海外生活体験者・学生インタビューvol.154

interviewees_g_154_profile.jpg 田中潤さん。1990年生まれ。アメリカ・カリフォルニア州出身。Palos Verdes Peninsula High Schoolにて生徒会長を務める。18年間のアメリカ生活から一転、帰国して09年東京大学に入学。現在同大学法学部3年に在籍。日比野勤的な、精神学、論理学の観点から憲法を解析し、掘り下げて行くメソドロジーを探求。同時に、寺尾美子教授の下で、英米法を憲法的観点並びに女性裁判官の視点から俯瞰し研究する指導を受けている。

ウルトラマンは存在しない

―まずは子供の頃の事を聞かせてください。田中さんはどんな子供だったのですか?

機械とかを弄るのが好きな、いたずらっ子でしたね。幼稚園の頃両親がLEGOを買ってくれて、それでとにかく色々作ったりするのが大好きでした。大きなロボットとかに憧れていたんですね。ちっちゃいながらも、ウルトラマンは本当は存在しないんだって、なんとなく悟っていた「ませガキ」で、テレビ番組とか見ながら「自分はウルトラマンにはなれないなぁ」って思っていたんですよ。

だけど、例えばロボットを作って戦わせるなら、できるんじゃないかなって(笑) 当時「モンタナジョーンズ」っていうアニメ作品がありまして、そこでいろんなメカが出てくるんですね。それを見て、「あぁ、自分は将来博士になりたいな」って思ったりしていました。

―ウルトラマンにはなれないと分かっていたとは、なかなかリアリストな子供だったんですね(笑) 勉強の方はいかがでしたか?

さっぱりでした!(笑) とにかく勉強できない子どもで、学年最下位レベルだったんじゃないでしょうか。もう本当にやる気が起きなくて、学校なんてなんで行くんだろうって、幼稚園の頃から思っていましたね。音楽とかも苦手で、幼稚園で笛とかハーモニカとかやらされたんですが、それがもうてんで駄目で。音程とかそういう問題以前に、なんか自分には無理だって、勝手に信じ込んでいたんでしょうね。

野球が上達したくらい

―それは小学校に入ってから変わったんでしょうか?

てんで変わらなかったですね。唯一変わったことと言えば、スポーツを始めたということぐらいでしょうか。

―何をされていたんですか?

野球をやっていました。小学校に入り立ての頃、背が周りと比べてちょっと高かったので、ピッチャーをやることになって。でも本当にへったくそだったんですね。ホームベースまでボールが届けば良いほうっていうぐらいで(笑)

ただ、野球は練習すれば上達するんですよ。ほら、テレビ番組で、たまに「素人が130kmに挑戦する」とかあるじゃないですか。誰でもがんばればある程度までいくんですね。それが楽しくて。周りも小学生ですからレベルも似たようなもので、少しずつ上手くなって連携プレーとかできるようになると、本当に楽しかったです。ある種、協調性っていうものをそこで学んだのかもしれませんね。勉強は自分対他者の競合になりがちですが、野球はチームプレーですから。

―勉強の方もがんばればある程度まで行くというように考えなかったのですか?

考えたには考えたのですが、もうぼろぼろで。高校入るぐらいまではもう駄目駄目でした。

―中学に入ってからはどうでした?

なかったですね。せいぜい野球が上達したというぐらいで。成績も学年ではかなり低くて、実を言うとかけ算とかも中学半ばまでできなかったんですよ。私は姉や兄が優秀だったものですから、親にも過度な期待をかけられたといいますか。とにかく期待にそえない自分が悲しかったけれど、それでもできないものは仕方ないってふてくされていましたね。いま思うとよくグレなかったものです。

「やる気スイッチ」が入った

―では高校では大きく変わったんですね。

もう、人が変わったかのようになりましたね(笑) たまたまガレージを整理していると、父の持ち物だったライプニッツとかの微積分の教科書が出てきたんです。それをぺらぺらめくっていると、何故だか分からないのですが「理解できた」んですね。いままでかけ算もまともにできなかった僕がですよ?

自分でもびっくりしました。そこからベクトルとか勉強して。微積分、ベクトルときて、その後割り算かけ算とか三角関数とか勉強したんです(笑) 多分こんな人、私ぐらいなんじゃないでしょうか。とにかくそれとつながって、なんかあらゆる勉強も「わかる」ようになりました。

ほら、テレビCMで「やる気スイッチ」っていうのがあったじゃないですか。あんな感じに、まさに「スイッチ」が入って、あらゆることができるようになったんですね。自分でも本当に不思議です、何かが舞い降りたのじゃないかなって思うぐらいです。

―すごい話ですね。勉強以外でも、その「やる気スイッチ」は炸裂したのでしょうか?

