活動報告 vol.42 高品美紀

本年3月11日に東北地方を中心に東日本大震災が襲いました。被害に遭われた方々には心よりお見舞い申し上げます。早稲田大学法学部3年の高品美紀さんは、youth for 3.11という学生団体の紹介する、東京災害ボランティアネットワークのプログラムに参加されたそうです。最初は躊躇していたという彼女は、なぜボランティアに参加されたのでしょうか。今回は宮城県南三陸町での震災復興ボランティア活動と参加の動機についてお話をいただきます。

report_38takashina4.jpg 高品美紀さん。1990年愛知県生まれ。生後間もなくドイツ・ベルリンに渡航し、1年間滞在。その後イギリス・ロンドンに移るが、6歳のときに帰国し、以来日本で暮らす。09年横浜共立学園高校を卒業し、早稲田大学法学部に入学。11年現在同大3年に在籍。所属するアジア最大の法学生団体ALSAや学部の憲法ゼミでは、様々な社会問題について議論を行なっている。また、本年9月よりカナダ・カルガリー大学に1年間の交換留学生として派遣される予定である。

活動報告

宮城県南三陸町被災地ボランティア活動

参加の動機

6月12日から18日の一週間、宮城県の南三陸町でボランティアとして活動をしてきました。現地に到着したのは6月11日、ちょうど震災から3ヵ月経った日です。ボランティアに行く機会はそれまでにもあったはずなのに、実際に行動に起こすまでにそれだけの時間がかかってしまったのは、一種のためらいがあったからです。

震災直後から、学生の間では様々な動きが見られました。twitterなどで情報を発信し続ける学生、早くもボランティア団体を立ち上げる学生、実際に被災地に行く学生。誰もが真剣に見えました。しばらくして状況が落ち着いてくると、そういった特別に活動的な学生以外にも、多くの学生が様々なボランティア団体などを利用して、被災地に入っていくようになりました。 eport_42takashina1.jpg

しかし、そうした学生が増えていくにつれて、個々のモチベーションにバラつきが出てくるのを、東京にいながらにして感じました。友だちと旅行気分で行くひとや、就活の役に立ちそうだからと行くひとがいるという話も耳にしましたし、一方では、ボランティアには行こうともせずに、そうした学生を「意識の高い学生」と言って、少し冷めた目で見るひとも現れたように思います。

もしかしたら、私の周囲だけだったかもしれませんし、学生全般に言えることだったのかもしれませんが、そうした微妙な空気がある中で、何か被災地の力になれることをしたいと思いながらも、私はためらいを感じていました。そんな私の背中を押したのは、留学でした。

私は9月から1年間、カナダに留学へ行くのですが、留学生というのは、どこへ行っても、その国の代表として見られると言います。留学へ行く私が、カナダで周囲の学生から日本の学生代表として見られたとき、まず知っていなければならないのは、震災の影響や被災地の現状だと思います。留学までの期間を考えたところ、6月しか、もう現地に行く機会は残されていないことに気づきました。それまでの躊躇も忘れて、慌ててボランティアのプログラムに申し込みました。

参加したプログラムについて

私が申し込んだのは、youth for 3.11という学生団体の紹介する、東京災害ボランティアネットワークのプログラムで、私を含めて学生9名、社会人5名が、11期として宮城県の南三陸町に派遣されました。現地までの交通手段や宿泊費、食費などの負担はなく、1週間分の着替えや洗面用具など、最低限必要なものを持っていくだけで済むので、ボランティア初心者にも、お金のない学生にも、参加しやすいプログラムだと思います。

eport_42takashina1.jpg 主な活動内容は、避難所の手伝い・写真洗浄・炊き出しです。避難所の手伝いでは、子供たちと遊んだり、ご老人とお話をしたり、各所の掃除をするなど、やることは様々で、また避難所のニーズに合わせて異なります。

私たちは二箇所の避難所に派遣されました。写真洗浄は、津波で流されて汚れてしまった写真をきれいに洗って、元の持ち主の手に戻そうという取り組みです。炊き出しでは毎日異なる避難所を回って、被災者の方々の昼食を用意します。多いときには100食分ということもありました。

