帰国子女大学入試・合格体験記vol.67

matsuzaki.jpg 松崎隼さん。1991年生まれ。神奈川県出身。父の転勤で3歳から香港で過ごす。小学校1年から小学3年の1学期まで現地の日本人学校に通う。Delia School of Canadaに転校し、高校卒業まで過ごす。帰国後、立教大学現代心理学部映像身体学科に入学し、現在3年に在籍。大学では、広告メディアを分野にCM、雑誌、ショートフィルム等を制作するワークショップ型のゼミに所属している。

【立教大学現代心理学部映像身体学科合格】

【はじめに】

私は日本語の教育を小学校1年生から3年生までしか受けてこなかった。3年生の2学期からインターナショナルスクールに転校し、高校卒業まで在学した。そのため、私の場合は、日本語の小論文対策、現代文の読解、そして漢字の読み書きに全力を注いだ。

【海外滞在時】

―高校時代―

周りが大学受験で忙しくしているなか、私にはなんの危機感もなかった。小学校から高校まで全て付属校だったため、なんとなく授業を受けて、なんとなく進学をしていった。つまり、受験を経験したことがなかったのだ。努力することなく高校時代まで過ごしたのが原因で、受験を明らかに軽視していた。このような認識の誤りで、スタート地点に立つのが大幅に遅れてしまった。

高校3年間は、学内行事や課外活動に力を注いだ。海外での残りわずかな生活を悔いのないようにするため、生徒会、クラブ、ボランティアで新たな交流を築いた。生徒会では会長も務め、コミュケーション力、企画力、ひとを巻き込む力、そしてなによりも大事だと感じた「楽しむ力」を知った。今いる環境でしか出来ないことを探す。その中には必ず将来役に立つ力が含まれている。

―高校卒業後―

卒業後はすぐに予備校に入り、そこでようやく自分が遅れていたことに気づく。時すでに遅し。周りとの差は歴然としていた。問題ないと思っていた自分の日本語力は、日本の大学を受けられるレベルにすらなかった。先生には「絶対に受からない」とまで言われた。私はとにかく周りとの差を埋めるために全力で勉強を始めた。

【試験対策】

―小論文対策―

出来あがったものは、必ず先生あるいは友人に読んでもらう。自分には理解が出来ていても、読み手が理解できていないことがあるからだ。そこで評価をもらい、ダメ出しの箇所を全てノートに書き写す。初めは赤ペンの文字で埋め尽くされ、自分の字が読めなくなるほどの出来だった。数をこなすことによって、次第に赤ペンの数は減り、自分の書いたものがひとにも理解されるようになっていった。

数をこなすうちに気づいたことがある。小論文には必ず問題提起が必要、そして解決法を記した後に結論を書く。具体的な解決法、それを裏付けする根拠の提示をもとに読み手を説得するのだ。相手を納得させることが最終目標である。いかに論理的に書くかが勝負だ。

とにかく様々なテーマに沿って書きあげていった。リサーチした資料の数は受験の際に大きな武器となる。武器の数は多いに越したことはない。どんな内容にもそれに適した武器を使えれば説得力のある小論文が書けるからだ。経験値は付けただけ自信へと変わる、そしてそれは文章にも表れる。

―新聞・読書―

必ず新聞や本を毎日読むこと。活字を読むだけではなく、自分の頭で考えることも忘れない。常にWHYの意識を持つことで、一つのトピックの理解を深めることができる。単なる情報として物事を捉えるのではなく、自分のことのように考えることを意識する。そうすることによって知識を自分のものにすることが出来る。

新聞は、ニュースを読むだけに留まらず、参考書のようにも使った。新聞の文章は短く簡潔にまとまっている。よい例を参考にするのも一つの手段。文章構成や表現方法、まとめ方など、学べることがたくさんある。新聞に出て来るような漢字は、これからよく使うものが多い。個人的にはこの勉強法が一番好きだった。

―TOEFL対策―

TOEFLのSpeaking sectionには苦戦をした。限られた時間のなかで自分の考えを上手くまとめるのは至難の技だった。実際のテスト形式で練習をするのが一番効果的だと思う。練習をする際は、自分の声を録音しそれを文字に起こすと、直すべきポイントが見えてくる。このセクションは十分に練習をしてから本番に挑戦するべきだ。

―面接―

面接に関しては特になにも対策はとらなかった。理由はない。友人から礼儀作法と基本的な質問内容を聞いただけだった。志望理由書を読み直し、書いてあることと矛盾がないように返答することだけを意識した。

【帰国後】

初めて体験する受験が近づいてきたのを実感しながらも、帰国直後はあまり勉強に身が入らなかった。先生から大量の過去問題と原稿用紙をもらいっていたが、答え合わせも出来ず、小論文を見せられる人がいない。ひとり不安になっていた。予備校に通うことを検討したが、時期が遅かったので断念した。

―受験―

帰国後すぐに第一志望の早稲田大学国際教養学部の受験が待っていた。早稲田大学は全学部統一試験で、現代国語・英語・小論文、そして後日面接という流れだった。筆記試験では緊張からか英語以外すべての科目が最悪な出来だった。面接で挽回を図ろうと頑張ったが、結果は不合格。

反省点として試験中の焦りが原因だとわかった。家に帰りもう一度問題用紙を見直すと、イージーミスと単純な見落としがかなり目立っていた。かなり悔いの残った受験となった。この反省点を踏まえ、第二志望の立教大学現代心理学部を受験。落ち着いて筆記試験を終え、面接では「自分はこの大学に入りたい」という率直な意志を伝えた。

【最後に】

今だから言えることだが、勉強を始めるのが遅い人は、それなりの大学にしか入れない。最終学年にもなると、生徒たちは猛烈に勉強を始める。それぞれ自分が目標とする大学に入るために、最低でも1年間勉強をするのが普通である。私の場合、遅れてしまった分全力で取り戻そうと努力をしたが、第一志望には受からなかった。

帰国子女枠で受験が出来るのはかなり恵まれている。たとえ学校の成績がよくなかったとしても、一発逆転のチャンスがある。準備は早めにしておくのがベストである。これから受験する人は悔いのないように頑張ってください!

Delia School of Canada :
http://www.delia.edu.hk/