海外生活体験者・学生インタビューvol.139

interviewees_g_137_profile.jpg 荒井梨咲さん。1990年米国カリフォルニア州生まれ。13歳まで米国で育つ。14歳から日本の茅ヶ崎に在住し、鶴峰中学旭ヶ丘高校へ通う。現在、多摩大学グローバルスタディーズ学部インターナショナルディベロプメント専攻2年に在籍。現在オーストラリアのRMIT universityに留学中。

このインタビューは昨年夏留学前に行われました。

―梨咲さんはアメリカ人と日本人のハーフということで、普通の帰国子女とはまた少し違う境遇にいますよね。そのあたりのお話を中心に伺っていきたいと思います。よろしくお願いします!

よろしくお願いします!

日本の都会は衝撃的

―まず、アメリカにいたときは、どこに住んでいたのですか?

アメリカではCaliforniaのBakersfieldという場所で生まれ育ちました。日本とは大分違う環境ですよ。とりあえず、広い!(笑)

庭はプール、トランポリン、サッカーコート1面分くらいの空き地、それに家庭菜園までありました。周りもハイキングやマウンテンバイキングをするのに最高の環境がそろっていて、いま住んでいる環境とは全く違う世界ですね。牛、馬、ヤギなどをペットにしている人も多いんですよ!

中心街も小さめで人口は40万人くらいしかいません。だから、日本の都会を見たときは衝撃的でした(笑)

―そののんびりとした環境の中での生活ってどのようなものでしたか?

とにかく楽しかった。遊びといっても、街には映画館が2つあるだけなので、ハイキングやマウンテンバイキング、サッカーをやって、いつも遊んでました。特にアメリカは女子サッカーが盛んなので、AYSO (American Youth Soccer Organization) というクラブに所属し、学校の後は毎日サッカーをやってましたね(笑)

他にも、マーチングバンドのパーカッションをやったりして、とにかく充実した楽しい毎日を送っていました!

―14歳のときに、急に日本に移住したわけですが、最初はどのような印象を受けましたか?

日本のイメージとして、日本人はみんな英語が喋れるイメージがあったんです(笑)

そのイメージがあったから、安心して日本へ来たのですが、そこがまず大きく違っていて苦労しました。私は湘南に住んでいるのですが、当時の湘南では外国人も珍しく、いろいろと差別もされました。

それに暑くて、うるさくて、運動する場所もないし、ご飯も少ないし(笑) と、色々とストレスがたまって、最初はそのストレスで太ってしまうほどでした。

自分を変えるしかない

―最初のイメージは最悪ですね。。。日本の中学、高校に通われてどうでしたか?

とりあえず、私は日本語が全く喋れなかったため、そこが1番の課題でした。中学に通いだして半年ほどで、周りの日本人と話したり、授業を理解したりするようにはなりましたが、きちんとした日本語が喋れて、ほんとうに仲の良い友だちを作れるようになったのは高校2年生のときでした。

日本の学校の慣習にも、なかなか慣れませんでした。アメリカと違って、先生が教室まで来るっていうのも驚きだったし、ずっと同じクラスの同じ人たちといるのであきてしまうんです(笑) 私は中学、高校時代は楽しんではいませんでした。

―何か印象深い思い出とかありますか?

高校の時に1つの事件が起こったのです。

ひとりの先生に女子サッカー部を作っては?と持ちかけられて、女子サッカー部を作ることになりました。何人かの女子を集めるところまではよかったのですが、グラウンドを使っていた男子サッカー部の先生に、「グラウンドを少し使わせてくれないか?」と相談しに行ったら、頭ごなしに全てを否定されてしまいました。その理由も「女子でサッカー部なんて作っても、どーせちゃんとやらないでしょ?」といった理由で、チャンスさえ与えようとしてくれないのです。

アメリカでは考えられないことだし、大きく失望すると同時に、この国で生きて行くためには、自分を変えるしかないと思いました(笑)

比べることは止める

―そして、ついに憧れの大学に入られて、いまはどのような生活ですか?

大学は本当に憧れでした(笑)

高校にいたときも、大学は「自由になれるところ」だと思っていて、大学に入れば好きなことにチャレンジできると思っていました。実際、今は好きなことをやって、とても充実した生活を送っています!

私は多摩大学のグローバルスタディーズ学部というところに所属しています。この学部は留学生や帰国子女の人がとても多くて刺激的です!

それに大学も小さいから、ヨガ・サークル、ザイオンズクラブというボランティア活動あ学生会だけでなく、学校に頼まれてハロウィーンやクリスマスにパーティーを企画したりと、ほんとになんでもできるのです!

「私」そのものを見ようとはしない

―日本に来てからつらいこともいろいろあり、いまは充実した大学生活を送られているわけですが、日本に対する印象は変わりましたか?

さきほども「日本で生きて行くためには、自分が変わるしかない」と感じたと話しましたが、同じように日本とアメリカを比べることはやめました。

最近は慣れましたけど、いまでもいろいろと差別や壁は感じるんですよ。バスで座ろうとしたら叩かれたり、電車で座っていたら「お前は座るな」って言われたり、いまでもひとりで買い物なんかに行くと店員さんにぎくしゃくした対応をされるので、それが嫌でなるべく日本の友だちと行くんです。

日本人の中には外国人と友だちになりたいって人もいっぱいいます。でも、そういう人の多くは、私が「英語」を喋れる、外国のカルチャーをバックグラウンドに持っていることに興味があるだけで、「私」そのものを見ようとはしてくれません。そういうところにも壁を感じたりしますね。でも、日本や日本人にはいいところもいっぱいあるので、そういう部分を見るようにしてます!

―大学を出た後などは、アメリカに帰られますか? それとも日本で就職されますか?

大学を出ても、日本で働きたいと思っています。特に、日本に来る私のような外国人のケアやカウンセリングに携われたらいいと思っています。今、日本には外国人を受け入れる環境が弱すぎると思います。例えば、私はインターナショナルスクールの存在なども全く知らなかったので、現地の公立校に入って苦労しましたし(笑) ですから、そういった子供へのサポートをしていきたいと考えています!

―最後にこれから日本に帰って来る帰国子女、特に梨咲さんのように全く日本に馴染みがない状態で日本に来る人へのアドバイスなどあれば、お願いします!

1番大事なのは仲のいい日本人の友だちを作ることです!

日本の常識や礼儀を学ぶのがとても重要だと思うのですが、そのためにも仲の良い友だちを持つことは大事です。あとは、好きなことを通して日本語を勉強するということです。私はトトロの絵本を通して日本語の勉強をしていましたよ(笑)

RMIT university :
http://www.rmit.edu.au/

インタビューアから一言

日本にはそんなに差別はないだろうと、勝手に思っていたのが恥ずかしいくらい、衝撃的なインタビューでした。全く違う文化的背景を持つ人たちが感じる、日本社会の閉鎖性や暗さを学び、それは恥ずべき、打破すべき日本社会の特性だと思いました。しかし、そんな環境の中でも、毎日の生活を楽しいものに変え、充実した生活を送っている梨咲さんの芯の強さを感じました。これからの活躍に期待します!
interviewees_g_137_2_profile.jpg 畑悠歩。1988年神戸生まれ。14歳から18歳までイギリスのロンドンに滞在。St. John’s Leatherheadを卒業後、帰国する。予備校で受験勉強をした後、慶應義塾大学に入学。現在、経済学部4年に在籍中。大学では、金融系のゼミで国際 経済と金融を学びつつ、学園祭の実行委員会にも所属している。