海外生活体験者・学生インタビューvol.152

interviewees_g_152_profile.jpg 岡野真一郎さん。1988年神奈川県生まれ。高校在学中に、アメリカ・オレゴン州レイクオスエゴへ交換留学。日本国内の高校を中退し、カナダ・バンクーバーのWest Vancouver Secondary Schoolに編入。高校卒業後は、渡英。ロンドンのImperial College Londonに入学。1年間のイギリス生活を経て、09年に慶應義塾大学経済学部経済学科に入学。現在は、坂井豊貴研究会に所属し、研究会代表を務める。メカニズムデザイン理論について理論的研究を深め、社会制度の効率化や社会問題の解決のために精力的に活動している。

海外に強く興味を持っていた

―早速ですが、岡野さんの経歴を簡単に聞かせてもらってもいいですか??


僕は、池田さんやRTN Projectの方のような帰国子女ではなく、高校までは日本に住んでいました。高校在籍1年次に、当時募集していた交換留学制度に応募したことが、 海外に渡るきっかけでした。元々海外に強く興味を持っていたので、交換留学という形で、早い段階で海外に進出することにしました。交換留学先はアメリカのオレゴン州です。

―オレゴン州ですか?! 私もオレゴン州で中学、高校を過ごしましたよ!(笑)

そうなんですか?! オレゴン州のどちらでした?

―オレゴン州のポートランドでした。 岡野さんは?

僕はレイクオスエゴでした。ポートランドとは少し離れていますね。

―そうですね、奇遇ですね。ただ、オレゴン州に留学とは……、珍しい(笑)

そうなんですよ! レイクオスエゴは、日本人は僕だけだったのかなって思います。回りは白人ばかりでしたし、アジア人も周辺にはあまりいませんでした。ただ、そのおかげで、オレゴン州での1年間は最高でしたね。

その後、元々海外の大学に進学することを希望していたので、両親に無理を言って、そのまま海外に残ることにしましたが、アメリカはビザを取得するのが難しいということだったので、カナダへ留学することにしました。

―なるほど、オレゴン州からカナダですか。ただ、風の噂によると、カナダではない国に留学されていたと??

あ! それは順を追ってお話しますね。私の経歴は少し変わっていますので(笑)

―了解しました(笑)

当時はとてもナイーブだった

アメリカから北上する形で、カナダのバンクーバーに移動しました。現地ではIB(国際バカロレアプログラム)を選択して、2年間生活しました。大学はどの国でも良かったのです。ただ、アメリカよりヨーロッパの大学に進学する方が周囲から評価されるということだったのと、当時担当してくださっていたカウンセラーの方がイギリスからカナダに来ていた方だったんですね。

2年間のカナダ生活後は、イギリスのロンドンにある大学に進学しました。その後、やむを得ない理由があったため帰国することになりました。この時点で、高校を卒業してから約1年半しか経過していなかったので、慶応義塾大学の帰国子女入試を受験して、現在に至るということです。

―すごいですねー! 濃いです、聞きたいことがいっぱいありますよ(笑)

大したエピソードはないですよ。すごいのは履歴書だけです(笑)

―いやいや(笑) それでは経歴に沿って、質問させていただきたいのですが、最初に海外に行こうと決意されたのは、どういった理由だったのでしょうか??

それはですね、僕がとてもナイーブだったからです(笑) 当時は、いわゆる進学校に在籍していて、大学に行くことは当たり前だと思っていました。今もそうですが、大学に進学して、その後やることと言えばフツウに就職活動。当時の僕は、それがとても嫌だったんですよね、馬鹿らしかった。

ただ、そうは言っても、将来的には働かなければいけません。ただ、国内の大学に進学するという選択に、どうしても意味が見出せなかったというのが正直なところです。当時ナイーブだったと思うのは、海外の学校に行けば、何とかなるのではないかと思っていたからです。

国内の大学に進学していく自分が嫌であったこと、海外への憧れ、海外に行けば今後何とかなるという考えなどもあり、一石二鳥やれ三鳥、四鳥になるという準備段階として、交換留学になりました。両親とも相談して、背中押してもらえたので、その時点で決意はできていましたね。最初の理由としては、そのような感じでしたね。

オレゴンとバンクーバーの違い

―どうでした? オレゴンの生活は。

すごく楽しかったですよ! 僕は男子校でしたので、共学に変わったことは新鮮でしたね。あとは、授業を自分で選択できるというところは驚愕しました。ホームステイ先も非常に良くしてくれましたので、苦労するということはありませんでした。強いて言うなら、渡米した最初の半年は、もちろん英語で苦労しましたけど。高校のチームでサッカーをしたり、春にはテニスもやったり。ホームステイ先の方々が、送り迎えなんかもとても良くしてくださっていたので、充実していました。単純に楽しかったですね!

―そうですか! その後のカナダではどうでしたか??

