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   <title>RTN Project / アールティーエヌプロジェクト</title>
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   <updated>2010-03-09T04:15:48Z</updated>
   <subtitle>RTNプロジェクトは、帰国子女などの海外生活体験者のネットワークを構築し、それをweb2.0的な「プラットフォーム」化しようというプロジェクトです。帰国生を対象とした大学入試・受験ガイダンスや就活支援セミナーなどのイベント情報、海外生体験者のインタビューなどを掲載しています。</subtitle>
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   <title>更新情報3月9日</title>
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   <published>2010-03-09T04:04:34Z</published>
   <updated>2010-03-09T04:15:48Z</updated>
   
   <summary> 海外生活体験者・学生インタビューvol.71をアップしました。 http://www.rtnproject.com/2010/03/vol71.html ...</summary>
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      <name>RTNスタッフ</name>
      
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      <![CDATA[<p>
海外生活体験者・学生インタビューvol.71をアップしました。<br />
<a href="http://www.rtnproject.com/2010/03/vol71.html">http://www.rtnproject.com/2010/03/vol71.html</a>
</p>
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   <title>海外生活体験者・学生インタビューvol.71</title>
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   <published>2010-03-09T04:04:33Z</published>
   <updated>2010-03-09T09:49:58Z</updated>
   
   <summary><![CDATA[ 	 		 			&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp; 			 			 			 			 			&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp; 			 			藤原彩加さん。１９８８年生まれ。５歳から９歳までフランス・パリで過ごし...]]></summary>
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      <name>RTNスタッフ</name>
      
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         <category term="50)インタビュー" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
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      <![CDATA[<div class="sectionh2">
<table class="layout2">
	<tbody>
		<tr>
			<td>&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;<br />
			</td>
			<td>
			<img src="/50/img/interviewe_4_profile.jpg" alt="" width="113" height="150" />
			</td>
			<td>&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;<br />
			</td>
			<td>藤原彩加さん。１９８８年生まれ。５歳から９歳までフランス・パリで過ごし、帰国後、東京の小学校に通う。小学校６年からインドネシア・ジャカルタ。中学１年 の時に日本に一時帰国、中学２年でインドネシアに戻るが、その直後にカナダに渡り、オタワにある私立高校Elmwood High Schoolへ編入。卒業後、慶應義塾大学法学部政治学科に進学し、現在３年に在籍。RTNプロジェクト広報代表＆慶應義塾大学支部代表として活躍中。</td>
		</tr>
	</tbody>
</table>
</div>
<br />
<div class="h3_body">
<strong>「負け組あやか」とスポーツ</strong><br />
<br />
<strong>―いやぁ、それにしても小さい頃から色んな国に滞在してるよね。俺みたいな、エセ帰国生とは訳が違うっていうか（笑）　学校はずっとインターに通ってたの？</strong><br />
&nbsp;<br />
ううん、インターに通ったのは、２度目のインドネシア滞在のときだけなんだ。他は全部現地校に行ってたよ。５歳でフランスに行ったときは、ずっと現地校に通ってたのね。で、学校の授業は当然フランス語なわけだけど、それまでは日本で生まれ育ったから、フランス語の勉強なんて一切したことなくて（泣）　言葉が全く通じない中に突然放り込まれて、もう大変だったよ。「言葉通じない、遊びわかんない」。これが、いわゆる「負け組あやか」の始まりです（笑）<br />
<br />
<strong>―はは、小さい頃から苦労してますなぁ。その後、「負け組あやか」はその苦労を乗り越えられたの？</strong><br />
<br />
うん、乗り越えるしかなかったからね（笑）　ラッキーなことに、現地校で言葉が通じないことを不憫に思ったのか、両親が色々と習い事をさせてくれて。それが乗り越える糧になったのかも。テニスとか水泳とかやってたんだけど、そこで自分が恐ろしく運動神経が良いってことに気付いたの！（笑）<br />
<br />
言葉は通じないし、勉強もできないし、何しても駄目だったんだけど、スポーツなら勝てたんだよね。それで自信がついていったのかな。それと同時に学校の成績も上がっていきまして。フランス滞在最後の一年は、なんと学年トップの成績取ったりして、「神童」なんて言われてたんですよ、この私が！（笑）<br />
<br />
<strong>―そりゃ凄い！　がんばったんだねぇ。その後日本に帰ってきてからも、そんな調子でイケイケだった？</strong><br />
<br />
いやそれが、全然そんなことなかったんだ。フランス行ってる間に日本語をだいぶ忘れちゃって、またもや言葉の壁にぶつかったの。算数はバリバリできるけど、国語とか漢字とかがサッパリだったなぁ&hellip;&hellip;。そんな感じで、勉強面ではまたしても「負け組あやか」に舞戻っちゃった（笑）　で、そこでもスポーツできるっていうのが唯一の救いで、自分のアイデンティティになってたというか。その後も何度か転校を経験したんだけど、「勉強はイマイチだけどスポーツで取り返す」っていう構図はずっと変わらなかったかなぁ。<br />
<br />
<strong>人生最大の転機</strong><br />
<br />
<strong>―これまで一番のビックイベントというか、ターニングポイントになったような出来事って何かある？</strong><br />
<br />
あるんですよ～、大事件が（笑）　実は１６歳の時に、足の靭帯を断裂しちゃって、スポーツ全般が全くできなくなっちゃったの！　バスケの試合中に転倒して、スポーツできなくなっちゃったの。手術もしたんだけど、なんとその手術が失敗してしまい&hellip;&hellip;。<br />
<br />
<strong>―えっ、失敗？！　大丈夫だったの？</strong><br />
<br />
治らなかった上に、感染症にかかっちゃったんだ。膝の靭帯の手術で、感染症にかかる人なんて滅多にいないんだろうけど、運が悪かったよね。そこから私と感染症との半年間の闘いが始まったわけです。これはホントもう自分の中では大事件で、「どうしよう」って本気で悩んでさ。だって、それまでスポーツだけが取り柄だった自分が、「もうスポーツはできない」って宣言された上に、感染症が治るまで体にチューブ通して生活するんだもん。それまで色々と積み上げてきたものが、全部駄目になっちゃったって思ったよ。<br />
<br />
<strong>―ひぇ～大変ですな&hellip;&hellip;。そら誰でも落ち込むでしょ、アイデンティティ崩壊みたいなね。</strong><br />
<br />
うん。でも、辛かった闘病中に感じたのが、「生きてるだけでいいや」ってこと（笑）　大げさかも知れないけど、そのとき「あたし、死ななかっただけすっごく幸せじゃん」って思うことにした。<br />
それと同時に、ちょっと反省したところもあったんだ。それまでの自分を振り返ってみて、何かとスポーツを逃げ道にしてたなぁと思ってさ。「私、勉強はできないし、英語もネイティブじゃないけど、スポーツできるからいいや」っていうふうに、スポーツを言い訳にして、「本気の勉強」とか、「ネイティブになりきれてない」ってことから逃げてただけなのかなと。生きてるだけで幸せではあるけど、せっかく生きるからには、がんばらないと駄目だよなぁとつくづく思ったわけ。<br />
<br />
<strong>―なるほど。一度立ち止まって考える、良いきっかけになったわけだね。</strong><br />
<br />
<strong>「負け組あやか」から、「勝ち組あやか」へ</strong><br />
<br />
<strong>―闘病が終わって以降は、前の自分と比べて変われたと思う？</strong><br />
<br />
うん、変われたと思う！　あれ以降、学校のトップ目指して、本気で勉強するようになったんだ。スポーツっていう逃げ道がなくなっちゃったからさ。期間としては１年ちょっとくらいだったんだけど、あのときちゃんと勉強したから、帰国してからの大学受験もすんなり受かったんだと思う。だから逆にあれがなかったら、たぶん今の私はなかったのかなって。そう考えると、当時は本当に死にそうなくらい辛かったけど、いい意味でその後の糧にできたよね。まぁ、完全に立ち直るまでには３年くらいかかったけどさ（笑）<br />
<br />
<strong>―糧にできたのは凄いね、根性あるっていうか。俺ならすぐ諦めちゃいそう（笑）　大学でも精力的に活動してるみたいだけど、そのパワーもここから来てたり？</strong><br />
<br />
うん、そうだと思う。大学に入ってからは、 RTN Projectのスタッフ、東大の仮面浪人、ライターの仕事などなど、一度やるって決めたら全力で挑戦してきたんだ。で、何事に対しても甘えがなくなったって面がある。たとえばライターの仕事で言えば、内容によっては原稿がうまく書けないことって多いんだ。そういうときに、「別の内容ならうまく書けるからいいや～」って逃げるんじゃなくて、目の前の仕事に対して真剣に向き合う姿勢ができたというか。言い訳したり、投げ出したりしなくなったなぁって思う。<br />
<br />
<strong>―大学生活にも活きてるわけだね。ところでライターの仕事って、小さい頃いつもネックだった「言葉」を駆使する仕事だよね。そう考えると、なんか面白いね。</strong><br />
<br />
あっ、確かに！それは全く気付かなかったなぁ。私も少しは成長できたってことかしら。<br />
<br />
<strong>―うんうん。「負け組あやか」から、「勝ち組あやか」になれたんじゃない？</strong><br />
<br />
そういうことにしておきます（笑）<br />
<br />
<strong>― 短い時間だったけど、いっぱい話ができてよかったよ。今日はどうもありがとう。</strong><br />
<br />
こちらこそ、ありがとう！<br />
<br />
<strong>活動報告 「世界の学校から」vol.18　藤原彩加 ：</strong><br />
<a href="/2010/02/_vol18_1.html">http://www.rtnproject.com/2010/02/_vol18_1.html</a><br />
<br />
<strong>インタビューアから一言：</strong><br />
<br />
あやかちゃんとは予備校時代からの友人ですが、当時は特にそれ以上の接点があったわけでもなく、最近になってやっと急接近するに至りました（笑） それでもなかなか素性が知れない感じでしたが、今回のインタビューを通して、経歴等について根掘り葉掘り聞くことができたかなと思っています。彼女が醸し出す独特の雰囲気の通り、すごい人生歩んできてるなぁと思いました。僕も負けてられないですね。今年はお互い就活生です。切磋琢磨して、がんばっていきたいと思います！<br />
</div>
<table class="layout2">
	<tbody>
		<tr>
			<td>
			<img src="http://www.rtnproject.com/50/img/interviewee_s_105_profile.jpg" alt="" width="150" height="112" />
			</td>
			<td>荒木智博さん。１９８８年２月生まれ。東京の小・中学校を卒業後、高校１年の夏から３年間、韓国ソウルに滞在。Seoul Foreign High Schoolを卒業後に帰国し、０７年４月、慶應義塾大学法学部法律学科に入学。大学時代は、アマチュアバンドのギタリストとして、下北沢を拠点とした音楽活動に情熱を注ぐ。現在３年に在学し、心機一転、就職活動中である。</td>
		</tr>
	</tbody>
</table>
]]>
      <![CDATA[<table class="layout">
	<tbody>
		<tr>
			<td>&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;<br />
			</td>
			<td>
			<img src="/50/img/interviewe_4_profile.jpg" alt="" width="75" height="100" />
			</td>
			<td>&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;<br />
			</td>
			<td>藤原彩加さん。１９８８年生まれ。５歳から９歳までフランス・パリで過ごし、帰国後、東京の小学校に通う。小学校６年からインドネシア・ジャカルタ。中学１年 の時に日本に一時帰国、中学２年でインドネシアに戻るが、その直後にカナダに渡り、オタワにある私立高校Elmwood High Schoolへ編入。卒業後、慶應義塾大学法学部政治学科に進学し、現在３年に在籍。RTNプロジェクト広報代表＆慶應義塾大学支部代表として活躍中。</td>
		</tr>
	</tbody>
</table>
]]>
   </content>
</entry>
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   <title>更新情報3月6日</title>
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   <published>2010-03-05T18:31:35Z</published>
   <updated>2010-03-05T18:36:55Z</updated>
   
