海外生活体験者・学生インタビューvol.134

interviewees_g_134_profile.jpg 野見山裕香さん。1990年東京生まれ。中学1年の夏に、イギリスのスウィンドンへ引っ越す。イギリス滞在時には、アルバイトやボランティア活動などを精力的に行う。Cirencester Collegeを卒業後に日本へ帰国。かねてより勉強したいと思っていた法律について学ぶべく、上智大学法学部法律学科に進学。現在は3年に在籍。合気道サークル「Sophia Aiki-kai」の外務としても活動し、多忙な日々を送っている。趣味は絵を描くことで、幼少期より嗜む。

突然ポップコーンが降ってきた

―中学のときに、イギリスに引っ越したんだよね?

そう、海外に飛んだ! 人生の初飛行機だよ、初飛行機! 初めての行き先が海外ってショックだよねー(笑) オックスフォードの近くのスウィンドンってところに引っ越した。スウィンドンはね、一言で言うと田舎だった(笑)

実際に行く前は、海外に引っ越すのが怖かったよ。外国の人を見ることすら初めてだったからね。ずっと東京に住んでいたし、中学生だったから、そんな遠くに行ったこともなかったし……。初めてイギリスの人を見たとき、「大きい」と思った。私も背は大きい方だったけれど、人を見上げるなんてのは、初めての体験だったな。人を見て「オーッ!」って思った(笑)

―じゃあ、英語のコミュニケーションで苦労した?

英語なんて、できるわけないじゃん! アルファベットはかろうじて書けたけど、コミュニケーションは大変だったよ。泣きを見た。日本人学校じゃなくて現地校だったから、本当大変だった。日本人の子が一人いて、助けてはくれたけど。あのとき凄いストレスだったろうなぁ。。。

―それじゃあ、どうやって英語力を上達させたの?

上達っていうか……、次第に英語に慣れてった。家庭教師も来てくれたし、宿題を見てくれるような人もいたけれど。でもさ、思わない? 「英語が上手くなりましたか?」って聞かれたら、それは「そう」とは言わないでしょ? 勘が鋭くなったって感じがしない? それが私の仲間内での共有意識なんだ! 「あっ、この人は多分こういうこと言ってるんだろうな」とか、「何をして欲しいんだな」とか、そういうことがわかる「勘」が鋭くなったんだと思う。

その後の中学の勉強は、英語ができなかったから、数学を頑張った。日本人の子もいたし、オックスフォード行きみたいな子もいたから、一番ではなかったけどね。

―勉強以外にはどんなことしてたの?

勉強以外には、お小遣い稼ぎにアルバイトしていたよ。中学のときは、ホテルのベッドキープやったり、ハウスキーピングやったり、レストランで働いたり……。あとは、同じく日本から赴任してきたご家族のお子さんに日本語を教えたり、現地校の勉強を見たりする、家庭教師みたいなことをしていた。高校に入ってからは、ケアホームみたいなところでボランティアしたね。

―結構いろいろなことやってたんだね。

うん。イギリス楽しかったなぁ。友だちの誕生日を祝うために、仲良しグループ10何人かで映画を観に行って、映画館の最前列を全員で占領したことあるの。それで、やたらうるさかったのか、タウニー系の男の子たちが「うるせーよ!」ってポップコーン投げつけてきたっけ(爆) 今でもイギリスの友だちとは、Facebookを通じて連絡取ってるよ。リアルタイムだし、なにかあったら大丈夫かとか聞いてくれる。疎遠だった子と、改めて仲良くなったこともあるよ。

法律が何なのか知りたかった

―イギリスでの生活に慣れていったわけだけど、残ろうとは思わなかった?


一応イギリスでも大学受験したし、受かったよ。でも、父親の赴任期間が終わって、家族がみな日本に帰ることになったから、一緒に帰ってきた。多分、私は一人だと耐えられなかったから。その当時の私は、家族がいないと駄目で、離れて暮らすなんて無理だった。

―それで、日本に帰ってきたと。なぜ法学部に進学したの?

海外では勉強するなら神経医療とか海洋生物とか、理系の勉強をしたいと思っていた。だけど、日本で勉強するなら法律っていうのはずっと思っていたの。それしかなかった! 他は考えられなかったもん。法律は、国で生きていくには必ず接しているもの。それが何なのかを知りたかった。経済行けって言われても行かなかったし、英語やれって言われても、そんな英語大好きってわけじゃないし……。

誰かの本で読んだんだけど、法律っていうのは「人が正しくあろうとした歴史」なのよ。ルールを自分たちで作ってるんだからね。相手に傾かないように、こっちにも行きすぎないように、そして、誰も損しないように、きちんと悪を裁けるようにっていう、過去の頭のいい偉い人たちが積み重ねてきたものが法律! 面白い!

とにかく、びっくりした!

―久しぶりに日本に帰ってきて、カルチャーショックを受けたりしなかった?


