海外生活体験者・学生インタビューvol.140

interviewees_g_140_profile.jpg 遠藤恵太さん。1990年鹿児島県生まれ。91年から97年までニューヨーク、97年から00年までザンビア、00年から04年まで東京、04年から06年までをカンボジアで過ごす。06年に早稲田渋谷シンガポール校に入学し、3年間の高校生活はシンガポールで送る。09年に同校を卒業の後、早稲田大学法学部に入学。11年現在3年生である。大学では国際法のゼミに所属し、バンドサークルで副幹事長も務める。

―まずはじめに、今までの滞在国を教えてもらってもいい?

幼稚園はニューヨーク、小学校の低学年はザンビア、小学校の高学年と中学校の前半は日本、中学校の後半はカンボジア、高校はシンガポール、大学で日本だよ。

―すごいね(笑) それでは今日は、それぞれの国でどんな経験をしたのか、どんなことを感じたのかなどを、滞在していた順に聞かせてもらうね。宜しくお願いします!

はい、よろしく!
 
「なんにもないよ、父さん!」

―ではニューヨークから。ニューヨークでの記憶はある?

ほとんどない(笑) 家の周りの景色とか、本当にちょっとだけ覚えてるくらいだな。

―幼稚園の頃の記憶はそんなものだよね。ニューヨークの次に行ったザンビアは、もうちょっと覚えてるかな。カルチャーショックはあった?

強烈にあった(笑) ニューヨークからザンビア、このギャップは相当激しかったよ。何でもあるところから、何もないところに行ったわけだからね。ザンビアって、本当に何もないんだよ! 空港に降りるときに、「なんにもないよ、父さん!」って言ったことは、いまだに覚えてる。空港なんて、スタンプ押して、荷物取って、本当にそれだけのスペースしかないんだ。

あとは、黒人の肌が本当に真っ黒で、「いままでと人が全然違う!」って、初めて見たときは驚いたな。家にいたお手伝いさんも黒人の女の人で、最初は怖かった。そういうのは。わりとすぐに慣れたけどね。でも、そのお手伝いさんが家の物を盗んでいたことが、後から発覚したこともあったり。

とにかく、それまでとは、人も、言葉も、環境も、何もかもが違いすぎて、何をしていいのかもわからなければ、何が正しいのかもわからなかった。辛くて毎日泣いてたよ。でも、思えば、それを乗り越えてからは、どこに行っても大丈夫になった(笑)
 
―そうだったんだ。他に何か思い出はある?

ザンビアは何もないところだったけど、慣れてくると外を走ってるだけで楽しかったな。裸足で砂利の上を走れたし、消毒剤がたくさん撒かれた水の中で目を開けて泳げたし(笑)
 
―アクティブだったんだね!(笑) 当時の友だちとは、まだ連絡をとっているの?

うん、facebookでこの前も連絡をとったよ。ここ数年のうちに、ボーリング場や映画館ができたって聞いて、すごく驚いたよ。だって、あんなに何もなかったのにさ(笑)
 
空気を読むようになった

―次には日本だよね。帰国が決まったときはうれしかった?

うれしかった! 心配もあったけどね。日本の学校がどんなのか、全然わからなかったし。とにかく、最初は周りに合わせて、ビシッと姿勢を保って授業受けてたよ(笑)

―ビシッとね! (笑) 日本に来て、逆カルチャーショックはあった?

うん。「空気」ってものを気にするようになった。どこまで自分を出していいのか、周りの様子を伺いながら、試行錯誤してたよ。インターだったらみんながバンバン発言するところを、日本の小学校だと誰も何も言わなくて。個別に話を聞くと良いこと言ってるのに、なんで言わないんだろうって、すごく不思議だったな。

―たしかに、日本の小学生はあまり手を挙げて発言しないね。変に目立つのが嫌で、私もそんなにしなかったな。帰国子女って、それだけで目立つと思うけど、小学校でいじめはなかった?

いじめはね、なかったんだよ。珍しいのかな? 俺が転校してくる前に、先生はクラスのみんなに「黒人が来る」って言ってたらしい(笑) でも来たのが俺でしょ? たしかに肌は黒めだけど、日本語も普通に話す日本人だし(笑) 友だちもすぐにできたよ。最初のクラスから卒業するまで、たまたま先生が変わらなくて、よく気にかけてくれたのも大きかったかもしれないな。
 
「カンボジア? いいよ、行く行く!」

―次は、カンボジアだよね?行くって聞いたときはどう思ったの?

意外かもしれないけど、実はうれしかった。日本の中学校が、なんだか自分に合わないって感じていて。高校受験も面倒だったし。それに、どこに行ってもザンビアよりはマシだっていう妙な自信もあったから、「カンボジア? いいよ、行く行く」って(笑)

―へえ、うれしかったんだ! 実際行ってみてどうだった?

