海外生活体験者・学生インタビューvol.155

interviewees_g_154_profile.jpg 飯田安紗美さん。1989年生まれ。小学1年生から6年生までブラジルに5年間に滞在し、一旦帰国。2年後タイへ渡り、高校3年まで5年間滞在する。International School Bangkokを卒業後、帰国し、青山学院大学に進学。現在は文学部英米文学科の3年生。チャリティ&ボランティアANIMO代表を務め、STUDY FOR TWOなどにも所属していた。趣味はスポーツ観戦やファッションである。

ワールドカップでマンションが揺れる

―早速ですが、海外体験についてお聞きしたいと思います。ブラジルやタイに滞在されとお聞きしましたが、なぜ行かれたのですか?

私の父は自動車会社に勤めていて、途上国向けのエンジン開発の業務を行っています。それで、他の人とは変わった転勤先になったのかもしれません(笑) 普通のエンジン以外の仕事、例えば、電力供給のための発電用エンジンなどの仕事もしています。だから、今でも単身赴任でトルコなどに行ったりします。

―小学校の頃ブラジルで過ごした名残としてポルトガル語を話せますか?

日常会話程度ならしゃべることができたと思うのですが、今はほとんど覚えてません。ただ、大学の第2外国語としてスペイン語を取ったときに、似ているような言葉がちょくちょくあったので、その際に少し思い出しました。

―では、タイで高校を卒業したあとの日本と小学校を卒業した日本に何か違いを感じたことはありませんでしたか?

あまり違いは感じませんでしたが、「日本人はなんでこんなに同じなの?」と感じたことはありましたね(笑)

―実は僕もアメリカで生まれ育ったので、日本に初めて来日したときに同じようなことを感じました(笑) ブラジルやタイにいた頃にいろいろと異文化体験をされたと思いますが、一番印象的だった出来事はなんですか?

ブラジルではサッカーが国民的なスポーツなので、ワールドカップなどのイベントの時はマンションが歓喜で揺れるほど活気があって驚きました。ブラジルは日本のように地震がないため、耐震設計をしていないので、本当に地震のように揺れたんですよ(笑)

―タイにもいらしたんですよね。何か印象に残っていることはありますか?

私がタイにいたときにクーデターが起きたのですが、実際には街では普段と変わらない生活が送られていました。日本のメディアで大袈裟に放送されていたようですが、戦車は王宮の周りを取り囲んでいたので、見かけることはありませんでした。

大学でもボランティア活動を始める

―大学での活動の話を少し質問させて頂きます。どのようなサークルに所属していたのですか?

1年生のころはテニスサークルに所属していたのですが、2年生になるとボランティア活動に力を注ぎたいと思いました。環境や貧困の問題に直面してきたタイでの経験を思い出すようになったんですね。タイの高校では、120時間ボランティア活動が義務付けられていて、1週間チェンマイの孤児たちに英語を教えに行きました。

それまでは「自分はスポーツもできないし勉強もできない」とのコンプレックスの塊でしたが、一週間のボランティアを通して「自分にもできることがあるんだ」と感じました。ボランティア活動は単にひとを助けるものだと思っていたのですが、自分にも得るものが多いことを学びました。

日本に戻って来てから、ボランティア活動を経験したことがある大学生が30%程度しかいないことに驚きました。大学がボランティア活動を義務付けるのは困難であっても、気軽にできるボランティア活動をしたいと思って、2年生から始めて1年ちょっとになると思います。

-そのボランティア活動ではどのようなことをされるのですか?

ANIMOという団体を組織して、社会貢献としてCHARITY FLEA MARKETを定期的に開いています。今回は東日本大震災に寄付をしたのですが、前回はJ-FUNユースという難民支援をしている団体に寄付しています。その他にも、宮城県の子供たちに、学習に必要な文房具を届けようということで、「ルーズリーフ募金」を始め、5000枚ものルーズリーフを集めました

―ANIMO以外のボランティア活動や団体に所属していますか?

STUDY FOR TWOという団体の活動にも参加していたこともあります。STUDY FOR TWOでは、要らなくなった教科書などを大学構内で販売して、集まったお金の一部がラオスの子供たちの奨学金等として使われます。そのような活動も行っていました。

日本人はファッション意識が高い

―スポーツ等の趣味はありますか?