   <summary> 海外生活体験者・学生インタビューvol.70をアップしました。 http://www.rtnproject.com/2010/03/vol70.html ...</summary>
   <author>
      <name>RTNスタッフ</name>
      
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      <![CDATA[<p>
海外生活体験者・学生インタビューvol.70をアップしました。<br />
<a href="http://www.rtnproject.com/2010/03/vol70.html">http://www.rtnproject.com/2010/03/vol70.html</a>
</p>
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   <title>海外生活体験者・学生インタビューvol.70</title>
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   <published>2010-03-05T18:31:30Z</published>
   <updated>2010-03-06T02:14:17Z</updated>
   
   <summary> 	 		 			 			 			 			荒木智博さん。１９８８年２月生まれ。東京の小・中学校を卒業後、高校１年の夏から３年間、韓国ソウルに滞在。Seoul Foreign High Schoolを卒業後に帰国し、０７年４月、慶應義塾大学法...</summary>
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   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.rtnproject.com/">
      <![CDATA[<div class="sectionh2">
<table class="layout2">
	<tbody>
		<tr>
			<td>
			<img src="http://www.rtnproject.com/50/img/interviewee_s_105_profile.jpg" alt="" width="150" height="112" />
			</td>
			<td>荒木智博さん。１９８８年２月生まれ。東京の小・中学校を卒業後、高校１年の夏から３年間、韓国ソウルに滞在。Seoul Foreign High Schoolを卒業後に帰国し、０７年４月、慶應義塾大学法学部法律学科に入学。大学時代は、アマチュアバンドのギタリストとして、下北沢を拠点とした音楽活動に情熱を注ぐ。現在３年に在学し、心機一転、就職活動中である。</td>
		</tr>
	</tbody>
</table>
</div>
<br />
<div class="h3_body">
<strong>―今回は、ちょうどお互い就活生だし、他己分析を兼ねて？インタビューさせて頂きます（笑）　よろしくね！</strong><br />
<br />
なんか恥ずかしいね（笑）　こちらこそ、よろしくお願いします。<br />
<br />
<strong>ひととなりについて</strong><br />
<br />
<strong>―いきなり就活ネタだけど、トモと一緒にGDの練習してると、「口数は少ないけど、いざ口を開いたらすごく良いこと言う」って印象が強いんだよね。自分では、自分の第一印象についてどう思う？</strong><br />
<br />
場面によって変わるかなぁ。たぶん２種類あって、それぞれ両極端だと思う。一つは、「あんまり喋らない人」。目の前の状況を静かに見守りながら、黙って何か考えてる感じ？　もう一つは、パッパラパーで「イケイケどんどん」的なイメージ（笑）　初対面でもなりふり構わず、めちゃくちゃフレンドリーに接することも多いからさ。具体的な場面で言うと、初対面の女の子の前でカッコつける時は前者で、それ以外の時は後者みたいなね（笑）<br />
<br />
<strong>―あはは、そっかそっか。じゃあ、自分の性格で特徴的なところはどこだと思う？</strong><br />
<br />
うーん、良くも悪くも「空気を読んじゃう」ところだと思う。今言ったような部分がまさにそれで、要はすぐ周りに合わせちゃうんだよね。良く言えば「適応力」があるのかも知れないけど、裏を返せば「自分がない」っていう解釈もできるっていう。けどまぁ、周りからは、「トモは物腰が柔らかくて話しやすいよね～」なんて言ってもらえてるし、基本的にはポジティブな方向で捉えてるよ。<br />
<br />
<strong>―なるほど。他に、何か自慢できることとかってある？</strong><br />
<br />
ええと、結構タフなところとか？　体力がどうとかじゃなくて、メンタル面でね。やっぱり、今まで色んな失敗とか挫折を経験してきたから、その過程を経て精神的にタフになれたと思うんだ。怪我で大好きな野球ができなくなったり、学校での人間関係がこじれて仲間がいなくなったり、突然海外に放り出されて言葉通じなかったり、中学から高校にかけてはそりゃあもう大変でしたよ（笑）　まぁ、そんなこんなで人並みに苦労しつつ、曲がりなりにもそれを乗り越えてきたから、今じゃもう「何度倒れても立ち上がるぜ」みたいな感じだよね。七転び八起きです。<br />
<br />
<strong>―そうなんだ。じゃあ逆に、自分のダメな部分はどこ？</strong><br />
<br />
これはもう即答！（笑）　チキンなところ！　口じゃいつも偉そうなこと言ってるけど、案外心の中じゃビビってるっていうね（笑）　他にも就活との関係で言えば、面接ですぐアガっちゃうところとか？　夏のインターンの選考から始まって、面接はたくさん受けてきたけど、未だに結構緊張するんだわ。あやかは面接得意でしょ？（笑）　あとで緊張しなくなるコツ教えてよ。<br />
<br />
あと強いて言えば、何事も一人で背負っちゃいがちなところとかかな。バンドにしろアルバイトにしろ、「周りに任せてないで、できることは全部自分でやる」みたいなところがあって、気付いたら一人でオーバーロードしちゃってるみたいな。いやぁ、ダメなとこ探すと色々出てきますねぇ（笑）<br />
<br />
<strong>―あはは、確かに。でもまぁ、それだけ自分のことを理解できてる証拠なんじゃない？</strong><br />
<br />
そういうことにしておきますか（笑）　やっぱ、何事もポジティブに捉えなきゃね！<br />
<br />
<strong>音楽との出合い</strong><br />
<br />
<strong>―トモと言えば、音楽！　バンドマン！　って感じだよね。さっき、中高時代は散々苦労したって言ってたけど、その頃心の支えになってたのも、やっぱり音楽だったりするの？</strong><br />
<br />
うん、そうだと思う。ガキんちょの頃からピアノはずっと習ってたんだけど、本当に音楽にのめり込むキッカケになったのは、中２のときに買ったX-JAPANのアルバムなんだ。２００２年とかの話だから、その頃にはとっくにX-JAPANは解散してて、ギターのhideも死んじゃってたんだけど、なぜかそのときベストアルバムが発売されてさ。で、なんでそれを買おうと思い立ったんだか全く思い出せないんだけど、とにかく急いで近所のTSUTAYAにそのアルバムを買いに走ったわけ。それで、案の定それを聴いて体中に衝撃が走りまして（笑）　次の瞬間にはもうバイエルもグローブも投げ捨てて、玄関の鏡の前でエアギターを掻き鳴らしてたよね。んで気付いたら、それまで貯めに貯めてたお年玉で、hideモデルのギターを買ってた。<br />
<br />
