海外生活体験者・社会人インタビューvol.110

interviewees_s_110_profile.jpg O.Y.さん。1987年10月生まれ。アメリカ合衆国NJ州出身。8歳で帰国し、中学2年生の8月にアメリカ合衆国ニューヨーク州Long Islandに留学をする。卒業後、コネチカット州Cheshire Academyへ進学し、卒業まで文武両道をモットーに高校生活を送る。帰国後は、中央大学商学部金融学科へ入学し、ラクロス部、ポーカーサークルに所属する。卒業後、現在は家電メーカーの海外部門に務めている。

―本日はお忙しい中、インタビューに応じていただき、ありがとうございます!

周囲にRTNのインタビューに応じている友人がいて、読ませもらいましたが、僕で大丈夫でしょうか?(笑) とにかく、今日は何でも聞いてください!

何事も全力投球の青春時代

―頼もしいです! Yさんには大学時代とてもお世話になりましたが、実はどんな生活を送ってきたのか全然知らないので、教えて下さい。

大まかですね(笑) 何から話しますか? まず、僕はニュージャージー州出身ですが、8歳には帰国し、日本の小学校を卒業しました。英語を忘れており、中学生になってからは、アメリカ出身で英語を話すことができないのは嫌だと感じていました。また、兄弟が留学していたことから、中学2年生の夏に留学することを決意しましたよ。ただ、友人や家族と離れ離れになるのは寂しかったですね。

親戚がニュージャージー州に住んでいたことから、7、8年生は現地の公立学校に通っていました。全く英語が喋れない状態でしたから、本当に毎日が辛くて孤独でしたね。ESL以外は毎日が戦いでしたが、若かったから頑張れたと思います。また一からやり直すことは、今はできないなぁと感じます(笑)

アメリカで受験をし、コネティカット州の全寮制の私立高校Cheshire Academyに進学をしました。受験については、まだ英語が完璧に話せるわけではなく、非常に不安でしたね。TOIEC、英語のインタビュー、8年次の成績で無事パスすることができ、本当に安心しましたよ。

―Yさんは留学でアメリカ住んでいたのですね。ずっと家族と住んでいたと思っていました。高校はどんな感じでしたか?

高校はとても厳しい環境でした。7割が寮に住んでおり、自由時間がほぼなく、勉強と部活三昧の日々でしたね。授業終了後は、すぐに部活に向かい、部活後は22時までstudy holeで自習することが必須でしたから、とにかく毎日フラフラでした。しかし、それが当たり前の環境だったので、苦痛だと感じたことはほぼなく、何事も全力投球の青春時代を送っていました。その結果、様々な賞を頂くことができ、光栄に思っています。

余談ですが、高校では原則的にスーツ、金曜日だけ制服を着るという、おもしろいスタイルだったため、今でもスーツが好きですね。

―とてもストイックな生活を送っていたのですね。賞は、例えばどんなものがあるのでしょうか?

具体的には、National Honor Society(NHS)というもので、成績、学校への貢献、ボランティア活動、リーダーシップ等で審査され、毎年、各学年から数人選ばれるものです。アメリカで、最も名誉な賞の1つなんですよ。受賞後の1年間は、地域のボランティア活動やインドネシアの大津波、エイズ撲滅、ワクチンなど買うための活動を積極的に行い、とても有意義な時間を送ることができました。日本では、このような活動をあまり聞かない気がしますね。

また、ラクロス部に所属しており、Varsity Boy Lacrosse、Stu Lindsay awardという賞をいただきました。試合の実績だけではなく、リーダーシップ等でも貢献したことが評価され、獲得することができました。アメリカでは様々な賞があるため、自然と意識が高くなりますし、積極性が磨かれたと思います。ですから、とてもいい制度ですよね。

―確かに日本にはない制度ですね。ラクスロス部に入っていたのも知りませんでした。

アメリカでは、スポーツに積極的に取り組んでいましたね。サッカーで奨学金をいただいており、12年生のときには副キャプテンとして活動しておりました。また、バスケットボール部ではアジア人唯一のメンバー入りを果たしたりと、非常に有意義な時間を過ごしていましたね。チャレンジ精神を刺激してくれる環境があるので、やる気さえあれば様々な可能性を広げることができますよ。

―すごいです。日本だと部活に複数入ることができない高校が多いので、もったいないですよね。

楽なのは本当だったんだ!

―ところで、なぜ日本の大学へ進学したのでしょうか?

最大の理由は、金銭的なものですね。僕はサッカーで奨学金をいただき、学費を全額賄っていましたが、12年生の最後に膝を負傷してしまって……。部活や試合に出られない期間は、奨学金の支給対象外でしたので、怪我をする度に、対象外になることに大きな不安を感じました。

また、兄弟も全員私立に通っていましたので、流石に帰国しようと考えましたね。留学するにあたり、目標にしていた英語は不自由なく使えるようになっていましたし。帰国後、すぐに受験の準備に入りました。第一志望を中央大学に絞り、論文、英語、面接をクリアして、11月には合格することができました。本当に、あっという間という印象です。

―怪我はつらいですね……。大学生活はどうでしたか?

