海外生活体験者・社会人インタビューvol.112

interviewees_s_110_profile.jpg 石田眞さん。大学教員。現職は早稲田大学大学院法務研究科教授。早稲田大学大学院法学研究科博士課程修了後、東京大学社会科学研究所助手時代の1978年―79年の1年間、イギリスのロンドン大学高等法学研究所(LSEにも所属)に留学。その後、名古屋大学法学部助教授時代の1985年―86年の1年間、アメリカのハーバード大学エンチン研究所に招致研究員として滞在、86年―87年には、ミシガン大学ロースクールに客員研究員として滞在した。その他にも、1991年―92年にかけて、イギリスのウォーリック大学法学部に客員教授として6ヵ月滞在した経験をもつ。

イギリスの雇用契約の歴史

―助手時代、イギリスではどんな研究をされていたのですか?


イギリス雇用契約の歴史に関する博士論文を執筆するための基礎的な研究を行っていました。イギリスの歴史研究を行うにあたって、当時の日本では第一次資料や特殊な第二次資料が手に入りにくかったので、現地に行って研究を遂行してみようと思い立ちました。現地では、予想以上に多くの資料や情報を収集できました。また、LSEでは、大学院の労働法のゼミにも参加しましたが、そこでは、イギリスにおいて労働者・雇用者間の雇用契約をどのように講義し、研究しているのか、確認することができました。

―研究のテーマをイギリスの雇用契約の歴史とした理由は何ですか?

雇用契約に興味を持ったからですが、なぜ雇用契約に興味を持ったかというと、企業組織と従業員との結び付きをどのように捉えるのかに関心があったからです。そして、究極的には、組織と契約の関係を法的に考察することで、社会の特質・実態を把握できるのではないかと考えていました。

イギリスを選んだ理由ですが、これはやや便宜的な理由です。博士論文では外国法の研究をしなければならないという不文律のようなものがありました。したがって、どうしてもイギリスの研究がしたかったというよりも、たまたま選択したイギリスの研究がおもしろくなってしまったというのが正確なところかもしれません。

―やはり現地で研究したからこそ得られた成果もありますよね。

イギリス人が労働法や雇用契約をどのように考えているのか、法に内在する考え方や論理をより深く理解することができたことが成果だと思っています。17世紀の市民革命の時代から、産業革命を経て、そして現代に至るまで歴史を研究したのですが、やはりイギリス人なりの視点に接近できたことが大きかったと思います。日本で生活し、日本の教育をずっと受けてくると、どうしても日本の視点からしか分析できなくなるのですね。

少し具体的に言いますと、イギリスは階層によって明確に規律が分かれています。これは、「自由」とか「対等」というような理念の下で、雇用契約を抽象的に捉える考え方とは大きく異なります。理論と歴史的な軌跡の乖離が興味深かったところです。

グローバル化の時代に

―海外での経験は今も生きていますか?

もちろんです。帰国後、2、3年かけて論文を執筆しましたが、イギリスの地で勉強したことの成果は、自分のベースになっています。まだまだ駆け出しの若い研究者であった頃に、ロンドン大学やBritish Libraryで、多数の文献を、しかも無料で閲覧できたことは貴重な経験です。

加えて英語圏に一年間身を置くことができたことも、語学の勉強という意味で良い勉強になりました。帰国後しばらくしてから、アメリカに行く機会に恵まれたのですが、言葉の問題では随分と楽になりました。例えば、講義を英語で聞き理解することができるだとか、日常会話をドギマギせずに行うことができるとか、そういったことがスムーズにできたことが大きな前進でした。

イギリスに行った当初は、日常会話って本当に難しいと思いました。特に電話の受け答えは難しい。用件を正確に把握しなければならないというプレッシャーもありますし、自分の知らない単語を話されると理解できないので困りました。自分の専門については、単語が分からなくても専門知識から推察することができるのですが、日常会話は、推察なんてできませんからね。ですから、1年間イギリス生活の中で言葉で苦労したことで、徐々に分からないことを分からないと言うゆとりをもつことができました。これは場数を踏まないとできないことだと思います。

―その経験から、どのようなことを学生に伝えていらっしゃいますか?

