海外生活体験者・学生インタビューvol.156

interviewees_g_154_profile.jpg 市川智也さん。1989年生まれ。愛知県出身。創価大学法学部4年生。海外経験は南アフリカ(University of the Witwatersrandへ1年交換留学)、ベトナム(ボランティア1ヵ月間)、アメリカ(姉妹都市交流2週間)。将来的に発展途上国の経済成長に貢献することを夢見て、現在就職活動を行っている。趣味はスキューバダイビングと登山で、アフリカ最高峰のキリマンジャロを制覇。創価大学ワールド会の副代表を務め、留学経験者による後輩への留学支援を行っている。

姉妹都市交流でアメリカへ

―中学2年生のときに、学校を代表して、姉妹都市交流で初めて海外に行かれたそうですね。

はい。私の地元である愛知県豊橋市が、アメリカのデトロイト州にあるトリード市と姉妹都市交流を結んでおり、毎年学生の交換を行っていました。プログラムの内容としては、各中学校の代表生徒が集まり、お互いの都市に2週間滞在して異文化交流を深めるというものです。当時、成績も良く、野球部のキャプテンも務めており、文武両道を目指していた私は、幸運にも学校代表に選ばれることができ、人生で初めて海外に行くチャンスを手にしました。

―私もアメリカが初海外なので、親近感が沸きます。姉妹都市交流ということですが、具体的に現地ではどんなことをしていましたか?

渡米したのがちょうど、ハロウィンの季節だったので、ホストファミリーみんなでスーパーに大きなカボチャを買いに行き、ジャック・ランタンを作りました。お菓子をもらうために近隣の家を回って、ハロウィンを満喫しました。また、現地の中学生との文化交流イベントでは、お互いの国の歌や踊りを披露しました。私たちは半被を着てソーラン節を踊ったのですが、大好評ですごく嬉しかったです。2週間という短い期間でしたが、人生初の経験をたくさん積んだ貴重なひと時だったと思います。

―ハロウィンといい、文化交流イベントといい、楽しそうですね。アメリカでの経験を通して、自分の中で何か変わったこととかってありますか?

海外への興味を持つようになりました。それまでは、日本という限られた範囲の中で生きていたのですが、アメリカでの経験を通して、視野が広がった気がします。日本では当たり前とされていることが、海外では違っていて、不思議な感覚で、とても楽しかったですね。そして、これからもさらに多くの国々へ行って、日本ではできない経験をたくさん積みたいと考えるようになりました。

野球漬けの高校時代

―中学生の頃に海外への興味を持ったそうですが、高校はどんな生活を送っていたのですか?

高校生活は野球漬けの毎日でした。野球は小学校3年から続けており、高校卒業まで10年間続けました。高校が大阪の強豪校だったので、レギュラーを取ることが容易ではありませんでした。自分の強みである足を活かしたプレースタイルを確立する必要があると考え、チーム1の練習を重ねました。手がボロボロになっても自主練を欠かさず、粘り強くチャレンジした結果、レギュラーとしてチームを大阪ベスト8に導くことができました。

―大阪には強豪校が多い中で、ベスト8はすごいですね。高校3年間の野球生活を振り返ったときに、印象に残っている出来事があれば教えてください。

高校2年のときに、試合で指を骨折してしまったことです。それまで練習を積み重ねてきただけに、悔しさは相当なもので、自暴自棄に陥るほどでした。しかし、そのときに何のために自分が野球をしているのかを考え直し、チームの勝利に貢献することが大切であると思うようになりました。それからは、自分がプレーできなくても、チームのためにできることをするために、マネージャーとして練習のサポートに全力を尽くしました。チームのためにベストを尽くす姿勢を学んだと思います。

途上国との出会い

―高校までは野球一筋だったわけですが、大学に入ってからはどんなことをされていたのですか?

大学に入ってからは、英語の勉強に力を入れるようになりました。入学時に受けたTOEICでは425点しかありませんでしたが、絶対に留学に行ってみせると決意して、英語漬けの毎日を送り始めました。それからは、英会話スクールに通ってネイティブと話すこと、CNNニュースを視聴すること、Japan timesを購読することの3つを一日も欠かすことなく続けて、徹底的に英語力を伸ばしました。

―一日も欠かすことなく英語の勉強を続けてきたとは素晴らしいですね。ですが、そもそも、どうして英語を勉強しようと思ったのですか?

