスクールにいた頃について教えてください。生徒の民族・人種構成はどのような感じでしたか?


私の学校では、韓国人が約6割を占めていました。台湾人、マレーシア人、シンガポール人、欧米人も少なくなかったです。比較的みんな民族ごとに分かれてグループを作っていましたね。特に、マジョリティである韓国人と台湾人はそんな傾向が強いように感じました。でも、大学のようにみんな取る授業がばらばらなので、グループはあっても混ざり合うし、お互いに幅広く仲良かったです。

―三林さんも、当然日本人グループに所属していらしたのですよね?

いえ、日本人の人数は一学年に2人と少なかったので、学年を跨いで日本人で活動をすることはあっても、日本人以外の人と過ごすことの方が多かったです。台湾で少し中国語を勉強したので、中国語圏の人たちとの敷居は低かったように思えます。私が特に仲良くしていたのは、マレー人とかフランス人とか、同じ国から来た人が少ない人たちでした。

―授業についていくのはやはり大変だったのではないですか?

確かにキツかったですね。ESLに入ったのは最初の2ヵ月のみでしたが、メインストリームに入ってから、授業中に先生の話が聞き取れるようになるのに1年はかかりました。入った当初は、英語のせいでこれまで見たこともない悪い成績を取ってしまったことも多々あり、悔しい思いをしました。それでも「勉強はできなくても努力はできる」と自分に言い聞かせ、ただただ課題をこなしていた覚えがあります。そうするうちに、授業内容も理解することができるようになり、高校2年生の頃には英語を大分身近に感じられるようにもなりました。

―と言うと?

高校1年の終わりに、それまで親しくしていた日本人の友だちが帰国してしまったので、学校で日本語を使う機会がめっきり減ったんです。それまでは英語はほぼ授業中のみでしか使っていませんでしたが、授業外でも英語を使っていかなくてはならない状況になりました。英語に対してはすごくコンプレックスがあったんですけど、勇気を出してしゃべるようにしたら、一気に友だちが増え、英語でのコミュニケーションが楽しくなりました。英語であまり苦がなく自分の意思表明をできるようになったのは、その時だったと思います。

―高校ではたくさんの活動に参加していたと聞きましたが。

そうですね、いろいろやりました。高校生活中ずっと打ち込んでいたのは演劇のバックステージでした。でも、チャンスがあればバスケやバレーといったスポーツから、リサイクル活動やボランティア活動までかじったし、とにかくいろいろ興味を持ったので、何にでも挑戦しました。あと、うちの学校では行事がちょこちょこあったんですけど、例えば、インターナショナル・デーという行事では、パフォーマンスを企画したり、とりまとめをやったりしました。

経済を学ぶことに決めた

―卒業後は帰国して、京大経済学部に入られたんですよね。


はい。実家が三重県にあることもあって、昔から何となく京大に憧れてたんですよ(笑) もちろん、一番の理由は私の学びたいことが学べると思ったからですけどね。

―今、学部ではどのようなことを学ばれていますか?

最初は開発を学びたく思い大学に入りましたが、経済学部では経済学のみならず、経営学から会計学まで幅広く扱っています。学部に入ってから如何にこれらの分野が相互に関連しあっているかに気がついたので、今は経済のみならず経営学についても学んでいます。あとは大学に入ってから始めたフランス語を結構楽しんで勉強しています。

また、最近は自分の将来についてもいろいろ考えています。最終的には開発に携わり、少しでも人々の役に立ちたいというのは高校生のときから思っています。ただ、まだ自分の中で、どのようなキャリアパスを経て目的に到達したいのか検討しているところです。それでインターンに参加したり、学生プログラムに参加してみたりと、目下自分なりに模索しているところです。2011年の9月から、カナダ・マギル大学での交換留学を控えているので、そこで開発を勉強することで、将来設計に新たな1ピースをはめ込めると楽しみにしています。

―最後に、後輩に向けて何かメッセージをお願いします。

やはり、海外で生活する経験は貴重だと思います。日本で当たり前と思っていた物事を相対化できたり、異なる価値観を得たりできるからです。違う見方や価値観を知ることは、自分の糧となり人生を豊かにするだけでなく、他人にも何かをもたらす原動力にもなり得ると思います。

また、大学で何を専攻するか迷っている方もいらっしゃるかもしれませんが、好奇心を持ったらそれを大事にすることが大事なのではないでしょうか。そこから興味を押し広げて、行動に移すとまたその先にまた何か違うことが見えてくると思うし、そこでしか得られないものもあると思います。自分も含めてですが、大学では、自分から能動的に動くことがより多くを得るきっかけになるのではないでしょうか。

―今日はありがとうございました。

Suzhou Singapore International School :
http://www.ssis-suzhou.net/

インタビューアから一言

三林さんとは、以前インタビューさせていただいた経済学部の山下先輩(学生インタビューvol.74前篇・後編を参照)の紹介で知り合いました。授業や部活・サークルといった身の周りのことから、中国の現状や世相まで、何事も深く考察し、自分なりの考えを持っておられるところが、とても印象的でした。また、同じアジア圏出身ということで、共通の話題で大いに盛り上がり、楽しませていただきました。今後も機会があれば、また是非お話しさせていただきたいです。今回はどうもありがとうございました。

海外生活体験者・学生インタビューvol.74
http://www.rtnproject.com/2010/07/vol74.html
http://www.rtnproject.com/2010/08/vol74_1.html

50/img/interviewee_s_141_profile.jpg 吉村政龍。1989年東京生まれ。小学5年から高校3年までの8年間を台湾の台北で過ごす。中学と高校はDominican International Schoolに通い、08年に卒業。同年帰国し、1年間の受験勉強の末、京都大学に入学。現在は法学部3回生。大学では国際政治経済学と東洋法史のゼミに所属し、法学部学生自治会の活動にも参加。最近は少数民族の人権問題に関心を持っている。