今はグローバル化の時代と呼ばれて久しい状況です。だからこそ、日本のことをもっと知り、海外の人に発信できる人材になってほしいと思います。私はアメリカに2年間滞在していたのですが、そのときは日本のことを本当にたくさん話しました。相手もアメリカの事情を話すので、そうやって各々の国の違いをぶつけ合うことでコミュニケーションを取っていったのです。私は日本の労働法学者としてアメリカに行きましたから、当然相手のアメリカ人も日本の労働法学者として私に接してきます。ここで、きちんと伝えることができるかが、信頼関係にもつながるのです。

―グローバル化が進めば進むほど、自国内に目を向けていかなければならないということでしょうか。

そうですね。日本にいる間に、日本のことをきちんと学んでおくこと。別に分野は何でもいいのです。関心分野を深く学び、それを国際言語すなわち英語で表現し、ディスカッションできればいいのです。

想像力から共感力へ

―石田先生が一番大切にしていること、あるいは座右の銘は何ですか? 例えば、学生が卒業するときに送る言葉はなんでしょうか?

大切にしていることはたくさんありますよ(笑) 学生に送る言葉としては、『「一寸の虫にも五分の魂」を忘れるな』というのがあります。人間は多様ですし、価値観も様々です。国際社会では、とりわけこの点が強調されますが、国内であっても重要さは変わりません。だからこそ、想像力がキーポイントになります。

相手のことを考え過ぎても、考え過ぎることはありません。複雑で難しい人間関係をうまく取り結んでいくためには、想像力を膨らませながら、相手のことを考えることが重要だと思います。どこまでなら理解できて、どこからだと軋轢に変わってしまうのか。想像力は失敗しながらでないと、身につけることができない力です。自分の想像力の範囲よりも広いところに身を置くことで、自分自身を成長させていくべきでしょう。

想像力を鍛えていくと共感する力がついてきます。この共感する力こそ、人間関係を生み出し、強く互いを結びつけていくものなんですね。相手のことを理解しているかでなく、共感しているのか。これが重要です。想像力と共感する力には完成形がないので、いつも発達のプロセスにいると思って日々の生活をするといいのではないでしょうか。

学ぶことを止めない

今までの話をまとめると、第一に、グローバル化が進めば進むほど国内を見なければならないこと、第二に、日本で生活している間に日本のことを、自分の関心分野で構わないからしっかり学び、それを国際言語で伝え・議論できるような力を蓄えておくこと、第三に、第二のことと関係しますが、ひとつの分野でいいから専門分野を深く勉強することですね。

―専門分野も大切ですよね。

せっかく大学にいるのですから、専門分野にしっかり取り組んでほしいと思います。

―法律を学ぶ学生が考えなければならないことはなんでしょうか?

たくさんありますね(笑) たとえば、法は正義だとよく言われますが、本当にそうなのかというような問題です。法はそれ自体が正義を体現しているから、それは正当なものと考えられうるのかというと、私はそうではないと思っています。むしろ、法は変わりうるから正当性がある。しかし、法学部の学生が勉強している法の解釈は、現状の法律を前提しますので、すぐにその正当化作業になってしまうのです。こういった問題について真剣に考えない場合、法が全てだと思いこんでしまうかもしれません。これは非常に良くないことですから。柔軟な発想をもって取り組むこと、そのためにも学ぶことは止めないでください。

―本日はありがとうございました。

University of London :
http://www.lon.ac.uk/
Harvard University :
http://www.harvard.edu/
University of Michigan :
http://www.umich.edu/
University of Warwick :
http://www.rtnproject.com/2008/02/post_21.html

インタビューアから一言

石田先生の優しい人柄に安心感を覚えながら、インタビューさせていただきました。先生の柔らかな口調と明確な意見のコントラストに魅了されたという感じです。人間関係をうまく取り結びながら、他者に共感しようと努めることを深く学びました。「将来、自分の価値観に合致した生き方ができるといい、人はそれぞれ違うのだから。またこれから先行きが不透明な時代だと言われるが、視点を変えれば、一番楽しい時代に生きることができるのだから、楽しめばいい。」という前向きなコメントも印象的でした。ご多忙の中、時間を割いていただき感謝しています。
interviewees_s_251_profile.jpg 神谷貴大。1989年愛知県生まれ。現在、中央大学法学部政治学科3年。大学2年のときにJICA Vietnam法整備支援プロジェクトのインターンシップに参加。The Asian law Student Association(ALSA)に所属しており、現在は11のALSA加盟国・地域の法学生を日本に招き、学術活動・文化交流活動・全体総会を行うAsian Forumを主催。企画の副委員長を務める。ゼミでは国際政治と現代思想を学んでいる。また塾講師として主に小中学生の指導にもあたる。