<strong>―ロックに目覚めてしまったわけだね（笑）　バンドは、すぐに始めたの？</strong><br />
<br />
いや、すぐにはできなくてさ。結局、日本にいる間は仲間を集められなくて、高校で海外に行ったときに、友達の誘いもあって人生初のバンドを組んだんだ。「Tomo&rsquo;s mama&rsquo;s band」とかいう意味不明な名前のバンドだったんだけど、学校の音楽イベントに出場して、当時流行ってたJetとかJimmy Eat Worldとかコピーして演奏したのね。で、長いこと家で一人で練習してたもんだから、結構うまく弾けちゃったわけ。英語できない日本人だけど、ギターめっちゃうまいじゃん！　みたいな。おれの下の名前をもじって、&ldquo;Tomo is my Hero!!&rdquo;とか言われたりしてね、すごく嬉しかった（笑）　音楽っていう手段を通して、自分のアイデンティティを確立できたんだよね、たぶん。だから、帰国してからも絶対音楽やるって決めてたし、実際に大学時代に人集めてバンド作って、下北のライブハウスとかで活動するようになったんだ。<br />
<br />
<strong>―ついにヒーローになっちゃったか（笑）　大学でやってたバンドは、GOLDMINDだっけ？　結構有名だったりしたの？</strong><br />
<br />
いや、それが全然（笑）　でもまぁ、自主制作でCD作ったり、最終的に１００人近く集めてライブしたり、それなりの結果は残せたと思ってるけどね。話すと長くなっちゃうから今回はやめとくけど、大学時代はほとんどの時間をこのバンドに費やしてたかな。<br />
<br />
<strong>―そうなんだ！是非今度CDください。聴いてみたい！</strong><br />
<br />
はい、喜んで（笑）<br />
<br />
<strong>将来の夢</strong><br />
<br />
<strong>―そろそろ時間だけど、最後に将来について聞きたいと思います。将来の夢っていうか、ビジョンっていうか、何かそういうものって持ってる？</strong><br />
<br />
なんていうか、「良いものが良いと評価される社会」を創りたいなぁと思って。日本だけで１億人以上、世界中見渡せば７０億人近い人間がいるんだから、絶対どこかにすげぇ面白いこと考えてる人がいるはずなんだよね。でも、今はたぶんその大多数が埋もれちゃってるていうか、日の目を浴びてないと思うんだ。<br />
<br />
そう思うのは、自分が音楽やってる時に、実際そういう場面に何度も遭遇したから。めちゃくちゃカッコいいアマチュアバンドにいくつも出会ったけど、みんな全然上に上がっていけなかったんだよね。音楽の世界に限らず、そういう才能のある人・必死で努力してる人とか、画期的なアイデアとかを見つけ出して、一緒にそのアイデアを形にしていきたいなぁと思って。そしたら、今よりもっと面白い社会になっていくと思うんだよね。<br />
<br />
<strong>―なるほど、それはwebに近い発想かな？</strong><br />
<br />
うん、根本の部分ではかなり影響されてると思う。ただ違うのは、webの場合は、「仕組み」とか「プラットフォーム」を作るって部分に重点が置かれてると思うんだ。みんなが情報発信できる環境さえ作っちゃえば、ほっといても面白いモンできちゃうでしょみたいな。それでもまぁ良いんだけど、それよりも自分の足で面白い人とかアイデア発掘しに行って、同じ夢に向けてビジネスやる方が面白そうかなって。具体的なプランについては、今いくつか秘めてる案があるんだけど、まぁそれは今後実現してからのお楽しみってことで（笑）<br />
<br />
<strong>―そうなんだ、陰ながら応援してるね。それじゃあ、最後に何か一言お願いします。</strong><br />
<br />
うん、えっと、このインタビュー記事は、たぶん色んな人が読んでくれてるんだと思います。その中には、ぼくの知り合いもいるだろうし、そうじゃない人もいると思います。それぞれ感想は異なるだろうけど、何か少しでも感じるものがあれば、２２年間がんばって生きてきた甲斐があるなぁと思うし、とっても嬉しいです。はい、真面目に締めちゃいましたね（笑）　まぁなんにせよ、しょうもない内容でしたが、最後まで読んで頂きありがとうございました！　またどこかでお会いしましょう。<br />
<br />
<strong>―うまくまとめたね（笑）　それじゃあ、今日はどうもありがとう。</strong><br />
<br />
いえいえ、こちらこそありがとう。記事書くのがんばってね。<br />
<br />
<strong>インタビューアから一言</strong><br />
<br />
人当たりがよくて、かといって目立ちすぎるわけでもない。一歩下がったところから冷静に、それでいて存在感はバッチリ。それが、トモに対する私の印象です。同じ３年生なのに、そうとは思えないような雰囲気を醸し出しています。でも、今回のインタビューを通じて、彼の「タフさ」や「人間ができていること」の理由が、ちょっと分かったような気がします。これは将来ビッグになりそうな予感。みなさん、是非楽しんで！　そして、「荒木智博」という人間を堪能してください。そして最後に。。。ＣＤ楽しみにしてますので♪<br />
</div>
<table class="layout2">
	<tbody>
		<tr>
			<td>&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;<br />
			</td>
			<td>
			<img src="/50/img/interviewe_4_profile.jpg" alt="" width="113" height="150" />
			</td>
			<td>&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;<br />
			</td>
			<td>藤原彩加。１９８８年生まれ。５歳から９歳までフランス・パリで過ごし、帰国後、東京の小学校に通う。小学校６年からインドネシア・ジャカルタ。中学１年 の時に日本に一時帰国、中学２年でインドネシアに戻るが、その直後にカナダに渡り、オタワにある私立高校Elmwood High Schoolへ編入。卒業後、慶應義塾大学法学部政治学科に進学し、現在３年に在籍。RTNプロジェクト広報代表＆慶應義塾大学支部代表として活躍中。</td>
		</tr>
	</tbody>
</table>
]]>
      <![CDATA[<table class="layout">
	<tbody>
		<tr>
			<td>
			<img src="http://www.rtnproject.com/50/img/interviewee_s_105_profile.jpg" alt="interviewee_s_105_profile.jpg" width="100" height="75" />
			</td>
			<td>荒木智博さん。１９８８年２月生まれ。東京の小・中学校を卒業後、高校１年の夏から３年間、韓国ソウルに滞在。Seoul Foreign High Schoolを卒業後に帰国し、０７年４月、慶應義塾大学法学部法律学科に入学。大学時代は、アマチュアバンドのギタリストとして、下北沢を拠点とした音楽活動に情熱を注ぐ。現在３年に在学し、心機一転、就職活動中である。</td>
		</tr>
	</tbody>
</table>
]]>
   </content>
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   <title>就活塾2010概要</title>
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   <id>tag:www.rtnproject.com,2010://1.563</id>
   
