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   <title>RTN Project / アールティーエヌプロジェクト</title>
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   <updated>2010-09-08T05:52:21Z</updated>
   <subtitle>RTNプロジェクトは、帰国子女などの海外生活体験者のネットワークを構築し、それをweb2.0的な「プラットフォーム」化しようというプロジェクトです。帰国生を対象とした大学入試・受験ガイダンスや就活支援セミナーなどのイベント情報、海外生体験者のインタビューなどを掲載しています。</subtitle>
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   <title>海外生活体験者・社会人インタビューvol.66</title>
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   <published>2010-09-08T05:39:40Z</published>
   <updated>2010-09-08T05:52:21Z</updated>
   
   <summary> 	 		 			 			 			 			平川雄太さん。１９８８年生まれ。　３歳の頃から英語を学び、小学校卒業後、単身グアムへ渡り、中学卒業まで滞在。中学校卒業後はアメリカのニューヨークへ行き、１年半滞在後、アメリカのカリフォルニア・ロサン...</summary>
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      <name>RTNスタッフ</name>
      
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         <category term="5000)社会人インタビュー" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
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      <![CDATA[<div class="sectionh2">
<table class="layout2">
	<tbody>
		<tr>
			<td>
			<img src="http://www.rtnproject.com/50/img/interviewee_s_173_profile.jpg" alt="interviewee_s_173_profile.jpg" width="150" height="113" />
			</td>
			<td>平川雄太さん。１９８８年生まれ。　３歳の頃から英語を学び、小学校卒業後、単身グアムへ渡り、中学卒業まで滞在。中学校卒業後はアメリカのニューヨークへ行き、１年半滞在後、アメリカのカリフォルニア・ロサンゼルスへ。ロサンゼルスの現地校を卒業後、ソウル大学言語教育学院を卒業。現在ヒルトン・ホテルに勤務し、ベル・ボーイとウェイターとして働いている。</td>
		</tr>
	</tbody>
</table>
</div>
<br />
<div class="h3_body">
<strong>実は英語がファースト・ランゲージ</strong><br />
<br />
<strong>―雄太とは、高校卒業以来だね。高校卒業以来、たまーに連絡取っていたけど、会っていたりはしなかったもんな。今日は、高校以前の話や、高校卒業後の話も聞かせて！</strong><br />
<br />
うん。博之とは高校で同じクラスだったりしたけど、卒業以来は会ってないもんね。今日はよろしく。さっき偶然、出会った友だちも連れてきてしまったけど、大丈夫だよね？（笑）<br />
<br />
<strong>―インタビューに差し障りがないなら、人数多いほうが楽しいし大丈夫だよ！</strong><br />
<br />
<strong>―いつまで日本にいたの？</strong><br />
<br />
生まれてから、小学校卒業まではずっと日本に住んでいたよ。３歳の頃からずっと英語を習っていたんだ。家の母がこれからの時代は英語だ！って思っていたから、そんなに小さい時期から学ばされていたんだ。小学校にいる時間以外は、家でもずっとアメリカ人といたから、日本にいても、いつの間にやら、英語の方が得意になっちゃって（笑）　だから、実は英語がファースト・ランゲージなんだよね。日本語より、英語の方が得意なんだ。知ってるでしょ？<br />
<br />
<strong>―</strong><strong>いや、知らんけど（笑）　でも、３歳の頃から英語学んでいたんだ&hellip;&hellip;すごいな。いわゆる、英才教育ですな（笑）</strong><br />
<br />
まあ、自分でいうのもなんだけど&hellip;&hellip;、一種の英才教育だよね（笑）<br />
<br />
<strong>―</strong><strong>雄太が初めて海外の国に住んだのはいつ？</strong><br />
<br />
小学校を卒業した後に、グアムに行ったよ。グアムには３年間住んでいたから、７年生から９年生の間までだね。両親がグアムが好きで、英語を勉強しに行って来いって言われたんだよね。血の繋がっていない保護者がいたけど、一人でたくましく生活していたよ（笑）<br />
<br />
<strong>―へぇー！　中学生で親元離れて生活するっていうのはすごいと思うなあ。そこら辺って、反抗期にしても、なんだかんだ親がいなくなったら、さびしい年頃なんだろうしさ。雄太って、案外たくましいんだね（笑）</strong><br />
<br />
<strong>はじめての海外って気はしなかった</strong><br />
<br />
<strong>―グアムはどうだった？何が印象に残ってるの？</strong><br />
<br />
グアムは本当に小さかったなあ。地図では点でしかないんだよね。３時間で島を一周出来てしまうしさ。後は、留学生が結構いたから、その人たちと積極的に交流をして、話をしたりしたくらいかなあ。色々な国から留学生が来ていたから、その人たちのお話を聞けて、中学生ながらに価値観は広がったんじゃないかって思う。<br />
<br />
<strong>―英語は大丈夫だったの？　一応、それまで海外で暮らしたことないわけだし。</strong><br />
<br />
日本の小学校に通っていたときから、夏休みなんかには、たまにミシシッピなどに英語の勉強に行かされていたから、初めての海外って感じはしなかったかなあ。さっきも言ったけど、英語の勉強自体は３歳の頃からしていたし、アメリカ人とはずっと一緒にいたしね。だから、そこまで新鮮ではなかったかも。<br />
<br />
<strong>―確かに&hellip;&hellip;、雄太の家がアメリカ的なものだもんね（笑）　それからグアム行くって、住む場所が変わるくらいのことくらいしか思わないのかもね。</strong><br />
<br />
<strong>グアムのあとは、NY＆LA</strong><br />
<br />
<strong>―グアムの後は、どこに行ったの？</strong><br />
<br />
グアムの後は、ニューヨークに行ったよ。住んでみたかったからね！　１年と半年くらい住んでいたのかな。だから、１１年生の途中までかな。世界的な大都市だったし、一度は住んでみたかったから、ニューヨークに行ったときは、本当に興奮したなあ。<br />
<br />
<strong>―何が印象に残っている？</strong><br />
<br />
ニューヨークは、本当に治安が悪かった。学校には一日に一回は、警察が来ていて、生徒の誰かが逮捕されて、連行されていくんだ。日本に住んでいたときは、治安は無条件に良いものだったし、グアムのときもそんなに悪くなかったから、本当に衝撃的だったなあ。<br />
<br />
<strong>―他にはある？</strong><br />
<br />
あとは、やっぱりブロードウェイかな。世界一の演劇力と、演出力で初めて行った時は本当に感動したよ。あんなに感動したのは人生で初めてかもしれない。ブロードウェイは本当にすごかったなあ&hellip;&hellip;また行きたい！<br />
<br />
<strong>―ニューヨークの後は、カリフォルニアのロサンゼルス？</strong><br />
<br />
うん、ニューヨークの仲良かった知り合いが、カリフォルニアに転勤になって、両親がせっかくだから、お前もカリフォルニアに行けって（笑）　それでWest High Schoolにトランスファーして、博之に体育の授業で会ったってわけ（笑）<br />
<br />
<strong>―そういえば、初めて会った時体育の授業だったね&hellip;&hellip;よく覚えているね。そんなこと忘れていたよ（苦笑）</strong><br />
<br />
アメリカの高校だと、２年間ほど中国語を履修して、聞きとって話すことが出来るようにはなったかな。もちろん読み書きもそれなりに出来るようになったよ。頑張って勉強した甲斐があって、卒業の年には中国語で最優秀賞ももらったりした！<br />
<br />
あ、あと、LAの住んでいた地域は治安が良かった！（笑）<br />
<br />
<strong>―雄太、よく中国人と中国語で話をしていたもんな。アメリカなんだから英語使え！とか思っていたけど（笑）　でも、とにかく高校の時から色々な言語を操る男ってイメージがあったぜ！</strong><br />
<br />
<strong>英語、中国語のつぎは韓国語</strong><br />
<br />
<strong>―高校卒業後は、どうしていたの？</strong><br />
<br />
高校卒業後は、日本に帰国して、ワンクッションを置いてから、韓国の専門学校行ったよ。ソウル短期大学で、韓国語を専攻していたんだ。韓国の大学に行った理由は、韓国語を専攻していたように、もちろん韓国語を覚えるため。<br />
<br />
<strong>―えっ？！　今だって、連れてきた韓国人の友達と流暢な韓国語で会話しているから、韓国語が話せるようになったんだろうけど、日本語、英語、中国語、韓国語で、４ヶ国語も話せるようになったのか？（笑）　4ヶ国語話せるってすごいな。</strong><br />
<br />
韓国には１年半ほど住んでいて、韓国語に関しては、半年で日常会話が出来るようになって、１年で現地の人たちと冗談を言えるようになって、１年半で新聞や小説を読めるようになったよ。韓国に来ていたんだから、韓国語を身につけようと毎日毎日、必死に勉強していたよ。<br />
<br />
<strong>―韓国の文化について教えてくれ！</strong><br />
<br />
No Alcohol, No life in Korea!!　日本と同じかもしれないけど、韓国では飲みにケーションがすごかったと思ったなあ。ちょっと仲良くなると、すぐお酒を飲みに行く。それから、上下関係が厳しかったなあ。年上には必ず敬語を使わないといけない。ただ、仲好くなると兄貴とか姉貴って呼ぶようになるんだよね。<br />
<br />
あと、ちょっと面白かったのが、知り合いの名前を忘れてしまって、その人が年上の場合は、男性なら「ヒョン」って呼んで、女性なら「ヌナ」って呼ぶんだよね。結構使ったかも（笑）<br />
<br />
<strong>スムーズなコミュニケーションによって</strong><br />
<br />
<strong>―卒業した後は？</strong><br />
<br />
卒業した後は、ヒルトン・ホテルでボーイしているよ。ボーイだから、直接部屋に行ったりすることが多々あるんだけど、４ヶ国語喋られるから、お客さまのほとんどに対応できる！　スムーズにコミュニケーションが取れるから、満足してもらえているよ。お客さまに満足してもらったり、コミュニケーションを円滑に取れたりすると、４ヶ国語を身につけて本当に良かったなあって思う。<br />
<br />
<strong>―だろうな（笑）　ほとんどカバー出来そう！</strong><br />
<br />
<strong>―最後に、どうしてそんなに言語を学ぶのか教えてくれ！</strong><br />
<br />
んー&hellip;&hellip;、言語を覚えるのが趣味だからかなあ（苦笑）<br />
<br />
<strong>―今日はありがとう！　また会おうぜ！　今度は京都で！　雄太の友だちも会いたがっているしさ！（笑）</strong><br />
<br />
<strong>活動報告 「世界の学校から」vol.12　山下博之</strong><br />
<a href="/2009/08/_vol12_1.html">http://www.rtnproject.com/2009/08/_vol12_1.html</a>
<br /><br />
<strong>インタビューアから一言</strong><br />
<br />
雄太とは同じ高校に通っていました。学区で通う高校が決まっていたので、実は家も近かったりして、たまに遊んだりしていたんですけど、こうやって話をすることはあまりなかったので、このインタビューを通じて、雄太の過去を色々と知ることが出来ました！　また、今回のインタビューには、雄太の友だちが同席していたのですが、彼らとはちょっと前に知り合ったと聞き、驚きました。高校のときからの、気さくな性格は変わっていないみたいです（笑）　それにしても、４ヶ国語も操れるのは羨ましいです！
</div>
<table class="layout2">
	<tbody>
		<tr>
			<td>
			<img src="http://www.rtnproject.com/50/img/interviewer_s_57_profile.jpg" alt="" width="150" height="113" />
			</td>
			<td>山下博之。１９８８年神奈川生まれ。小学校６年生の３学期からロサンゼルスへ渡り、高校卒業まで、滞在。中学校から高校１年までは日本人学校。西大和学園カリフォルニア校（6th,7th,8th,9th）、Los Angeles International School（10th)、その後、現地のWest High Schoolに転校し、卒業。帰国後、京都大学経済学部に進学し、現在３回生。国際経済学（本ゼミ）とイノベーション戦略（サブゼミ）に所属。サークルは、野球サークルと新書講読会に所属している。</td>
		</tr>
	</tbody>
</table>
]]>
      <![CDATA[<table class="layout">
	<tbody>
		<tr>
			<td>
			<img src="http://www.rtnproject.com/50/img/interviewee_s_173_profile.jpg" alt="interviewee_s_173_profile.jpg" width="100" height="75" />
			</td>
			<td>平川雄太さん。１９８８年生まれ。　３歳の頃から英語を学び、小学校卒業後、単身グアムへ渡り、中学卒業まで滞在。中学校卒業後はアメリカのニューヨークへ行き、１年半滞在後、アメリカのカリフォルニア・ロサンゼルスへ。ロサンゼルスの現地校を卒業後、ソウル大学言語教育学院を卒業。現在ヒルトン・ホテルに勤務し、ベル・ボーイとウェイターとして働いている。</td>
		</tr>
	</tbody>
</table>
]]>
   </content>
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   <title>更新情報9月8日</title>
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   <published>2010-09-08T05:39:40Z</published>
   <updated>2010-09-08T05:50:17Z</updated>
   
   <summary> 海外生活体験者・社会人インタビューvol.66をアップしました。 http://www.rtnproject.com/2010/09/vol66_1.html ...</summary>
   <author>
      <name>RTNスタッフ</name>
      
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      <![CDATA[<p>
海外生活体験者・社会人インタビューvol.66をアップしました。<br />
<a href="http://www.rtnproject.com/2010/09/vol66_1.html">http://www.rtnproject.com/2010/09/vol66_1.html</a>
</p>
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   <title>更新情報9月6日</title>
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   <published>2010-09-06T04:33:45Z</published>
   <updated>2010-09-06T04:47:14Z</updated>
   
   <summary> 海外生活体験者・社会人インタビューvol.65をアップしました。 http://www.rtnproject.com/2010/09/vol65_1.html ...</summary>
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      <name>RTNスタッフ</name>
      
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      <![CDATA[<p>
海外生活体験者・社会人インタビューvol.65をアップしました。<br />
<a href="http://www.rtnproject.com/2010/09/vol65_1.html">http://www.rtnproject.com/2010/09/vol65_1.html</a>
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   <title>海外生活体験者・社会人インタビューvol.65</title>
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   <published>2010-09-06T04:33:43Z</published>
   <updated>2010-09-06T04:46:38Z</updated>
   
   <summary> 	 		 			 			 			 			山谷剛史さん。１９７６年生まれ。東京都出身。理工系大学から上場企業のＳＥを経て、フリーランスライターに。それまでの経験と海外旅行の趣味を生かし、バックパック１つでアジア各国を巡り、月刊ASCII誌や...</summary>
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      <name>RTNスタッフ</name>
      