開発系の授業を履修したことがきっかけです。世界では10億人もの人々が貧困に苦しんでおり、3秒に1人の命が失われている事実を知ったときは、大きな衝撃を受けました。そして、今の自分にできることを探すために途上国を訪れてみたいという想いが芽生え、そのためのツールとしての英語を本気で勉強するようになりました。なぜ学んでいるのかという目的が明確だったからこそ、一日8時間以上の勉強でも苦にならず続けることができたと思います。

―なるほど。実際に大学1年生の夏休みには、ベトナムの孤児院でボランティアをされたそうですね。

そうです。私は思ったことをすぐにでも実行したいタイプなので、1年生の夏休みにベトナムでボランティア活動をすることにしました。ベトナムに決めた理由は、ストリートチルドレンが多いと言われており、その現状を自分の目に焼き付けておきたかったからです。私のチームは、カナダ、イギリス、ドイツ、ベルギー、韓国、ベトナム、日本という7ヵ国のメンバーからなるグローバルチームで、孤児院の子供たちに1ヵ月間、英語を教えるというものでした。

―7ヵ国からなるグローバルチームってカッコいいですね。英語を教えるボランティアということでしたが、具体的にどんなことをされていたのですか?

英語教育のカリキュラムを立ち上げました。当初は教育のプログラムがない状態で、クラスの子供たちの年齢もバラバラでした。しかし、子供たちにもっと効率よく勉強してもらうために、自分たちができることをみんなで考え、英語力に応じたクラス分け&テキストの選定、オールイングリッシュタイムの導入、得意・不得意を明確にする評価システムの導入の3つに取り組んできました。そして、最終的には現地の大学生への引き継ぎも行い、カリキュラムを残すことができました。

南アフリカへの交換留学

―ベトナムでのボランティア経験からどんなことを感じましたか?

カリキュラムを残すことができたことに対する達成感と同時に、貧困問題の根本的な解決策を探すためには、もっと長期間、途上国に滞在する必要があると思いました。そこで、今度は大学の交換留学で1年間、南アフリカのヨハネスブルグあるウィットウォータースランド大学に行くことにしました。

―南アフリカに交換留学するなんて珍しいですね。現地ではどのようなことに取り組まれていたのですか?

現地の暮らしの中に入り込んでいくというモットーのもと、とにかくローカルの人々に話しかけまくりました。具体的には、なぜアフリカは発展が遅れてしまっているのか、どうやったらアフリカを希望の大陸にできるのか、などの質問を300人以上にインタビューした結果、初等教育の充実、政治の汚職撤廃、安定した雇用の3つを現地の人々は求めているとわかりました。

―300人以上にインタビューをしたとはすごい行動力ですね。実際にインタビューして出た結果を踏まえて、どんなことをされたのですか?

今すぐ自分にできるアクションを考えたときに、初等教育の充実に至りました。留学生寮に住んでいたので、そこに一緒に住んでいた50人のメンバーから、文房具300点、本100冊、衣服100着をかき集めて、スラム街にある孤児院に寄付しました。一人でも多くの子供たちが教育を受けて、自立した大人へと成長してほしいと強く思います。

―途上国の子供たちのために色々と活動されてきたようですが、将来についてはどうお考えですか?

将来的には、ビジネスもしくは国際協力でアフリカと携わっていければいいなと考えています。実際に現地で生活して、アフリカの人たちと一緒に自身の可能性を広げていくような生き方がしたいです。このビジョンを実現するために、就職活動にも全力で取り組んでいきます。

―就職活動、頑張ってください! 本日はどうもありがとうございました。

ありがとうございました。

University of the Witwatersrand :
http://www.wits.ac.za/

インタビューアから一言

第一印象は爽やかで人当たりがよさそう。実際にインタビューをしていく中で、すごくアクティブに色々なことに挑戦されており、向上心や行動力がすごい!と感じました。また、アフリカに対して、本当に熱いパッションを持っていることもステキなことだなと思いました。夢の実現に向けての第一歩となる就職活動で、自分がやりたい仕事に就けるように、お互い頑張っていきましょう!

interviewees_s_241_profile.jpg 宮崎紗絵子。1989年生まれ。愛知県出身。高校1年の夏からアメリカ・カリフォルニア州のサンディエゴで暮らし、Rancho Bernardo High Schoolに通う。高校卒業後帰国し、09年早稲田大学法学部に入学。現在3年に在学。大学では、法律サークルに所属。大学2年の夏は、早稲田大学とKUMONの産学連携プロジェクトに参加し「日本の子育てをもっと元気に!」を掲げて活動。また、夏と春の2度、NPO法人JUKE主催のジョブシャドウィング(一日かばん持ちインターン)に参加。現在は、ジョブシャドウィングプログラム、RTN Projectでのインタビュー活動を通して知ったNPO法人JUKEのスタッフをしている。