そりゃ色々受けたよ! 最初に感じたのは、皆イライラしていて、せかせかしているってこと。電車をホームで待っているときも、日本の人は1、2分遅れるだけで怒るけど、私にとっては「だからどうした?」みたいな感じなのね。私がイギリスで住んでいたところは、バスが1時間に1本来るか来ないかみたなところだったから、電車が数分遅れるくらいでみんながイライラするのはなんで!? って感じだった。

他には、他人に関して無関心。海外だと、建物に入るときに、後ろから人が来ていたら、そのままドアを開けておいてあげたりするじゃん。そうされて、「ありがとう」って言ったりね。でも、日本だとそれもない。バイト先でレジ打ちしていても、店員さんと全く話そうとしないで、「袋、要りますか?」って聞いても、首を振るジェスチャーで済ませようとする人もいたり。とにかく、びっくりした! 「知らない人と話しちゃいけない」っていう教育が徹底されているだけなのかもだけど。

後は、芸術に関する認識が違うと思う。海外だと芸術にきちんとお金を払ってくれるし、評価もしてくれる。その点は日本に帰って来て、結構寂しく感じたことかな。日本って、美術にお金払わないもん。

「はぁ」としか言えなかった

―絵を描き始めたのはいつ頃から?


絵は小学校のころから好きで、よく描いていたかな。3年生のころから絵を習いに行ってたっけ。今は忙しくて、たまに水彩を引っ張り出して、ちょいちょいっと描いているくらいだけれど。イギリスに行ってからも、絵は描き続けたよ。美術の時間、すごく楽しかったなぁ。

―絵に関して、なにか特別な思い出は?

学校で賞を取ったりはしなかったけど、地域の広報紙の表紙を飾ったりはしたよ。先生から事後報告で、「アートの時間に提出したあんたの課題を雑誌の表紙にしたけど、いいよね?」みたいな感じで言われてさ。私は、「はぁ」みたいな(笑) でもあれはいい記念だなぁ。

後は、絵が2枚売れたことがある。美術の授業の最終課題で油絵を描いたんだけど、美術の先生が気に入ってね。学校のどっかしらに飾って、夏休みに入ってしばらくして、先生から電話が来たんだけど、「あなたの絵に値段が付いてるから売っていい?」って急に言われたの。私はびっくりして「はぁ」とか「へぇ」とかしか言えなくってね(笑) あれは嬉しかった!

―すごい! そんなに才能があるなら、美大に行くという選択肢もあったんじゃないの?

選択肢として、アートの道に進むのはなかったのよ。絵は普通に描ければいいんだもの。趣味として。絵を描きたいっていう欲があればいい。自己満足で、ストレス解消だから。適当に描かないと生きていけないけど、それを職業にするほどではないよ。

絵の具を持って旅に出て

―では、裕香さんにとって「絵を描くこと」とは?


テレビチャンピオンみたいだね……(笑) 絵を描くっていうのは、物を見ることだと思う。私の先生から習ったのが、絵を描くには「見る」「もっと知る」「見極める」っていう段階を作らなくちゃいけないということ。クロッキー(速写)をやるときは、紙を見ずに、出来上がったものがグチャグチャでもいいから、「物を見ながら」やれって言われたの。

人を見ることも、これと同じだよね。人を見ていると、「あ、この人こういう性格なんだ」とか、「この人こういうこと考えているな」とか、ちょいちょいは分かるよね。でも、手元ばかりを見ていたら自分の狭い世界しか見られないから、相手と対話しなくちゃいけないよね。で、絵を描くときはさらに、「自分の中の自分と対話しなくちゃいけない」とも言われたっけ。

―なるほど……。同じ絵を描くことが好きな人間として、参考になります。では、最後の質問になるけど、将来の夢はなにかある?

夢っていうわけじゃないけど、いつか海外を放浪してみたりしたいな。旅に出たいよー! キャンバス、スケッチブック、絵の具を持って、旅に出て、ふらふらーっとヨーロッパを旅したい!

―まるで映画みたいだね。ぜひ実現させてほしいです!

Cirencester College :
http://www.cirencester.ac.uk/

インタビューアから一言

野見山さんとは大学のサークルで知り合いました。しっかりした考えを持っている方で、意見もハキハキと言ってくれます。今回のインタビューでも、ダメ出しをしてくれたり、逆に質問してくれたりと、インタビューをしつつ、私が反省すべき点ばかりでした。忙しい中、インタビュー受けてくれてありがとうございます! 同じサークルのメンバーとして、そして、絵を描くことが好きなもの同士として、これからもよろしくね。

interviewees_g_133_2_profile.jpg.jpg 稲葉省吾。1990年神奈川県の田舎生まれ。小学校5年生のときにアメリカのニュージャージー州に引っ越し、7年8ヶ月ほど滞在。Parsippany Hills High Schoolを卒業後、日本に帰国。2009年に上智大学国際教養学部に合格し、現在3年に在学。国際教養学部の制度を活用して、史学や政治学など複数の科目を学んでいる。RTN Project上智支部代表。