   <published>2010-02-28T17:26:50Z</published>
   <updated>2010-03-02T13:46:24Z</updated>
   
   <summary> RTN Project 海外生活体験者向け就活塾は、以下の５本柱から構成されております。 １）就活支援セミナー ０９年度のものをご参照下さい。詳細が決まり次第発表いたします。 http://www.rtnproject.com/2009/...</summary>
   <author>
      <name>RTNスタッフ</name>
      
   </author>
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      <![CDATA[<div>
RTN Project 海外生活体験者向け就活塾は、以下の５本柱から構成されております。<br />
<br />
１）就活支援セミナー<br />
<br />
０９年度のものをご参照下さい。詳細が決まり次第発表いたします。<br />
<a href="/2009/09/2009_2.html">http://www.rtnproject.com/2009/09/2009_2.html</a><br />
<br />
また、０９度の就活支援セミナーの詳細については、以下を参照願います。<br />
<a href="/2009/09/rtn2009_2.html">http://www.rtnproject.com/2009/09/rtn2009_2.html</a>（第１回）<br />
<a href="/2009/10/rtn20092.html">http://www.rtnproject.com/2009/10/rtn20092.html</a>（第２回）<br />
<a href="/2009/11/rtn2009_3.html">http://www.rtnproject.com/2009/11/rtn2009_3.html</a>（第３回）<br />
<a href="/2009/11/rtn2009_4.html">http://www.rtnproject.com/2009/11/rtn2009_4.html</a>（第４回）<br />
<br />
２）夏のインターン・ガイダンス<br />
<br />
日時 ： ５月２３日（日）または３０日（日）<br />
場所 ： 国立オリンピック記念青少年センター<br />
<a href="http://nyc.niye.go.jp/">http://nyc.niye.go.jp/</a><br />
詳細が決まり次第発表いたします。<br />
<br />
０９度の概要は以下をご参照下さい。<br />
<a href="/2009/04/rtn2009.html">http://www.rtnproject.com/2009/04/rtn2009.html</a><br />
<br />
３）人材開発＆能力開発ゼミ（通称<a href="/65/6501/">すどう</a>ゼミ）<br />
<br />
人材開発＆能力開発を目的とした少人数制のゼミです。３月にゼミ生を募集し、月に１、２回、３時間程度のトレーニングを行っています。また、毎月、ミッションに基づいたタスク（宿題）があり、それをコンプリートすることで、知的生産性を向上させています。<br />
<br />
今年度の概要は以下をご参照下さい。<br />
<a href="/2010/03/2010.html">http://www.rtnproject.com/2010/03/2010.html</a><br />
<br />
４）海外生活体験者インタビュー<br />
<br />
もともと、ＨＰの海外生活体験者向けのコンテンツとして始めたものですが、能力開発のトレーニングとしても非常に役立つものです。<br />
<br />
インタビューには、先輩方の、海外生活体験者の、珠玉の言葉が散りばめられています。先輩方に学ぶために、同輩から学ぶために、そして、自分自身を振り返るために、ＯＢ・ＯＧ訪問の代わりに、是非インタビューを活用してください。<br />
<br />
また、インタビューは、それを行うのも、それを受けるのも、対人感性力やコミュニケーション力を高めるのに、非常によいトレーニングです。また、他者分析や自己分析のトレーニングにもなります。<br />
<br />
インタビューの手順を学ぶことにより、対人マナーや一般的な作業能力も高められますし、インタビュー内容をペーパーに落とす作業を通じて、文章作成能力も磨けます。原稿は、就活塾主宰すどうが編集＆校正致します。<br />
<br />
ＲＴＮプロジェクト　海外生活体験者インタビュー<br />
<a href="/50/">http://www.rtnproject.com/50/</a><br />
<br />
５）就活生向けコミュニティ<br />
<br />
ＨＰに組み込まれたＳＮＳ「ＲＴＮネットワーク」の中に、「就活生フォーラム」を設置しております。ＯＢ・ＯＧにも参加していただき、就活支援セミナーの講義レジュメを始め、ＥＳ実践例、面接対策等、就活に関係するコンテンツ満載です。現役の人事関係者やコンサルタントの方々から、実践的なアドバイスや生の情報をお届け致します。<br />
<br />
RTN Network<br />
<a href="http://www.rtn-net.com/">http://www.rtn-net.com/</a><br />
海外生活体験者向け「就活生フォーラム」<br />
<a href="http://www.rtn-net.com/?m=pc&amp;a=page_c_home&amp;target_c_commu_id=6">http://www.rtn-net.com/?m=pc&amp;a=page_c_home&amp;target_c_commu_id=6</a><br />
<br />
以上、みなさまの参加をお待ちしております。<br />
<br />
ＲＴＮプロジェクト　広報部
</div>
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   <title>能力開発＆人材開発ゼミ2010</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.rtnproject.com/2010/03/2010.html" />
   <id>tag:www.rtnproject.com,2010://1.562</id>
   
   <published>2010-02-28T17:14:19Z</published>
   <updated>2010-03-07T06:34:45Z</updated>
   
   <summary> RTNプロジェクトでは、今年も「能力開発ゼミ＆人材開発ゼミ」を開催いたします。 「夢のために自分を鍛え上げたい」 「なにか大きなことを成し遂げたい」 「自分を変えて新しい自分に出会いたい」 RTNプロジェクトは、そんなあなたを応援します！...</summary>
   <author>
      <name>RTNスタッフ</name>
      
