海外生活体験者・社会人インタビューvol.105

interviewees_s_105_profile.jpg 原亜弥奈さん。1987年岐阜県生まれ。高校在学中に、アメリカ・ワシントン州ノースベンドのMount Si High Schoolへ単身留学。帰国後、2007年に千葉大学文学部行動科学科入学。心理学専攻。大学時代はバレーボールサークルに所属し、留学生のチューター等も行う。長期休暇には海外旅行も積極的に出かける。卒業後は、株式会社ライトオンに入社。現在は、店舗運営部に所属し、高島平東急ストア店アシスタントマネージャーとして笑顔で接客中。

偶然目の前にチャンスが転がってきた

―卒業式以来ですね。少々照れもありますが、今日はよろしくお願いします!(笑) 早速ですが、米国での海外生活について教えていただけますか?


頑張ります(笑)

在籍していた高校が創立100周年を迎えたときに、記念とした留学制度があって、当時の英語教諭に留学を勧められたことがきっかけでした。英語コースに在籍していたので、すぐに留学試験を受験することを決め、運よく合格することができました。

―普段通りに話してもらって構いませんよ(笑) 敬語抜きにしましょうか(笑) 留学はずっとしようと考えていたの?

そうやね!(笑) 小学校の頃からずっと英会話教室に通っていて、いつか留学したいなって想い描いていたときに、偶然目の前にチャンスが転がってきたから、ひとまず受験してみようと。

―では、偶然にも留学する機会を得て、いざ留学してみてどうだった? 留学前、抱いてイメージと異なることはあった?

バッググラウンドの違いはすごく感じたかな。人との接し方から、買い物の仕方、お金の使い方まで全然違うと思ったし、特に高校生は自立しているなと思った! 授業終了のベルが終わると一目散に帰宅して行って、日本の高校生とは違って、メリハリをしっかりつけて生活しているなということが、特に印象に残っているかな。それに米国は自分で講義を選択することができるから、日本の勉強が受験のためだったのと比較すると、高校生のときから自分の興味を広げられる教育制度はとても魅力的でした。

―なるほど。と言うことは、視野も広がって勉強面ではとても充実していたってことだね。勉強面以外ではどうだった? ホームシックにはならなかった?

あるあるある!(笑) ホームシックにもなったし、言葉が通じないこともあって、子供扱いされることもあったよ。時間はルーズだし、日本の歴史に関連したブラックジョークもいっぱい言われたけど、ただ差別までされていたとは思わなかったかな。一瞬一瞬が全て勉強だと素直に思えた分、うまく自分の中で消化して取り入れることができたと思う。正直なところ、文化も違うわけだし、言わせておけばいいかなって。

―生活の全てを勉強に思えるのは驚きだね。無理はしていなかった?

本当に無理はしていなくて、言われて腹が立つこともあったけど、素直にその想いを返すことは心掛けて、実践できていたと思う。それに、何でも話せる友人やホストファミリー、友人の母親でもある事務のおばちゃんの存在は大きかったかな。別に仲間がいなくて一人ぼっちだったわけじゃないから、無理してるって感じはなかった。

―なるほど。人にも恵まれていた1年間だったんですね。

早く親孝行しなきゃって気持ち

―留学を終えて、日本に帰国してからはどうだった?


日本の受験には少し戸惑ったけど、留学前から仲が良かった友人は、先に大学に入学していて、いい話し相手になってもらった。受験勉強に対して、精神的にゆとりができたなって。

受験勉強するタイミングとしては、すごく良かったと思う。何より言葉が不自由に感じることなく通じていたし、両親も含めて信頼できる人間にまた囲まれて生活できると思えたことが本当に嬉かった。

―そして、大学に入学して池田に出会い(笑) 原ちゃんは、とても4年間が充実していたように思えたよ。無事内定ももらっていたけど、内定取得後に「やっぱり大学院に進学して、今の研究を続けたい」って言ったよね? それについては?

親孝行を早くしなきゃという気持ちが、すごく強かったことが大きいかな。留学も、大学にも進学させてもらって、実家に帰らないことも許してもらったことを考えると、早く自立するべきなのかなって。

姉も実家を離れて、弟も専門学校に進学を控えていて、お母さんは一人寂しい想いはしているだろうなということを考えると、自分のやりたいことばかりではなくて、恩返しもしていかなきゃと思ったからこその決断!

それにね、初めて大学院に進学したいということをお母さんに伝えたときは賛成してもらえたんだけど、その3日後に今まで何にでも賛成してくれたお母さんに初めて「待った」をかけられて……。同じタイミングで姉からもお母さんが心配していることを聞かされたことで決めたかな。自分で決めたことだし、まだ分からないけど、今のところ後悔していないよ。

―そうか、今後に期待だね!

会社に所属して働くっていう意味

―社会人となった原亜弥奈について聞こうかな! 社会人になって何か変わった? イメージと違ったこととかでも。

今のところは、イメージ通りかな。学生時代もアパレルのアルバイトをしていたし、研修中にアルバイトと異なる視点で少し物事は見られるようになったとは思えたし、接客販売って、こういうものなのかなって思った。なかなか難しいけどね。

―難しいと思うものは??

