海外生活体験者・学生インタビューvol.129

下向依梨さん。大阪府出身。15歳まで大阪で育ち、その後スイスに留学し、スイス公文学園高等部で3年間を過ごす。帰国後、慶應義塾大学総合政策学部にAOで入学。大学では社会起業(アントレプレナーシップ)を中心に勉強し、いのけん(井上英之研究室)に所属。今まで数多くのNPO団体に参加しており、「チャイルドドクター日本学生会」の共同代表を務めるなど、数多くの活動を国内外に渡って行っている。

―今日はお忙しい中、インタビューを引き受けてくださってありがとうございます! では、よろしくお願いします。

よろしくお願いします。

―今日は下向さんが海外でどのような経験をされたのか、帰国後大学でどのような活動をされているのか、大きく分けて2点をお伺いしたいと思います。

なんか堅苦しくない?(笑)

―確かに(笑) もう少しフランクに行きますか。

そうだね、 そっちの方が私も話しやすいし。

―では早速(笑) 下向さんの海外経験について教えてもらってもいい? ちなみに、下向さんは海外生まれではないんだよね?

生まれも育ちも日本だよ。15歳までこっちの中高一貫校に通ってたの。

窮屈な日本を飛び出す

―海外に行ったのは親御さんの仕事の関係とかで?

ううん、海外に行ったのは私の意思。実は私中学の頃は問題児だったの。そもそも日本の教育スタイルがあんまり好きじゃなくて。なんというか、ほら、日本って、例えば歴史の授業だと 「1945年に第2次世界大戦が終りました。ポツダム宣言ですね。はい、 覚えて。」っていう感じでしょ? 私はもっと「なんで日本は負けるって分かってたのに戦争を続けたのか? 」 みたいな議論をたくさんしたかったわけ。そんな私にとって、日本の教育環境ってとっても窮屈で、なんだか受験一辺倒っていう空気を感じてた。

―じゃあ授業中とか、先生にたくさん突っかかってたわけか。

そういうこと!(笑) かなり迷惑がられてたね。そんななかで、中3のときに奨学金プログラムでカナダに夏休みの2ヶ月間留学に行くチャンスに巡り会ったの。私は常に何かを問う姿勢を追い求めていたから、海外での教育はとても新鮮で、刺激的で、 「これだ! 私の受けたかった教育は!」って思った。それでスイスに行こうって決意したの。

―なんでカナダとかアメリカじゃなくて、あえてスイスにしたの?

スイスって、公用語でドイツ語、フランス語、英語の3カ国語が使われてるでしょ? 言わば、国自体がインターナショナルなの。私は広い視野を持っていきたいって思ってたから、スイスかなって。ほら、アメリカだとアメリカ人になっちゃいそうでしょ?

―なるほど、そういう理由があったんだね。

自分を開花させる環境に巡り合う

スイスの高校生活はとても楽しかった。授業とかもプレゼンテーションが多いの。例えば、英米文学っていう授業があったんだけど、そこではユダヤ人の迫害について調べて、プレゼンするっていうことをやったの。決められていることはそれだけで、プレゼンの方法は自由。私は昔から歌が好きだったから、思い切って替え歌を作って、ユダヤ人迫害についてプレゼンしたの。

―歌でプレゼンなんて普通考えつかないな。すごい発想力だね。とっても下向さんらしい感じがする。

ありがとう(笑) 高校の同級生にも「すごく良かった!」 「エリらしいプレゼンだったね!」って言ってもらえて、それがすごく私の中で支えになった気がするの。ああ、 自分も個性を持っていていんだなってね。そして、この時に教育についての興味が湧き始めたの。

―それた今の下向さんにつながってるんだね。すごいなぁ!

学内外で積極的に活動する

これをきっかけに、色んなことに挑戦し始めるようになったの。今ここであげるときりがなくなっちゃうから、特に印象に残ってることだけピックアップするね。

―じゃあ、その他のことに関しては、また後日聞かせてもらってもいい?