オレゴンとのギャップで言えば、アジア人の多さに驚きましたね。カナダの教育とIB、を両立させて勉強していくのですが、その生活が単純に辛くて、脱落していくのは白人、いわゆる現地人が多かったので、周囲のアジア人の多さは際立っていましたね。

僕たち留学生は、脱落するという選択肢はなかったし、カナダの教育に関しては特に興味がありませんでしたので、IBのプログラムをとにかく徹底的にやっていましたよ! そうは言っても、もちろん遊ぶこともちゃんとしていました。住んでいた地域は郊外でしたが、比較的教育の基準は高かったので、いわゆる優秀な友人たちとよく遊びにいっていましたね。あとは、日本人も周囲に増えましたしね。

―環境はオレゴン同様に良かったってことでしょうか。日本人が増えたことにはどう思われました?

今は昔ほどの思いはありませんが、わざわざ留学してまで、日本人同士でいるのはどうなのかなと思っていましたね、くだらないし、少し見下していました。もちろん、当時の日本人の友人とも仲良くしていますが、最初の印象としてはそういうのがありましたね。

良かった点としては、オレゴンに先に留学できたことですか。日本人がひとりもいなかった環境で、1年間英語を徹底的に勉強できたことが功を奏して、カナダでも特に英語で苦労することはありませんでした。いきなりカナダでは、バカロレアのプログラムも含めて、難しかったと思います。

―いい選択をされたのですね。ここまでの留学生活で得たものはなんですか?

ひとつは、細かいところまで理解しているというところです。僕は自分の留学経験はすごく幅の狭いものだったと思っています。それは留学先が英語圏であり、かつ先進国であるということです。国っていうのは、新興国もあれば、英語圏以外もあるわけじゃないですか。

アメリカでも、カナダでも、普段日本で生活している人には分からないような、小さな違いっていうのは理解できて、彼らがどういった考え方をしていて、どういうところに根拠を置いて話しているかを感じ取ることもできたと思います。

「真の社会のエリート」を知る

オレゴンでは周囲にアメリカ人がほとんどだった一方で、カナダでは、世界的に留学先として有名であったことから、非英語圏からの留学生、特にヨーロッパの留学生と知り合えたことがよかったですね! 特に、ドイツ人は考え方がしっかりしていて、我々就活生がようやく読み出した新聞なんかも、16歳そこそこからちゃんと読んでいますし、選挙権がない歳から、社会全体に興味を持ち生活していました。

―それは、ドイツのどういった文化が影響していると思います??

民主主義の歴史の長さだと思います。彼らドイツ人は現状もしっかり理解していて、社会全体に意識を向けています。アメリカ人も同様だと思います。こういうことを感じ取れたり、考えるようになったりしたのも、日本国内に留まらず、海外に出たからだとも思いますし、オレゴンからカナダへ移った過程で、ようやく理解できたことだと思います。

現地で関わりを持っていた人間が比較的裕福で、上流であったことが影響しているとも思いますが、「真の社会のエリート」というのが、どういったものなのかが分かりましたね。彼らはいい自分が好きなのでしょうね。悪いことをしないと思います。

例えば、ドイツ人は10歳で将来の方向性がほとんど決まってしまうことを嫌っていて、その先が決まってしまえば、方向転換ができないというところに問題意識をちゃんと持っているのですね。

他には、道端にホームレスがいれば、ものすごくシンパシーを感じたり、申し訳ないと思えたりするという観点から、彼らが社会のエリートなのではないかなというふうに考えました。日本ではそういった光景は見られませんし、考えを持っている人はあまりいないですしね。

―なるほど。。。「真の社会のエリート」という言葉、僕は好きです(笑)

西尾幹二さんの『個人主義とは何か』という著書の一説に、「イギリス的な社会のエリートっていうのは、答えが出ない問題をどうにかして解決しようとしながらも、解決できない自分に一生苦しみ、苛まれることが社会のエリートの義務だ」というのがあったのですが、すごく衝撃を受けました。高校1年生の頃に読んだのですが、僕もこうならねばというふうに思いましたね。ずっと心に秘めていました。

―岡野さんは社会に興味をもって、考えていたと思いますよ。

何らかの形で社会に還元したい

―岡野さんが日本で考えられていたことを海外に出ることで確かめることができた。そう考えていいのでしょうか?


そうですね。海外に行っていなかったら、そんなふうに考えることはなかったと思いますが。それに、僕はこういった話をすることが好きで、するのですが、考えに共感してくれるのが、帰国子女の方や、海外で生活をしたことのある方々に限られてしまうので、そういったことはプラスだったと思います。

―そうですね、それには私も賛同できます。

そもそも、国が考察の対象にならないのでしょう。おそらく、普通の日本人にとって、国家はただの箱ですからね。となると、やはり客観視せず、物事を考えようとしないのでしょうね。ただ、誰しもが僕と同じような生活を経験すれば、同じように考えて、同じように意見を言っていたと思います。

―ただ経験するより、そこで何を考えるかってところが重要ですものね。岡野さん自身や国を含めて、物事を相対化し客観視できたことは良かったことなのですね。その経験により、新たな気持ちでイギリスには行けたのですか?