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      <![CDATA[<div class="sectionh2">
<table class="layout2">
	<tbody>
		<tr>
			<td>
			<img src="http://www.rtnproject.com/50/img/interviewee_s_172_profile.jpg" alt="interviewee_s_172_profile.jpg" width="150" height="113" />
			</td>
			<td>山谷剛史さん。１９７６年生まれ。東京都出身。理工系大学から上場企業のＳＥを経て、フリーランスライターに。それまでの経験と海外旅行の趣味を生かし、バックパック１つでアジア各国を巡り、月刊ASCII誌やInternet WatchなどIT系メディアでアジアのIT事情を紹介する。その後、東南アジアにも近い中国雲南省昆明に拠点を構え、中国各地や東南アジアの現地IT動向の記事を経済誌・IT誌になどに執筆。日本においては、中国関連の記事はマクロ的観点や新聞翻訳の記事が多い中で、現地発消費者視点での記事が評価を受ける。著作に『新しい中国人　ネットで団結する若者たち』（ソフトバンククリエイティブ）。</td>
		</tr>
	</tbody>
</table>
</div>
<br />
<div class="h3_body">
<strong>中国昆明に居を構えるITライター</strong><br />
<br />
<strong>―まず簡単な経歴について教えていただけますか？</strong><br />
<br />
サラリーマン時代はSEでした。残念ながら、大学は有名な大学じゃなかったんですが、理工学部で情報系、世間で言われるところのIT関連について勉強していました。理工系の情報系学科で、かつモノづくりが好きだったので、大学卒業後はSEとして勤めていたんです。SEという仕事には憧れていたんですが、憧れることと作ることは異なりました。苦手でした。勤めて３年くらいで、中国に留学しました。<br />
<br />
<strong>―なぜ中国に留学に行こうと思われたのですか？</strong><br />
<br />
たまたま、です（笑）　本当はＳＥの仕事に未練があり、インドに行く考えを当時は持っていました。旅行中に仲のいい女性が中国でできたので、そこにいついてしまいました（笑）<br />
<br />
<strong>―実は私も中国に留学していたんですよ！</strong><br />
<br />
へぇ、場所はどこなんですか？（北京です）　真面目だなぁ。わたしは、昆明に留学していたのですが。<br />
<br />
<strong>―昆明ですか&hellip;&hellip;。私は行ったことはないのですが、風光明美なところだと良く聞きます。中国留学中に特に力を入れられていたこと、留学中印象に残っていることはありますか？</strong><br />
<br />
語学留学でしたが、雲南省昆明という土地柄、ベトナム人、タイ人などの知り合いを作ることが大きかったんですね。ベトナムやラオスにバスに乗ればいける近さも魅力でした。中国だけでなく東南アジア全体も俯瞰することができたのはよかったですね。<br />
<br />
今は、中国に関する記事なんかを書いてますが、特にITに関するものが多いです。IT系ニュースサイトで 「アジアン・アイティー（ITmedia））」 「ニーハオ！中国デジモノ （日経トレンディネット）」 「中国電脳最新事情（日経PCオンライン）」 「マンスリー・チャイナネット事件簿（インターネットウォッチ）」 「中国ビジネス最前線（ソフトバンクビジネス＋IT）」 「中国IT小話（ASCII.jp）」 「華流ITマーケットウォッチ（CNET JAPAN）」などで執筆しています。<br />
<br />
そのほかにも、旅行ガイドブックを書いています。旅行ガイドブックに載るような宿屋って、現地に実際に行って、使ってみないとわからないでしょう？　現地に行かないとわからないような情報が求められるときに、私みたいな人間に仕事が来るんですよね。<br />
<br />
<strong>これからの有望な隙間産業とは</strong><br />
<br />
<strong>―どうしてまた、中国に住み込んで記事を書こうと思われたんですか？</strong><br />
<br />
日本語が堪能な中国人が中国に関する記事を書いて、日本のメディアに送るということもあるんですが、やはり中国出身の方が日本人の目線で記事を書くことは難しいんですね。<br />
<br />
中国に関する記事を書いている人はたくさんいるんですけど、やっぱり中国在住じゃないことのデメリットは大きい。中国のローカルの生活を見る時間が、忙しいために圧倒的に少ないんですよ。結果論ではあるのですが、現在日本の中国の情報は、そのほとんどが、上海の現地情報とネットの情報かと思います。<br />
<br />
ですから、なんだかおっかない中国という印象や、銀座で買い物する金持ち中国人の印象ばかりが強調されます。中国市場はとてもニーズはありますが、先ほど話したように、上海の現地情報とネットのニュースの翻訳がほとんどなわけです。中国全体の普通の生活、貧しい生活、金持ち生活を紹介できることは強みがありますし、隙間産業としてニーズも発生するわけです。<br />
<br />
<strong>―山谷さんはご自身の中国ITライターという職業を隙間産業とおっしゃいましたが、これから、発展するであろう隙間産業についてお聞かせください。</strong><br />
<br />
たとえば、インドのＩＴライターなんてレアですよね。残りのBRICs各国でもそう。ファッションに詳しい人が中国のファッション事情を柱に書いていくのもいいかもしれない。あとは、日本人がなるという意味では、中国企業の日本進出をサポートする日本人はずっとニーズがありますよ。<br />
<br />
たとえば、冷凍餃子を販売するとして、中国人社長が販売したくとも無理でしょう。日本人社長だと信用があるから信頼する企業があるでしょう？　日本人はどちらかと言えば中国人を信じず、日本人を信じるので、中国企業の日本支社を日本人が作ると日中でモノとカネが流れるわけです。<br />
<br />
<strong>―お時間の関係で少ししか伺えなかったんですが、今日は本当に貴重なお話をありがとうございました。</strong><br />
<br />
<strong>海外ITライター、山谷剛史のページ</strong><br />
<a href="http://www.geocities.jp/dtgoshi/">http://www.geocities.jp/dtgoshi/</a><br />
<br />
<strong>インタビューアーから一言</strong><br />
<br />
山谷さんのような職業の方は、今までのRTN PROJECTのインタビューに応じてくださった方の中でもめずらしいと思います。中国の昆明で暮らしながら、ITについての記事を書くことで、誰にも真似できないキャリアを確立されていて、本当に素敵だと思いました。お忙しいところ、インタビューのためにお時間を割いていただいて、本当にありがとうございました。
</div>
<table class="layout2">
	<tbody>
		<tr>
			<td>
			<img src="http://www.rtnproject.com/50/img/interviewer_s_13_profile.jpg" alt="" width="150" height="113" />
			</td>
			<td>秋山雪乃。１９８６年京都府生まれ。中学２年まで日本で過ごし、その夏に渡米。カリフォルニア州サンディエゴ・アーバインなどに滞在し、高校２年の年に 一 時帰国。その夏、再び渡米。University High Schoolを卒業し、帰国後、早稲田大学法学部に入学。１年休学して北京語言大学に留学し、現在４年に在籍。憲法水島ゼミ所属。学生ＮＧＯチャオに所属し、中国ハンセン病療養者村でのボランティアに従事している。</td>
		</tr>
	</tbody>
</table>
]]>
      <![CDATA[<table class="layout">
	<tbody>
		<tr>
			<td>
			<img src="http://www.rtnproject.com/50/img/interviewee_s_172_profile.jpg" alt="interviewee_s_172_profile.jpg" width="100" height="75" />
			</td>
			<td>山谷剛史さん。１９７６年生まれ。東京都出身。理工系大学から上場企業のＳＥを経て、フリーランスライターに。それまでの経験と海外旅行の趣味を生かし、バックパック１つでアジア各国を巡り、月刊ASCII誌やInternet WatchなどIT系メディアでアジアのIT事情を紹介する。その後、東南アジアにも近い中国雲南省昆明に拠点を構え、中国各地や東南アジアの現地IT動向の記事を経済誌・IT誌になどに執筆。日本においては、中国関連の記事はマクロ的観点や新聞翻訳の記事が多い中で、現地発消費者視点での記事が評価を受ける。著作に『新しい中国人　ネットで団結する若者たち』（ソフトバンククリエイティブ）。</td>
		</tr>
	</tbody>
</table>
]]>
   </content>
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   <title>更新情報8月31日</title>
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   <published>2010-08-31T14:59:53Z</published>
   <updated>2010-09-06T04:49:15Z</updated>
   
   <summary> 活動報告 「世界の学校から」vol.26をアップしました。 http://www.rtnproject.com/2010/08/_vol26_1.html ...</summary>
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      <name>RTNスタッフ</name>
      
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活動報告 「世界の学校から」vol.26をアップしました。<br />
<a href="/2010/08/_vol26_1.html">http://www.rtnproject.com/2010/08/_vol26_1.html</a>
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   <title>活動報告 「世界の学校から」vol.26　越島健介</title>
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   <published>2010-08-31T14:45:51Z</published>
   <updated>2010-09-01T08:10:40Z</updated>
   
   <summary>今回は、早稲田大学先進理工学部３年生の越島健介さんに、母校であるScarsdale High School を紹介していただきます。ニューヨークの郊外、マンハッタンから約２０キロ北に位置する、人口約１万７千人ほどの閑静な住宅地にある公立学校...</summary>
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      <![CDATA[今回は、早稲田大学先進理工学部３年生の越島健介さんに、母校であるScarsdale High School を紹介していただきます。ニューヨークの郊外、マンハッタンから約２０キロ北に位置する、人口約１万７千人ほどの閑静な住宅地にある公立学校ですが、学業優秀な学校として知られ、以前から多くの帰国子女を輩出しています。スカースデールは、極めて裕福なユダヤ系の白人が多く住む地域で、豪邸が建ち並ぶ通りもあり、緑に囲まれたゆとりのある豊かな街です。治安もよく、教育水準の高さも全米的に有名であることから、日本企業の駐在員はこの街を居住地として選ぶことが多いそうです。

<table class="layout2">
	<tbody>
		<tr>
			<td>
			<img src="/50/img/interviewee_s_149_profile.jpg" alt="" width="150" height="150" />
			</td>
			<td>越島健介さん。１９８９年ロサンゼルス生まれ。２歳から９歳まで神奈川県で過ごした後、再び渡米。Scarsdale High Schoolを卒業。帰国後、東京大学理科一類を目指し、約１年間受験勉強をするが、不合格となり、早稲田大学先進理工学部に進学することを決める。現在、電気情報生命工学科３年に在籍。</td>
		</tr>
	</tbody>
</table>
<h3>活動報告</h3>
<div class="h3_body">
<strong>～スカースデールという街～</strong><br />
<br />
<table>
	<tbody>
		<tr>
			<td>スカースデールは、ニューヨーク州、マンハッタンから約２０キロ北に位置する、人口約１万７千人ほどの閑静な住宅地です。極めて裕福なユダヤ系の白人が多
			く住む地域であり、街の中には信じられないような豪邸が並ぶような通りもあります。大都会ニューヨークに近接していながら、街の木々と芝生はよく管理され
			ており、緑に囲まれたゆとりのある豊かな街です。</td>
			<td>
			<img src="/50/img/report_s26koshijima1.jpg" alt="" width="150" height="113" />
			</td>
		</tr>
	</tbody>
</table>
<br />
緑がキレイで、治安もよく、教育水準の高さも全米的に有名であることから、日本企業の駐在員はこの街を居住地として選ぶことが多いです。よって、ニューヨークの中でもかなり日本人が多い地域となっています。<br />
<br />
<strong>～スカースデール高校～</strong><br />
<br />
<strong>授業、学習環境について</strong><br />
<br />
私が通っていたScarsdale High Schoolは、全米でもその教育水準の高さで有名です。公立高校の全米TOP100に入ったこともあるそうです。<br />
<br />
まず、授業のカリキュラムにかなり力をいれています。生徒は、自分の力に合わせてコースを選ぶことができ、自由に、そして、主体的に学ぶことができる環境が整えられています。例えば、数学の場合、９年生と１０年生では &ldquo;Regular&rdquo;、&ldquo;Advanced&rdquo;、&ldquo;Honors&rdquo;の３つのコースがあり、１１年生ではその上に&ldquo;High Honors&rdquo;が加わり、最終学年の１２年生になると &ldquo;Regular&rdquo;、&ldquo;Advanced&rdquo;、&ldquo;Honors&rdquo;、 &ldquo;High Honors&rdquo;、&ldquo;AB Calculus&rdquo;、&ldquo;BC Calculus&rdquo;というふうに、学年が上がっていくにつれ、クラスが細分化されていきます。優秀な生徒は、好きなだけ高度なことを学ぶことができて、数学が苦手な生徒は下の方のクラスで基礎から学んでいくことができます。<br />
<br />
&ldquo;AB Calculus&rdquo;、 &ldquo;BC Calculus&rdquo;は、いわゆる &ldquo;Advanced Placement&rdquo;という、大学レベルの授業を受けることができるコースのことです。 &ldquo;Advance Placement&rdquo;コースは、数学だけでなく、理科、社会、国語 (English)などはもちろん、フランス語、スペイン語、ラテン語、美術などの科目でも受けることができました。<br />
<br />
<table>
	<tbody>
		<tr>
			<td>
			<img src="/50/img/report_s26koshijima3.jpg" alt="" width="150" height="113" />
			</td>
			<td>それだけ豊富な科目を取り揃えていられるのは、優秀な教員を集めているからでしょう。スカースデール高校にいる教員の平均経験年数は１８年で、その９８％
			が修士号、１０％が博士号をもっています。しかも、教員と生徒の比は、１：９ほどで、教員は一人ずつ別々のオフィスを持っていました。生徒はいつでも教員
			のオフィスに行って、雑談をしたり質問をしたりできる環境もありました。</td>
		</tr>
	</tbody>
</table>
<br />
<strong>スポーツ、課外活動について</strong><br />
<br />
成績面では輝かしい実績を残しているスカースデール高校ですが、スポーツは特に強かった訳ではありませんでしたし、学校としても特に力を入れている様子はありませんでした。特に、アメリカンフットボール部は、試合に勝つと学校中が驚いてしまうほど弱かったです（笑）　ただ、やはり裕福な地域なだけあって、ゴルフやテニスなどは強かったようです。<br />
<br />
この学校でもう一つ特徴的なのは、Senior Options Programというプログラムがあったことでした。卒業前の２ヶ月ほど、ボランティア、インターンシップ、個人のプロジェクト、グループプロジェクトなど、生徒が有意義な体験をできそうなものならば何でもしていいというプログラムです。生徒はそれぞれ担当してもらいたい教員を選び、その教員はその生徒がSenior Optionsを通じて、できるだけ多くのことを吸収できるように、サポートしていきます。２ヶ月間の最後に、生徒は自分が体験してきたことを発表し、そこで初めて高校を卒業する権利を得ることができるのです。<br />
<br />
<strong>スカースデール高校の生徒たち</strong><br />
<br />
スカースデール高校の生徒数はおよそ１４００名。そのうち、８５％ほどが白人系、８％がアジア系、そして黒人系、ヒスパニック系、その他のマイノリティーが残りの７％といったところです。<br />
<br />
上述の通り、スカースデールには裕福なユダヤ系の白人が多かったため、その子供も同様にセレブです。もともとスカースデールという街は、外に出たときに「私はスカースデールに住んでいる」と言うとイヤな顔をされることがあるほど、「スノビッシュでプライドが高い金持ちが住んでいる」というイメージを持たれることが多いのですが、これは学校内でも確かにありました。１６歳や１７歳の子供がベンツやBMWに乗って登校してくるのが普通というような学校です。私は、歩いて登校していましたが（笑）<br />
<br />
そのためか、マイノリティーで、しかもそこまで裕福でもない生徒たちは、何となくですが肩身の狭い学校生活を送っていたような気がします。私自身も、中国、韓国、ギリシャ、インド、デンマークなどから来ているマイノリティーの生徒たちと仲良くしていることが多く、「生まれも育ちもスカースデール」のアメリカ人とは、やはりどこか距離がありました。<br />
<br />
しかし、そんなこととは関係なく、やはり優秀な人が多かったです。行動力や発言力などに富んだ生徒が多く、しかも「スカースデールの人間であるからには」というプライドから、みんないい大学に行こうと努力していました。<br />
<br />
<strong>～最後に～</strong><br />
<br />
<table>
	<tbody>
		<tr>
			<td>スカースデール高校は日本人が多い高校でしたし、その周りの高校にも日本人はたくさんいて、とにかくあの地域は日本人が多かったです。日本人コミュニティーとしてはアメリカの中でもかなり大きい方だったのではないかと思います。</td>
			<td>
			<img src="/50/img/report_s26koshijima2.jpg" alt="" width="150" height="113" />
			</td>
		</tr>
	</tbody>
</table>
<br />
しかし、そういう状態だったからこそ、自分をプッシュしてアメリカ人の中に飛び込んでいくということをしなければいけませんでした。私は、十分に努力したつもりでしたが、それでも不十分だったかなと今でも反省しています（苦笑）<br />
<br />
街はとにかく美しいですし、学校の教育水準、生徒の意識の高さは文句なしの学校です。スカースデール高校で学び、感じたことはたくさんありますし、それらは今でも私の中に生きていると感じています。<br />
<br />
もし訪れる機会があれば、是非立ち寄ってみてください！<br />
<br />
<strong>Scarsdale High School ：</strong><br />
<a href="http://www.scarsdaleschools.k12.ny.us/shs/site/default.asp">http://www.scarsdaleschools.k12.ny.us/shs/site/default.asp</a><br />
<strong>帰国子女大学入試・合格体験記vol.35</strong><br />
<a href="/2010/05/vol35_3.html">http://www.rtnproject.com/2010/05/vol35_3.html</a>
</div>
]]>
      <![CDATA[<div class="sectionh2">
<table class="layout">
	<tbody>
		<tr>
			<td>
			<img src="/50/img/report_s26koshijima1.jpg" alt="" width="100" height="75" />
			</td>
			<td>今回は、早稲田大学先進理工学部３年生の越島健介さんに、母校であるScarsdale High School を紹介していただきます。ニューヨークの郊外、マンハッタンから約２０キロ北に位置する、人口約１万７千人ほどの閑静な住宅地にある公立学校ですが、学業優秀な学校として知られ、以前から多くの帰国子女を輩出しています。スカースデールは、極めて裕福なユダヤ系の白人が多く住む地域で、豪邸が建ち並ぶ通りもあり、緑に囲まれたゆとりのある豊かな街です。治安もよく、教育水準の高さも全米的に有名であることから、日本企業の駐在員はこの街を居住地として選ぶことが多いそうです。</td>
		</tr>
	</tbody>
</table>
</div>
]]>
   </content>
</entry>
<entry>
   <title>更新情報8月28日</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.rtnproject.com/2010/08/828.html" />
   <id>tag:www.rtnproject.com,2010://1.665</id>
   
