海外生活体験者・学生インタビューvol.145

interviewee_g_143_profile.jpg 柳田亜里沙さん。1989年生まれ。アメリカ合衆国イリノイ州シカゴで生まれ、4歳のときに帰国する。幼稚園、小学校、中学校を日本で過ごし、父親の転勤に伴い、卒業と同時にドイツに渡る。フランクフルト・インターナショナル・スクールに、高校卒業まで3年間通う。高校卒業後、慶應義塾大学文学部に入学。教育学を専攻し、現在3年に在学。カメラサークルに所属し、教職の免許取得に挑戦中。

―今日は柳田さんが今までどのような道を歩んで過ごしてきたのか。柳田さんの人生の目標は何か。そして、これからどう行った道を歩もうと思っているかについて聞かせて下さい。

はい! よろしくお願いします!

―では、まず、柳田さんの今までの経歴を教えていただいてもよろしいですか?

アメリカのシカゴで生まれて、そこで4歳まで生活していました。あまり当時の記憶はないですけどね(笑) ですから、アメリカのことはあまり話せません。幼稚園、小学校、中学校は全て日本で過ごしました。中学を卒業してからドイツに渡ったので、最初は本当に困りましたね。でも、無事に高校3年間をドイツで過ごすことができました。日本へは、大学受験のために帰国しました。そして、慶應義塾大学の文学部に合格することができ、現在3年生です。

何が起きているのか全く見当がつかない

―アメリカ生まれなのですね!

はい。でも本当に小さい頃だから、あまり記憶に残ってないです。

―そうですよね。4歳ですからね。では、ドイツでの生活はどうでした?

楽しいこともあれば、辛いこともありましたね。

―具体的な話聞かせてもらってもいいですか?

はい! いいですよ!

―では、ドイツの生活で一番辛かったことから聞かせて下さい。

そうですね。最初はやっぱり、授業が苦痛でしかなかったです。何故かは、想像つくとは思いますけど、やっぱり言語の壁にぶち当たってしまって、何が起きているのか全く見当が付きませんでした。日本の中学校で習った英語は、全く役に立たなくて、本当に困ったのを覚えています。

校内で迷ったときも泣きそうになりましたね。聞くにも聞けなくて、ひたすら涙を堪えて、右往左往したこともあります。運よく優しい生徒が声をかけてくれて、授業は遅れたものの、なんとか教室にたどり着けたっていうこともありました。

後は、父親の転勤先がドイツだったこともあって、学校内では必要でなくても、外での買い物のときは、ドイツ語を話せないと生きていけませんでした。英語もままならなかったのに、ドイツ語の必要性も感じさせられたときはどうしようかと思いました。

―ドイツ語ですか! 大変でしたね。途中で日本に帰ろうとか思いませんでした?

思いましたよ! でも、馬鹿にされたまま帰るのは嫌だったので、踏ん張りました。踏ん張ったからこそ、今の私があるとも今思っていますね。

―では、逆に現地で良かった思い出とかありますか?

迷っていたときに、優しく手を差し伸べてくれた人がいたっていう体験そのものが、良い思い出の一つですね。日本では、なかなかいないじゃないですか。

助けられたこともですけど、クラスのメンバーが国際色豊かだったのも、物凄くいい思い出です! あんなにもたくさんの国の人々が集まれる空間っていうのは、インターナショナルスクールならでは、海外ならではの体験だなと思います。

IBプログラムで教育に関心を持つ

授業は、ディスカッションが日常的に行われるので、その中で異文化を感じたり、価値観の違いを感じたりして、本当に毎日が刺激的でした。日本に留まっていたら知りえなかったことを、毎日の何気ない生活の中で感じられたのは、私の中で大きな財産ですね。勉強は大変でしたけど、IBというプログラムの中で、たくさんの人と意見交換できたのは、とても楽しかったです。

―IB大変ですよね。私も経験したので、あの時の辛さはすごくよく分かります。今振り返ってみてどうですか? IBで得られたものなどありますか?

