海外生活体験者・学生インタビューvol.149

interviewees_g_149_profile.jpg 谷内貴洋さん。東京生まれ。小学1年から中学1年まで、シンガポール日本人学校に通う。中学2年のときに帰国し、芝浦工業大学附属高等学校へ進学する。その後、再度シンガポールに渡り、International School of Singaporeへ3年間通い卒業。現在は、中央大学文学部人文社会学科英語文学文化専攻2年に在学。教職を取り、英語教師になることを目指している。テニスサークルにも所属。

高校に5年間通う

―簡単に今までのキャリアなどを教えて頂けますか?

僕、高校5年間行ってるんですよね。高校2年間を終えたところで、英語力をもっと伸ばしたいと思って、学年を2つ落としてシンガポールへ行きました。きっかけは親の転勤だったんですけど、海外に行くか行かないかを決めていいと親に言われていて、以前にもシンガポールに住んでいたし、英語力はある程度あるし、海外が好きだということもあって、行くことを決意しました。高校は理系だったんですけど、それに全然興味がなくて(笑)

最初はマレーシアに行こうと思ったんですけど、年齢の問題があって、マレーシアの学校の場合は学年を落としても無理なことが発覚し、諦めたんですね。ただ、それを聞いた親が色々と探してくれたんです。古い友人のつてもあって、シンガポールでホームステイを通して、高校に通うことになりました。

シンガポールの学校は、マレーシアの学校よりも入りやすいのですが、ここでも年齢の問題がやはり生じて、入学するならば2つ学年を落とすことが条件であると言われました。2つ落としての入学は珍しかったですね。本来ならば、高3から始まる4月を高1で始めました。帰国子女ということで、学年をさらに1つ落として、計3つ下げました。

―そうなんですか。自分にとって「3つ下げるということ」に関して、どう思いますか?

今考えると、後悔はゼロですね。就職などを考えれば、海外の3年間というものは本当に良かったと思います。友人関係などは、3つ学年を落とすことになるので、なかなか厳しいものがあって、周りが自分よりも子どもっぽいなぁなんて、思ったり思わなかったりですね(笑) 自分的には結構、適応能力はある方だと思っていて、そこまでの問題はないんですけど、ただ、腹を割って話せるかというと、それは限られてしまいましたね。進路的には何も問題はなかったです。

―シンガポールに住んでみて、何か印象的な思い出や出来事があったら教えてください。

シンガポールには10年くらい住んでいたので、ほとんど「第2の故郷」みたいなとこがあります。小さい頃の思い出はシンガポールしかなくて、とりあえず「人と話すこと」が大好きでした。うちの親が言うには、外で知り合いとかが歩いていたら、「外で話すのもあれなので、お茶しに来ませんか?」とか言っていた、ませてた子どもらしいですね(笑) 人が家に来て欲しかったみたいです。

親が頻繁にテニスをやっていて、不在のときが多かったので、すごく自由だったんですね。夜はフードコートとかで弟と2人で食べることもしばしばでした(笑) 反抗する時間がなかったので、反抗期もありませんでした。ただ、自分たちだけでやることが多かったから、生きていく上で、しっかりするようになりましたね。

教職とテニスサークル

―帰国後の話を聞きたいのですが、大学での活動を教えてください。


教職ですね。きっかけは予備校時代です。先生と色々な教育関係の話をしていくうちに、自分の中で面白いなって感じるようになっていました。あと、面倒見が良いということもあって、デスクワークよりも、ひととコミュニケーションを取っていく仕事を元々してみたかったこともありますね。帰国子女って、ある程度将来やりたいことが固まっていて、志望する学部学科を選択すると思うんですけど、僕の場合は、将来やりたいことを見つけるところから始めました。

大学ではテニスサークルにも所属していて、小さい頃から続けていたテニスをやっています。アルバイトでテニスのコーチングをしてるんですが、「教える」という行為が楽しいと感じるのも、教職を取った理由の1つです。

分野で言うと、帰国子女なので、英語の教師ですね。世界に出るきっかけにもなるし、自分自身が教える側に立って、海外で活躍する学生を育てるという、「輩出する側に立ちたい」という想いが強いですね。将来的には、僕の授業を受けたことがきっかけで、海外に行ってみたいって思ってくれる学生が増えると嬉しいですね。

―アツイ想いを持っていますね! ところで、谷内さんもぼくも中央大学に通ってますが、実際、周りにはあまり帰国子女が少ないと思うんですけど、客観的に見て、自分が海外経験者であることについてどうお考えですか。

どうなんでしょうね。。。発言力やプレゼン力はあると思います。グループとかでやっていても、例えば、パワポとかは自分で作っちゃいますね(笑) 周りが何やればいいかわからないっていう状態なので。

今は将来を考えるとき

―大学生活などで意識していること、ポリシーなどあったら教えてください。例えば、常にポジティブであるとか、チャレンジ精神があるとか。


難しいですね。。。でも、悔いは残したくないですし、何事にも全力でやりたいですね。ただ、全てに力を注ぎこむことは出来ないので、選択と集中です。今でしたら、サークルと教職ですか。サークルでは来年から運営する立場になるので、役員になるかどうかで悩んでいます。サークルだけでお金も時間も取られてしまうので、そうなったときに自分の将来の夢とかやりたいこととかの駆け引きが難しくなるんですよ。

海外に旅行とかをたくさんしてみたくて、英語の先生になるにしても、世界の様々な場所を見ることで、教員になったときに教えることが増えると思うんですね。もし、それをするとしたら、サークルの役員は出来ないんです。サークルという1つの組織に入って、人と関わっていくということも重要だと思うんですけど、それよりも今は将来を考えて、海外に行って色々なところを見てみたいという気持ちが強いですね。

―谷内くんの将来を真剣に考えて、理解してくれる、向きあってくれる人がサークルにいると良いとは思うんですけどね、どうなんでしょう。

テニスサークルの主将の人は僕と同い年だし、分かってくれていますね。確かに、役員になって、組織内で揉まれる経験というのも必要だとは思うし、やりがいとかもあると思うし、楽しいし充実した時間を送れるとは思うんですけど、一番気をつけなくちゃいけないなって思うことは、中途半端に両方に関わらないということですかね。

シンガポール日本人学校 :
http://www.sjs.edu.sg/
International School of Singapore :
http://www.iss.edu.sg/

インタビューアからの一言

谷内さんからは、すごく芯のある印象を受けました。自分のやりたいことやビジョン、海外経験がしっかりと将来像に反映されていて、話を聞いていてとても楽しかったです。同じ大学でも知らないことがたくさんありました。30分程度の予定が、1時間以上話してしまいました(笑) 数多くの外国に行って、どんな国のことでも子どもに聞かれたら答えられるような教員目指して、頑張って欲しいと思います。本日はありがとうございました!

interviewees_g_137_2_profile.jpg 古屋開。1990年ドイツ・デュッセルドルフ生まれ。生後1年で帰国した後、小学6年から中学3年まで父の転勤で再びドイツへ。4年間フランクフルト 日本人国際学校へ通う。帰国入試で学芸大学附属大泉校舎へ入学し、現在は中央大学法学部国際企業関係法学科3年に在学。大学では、「飢餓で苦しむ途上国と 肥満で悩む先進国」のフードバランスを整えるTABLE FOR TWO中央大学の代表を務める。