入学後、噂には聞いていましたが、日本の大学は、本当に自由な時間が多くて驚きました。高校とのギャップに、最初はどうしたらいいのかわからず、拍子抜けしていましたね。そこで、ラクロス部に入部したところ、関東ユース選抜チームに選ばれ、オーストラリアへ遠征したり、九州の全日本ユース選手権で優勝し、アンダー22の選抜メンバーになったりと、順調にプレイをすることができました。とても楽しかったですね。

新歓ではポーカーサークルに出会い、ポーカーにとてもはまりました(笑) インカレのサークルでしたが、なぜか帰国子女がとても多く、個性的なメンバーが集まっており、刺激的な毎日を送りましたよ。本場のカジノでプレイしてからは、緊張感や雰囲気がたまらなく好きになりましたね。

―Yさんは、ポーカーしかしていないとイメージだったけど、いつの間にラクロスでこんなに活躍していたんですね?!

そう思われていたのはショックですね(笑) サークルでしか会う機会がなかったからだと思うことにします。就活までの期間は、部活とサークルと忙しく過ごしているうちに、あっという間に過ぎてしまいました。まさに風のように過ぎていきましたね。周囲の友人に漂う就活の雰囲気で、将来のことを真剣に考えるようになりました。しかし、焦って自分の可能性を狭めてしまうのは良くないと思い、追い込むようなことはしませんでしたよ。

―外資は考えていましたか?

外資は度外視していました。帰国生は外資を狙う傾向が強いけれど、僕は日本が好きですので、日本の企業に就職することしか考えていませんでした。外資のガツガツした感じが苦手ということもありますが(笑)

海外で生活していたことによって、日本の良さを再認識することができ、それをもっと世界に深く広めたいと強く思っています。日本のものづくりの技術は素晴らしいです。ですから、英語が話せることを武器に、海外で日本の製品をもっと売り込みたいですね。

3年生の3月に就活を始め、4月半ばには内定を頂くことができました。もちろん努力はしましたが、就活が辛く大変なものだとは思いませんでした。むしろ自分の将来や、どのようなキャリアを歩みたいか等、いろいろと考えるとても良い機会でしたよ。

―いいですねぇ……。

日本がとても好きになった

―入社してからはどうですか?

まだ研修期間ですが、毎日が非常に充実しており、この会社で働けることを誇りに思います。本当にとてもいい会社です。研修に、おそらく他の会社の3、4倍は時間をかけてくれますので、社会人のスタートとして環境は最高ですね。

具体的には、経営理念やマナーといった社会人としての基本から、実践向けのグループワークまで行い、大学時代とは比べものにならないくらい勉強に取り組んでいます。10月末までが研修期間となっていますので、それまで、全力で取り組み、吸収をし、会社に貢献できる人材になりたいですね。

―将来のキャリアビジョンは?

海外に住んでいたことにより、日本を客観的に見つめ、日本がとても好きになりました。また、ものづくりにおいても、日本の技術はとても素晴らしいです。しかし、現在はサムスンをはじめとする、海外の企業にどんどん日本が押されている現状があり、それを悔しく感じますね……。ですから、日本のメーカーが再び世界一と呼ばれる日がくることが自分の夢であり、パナソニックいうブランドの総力をあげて、世界に売っていきたいと思います。

―最後に大学生へアドバイスを下さい。

僕は、大学生活にもっと勉強しておけばよかったと後悔をしています。しかし、自由に遊んで様々な経験ができるのも、大学生のうちだけですから、中々難しいですよね。しかし、これだけは伝えたいと思うことがあります。それは、みなさん全員が可能性の塊であるということです。自分の可能性を決め付けず、興味ある分野だけでも積極的に勉強に取り組んでみて下さい。英語でも簿記でもなんでも。意味のないことなんて何もありません。ぼんやりと大学生活過ごすより、何かにチャレンンジして前に進んでみると、違う風景が見えてきます。ぜひ、残りの大学生活を有意義なものにしてほしいです。

―本日はお忙しい中ありがとうございました。

Cheshire Academy :
http://www.cheshireacademy.org/

インタビューアから一言

O.Y.さんには大学でとてもお世話になりました。アメリカ生まれとは聞いていたので、不自由なく英語を話せる人だと思っていましたが、全寮制の高校でみっちり勉強していたことに驚きました。スポーツや学業の成績は本当に優良で、文武両道を異国で成し遂げた治さんの力は、素晴らしいものだと思います。これからも、持ち前の精神力と器用さで活躍する治さんを楽しみにしています! 私も治さんを見習いたいと思います。
interviewees_s_251_profile.jpg 梅澤実樹。1989年生まれ。東京都出身。公立小学校、中学校を卒業後、私立中央大学附属高校へ進学。高校卒業後は、中央大学商学部会計学科へ内部進学。現在、学部4年に在籍。大学では、インカレのポーカーサークルに所属し活動。幼い頃にそろばんを習っていたことにより、数字好きになる。現在は将来数字に強いビジネスパーソンになることを夢見て頑張っている。