海外生活体験者・学生インタビューvol.132

interviewees_g_128_1_profile.jpg 小林千恵さん。1990年イギリス生まれ。1歳半で日本に帰国し、5歳から小学4年まで再度渡英。その後小学4年途中から中学卒業までを日本で過ごし、高校はイギリスのMarymount International School of Londonに通う。卒業後、09年に一橋大学法学部に入学し、現在3年生。大学では、留学生支援の活動やESS(国際部)の取りまとめに副部長として奮闘中。

―今日は真面目に話しましょうか(笑) どうぞよろしくお願いします!

こちらこそお願いします。

ザ・帰国!な性格ではないし

―まずは、子供の頃の話を聞かせてください。イギリス生まれだったのには驚いたんだけど、記憶がないよね。5歳から小学4年までのイギリス滞在時のことは覚えてる?

断片的な記憶だけ残ってる。英語が全然わからなかったから、現地校のクラスに唯一いた日本人の子にひっついていた覚えが。英語の勉強のために、いつも家庭教師のおばさんがいた記憶もある。でも小さかった分、言葉がわからないなりに、すぐに馴染んでいたんじゃないかな。

―小さい頃は溶け込むのが早いよね。では、小学4年時に日本に帰国したときはどうだった? そのときの方が大変そうだよね。

特に問題なかったの。イギリスでは日本の補習校に通っていたから語学面では大丈夫だったし、性格的にも適応能力に優れたタイプというか(笑)

―(笑) ちえも私もザ・帰国!な性格ではないからね。

うん(笑) 帰国後、特にトラブルを起こしていない私に、先生から「あまり帰国生っぽくないね」って言われた覚えがある。そんな私だから、すぐに日本に溶け込んで、中学卒業する頃には完全に日本人になっていました。

―そんなときに、またイギリス行きの話があったんだ! ほんとに行ったり来たりだね。

うん。中3の夏頃に父親のイギリス赴任があって、自分はどうしたいかの判断を任されたの。母親と話して、妹とも話し合って(笑)、自分でも考えた結果、中高一貫の中学を卒業して、高校に籍を残した状態でイギリスに行くことを決めたの。

―イギリスに行くことを自分で決めたんだ。何が決め手となったの?

すごく迷ったよ。中高一貫の女子高で居心地はとてもよかったし。ただ、「このままでいいのかな」と自分なりに考えるものはあったんだよね。イギリスに行くほうが絶対大変なことはわかっていたんだけど、自分のためにはあえてチャレンジするべきだと、中3なりに考えたんだ。

―中3でそう考えるのはすごいと思う!

セーラはIBのための猛勉強

それでイギリスの高校に入学したんだよね。イギリスにある私立の女子校と聞くと、どうしても小公女セーラのイメージが(笑)

(笑) 宿舎で規律がすごい!みたいな? 全然違うよ。インターナショナルスクールだったから、先生も生徒もいろんな人種の人がいて、自由な雰囲気だったし。まぁ、制服の身だしなみとかにはうるさかったけどね。

―毎日、ジーパンにビーチサンダル、リュックサックで学校に行っていたカリフォルニアの私とは大違い!(笑) では、そんなお嬢様学校の3年間で、一番打ち込んでいたものは何ですか?

それがね、勉強なの。とにかく勉強していました。最初の1年は学校の授業についていくため、その後はIBのための猛勉強で。長期の休みはヨーロッパ旅行によく行ったけど、平日の夜とか土日にロンドンを友だちとフラフラするなんてことはなかった。とにかく真面目な高校生活で、今となっては少し悲しいかも。

―そうなんだ。IBの勉強は大変ってよく聞くね。本気でIBの勉強をしていたのは、日本の大学受験のため?

うん。もともとイギリスで進学という選択肢はなかったの。父親がいつ帰国を命じられるかわからない状態で、ひとりでイギリスに残って大学にとは考えなかったな。だから、自然と日本の大学を目指していたの。それにほら、海外にいると日本への憧れとかも生まれるじゃん! 住んでみると普通の国なのにね(笑)

―それはわかる! 結局、ないものねだりなんだよね。いざ、日本に帰国するとなったときには突然帰りたくなくなるし(笑)

そう! ただ、当時はとにかく日本の大学に!という状態だったから、大学受験を突破できるだけの点数をIBで取らなくてはと、プレッシャーを感じながら勉強に打ち込んでました。

砂漠をひたすらトレッキング

―勉強以外で何か印象に残っているものはある?