スポーツはやるのはあまり得意ではないのですが、観戦がとても好きです。社会人のフットサルのマネージャーを務めています。最近観戦した野球の試合にせよ、スポーツを見るのが好きです。その他には、10年間学んできたので、絵を描くのが好きです。あとは、日本に帰ってきてからファッションに興味を持ったので、ファッションショーに参加したこともあります。

―絵はどのような絵を描いていたのですか?

イラストやポップアートがとても多かったです。ブラジルにいた頃の影響もあってか、原色の赤などをよく使うかもしれません。筆よりも指で描くのが好きです(笑) 高校時代にアートのHLレベルの授業で、自分で作品集を作ったカルチャーイノベーションの絵が紹介されたこともあります。

―ファッションの話ですが、ブラジルやタイのファッションは、日本のファッションとはどのように違うのですか?

ブラジルでは日本と比べて比較的露出が多いです。例えば、ブラジルではボディラインを見せるのを重視していて、シリコン等が頻繁に使われていました。帰国したときに、日本のファッションが違うことに気づいて、日本風のファッションに変えていったのですが、最近になってブラジル風の花柄とか、ブラジル風の格好をすることが多いです(笑)

―タイのファッションはどんな感じだったのですか?

タイでもブラジルのように露出が多いです。タイの日常的な格好の、タンクトップに短パンやビーチサンダルを日本ですると、「あれ、ここは海なの?」と勘違いされるかもしれません(笑) 日本人は、肌の露出やボディラインに気を使う「セクシー」さよりも、「可愛い」を目指しているので、それが大きな違いかもしれません。

―アメリカのロサンゼルスでもジーパンにTシャツが普段着なので、タイに似ているのかもしれません(笑)

そうですね。日本人はかなりファッション意識が高いと思います。

―ブラジルやタイの滞在経験以外に、その他に旅行をしたことがありますか?

南アフリカ、シンガポール、メキシコ、アルゼンチン、パラグアイ、アメリカ、イギリスに行ったことがあります。そしてタイではよく国内旅行をしたことがあります。

―サッカーが強そうな国が多いですね(笑)

そうですね(笑) 両親がとても旅行が好きなので、南米にいる間は南米を回ろうと回ったり、学校の修学旅行でイタリアに行ったりしました。でも、まだヨーロッパでは行ったことがないところが多いので、機会があれば旅行をしてみたいです。

―では、将来のことを話したいと思いますが、将来就きたい仕事とかありますか?

将来のことを今とても迷っています。子供の頃からアナウンサーになりたいと思っていたのですが、将来的には夢が一つあります。それは30歳までに起業をすることです。学生団体を立ち上げたときの、新しいことを成し遂げるというワクワク感を忘れられなくて、一から自分の世界を作ってワクワクしてみたいです。

―なるほど。では、起業するとすれば、どのような企業を創りたいのですか?

起業するならば、女性にやさしい企業が理想的だと思います。そして、ボランティアの体験を生かして、難しいのかもしれないのですが、ボランティアとビジネスをバランスさせた社会起業を創りたいです。それを実現したTABLE FOR TWOの代表の小暮さん等がロールモデルです。

―本日はありがとうございました。

International School Bangkok :
http://www.isb.ac.th/
ANIMO :
http://animo2010.jimdo.com/what-s-animo/

インタビューアから一言

飯田さんはとても元気で活発的な方で、面白い体験を数多く聞くことができました。帰国子女は、アメリカやヨーロッパ等に行くケースが多いと思いますが、家族の都合によって発展途上国のブラジルやタイで計10年間と人生の半分を過ごしている、かなりレアな帰国子女だと思います。私も「ボランティア活動を通して学べることがあるのではないか?」と、大掛かりなことではなくても日常的にできることはあるのではないかと考えさせられました。これから就職活動ですね。将来のために頑張ってください!

interviewees_s_241_profile.jpg 洞樹玲杏さん。1990年生まれ。アメリカ合衆国カルフォルニア州トーランスで生まれる。Palos Verdes Peninsula高校に入学して多くの帰国子女に出会い、日本の大学に興味を抱く。高校2年生の後半で遅れながらも受験を決意して高校3年から塾に通い始める。慶應義塾大学経済学部入学。