   <published>2010-08-28T09:37:53Z</published>
   <updated>2010-08-28T09:46:23Z</updated>
   
   <summary> 海外生活体験者・学生インタビューvol.75をアップしました。 http://www.rtnproject.com/2010/08/vol75.html ...</summary>
   <author>
      <name>RTNスタッフ</name>
      
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         <category term="2010)ニュース" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
         <category term="ニュース・イベント" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.rtnproject.com/">
      <![CDATA[<p>
海外生活体験者・学生インタビューvol.75をアップしました。<br />
<a href="http://www.rtnproject.com/2010/08/vol75.html">http://www.rtnproject.com/2010/08/vol75.html</a>
</p>
]]>
      
   </content>
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   <title>海外生活体験者・学生インタビューvol.75</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.rtnproject.com/2010/08/vol75.html" />
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   <published>2010-08-28T09:37:52Z</published>
   <updated>2010-08-28T09:45:37Z</updated>
   
   <summary> 	 		 			 			 			 			林田澪亜さん。１９９０年横浜生まれ。８歳から中国に２年間滞在し、その後一度日本に戻ってから、１０歳から１８歳までフランスのストラスブルグ近郊のヘーゲンハイム、ドイツのデュッセルドルフに数年ずつ滞在。...</summary>
   <author>
      <name>RTNスタッフ</name>
      
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         <category term="50)インタビュー" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
         <category term="5001)学生インタビュー" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.rtnproject.com/">
      <![CDATA[<div class="sectionh2">
<table class="layout2">
	<tbody>
		<tr>
			<td>
			<img src="http://www.rtnproject.com/50/img/interviewee_s_171_profile.jpg" alt="" width="150" height="113" />
			</td>
			<td>林田澪亜さん。１９９０年横浜生まれ。８歳から中国に２年間滞在し、その後一度日本に戻ってから、１０歳から１８歳までフランスのストラスブルグ近郊のヘーゲンハイム、ドイツのデュッセルドルフに数年ずつ滞在。ドイツのISD（International School of D&uuml;sseldorf）を卒業後、慶應義塾大学法学部政治学科に進学。２年進学時に法律学科に転科し、現在は同大学法学部法律学科２年に在籍中。法律系サークルの役員を務めながら法曹を目指している。</td>
		</tr>
	</tbody>
</table>
</div>
<br />
<div class="h3_body">
<strong>フランスに住みながらスイスのインターに通う</strong><br />
<br />
<strong>―よろしくお願いします。</strong><br />
<br />
よろしくお願いします。<br />
<br />
<strong>―ではまず海外滞在歴を教えてください。</strong><br />
<br />
まず、小学校の２年生の２学期に中国の大連に行って、そこで日本人学校に通っていたんですけど、そのあと一度日本に戻って、小学校４年の終わりにフランスに行きました。そこからずっとフランスに住みながら、スイスの学校に通い&hellip;&hellip;<br />
<br />
<strong>―え？　フランスに住みながらスイスの学校行ってたの？</strong><br />
<br />
父親がフランスで働いてたから、そこに住まなきゃいけなかったんだけど、インターナショナルスクールに通いたくて、付近にはなかったから国境を越えてスイスまで行ってた。<br />
<br />
<strong>―どうやって？</strong><br />
<br />
母に車で（笑）　でも余りに遠くて、毎朝１時間半かかったから、もっと近くの、フランスとスイスの国境の近くに引っ越して、歩きと電車で通ってた。高校１年の夏の終わりにドイツに引っ越して、ドイツの学校に通い、卒業して日本に帰ってきました。<br />
<br />
<strong>フランス語とドイツ語を英語で勉強</strong><br />
<br />
<strong>―日本の教育は全然受けてないんだね。どうやって日本語はキープしたの？　やっぱり家族？</strong><br />
<br />
うん、２年半くらいしか日本の教育は受けなかった。日本語は家族で話してたのと、あと読書が好きで、日本語の本をよく読んでいたから、苦労はしてないかも。<br />
<br />
<strong>―フランス語はいつ習得した？</strong><br />
<br />
初めてヨーロッパにいったとき、一番必要だったのは英語だったから、日本にいた頃から英語の塾に通っていて、英語のことばっかり考えてた。フランス語は、フランスについてから、現地のフランス語の語学学校に通ってた。学校の必修で、フランス語とドイツ語と英語を、英語で勉強しなきゃいけなかったから。<br />
<br />
<strong>―まだフランス語、ドイツ語はそれなりに話せるんだっけ？</strong><br />
<br />
ドイツ語は大学で第二外国語としてやり直して蘇ってきたかな？（笑）　フランス語はフランスに住んでたから使っていただけで、必要性を感じなかったから、だいぶ忘れたかな。スーパーでの買い物くらいはできるけど（笑）<br />
<br />
<strong>―友達との会話で苦労はなかったの？</strong><br />
<br />
フランス語とドイツ語で話す友達がいなかった。インターだから英語か日本語で話すくらい。あ、今思ったんだけど、第一外国語は中国語だった！　たまに思い出すくらいであまり覚えてないけど（笑）<br />
<br />
<strong>―英語も最初は苦労した？</strong><br />
<br />
英語は小学校のときは難しい単語を全く使わないから楽だったし、それに教育は日本のほうが進んでいるから、学業面では苦労しなかった。だから、その分語学の勉強に集中できた。<br />
<br />
<strong>中国、フランス、そして、ドイツ</strong><br />
<br />
<strong>―中国の印象は？　中国で差別受けたりだとか、怖い経験はなかった？</strong><br />
<br />
中国のときは、小さかったから、見るもの全てが新鮮で輝いてた。歴史的なこともわからなかったから、毛沢東の銅像があるーみたいな（笑）　珍しいとか言われても、わからないから、全部楽しいだけだった。今はどうかわからないけど、日本人が固まって住む集落があって、その一つに住んでたから、働いてる人はみんな日本人だったし、接する中国人も親日な人ばかりだったから、怖いと感じた経験はないかな。<br />
<br />
<strong>―フランスは？</strong><br />
<br />
ザ・西洋人っていう感じ（笑）　最初に接した西洋人がフランス人だったから。引っ越してすぐに、いつも犬を連れて家の前を通る大家族がある日ピンポーンと呼び鈴をならして、「今度うちきてBBQをやらない？」って誘ってきて、オープンだなって。田舎だったから、そういう感じだったのかもしれないけど、社会のどの層にいても人生を楽しんでいるのが、「戦争に負けてない」フランスの人の国民性なのかなーっていう印象。<br />
<br />
<strong>―戦争に負けてない？</strong><br />
<br />
一番最後は勝ったから？　ドイツとフランスを比べると、ドイツにはやっぱり暗さを感じた。這い上がってきました、みたいな（笑）<br />
<br />
<strong>―そうなんだ！　アメリカで育つとフランスは第一次も第二次世界大戦も侵略されてっていうイメージが強いんだけど、最後は勝ったもんね。</strong><br />
<br />
フランス人は気高いのに対して、ドイツ人は極めて日本人に近いというか、頑張ることはいいことみたいな。<br />
<br />
<strong>―時間に正確なところも似てるよね。</strong><br />
<br />
うん、フランス人は６時に修理にいきますって言えば、必ず８時以降、酷いときは次の日に来たりもするけど、ドイツ人はちゃんと正確な時間にくる。<br />
<br />
<strong>―ドイツのインターでの高校生活を聞かせてください。１６歳でお酒飲めるけど、酒・煙草なんかは、学校でどういう扱いだった？</strong><br />
<br />
さすがに校内に灰皿はなくて、外に出れば吸ってもよかった。お酒は親の承諾をもらえたら、イベントなんかで振舞われたら、それを飲んでもよかったかな。私は高校のあいだJudicial Boardっていう、校長１人・教師３人・生徒３人で構成された、学則に違反した生徒の処分を決める委員会に所属してました。それと、あの頃は教育に凄く興味を持っていたのと、ボランティアもよくやっていて、南アフリカやタンザニアに行ったりもしてた。<br />
<br />
<strong>自分が日本人だっていう意識は常に持っていた</strong><br />
<br />
<strong>―では、これだけ色々な国にいってるけど、林田澪亜という人格はどこで形成されたと思う？　部分的には全部の文化から影響を受けているんだろうけど、どの文化の影響が一番大きいと感じる？</strong><br />
<br />
フランスかな。お年頃だったから(笑)　思春期で一番悩んだ時期だったから。それが大きいかな。でも、それだけじゃなく、この頃は直行便がなかったから、日本に全然帰れなくて、未だ幼かったから日本に帰りたくて「どうしてこんな国にいなきゃいけないんだ」とか、「私だけどうして英語を話さなきゃいけないんだ」なんて思ってて、自分がいた環境にありがたみを感じられなかった。<br />
<br />
<strong>―日本に帰りたかった？</strong><br />
<br />
うん、フランスにいたころは帰りたかった。でも、ドイツに引っ越して、フランスにはいなかった日本人がドイツにはいっぱいいて、インターで同年代の日本人と接して、自分が恵まれていたんだなって感じられた。だから、ドイツの３年間では色々なことを吸収しようって思うことができた。フランスと言うよりも、フランスとドイツにいたときに、私が形成されたかな。<br />
<br />
<strong>―じゃあ、文化的にはフランスとドイツには余り影響うけなかった？</strong><br />
<br />
日本に帰って来て、だいぶ日本人っぽくはなったとは思うけど、でも一番好きなのは、やっぱりフランスのライフスタイルかな。一番好きな人間の種類も、フランス人みたいに落ち着いた楽しい人だし。<br />
<br />
<strong>―話を聞く限り、自分が日本人だっていう意識は強かった。</strong><br />
<br />
すごく強かった。フランスの時が一番強かった。逆に、ドイツでは日本人がいっぱいいて、周りの日本人とは少し違うって感じた時期もあったけど、とにかく自分が日本人だっていう意識は常にもってた。<br />
<br />
<strong>私は&ldquo;ザ・帰国子女&rdquo;だ、みたいな</strong><br />
<br />
<strong>―確かアメリカやイギリスの大学に進学することを最初は考えてたんだよね。</strong><br />
<br />
日本に戻りたいっていう気持ちが一番強かったんだけど。。。最初フランスにいたときは３年くらいで日本に戻るはずだったんだけど、父親の仕事の都合でもう少しいることになって。で、戻るってなったら、絶対に早稲田にいく！　って言ってたりしたんだけど（笑）　でも、高校生活の中で、アメリカに行くのもいいなって思うようにもなった。<br />
<br />
<strong>―で、紆余曲折を経て日本の大学に進むことになったと。日本に戻るって決まって嬉しかった？　やっぱり他の国に行きたかったっていう気持ちが強かった？</strong><br />
<br />
嬉しかった。フランスとドイツに３、４年ずつ滞在して、そろそろ次の国に行きたいなとも思ってたから、そういう意味でも嬉しかった。<br />
<br />
<strong>―帰国子女受験で苦労はした？</strong><br />
<br />
しなかった（笑） 向こうにいたころから本はいっぱい読んでいたし、小論文もコツをつかむだけで、追加で本を数冊読むだけだった。日本語が他の受験生と比べて下手ってこともなかったし、英語は英語で自信があったから。私立は楽だったかも。<br />
<br />
<strong>―じゃあ帰国子女受験に適してたんだね。私は&ldquo;ザ・帰国子女&rdquo;だ、みたいな？（笑）</strong><br />
<br />
そうそう（笑）　大学から見ても極めて魅力的だったんじゃないかな？（笑）<br />
<br />
<strong>気づいたら法律に関心を持っていた</strong><br />
<br />
<strong>―澪亜は現在慶応法学部に在籍し、僕も入っている法律系サークルの日吉代表を務めながら、ダブルスクールもしてるわけだけど、将来はやっぱり法曹を目指しているんだよね？</strong><br />
<br />
うん。本当に法曹の道に進むかはまだわからないけど、とりあえずロースクールに進学しようと思ってる。<br />
<br />
<strong>―きっかけは？</strong><br />
<br />
政治学科の講義を受けていて、政治思想以外の授業がつまらなくて（苦笑）　政治思想に関しては、人って面白いこと考えるなって思えたんだけど、政治は余り興味がもてなかった。必修の中でも、法学や憲法のほうに気づいたら関心をもっていて、勉強したいのは法律だなって。だから本当に勉強に専念したいと考えたときに、法律学科に転科しようって。時期は1年の夏頃かな。<br />
<br />
<strong>―法律のどこが面白いの？　政治よりも法律に何故興味をもったのかな。</strong><br />
<br />
政治学の授業をうけていて、人の考えがどうシステムに反映されるかを国家単位で考える学問っていう印象を受けて、人そのものを見る学問じゃないんだなって。それに対して、法律は人が人のためにつくったもので、人そのものを見る学問で、私はシステムより人について考えることに興味があったから、自然と法律に興味を持つようになった。<br />
<br />
<strong>―それじゃあ、ロースクール進学後、法曹になるにしろならないにしろ、将来は海外にまた戻りたい？　海外で仕事をしたいって考えてたりする？</strong><br />
<br />
思ってます。少なくともロースクールも含めて６年日本にいなきゃいけないことも考えて、もし司法試験を合格して弁護士資格をとったら、機会があればアメリカでも弁護士資格をとりたいな。<br />
<br />
<strong>―じゃあ、将来的にはやっぱり海外で働きたい、住みたい気持ちが強い？</strong><br />
<br />
うーん、近い将来は日本でいいと思うけど、子育ては海外でしたいかも。<br />
<br />
<strong>―バリバリ働きたい？　専業主婦は嫌だったりする？</strong><br />
<br />
余りお金に対する執着心はないから、楽しくない限り、そんなには仕事したいとは思わないけど、時代も考えて働いたほうがいいと思うし、やっぱり働きたいかな。大学入った当初、政治学科いたときは大学院に進んで、ずっと研究すればいいかなって考えてたりもしたんだけどね。<br />
<br />
<strong>インタビューアから一言</strong><br />
<br />
澪亜とは大学のサークルで仲良くさせてもらっています。しっかりと自分を持っていて、遊びも勉強も難なくこなしてしまう、多才で魅力溢れる女性です。今年は澪亜のカリスマ性に惹かれてサークル入る新入生も多いのではないでしょうか。もっとここを聞けばよかったという反省点もあるのですが、澪亜の人としての強さや魅力を改めて知ることができました。初めてのインタビュー付き合ってくれてありがとう！　これからも末永くみんなで仲良くして行きましょう。
</div>
<table class="layout2">
	<tbody>
		<tr>
			<td>
			<img src="/50/img/interviewee_s_166_profile.jpg" alt="" width="150" height="113" />
			</td>
			<td>三雲俊介さん。１９８８年生まれ。中学１年の夏に幼少期にも数年滞在した、米国カリフォルニア州オレンジカウンティー、ニューポートビーチに移り、私立 St. Margaret&#39;s Episcopal Schoolに高校卒業まで６年間通う。高校卒業後、慶應義塾大学法学部法律学科に進学。現在３年に在学。現在は法律系サークルとフットサルサークルに所属している。</td>
		</tr>
	</tbody>
</table>
]]>
      <![CDATA[<table class="layout">
	<tbody>
		<tr>
			<td>
			<img src="http://www.rtnproject.com/50/img/interviewee_s_171_profile.jpg" alt="" width="100" height="75" />
			</td>
			<td>林田澪亜さん。１９９０年横浜生まれ。８歳から中国に２年間滞在し、その後一度日本に戻ってから、１０歳から１８歳までフランスのストラスブルグ近郊のヘーゲンハイム、ドイツのデュッセルドルフに数年ずつ滞在。ドイツのISD（International School of D&uuml;sseldorf）を卒業後、慶應義塾大学法学部政治学科に進学。２年進学時に法律学科に転科し、現在は同大学法学部法律学科２年に在籍中。法律系サークルの役員を務めながら法曹を目指している。</td>
		</tr>
	</tbody>
</table>
]]>
   </content>
</entry>
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   <title>更新情報8月24日</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.rtnproject.com/2010/08/824_1.html" />
   <id>tag:www.rtnproject.com,2010://1.663</id>
   
