海外生活体験者・学生インタビューvol.133

interviewees_g_133_1_profile.jpg 座間祐介さん。1990年東京都生まれ。小学校2年生まで、フランスのパリで6年間過ごす。その後一旦帰国し、今度は小学6年生のときに、イギリスへ渡りロンドンに滞在。Cambery School に11年生(15歳)まで通い、その後半年間Witgift Schoolに通う。帰国後、私立高校に2年生から編入し、卒業後は早稲田大学に進学。現在建築学科の3年生。サークル活動では「バーベルクラブ」に所属し、日々トレーニングに励んでいる。

最初は苦労した友だちづくり

―フランスでは子どんな幼年期を過ごしましたか?

正直、小さい頃だったので、あまり細かいことは覚えていませんが、友だちづくりには苦労した記憶があります。フランスの子どもたちは自己主張がはっきりしていて、すごくアクティブだったので、友だちの輪の中に入るには自分もそういった性格を出していかなければなりませんでした。それでも、サッカーなどスポーツを通じて、徐々に打ち解けるようになりました。

現地校に通っていたので、最初は言語の壁を感じましたが、小さかったためか、わりとすぐに順応したと思います。現地校の授業の他に、日本の教育から遅れないために公文塾にも通っていました。そこで、自分と同じような事情の日本人の子たちと出会えたのは、心の支えになったように思えます。

―フランスから帰国後、再び小学校6年でイギリスへ留学したわけですが、環境の違う生活はどうでしたか?

小学校2年生でフランスから帰国したのですが、6年生のときに再び親の転勤が決まりました。その際、両親はイギリスに行きたいかどうかを聞いてくれて、もし行きたくないのならば残るという選択肢も残してくれました。けれど、僕はイギリスという国に前々から興味があったので、行くという選択をしました。ですから、フランスのときとは違って、イギリスへの留学は自分で選んだわけです。

自分から近づいていく努力

イギリスで通っていた学校は、とても小さな現地の学校で、生徒数も少なく、人種もイギリス人に限りませんでした。アジア・アフリカ・中東圏からの生徒の割合も高くて、イギリスにいながらも、色々な国籍の外国人に囲まれた、少し特殊な学校生活を送っていました。

フランス語は話せましたが、英語の方はほとんどと言っていいほど出来なかったので、最初のうちはやはり言語の壁にぶつかりました。フランスにいた頃よりも成長していたためか、よりはっきりと感じたように思えます。また、異なる価値観を持つ相手とわかり合うということは、とても難しいことでした。

最初の頃は、自分も相手の価値観を理解できず、また、相手の方もこちらが理解できないために、ギクシャクしましたが、こちらが勉強やスポーツを努力をするに従って、相手もこちらを認めてくれるようになりました。ただ待つのではなく、こちらから近づいていく努力をするということが大切なのだと感じました。

―日本に帰りたいと思うことはありましたか?

そうですね。正直に言うとたまに日本が恋しくなることはありました。イギリスはとにかく不便なことも多いし、エンターテイメントが少ないですからね。特に、日本のテレビや漫画が恋しかったです(笑)

その代わり、ちょっと歩けばどこかしらに広々と遊べる広場があったので、テニスやサッカー、バスケなどのスポーツを本当によくやりました。イギリス人の友だちとも、スポーツを通じてぐっと距離が縮まったように思います。ですから、帰りたいと思うのと同じくらいの頻度で、帰りたくないとも思っていました。

部活動に明け暮れた高校生活

―高校ではどんな学校生活を送りましたか?

半年間だけ、イギリスの高校に通っていました。そのときの高校は中学校のころとは違い、イギリス人の生徒が大半を占めていて、自分のような日本人はほんの数名いるだけでした。高校になってからIBの勉強が辛くなってきて、どうにか克服しようと努力をし始めたのですが、結果を出す前に帰国という形になってしまい、それが僅かな心残りになっています。

現地校を卒業した後に帰国し、私立高校の2年生に編入しました。久しぶりの日本の学校の在り方が、イギリスの学校と大きく異なっていたので、最初はかなり戸惑いを感じました。

