海外生活体験者・学生インタビューvol.148

interviewees_g_148_profile.jpg 山本かおりさん。ドイツ・デュッセルドルフ生まれ。3歳のときに日本に引っ越した後は、父の転勤により、交互にアメリカと日本に滞在した。慶応義塾ニューヨーク学院高等部を卒業後、慶応大学法律学部法律学科に入学。現在は同学部1年に在籍。NPO法人JUKEや文化交流を目的とするトルコ学生団体など、複数の団体に所属し、精力的に活動中。

私はいったい何人(なにびと)?

―日本に帰って来て、カルチャーショックを受けられましたか?


昨年の夏日本に帰国し、自分の実家のある千葉県に戻ったとき、「家に帰ってきた」という感じがあまり湧いてこなくて、それが少し残念だったことを覚えています。私は生まれて以来人生のほんどを海外で過ごしてきて、自分という人間が構築されたのも日本ではないからかもしれません。

自分のホームグラウンドではないわけですから、違和感を覚えることがあるのは私だけでなく、帰国子女全体に共通することだとは思っています。ただ、家ではほぼ日本語で会話しているので、言葉や文化に対してはありませんでしたけどね。どこか新しい土地に最初から住み直すという感じです。

私の家は、転勤族とまでは言わないにしても、引っ越しは多い方でした。ドイツで生まれてからも3年後には転勤。その後、日本とマイアミを行ったり来たりしていて、高校はニューヨークで進学しました。実際に海外で過ごしてきて感じるのは、自分はどの国の人間の本質を持っているんだろう?ということでした。一時期、日本語も英語もあまり話せないときがあって、不器用だった私は、両方という選択肢を考えることがなかなかできませんでした。アイデンティティは選ぶものとして考えていたからです。

生まれたのはドイツ。でも、ドイツを知らない。生活していたのはマイアミ。ニューヨークでの3年間、私の軸はどこの国なのかと思いましたね。不安でした。言葉が話せる=全く同じニュアンスで話せるというわけではないからです。これは感覚的な問題ですね。同じものを見て笑えるか、私には一番大事なことでしたから。ですから、帰って来てからも、自分のホームはどこなのか定まっていなかったですね。

どこに行こうと「自分の家」とする

―どうやって、その問題を乗り越えられたのですか?

満足感がないままボンヤリと過ごしていましたが、トルコ大使館にお勤めなさっていた方との食事がきっかけとなり、解決に向かいました。自分が所属できるトルコという国に戻らないことを不思議に思っていたので、なぜトルコ人なのにわざわざ日本に来て仕事を探し、この国にずっといるのかを尋ねました。

その方がおっしゃったのですが、トルコの人たちは遊牧民族で、どこに行こうとその場所を「自分の家」とすることができるし、日本人や他の国の人々のように、神経質になって自分の居場所を考えたりしないそうです。出張していく先の国にも馴染めるので、なにも問題はないとのことでした。

実は、これと同じことを日本の方に言われたとき、これといって感じたものはなかったんです。私は生まれも育ちも日本という国の人と異なっており、そのときはなにも響いてこず、そんなものなのかと自分を無理やり納得させていました。ですが、実際に色んな場所を家としているトルコの方に言われて、そのときはしっくり来て、この感覚はなくなりましたね。

この問題は解決しましたが、やはり将来的には海外に行きたいと思っています。これから先変わっていくかもしれませんが、海外に行きたいという気持ちが自分の中にあります。ただ、大学にいる間は、日本の良い面と悪い面の両方を客観的に見られるように成長したいと思っています。

―海外生活で学んだ、大切なものはなんでしょうか?

価値観を押し付け合わないことだと思います。海外では、無理やりにでも自分の価値観を分からせるということがないから、ありのままの自分でいても、話を聞いてくれます。海外に行くと宗教の問題が大きいじゃないですか。必ず、「あなたはどこから来たの?」「あなたはどの宗教を信じているの?」と、自分のルーツと信仰を聞かれます。けれど、そこで宗教に入っていないと言っても、「あぁ、そうなんだ」で済むんですよね。私が住んでいた地域に、細かいことを気にしないラテン系の人が多かったからかもしれませんが(笑)

良いところも悪いところも、正直に受け止めてくれるところが、私は好きです。だから、純粋な日本人の方よりも、柔軟に相手の価値観を受け入れられる帰国子女の方のほうが、話しやすいと感じることが多いかもしれません。日本にずっと住んでいる方からは、「変わっている」とよく言われるのですが、帰国子女の方と話す場合はそういうことは言われません。私も、相手をそのまま受け入れられる人間になりたいですし、何より素の自分であり続けることにこだわりたいです。

将来のキャリアについて考える

―そうした人間に成長するために、なにか特別なことをしてらっしゃいますか?