   </author>
         <category term="2020)イベント" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
         <category term="ニュース・イベント" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.rtnproject.com/">
      <![CDATA[<div>
RTNプロジェクトでは、今年も「能力開発ゼミ＆人材開発ゼミ」を開催いたします。<br />
<br />
「夢のために自分を鍛え上げたい」<br />
「なにか大きなことを成し遂げたい」<br />
「自分を変えて新しい自分に出会いたい」<br />
<br />
RTNプロジェクトは、そんなあなたを応援します！<br />
<br />
第一回ゼミ＆説明会の日時が決定いたしましたので、ここにお知らせします。<br />
<br />
第２回ゼミ以降は、基本的に毎月最終日曜日、午後から夕方にかけて開催の予定です。<br />
<br />
説明会＆第１回ゼミ詳細<br />
<br />
日時 ： ３月２９日（月）　１３：００～１７：００（終了後懇談会の予定あり）<br />
場所 ： 国立オリンピック記念青少年センター<br />
http://nyc.niye.go.jp/<br />
費用 ： 初回のみ無料<br />
<br />
<strong>【申し込み方法】</strong>エントリーをご希望の方は、<u><a href="/rtnsemi_entry.html">エントリーフォーム</a></u>に、氏名・連絡先アドレス等をご記入の上、送信してください。<br />
<br />
個人情報の取り扱いについては、<u><a href="/2007/10/privacy.html">プライバシーポリシー</a></u>を遵守しております。<br />
<br />
RTNプロジェクト就活塾の概要は、<u><a href="/2010/03/2010_1.html">こちら</a></u>をご参照ください。<br />
<br />
<strong>参加者からの声</strong><br />
<br />
「悩めるすべての就活生に勧めたい。」<br />
「中でも、スケジューリングの講義はすごく参考になりました。（中略）それまで時間管理がうまく出来てなかったんですが、今では優先順位をつけて、効率よくタスクをこなしています。」<br />
「初めは自己ＰＲもロクにできませんでした。『結論を先に、結論を先に』と教えられるうちに、だんだん要領よく話せるようになった気がします。」<br />
「セミナーを通じて、数十名もの社会人OB/OGに会うことができました。それまで興味のなかった業界にも関心を持つようになりました。こんな機会を与えて下さってありがとうございました。」<br />
「『人間力』って初めに言われたときは『な、なんだ？』と思ったけど、参加してみて、『ビジネスをする上で必要な基礎力』だってことが分かりました。（中略）参加して本当に良かったと思っています。」<br />
「すどうゼミに入れば就活に対する姿勢だけではなく、人生に対する姿勢が180度変ります！」<br />
「このゼミに出会えてというか、すどうさんに出会えたことは、私の就職活動における財産です。ありがとうございました。」<br />
「このゼミで出会った仲間には、就活中何度も助けられました。みんな、ありがとう。」<br />
「正直、学んだことが多すぎて、何から話せばいいか分かりません。あえて一言で言うならば、『学生と社会人の違いについて、あらゆる角度から徹底的に叩き 込まれた一年間』でした。ロジカル・シンキングやスケジューリングといったビジネス・スキルの基礎に始まり、ビジネスマンとしての行動規範、信頼や信義の重要性、果ては就職活動の対策に至るまで、非常に魅力的なトピックが目白押しです。大量のインプット＆アウトプットを通じて、たった一年間で一回りも二回りも 成長できたと思います。大学のゼミでのんびり研究しているくらいなら、絶対にすどうゼミに挑戦することをおススメします！　甘ったれた学生が気合を入れるには、絶好の機会です。」<br />
<br />
<strong>RTNプロジェクト就活塾主宰からの挨拶</strong><br />
<br />
「どこに出しても恥ずかしくない学生を育てたい！」<br />
<br />
昨年度以上にパワーアップして、今年はバリバリ能力開発＆人材開発中心で行こうと思っております。イメージとしては、大学のゼミと企業の研修を足して二で割るイメージですね。就活に限らず、大学院入試、公務員試験、司法試験、その他、すべてに対応可能な、基礎的実践力を養成したいと思います。RTNプロジェクトのプラットフォームを最大限に利用した、実践的な取り組みもドンドン組み込んで行きます。ゼミ自体は月一程度ですが、体育会に入部するつもりで考えて下さい。それなりの覚悟をもって臨んでいただきたいと思います。<br />
<br />
RTNプロジェクト就活塾主宰　すどう<br />
<br />
<strong>RTNプロジェクト能力開発＆人材開発ゼミ2010（通称すどうゼミ）参加者募集</strong><br />
<br />
募集人数　：　２０名程度（すでに１０名程度の申し込みあり）<br />
<br />
募集期間　：　３月２８日（日）までエントリーを受け付け（予定数に達し次第終了）<br />
<br />
目的　：　汎用性の高い広範囲にわたる能力開発および人材開発<br />
<br />
対象　：　海外生活体験のある大学生＆大学院生<br />
基本的に就活を考えている大学生２、３年生、修士１年生を対象とする。<br />
ただし、熱意があれば、その他の学年の学生でも受け入れます。<br />
<br />
参加資格　：　少なくとも、大学のゼミ、試験と同程度の優先順位をもって臨めるひと<br />
<br />
期間　：　１０年４月から１２月まで、月１、２回の予定<br />
インターン・ガイダンス、就活支援セミナーも含め、トータルで１２回（＋&alpha;）<br />
（＋&alpha;に関しては、GD・GI・個人面接対策合宿等が計画されております）<br />
<br />
内容　：　総合的な「論理的思考力＋コミュニケーション力＝人間力」の開発<br />
<br />
以下は予定です。詳細はゼミで発表します。<br />
<br />
―スケジューリングの技法<br />
―メモ＆ノートの技法<br />
―コミュニケーションの技法<br />
―インタビューの技法<br />
―プレゼンテーションの技法<br />
―ディベートの技法<br />
―ロジカル・シンキング＆クリティカル・シンキングの技法<br />
―システム・シンキングの技法<br />
―拡散的思考＆収束的思考の技法<br />
―階層化の技法<br />
―問題解決の技法<br />
―プラクティカルな就活準備<br />
マナー講習　自己分析　面接対策　ES対策　小論文対策　適性試験対策　その他<br />
―各種リサーチ<br />
業界分析　企業分析　その他<br />
―その他<br />
<br />
実績　：　就活（内定）JPモルガン、モルガン・スタンレー、旧リーマン・ブラザース、バンク・オブ・スコットランド、デロイト・トーマツ・コンサルティング、野村證券、大和証券、三井住友UFJ、博報堂、伊藤忠商事、トヨタ自動車、パナソニック、石油資源開発、良品計画、日本テレビ、東京大学、東京海上日動、楽天、その他<br />
<br />
実績　：　コンテスト等　香港特別行政区政府駐東京経済貿易代表部主催、デイリー・ヨミウリ共催「第２回香港杯全日本大学生英語スピーチコンテスト2008」<br />
第１位～第３位まで入賞独占<br />
<a href="/2008/12/post_30.html">http://www.rtnproject.com/2008/12/post_30.html</a><br />
<br />
費用　：<br />
１）&nbsp;&nbsp; &nbsp;RTNプロジェクト・スタッフ　無料<br />
２）&nbsp;&nbsp; &nbsp;RTNメンバー　実費６０００円（会場代・コピー代）<br />
注：RTNメンバーにはどなたでもなれますが、原則全ての講義出席し、<br />
すべてのミッション＆タスクをこなすことを条件にします。<br />
以上、詳細等については、<u><a href="/inquiry.html">お問い合わせ</a></u>下さい。<br />
<br />
ＲＴＮプロジェクト広報部<br />
</div>
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   <title>更新情報2月26日</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.rtnproject.com/2010/02/226_1.html" />
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   <published>2010-02-26T12:51:01Z</published>
   <updated>2010-02-26T12:57:10Z</updated>
   
   <summary> 海外生活体験者・社会人インタビューvol.56〜前編〜をアップしました。 http://www.rtnproject.com/2010/02/vol56.html ...</summary>
   <author>
      <name>RTNスタッフ</name>
      
   </author>
         <category term="2010)ニュース" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
         <category term="ニュース・イベント" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.rtnproject.com/">
      <![CDATA[<p>
海外生活体験者・社会人インタビューvol.56〜前編〜をアップしました。<br />
<a href="http://www.rtnproject.com/2010/02/vol56.html">http://www.rtnproject.com/2010/02/vol56.html</a>
</p>
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   </content>
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   <title>海外生活体験者・社会人インタビューvol.56〜前編〜</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.rtnproject.com/2010/02/vol56.html" />
   <id>tag:www.rtnproject.com,2010://1.559</id>
   
   <published>2010-02-26T12:50:59Z</published>
   <updated>2010-02-26T12:56:43Z</updated>
   
   <summary> 	 		 			 			 			 			大川佑さん。１９８１年生まれ。小学２年生でスイス・チューリッヒに渡り、その後小学5年生から高校卒業まで、イギリス・ロンドン郊外のパブリック・スクールBedford Schoolに通う。帰国後は一橋大...</summary>
   <author>
      <name>RTNスタッフ</name>
      