IB本当に大変ですよね! 毎日毎日勉強ばっかりで、あんなに勉強したのはIBが最初で最後かもしれません(笑) 1週間の内で遊べた日は、金曜日くらいですかね。私は、金曜日は遊ぶ日って決めていたので。そうしないとパンクしそうな気もしましたし、青春時代、勉強だけじゃなくて、遊びもしたいじゃないですか(笑) でも、その大変なIBを経験したことで、私は海外と日本の教育に興味を持ちました。

―そうですか! ちなみに大学では、何を専攻していますか?

私は教育学を専攻していて、今教職の免許取得のために必死に勉強しているところです。

―では、将来の目標は先生になることですか?

いいえ!(笑) 教育することよりも、教育方法に興味がある感じです。私には、とても人を教えるなんて無理です。そんな責任重大な職業就けませんよ。

日本の教育制度を根本から見直す

―そんなことはないでしょう。でも、もし教師になりたいのではなければ、目標としていることは、具体的に言うと、どんなものですか?

そうですね。説明しづらいのですが、ドイツに滞在していた期間、よく現地の幼稚園にボランティアで行っていたのですが、教育方法の自由さと生徒のケアが充実していることに驚きました。

日本の学校では、相談事は保健室の先生っていう暗黙のルールがありますけど、結局保健室の先生って、人の相談を聞くことを専門とする人ではないのです。カウンセラーという、きちんと相談にのることを仕事とする人が、どの学校にもいることに驚いたのを今でも覚えています。日本では、小学校、中学校、高校と見ても、カウンセラー常駐の学校なんて、ほとんどないと思いますよ。

教室の机の配置の仕方にも、少し注目していますね。日本だと先生の独壇場になるような設計になっていますけど、欧米では机を円にしてみたり、ロの字型に並べてみたりと、バラエティーに富んでいました。それも、先生が生徒一人ひとりの顔が見られるように工夫されているとつくづく感心しました。

そういったものを自分で実際に経験して、すごく興味深いと思っているので、卒業論文では、比較文化みたいな形で研究テーマにしようとも思っています。将来は、日本の教育制度を根本から見直す、また立て直す仕事がしたいと思っています。夢は大きくということで、文科省に入ってみたいとも思っています。(笑)

―いい夢ですね! 柳田さんならできると思っていますよ!

ありがとうございます! 海外で得た経験をどうにかして生かしたいと思っているので、応援よろしくお願いします。

―もちろんです! そのために日本の大学に入学したのですか?

それもありますね。海外の大学は最初から視野に入れてなかったのもありますが、やっぱり私は日本人なので。日本人であるということは、海外の生活で始めて強く意識しましたね。海外の生活っていうのは、得るものがたくさんあって本当に良い経験でした。

―将来は海外で働こうとは思いませんか?

あまり考えたことはないですね。自由なところが海外は好きですけど、やっぱりルーツを感じるのは日本ですし。老後は海外で過ごしたいとは思いますけどね(笑)

―老後ですか(笑) 今日は、長い時間ありがとうございました!

活動報告 「世界の学校から」vol.10
http://www.rtnproject.com/2009/07/_vol10.html

インタビューアから一言

予備校で知り合ってから、もう3年以上も経ちます。お互い慶應大学に入学したものの、学部が違うので、いまどんなことに興味を持っていて、どんな研究テーマを追求しているか、全く知りませんでした。いつも明るくて元気な柳田さんの真剣な表情を見られたのもよかったです。知らない間にこんなにも大きな夢を抱いていると知って、とても大きな刺激になりました。お互い夢は違うけれど、頑張りましょう! 本当にありがとうございました!

interviewees_s_241_profile.jpg 良知春佳。1989年静岡県生まれ。生まれてすぐ神戸に移り、1歳のときに渡米。ニュージャージー州のFarBrook Schoolという幼稚園から中学校まである学校に入学。小学校4年に一旦帰国し、東京で暮らす。高校2年の夏に渡英し、サリー州キングストンのMarymount International Schoolを卒業後、大学受験のため単身帰国。現在は、慶應義塾大学経済学部経済学科3年に在籍。藤田康範研究会に学び、慶應義塾體育會水泳部競泳部門にも所属している。