残念なが、ら野球の方はそこまで上達はしませんでしたね(笑) でも、なんかせっかく自分がやる気になっているのだから、でかいことをやってみようと思いまして。生徒会長に立候補したんです、高校の。いままで白人しか当選していなかった生徒会の役職を、がんばって勝ち取ったんですね。

多分投票してくれた人は、僕のよくわからないけど、溢れんばかりのやる気と自信に圧倒されたんでしょうね、あのときは舞い上がっていたので(笑) 人間波に乗ると恐ろしいものですね。その他にも数学オリンピックに出たり、全米ドイツ語大会に入賞したり、スタンフォードでの留学プログラムに参加したりと、まさに快進撃でした。今の自分にあのときの能力が欲しいぐらいです。

―ものすごい快進撃ですね(笑)

『涼宮ハルヒの憂鬱』

―学業とは別に、何か趣味とかあったのでしょうか?

色々ありますよ。まず当時2000年代はアメリカに前代未聞のポーカーブームが来ていたんです。たまたまアマチュアが世界大会で優勝して億万長者になって、まさにアメリカンドリームという感じで、みんなポーカーに走ったんですよ。

それに倣って、僕もポーカーをするようになって、初めての大会で2位につけたんです。そこからゲーム全般にはまり始めました。プレイステーションを買ったりして、だんだんとサブカル文化に浸るようになりました。アニメにも触れるようになったんですが、『涼宮ハルヒの憂鬱』をみて、完全に日本アニメの虜になりましたね。「あぁ、これは現場で見たい!」って(笑)

―もしかして、それが日本の大学を目指すきっかけになったんですか?

それだけではないですが、大きな要因にはなりましたね(笑) でも、きっかけってそんなものだと思うんです。それ以外にも、「自分は日本人だから、日本の生活をせっかくだから経験したい」「それも比較的自由な時間が多い大学生の間に」っていう考えもありました。そしてどうせ目指すなら頂点がいいなと。

―それで東京大学ですか?!

はい。大学受験に関しては別の記事でアップされていると思うので割愛しますが、大学に入ってから色々な出会いがありましたね。大事な親友に出会えたことはもちろん、法律という学問に出会ったというのも大きいです。

―田中さんは法律がお好きなんですね。

法律全般が好きというわけでは実はないんです。人間を、人間として守る法律が私は好きです。法律って結局箱庭的な学問なんですね。こういう法律を作れば社会はよくなるなっていう立法目的のもとで法律が作られる。それは立派なことですし、不可欠ですが、法律を作っただけで世の中がよくなるとは必ずしも言えないんです。

それが現実に適用されて、ちゃんとenforceされないといけない。弁護士は自分のもとに来た人を助けますが、積極的に外に出て行くことはあまりしませんよね。僕はどちらかというと、その外に行って働きかけて、法の下でちゃんとした平和な生活が保障されているか、それを確認して、できることならそれを守りたいんです。

―では、田中さんは将来どのようなお仕事につきたいのでしょうか。

色々やりたいことはあります。社会に出て、企業でバリバリ働いて、グローバルに活躍して、自分の能力を限界まで試したいという強い気持ちがある一方、先ほど申し上げたように外に出て、世界の困っている人たちを助けたいと思う気持ちがあります。イスラーム法などを勉強していますが、法的整備が不安定な場所は積極的な助けが必要です。文言ではなく、人の手で人を救ってあげる必要性があるんです。だからNPOとかに所属して、世界的な支援を行いたいなとも思っています。

―幅広い夢を持っていらっしゃるんですね。では、今日はどうもありがとうございました。これからの田中さんの活躍に期待したいと思います。

ありがとうございました!

帰国子女大学入試・合格体験記vol.31
http://www.rtnproject.com/2009/12/vol31_2.html
Palos Verdes Peninsula High School :
http://www.pvphs.com/

インタビューアから一言

予備校で知り合った田中さんですが、こうして人生について話しあったのは初めてでした。田中さんの人生はオンとオフがはっきりしていて、聞いていてとても興味深かったです。まさに天才と呼ぶに相応しいのではないでしょうか。自分のパッションと自信を押し通し、これからの活躍に期待しています! 私も負けるつもりはありません(笑)

interviewee_s_151_2_profile.jpg 稲葉省吾。1990年神奈川県の田舎生まれ。小学校5年生のときにアメリカのニュージャージー州に引っ越し、7年8ヶ月ほど滞在。Parsippany Hills High Schoolを卒業後、日本に帰国。2009年に上智大学国際教養学部に合格し、現在3年に在学。国際教養学部の制度を活用して、史学や政治学など複数の科目を学んでいる。RTN Project上智支部代表。