   <published>2010-08-24T14:43:25Z</published>
   <updated>2010-08-24T18:07:49Z</updated>
   
   <summary> 活動報告 「世界の学校から」vol.25をアップしました。 http://www.rtnproject.com/2010/08/_vol25_1.html ...</summary>
   <author>
      <name>RTNスタッフ</name>
      
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         <category term="2010)ニュース" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
         <category term="ニュース・イベント" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
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      <![CDATA[<p>
活動報告 「世界の学校から」vol.25をアップしました。<br />
<a href="/2010/08/_vol25_1.html">http://www.rtnproject.com/2010/08/_vol25_1.html</a>
</p>
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   <title>活動報告 「世界の学校から」vol.25　横山知子</title>
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   <id>tag:www.rtnproject.com,2010://1.662</id>
   
   <published>2010-08-24T14:33:23Z</published>
   <updated>2010-08-24T18:09:29Z</updated>
   
   <summary>今回ご紹介願うのは、マレーシアの首都クアラルンプールにあるアメリカ教育制度の私立学校International School of Kuala Lumpurです。通称ISKLで知られ、紹介者の早稲田大学教育学部３年横山知子さんは、こちらの高...</summary>
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      <name>RTNスタッフ</name>
      
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         <category term="6000)世界の学校から" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.rtnproject.com/">
      <![CDATA[今回ご紹介願うのは、マレーシアの首都クアラルンプールにあるアメリカ教育制度の私立学校International School of Kuala Lumpurです。通称ISKLで知られ、紹介者の早稲田大学教育学部３年横山知子さんは、こちらの高校で４年間を過ごされました。マレーシアはマレー系、中国系、インド系、その他の民族で構成された多民族国家ですが、７０年代以降は順調な経済発展を背景に、穏やかで平和な国です。南国特有の青い空と赤い土、激しいスコールはイメージ通りですが、首都クアラルンプール（通称KL）には、近代的な高層ビルが立ち並び、片道６車線のハイウェイも走っています。

<table class="layout2">
	<tbody>
		<tr>
			<td>
			<img src="/50/img/interviewee_s_155_profile.jpg" alt="" width="150" height="113" />
			</td>
			<td>横山知子さん。１９８８年三重県生まれ。 小・中学校をマレーシアの日本人学校、高校をマレーシアのThe International School of Kuala Lumpurですごす。計１４年間マレーシアに滞在した後、帰国し、早稲田大学教育学部へ入学。現在３年に在学。社会教育・開発教育系のゼミに所属。</td>
		</tr>
	</tbody>
</table>
<h3>活動報告</h3>
<div class="h3_body">
<strong>マレーシアという国</strong><br />
<br />
マレーシアはマレー系約５０％、中国系３０％、インド系１０％、その他１０％の民族で構成された多民族国家です。もちろん宗教もイスラム教、仏教、キリスト教、ヒンドゥー教と様々です。異なる宗教の衝突が懸念されそうですが、その心配はいりません。民族間の暴動は、１９６４年と１９６９年の華人とマレー人による過去２回に留まっており、かなり平和でおだやかな国です。<br />
<br />
また、東南アジアというと発展途上国なので、海、自然、島といったイメージを持たれることも多いですが、マレーシアはmiddle income country（先進国でいう中進国）といえるので、首都のＫＬとなると大分発展しています。国際空港を含め、近未来的な外観の高層建築物が建っています。海外の企業も多く進出しており、日本企業と生活の結び付きも深いです。日本人にとって住みやすいだけでなく、コリアンタウン等もあります。<br />
<br />
<strong>インターナショナルスクールの特徴</strong><br />
<br />
マレーシアは、異なる人種、言語、宗教、文化が日常で複雑に交差しており、それを肌で感じることができる国です。インターナショナルスクールもアジア系か
ら欧米系まで、６０以上の異なる国々から生徒が集まっています。そのため、生徒一人一人の必要性に合わせて、ＩＢ(International 
Baccalaureate)、ＡＰ(Advanced Placement)、ＥＳＬ(English as a Second 
Language)、Early Graduationの制度が用意されています。<br />
<br />
<strong>時間割</strong><br />
<br />
コア科目（必修共通科目）の他はすべて自由に選択科目を設定して、自分だけの時間割を作ります。すべて自分で決めなければならないので、このカリキュラムによって自分に何が必要か、何に関心があるかを考える機会が与えられます。分からないことがあれば自らスクール・カウンセラーのもとに赴き相談します。最終的な判断は自分で下すので、自己決定と自己責任の能力が培われます。<br />
<br />
<strong>授業形態</strong><br />
<br />
他のインターと同じように、授業形態は典型的な参加型学習です。講義を一方的に聞いてノートに書き写すに終わりません。ペアワークやグループワーク、デイスカッション、パワーポイントやポスターによるプレゼンテーションが必ずあり、発言量がとても多いです。授業態度で良いとされるのは、「先生の話を静かに聞く」ことではなく、「能動的に考えて意見する」ことです。文書による毎日の宿題も半端ではなく、たくさんの文献を読み、たくさんのエッセイを書きます。<br />
<br />
<strong>模擬国連</strong><br />
<br />
MUN（Model United Nations）とは、生徒がある国を代表した外交官となり、国連会議を模したディベート大会を開くことです。スピーチの得意な生徒は精鋭部隊で開催校まで出向き、他校と討論します。校内でも全員参加のＭＵＮを２日に分けて行います。この時はスーツを着用し、国名が書かれたプラカードの前に座って、特定の国際問題について議論します。もちろん最後には決議を採ります。くじ引きで自分が担当する国が決まるので、それまで知らなかった国の政治体制や国内状況を入念に調べます。<br />
<br />
<strong>テクノロジー</strong><br />
<br />
インターに通っているとパソコンに強くなります。まず、日々エッセイを打ち込むので、タイピングは速くなります。そして、コンピュータには、フォトショップ、イラストレーター、ドリームウィーバー、スウィッシュ等の様々なソフトウェアが導入されています。授業中や課題を通してこれらのソフトを扱うので、中学生でも操作法が身に付きます。生徒が作るイヤーブック（卒業アルバム）や学校のフリーペーパーは毎回完成度が高いものでした。<br />
<br />
そして、ISKLオンラインという、学校が提供するBBSシステムがあります。ここに連絡事項がアップされ、先生や生徒と情報交換をします。毎日まめにチェックしないと後で大変な目に合うことも&hellip;&hellip;。所属大学にも同じようなサービスがあるのですが、高校の方が比べものにならないほど使用頻度が高かったです。インターにいると、学習とコンピュータがかなり密接な関係にあることが分かります。<br />
<br />
<strong>ボランティア</strong><br />
<br />
ボランティア活動も盛んです。孤児や障害を持つ子どもと接するボランティア、もらい手のいない動物の世話をするボランティア等が、毎週一回ずつ用意されています。どの施設も学校近くにあるため、放課後に学校から出るミニバンに乗って向かいます。また、非営利活動法人との提携で、マレーシアを飛び出し、家を建てに行く中期の海外ボランティアも経験できました。<br />
<br />
<strong>祝日がたくさん</strong><br />
<br />
国教はイスラム教ですが、マレーシア憲法は信仰の自由を認めています。イスラム・ヒンドゥー・仏教の祝日はすべて祝うので、アメリカ教育制度の学校ですが、多民族国家らしく、休みが非常に多いです。あとは、ラマダンという断食の時期になると、午前中ご飯が食べられないマレー系の生徒は体育の授業が免除になります。皆が一律に同じプログラムをこなすという観念がゆるく、柔軟な調整ができる学校でした。<br />
<br />
<strong>制服</strong><br />
<br />
<table>
	<tbody>
		<tr>
			<td>インターには珍しく、制服がありました。スクールマスコットである黒ヒョウの刺繍が入った水色か白のポロシャツで、下の服と上着は色の指定に沿えば何を着
			ても平気です。しかし、学校行事が近付くと、行事の運営メンバーが学校公認の私服の日を作り、チケットを販売します。たとえば、pajama 
			day（パジャマの格好）やtwin 
			day（仲のいい友達とお揃いの格好）といったテーマに沿った服装であれば３ＲＭ(当時１ＲＭ＝３２円)、自由な服装がよければ５ＲＭ払って、その代金は
			企画の運営などに回されます。</td>
			<td>
			<img src="/50/img/report_s25yokoyama3.jpg" alt="" width="150" height="113" />
			</td>
		</tr>
	</tbody>
</table>
<br />
<strong>学食</strong><br />
<br />
昼食は大抵、キャンティーンという食堂で購入します。ＲＭ５～１０もあれば十分です。価格が手頃なマレー料理、サンドイッチやフライドポテトといった欧米料理まで揃っており、その日の気分によって色々楽しめます。マレー料理は色々な民族料理の良い部分を取り入れているので、とてもおいしいです。授業の合間におやつを買ったり、スポーツの部活動を終えた生徒たちが夕方もキャンティーンで食べたりします。<br />
<br />
<strong>インターナショナルフェスティバル</strong><br />
<br />
<table>
	<tbody>
		<tr>
			<td>学校行事であるインターナショナルフェスティバルの日には、学校の１階のスペースがすべて解放され、生徒や保護者、チャリティーの団体などが、国別のブー
			スを設け、有料のゲームや料理で各国の文化を紹介します。先生や生徒も世界各国の民族衣装をまといます。この日ばかりはキャンティーンではなく、ミャン
			マーのヌードルやイギリスのスコーンを浴衣着で食べ歩きます。</td>
			<td>
			<img src="/50/img/report_s25yokoyama2.jpg" alt="" width="150" height="113" />
			</td>
		</tr>
	</tbody>
</table>
<br />
<strong>その他の行事とマレーシアウィーク</strong><br />
<br />
<table>
	<tbody>
		<tr>
			<td>
			<img src="/50/img/report_s25yokoyama4.jpg" alt="" width="150" height="113" />
			</td>
			<td>他にも、海外のインター同様、生徒が主体となる学校行事がたくさんあります。合唱やバンドのコンサート、ダンスショー、演劇、タレントショー、アートの展示、ダンスパーティー等々。生徒が個性を輝かせる場がたくさん用意されています。</td>
		</tr>
	</tbody>
</table>
<br />
<table>
	<tbody>
		<tr>
			<td>また、ミドルスクールでは、普段学校と家庭を行き来をしているだけでは見えてこないマレーシアの姿を再発見するため、１週間弱の国内旅行に出かけます。
			&ldquo;マレーシアウィ－ク&rdquo;といって、海でシュノーケリングをしたり、ジャングルを探検したりといった体験をします。旅行先は約１５か所の中から生徒が希望を
			出し、少人数のグループに分かれて訪れます。</td>
			<td>
			<img src="/50/img/report_s25yokoyama1.jpg" alt="" width="150" height="113" />
			</td>
		</tr>
	</tbody>
</table>
<br />
<strong>International School of Kuala Lumpur ：</strong><br />
<a href="http://www.iskl.edu.my/index_content.php">http://www.iskl.edu.my/index_content.php</a><br />
<strong>帰国子女大学入試・合格体験記vol.40</strong><br />
<a href="/2010/06/vol40_3.html">http://www.rtnproject.com/2010/06/vol40_3.html</a>
</div>
]]>
      <![CDATA[<div class="sectionh2">
<table class="layout">
	<tbody>
		<tr>
			<td>
			<img src="/50/img/report_s25yokoyama1.jpg" alt="" width="100" height="75" />
			</td>
			<td>今回ご紹介願うのは、マレーシアの首都クアラルンプールにあるアメリカ教育制度の私立学校International School of Kuala Lumpurです。通称ISKLで知られ、紹介者の早稲田大学教育学部３年横山知子さんは、こちらの高校で４年間を過ごされました。マレーシアはマレー系、中国系、インド系、その他の民族で構成された多民族国家ですが、７０年代以降は順調な経済発展を背景に、穏やかで平和な国です。南国特有の青い空と赤い土、激しいスコールはイメージ通りですが、首都クアラルンプール（通称KL）には、近代的な高層ビルが立ち並び、片道６車線のハイウェイも走っています。</td>
		</tr>
	</tbody>
</table>
</div>
]]>
   </content>
</entry>
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   <title>更新情報8月21日</title>
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   <published>2010-08-20T20:09:40Z</published>
   <updated>2010-08-20T20:17:14Z</updated>
   
   <summary> 海外生活体験者・社会人インタビューvol.64をアップしました。 http://www.rtnproject.com/2010/08/vol64_1.html ...</summary>
   <author>
      <name>RTNスタッフ</name>
      
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         <category term="ニュース・イベント" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
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      <![CDATA[<p>
海外生活体験者・社会人インタビューvol.64をアップしました。<br />
<a href="http://www.rtnproject.com/2010/08/vol64_1.html">http://www.rtnproject.com/2010/08/vol64_1.html</a>
</p>
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   <title>海外生活体験者・社会人インタビューvol.64</title>
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   <published>2010-08-20T20:09:39Z</published>
   <updated>2010-09-08T14:23:17Z</updated>
   
