海外生活体験者・学生インタビューvol.131

interviewees_g_128_1_profile.jpg 山添健太さん。1989年生まれ。幼い頃から父の転勤で日米を行き来する生活を過ごす。NYのEastchester High Schoolを卒業した後に慶應大学部商学部に入学。現在は3年に在籍し、研究会では経営学を学んでいる。スポーツ愛好家で、高校ではサッカー部のキャプテンを務め、大学ではアメフト部に所属。アメフト部では毎日厳しい練習に励みながらも、仲間と一生懸命汗を流す情熱的な日々を送っている。

頑張っても先が見えない

―まずは帰国子女として転入した小学校時代の話しをざっくり聞こうかな。小学校のときはどんな感じだったの?

帰国子女ということで日本の教育に正直中々慣れない部分もあったけど、割と上手いこと適応しながらやっていたかな。けっこうアクティブで、放課後とか昼休みに、友だちとよく野球をやっていたのを覚えている。

―なるほど。それで中学入ってどうだったの?

おれの入学した中学校は、中高一貫だったから高校受験がなくて、割と好き放題やりたいことをやっていたよ。けどまあ、とにかく部活漬けだったかな。入学時にテニス部に入って、そこで何故か中3のときに部長になったんだけど、どうしてもサッカーがやりたくなって、テニス部をやめてサッカー部に入ったりね。

―え?! 部長なのにテニス部やめて、サッカー部入ったの?(笑)

うん、自分に正直なんで(笑)

―自由だなあ(笑) それで中学卒業と同時に渡米?

そう。ちょうど卒業シーズンに父の辞令が出た。友だちと別れたくない気持ちやいきなりの引っ越しに戸惑いはもちつつも、2度目の海外生活を楽しみたい気持ちも少しあった。日本に帰国してから落ちた英語力も鍛えなおしたかったしね。

―なるほど。それで実際アメリカ行って、生活は最初どんな感じだった?

それが思ったより英語力が落ちてて、とにかく授業聞いたり宿題こなしたりするのに、相当苦労したね。現地校だったから、会話も全部英語だしね。当初は遊ぶ余裕がないくらいきつかった……。とくに意味不明だったのが、エッセイの書き方。もう毎日のように放課後先生のところに行って、エッセイの書き方を聞いてたけど、先生の言っていることがそもそもあまりわからないから、説明聞いてもよくわからないっていう(笑) とにかく、頑張っても頑張っても先が見えない時期だったね。

サッカーが全てを変えてくれた

―なるほど、それはやっぱ言葉の壁は大きいよね……。何か生活が前向きになった起点とかなかったの?

やっぱりサッカーが大きかったかな。サッカー部に入部したことで、周りの人とコミュニケーションをとる機会も増えて、自分を表現する場もできたからね。友だちも一気にできたし、なにより、勉強でたまったストレスを一気に発散することができたかな。最高学年に進級したのと同時に、キャプテンにも任命されたんだよ。

―ええ?! 日本人でしかも転入生なのに、キャプテンに任命されたんだ?

一番上手かったわけでもないんだけど、練習とか学校生活の中での日頃のまじめさ(笑)が評価されたのかな。投票で周りからキャプテンに推薦された。それまでは、部員としてただ必死についていくだけの立場だったんだけど、キャプテンになって、今度は周りのことを考えなきゃいけない立場になったね。

―なるほど。キャプテンとして特に苦労したこととかってある?

うちの学校は多国籍で、その分個性も強かったんじゃないかなって思う。基本的にみんな我が強いし、自分を曲げないんだ。それで、それがサッカーのスタイルにも反映されていて、個人技がかなり目立ったかな。中でもひときわ個人プレーが目立つ下級生がいたんだけど、その人はそれなりに技術もあったから、誰も口出しできない状態だったんだよね。でも、彼は連携を乱す存在だったから、キャプテンとしてかなり悩んだね。

―悩んだ結果、彼をどうすることにしたの?