それがあまり楽しくなかったんだよね。。。人に恵まれなくて。人で言えば、ザンビアの方が恵まれてたように感じた。

―それは残念。そういえば、遠藤はプレゼンが上手だけど、それが身についたのはこの頃?

うん、カンボジアのインターに通ってたときだね。人前で発表をさせられることがよくあって、中には映画の1シーンを一人で演じるっていう授業まであった(笑) それで大分度胸がついたかな。
 
―面白そうだけど緊張しそう! 他にも印象的な授業はあった?

先輩が後輩に、何か一つ自分の得意なことを教えるっていう授業かな。教えるものは何でも良くて、ダンスとかサッカーとか、カンボジアだから地雷の知識とか、色々。俺はドラムに興味があったから、韓国人の先輩に週一でドラムを教えてもらってさ。一年で結構上達したよ。
 
何もかもが楽しかったシンガポール

―シンガポールでの高校生活はどうだった?

本当に何もかもが楽しかった!(笑) 一番自由に動けたからね。ザンビアでは一人で出歩けなかったし、カンボジアは何もすることなかったし。いままで行った国の中でどこが一番好き?って聞かれたら、間違いなくシンガポールって答えるよ。

―そうなんだ。中でも一番楽しかったのはどんなこと?

バンドだね。高校に入ったとときに、部活紹介で見た先輩のバンドがめちゃくちゃカッコよくて、「俺もバンドやりたい!」って思ったんだ。でも、自分のギターの腕が足りなかったから、まだ入れなくて、自分でメンバーを集めてバンドを作った。そのバンドがなかなか良い感じになって、4人揃って晴れて軽音部に入ったよ。徹夜で曲を作ったりもしたし、楽しかったな。

バンドでよく行く練習場があったんだけど、そこのおじさんとも仲良くなったこととか、練習場の近くの小さな喫茶店にしょっちゅう通っていたこととか、小さいことだけど、そういう人とのつながりみたいなものを感じることも楽しかった。シンガポールの人って、結構日本人好きみたいだったし。日本には高性能のスタジオはたくさんあるけど、人との関わりでいうと希薄だから。そういうのが、今はなくてちょっと寂しい。

「俺、法学部いいんじゃないか?」

―どうして法学部に入ることにしたの?

もともとは、人間科学部に行きたかったんだ。心理に興味があって、カウンセラーになりたくて。途中で心理学は趣味だってことに気付いたんだけど、それまでは心理しか考えてなかったから、どうしようかすごく悩んで。教育学部に入って、先生になろうかとも思ったけど、インターならまだしも、自分が日本で先生はできないだろうし(笑) じゃあ、とりあえず「政治経済学部かな」と思ってAO入試を受けたら、これは落ちて。国際教養学部も良さそうだと思ったけど、留学が必須って聞いてやめた。だってせっかく日本に来たのに、また海外に出たくない(笑)

悩んでたときに話した先生が、俺に法学部を勧めてくれたんだ。「遠藤、お前は法学部じゃないか?」って言われて、口の上手い先生と色々話していたら、「俺、法学部いいんじゃないか?」って、自分でも満更じゃなく思い始めて(笑) 法学部や法律について調べてみると、結構使えそうだってことに気付いて、面白そうだとも思ったから決めた。思い返せば、寮にいるチューターにも法学部が似合うって言われていたから、俺には周りの人が法学部っぽいって感じる何かがあるのかなって思って。

―そうだったんだ! 結果として、法学部に入ってどうだった?

よかったと思ってる!

―将来は国家公務員志望だっけ?

うーん、それが悩み始めてて。公務員試験のためには相当勉強しなくちゃいけないけど、そこまで勉強するための確固としたモチベーションが今はなくて。父の影響で外務省に興味があったんだけど、海外に限らなくてもいいかなと思うようにもなったし、震災の復興で重要になってきそうな国交省にも興味が出てきたし。公務員以外の色んなことにも興味が出てきて、また先生もいいなとか、いっそ歌手になってしまおうかとか(爆)

―歌手ね(笑) でも、悩むよね。3年生になって、周りは、就活か国家試験か、進路が決まり始めてる人も多いけど、そういう人たちに対して焦りは感じない?

それが、感じないんだよね。焦んなきゃいけないのはわかってるんだけど、遊んでる(笑) 震災の影響で春休みも延びちゃったから、やりたいことを色々やってるよ。興味のあることを調べたり、高校時代のバンドを再結成して曲を作ったり。そうやって色々やっている中で、何か見えて来ることを期待してる。別に、大学に5年くらいいてもいいかなとも思ってるしね。甘いかなあ(笑)

焦らない理由のもう一つは、モチベーションさえあれば、なんでも頑張れる自信が自分にはあるから。目標さえしっかり決められれば、スタートが多少遅くてもなんとかできるとも思ってて。高校生のときの話なんだけど、マラソン大会で1年生のときの9位からから2年生で15位に順位が落ちたんだ。それが悔しくて、毎日走りまくってたら、翌年2位になって、歴代でもトップテンに入ったんだ。1年頑張れば結構いけるなって、そのときに思ったよ。

でも逆に言えば、モチベーションがないと何もできないか。確固とした目標とそれへのモチベーションが見つからなかったら、どうしようっていう不安はあるよ。

長い海外経験から思うこと

―日本人とのコミュニケーションで、難しいって感じるときはある?