何らかの形で社会に還元したいなっていう気持ちはあります。どういう形でやろうかっていうのも、カナダに滞在している当時からずっと考えていました、故郷に錦を飾るはまだずっと先のことですが(笑) ともかく、何らかの形で国に還元できたらなと。それに、やはりいつかは日本に戻らなければいけないなとも考えていましたし、そういったことから、研究者になれば戻れるのかと考えていました。

―研究者として、日本に戻る?

そうですね、研究者としてのキャリアを築き上げたかったですね。イギリスの大学では、日本だと東京工業大学のような、バリバリの理系だけの学部が集まるところにいまして、そこでエネルギー関連の研究に進むべく勉学に励んでいました。日本には後々エネルギーの問題がくるだろうと予測していたので。あくまでも、当時はですが、イギリスでの思い出というと、大学に行っていたことぐらいしかないですね……(笑)

―実際に社会に還元されるために活動されたことはなかったのですか??

それはなかったですね。僕はよく観念的な方にいってしまう傾向にありまして、社会のエリートのことなんかを話すと、周囲からは「それをどうしたいの?」とよく言われましたね。宣教師みたいだとも言われました(笑) そもそも、それは、僕は行動が全てではないと思っていたからなのですね。行動してももちろんいいとは思いますが、僕は行動を求めているわけではなくて、例えば、一回きりの募金をすればいいわけではなくて、もっと根本的に、かつ継続的に何かをしなければいけないっていう考えが頭の中にありました。

社会制度や市場設計の研究をする

―帰国されてからはどうされています?

慶応義塾大学の帰国子女枠の入試の条件の関係で、理工学部が受験できなかったのです。だから、経済学部に入学することを選択しました。今は社会制度の設計に興味がありまして、新しい学問領域である「メカニズムデザイン」について研究しています。社会制度とか市場設計の研究をするゼミに所属していて、これもひとつの社会貢献にはなるのかなと思いまして、経済学を通して、そういった考えを確立させることが目標となりました。

―社会制度となるとあまりピンとこないですね。もうすでに研究テーマとかは決まっているのですか?

確かに、そうですよね。研究テーマは「周波数オークション」です。電波そのものを売ることはできないので、使用権をオークションにするっていうのが1つのアイデアですね。社会全体というわけではなくて、ミクロな制度設計や市場設計というのを現在重要視しています。他にも公共事業への入札だとか、国債のオークションもやっています。これらのテーマに関して、理論化することを目的としています。

企業に割り当てられた周波数が、効率的に使用されているかどうかを見定めることを目的としてオークションがあるので、今後は最も高い価値を持っている企業に割り当てることを目指したいと思っています。それに周波数は1つだけではないので、相互に影響し合う周波数を、どういったルールで割り振ることが効率的であるかという問題にもアプローチしていきます。ゲーム理論も少し関わっていますね。

―なるほど! おもしろいですね! 研究を完成させてからはどうされるのですか?

三田祭で発表します! 中庭ではライブをやっていたりもしますが、我々はどこかのビルで論文発表しています(笑)

―ぜひ、お伺いさせていただきますね(笑)

ぜひぜひ!

―本日は長時間、ありがとうございました!

Lake Oswego High School :
http://www.edline.net/pages/Lake_Oswego_Senior_High_School
West Vancouver Secondary School :
http://www2.sd45.bc.ca/schools/westvancouver/Pages/default.aspx
Imperial College London :
http://www3.imperial.ac.uk/

インタビューアからの一言

「本当によく考えている人」。3時間のインタビューを通じて、この印象を強く持ちました。何より、岡野さん自身が揺らがない軸を持ち合わせている方であり、他愛もない話からでも何かを吸収しようとする姿勢には圧倒されました。終始、討論のようになってしまい、インタビューとしては不完全ではあるかもしれないものの、この3時間は私にとって新鮮でした。記事に載せられないお話もいっぱいしていただけました(笑) 互いに相容れない考え方をする反面、賛同できることも多々あり、まだまだお互い探求の余地はあると思います。今後の岡野さんとの関係がどのようになるのかが楽しみです(笑) 切磋琢磨していける仲間になれると嬉しいです!!

interviewees_g_135_2_profile.jpg 池田祐太郎。1987年富山県生まれ。中学1年から高校を卒業するまで、アメリカのOR州に暮らし、Westview High Schoolを卒業。大学受験のため帰国し、千葉大学工学部都市環境システム学科に入学。現在、東京理科大学大学院イノベーション研究科知的財産戦略専攻1年に在籍。「理系」というバックグランドを活かし、「知的財産(権)」のプロフェッショナルを目指す。