   </author>
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         <category term="5000)社会人インタビュー" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.rtnproject.com/">
      <![CDATA[<div class="sectionh2">
<table class="layout2">
	<tbody>
		<tr>
			<td>
			<img src="http://www.rtnproject.com/50/img/report_29ookawa_4.jpg" alt="report_29ookawa_4.jpg" width="150" height="150" />
			</td>
			<td>大川佑さん。１９８１年生まれ。小学２年生でスイス・チューリッヒに渡り、その後小学5年生から高校卒業まで、イギリス・ロンドン郊外のパブリック・スクールBedford Schoolに通う。帰国後は一橋大学経済学部に入学。美術部やまちづくりなど、複数のサークル団体に所属した。卒業後は、電通およびサントリーの関連会社の広告代理店である株式会社アドギアに就職し、マーケティングやプロモーションの企画提案に3年半従事。その後、０９年１１月にワールドサッカーキングなど有名サッカー雑誌を多数出版している株式会社フロムワンに転職。現在はデジタルコンテンツ部に所属。</td>
		</tr>
	</tbody>
</table>
</div>
<br />
<div class="h3_body">
<strong>フィールド全部が芝生</strong><br />
<br />
<strong>―今日はよろしくお願いします！　まず、イギリスの生活についてお聞かせ下さい。</strong><br />
<br />
イギリスでは、２年間公立に通ってからパブリック・スクールに移り、そこに約７、８年通っていました。そこで驚いたことは、パブリック・スクールのグラウンドがとても広くて、その全部が芝生だったことです。日本では絶対に考えられない環境なので、衝撃的でした。そして、寮の生活は楽しかったですね。私が通っていたパブリック・スクールは、日本人が少ない学校だったので、日本人とつるまず、外人の友達と仲良くなりました。今でも当時の友達が日本に来て、年に２、３回ぐらい会っています。<br />
<br />
<strong>日本人のアイデンティティと差別</strong><br />
<br />
<strong>―イギリスに住んでいて、なにか壁にぶつかったことはありましたか？</strong><br />
<br />
勉強の面では特に壁を感じなかったのですが、日本人であるという「アイデンティティ」の問題については、壁にぶつかったかなと思います。まぁ、帰国子女なら誰でも経験することかもしれませんが、特に私が住んでいた地域は、第二次世界大戦中に、ヨーロッパ戦線より太平洋戦線に行った人たちが多い地域だったので、イギリス人から差別を受けました。他にも、タイの人に「お前たちが俺たちのじいちゃんを殺したんだ」と言われたことはショックでした。もちろん、ブラックジョークでもあるのですが。<br />
<br />
あと、現実的な問題にも壁を感じました。もともと、私は美術系志望で、イギリスのアートスクールで勉強がしたかったんです。でも、イギリスの大学に進むためには、市民権がないと金銭面でも困難だったので、やむを得ず日本の大学を選びました。ただ、日本に帰国してからも芸術に関わることをやってみたいと思ったので、大学では美術部に所属しました。<br />
<br />
<strong>大学時代　良かったこと＆悪かったこと</strong><br />
<br />
<strong>―大学生活はどうでしたか？</strong><br />
<br />
大学生活も楽しかったのですが、もっと色々やるべきことがあったかなと感じています。当時はなんだかだらっとした生活をしていたので、時間がもったいなかったと反省しています。ただ、環境には恵まれたと思います。一橋大学には、がつがつした人がいないし、良い雰囲気で、ゼミの先生とも色々な相談が今でも出来ています。一学年１０００人程度ですから、友達が非常に出来やすかったです。私は海外に１２、３年住んでいたため、日本の友達がほとんどいなかったので、大学内でそういう友達が出来て良かったなと思います。<br />
<br />
<strong>―大学生活の中で、一番良い経験となったことは何ですか？</strong><br />
<br />
学生時代に２回ほど大きなサッカー・イベントに関わることがありました。１回目は２００２年のW杯の際、東京に一つしかない有楽町のオフィシャルチケット窓口で、チケットを渡したり、外国人の通訳をしたり、苦情処理を行ったりました。２回目は２００４年のアジア杯のユース大会の際、U-17のカタール代表の英語通訳を２週間やりました。こうした経験は今に活きていると実感しています。<br />
<br />
<strong>―逆に、大学時代に後悔していることは何ですか？</strong><br />
<br />
あまり就職活動の準備ができなかったことです。当時は、仕事に関するリアリティがなかったし、自分で逃げていた部分があったので、明らかに準備不足でした。結局、入った会社は結果的には良かったかもしれませんが、当時の自分の中では必ずしもベストチョイスではなかったと思います。ベストチョイスに巡り合うために準備が必要だったと思います。<br />
<br />
もともと、私はスポーツとか美術・デザイン関連の仕事を希望していたのですが、就活の準備が遅くて、企業をリサーチする時間がありませんでした。例えば、博報堂はJリーグに深く関わっていると思いますが、彼らがそういう仕事をしていることに気づいたのは、博報堂のエントリーが終わった直後でした（苦笑）<br />
<br />
そもそも、自分には広告代理店なんて向いてないという先入観で、博報堂はスルーしていました。だから、やりたいことを仕事にするという意識をシャープにし過ぎたことと準備不足だったことは、今でも後悔しています。先入観で決めちゃうのはもったいないので、とりあえずインターンなどを受けてから、行きたい業界を絞るべきだったと思います。<br />
<br />
<strong>マーケティングという仕事</strong><br />
<br />
<strong>―アドギア社での仕事内容を教えてください。</strong><br />
<br />
マーケティングの仕事は、市場調査や広告効果測定などのリサーチから、クライアントの広告戦略を考え企画立案、プレゼンテーションすることまで幅広くやりました。商品の広告であれば、どういうテイストとか、どういう打ち出し方でやったら消費者にしっかり受け止められるかということを調査・分析して、それを実際コンセプトに落とし、企画にすることをやっていました。またプロモーションの仕事では、例えば、飲料についてくるおまけの企画を提案し、その効果を調査することが仕事でした。誰かに自分の考えを提案して認めてもらうことにも面白みがあるので、そういうマーケティングの仕事をやっていくうちに、この仕事が気に入りました。<br />
<br />
<strong>―アドギア社で得たものは何ですか？</strong><br />
<br />
マーケティングの知識が増えたことと、web関係の仕事を任せられたことの二つが大きかったです。アドギア社で得た経験は今でも役に立っています。<br />
<br />
<strong>―では、なぜ転職を決断されたのですか？</strong><br />
<br />
異動により移ったプロモーションの仕事が肌に合わなかったからです。正直入ったときから、いつか辞めようと思っていた部分もあったので、それがきっかけになりました（苦笑）　もともと、小さな会社なら色々任されるだろうと思い、入社したのですが、いずれそこでの経験を活かして、より自分にとって刺激的な環境で仕事をやってみたいと常々思っていました。特に、プロモーションは自分が面白いと思える仕事ではなく、この仕事、この職場でずっとやっていきたいのか悩んだ末、年齢的なタイミングも踏まえ、今しかないと転職を決めました。（後編に続く・・）<br />
</div>
<table class="layout2">
	<tbody>
		<tr>
			<td>
			<img src="http://www.rtnproject.com/50/img/interviewer_s_58_profile.jpg" alt="" width="150" height="113" />
			</td>
			<td>徳井洋平さん。１９８９年生まれ。三重県出身。小学１年から中学３年まで、アメリカのロサンゼルス、シカゴなど、様々な土地で暮らし、高校３年間はカナダのト ロントで生活し、Pine Ridge Secondary Schoolに通う。大学受験を機に帰国し、立教大学社会学部に入学。現在２年に在学中。大学では、朝から講義、午後は放送研究会のサークル活動のため、多忙を極める。趣味はサッカー観戦で、ＡＣミランのカカをこよなく愛す。</td>
		</tr>
	</tbody>
</table>
]]>
      <![CDATA[<table class="layout">
	<tbody>
		<tr>
			<td>
			<img src="http://www.rtnproject.com/50/img/report_29ookawa_4.jpg" alt="report_29ookawa_4.jpg" width="100" height="100" />
			</td>
			<td>大川佑さん。１９８１年生まれ。小学２年生でスイス・チューリッヒに渡り、その後小学5年生から高校卒業まで、イギリス・ロンドン郊外のパブリック・スクールBedford Schoolに通う。帰国後は一橋大学経済学部に入学。美術部やまちづくりなど、複数のサークル団体に所属した。卒業後は、電通およびサントリーの関連会社の広告代理店である株式会社アドギアに就職し、マーケティングやプロモーションの企画提案に3年半従事。その後、０９年１１月にワールドサッカーキングなど有名サッカー雑誌を多数出版している株式会社フロムワンに転職。現在はデジタルコンテンツ部に所属。</td>
		</tr>
	</tbody>
</table>
]]>
   </content>
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   <title>更新情報2月21日</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.rtnproject.com/2010/02/221.html" />
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   <published>2010-02-21T11:13:25Z</published>
   <updated>2010-02-21T11:47:38Z</updated>
   
   <summary> 活動報告 「世界の学校から」vol.18をアップしました。 http://www.rtnproject.com/2010/02/_vol18_1.html ...</summary>
   <author>
      <name>RTNスタッフ</name>
      
