海外生活体験者・学生インタビューvol.137

interviewees_g_137_profile.jpg 安積奈央さん。1990年生まれ。5歳から5年半、アメリカのテキサス州ヒューストンで初めての海外生活をする。その後帰国し、2年間成蹊小学校に通ったのち、フィリピンのマニラへ再び海外へ。中学時代の2年半を過ごし、高校は中国の広州で過ごす。慶應義塾大学総合政策学部に進学し、現在は国際安全保障を学んでいる。9月から、カナダのマギル大学へ留学の予定。将来は、色々な国に住めるような職業につきたいと考えている。

―では、さっそくインタビューを始めさせて頂きたいと思います! よろしくお願いします。

はい。よろしくお願いします!(笑)

アメリカ、フィリピン、中国、そして日本

―海外生活、大学受験、そして大学生活について、主に聞かせてもらおうと思います。 まず、海外生活に関してですが、日本に帰ってくるまで、色んな国に住んでいたんですよね?

はい。小学校までアメリカ、中学はフィリピン、高校は中国です。

—なるほど。。。期間がすごくわかりやすいですね(笑) 私もアメリカに住んでいたことがあるから少しわかるけど、中国やフィリピンでの暮らしはあまり想像がつかないので、そこでの生活を教えてください。

中学の頃はフィリピンのマニラに住んでいたのですが、やはり貧富の差が激しかったし、学校には、政治家の子供やスタジアムの経営者など、とても裕福な家庭から来たフィリピン人大勢通っていました。治安もよくなくて、毎年学校の先生や生徒が事故にあたったり、熱帯特有の病気で亡くなったり、中には2度も誘拐された子もいました。高校は中国の広州で過ごしましたが、フィリピンと同様に、やはり貧富の差があり、大気汚染もひどかったです。それに加えて、当時は靖国問題の影響で、周りには悪い対日感情を抱く人も数多くいました。両国とも物価が安かったのはかなり印象に残っています。ですから、友だちとタクシーを乗り回したり、一流ホテルで食事をしたりと、少ないお金でたくさん楽しめました(笑)

―学校はどうでしたか?

フィリピンは比較的日本人が多かったですが、中国は日本人がほとんどいませんでした。どちらもインターナショナル・スクールに通っていたのですが、クラスはミニ国連のような感じで、色々な人種の人がいましたね。だから、よくクラスの友だちとも、それぞれの国の代表になりきって、靖国神社の参拝問題についてなど、あらゆる国際問題を議論しあうことも多く、そこで良い刺激を受けました。

―中高時代は、何か課外活動はしていましたか?

フィリピンでは、発展途上国の現状を目にして、自分も何か行動を起こさなければいけないという思いから、”Makabata” という団体で、ストリートチルドレンの子供を受け入れている学校に行き、工作や音楽を教えました。

中国に行ってからは、”Habitat for Humanity” という団体に所属し、最後の1年は代表も務めました。ここでは、天災や貧困から家をなくした人々に家を提供していく活動をしていました。寄付を通してお金を集める段階から家を建てて完成させるところまで、全てをプロデュースするので、少しずつ家が建っていく様子をみると、その分達成感も味わうことができてよかったです。大体年間に20軒くらい建てましたね。

―20軒ですか?! すごい行動力ですね!

いえいえ(笑) 実際に現地で暮らしていると、自分も何かをしたいという気持ちは、誰しも自然に抱くはずです。

もっと大きな枠組みで問題解決したい

―大学受験はどんな感じでしたか?

帰国入試だったため、海外出願で決まる慶應SFCと早稲田の国際教養を受けることにしました。TOEFLに関しては、ウェブサイトに掲載されている各大学に必要なスコアを取るように努力しました。慶應SFCでは、TOEFLのスコアと自由記述の小論文が課されました。

―では、学部の専攻と、どうして海外の大学ではなく、慶應SFCに行こうと思ったのか教えてください。

日本に帰ろうと思ったのは、一番に日本人であるのに日本のことをあまり知らないという違和感を覚えていたこと。インタースクールで様々な国の人に会って、色んな文化に触れる楽しさを感じて、国際関係に興味を持ちました!

―英語以外にも、中国語やスペイン語もやっていたというのは聞いたことがありますが、日本語はどうやって身につけましたか?

母が偶然国語教師の免許を持っていたので。生活の中で会話は自然に学んでいきました。でも、やっぱり漢字は難しいです(笑)

―そうですよね(笑) 大学での授業を通じて、何か関心分野が変わったりしましたか?

そうですね。大学では、はじめは国際開発に関する授業を受講していたんですが、中高の頃に草の根の活動を経験してきたからこそ、もっと法律や安全保障など大きな枠組みで問題解決したいと思うようになりました。ですから、今は平和構築や地域紛争を学んでいます。

―なるほど。大学の勉強の他に何か熱中していることはありますか?

今はキャタルという塾で英語の先生をやっています。やはり「教える」ということから「学ぶ」ことは多いです。小学生や中学生に教えることが多いのですが、いつもアウトプットとインプットのバランスを考えつつ、楽しく授業をすることを心がけています。

―自分の得意分野を活かせるのはすばらしいですね!

一度は海外に行ってみた方がいい

―今年の秋から、カナダに留学するとのことですが、どうしてまた海外に飛び出したいと思ったのですか?

やっぱり自分の意思で行きたい国を選べるのは、これが最後かなと思いました。今までは親の仕事の都合で、海外を転々としましたが、カナダは全く行ったこともないし、まさに未知の世界です(笑)

―今からとても楽しみですね! もしこれから海外へ行こうか迷っている人がいたら、どんなアドバイスをしますか?

やはり、一度は海外に行ってみた方がいいと思います。本当に様々な体験ができますね。自分自身は、本当の貧困はどんなものか見ることができたし、楽しい経験もたくさん積めることも間違いないです。色んな意味で、視野も広がると思います。

―留学から帰ってきてからは、就職活動も控えているかと思いますが、将来の進路を聞かせてもらえますか?

まだ、はっきりとしたものはないですが、とにかく色んな国に行って、その国の文化を知りたいですね。商社のように転々と海外をまわる職業に就きたいです。後は子供もとても好きなので、ユニセフのような国際機関で働くことも視野に入れています。

―これからの活躍もたいへん期待できますね。インタビューは以上となります。今日は忙しい中、協力してくれて本当にありがとうございました!

ありがとうございました。

International School Manila :
http://www.ismanila.org/
American International School of Guangzhou :
http://www.aisgz.org/

インタビューアから一言

安積さんは大学の友人で、秋から同じ大学に交換留学をする予定です。専攻分野は異なりますが、同じ日本人として助け合える関係でありたいと思います。とても気さくに海外での生活を語ってくださいました。中学の頃からボランティアに力を入れて活動してきた安積さんの言葉には非常に力があり、私もインタビューを通して多くのことを学び、刺激を受けました。このような貴重な場を与えてくださって、本当に感謝しています。
interviewees_g_137_2_profile.jpg 安田奈央。1990年生まれ。幼少期は父親の仕事のためアメリカニューヨーク州で過ごす。その後帰国し公立の小学校に通う。中高6年間は横浜共立学園という女子校に通い、卒業後は慶應義塾大学総合政策学部に進学。現在3年生。大学では主にフランス語や経済学を学んでいる。また国際NGO団体Room to Readの大学生団体であるU-Leadに所属し、チャリティイベントの開催を通して学生へ向けた啓発活動を行う。今秋より交換留学でカナダのマギル大学に留学予定。