私は日本についてまだまだ偏見があったり、知らなかったりすることも多いので、好きになるための努力をしたい。アメリカにはアメリカの、日本には日本にしかない、特別な自分を動かす何かを見つけようと思いました。そこで、ここでしか会えない人や、できないことを見つけられれば、もっと日本を好きになれると思ったんです。

そのために、NPOに所属することも決め、大学で友だちをたくさん作ってサークルに入ることもしました。実は、大学に入学するときは、正直楽しみといった気持よりも、恐いという気持ちが大きかった気がします。日本の学生社会に、そのまますんなり入っていけるかと、くよくよ考えていいました(笑)

大学に通いながら、休日を学生団体、サークル、NPO法人で過ごす中で、変わって行ったことがあります。それは、答えをひとつだと決めて、無理矢理結論を出さなくても良いということです。日本でも海外でも、全く違った価値観だらけの社会で生きていることには変わりはなく、どこにいても「山本かおり」でいようと思います。自分を無理矢理合わせようと作るのではなく、正面からぶつかっていけるような人間になりたいと思います。

NPO法人JUKEには、いきなりコンタクトを取って参加し、現在も活動中ですが、とても充実しています。大学にいるだけでは会えない志の高い方々とたくさん会えるし、コミュニケーションを取れるので、とても楽しいんですよ。自分から動かなければ変わらないことの多さに気づかされる毎日です。なにより、将来のことについて1年の内から楽しみながら考えるのは、私自身の目標の確認でもありますから。

―キャリア構築の一環なんですね。

海外だと、もっと小さい頃から将来のキャリアについて考えるように教育されるし、実際の会話に出てくるじゃないですか。でも、日本人同士の会話だと、全然出てこない。みんなの前で夢を語らずに、逃げ道を作っているので、すごく保守的だと思います。もっと普通に、ご飯食べるときとかにも、こんな話ができればなぁと思います。仕事でなくても、やりたいこと、自分がやると決めたことを語ることのできる人間関係は、いつでも私の刺激になりますし、本当に一緒にいて楽しいなと思う瞬間ですね。

―では、将来はどのような仕事に就きたいと思ってらっしゃいますか?

あまり具体的には決めていませんが、マーケティングに興味がありますね。私の父がずっとマーケティングの仕事をしていたので、どんな仕事をしていたのかを理解して、父のことをもっと分かるようになりたいです。やはり、仕事は人生の大部分を占めるので。

でも、もちろんそれとは別に、将来入りたいと思っているある会社がニューヨークにあるんです。でも、いきなり入社することを考えるというよりかは、まずは国内の企業で下積みをしてから、キャリアアップを目指したいです。ただ、まだ自分自身のことで知らない部分もあります。また、最初から色々決め付けて仕事をしたくないので、インターンに参加したり、留学したりして、自分の知らない興味や苦手部分も探していきたいと思っています。

自分の「芯」を持つこと

―海外生活体験者である自分について、なにか特別に思うことはありますか?


正直、海外生活体験者であることについて、特別に感じていることはなにもありません。運良く両親のおかげで海外に生まれ、住むことができたわけですし、英語もそうした環境があったから話せるようになっただけです。別に、私自身は大したことないんです。特に、最近は誰だって海外に行くことはできるし、英語だって喋れない人がいない場所はありません。チャンスを作れば、誰だって帰国子女になれるんです。

ですから、海外生活体験者であること満足しないで、その一歩先を行きたいと思っています。アメリカ的な考えですけど、人と同じラインに立って「その他大勢の一人」という立場にいたら、絶対つまらないじゃないですか。だから、たとえ1年生であろうと、人より多くのことをたくさんしていたいと思います。3、4年生になると忙しくなるし、1年生のときの時間をただ遊びに費やすのはもったいないです。自分にとってのベストを常に考えたいですね。カッコつけて言っているけど、本当は自分がおもしろいと思うから(笑)

―最後になりますが、山本さんが大事になさっていることはなんでしょうか?

私が一番大事にしていることは、自分の心に正直に生きることです。日本にいると、人の話を聞きなさいと教育されます。今は大分変わっているかもしれませんが、海外に比べると自分の意見というものがあまり求められないじゃないですか。だから、追い詰められた議論とか全然ないですよね。そうしたときに、自分の意見をぱっと言えない人が多いんですよ。

面接とかも、予め用意した答えしか、答えられない人が多いと思います。それは喋り慣れていないということで、人間力というところにも繋がってくると思います。八方美人に私はなりがちです。でも、そこが利点にも欠点にもなると思っています。ある人にそれを教えていただいてから、困ったときは、自分の心が本当にそれを望んでいるか、本当におもしろいと思っているかどうかで決めようと思っています。

意見を求められたらきちんと答えたいし、たとえ目上の立場の方が相手でも、自分の意見を隠したくはありません。自分の思ったことを言えないことが、一番怖いことです。アメリカだと、自分の意見が言えないと、存在を認識されなかったりするので……。いっぱい自分で考えて、いっぱい自分の意見を発信できたら、きっと人を惹きつけられるようになる。私はそう考えています。英語、日本語で私を分けることはもうやめて、「自分の言葉」で周りに発信できるような人間になりたいですね。

―本日は、インタビューありがとうございました!

活動報告 vol.41 :
http://www.rtnproject.com/2011/06/_vol41.html

インタビューアから一言

今回のインタビューを承諾してくださった理由を、「自分から動かないと全く出会えない人たちと出会うため」と説明してくださいました。インタビュー全体を通じ、山本さんの積極的な姿勢をひしひしと感じ取ることができ、ついつい話に聞き入ってしまいます。山本さんのアグレッシブさを見習い、今後の活動により一層の気合を入れようと思いました。インタビューに応じていただき、本当にありがとうございました。

interviewee_s_151_2_profile.jpg 稲葉省吾。1990年神奈川県の田舎生まれ。小学校5年生のときにアメリカのニュージャージー州に引っ越し、7年8ヶ月ほど滞在。Parsippany Hills High Schoolを卒業後、日本に帰国。2009年に上智大学国際教養学部に合格し、現在3年に在学。国際教養学部の制度を活用して、史学や政治学など複数の科目を学んでいる。RTN Project上智支部代表。