印象に残っているのは、モロッコでのボランティア活動かな。高校のプログラムで、まずはイギリスで、モロッコの民族衣装を着て募金や文房具の寄付を募った後、集めた物資を持ってモロッコに行ったの。サハラ砂漠を何日間もひたすらトレッキングして、砂漠地域の小さな村に住む子どもたちに文房具を届けたり、そこの学生と交流したり、新しいことばかりで濃い10日間だった。

もともと学校の経済の授業で、開発経済に興味が湧いていたの。その頃は全然知識がなかったけど、自分の眼で途上国を見てみたいと思って、プログラムに参加したらさらに興味が出て。高校時代は、他にもアムネスティ・インターナショナルっていう国際的な人権団体の活動に、学校のクラブとして参加していました。チャリティーやボランティア活動が盛んな環境にいたから、自分も自然と参加していたし、興味を持ち始めたという感じだね。

―へえ! それは今も変わらず?

うん。開発経済を学びたいと思ったけど、数学が苦手だから、経済学部は厳しいと思って。だったら、自分は人権という側面から関わりたいという考えが法学部志望につながったの。それから、3年からは教育経済学のゼミに入ったので、教育が人間をどう価値づけるのか、教育が労働市場にどう影響を与えるのか、教育が途上国に及ぼす影響とかを研究していくの。面白そうでしょ?

―そのゼミは法学部のゼミではなくて、全学部生にオープンなゼミなんだよね。いろんなタイプがいて、意見も飛び交いそう! 面白そうだね。

うん! まだこれからだから楽しみ。

「教育」というキーワードがある

―では、大学生活の話に移ります。大学3年目はいかがですか?

楽しんでます! ただ、部活をまとめる立場の学年になったことで、大変な毎日でもある。大学では、1年次からESS(国際部)と留学生支援のアシストというサークルに入っているんだけど、去年はアシストの副代表をやり、今年はESSの副部長になって。

―ESSの方はかなり忙しいみたいだね。普段から話を聞いてると、それで副?!ってくらい仕事してるよね(笑)

うん(笑) もともと自分からガンガンリーダーシップをとるタイプではないから、60人程いるメンバーの取りまとめやイベント運営、教授やOBOGさんとのやり取りなど、限りなくある仕事量と責任感の重さに押しつぶされそうになりながら走り回ってます。ESSは国際系ということもあって、自由な雰囲気がいいんだけど、自由だからこそしっかり準備をしたりルールを定めないと崩れちゃうんだよね。自由だからこそ大変だというね。でも、やりがいはあるし、一緒に活動しているメンバーが本当に協力してくれているので、最近は楽しんでやれています。

―確かに、リーダー職に就いたと聞いたときは意外な感じがした。でも、イギリスに行くと決意したときといい、自分のそれまでのキャパ以上のことにチャレンジしてみる姿勢はすごく素敵だし、尊敬する!

―では最後に、これから激動の1年を迎える私たちだけど(笑)、将来こんなことしたいって決まってるの?

うーん。。。まだ固まってはいないな。ただ、高校、大学を通して、自分の中に「教育」というキーワードがあるなと感じています。一時期、国際機関で教育や人権といったテーマに取り組みたいと考えていたこともあったけど、今はそのこだわりはなくて、何かの形で「教育」に関わりたいなと。だから、もしその場所が企業なら、人事のお仕事とか人の教育に興味を持っています。まだこれからいろんな選択肢を考える必要があるけどね。

―今日は貴重な話をありがとう! またたくさん語り合おうね。

活動報告 「世界の学校から」vol.28
http://www.rtnproject.com/2011/07/_vol28_1.html

インタビューアから一言

大学受験の予備校時代を一緒に過ごし、今でも会っては話が尽きない大切な友人です。普段の会話では出てこない、海外時代や将来の話などをじっくり聞くことができて、とても貴重な時間となりました。将来の話でとても盛り上がったので、今後もたくさん語り合いたいと思います。これからも素敵な友人でいてください!

50/img/interviewee_s_160_profile.jpg 宮崎紗絵子。1989年愛知県生まれ。高校1年の夏からアメリカ・カリフォルニア州のサンディエゴで暮らし、Rancho Bernardo High Schoolに通う。高校卒業後帰国し、09年早稲田大学法学部に入学。現在3年に在学中。大学では法律サークルと法政策論のゼミに所属。また、キャリア教育の変革と普及を掲げるNPO法人JUKEにてスタッフとして活動中。