そうね、是非(笑) 高校で行った活動で、特に大きかったのは、チュニジアのJICA事務局へのスタディーツアーを企画したことと、 模擬国連に2年連続で出場したことかな。

―なるほど。じゃあチュニジアの方から聞かせてもらえる?

教育について色々学びたいと思っていたから、スイスから近かったチュニジアのJICA事務局へのスタディーツアーを企画したの。参加者10人くらいの小規模なものだったんだけどね。

―海外へのスタディーツアー企画って、相当難しかったんじゃない?

それなりに苦労はしたかな? 大人とのコミュニケーションとか、参加者みんながうまく学べるようなマネージメントとか。そもそも、知らない国に他人を引き連れていくんだから、とても緊張したし不安だった。でも、そんな時に、先生が「やりたいなら是非やってみなよ。こっちも全力でサポートするよ!」って声をかけて下さって。それがとっても大きな支えになった気がする。日本であのまま高校に進学していたら、絶対こんなことできなかっただろうなって思った。

―模擬国連は、僕の通っていた学校も参加してたけど、あれって選抜があるよね?

模擬国連は、高校2年と3年で参加したの。しかも、3年のときは大使に任命されたの。 すごいでしょ?(笑) 模擬国連はとても面白くて刺激的なところだった。色んな国から色んな人々が集まって来て、それぞれの意見を持っていて、それがしきりに飛び交っているの。私にとっては夢のような場所だった。

こうして色んな活動をしているうちに、「スイスの教育を日本に持ち帰りたい!」って思い始めて、大学に進学したら、絶対にもっと積極的に活動してやろうって、心に決めてた。

自分を豊かにするのが人生のキャリア

―いよいよ大学生活に入るわけだね。大学受験はAO入試?

そう。高校生活での経験を全力でアピールして受かったよ。受験勉強と呼ばれるものは一切やってないの(笑) 色んな経験をして、自分を豊かにすることこそが、人生のキャリアだって思ってるから。高校生活を全力で楽しむ事が受験勉強だ! ってね(笑)

―じゃあ、それを見事に体現してみせたわけだね。そういうところすごく尊敬するなあ。

今考えると、すごい人生歩んできたなって思う(笑) 無鉄砲とも言えるかもね(笑) ただ、自分では大学に入ってから、受動的だったのが能動的になった気がする。

―え? 今まで話を聞いてる感じだと、十分能動的だった気がするんだけど……。

なんだろう、たしかに自分から動くには動いてたけど、周りから「やれば? サポートするよ」とか言ってもらってやってたわけだし、一応用意されたものではあったんだよね。大学に入ってからは、何でも自分で探して、自分で調べて動くっていうスタンスだから、自然と能動的にならざるを得ない環境だったんだと思う。

1年生のときは、迷子の年だったなあって思ってる。自分のやりたいことを模索していたというか、手当り次第に色んなことを試そうとしてた1年だった。その中でやっていた事を挙げるとしたら、NPOでの活動かな?

―NPOというと色んな活動があるみたいだけど、どういうことをやっていたの?

Blast beat という音楽と起業のコラボレーション企画で、高校生に3ヶ月間限定でミニ音楽会社を起業して、最後にはライブイベントを行ってもらうというもの。これは元々イギリスのNPOなんだけど、私はこれの日本バージョンの設立に携わったの。

実際に自分も参加して、チャリティーイベントを企画したりして、これから教育に携わっていく上で、子どものやりたいと思ったことを実現させるのが教育者のすべきこと、子どもたちを導くんじゃなくて、後押しすることが大事なんじゃないかなって思い始めた。そこで知り合った色んなバックグラウンドを持った他大学の学生とも触れ合うことができて、とても刺激を受けることができたと感じてる。

―今までの日本のイメージが変わった?

