活動報告 「世界の学校から」vol.31 立花友恵

今回は、多摩大学グローバルスタディーズ学部4年の立花友恵さんから、高校時代に留学したForest Hill Collegeをご紹介願います。Forest Hill Collegeは1学年100名程度の小規模の学校で、オーストラリア・メルボルンの郊外にあります。メルボルンは森林や海に恵まれているので、みながアウトドアを楽しめる場所です。緑が豊かな環境の中、図書館前にある芝生では、寝転びながら読書を楽しんでいるひとが数多く見かけられます。

立花友恵さん。1989年生まれ。東京都出身。幼稚園から小学校まで横浜で過ごし、中学・高校と私立和光学園へ通う。高校在学時に、オーストラリアのメルボルンに1年間、留学生としてForest Hill Collegeへ留学。現在、多摩大学グローバルスタディーズ学部4年に在籍。大学では、バスケットボールサークルとボランティア・サークル Habitat For Humanityに所属している。

活動報告

私は高校2年のときに、オーストラリアのForest Hill Collegeに1年間留学しました。滞在していた場所はメルボルン郊外Burwood Eastで、電車とバスで1時間のところにあります。メルボルンは寒暖の差が激しいのですが、日差しは日本の8倍くらいあると言われているため、日焼け止めが手放せませんでした。 report_s31tachibana4.jpg

<メルボルンの街>

メルボルンはオーストラリアの南東に位置しており、近郊地域にはフィリップアイランドがあり、そこではフェアリーペンギンを見ることができます。森林や海に恵まれているため、アウトドアも楽しめる場所です。緑が豊かで、みんな図書館前にある芝生では寝転びながら読書を楽しんでいます。スポーツも盛んで、全豪テニスオープンが開催され、クリケットやオーストラリア・フットボールも行われています。

メルボルンの街は、文化や歴史が残る街です。昔建てられた建物も数多く残っています。多文化の国なので、各民族のコミュニティもあり、中華街もあります。あちらこちらで、他民族の食事を食べることができ、食材も簡単に手に入れることができます。

report_s31tachibana5.jpg 移民や留学生を多く受け入れているメルボルンは、多種多様な民族が暮らしています。オーストラリア人は彼らとうまく調和しながら生きているのではないかと思います。彼らの性格は、とてもおおらかで親切です。さらに、私もそう思う一人なのですが、メルボルンはとても住みやすい街として人気も高いです。

<学校について>

私が通っていたForest Hill Collegeは、1学年が100人ほどで、そんなに大きくない学校ですが、year7からyear12までが通っています。この学校は、Victoria州の中でも、特に海外留学生プログラムに力をいれています。日本以外からも、中国、韓国などからの留学生がいました。プログラム担当のスタッフは、年に1度日本各地に訪れ、学校紹介を行っています。

海外留学生に対してのサポートシステムも整っていたと思います。たとえば、海外留学生プログラムの運営スタッフもおり、ホームステイ先のアレンジからその後の問題や相談にも、迅速に対応してくれます。留学生に対し、英語の補助をしてくれるスタッフもいるため、毎週決まった時間に、英語に関する質疑応答を行ってくれます。

Forest Hill Collegeは、芸術やスポーツなどに力を入れていたと思います。芸術面では、たとえば、シアターでオーケストラのレッスンをし、スポーツであればほぼ2ヶ月に1回は様々な大会に出る機会がありました。オーケストラは練習を重ねて学期末にある全体集会で発表し、体育祭はスタジアムを借りて盛大に行っていました。 report_s31tachibana6.jpg

<学校生活について>

私は、06年の3月から07年の4月まで通い、その間にyear10とyear11に在籍しました。Year 7からYear 10までは、日本の中学の教育課程にあたるので、比較的簡単です。それに比べ、year11とyear12は日本の高校教育課程になり、大学進学に関する学術的な科目ばかりになるため、単位をとるのも難しく、授業についていくのが大変になります。

ですから、year10の勉強はもちろん英語の授業に苦労しましたが、留学生の私でも、まだついていきやすいカリキュラムだったと思います。しかし、「オーストラリアの歴史」の授業は、日本では習わない範囲なので基礎知識がなく、ついていくのがとても大変でした。先生に質問したり周りの友人に聞いたりして、なんとか乗り切りました。

現地の授業では、日本の授業と同様に発言する機会がありました。現地では、英語力のなさからか、自ら発言をする「勇気」がありませんでした。しかし、周りの生徒や先生から、よく発言を求められるので、英語ができないながらにも、頑張って発言しました。困ったときに支えてくれたのは、現地で出来た友人たちでした。

report_s31tachibana1.jpg 英語を上達させるために、現地での友人作りが大切だと考えていました。私の学校は、海外留学生が多いので、もちろん日本人の留学生も沢山いました。私は、日本人のコミュニティだけで集まり、学校にいるときもそれ以外のときも一緒にいるのが、自分にとって良いと思っていなかったので、現地の人の輪に飛び込んでいきました。

前述のとおり、日本人と関わることを避け、現地の人の輪に飛び込んでいったことは、自分を強くするとても良い経験になりました。ホストファミリーの家でも、積極的に家族の輪に入り、親戚とも仲良くなろうと努力することで、少しずつ英語力も伸びていったような気がします。その結果、今でも家族と友人とも良い関係を保てています。

<私という人間>

留学生活でよく感じたことは、「日本人としての自分」です。オーストラリアに行くまでは、自分が典型的な日本人だとは思っていませんでした。しかし、オーストラリア人のおおらかさにはあきれる部分もありました。おおらか=適当なのです。雨が降れば、バスの運転手が勝手にバスの欠便を決め、バスが来ないということも多々あります。

そんなことを感じながら、バスや電車が遅れるたびに、私は日本人なのだと再認識しました。また、海外へ行けばもちろん日本のことを聞かれます。家庭科の授業を履修したときは、作ったこともない「巻きすし」を最終課題として作らされました。ホストファミリーには「てんぷら」を作ってと言われましたが、16歳の私には無理な話でした。 report_s31tachibana2.jpg

Year10のときに履修した「オーストラリアの歴史」の授業では、日本がオーストラリアを攻撃した話が出てきます。そのときに、同じ授業を受けていた韓国人に「お前ここにいる皆に謝れよ」と言われたこともあります。そのほかに、教科書に記載されている日本の歴史が、日本で勉強したことと異なっていることもありました。

勉強するうちにその間違いに着目した私は、プレゼンテーションのテーマを「日本人」として、日本人の目線で行いました。当時の英語力は、留学してから4ヶ月しか経っていないので、とても流暢には話せませんでしたが、全員の前で自分に出来ることを最大限に生かして頑張ったことが印象に残っています。

<学校以外での活動>

学校に部活動がないので、学校側にお願いをして、学校以外でバスケットボールのクラブチームに参加しました。このことで、学校の友人と交流するきっかけにもなりました。プレー中に英語での指示を的確に判断し、チームメイトとコミュニケーションをとる中で、さらに自分を成長させることもできたと思います。

report_s31tachibana3.jpg 1年間の留学で、様々なことに挑戦したおかげで、非常に濃い1年間を過ごすことができました。これから、留学を希望するひとには、「自分を売り込む」「自分の持っている力を出す」ことに全力で頑張ってほしいと思います。何事にも諦めたいと思うときがあるかも知れませんが、それをばねにして頑張れば、いい結果が自分についてくると思います。

Forest Hill College :
http://www.fhc.vic.edu.au/