   <summary> 	 		 			 			 			 			岡本亜希子さん。１９８３年生まれ。東京都出身。小学１年のときに、父親の仕事の都合で渡米する。カリフォルニア州ロサンゼルスに６年滞在。その後、東京に戻り、聖心インターナショナルスクールに通う。大学受験...</summary>
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         <category term="5000)社会人インタビュー" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
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      <![CDATA[<div class="sectionh2">
<table class="layout2">
	<tbody>
		<tr>
			<td>
			<img src="http://www.rtnproject.com/50/img/interviewee_s_170_profile.jpg" alt="interviewee_s_170_profile.jpg" width="150" height="113" />
			</td>
			<td>岡本亜希子さん。１９８３年生まれ。東京都出身。小学１年のときに、父親の仕事の都合で渡米する。カリフォルニア州ロサンゼルスに６年滞在。その後、東京に戻り、聖心インターナショナルスクールに通う。大学受験ではＡＯ入試で中央大学総合政策学部に入学。２年間通った後、中央大学を退学し、米国ニュージャージー州にあるRutgers Universityに転学し、School of Communication, Information, and Library StudiesのJournalism and Media Studiesを専攻。卒業後帰国し、TBSテレビの子会社エフエフ東放に入社。現在は、報道局取材センター外信部に所属し、主に海外ニュースを担当している。</td>
		</tr>
	</tbody>
</table>
</div>
<br />
<div class="h3_body">
<strong>spelling bee で優勝　日本人としての自覚を得る</strong><br />
<br />
<strong>―今日はよろしくお願いします。まず、亜希子さんのＬＡ時代の話を聞かせて下さい。</strong><br />
<br />
私は1stから7th gradeまでＬＡの学校に通っていました。とにかく、ＬＡに住んでいた頃はすごく楽しくて、私という人間を作り上げてくれた場所だと思っています。もし、私がＬＡに住んでいなかったら、英語はもちろん、今の人格や性格も違っていたんだろうな〜と、最近実感しています。<br />
<br />
<strong>―具体的には、どういう体験が楽しかったのでしょうか。</strong><br />
<br />
一番楽しかったのは水泳でした。私は５歳から水泳を始めたのですが、とにかく大好きで、ＬＡでは週に３回も練習をしていました。特に楽しかったのは、水泳大会です。週末は必ず大会に参加していて、もう水泳のことしか頭になかったですね。まぁ、他にも友だちとたくさん遊んで、遊んで&hellip;&hellip;、もう遊んだことしか記憶がないですね！（笑）<br />
<br />
<strong>―ＬＡ時代では色々楽しい思い出がたくさんあったと思いますが、一番の思い出は何ですか？</strong><br />
<br />
一番印象に残っているのは、たぶん学校内で行われたspelling beeですね。spelling　beeとは、学校内で誰がspellingを一番正しく書けるか競うという大会なんですけど、その大会で一位になったことです。親は「日本人なのにアメリカ人より優れているってすごいよ！」と褒めてくれました。それまで、私はずっと白人と一緒に学校に通い、日本人がいない環境に育っていたので、日本人としての意識がほとんどありませんでした。その体験を通じて、日本人として勝ったんだと実感し、自分は日本人であるという意識が湧きました。<br />
<br />
<strong>帰国後はインターから日本の大学へ</strong><br />
<br />
<strong>―では、帰国後についてお聞かせ下さい。</strong><br />
<br />
日本に帰国してから、最初はキリスト系の私立学校に通っていましたが、正直学校に馴染めませんでした。しかも、私はそれまで英語で勉強していたため、日本の授業に全くついていけなかった(笑)　それがきっかけで、日本嫌いが進みました。結局、日本の学校ではなく、インターナショナル・スクールに通うことにしました。<br />
<br />
私が通っていたインターは女子校で、環境も整っていたし、授業も英語で行われていて、インターに入って本当に良かったと思いました。何よりも英語で話せる友だちができたことが大きかったです。もちろん、日本語は第二言語として勉強をしていましたが、やっぱりアメリカの大学に行きたいなーって、いつも思っていました。<br />
<br />
<strong>―なぜ日本の大学に進学しようと思ったのですか？</strong><br />
<br />
そもそも、私は日本の大学には行きたくなかったのです。私も周りの友だちと外国の大学に行きたいっていう気持ちが大きかったのですが、色々な事情があって、日本の大学に進学しました。まぁ、今だから言えるのですが、なんとなく日本の大学に行ったっていう感じです（苦笑）<br />
<br />
また、日本の大学に進学しようか迷っているときに、日本人の友だちができるかなと不安になった時期はありましたが、帰国子女受験コースで予備校に通っていて、その中で帰国子女の友だちができて、日本の大学でもやっていけると自信がつきました。<br />
<br />
<strong>日本の大学には希望がもてなかった</strong><br />
<br />
<strong>―亜希子さんは、日本の大学とアメリカの大学の両方を経験したわけですが、二つの大学を比較するとどうですか？</strong><br />
<br />
個人的に、日本の大学に通って希望を持てませんでした。私は大学に入学する前からジャーナリストになりたいという気持ちがあり、国際関係の勉強をしたいと思っていましたが、大学は自分が考えていたものとは全く違った環境で、失望感を持ちました。<br />
<br />
日本の大学って、単位を取るのは簡単じゃないですか？　確かに、大学生活の４年間は、自由な時間を確保することができて、それは逆に良いのかもしれませんが、自分はそういう大学生活は送りたくなかったので、アメリカの大学に転学しました。<br />
<br />
アメリカの大学は希望が持てる環境です。アメリカの大学では、卒業することで精一杯になり、入ったら苦労はしますが、そこで自分が本当に興味のあることを勉強することができます。ですから、私は日本の大学よりアメリカの大学に行ってよかったと思います。<br />
<br />
<strong>子供の頃からジャーナリストに憧れる</strong><br />
<br />
<strong>―そもそも、ジャーナリストになりたいと思ったきっかけは何でしたか？</strong><br />
<br />
私は小さい頃から、ジャーナリズムの仕事に携わりたいという気持ちが強くありました。小学生のとき、ちょうどロス暴動が起きたのですが、その様子がテレビで放映されていて、それを撮影しているジャーナリスト、記者に魅力を感じました。<br />
<br />
他にも、湾岸戦争で防弾チョッキを着ながら戦地から中継してレポートしている姿がとてもカッコよく見え、私も人に何かを伝える仕事をしたいと思いました。その気持ちは大学生になっても変わらず、大学ではジャーナリズムの勉強をしたかったのです。<br />
<br />
アメリカの大学に通えば、先生からインターンの話を勧めてもらえます。アメリカの大学の良いところは、カリキュラムが充実しているだけではなく、就職も全面的にサポートしてくれることです。ちなみに、インターンを経験してみて、それは将来の夢をかなえる絶好の機会だと思いました。子どもの頃からジャーナリストになりたいと思っていたわけですから、当時はメディア業界のインターンに参加できて、本当に嬉しかったです！（笑）<br />
<br />
私が参加していたインターンは、国連本部などの取材が多くて、アシスタントとして記者やカメラマンに同行したのです。国連本部は色々な国のメディアが来ていて、その方たちと仲良くなれました。しかも、私はその仕事に熱中しすぎて、インターン生だから早く帰っていいよって言われたていたのに、もっとその仕事をやりたいと思って、本当の記者の方と一緒に、終業時間までずっと仕事していました。そこで改めてジャーナリストになろうという希望を持ちました。<br />
<br />
<strong>インターンは絶対に参加するべきですよ！</strong><br />
<br />
<strong>―大学生はインターンに参加するべきだと思いますか？</strong><br />
<br />
インターンは絶対に参加するべきですよ！　特に日本の学生は（笑）　日本の大学は、大学側からインターンの話とか勧めないし、日本の学生は自由な時間がいっぱいありますから。やりたい仕事があれば、努力してそれを職にする。挫折はありますが、自分が頑張ったことは財産になると思うし、後悔はしないはずです。私もメディアのインターンを通じて「やりたい！」という気持ちが湧きましたし、インターンは自分の夢を作るきっかけになると思います。<br />
<br />
<strong>―今の日本の大学生は、この自由な時間をどう有効に使うべきだと思いますか？</strong><br />
<br />
不況で企業の求人が減っていて、今の大学生は私の頃とは違うと思いますが、だったら、１、２年生はアメリカみたいなインターンに積極的に参加するべきなのに&hellip;&hellip;、と思ってしまいます。また、日本の大学で取れるＡ評価と、アメリカの大学で取るＡ評価の重みは全然違います。しかも、アメリカの学生は目的意識が明確で、勉学をどう活用させるか考えている一方、日本の学生は大学受験に完全燃焼してしまい、自由な時間をそのまま享受する傾向があると思いました。私はそうした日本の大学システムに失望しました。だからこそ、やりたい仕事があれば、少しでもその夢に向かうべきなのです。<br />
<br />
<strong>「英語が出来てすごい！」って思われたくない</strong><br />
<br />
<strong>―ところで、亜希子さんは、現在会社でどういう仕事をなさっているのですか？</strong><br />
<br />
私は英語ができるので、英語の取材の仕事はよく任されます。他にも日本語で原稿を書き、VTRの作成もしています。でも私は「英語が出来てすごい！」って思われたくないですね。英語が出来るのは小さい頃から自然に身に着いたものなのだと言いたいぐらいです。やっぱり、英語だけができる人になりたくないから。私は取材を得意としていますが、そこは英語ではなく、私のスピーディーさで勝負しています。これを評価してほしいと思っていますし、他に強みを見せたいです。<br />
<br />
<strong>―亜希子さんは報道局に勤めていますが、今の仕事は楽しいですか？</strong><br />
<br />
仕事をする度に、報道以外に私に向いている仕事はないと実感しています。やっぱり報道の仕事は楽しいです。ただ、テレビ局は不規則な生活で、２４時間態勢です。例えば、もし東京都内に震度５の地震や大きな事件があった場合、それが夜中であっても、特番を組むために無条件で出社しなければいけません。<br />
<br />
一度気がつかなかったことがあり、上司の方から「自覚が足りない」と怒鳴られたことがありました。報道局に勤めている人は、何かあったときに、それを真っ先に視聴者に伝えなければいけない。そういう自覚を持たなければならないと実感しました。<br />
<br />
<strong>報道局はスピード勝負、そして、体力勝負</strong><br />
<br />
<strong>―メディア業界に入るために、必要なものは何だと思いますか？</strong><br />
<br />
報道は面白味がありますが、スピード勝負です。そして、報道局に入りたいのであれば、体力勝負であることを決して忘れてはいけないと思います。結果が出ることで嬉しいと思うし、それがやりがいになって仕事を続けられるような気がします。ですから、やっぱり仕事に対する熱意と仕事をやりぬく体力が必要だと思います。<br />
<br />
<strong>―私も含め、今年の就活生に何かメッセージをお願いします。</strong><br />
<br />
就活はやっぱり運があります。でも、本当にやりたいことがあるなら、あらゆる手段を取って、絶対に諦めないことが重要です。諦めることは簡単です。隅から隅まで全部受ける。あと、入社後、早期退職はしないことです。だって、もったいないと思います。会社に合わない、嫌いとかの理由で退職することは、会社の選考に漏れた人に対して失礼です！（笑）<br />
<br />
<strong>最後まで夢を持ち続けること</strong><br />
<br />
<strong>―もうそろそろ時間ですね。最後に一言お願いします！</strong><br />
<br />
今は体力を維持しながら、記者としてのキャリアを積んでいるつもりです。将来的には海外メディアでもさまざまな情報を視聴者に伝えたいという夢を持っています。最近、アジアでも英語放送を行っていますが、やっぱり学生時代のインターンのように、世界中のメディアが集中するニューヨークみたいな街でいつか仕事がしたいです。<br />
<br />
<strong>―本日はありがとうございました！</strong><br />
<br />
<strong>インタビューアから一言</strong><br />
<br />
亜希子さんは私の姉の予備校時代の友人で、たまに家にいらっしゃって、一緒に会話をしたことがあります。普段は優しい印象の方なのですが、インタビューを通じて、芯のある非常に強い女性であることを初めて知りました。また、帰国子女にもかかわらず、自分の英語力を評価してほしくないという考えを持つことに、驚きを覚えつつ、立派な方だなと思いました。自分も含め、帰国子女は英語が出来るだけではなく、それ以外の能力に磨くことが重要なのではないかと思います。<br />
<br />
<strong>聖心インターナショナルスクール ：</strong><br />
<a href="http://www.issh.ac.jp/">http://www.issh.ac.jp/</a><br />
<strong>Rutgers University ：</strong><br />
<a href="http://www.rutgers.edu/">http://www.rutgers.edu/</a>
</div>
<table class="layout2">
	<tbody>
		<tr>
			<td>
			<img src="http://www.rtnproject.com/50/img/interviewer_s_58_profile.jpg" alt="" width="150" height="113" />
			</td>
			<td>徳井洋平。１９８９年生まれ。アメリカ合衆国コロラド州出身。１歳半で日本に帰国。小学１年生で再びアメリカのロサンゼルスに移り、中学３年までシカゴなどの様々な土地で暮らし、高校３年間はカナダのトロントで生活、Pine Ridge Secondary Schoolに通う。大学受験を機に帰国し、立教大学社会学部に入学。現在３年に在学中。大学では、朝から講義、午後は放送研究会のサークル活動のため、多忙を極める。趣味はサッカー観戦で、ＡＣミランのカカをこよなく愛す。</td>
		</tr>
	</tbody>
</table>
]]>
      <![CDATA[<table class="layout">
	<tbody>
		<tr>
			<td>
			<img src="http://www.rtnproject.com/50/img/interviewee_s_170_profile.jpg" alt="interviewee_s_170_profile.jpg" width="100" height="75" />
			</td>
			<td>岡本亜希子さん。１９８３年生まれ。東京都出身。小学１年のときに、父親の仕事の都合で渡米する。カリフォルニア州ロサンゼルスに６年滞在。その後、東京に戻り、聖心インターナショナルスクールに通う。大学受験ではＡＯ入試で中央大学総合政策学部に入学。２年間通った後、中央大学を退学し、米国ニュージャージー州にあるRutgers Universityに転学し、School of Communication, Information, and Library StudiesのJournalism and Media Studiesを専攻。卒業後帰国し、TBSテレビの子会社エフエフ東放に入社。現在は、報道局取材センター外信部に所属し、主に海外ニュースを担当している。</td>
		</tr>
	</tbody>
</table>
]]>
   </content>
</entry>
<entry>
   <title>活動報告 「世界の学校から」vol.24　重城聡美</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.rtnproject.com/2010/08/_vol24_1.html" />
   <id>tag:www.rtnproject.com,2010://1.658</id>
   
   <published>2010-08-14T16:38:58Z</published>
   <updated>2010-08-14T18:59:42Z</updated>
   
   <summary>今回は、アメリカ・テネシー州ノックスビル市にあるFarragut High Schoolをご案内致します。テネシー州は、アメリカの中央東南部に位置する、東西700km、南北200kmと横に長い地形が特徴的な州です。ノックスビル市は、メンフィ...</summary>
   <author>
      <name>RTNスタッフ</name>
      
   </author>
         <category term="5002)活動報告" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
         <category term="60)活動報告" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
         <category term="6000)世界の学校から" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.rtnproject.com/">
      <![CDATA[今回は、アメリカ・テネシー州ノックスビル市にあるFarragut High Schoolをご案内致します。テネシー州は、アメリカの中央東南部に位置する、東西700km、南北200kmと横に長い地形が特徴的な州です。ノックスビル市は、メンフィス市とナッシュビル市に次ぐ、テネシー州第３の年ですが、それでも人口はわずか１８万足らず。保守的な田舎ののんびりした雰囲気と教育への熱心さをバランス良く兼ね備えた学校だそうです。紹介者は、東京大学大学院工学系研究科精密機械工学専攻の修士課程1年在学中の重城聡美さんです。

