海外生活体験者・学生インタビューvol.142

interviewees_g_140_profile.jpg 後藤匠さん。1989年、兵庫県生まれ。父親の仕事の転勤により、小学1年から4年生までドイツ・デュッセルドルフに家族と滞在。帰国後、中学生のときに同じ理由からアメリカのイリノイ州に渡り、現地の高校に入学する。高校卒業まで滞在し、帰国後、慶應義塾大学に入学。現在法学部政治学科に在籍し、計量政治学のゼミに所属。来年の春から社会人として新たな一歩を踏み出す。

―今回は、大学4年生になって大学卒業まであと1年ということで、大学生活を振り返っていろいろお聞きしていきたいと思います。まず、大学での学業についてお聞きします。どのようなゼミに入っているのでしょうか? どのようなことを学んでいるのでしょうか?

大学のゼミでは計量政治学を学んでいます。私たちのゼミでは、日本国内にある100を超える数の地方自治体を分析対象としていて、それらの法令や法案、サービスなどがいくつあるかを分析しています。ある場合は1、ない場合は0とつけて分析していくので、そういう意味で数量政治学と言います。また、行政の効率化やどのような法案が効果的なのかということを研究しています。

すぐに馴染めました

―中学から高校卒業までアメリカの学校に通っていたとのことですが、日本の大学に入学してどのような印象を受けましたか?

特に何も抵抗を感じることもなく、すぐに馴染めました。と言うのも、2つ理由があって、まず、私が通っていたシカゴの高校は2000人ぐらいの規模で、大学の規模と変わらないということがあります。次に、日本の高校では担任の教師がいて、同じクラスの人たちとずっと高校生活を過ごすというものですが、アメリカの高校は単位制でホームルームがあるだけなので、生徒はそれぞれ違う授業を受ける形になっています。ですから、アメリカの高校から大学に代わっても、あまり変化を感じませんでした。

―確かにアメリカの高校と日本の大学の制度は似ていますよね。日本の高校に行きたいと思いませんでしたか?

日本の高校に通いたかったということではありませんが、渡米したくないとは思いました。私は中学2年生のときに渡米したのですが、当時通っていた中学校は中学受験を経て入った進学校だったので、そのために費やした勉強の時間と苦労はなんだったのかと感じて、できれば渡米したくないと思いました。

―両親に渡米するのを反対しなかったのですか?

渡米するのは嫌だと伝えましたが、やはり親の転勤なので、どうしようもありませんでした(笑)

10日1泊の北海道旅行

―学生時代やったことで楽しかった、もしくは印象に残っていることはありますか?

北海道を1周したことですね。大学1年生の夏に、友人の父親から「おれは大学生のときにアメリカを横断した。大学生は旅をしたほうが良い。」と言われ、友人3人と車で一周しようと計画して、10日間かけて北海道を1周しました。ワンボックスカーを借りて、函館から出発して、そこから小樽、札幌、富良野、帯広、釧路、最東端の根室、紋別、最北端の稚内と回り、最後に旭川というルートで回りました。お金がなかった、ホテルに泊まったのは初日の函館だけで、あとはすべて車で寝泊りしていました。つまり1泊10日ということです(笑) そのおかげで、1人4、5万円という料金で、10日間過ごすことができました。

―旅ではいろいろ苦労したと思うのですが、何に1番苦労しましたか?

苦労したことがたくさんあったので、1番は選べません(笑)。札幌は開発が進んでいて東京と同じように何の不便もなかったのですが、富良野や旭川に行ったときには、辺りに何もなくてびっくりしました。都銀がなくお金を降ろすことができなかったり、車に泊まっていたので、コインランドリーを探して衣服を洗濯するのも一苦労でした。

―興味深かった、もしくは印象に残ったことはありますか?

やはり札幌のような都市以外は、不便で自分は住むことはできないないと思いました。また根室に行ったとき、あちらこちらに「北方領土を返せ!」と書かれている看板があり、ロシア語で書かれた看板も多く見つけることができました。実際に問題が起きている場所に行くことで、北方領土問題という問題を身近に感じることができました。それは東京にいては体験することはできなかったと思います。

―友人の父親に言われた「大学生のときに旅をしたほうが良い」という言葉の意味は分かりましたか?

友人と同じ空間に10日間も一緒にいることなんて、大学生のときにしか経験することができないことだと思います。また、計画することの大切さを学びました。旅をするにあたって、10日間という限られた時間と少ない資金だけで、どうやって北海道を一周するのか。きちんと計画を立てていなければ、北海道一周という目標は達成できなかったと感じています。友人の父親の意図はわかりませんが、私はそのように受け取っています。

カルタゴの遺跡がチュニジアにある

―あと1年ありますが、この3年を振り返ってみてやり残したことはありますか?

チュニジアに行くことですね。

―何故チュニジアに行きたいと思っていたのでしょうか?

チュニジアと聞いても、思い浮かぶことはあまりないかもしれませんね。私がチュニジアに興味を持ったのは、『ローマ人の物語』という本の中に出てくる、カルタゴという国のハンニバルという武将が好きだったからです。その人物は、ローマ帝国史唯一、ローマ市内まで攻め込んだことがある武将で、のちにカルタゴはローマ帝国の手によって崩壊するのですが、その遺跡がチュニジアにあるので、是非見にいきたいと思っていました。

―大学生活の最後の1年、何かやりたいと思っていることはありますか?

アルバイトをすることです。チュニジアに行けなかった理由に、お金がなくて行けなかったということもありますし、今まで週4、5回ペースで一所懸命アルバイトに取り組むことをしたことがなかったので、大学生の間にそのような経験をしておきたいと思っていたからです。

就職活動中に英語の面接があったのですが、自分の英語力が衰えたと感じたので、英語を使う場面が多いヘッドハンティングのアルバイトを始めました。営業のコールが英語であったり、社長がギリシャ系オーストラリア人なので英語を使う場面が多かったりするので、アルバイトを通じて自分の英語力を取り戻したいと思っています。

―アルバイトの他にはありませんか?

あとは、いろいろなところに旅行をしたいと思っています。この3年間の大学生活の中で、アメリカの両親に会う以外は一度も海外行っていないので、最後の1年はアルバイトをして、お金を貯めてなるべく多く海外に出ようと思っています。

―ありがとうございました。なにか最後に何か付け足すことはありますか?

すどうさん(注:編集責任者)によろしくお伝えください(笑)

―分かりました(笑)

インタビューアから一言

今回のインタビューウィは予備校時代からの友人で、違う大学に入学してからも、よく連絡を取り合っていました。しかし、インタビューを通して真面目に何かを聞いたり、それに対して何を思ったのかを聞いたりという機会はなかったので、友人に対する理解と知識が深まったという意味で、とても新鮮で貴重な体験になりました。今回はインタビューを受けてくれて、ありがとうございました。最後の学生生活、アルバイトも旅行も楽しんでください!
report_38takashina4.jpg 伊藤耕平。1989年埼玉県生まれ。1歳からシンガポールで過ごし、5歳で帰国。中学1年の夏に再度シンガポールへ渡り、中学・高校時代を過ごす。高校卒業後帰国し、立教大学へ入学、現在経済学部3年に在籍。開発経済学に興味があったため、現在はアジアの開発経済のゼミに所属し、行政機関やNPO団体等に研究発表等を行っている。