これらの活動は、ローテーションで全てを行うのではなく、最初に3、4人のチームに分かれて、1週間同じものを行います。私は、避難所の一つに割り当てられたので、以下でその活動内容と、活動する中で感じたことなどを述べたいと思います。

避難所での活動

避難所を訪れる前日は、初めて被災者の方々と対面したときに、どうやって声を掛けようか悩みました。津波で家を流されて、もしかしたら家族も失っているかもしれない人たちに、一体どんな言葉をかけたらよいのか、不用意な発言で気分を概してしまわないようにしなければ、などと悶々と考えていましたが、実際に行ってみるとそれほど避難所の方々とお話をする機会はなく、また、避難所の穏やかな雰囲気に、少し拍子抜けしてしまいました。

私がボランティアとして派遣されたのは、南三陸町の高台にある中学校の体育館で、当時そこでは約70名が生活されていましたが、働きに出られている方も多かったので、日中に顔を合わせるのは30名ほどでした。避難所の様子としては、2メートルほどあるダンボールのパーテーションで世帯ごとに部屋が区切られており、子どもはほとんどおらず、そのためとても静かでした。 eport_42takashina1.jpg
私たちに与えられた仕事は、避難所の各所の掃除や、屋外に設置されている仮説トイレの清掃、支援物資の整理や移動、配膳の手伝いなどで、たまに催し物があるときには、それに参加させていただいたりもしました。基本的には、毎日黙々とそうした仕事に取り組んでいましたが、何日か経つと避難所の方々が声をかけてくれたり、お茶をご馳走してくださるようになったりして、少しお話を伺うこともできました。たまに被災したときの話を冗談混じりで話してくれたときには、どのように反応していいのか少し困りましたが、話の中で多かったのは、避難所生活の愚痴でした。

やはり、避難所となっている体育館は、そもそもが住むのに適した場所ではなく、気心の知れない者同士での共同生活とあっては、溜まるストレスは相当なものです。それに加えて、将来の見通しが立たない不安感もあっては、現状への不満がどんどん昂じるのも当然です。そうした様々な感情から起きるいざこざは、たった1週間という短い間にも、何度も目にしてきました。そうした問題を解決したいと思いつつも、やはり私たちボランティアは当事者ではないので、あまり踏み込んだことも言えず、とても悲しい思いをしました。

そんなこともあり、清々しい気持ちでボランティアを終えるとは言えないのですが、メディアを通しては知り得なかった被災地の一つの現実を知ることができて、とても勉強になりました。

ボランティアを終えて

学生がボランティアに行くことの意義について、疑問に思う人もいるかもしれません。被災地で学生にできることなど、大してないと言われてしまえば、その通りだと思います。しかし、実際に行ってみて一所懸命に動いてみれば、学生でも何かしらの役には立ちます。

eport_42takashina1.jpg そして、それ以上に大事なのが、実際に行って被災地を見ることで、学べることが数多くあるということです。現地を見て、考えて、それを人ととことん話し合って、東北や日本や自分の未来を考える。今はまだ知識も技術もお金もない学生には、それしかできませんが、それが何よりも重要ではないかと思います。

それに、被災地ボランティアは期間限定です。もちろん、完全な復興までにはこれから何年、何十年とかかるでしょうが、それでも被災地の状況は日々変化しています。もう数箇月もすれば避難所は解体し、生活の拠点は仮設住宅に移行します。ボランティアのあり方も変わってくるでしょうし、そこで感じられることも変わると思います。ボランティアに行ってみたいけどどうしようとためらっている間にも、学びや気づきのチャンスを失っているかもしれません。

そのように悩んでいる学生の方々がいれば、いま自分に何ができるかだけに捉われずに、また、動機の貴賎を自分で決めつけずに、是非被災地を訪れてみてください!

youth for 3.11
http://youthfor311.jimdo.com/
東京災害ボランティアネットワーク
http://www.tosaibo.net/