<table class="layout2">
	<tbody>
		<tr>
			<td>
			<img src="/50/img/interviewee_s_162_profile.jpg" alt="" width="150" height="113" />
			</td>
			<td>重城聡美さん。１９８７年生まれ。京都府出身。１３歳から１７歳までの５年間をアメリカ・テネシー州ノックスビル市で過ごし、Farragut High School卒業後に帰国。東京大学理科Ⅰ類に入学後、工学部精密工学科に進学。東京大学柏葉会合唱団などで歌三昧の学生生活を送る一方、家電量販店での販売員経験を経て掃除機マニアに。また、ベンチャー企業でインターン生としてウェブ関連の業務に従事する。２０１０年５月現在、東京大学大学院工学系研究科精密機械工学専攻の修士課程1年在学中で、ナノメートル計測の研究に携わる。</td>
		</tr>
	</tbody>
</table>
<h3>活動報告</h3>
<div class="h3_body">
<strong>～はじめに～</strong><br />
<br />
<table>
	<tbody>
		<tr>
			<td>テネシー州は、アメリカの中央東南部に位置する、東西700km、南北200kmと横に長い地形が特徴的な州です。平地が広がる中部・西部とアパラチア山
			脈のふもとの東部という地形のバリエーションを持ちます。テネシー州西部の中心であるメンフィス市(人口６７万人)とテネシー州中部の中心であるナッシュ
			ビル市(人口５５万人・州都)が、テネシー州でのトップ２の大都市です。そして、東部地域の中心でありテネシー州３番目の街が、私が中高時代を過ごした
			ノックスビル市（人口18万人）です。</td>
			<td>
			<img src="/50/img/report_s24jujo1.jpg" alt="" width="150" height="113" />
			</td>
		</tr>
	</tbody>
</table>
<br />
私が4年間通ったFarragut高校は、そんなノックスビル市の郊外にある公立高校で、９年生から１２年生が合わせて約２０００人が通っていました。地域には私立高校は少なく、学区内に住む生徒はほとんど全員が最寄りの公立校に通いました。<br />
<br />
Farragut高校は、保守的な田舎ののんびりした雰囲気と教育への熱心さをバランス良く兼ね備えた学校であったように思います。高校生たちは、自由で多様性に富む高校生活を送っていました。<br />
<br />
<strong>～フレンドリーで保守的な白人社会～</strong><br />
<br />
<table>
	<tbody>
		<tr>
			<td>
			<img src="/50/img/report_s24jujo2.jpg" alt="" width="150" height="113" />
			</td>
			<td>テネシー州は、かつてはアフリカ系アメリカ人も多かったようですが、現在では全人口比は１６％程度に減り、しかも州西部や中部の都市部に集中しているた
			め、ノックスビル市のあるテネシー州東部では白人が人口の大半を占めます。私の高校では、白人が９割で、アフリカ系・ヒスパニック系・アジア系が合わせて
			１割程度でした。外国人の生徒は少数派であり、非英語圏出身者のためのEnglish as a Second 
			Language(ESL)という授業を履修する生徒も、全学年合わせて１０人を超えることはありませんでした。</td>
		</tr>
	</tbody>
</table>
<br />
一般的に、外国人が少ないと暮らしにくいようにも捉えられやすいですが、ノックスビル市は外国人にとってはむしろ住みやすい場所ではないかと思います。何故なら、田舎ならではのピュアでフレンドリーな人が多いからです。テネシー州が「Volunteer State」という愛称を持つことと関連してか、困っている人がいたら率先して助けようとする人も多く、私も生活する中で地元の人に助けられたことは数知れません。<br />
<br />
一方、キリスト教色の強さは、特に渡米直後の日本人には馴染の薄いものでした。私の高校でも信心深く保守的な人が多く、日曜日にはほとんどの人が教会に通っていました。教会のコミュニティーを中心に交友関係を形成する人が多い印象でしたし、初対面の人にも当たり前のように「どこの教会に通っているの？」と尋ねる人が多いことに、渡米直後は驚きました。<br />
<br />
また、高校の生物の授業で、ダーウィンの進化論を「これはあくまで一つの仮説ですが」という前提をつけて教えられたにも関わらず、それを教えることに対して、「宗教の自由を脅かす」という趣旨で抗議の電話をする保護者が少数ながらも毎年いたことは、少なくとも日本では想像もつかないことでしょう。<br />
<br />
<strong>～充実した駐車場と車での通学～</strong><br />
<br />
アメリカの田舎での生活には、車が必要不可欠な存在でした。徒歩や自転車で移動するには土地が広すぎる上に、手軽に使える公共交通機関は何もないためです。そのため、私の高校でも駐車場は非常に充実しています。<br />
<br />
テネシー州では１５歳で仮免許、１６歳で本免許を取ることができ、３、４年目の生徒の大半は、車を購入して自分で運転して通学していました。駐車場は、高校の３、４年生の生徒数に匹敵する１０００台以上が収容可能。また、運転に不慣れな高校生が事故を起こさないようにとの配慮からか、広大な土地を利用して、一台当たりの駐車スペースは一般の駐車場と比べて圧倒的に広く作られていました。<br />
<br />
車で通学していると、野生動物も多く見かけます。通学中にスカンクやオポッサムを轢いてしまうことはごく日常的です。轢かれたスカンクは独特の臭いを数日間放ち続けるため、何年か住んでいるとスカンクの臭いが身近なものになります。ただ、鹿との衝突事故は危険なものであり、注意する必要がありましたが、テネシーの自然を身近に感じることができました。<br />
<br />
<strong>～教育熱心な家庭も多い～</strong><br />
<br />
田舎ののんびりとした雰囲気の中でありながら、ノックスビル近郊の他の高校と比べて教育熱心な家庭が多く見られたことも、私の高校の特色でした。教育熱心な家庭が比較的多かった理由は２点あると思います。１点目は、Farragut 高校の学区がノックスビル市近郊の富裕層の多く住む地域であったことです。一般にアメリカの公立学校の教育レベルは、その地域の住人の貧富に影響を受けるため、富裕層が多く住む地域にある私の学校は人気がありました。２点目は、近隣の施設の影響によるものです。近くのテネシー大学やオークリッジ国立研究所で働く人々は、教育への関心も非常に高いのです。<br />
<br />
教育熱心な家庭が多いことで、Farragut高校は東テネシー地域内やテネシー州内の数学の大会の多くで健闘しています。私はこれらの大会に高校４年間を通じて参加しました。州大会でトップの成績をおさめると、地元の新聞に載ることや大学の奨学金を貰うこともあり、参加する人の意欲を掻き立てました。そして、大会などが近づくと、誰が大会に参加してどのような成果を持ち帰ってくるかということは、一部の生徒の間では関心の的でした。ただ、あくまで「自分のできる範囲で」頑張るに留まり、「都会のガリ勉の人たちには敵わないわ」というように割り切っていた点において、やはり田舎ののんびりした感じが顕著だったように思います。<br />
<br />
<strong>～高校生活の過ごし方は多様～</strong><br />
<br />
生徒数の多い高校であったため、高校生活の過ごし方は多岐に渡り、スポーツに専念する人もいれば、ボランティアに精を出す人も、勉強に専念する人も、アルバイトに熱中する人もいました。また、選択できる授業もバラエティに富んでいました。例えば、音楽の授業もバンド・オーケストラ・合唱などが開講されていました。合唱の授業だけで３種類あり、私もそのうちの一つを履修して楽しみました。他にも、芸術、ビジネスから職業訓練、軍隊演習(ROTC)まで、様々な分野の授業がありました。<br />
<br />
どのように授業をとるかは、規則の中ならば生徒が自由に決めることができました。１年の授業は、秋学期（８月から１２月）と春学期（１月から５月）に分かれており、各学期で授業を４コマずつ履修します。同じ学期の間は、選択した４コマが毎日９０分ずつ行われます。従って、１年間に履修する８コマの授業の内訳と履修する時限により、高校生活は大きく変わります。どの授業を履修しようかと、いつも年度初めには友人たちと共に悩んだものです。<br />
<br />
高校卒業後の進路も多岐に渡り、大学や短大に進学する人もいれば、軍隊に入る人も、働きだす人もいました。進学先としてはテネシー大学および系列の短大が圧倒的に多かったものの、一部にはテネシー州内外の他大学に進学する人もいて、１学年５、６００人中数人はIvy League等の上位校にも進学していました。高校卒業とともに経済的に親から独立しようという人は多く、高校４年次には大学の学費等の奨学金の応募に奮闘していました。<br />
<br />
<strong>～振り返って見て～</strong><br />
<br />
<table>
	<tbody>
		<tr>
			<td>私は、Farragut高校で4年間を過ごせたことに感謝しています。たしかに、塾のような英才教育もなければ繁華街もなく、都会的な刺激とは縁のない場
			所でした。しかし、私の高校生活を充実させたものは、音楽を素朴に楽しむ合唱団の仲間との時間と、南部訛りの強い先生の人情味と、ボランティア先の老人
			ホームの笑顔と、ほどほどの向上心を持った数学チームの仲間でした。これらを思い出すとき、私はテネシーの人たちへの感謝の念に絶えません。</td>
			<td>
			<img src="/50/img/report_s24jujo3.jpg" alt="" width="150" height="113" />
			</td>
		</tr>
	</tbody>
</table>
<br />
<strong>Farragut High School ：</strong><br />
<a href="http://farraguths.knoxschools.org">http://farraguths.knoxschools.org</a><br />
<strong>帰国子女大学入試・合格体験記vol.47</strong><br />
<a href="/2010/07/vol47_2.html">http://www.rtnproject.com/2010/07/vol47_2.html</a>
</div>
]]>
      <![CDATA[<div class="sectionh2">
<table class="layout">
	<tbody>
		<tr>
			<td>
			<img src="/50/img/report_s24jujo1.jpg" alt="" width="100" height="75" />
			</td>
			<td>今回は、アメリカ・テネシー州ノックスビル市にあるFarragut High Schoolをご案内致します。テネシー州は、アメリカの中央東南部に位置する、東西700km、南北200kmと横に長い地形が特徴的な州です。ノックスビル市は、メンフィス市とナッシュビル市に次ぐ、テネシー州第３の年ですが、それでも人口はわずか１８万足らず。保守的な田舎ののんびりした雰囲気と教育への熱心さをバランス良く兼ね備えた学校だそうです。紹介者は、東京大学大学院工学系研究科精密機械工学専攻の修士課程1年在学中の重城聡美さんです。</td>
		</tr>
	</tbody>
</table>
</div>
]]>
   </content>
</entry>
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   <title>更新情報8月15日</title>
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   <published>2010-08-14T16:38:58Z</published>
   <updated>2010-08-14T19:01:47Z</updated>
   
   <summary> 活動報告 「世界の学校から」vol.24をアップしました。 http://www.rtnproject.com/2010/08/_vol24_1.html ...</summary>
   <author>
      <name>RTNスタッフ</name>
      
   </author>
         <category term="2010)ニュース" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
         <category term="ニュース・イベント" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.rtnproject.com/">
      <![CDATA[<p>
活動報告 「世界の学校から」vol.24をアップしました。<br />
<a href="/2010/08/_vol24_1.html">http://www.rtnproject.com/2010/08/_vol24_1.html</a>
</p>
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   </content>
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   <title>更新情報8月12日</title>
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   <published>2010-08-12T04:51:09Z</published>
   <updated>2010-08-12T04:52:02Z</updated>
   
   <summary> 海外生活体験者・学生インタビューvol.74〜後編〜をアップしました。 http://www.rtnproject.com/2010/08/vol74_1.html ...</summary>
   <author>
      <name>RTNスタッフ</name>
      
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   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.rtnproject.com/">
      <![CDATA[<p>
海外生活体験者・学生インタビューvol.74〜後編〜をアップしました。<br />
<a href="http://www.rtnproject.com/2010/08/vol74_1.html">http://www.rtnproject.com/2010/08/vol74_1.html</a>
</p>
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   </content>
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   <title>海外生活体験者・学生インタビューvol.74〜後編〜</title>
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   <published>2010-08-12T04:47:52Z</published>
   <updated>2010-08-12T17:06:16Z</updated>
   
   <summary> 	 		 			 			 			 			山下博之さん。１９８８年神奈川生まれ。小学校６年生の３学期からロサンゼルスへ渡り、高校卒業まで、滞在。中学校から高校１年までは日本人学校。西大和学園カリフォルニア校（6th,7th,8th,9th）...</summary>
   <author>
      <name>RTNスタッフ</name>
      