仕事の内容だけ見ると、販売はとても楽しいと思う。自分にも接客業は向いていると思うし、人と接しながら、売り場を作り上げていくことはすごく魅力的。ただ、徐々にアルバイトではなく、会社に所属して働くっていう意味が分かってきたかな。

「ライトオン」という名の看板を背負って、4月から副店長に就任して、店長が不在のときは私がそのお店の代表になっているわけで。そういうときこそ、自分の理想にあるお店にしたいとか、スタッフにこうして欲しい、ああして欲しいとか、そういうのがあるんだけど、自分の経験や技量がかけている分、アルバイトとしてでも、何年もライトオンのために働いている人には敵わないなとは思う。

それから、サービス業と言うと、土日休みではないでしょ。学生の頃は、そんなの平気だよ!と思っていたけど、特に私が今いるお店は、人がいないこともあって、社員は必ず土日祝日出勤。冠婚葬祭のときぐらいは、お休みをいただきたいなっていう気持ちはあるものの、やはりお店の状況を考えると、確実に休めるわけではないの。

結局のところ、何を言いたいのかと言うと、「社会人として働く」ということは、こういうことなのかっていうのを実感しつつあるかな。この先、このリズムで働き続けていく上で、ワークライフバランスをとるのが困難になるのかなっていうのは、考える機会が増えたと思う。副店長という責任ある立場にいるからこそ、NOとは言えない。そうじゃなくとも、言えないことは理解しているけどね。

―そうだよね。まだ社会人として働き始めて2ヶ月だけど、副店長として働いているわけだからね。

お店のマネジメントは難しい

―副店長の業務としては主に何があるの??

ざっくり言うと、1日お店をまわすことかな! 細かく言えば、朝の開店準備から始まって閉店作業まで、入荷がどのくらいあって、どの売り場にどのくらい設置するだとか。イベントがあったりすると、売り場変えも業務になってくるよ。

―お店をマネジメントする?

そうかな。ただ、店舗運営っていうのは、接客ありきだからね。

―どちらが難しい? マネジメントすることと接客業と。

圧倒的にマネジメントかな! 接客は楽しいもん! 販売が得意だって自認してるし、好きだからこそ、自然と売り上げはついてくるのね。そこは自分の強みであるから、さほどストレスにもなっていないと思う。

もちろん、毎日の売り上げ成績がグラフに表示されて、各自がどの程度の結果をあげたのかは確認できるの。ただ、店長に勝つことはなかなか困難な話で、せめて副店長として二番目の位置は、これからもキープしていきたいと思っている。今のところキープできてるよ(笑)

―なるほど。接客業の方は、今のところある程度満足のいく結果は出せているわけだ。そうしたら、マネジメントの方はどうなのかな? アルバイトの人をうまく使えている?

アルバイトの人たちは、まだ働き始めて2ヶ月の私でも、社員としての立場をとても尊重してくれている。その点に関しては、すごく感謝したいと思う。誤解を生まない上手い言い方をしたいとは思うのだけど、昔から働いてくれているアルバイトの人もいるわけじゃない。

私としては、まだ入って間もないからこそ発見できる店の良し悪しがあったの。そこを改善するのか、それとも、長所として伸ばすのかを、長期間お店を見てきている方々と話し合っていかなければいけないと思っているの。聞いてもらえる環境にはあるだろうけど、やはりなかなか聞き入れてもらえず、それは自分の実力不足が明らかな原因なのも理解しているよ。

―そうか。なかなか難しい立ち位置で仕事をしているのだね。自分がアパレルという世界に属していないと分からない話が多いね。

これから1年が勝負だと思う

―これからの目標や夢は何?


まず、1年が勝負だと思う。アパレルという業界にいるということは、流行やトレンド、季節で求められるものが大きく異なるから、スピード感はものすごいと思う。だから、一般的には1人前になるまでは3年が必要だというけど、アパレル独自のスピード感があるからこそ、日々意識を高く、短い期間でも結果を残していく必要があると思う。

―なるほど。まだまだこれからが勝負というわけだね。普段の生活で接客業をしている人との係わり合いっていうのは店頭でしかないから、実際に働いている人の貴重な話が聞けて、大変参考になりました。

うん! 今後、現場で働くのか、それとも現場以外で働くのかを見極めるためにも、それに値する実力をつけていきたいと思います!! あとは、ライフワークバランスを心掛けて、日々楽しく接客業に勤しんでいきたいと思うよ。

―ひとまず、1年後が楽しみだね! 今も、そしてこれからも「人との係わり合い」が原亜弥奈にとって、必要不可欠な要素なのだと心底感じました。今日は貴重な休日なのに、どうもありがとうございました。

いえいえ! こちらこそ、どうもありがとうございました。

Mount Si High School :
http://www.mountsihighschool.com/

インタビューアから一言

原さんは、ご友人、ご家族、同僚の方々、その他大勢の方々を、いつ何時、どこにいても魅了すると思います。もはや天性の才能でしょう(笑) 私自身、多くの時間を一緒に過ごしたことで、杯を交わしてばかりでしたね(笑)、その魅力は人と接することで生み出されるのだと確信しました。人と接する仕事が天職なのかもしれませんね。これからも、いつもの100点満点の笑顔で、仕事頑張ってください!

interviewees_g_135_2_profile.jpg 池田祐太郎。1987年富山県生まれ。中学1年から高校を卒業するまで、アメリカのOR州に暮らし、Westview High Schoolを卒業。大学受験のため帰国し、千葉大学工学部都市環境システム学科に入学。現在、東京理科大学大学院イノベーション研究科知的財産戦略専攻1年に在籍。「理系」というバックグランドを活かし、「知的財産(権)」のプロフェッショナルを目指す。