   </author>
         <category term="2010)ニュース" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
         <category term="ニュース・イベント" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.rtnproject.com/">
      <![CDATA[<p>
活動報告 「世界の学校から」vol.18をアップしました。<br />
<a href="/2010/02/_vol18_1.html">http://www.rtnproject.com/2010/02/_vol18_1.html</a>
</p>
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   </content>
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   <title>活動報告 「世界の学校から」vol.18　藤原彩加</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.rtnproject.com/2010/02/_vol18_1.html" />
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   <published>2010-02-21T11:13:24Z</published>
   <updated>2010-02-21T11:45:03Z</updated>
   
   <summary>Elmwood High Schoolは、「社会のリーダーになる女性を輩出すること」をモットーするガールズスクールで、カナダにおいて最も入学が難しいと言われる私立高校の一つです。逸話によると、子供が生まれたときにWaiting Listに申...</summary>
   <author>
      <name>RTNスタッフ</name>
      
   </author>
         <category term="5002)活動報告" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
         <category term="60)活動報告" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
         <category term="6001)海外生活体験者ブログ" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.rtnproject.com/">
      <![CDATA[Elmwood High Schoolは、「社会のリーダーになる女性を輩出すること」をモットーするガールズスクールで、カナダにおいて最も入学が難しいと言われる私立高校の一つです。逸話によると、子供が生まれたときにWaiting Listに申し込んでも、小学校に進学する６歳までに順番が回ってこないこともままあるとか。今回は、慶応義塾大学法学部政治学科３年の藤原彩加さんに、Elmwood High Schoolをご紹介いただきます。

<table class="layout2">
	<tbody>
		<tr>
			<td>&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;<br />
			</td>
			<td>
			<img src="/50/img/interviewe_4_profile.jpg" alt="" width="113" height="150" />
			</td>
			<td>&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;<br />
			</td>
			<td>藤原彩加。１９８８年生まれ。５歳から９歳までフランス・パリで過ごし、帰国後、東京の小学校に通う。小学校６年からインドネシア・ジャカルタ。中学１年の時に日本に一時帰国、中学２年でインドネシアに戻るが、その直後にカナダに渡り、オタワにある私立高校へ編入。卒業後、慶應義塾大学法学部政治学科に進学し、現在３年に在籍。RTNプロジェクト広報代表＆慶應義塾大学支部代表として活躍。</td>
		</tr>
	</tbody>
</table>
<h3>活動報告</h3>
<div class="h3_body">
<strong>Elmwood High Schoolはこんな高校です！</strong><br />
<br />
Elmwood High Schoolは、カナダにおいて最も入学が難しいと言われる私立高校の一つです。逸話によると、子供が生まれたときにWaiting Listに申し込んでも、小学校に進学する６歳までに順番が回ってこないこともままあるとか。<br />
<br />
ESL(English as Second Language)プログラムがないため、基本的にノンネイティブの生徒は積極的に受け入れられていないようです。ESLでも受け入れが可能なのは、世界の姉妹校からの留学生と大統領・首相・外務省の子弟など。<br />
<br />
Elmwoodはガールズスクールなのですが、「社会のリーダーになる女性を輩出すること」をモットーに行われる最先端の教育は、高い社会的な評価を得ています。９学年－１２学年の高校４年間、生徒は教育の一環としてPCを一台ずつ配布され、授業はすべてそのPCとSMARTboardのタッチパネルを使って行われます。<br />
<br />
<table>
	<tbody>
		<tr>
			<td>
			<img src="http://www.rtnproject.com/50/img/report_s18fujiwara2.jpg" alt="" width="150" height="112" />
			</td>
			<td>また、北米で初めて３段階レベル別のIBプログラムを取り入れた学校であること、大学進学率が100％であること、クラスが少人数制であることも、社会で
			の高い評価に関係しているようです。統計によると、大学進学率100％のうち、98％の学生が自分の希望の大学に入ります。先生対生徒の割合は1:7で、
			クラスはどれも２人から２０人です。</td>
		</tr>
	</tbody>
</table>
<br />
<strong>「リーダーになる女性を輩出する」教育方針</strong><br />
<br />
<table>
	<tbody>
		<tr>
			<td>Elmwoodは「社会のリーダーになる女性を輩出する」という明確な教育方針および目的を持っています。これは裏を返せば、現状では女子があまり学校で
			活躍できていないということを示唆するものです。やはりカナダとはいえ、一般的に男女共学ではまだMale-dominantなところも多く、生徒会など
			の面でも、授業参加度の面でも、女子に遠慮が見られることも多いと言います。こうして育った女性が、果たして社会でリーダーとして活躍できるのか。それ
			が、Elmwoodが女子高であり続ける理由のひとつです。</td>
			<td>
			<img src="http://www.rtnproject.com/50/img/report_s18fujiwara3.jpg" alt="" width="150" height="113" />
			</td>
		</tr>
	</tbody>
</table>
<br />
Elmwoodは女子高なので、そうした点では他の高校とは全く違います。授業でもディベートでも生徒会でも、女子同士、みんなが遠慮なく競い合い、助け合い、高めあう。そのせいか、アグレッシブな女の子が多いようで、一度学校の授業を見に来た友達などは、「この学校の女の子は、みんなすごく元気がいいよね」と驚いていました（笑）<br />
<br />
<table>
	<tbody>
		<tr>
			<td>
			<img src="http://www.rtnproject.com/50/img/report_s18fujiwara5.jpg" alt="" width="150" height="150" />
			</td>
			<td>「でも、現実社会は男性と女性が混じっているんだから、共学のほうがいいのでは？」など、女子校に関しては賛否両論あります。でも私は、人間として基本的
			な芯が形成され始めるティーンネイジャーの時期に、「男性に引けをとらない」いわゆる「男勝りな」メンタリティを身につけられたというだけでも、
			Elmwoodを卒業した意味があったと思っています。現実社会への適応や男性との関わり方など、懸念されるようなことは殆どすべて、あとで学ぶことが出
			来るものですが、こうしたメンタリティはなかなか身につかないものだと考えるからです。</td>
		</tr>
	</tbody>
</table>
<br />
<strong>ESLがないからこそ、英語を学ぶのにうってつけの場所</strong><br />
<br />
ESLクラスに関しては、そういった制度自体がないだけでなく、そもそもESL生徒自体がほぼ皆無です。ESL生徒にとっては、まさに「逃げ場がない」状態です。だからこそ、英語を学ぶにはうってつけの場所だと思います。実際、私がそうでした。<br />
<br />
１３歳のとき、殆ど何も話せない状態でカナダに移り住んだ私は、挨拶すらもちゃんと出て来ないような状態でした。うんざりして「あー、誰か他にも私みたいな人はいないかしら」と思っても、そんな人はいないわけで、逃げ場がないわけです。だから、自然とベクトルが目の前のカナダ人に向き、「英語を勉強しなきゃ、早く追いつかなきゃ」と前向きに考えることができました。<br />
<br />
ElmwoodにはESL制度がありませんが、だからと言ってESL生徒にとって学びにくい環境かというと、そんなことは全くないです。むしろ他の生徒が優秀なので、私のように英語が出来ない者は、学校の先生がマンツーマンの特別授業をしてくれるなど、かなり手厚いExtra careをしてもらえました。そのおかげで、１年目から取っていたレギュラーの単位も、ひとつも落とさずに済みました。本当にElmwoodの先生方には感謝の気持ちがいっぱいです。<br />
<br />
<strong>IBについて</strong><br />
<br />
Elmwood High Schoolが近年取り入れた、Ontario州のThree levels of the IB Programmeですが、私の知る限り、USのIBともUKのIBとも異なります。そして、まだ日本ではあまり知られていません。そのため、現段階では、大学の受験選考の際に不利に働く可能性があると私は考えています。<br />
<br />
High level IBを取った暁には、週末の睡眠時間も削られるほど大変なのに、スコアはIBスタンダードで測られるのでやや低めになることも多く、私のときは踏んだりけったりのシステムでした。Art IB High Levelくらいなら趣味の延長で取ってもいいかも知れませんが、大学受験で、必ずしも大学側がこの特殊なスコアシステムを理解しているとは限りません。Full IBはやりがいがあるのは確かですが、受験を考えるならとらないほうが無難だと私は思います。<br />
<br />
<strong>ハウスについて</strong><br />
<br />
<table>
	<tbody>
		<tr>
			<td>小説「ハリーポッター」で、Slytherinとか、Griffindoreとか、名前のついたハウスがありますよね。Elmwoodにもそれがありま
			す。入学時に決められたハウスは、卒業するまで変えることができません。ハウスカラーがそれぞれ決まっていて、赤のFry, 
			紺のNightingale, 水色のKeller, 
			それと黄色のWilson。私服登校が可能な日には、必ずハウスカラーで登校するという決まりがありました。同じハウス同士だと会う機会も多いので、自然
			と勉強面で助けあったり、仲良くなったりします。</td>
			<td>
			<img src="http://www.rtnproject.com/50/img/report_s18fujiwara1.jpg" alt="" width="150" height="113" />
			</td>
		</tr>
	</tbody>
</table>
<br />
私たちより下の代のElmwood生はハウスへの帰属意識が強かったようですが、私達の代はハウスに対する帰属意識があまりなく、それこそFryの子が黄色い服で登校したりすることがままありました。別に私たちはそれで大丈夫だったのですが、「あいつはFryなのに！」という他学年の視線が痛かった（笑）　人種も言語も均一なので、ハウスカラーが人を区別する基準になっていたような気がします。<br />
<br />
<strong>Elmwoodからの帰国受験生へのメッセージ</strong><br />
<br />
そんなニッチな方が、果たして私の他にこれから現れるのかどうか疑問ですが、私の思うところを書きます。<br />
<br />
<table>
	<tbody>
		<tr>
			<td>ガールズスクールだからこそ学べること、ＥＳＬがないからこそ出来ること。それがElmwoodにはあります。私はElmwoodを卒業して心から良かっ
			たと思うのは、「女性として社会のリーダーになる」というメンタリティを養えたことと、すばらしい環境で英語が学べたということです。この学校、合う人に
			はぴたっと合います。</td>
			<td>
			<img src="http://www.rtnproject.com/50/img/report_s18fujiwara4.jpg" alt="" width="150" height="112" />
			</td>
		</tr>
	</tbody>
</table>
<br />
合う、合わないというのはもちろんありますし、オタワにはGlebeなどの充実した公立校も沢山ありますが、私は女の子にはぜひElmwoodをお勧めします。ここで得られるものはそれほど大きいものだと思います。<br />
<br />
<strong>Elmwood High School ：</strong><br />
<a href="http://www.elmwood.ca/">http://www.elmwood.ca/</a><br />
<br />
</div>
]]>
      <![CDATA[<div class="sectionh2">
<table class="layout">
	<tbody>
		<tr>
			<td>
			<img src="http://www.rtnproject.com/50/img/report_s18fujiwara1.jpg" alt="" width="100" height="75" />
			</td>
			<td>Elmwood High Schoolは、「社会のリーダーになる女性を輩出すること」をモットーするガールズスクールで、カナダにおいて最も入学が難しいと言われる私立高校の一つです。逸話によると、子供が生まれたときにWaiting Listに申し込んでも、小学校に進学する６歳までに順番が回ってこないこともままあるとか。今回は、慶応義塾大学法学部政治学科３年の藤原彩加さんに、Elmwood High Schoolをご紹介いただきます。</td>
		</tr>
	</tbody>
</table>
</div>
]]>
   </content>
</entry>
<entry>
   <title>更新情報2月16日</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.rtnproject.com/2010/02/216.html" />
   <id>tag:www.rtnproject.com,2010://1.556</id>
   