たまに、自分が話していることが伝わってないのかな、伝わってるのかなって、不安になることはあるよ。わかってないなら、「わからない」って言ってほしいし、なんとなくわかるくらいでも、それを伝えてほしい。伝えてくれないと、自分が悪いのか相手が悪いのかわからなくて戸惑う。自分の日本語に自信がないから、「あれ、俺新しい言葉つくっちゃったのかな」って思ったり(笑) まぁ、その悩みはほとんど小学校と中学校の間に解消されているから、いまは滅多にないけどね。
 
―それって、私が英語で外国人に話してきょとんとされちゃうときの感覚に似てるのかも(笑) それでは、自分の海外経験から、同じように海外経験のある人に何か伝えたいことはある?

海外から日本に来る人に、必ず言うことがあるんだよね。それは、「どうせ違うんだから、その違いは初めから見せていけ」っていうこと。海外経験が長い人と、ずっと日本にいる人は、当たり前だけど絶対に違う。海外から日本に来る人は、日本人は人と違うということを嫌がると思っているから、違いを出すことにためらいがちだけどね。

俺は大学に入った最初から、自分がシンガポールから来たってことをあえて言いまくった。あだ名がマーライオンになったくらい(笑) 何より、帰国子女だってことを周りの人にわかっていてもらうと、自分が楽になるんだよ。自分の苦手なことを最初からオープンにしていると、周りも助けやすいみたいだし。日本語とか、自分ができないところを周りが補ってくれることもあるよ。

逆に、自分の得意分野では自分が助ける側に回ることもあるし。あいつにはあれができるけど、俺にはあいつにできないこれができる。そうするとお互いに認め合えるし、良い関係が築ける。こういうことは、海外では結構当たり前で、気持いいことでもあるんだけど、日本人は自己主張が控えめだからね。意識的にやらないと難しいのかも。

それに、人を覚えるときって、その人の他の人と違うところで覚えると思うんだよね。人より鼻が高いのがこの人だ、サッカーがめちゃくちゃ上手いのがこいつだって感じに。自分が帰国子女だってことも、人との違いなんだから、相手に自分を覚えてもらうポイントになる。特に大学なんて、自分から積極的にいかないと交流の場がないから、自分を印象付けることは大事だと思うしね。
 
―なるほどね。でも、帰国子女であることをアピールすることで、周りに疎まれるってことはないのかな? 特に、中学校や高校では、英語の発音が人より良いってだけで嫌味なやつだと思われたり……

そういうことはあるだろうね。俺のときも、中学のクラスにECCとか通って、めっちゃ英語を頑張ってるやつがいたんだ。でも、海外経験のある俺の方が発音が良かったから、きっと彼はそれを快く思っていなかったと思う。

でもそういう相手には、「俺は海外にいたから当然しゃべれるんだけど、日本にいてもこれだけ話せるんだね。すごいよ!」って言って相手を認めるといい。そうやって自分から相手を認めることによって、相手も自分を受け入れやすくなる。そして仲良くなっちゃう。それに、誰かのすごいところって、仲良くなったら自慢したくなるよね。俺の友だちには、こんなにすげえやつがいるんだって。

それに、できることを隠しているのは苦しいしね。どうすれば自分の良さを殺さずに受け入れてもらえるか、これを考えることが重要だと思うよ。

早稲田渋谷シンガポール校 :
http://www.waseda-shibuya.edu.sg/

インタビューアから一言

遠藤くんとは大学1年のときからの友人ですが、彼の海外体験についてじっくりと話を聞いたのは今回が初めてでした。彼の、人とのコミュニケーションの中で、相手を積極的に理解しようとする姿勢がとても印象的でした。そういった姿勢は、新しい環境に移ることの多かった彼が、試行錯誤の末に身に付けたものなのでしょう。最後の、彼のメッセージは、帰国子女に限らず、人付き合いに悩むどんな人にも参考になる話だったと思います。遠藤くん、貴重なお話を聞かせてくれて、本当にありがとうございました!
report_38takashina4.jpg 高品美紀。1990年愛知県生まれ。生後間もなくドイツ・ベルリンに渡航し、1年間滞在。その後イギリス・ロンドンに移るが、6歳のときに帰国し、以来日本で暮らす。09年横浜共立学園高校を卒業し、早稲田大学法学部に入学。11年現在同大3年に在籍。所属するアジア最大の法学生団体ALSAや学部の憲法ゼミでは、様々な社会問題について議論を行なっている。また、本年9月よりカナダ・カルガリー大学に1年間の交換留学生として派遣される予定である。