   </author>
         <category term="50)インタビュー" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
         <category term="5001)学生インタビュー" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.rtnproject.com/">
      <![CDATA[<div class="sectionh2">
<table class="layout2">
	<tbody>
		<tr>
			<td>
			<img src="http://www.rtnproject.com/50/img/interviewer_s_57_profile.jpg" alt="" width="150" height="113" />
			</td>
			<td>山下博之さん。１９８８年神奈川生まれ。小学校６年生の３学期からロサンゼルスへ渡り、高校卒業まで、滞在。中学校から高校１年までは日本人学校。西大和学園カリフォルニア校（6th,7th,8th,9th）、Los Angeles International School（10th)、その後、現地のWest High Schoolに転校し、卒業。帰国後、京都大学経済学部に進学し、現在３回生。国際経済学（本ゼミ）とイノベーション戦略（サブゼミ）に所属。サークルは、野球サークルと新書講読会に所属している。</td>
		</tr>
	</tbody>
</table>
</div>
<br />
<div class="h3_body">
<strong>日本人はベタベタするけど、彼らは結構ドライ</strong><br />
<br />
<strong>―現地校で、他に何か印象に残っていることはありますか？</strong><br />
<br />
友達が最高に良いやつらだった！　英語って、仲良いやつには、罵倒表現を連発するんだけど、ずっと罵倒しまくってた（笑）　昼飯食べながら、トランプやったりして、ちょっとゲームで状況悪かったりすると、「ふざけんなよ！」みたいなね（笑）　本当に楽しかった！　あいつらとまた、トランプしたいと心から思うよ。<br />
<br />
特に仲良かったのがインド人で、彼は頭良かった。インドの教育の話なんかは面白かったかな。インドだと九九を３０の段まで覚えさせられるらしい。で、確認テストなんかで、言い間違えると鞭打ちらしい（苦笑）　その成果か、そいつは数学とか中々強かった。高校で、CalculasBCまで当然のように履修してたし、プログラミングなんかも得意だった。その友だちの兄貴なんか、ダートマスで、数学の最優秀賞を受賞したらしい。すごいね、本当。<br />
<br />
あと、付き合い方も本当バランスが取れてた。偏見かもしれないけど、日本人はベタベタした付き合いを好むけど、そいつらは結構ドライ。でも、学校が早く終わった日なんかは、必ず近くのマックに行ったりしてたし、こっちが遊びに行きたいと思ってたら、すぐ声掛けたりしてくれた。<br />
<br />
だから、こっちも変に遠慮しないでどんどん声を掛けることが出来た。SATの勉強などが必要だったわけだから、無駄にできる時間はなかったことを、彼らは理解してくれていた。アメリカの大学に進学する場合は、通常は１２月でSATの勉強を終えるから、卒業間際まで勉強していた僕らなんかは、意味不明だったと思うけど、真摯に理解してくれたよ。<br />
<br />
以前のインタビューで言われたことなんだけど、僕らはそれなりの経験はしているけど、別に大してすごくない。本当にすごいのは、英語もろくに話せないのに、一緒に飯食べてくれたり、遊んでくれたりした僕の友人たちだと思う。あいつらには今でも本当に感謝しているし、凄いと素直に思うし、本当に見習わないといけないとも思う。<br />
<br />
<strong>―学校外の活動はどうでしたか？</strong><br />
<br />
学校の外で小学生の勉強の面倒をみる「チャイルドケア」という授業を取っていた。アクの強い子どもたちが多くて、教えるのは大変けど。そこで、子供たちがどうしたら、自分の言うことを聞いて、まじめに勉強してくれるかってのを考えてた。割と考えたけど、好かれたら言うこと聞いてもらえるかもと、最後は単純な結論に至った。<br />
<br />
で、子供が前々から休み時間に遊びたいと言っていたから、一緒に遊ぶことにした。鬼ごっこや縄跳びなんかを一緒にしたり手伝ったりしてたかな。正直言うと、子供たち以上に僕のほうが楽しんでいたかもしれないくらい、楽しかった（笑）　それで、仲良くなって、勉強を教えたりするも、今まで以上に効率的になった。英語を話すいい機会にもなったしね。<br />
<br />
あと、やっぱり小さい子供は本当に純粋で、可愛かった（笑）　SATなどの勉強の疲れも、小さい子供たちと接していると心が和らいでくるし、本当に良い気分転換になったと思う。<br />
<br />
<strong>頭の良さは、他人に対する配慮や理解の早さでわかる</strong><br />
<br />
<strong>―京大に入ってからの第１印象を教えてください。</strong><br />
<br />
「京大には本当に賢いヤツが多い」というのが第１印象だったよ、ありきたりだけど。受験勉強で得た知識だけでなく、他人に対する配慮や理解の早さという意味ね。<br />
<br />
たとえば、百万遍（京大の北部にある有名な交差点）でコンパの待ち合わせをしたとする。そうすると、「頭のいい」やつは、店と百万遍というだけで十分だよね。もう何も聞かないで、時間になるとこれから向かう居酒屋がある方向に最も近い角で待っている。そういう人は良い意味で「空気」とか文脈を読んでいるよね。<br />
<br />
大学だと、そういう友達が出来て、今までとは違った意味で、すごい刺激的。<br />
<br />
<strong>―山下さんは今年から3回生になりますよね？　そうすると就活の準備はもう始めているのですか？</strong><br />
<br />
２年後は働いているわけだから、最近は社会がすごい身近に感じてきた。でも、僕ら学生は、大学という守られた環境にいるわけで、社会の実情なんかはほとんどわかっていない。だから、ちょっとでも、知ろうと思って城繁幸さんなどが書いた労働事情の本を読んだりしているよ。城繁幸さんの著作を読んでからは、実力主義の外資系企業に関心が出てきた。<br />
<br />
あとRTN Projectを通じて、社会人の人に僕がインタビューさせてもらえる機会も大きいんじゃないかと思ってる。普通、なかなか社会人と接点持てないから。でも、インタビューなどで、企業や社会の話をどんどん聞ける。あと、大学生は限られた人たちとしか、関わらないから、視野が狭くなりがちだし、コミュニケーションも内輪だけのものになりがち。だから、RTN Projectに携わっていて、本当によかったなって思うよ。もちろん、社会人だけではなく、知らない学生にインタビュー行ってるのも、同じ理由で、非常に有益だと思ってる。<br />
<br />
<strong>一言で言えば、「好きにすれば？」</strong><br />
<br />
<strong>―海外生活を振り返ってみて、自分は何を得たと思いますか？</strong><br />
<br />
さっきも言ったことだけど、一つは人間関係には適度な距離があることを知ったのは大きかったかな。アメリカにいたとき、一緒に遊ぶときはみんなしっかり遊んでたけど、自分でやりたいことがあるときは、無理に他の人に合わせるようなことはしなかった。ある意味「ドライ」な人間関係だと言えるかもしれないけど、だからといって別に嫌われることなんてなかった。そんなことで嫌うような人なら、こっちのほうから遠慮すべきだと思う。そうやってお互いを犠牲にしても、結局お互い不幸になるだけ。<br />
<br />
二つ目は、まあ度胸？かな。アルファベットもわかっていない状態で、英語を話してる集団に飛び込んでいったから、後は割と怖いものはなくなるかなって。日本だと、とりあえず日本語は話すことが出来るし、コミュニケーションを取れれば、なんとかなる場合が多い。足りないものも、色々あるんだろうけど、そこは努力で補えたらなあって思う。<br />
<br />
<strong>―将来の夢は何ですか？</strong><br />
<br />
漠然としているけど、色々な国に訪れて、様々な価値観に触れたいと思っている。僕自身、アメリカに行って、それまで住んでた場所だと、絶対に見られなかったものに触れることが出来て、本当に衝撃的だった。多分そこら辺が、自分のルーツなんじゃないかって思う。ちょっと、偉そうに表現するとさ（笑）<br />
<br />
でも、今はまだ日本とアメリカくらいしか行ったことがないから、まだまだ世界中に、自分の知らないものなんかがある。だから、もっともっと色々な世界に行ってみたい。そのためには、具体的にどのようなスキルだとか能力が認められるかはわからないけど、将来的に、自分の力が足りなくて、夢を実現させられなかったという状況は絶対に嫌だから、今出来ることをコツコツとやって、力を蓄えたいって考えてる。<br />
<br />
<strong>―最後に、後輩に向けて何かメッセージをお願いします。</strong><br />
<br />
一言で言えば、「好きにすれば？」かな（笑）　大学生になったらもう大人なんだし、なんでも自分で考えて行動するのが当たり前だと思う。「自分が将来やりたいこと」なんてのは、特にそうだよね。そんなもの自分で見つけるべきだし、他人が教えてくれるはずがない。そもそも答えは人によってまちまちだしね。要するに、誰かに何かを与えられるのを期待してるんじゃなくて、自分で積極的に考えろってことですよ！<br />
<br />
<strong>帰国子女大学入試・合格体験記vol.4 ：</strong><br />
<a href="/2008/08/vol4_2.html">http://www.rtnproject.com/2008/08/vol4_2.html</a><br />
<strong>Los Angeles International School ：</strong><br />
<a href="http://www.la-inter.org/">http://www.la-inter.org/</a><br />
<strong>活動報告 「世界の学校から」vol.12　山下博之</strong><br />
<a href="/2009/08/_vol12_1.html">http://www.rtnproject.com/2009/08/_vol12_1.html</a><br />
<br />
<strong>インタビューアからの一言</strong><br />
<br />
出身予備校が同じことがきっかけで、山下さんと知り合いました。今回のインタビューでは、心の底から楽しそうに現地校時代のことを語ってくれたので、今までクールな人だと思い込んでいた私には、少し意外でした。山下さんは自分とは異なる方向から物事を深く、かつ、はっきりと考えていていたので、得られるものが非常に多く、大変勉強になりました。このインタビューを機会に、今後ともちょくちょくお話させて頂きたいと思います！<br />
<br />
<a href="/2010/07/vol74.html">前編はこちらから＞＞</a>
</div>
<table class="layout2">
	<tbody>
		<tr>
			<td>
			<img src="/50/img/interviewee_s_141_profile.jpg" alt="" width="150" height="150" />
			</td>
			<td>吉村政龍。１９８９年東京生まれ。小学５年から約８年間台湾に滞在。Dominican International Schoolを０８年に卒業し、帰国。予備校で約１年間受験勉強に明け暮れた末に、京都大学法学部に合格し、入学。昨年は大学で学ぶことの意義に疑問を抱き無気力に陥ってしまったが、２回生になる今年からは法学と経済学の勉強を両立させながら、ロースクールを目指すと同時に、いろいろな新しいことに挑戦することを決意した。</td>
		</tr>
	</tbody>
</table>
]]>
      <![CDATA[<table class="layout">
	<tbody>
		<tr>
			<td>
			<img src="http://www.rtnproject.com/50/img/interviewer_s_57_profile.jpg" alt="" width="100" height="75" />
			</td>
			<td>山下博之さん。１９８８年神奈川生まれ。小学校６年生の３学期からロサンゼルスへ渡り、高校卒業まで、滞在。中学校から高校１年までは日本人学校。西大和学園カリフォルニア校（6th,7th,8th,9th）、Los Angeles International School（10th)、その後、現地のWest High Schoolに転校し、卒業。帰国後、京都大学経済学部に進学し、現在３回生。国際経済学（本ゼミ）とイノベーション戦略（サブゼミ）に所属。サークルは、野球サークルと新書講読会に所属している。</td>
		</tr>
	</tbody>
</table>
]]>
   </content>
</entry>
<entry>
   <title>更新情報8月9日</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.rtnproject.com/2010/08/89_1.html" />
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   <published>2010-08-08T21:28:51Z</published>
   <updated>2010-08-08T21:44:15Z</updated>
   
   <summary> 活動報告 「世界の学校から」vol.23をアップしました。 http://www.rtnproject.com/2010/08/_vol23_1.html ...</summary>
   <author>
      <name>RTNスタッフ</name>
      
   </author>
         <category term="2010)ニュース" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
         <category term="ニュース・イベント" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.rtnproject.com/">
      <![CDATA[<p>
活動報告 「世界の学校から」vol.23をアップしました。<br />
<a href="/2010/08/_vol23_1.html">http://www.rtnproject.com/2010/08/_vol23_1.html</a>
</p>
]]>
      
   </content>
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<entry>
   <title>活動報告 「世界の学校から」vol.23　吉江奏太</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.rtnproject.com/2010/08/_vol23_1.html" />
   <id>tag:www.rtnproject.com,2010://1.655</id>
   
   <published>2010-08-08T21:28:50Z</published>
   <updated>2010-08-08T21:43:42Z</updated>
   
   <summary>今回は、カリフォルニア州サンタバーバラ市にあるDos Pueblos High Schoolをご紹介願います。紹介者は一橋大学経済学部に通う吉江奏太さん。国立バスケットボール・リーグ２０１０主催者でもあります。Dos Pueblos Hig...</summary>
   <author>
      <name>RTNスタッフ</name>
      
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         <category term="5002)活動報告" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
         <category term="60)活動報告" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
         <category term="6000)世界の学校から" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.rtnproject.com/">
      <![CDATA[今回は、カリフォルニア州サンタバーバラ市にあるDos Pueblos High Schoolをご紹介願います。紹介者は一橋大学経済学部に通う吉江奏太さん。国立バスケットボール・リーグ２０１０主催者でもあります。Dos Pueblos High Schoolは市内で最優秀とされており、一年中天候が良い全米でも有名なリゾート地に位置しているので、車で５分も行けば大きなショッピングモールがあったり、綺麗なビーチがあったりするそうです。

<table class="layout2">
	<tbody>
		<tr>
			<td>
			<img src="/50/img/interviewee_s_169_profile.jpg" alt="" width="150" height="113" />
			</td>
			<td>吉江奏太さん。１９８９年生まれ。小学６年生から高校卒業まで米国カリフォルニア州サンノゼ、サンタバーバラに滞在。Dos Pueblos High Schoolに通う。高校ではバスケ部に所属し、州大会CIFに出場。高校卒業後、日本に帰国し、一橋大学経済学部に入学。現在３年に在籍。大学では開発金融を専攻し、バスケ・サークル代表を務める。国立バスケットボール・リーグ２０１０主催者。</td>
		</tr>
	</tbody>
</table>
<h3>活動報告</h3>
<div class="h3_body">
<strong>リゾート地に位置する学校</strong><br />
<br />
Dos Pueblos High Schoolは、１９６６年に設立された、米国カリフォルニア州サンタバーバラ市に位置する４年制の公立学校です。生徒数は総勢２０００人ほどで、米国の公立学校としては標準の規模となっています。教育プログラムには非常に重点を置いていて、当地域では、サンタバーバラ市内の学校の中では、最も評判の良い学校とされています。STARと言われる、カリフォルニア州内の学校の学業成績水準を測る指標では、例年トップ１０％の層に属しています。<br />
<br />
学校の設備も非常に充実しており、４０エーカーの学校面積の中には、体育館、図書館、運動場、駐車場、そして、劇場などがあります。運動場は、野球場が４つ、バスケットコートが６つ、オリンピックで使用される大きさと同じサイズのプールなど、設備が充実しており、学生の課外活動にも積極的に貢献しています。<br />
<br />
<table>
	<tbody>
		<tr>
			<td>学校が位置するサンタバーバラ市は、全米の中でも有名なリゾート地のひとつであるため、学校の周りには大きなショッピングモールや綺麗なビーチがありま
			す。両方とも車で移動すれば５分ほどで行ける距離なので、昼休みや放課後は多くの学生を見かけます。海では、放課後にサーフィンをしに行く人や、部活動を
			している学生たちが走らされている光景をよく見かけます。バスケ部に所属していた頃は、私も放課後にチーム全体で海に移動し、頻繁にトレーニングを課され
			ていました。</td>
			<td>
			<img src="/50/img/report_s23yoshie4.jpg" alt="" width="150" height="113" />
			</td>
		</tr>
	</tbody>
</table>
<br />
<strong>生徒と教師について</strong><br />
<br />
人種の多様性がうかがえる米国ですが、この学校では生徒の６０％が白人、３０％がヒスパニック系、６パーセントがアジア系、そして４％が黒人となっており、白人の生徒が大多数を占めています。日本人は全学年で２人しかいなく、学年では私１人しかいませんでした。そのため、私の高校は、それほど国際的ではなく、アメリカの典型的なハイスクール青春映画に登場する文化を体験したい方にとっては、最適な学校と言えるでしょう。<br />
<br />
<table>
	<tbody>
		<tr>
			<td>
			<img src="/50/img/report_s23yoshie3.jpg" alt="" width="150" height="113" />
			</td>
			<td>一年中天候が良いリゾート地に位置しているからか、生徒も教師もとても気さくで、楽天家な人たちが多いなと感じました。教師に関しては、T－シャツに短パ
			ンとビーチサンダルという格好で、音楽を流しながら授業をしたり、授業時間が空いたときに映画を見せてくれたりする人も多く、生徒に楽しく授業をすること
			を考えているひとが沢山いました。そのため、生徒との関係も非常に強く、放課後に一緒にご飯を食べにいったり、海へサーフィンをしに行ったりする教師もい
			ました。このような学校環境であったため、私も非常にのびのびとした学校生活を送ることができました。</td>
		</tr>
	</tbody>
</table>
<br />
<strong>学業について</strong><br />
<br />
<table>
	<tbody>
		<tr>
			<td><br />
			ゆったりとした学校環境ではありますが、アメリカの公立高校の中でも高い水準の教育を提供しています。通常の授業よりも発展的な授業を学びたい優秀な生徒
			たちには、Advanced Placement programやGATE(Gifted and Talented Education) 
			programなどが設けられています。また、Engineering 
			Academyというプログラムがあり、自然科学やエンジニアに興味がある人たちへの科目コースも作られています。優秀な人材を積極的に輩出したいという
			考えから、毎年、様々なアカデミックな大会にも出場しており、ロボットエンジニア大会やEconomic 
			competitionという資本市場分析の州大会などで入賞しています。</td>
			<td>
			<img src="/50/img/report_s23yoshie1.jpg" alt="" width="150" height="113" />
			</td>
		</tr>
	</tbody>
</table>
<br />
<strong>課外活動とイベントについて</strong><br />
<br />
課外活動の一つとして、部活動のスポーツがあります。Dos Pueblos Highは、部活動プログラムにも非常に熱心に取り組んでおり、様々なスポーツにおいて州立大会に出場するなどの実績を残しています。特に、アメリカンフットボールと水球に力を入れています。アメリカンフットボールは、市内のライバル校と対戦する際に学内の全生徒が観戦しにいくほどの熱気があり、また、私が在学していた頃の水球チームは、州立大会で優勝していました。ちなみに、学内のスポーツ試合でのマスコットはChargerで、騎馬を表しています。<br />
<br />
<table>
	<tbody>
		<tr>
			<td>
			<img src="/50/img/report_s23yoshie2.jpg" alt="" width="150" height="113" />
			</td>
			<td>アメリカの通常の公立学校では、スポーツ部の活動は季節ごとに異なっていて、私が所属していたバスケ部は冬のみ活動していました。春は陸上部、夏はバレー
			部、秋はアメフト部が活動することになっていたため、一つのスポーツを一年中練習するのではなく、色々なスポーツに取り組むことができました。しかし、入
			部前にトライアウトという選考があるため、自分が入りたい部の選考が始まる前に練習しておく必要があります。やはり、アメリカの文化的にはアメフト部やバ
			スケ部が非常に人気であり、選考倍率も非常に高いです。そのため、選考に合格した際には学校中で人気者になれます。</td>
		</tr>
	</tbody>
</table>
<br />
また、スポーツ活動だけでなく、文化系の部活動にも力をいれています。舞台芸術の中では、ジャズミュージックバンドクラブやマーチング・バンドなどの部活動をサポートし、市内の各地でコンサートを開いています。私が卒業する年には、学内に劇場が設立され、舞台演技の活動も始まりました。その翌年には、『美女と野獣』のミュージカルがプロデュースされたそうです。<br />
<br />
また、アメリカの学校では、おなじみのダンスパーティーが頻繁に開かれます。Dos Pueblos Highでは、Homecoming Dance、Winter Formal、そして、Promといったイベントだけでなく、Halloween Partyやカウボーイの格好になって踊るダンスパーティーもありました。PromやHomecomingのパーティーでは、基本的に、女子生徒はドレスを着て、男子生徒はタキシードやスーツを着て参加します。ダンスパーティーに行く場合は、一緒に行くパートナーを探す必要があり、気になる相手を誘う時期になる、と生徒たちがそわそわし始めます。そして、周りから評判の良い人気者の生徒は取り合い競争になります。<br />
<br />
<strong>最後に</strong><br />
<br />
このような高校に通えて、私は非常に充実した生活を送ることができました。なによりも、アメリカの高校の伝統や文化に深く関わりながら４年間を過ごせたことで、日本の高校を通うのとは全く異なる体験をできました。私の学校紹介が、伝統的なアメリカの高校の雰囲気を少しでも知ることができるきっかけとなるのであれば、嬉しい限りです。<br />
<br />
<strong>Dos Pueblos High School ：</strong><br />
<a href="http://www.dphs.org/">http://www.dphs.org/</a><br />
<strong>帰国子女大学入試・合格体験記vol.34</strong><br />
<a href="/2010/04/vol34_2.html">http://www.rtnproject.com/2010/04/vol34_2.html</a>
</div>
]]>
      <![CDATA[<div class="sectionh2">
<table class="layout">
	<tbody>
		<tr>
			<td>
			<img src="/50/img/report_s23yoshie1.jpg" alt="" width="100" height="75" />
			</td>
			<td>今回は、カリフォルニア州サンタバーバラ市にあるDos Pueblos High Schoolをご紹介願います。紹介者は一橋大学経済学部に通う吉江奏太さん。国立バスケットボール・リーグ２０１０主催者でもあります。Dos Pueblos High Schoolは市内で最優秀とされており、一年中天候が良い全米でも有名なリゾート地に位置しているので、車で５分も行けば大きなショッピングモールがあったり、綺麗なビーチがあったりするそうです。</td>
		</tr>
	</tbody>
</table>
</div>
]]>
   </content>
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   <title>更新情報8月5日</title>
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   <published>2010-08-04T17:35:44Z</published>
   <updated>2010-08-04T17:54:34Z</updated>
   