監督にメンバーから外すように頼んだ。冷静になって試合を見ながら自分が何をやるべきか考えてもらうためにね。予想通り彼は不満そうだったけど、振り返ってみればいい薬になったんじゃないかなって思う。キャプテンとしての責任を感じた事件だったし、自分にとっても組織力の重要さを思い知る教訓にもなった。

―サッカー部に入って学んだことは多そうだね! 苦いスタートで始まった高校生活、総じてどう振り返る?

最初は何もわからない日々だったけど、振り返ってみると本当に毎日が新鮮だった。最初は、外国人も適当だな~って思っていたんだけど、実は彼らはやる時とやらない時のスイッチのオンオフがはっきりしているんだよね。例えば、平日はしっかり勉強して、週末は遊んだりね。そういう風土の環境に身をおいたことで毎日が充実したんじゃないかと思う。アメリカでは本当にたくさんのことを学びました!

何か新しいことを始めたい

―素晴らしいですね。それでいまは帰国して、慶應義塾大学に通っていると。大学生になるにあたって何か意気込みとかあった?

何か新しいことを始めたいとか考えてたね。あと、それまでチームスポーツ漬けだったから、それが自分に合ってることもわかってた。あとはまあ、とにかくグダグダな生活をするのだけは嫌だったかな(笑)

―大学ではアメフト部に所属してるよね? 前から疑問に思っていたんだけど、中高はサッカーときて、なんで大学はアメフト部に入ったの?(笑)

そうだねえ(笑) とりあえず、大学生と言えばテニスってイメージがあったから、最初は友だちと一緒にテニスサークルの新入生歓迎イベントに参加したんだけど、何か違和感を覚えたんだよね。かなり雰囲気もゆるくて、4年間飲み会ばっかりやってていいのかなって。

そんなことを考えているとこに、アメフト部の勧誘が来たっていう。アメフト部はテニスサークルと対照的で、体育会だからみんなモチベーションも高くて、かなりエネルギーが溢れていてかなり惹かれたね。アメフトは未経験だったけど、これはいいなと。結果的にアメフト部に入ってよかった。おかげで毎日充実しているからね。まあ練習は本当に死にそうになるけど(笑)

―なるほど! 死なずに頑張ってください!(笑) それでは最後に、残りの大学生活をどのように過ごしたいか、抱負をお願いします!

そうですね。今年から3年生になったわけだけど、部活では上級生になって責任感を今まで以上に持たなければいけないし、ゼミに入ったことで勉強して忙しくなるかな。だけど、どんなに忙しくなっても、やろうと決めたことは意地でもやり遂げたいと思う。それができれば自分を少しでも成長させることができると思うしね。就職活動でも、どこにいってもそういうタフな人間が求められてると思うから、とにかく何事にも負けずに頑張りたいです!

―パワフルだね! 今日はありがとうございました!

こちらこそありがとうございました!

Eastchester High School :
http://www.eastchesterschools.org/

インタビューアから一言

ゾエタこと山添くんは、普段からとてもフランクで、元気すぎるというくらい元気なんですが、今日こうして彼の生い立ちを知ることで、その元気過ぎる理由が少しわかった気がしました。小学校のときからずっとスポーツを通じて組織に所属しているので、どんな組織に入っても力を発揮できそうです。どんな逆境でも、今まで通りパワフルに踏ん張って頑張ってほしいです!

50/img/interviewees_s_239_profile 加地隼人。1989年東京都生まれ。父の転勤で2歳から9歳までアメリカはイリノイ州で過ごした後、帰国。東京都の小学校、中学校を卒業し高校入学と同時に再び父の転勤で渡米することに。NY州のScarsdale High Schoolを卒業した後に帰国。2009年に慶應大学経済学部に入学。現在は同大学3年生として経済学を勉強する傍らでバンド活動を行っている。