入学後はすぐに柔道部に入部しました。イギリスでは部活動というものがなく、全てのスポーツがシーズン制だったので、毎日が練習漬けの日々という生活は、自分にとって初めての体験でした。ただ、部活動中心の生活を送るにつれ、部活の仲間とは深い友情を結ぶことが出来ましたし、体力はもちろんのこと、忍耐力や根性がついた気がします。団体では都大会でベスト32に入ることが出来ました。

学業の方では、予備校には通わずに授業を真面目に受け、家で予習・復習をすることを心がけていました。そのおかげで早稲田大学への推薦をいただくことが出来たので、特に受験勉強というものはすることなく、一身に柔道部の活動に情熱を注ぐことが出来ました。

英語に関しては、培ってきた英語力を落としたくなかったということと、文法などの日本の英語問題に苦手意識を持っていたので、学校の授業とは別に自分なりに勉強しました。また、帰国後も頻繁にfacebookなどでイギリスの友人などと連絡を取り合うようにしています。近況を報告し合うのですが、卒業後就職した友人も多いので、そういった話を聞くことは、自分の今後を考える際に非常にためになると思っています。高校の友人が日本に遊びに来たときには、エスコート役をかってでたこともありました。

バーベルクラブで学んだこと

―いまの大学生活はどうですか?

いまは早稲田大学の「バーベルクラブ」というサークルに所属しています。なにをするサークルかと言いますと、ボディービルディングに近いことをしており、学校内にあるサークル所有のトレーニングマシンを使い、日々筋トレを積んでいます。

高校の柔道部では、2年生からの編入ということもあり、また、経験者の多いスポーツであったために、自分が結果を出すということがなかなか困難でした。ボディービルは経験者がほとんどおらず、大学から始める人が大半で、スタートラインがみんな同じでした。つまり、頑張った分だけ他の人と差が出てくる。そこに魅力を感じ、頑張って結果を残してみたいと思ったのです。そして、去年の大会では関東ベスト8・全国ベスト16という好成績を収めることが出来ました。

サークルでは色々なことに気がつきました。この競技は、努力を少しでも怠れば、怠った分だけ、すぐに身体に出てきてしまう。ものすごくシビアな世界です。また、他のスポーツと違って、大会前には身体のキレを良くするために減量があり、食事制限をするなど、ストイックな生活を求められます。なによりも、継続することの大切さや、我慢することの大切さをサークルの活動を通して学びました。

―大学の学業ではどうですか?

自分は建築学科に所属していますが、この学科はとても課題が多くて、授業外の負担が非常に大きいのです。当然のことながら、建築士になろうとする学生が多いのですが、自分はまだ建築士になろうと決めたわけではないので、建築学科の授業を取りながら、他学部の授業も積極的に取っています。とりあえず、今はこの先どんな分野にも行けるように、色々な方面にアンテナを張っておこうと思っています。

自分の海外経験を生かせる場所に行きたい

―就職のことはどのように考えていますか?

そうですね。確定ではないのですが、就職活動はやるつもりでいます。フランスとイギリスを合わせると十年になる海外経験は、自分の中で大きな財産だと思っています。ですから、理想を言えば、自分が海外経験を経て得たものが生かせるような職に就きたいとは思っているのですが、まだ具体的なヴィジョンはないです。海外の職場で働いてみたいという気持ちもありますが、日本の企業ならではの自分を生かせる場所もあると思っています。

―もう時間ですね。今日はインタビューに協力していただいてありがとうございました。

こちらこそありがとうございました。

インタビューアから一言

日頃あまり表には出てこないけれど、学業や人間関係、部活動、サークル活動の話を聞いているうちに実は、蔭ながらすごい地道な努力をしていることがわかりました。多分根っこのところがすごく真面目で実直。また、控え目なようでいて実は驚くほど積極的な面もあることに驚きました。まだ、将来のことについては明確に決まっていないそうですが、きっとこれと決めたときにはすごい勢いで努力して、その舞台で活躍すると確信しています。これからも頑張ってください!

interviewees_g_133_2_profile.jpg.jpg 福本夏央。1990年東京生まれ。小学校5年から中学校3年めで父親の転勤でイギリスのロンドンに滞在。Cambery School に二年間通い、その後Grey Court Schoolに転校する。帰国した後に受験の末、慶應志木高等学校に入学。内部進学で慶應義塾大学の文学部に進学。現在西洋史学専攻の三年生。課外活動ではボクシングサークルに所属している。