   <summary> 海外生活体験者・社会人インタビューvol.63をアップしました。 http://www.rtnproject.com/2010/08/vol63_1.html ...</summary>
   <author>
      <name>RTNスタッフ</name>
      
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         <category term="2010)ニュース" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
         <category term="ニュース・イベント" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
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      <![CDATA[<p>
海外生活体験者・社会人インタビューvol.63をアップしました。<br />
<a href="http://www.rtnproject.com/2010/08/vol63_1.html">http://www.rtnproject.com/2010/08/vol63_1.html</a>
</p>
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   <title>海外生活体験者・社会人インタビューvol.63</title>
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   <published>2010-08-04T17:35:43Z</published>
   <updated>2010-08-05T00:35:24Z</updated>
   
   <summary> 	 		 			 			 			 			荒谷沙知さん。１９８６年大阪生まれ。３歳から１０歳まで米国のカリフォルニア州サンフランシスコに滞在。一時帰国した後、中学、高校とカリフォルニア州のロサンゼルスで過ごす。帰国後、東京大学文科Ⅲ類に入学...</summary>
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      <name>RTNスタッフ</name>
      
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         <category term="5000)社会人インタビュー" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
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      <![CDATA[<div class="sectionh2">
<table class="layout2">
	<tbody>
		<tr>
			<td>
			<img src="http://www.rtnproject.com/50/img/interviewee_s_168_profile.jpg" alt="interviewee_s_168_profile.jpg" width="150" height="150" />
			</td>
			<td>荒谷沙知さん。１９８６年大阪生まれ。３歳から１０歳まで米国のカリフォルニア州サンフランシスコに滞在。一時帰国した後、中学、高校とカリフォルニア州のロサンゼルスで過ごす。帰国後、東京大学文科Ⅲ類に入学、文学部社会学科へ進学する。大学卒業後、住友商事に入社。海外のインフラプロジェクトを扱う部署に配属され、現在ベトナム市場を担当。同国の発電所建設プロジェクトに携わっている。</td>
		</tr>
	</tbody>
</table>
</div>
<br />
<div class="h3_body">
<strong>総合商社の総合職として働く女性とお会いするということで、私は非常に緊張していた。なぜなら、総合商社で働く女性のイメージは、パンツスーツにひっつめ髪&hellip;&hellip;といったような、キツいものだったからである。<br />
<br />
しかし、目の前に現れた荒谷さんは、小柄で、髪の毛も下ろしていて、白のニットとスカートを履いていた。濃色のスーツを着て全身寒色だった私よりも、よっぽど女性らしく、ほんわかとしていらっしゃった。イメージと全く異なる「商社ウーマン」にちょっと安堵しながら、私のインタビューは始まったのである。<br />
<br />
予備校に通わず、独学で東大に</strong><br />
<br />
<strong>―荒谷さんは海外のどちらにいらっしゃったのですか？</strong><br />
<br />
アメリカのロスアンジェルスやサンフランシスコを行ったり来きたりしていました。父の仕事の都合で渡米し、家族みんなで暮らしていました。累計１５年ほどになりますね。<br />
<br />
<strong>―どうしてRTNプロジェクトをお知りになったのですか？</strong><br />
<br />
友人が企画に参加したのがきっかけです。それに誘われて&hellip;&hellip;。海外生活体験者が一堂に会するって、なんだか不思議な空間ですよね。RTN Projectもwebsiteも、私の周りでは結構有名だから、あまりぶっちゃけた話ができないかもしれない（笑）<br />
<br />
<strong>―そんなことを仰らずに（笑）　日本ではどちらの大学に行かれていたのですか？</strong><br />
<br />
東京大学に通っていました。実は、日本では塾に通っていませんでした。アメリカにいた間は通っていたのですが、日本に帰ってきてからは、独学で小論文や面接の対策をしました。<br />
<br />
<strong>―大学ではどんなことに力を入れてらっしゃったのですか</strong><br />
<br />
大学ではテニスとオーケストラのサークルに所属していました。特にオーケストラは、一年間運営に携わっていたということもあり、かなり力を入れて取り組んでいましたね。私生活の多くの時間を占めていました。また、旅行に行くのが趣味だったため、コツコツとバイトでお金を貯めては、東南アジアをはじめ、多くの国々を旅行しました。<br />
<br />
<strong>お話を聞けば聞くほど、荒谷さんは謙虚で温和な方に思えた。男社会と称される総合商社で働かれているという事実が、にわかには信じがたいほどだ。</strong><br />
<br />
<strong>飲み会のノリでメールにビックリマーク！</strong><br />
<br />
<strong>―本当に荒谷さんは温和な方ですね。</strong><br />
<br />
私はちょっと驚いてます。  実は結構勝気だったりするんですよ（笑）　自分が思ったことは率直に言うし。アメリカでの経験が影響しているのかもしれないな。上司にも、結構はっきり自分の考えや意見をぶつけるので、時々驚かれてしまうこともあります（笑）<br />
<br />
<strong>―住友商事には上司に意見を言ったりする環境があるのですか？</strong><br />
<br />
現在私が所属している部署では、早い時期からプロジェクトの担当者として仕事を任せるという習慣があります。そのため、私も入社半年目で契約履行中の水力発電所案件の担当者になり、常に「当事者意識を持つ」ということ、そして「仕事は責任感と情熱が重要！」ということを、とことん教え込まれました。<br />
<br />
発電所建設プロジェクトにおける商社の業務は、クレーム対応といったトラブルシューティングが多いため、どうで考え、どう進めれば客先/パートナーが納得できる着地点を見つけられるか、常に自分で考える必要があります。<br />
<br />
私はまだまだ若手ですが、プロジェクトについての意見を言える環境はきちんとありますし、上司もそれを受け止めてくれますよ。でも、やはり最低限の上下関係はありますね。しっかり教え込まれます。私は体育会ではなかったし（注：インタビューイは体育会所属である）、大学時代はそういうことに慣れていなかったので、最初は覚えるのに必死でした。<br />
<br />
<strong>―ビールのラベルは上にして注ぐとかですか？（笑）</strong><br />
<br />
そうそう！　さすがですね（笑）　あとはエレベーターに乗るときは、人をかき分けて自分が１番はじめに乗って、ドアを開けて待っているとか。それに、飲み会の幹事は絶対に１年目の自分がやるし、メールの書き方とかもきちんと教えてもらえます。私は一度失敗してしまったことがあって、怒られた（苦笑）<br />
<br />
<strong>―どんな失敗をなさったのですか</strong><br />
<br />
飲み会は1年目がまずメールをまわして、出欠を取って、お店を予約して、代金を立て替えて支払うので、あとから飲食代徴収のお願いメールも回すのね。それで、やはり商社はチームで仕事をするという特徴があるから、それが影響しているのかもしれないけど、特にうちの部署は仲がよく、飲み会も盛り上がって。ついそのノリでメールの中にびっくりマーク（！）を使ってしまったの。<br />
<br />
上司から指摘を受け、指導されました。飲み会のときも１年目が率先してお酒を注いだり、食べ物を取り分けたりしなければならないのだけど、私より年次が上の事務職の方が先にやってくださったりして。そうすると「一年目の仕事だろ！」と突っ込まれてしまいますしね。<br />
<br />
<strong>―私も同じような経験があるのでわかります（笑）</strong><br />
<br />
ほんと！　なんか初対面だけど親近感わくね（笑）<br />
<br />
<strong>やはり「気配りの目」は経験がものをいう部分が大きいので、やり慣れている人が素早く対応できる。私も飲み会の席で、先輩マネージャーに席を立たせてしまったことを指摘され、赤面した思い出がある。</strong><br />
<br />
<strong>「女だから」と言われないように</strong><br />
<br />
<strong>インタビューは焼肉店で行われたのだが、お話しをしながらも、荒谷さんはせっせと肉を焼いたり野菜を焼いたり、火が通ったものがあれば取り分けてくれ、私の飲み物がなければ「なんか頼む？」と気遣ってくださいます。</strong><br />
<br />
<strong>―今働かれている部署は女性が少ないのですか？</strong><br />
<br />
そもそも総合職の女性を採用しだしたのが、ここ最近ということもあり、総合商社はまだまだ女性が少ないと思いますね。私が所属しているところも、男性の多い部署です。<br />
<br />
<strong>―働かれる上でなにか弊害はありますか？</strong><br />
<br />
配属された当初は、部署の男性は戸惑っていたようで、上司にも「女だからどう扱っていいかわからない」と言われ、傷ついたこともあります。<br />
<br />
でも、仕事をしていくうちに、最初は異質（？）だった私の存在も受け入れてもらえるようになったと感じますし、今は男/女関係なく扱ってもらっています。「女性だから」ということで変に優しくされることもないのが、逆に良いのかもしれません（笑）　とは言うものの、やはり女性だからということで、周りも気を遣っているところはあると思うし、やっぱり難しいところはどうしてもあるんだけどね（苦笑）<br />
<br />
<strong>―就職活動は順風満帆だったのですか？</strong><br />
<br />
全然そんなことないよ！　実は崖っぷちでした（笑）　元々クリエーティブな仕事がしたくて、テレビ局をはじめとしたマスコミや、国際協力にも興味があったので、国際協力系の機関を受けていたんだけど、最初はことごとく落ちてしまって、すごく落ち込んだりもしました。最後は、食品関係の仕事と総合商社で悩んだんだけど、最終的にはキャリアの幅が広くて、海外との接点が強い総合商社に向いているのかなと思って決断しました。<br />
<br />
<strong>―やはり就職活動中は落ち込みますよね&hellip;&hellip;。</strong><br />
<br />
そうですね&hellip;&hellip;。最初ほんとにうまく行かなかったから。ただ、落ちまくっても、「必ず自分に合ったところはある！」と信じて、前向きに気持を切り替えていくことが重要だと思います。今考えれば、私もただはじめのうちは自分に合ったところを受けてなかったんだなあって。就職活動ってやっぱり相性だと思うんです。<br />
<br />
どんなに優秀な人でも、やっぱり会社のカラーに合った人には優ることができない。就職活動中にそれに気づくのって、意外に難しかったりするんだよね。私は、総合商社は他にもいくつか内定をいただいたけど、私のバックグラウンドだったり、今までやってきたことだったり、性格だったりといった総合的な素質が、総合商社のほしいそれと合致していたのだと思います。<br />
<br />
実際に、今の仕事の客先は海外にいるため、異なった考えやバックグランドを持った人のニーズを理解するといったスキルが重要だし、業務の８割方は英語を使用します。そういった意味で、自分のバックグランドや経験を業務に活かせているなとすごく感じますね。<br />
<br />
<strong>―最後に就活生にアドバイスをください！</strong><br />
<br />
何よりも大切なことは、自分に素直になることだと思います。私も就活の最初の頃は、いかに自分をよく見せるかばかり考えていましたが、なかなかうまくいきませんでした。飾らず、とにかく自分の言葉で一所懸命話すようになってから、不思議と面接が通るようになったかな。拙い言葉でも良いので、素直な思いや考えを一所懸命話すことが、面接官にはきっと伝わるはず！　そして素直な自分を受け入れてくれる会社はきっと見つかるはず。<br />
<br />
合っているところを自分で理解するという意味で、自己分析は大切だと思います。自分を見つめるよい機会なので、とことん自分と向き合ってみてください。<br />
<br />
<strong>－今日はありがとうございました！</strong><br />
<br />
<strong>インタビューアから一言</strong><br />
<br />
私は体育会に属しているのですが、同じ男性社会で働く者として、考え方を共有することができて、とてもためになりました。この世界にいる者にしかわからない苦労があり、それを初対面でシェアできたことは、私にとって非常に有益でした。私は就職活動中だったのですが、その日うかがったことを参考に、最後の１ヵ月を頑張りたい！と改めて思うことができました。商社のお仕事の雰囲気がこのインタビューを通じて伝わっていれば嬉しく思います。
</div>
<table class="layout2">
	<tbody>
		<tr>
			<td>
			<img src="http://www.rtnproject.com/50/img/report_15MT_1.jpg" alt="" />
			</td>
			<td>富田茉記子。１９８８年生まれ。東京都出身。高校１年のときにイギリスへ渡り、高校時代２年間ロンドンで過ごす。卒業後帰国し、早稲田大学政治経済学部へ入学。現在は政治経済学部国際政治経済学科４年に在籍。大学では、体育会（男子部）にマネージャーとして所属しており、部活漬けの日々を過ごしている。</td>
		</tr>
	</tbody>
</table>
]]>
      <![CDATA[<table class="layout">
	<tbody>
		<tr>
			<td>
			<img src="http://www.rtnproject.com/50/img/interviewee_s_168_profile.jpg" alt="interviewee_s_168_profile.jpg" width="100" height="100" />
			</td>
			<td>荒谷沙知さん。１９８６年大阪生まれ。３歳から１０歳まで米国のカリフォルニア州サンフランシスコに滞在。一時帰国した後、中学、高校とカリフォルニア州のロサンゼルスで過ごす。帰国後、東京大学文科Ⅲ類に入学、文学部社会学科へ進学する。大学卒業後、住友商事に入社。海外のインフラプロジェクトを扱う部署に配属され、現在ベトナム市場を担当。同国の発電所建設プロジェクトに携わっている。</td>
		</tr>
	</tbody>
</table>
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