日本にも色んな考え方を持つ人がいるんだなって。まだまだ、捨てたもんじゃないなって(笑) 自分が成長したからっていうのもあるんだろうけど。

―なるほど。すごくいい経験をしているように思えるんだけど、これって迷子なの? (笑)

このころは手当たり次第だったからね。今振り返ってみると、一応自分のやりたいことには沿ってたんだなって思う(笑)

自分の目指すべき道を見つける

1年生の終わりころに、社会起業家に出会ったの。今まで自分が理想だと思っていた教育の形が、このソーシャル・アントレプレナーシップに似てるんじゃないか? って気づいた。

―2年生から目指すべき道がようやく見えてきたんだね!

そう。2年生で大きかったことは、社会起業の授業とゼミに入ったことかな。あと、一番大きかったことは、スタンフォード大学に留学をしたことかな。

―スタンフォードには、何を勉強しにいったの?

学校で勉強し始めたのと同じ。社会起業を勉強しにいったの。そこで、今の活動につながる、とても大きな刺激を受けたの。

シリコンバレーでは、創造誘発みたいなことが本当に起こっていて、とってもワクワクした! その空気感を作っているのがスタンフォード大学で、もう刺激を受けまくり(笑) これは是非とも日本に持ち込みたいって強く思った。アントレプレナーシップ教育の先駆者になりたいという決意を持ったの。

自分も何かしたい!

―そこからなにか始めたんでしょ?(笑)

そう!(笑) 2年生になって、初めて自分で何かする機会に出会えたの。きっかけは、ケニアのスラムの子どもたちの医療支援を行う「NPOチャイルドドクター・ジャパン」 との出会い。このNPOには、日本からも参加者がいたんだけど、支部がケニアにしかないから、日本の支援者が言わばないがしろにされていたの。

そこで私は、このNPOの学生団体を立ち上げることにしたんだ。支援者を増やしたいっていう思いもあったんだけど、それだけではなくて、なんでケニアで問題が起こっているのか、自分たちには何ができるのかを考えられるような環境を作りたいっていう思いがあった。

今度高校で、このケニアのチャイルドドクターの授業をすることになったの。ケニアで起こっていることを考える、議論してもらう。それで彼らの心にクリエイティビティ? 起業家精神? 私がスタンフォードで感じたようなものを感じてもらいたいって思ってる。

今は人生で一番ワクワクしてるときかな(笑) まさに、自分のやりたかったことと自分がやろうとしていることが直結したっていう感じ。

―高校の時に抱き始めた夢が、ようやく現実になろうとしてるんだね。

「何かしたい!」っていう思いを誘発したい

―では最後に、下向さんの抱負を教えてもらってもいい?

「何かしたい!」っていう思いを誘発するような人になりたい。思いを誘発して、それを後押ししたい! と思っています!

―ありがとう! ということで、ここまで長い時間ありがとうございました! 僕も下向さんのように、自分の夢に向かってがむしゃらになれるように、頑張っていきたいと思います!

スイス公文学園高等部 :
http://www.kumon.ac.jp/klas/
チャイルドドクター・ジャパン :
http://www.child-doctor.org/

インタビューアから一言

大学に入学してから毎日のように合い、一緒に活動していたサークル仲間に、サークル以外での活動についてインタビューする時間を頂きました。いつもは歌を歌うという活動でしか関わっていない下向さんのアグレッシブな生き様、強い想いなどを直に聞くことができ、自分が今まで何もしていなかったことを強く後悔しました。それと同時に、とても大きな刺激を受け、大学3年とスタートは遅れたにせよ、これからできることを精一杯していきたい! と強く思いました。自分の夢に向かってひたすら行動を起こす。 そんな下向さんの姿勢にとても憧れました。高校生への授業、是非頑張ってください! またお話を伺えたら嬉しいです。今日は貴重なお時間を本当にありがとうございました。

牧野裕。1991年神奈川県生まれ。中学受験で慶應湘南藤沢中・高等部に入学し、慶應義塾大学環境情報学部に進学、現在3年生。長期の海外経験はないが、中高所属中にオーストラリア、イギリスに各2週間の交換留学、カナダに 1ヶ月間の語学留学の経験を持つ。大学では、インタラクションデザインやユビキタスデザインを専攻し、インタラクションデザイン研究会に所属。勉強の傍ら、アカペラサークルで歌を歌っている。