   <published>2010-02-15T15:10:56Z</published>
   <updated>2010-02-15T15:31:26Z</updated>
   
   <summary> 海外生活体験者・学生インタビューvol.69をアップしました。 http://www.rtnproject.com/2010/02/vol69.html ...</summary>
   <author>
      <name>RTNスタッフ</name>
      
   </author>
         <category term="2010)ニュース" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
         <category term="ニュース・イベント" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.rtnproject.com/">
      <![CDATA[<p>
海外生活体験者・学生インタビューvol.69をアップしました。<br />
<a href="http://www.rtnproject.com/2010/02/vol69.html">http://www.rtnproject.com/2010/02/vol69.html</a>
</p>
]]>
      
   </content>
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   <title>海外生活体験者・学生インタビューvol.69</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.rtnproject.com/2010/02/vol69.html" />
   <id>tag:www.rtnproject.com,2010://1.555</id>
   
   <published>2010-02-15T15:10:55Z</published>
   <updated>2010-02-15T15:30:36Z</updated>
   
   <summary> 	 		 			 			 			 			青山愛さん。１９８８年広島生まれ。生後七ヵ月でニューヨークへ渡り、小学２年までの７年間を過ごす。その後、一度日本へ帰国。１２歳のとき再び渡米。テキサス州に中学・高校の５年間滞在、Shepton Hi...</summary>
   <author>
      <name>RTNスタッフ</name>
      
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         <category term="50)インタビュー" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
         <category term="5001)学生インタビュー" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.rtnproject.com/">
      <![CDATA[<div class="sectionh2">
<table class="layout2">
	<tbody>
		<tr>
			<td>
			<img src="http://www.rtnproject.com/50/img/interviewee_s_145_profile.jpg" alt="interviewee_s_145_profile.jpg" width="150" height="113" />
			</td>
			<td>青山愛さん。１９８８年広島生まれ。生後七ヵ月でニューヨークへ渡り、小学２年までの７年間を過ごす。その後、一度日本へ帰国。１２歳のとき再び渡米。テキサス州に中学・高校の５年間滞在、Shepton High School (9th, 10th)、Plano West Senior High School (11th)へ通う。高校２年のとき日本への帰国が決まり、国際基督教大学付属高等学校に編入。卒業後、京都大学経済学部に進学し、２回生のときにUniversity of Pennsylvaniaへ１年間留学し、現在３回（３年）に在学中。</td>
		</tr>
	</tbody>
</table>
</div>
<br />
<div class="h3_body">
<strong>―まず、青山さんが、滞在していた国を教えてください。</strong><br />
<br />
７歳までアメリカのニューヨークで暮らし、それから日本に一度帰国しました。その後中学校と高校の５年間は再びアメリカのテキサスに行きました。大学までは合計１２年ですね。それから、大学の２年生後期から３年生前期終了まで、アメリカのペンシルバニア大学に１年間留学していました。<br />
<br />
<strong>―ＮＹで印象に残っていることを教えてください。</strong><br />
<br />
生まれて７ヵ月で、アメリカのＮＹに行きました。小さい頃のことなので、あまり覚えていないのですが、ＮＹのウェスト・チェスターという自然が豊かなところで、マンハッタンとは正反対でした。木々の葉っぱを茹でて遊んたり、冬はソリで滑って遊んだり、典型的なアメリカの生活を楽しんでいました。それから、ＮＹで家族や友達と過ごしたクリスマスが本当に楽しくて、今でもクリスマスの時期になると思い出します。ＮＹに関しては、小さいときのことなので、本当に楽しかった！！ということくらいしか、あまり覚えていることはないですね（笑）<br />
<br />
それから、語学に関して言えば、英語と日本語を同時に学んでいたから、今考えてみると両方とも中途半端だったのかも知れません。家では日本語、幼稚園などでは英語という感じでした。<br />
<br />
<strong>―テキサスでのことを教えてください。</strong><br />
<br />
テキサスはＮＹとは違い、割と辛いことが多かったと思います。ＮＹでは、現地の人々と同じように扱われていたけれど、テキサスでは、人種差別を受けることが多かったですね。テキサスは白人社会だったので、日本人やアジア人は非常に少なかったです。<br />
<br />
中学生くらいになると、現地の人々はすでに仲の良い人たちとグループを作っていて、初めの頃はグループに入って行きづらかったし、日本人というだけで、一緒にお昼を食べることを頑なに拒まれたりしました。入学当初は、誰もお昼を食べる友達がいなかったので、トイレで弁当を泣きながら食べていたんですよ。最初の頃は、ずっと、日本に帰りたいと思っていました。<br />
<br />
それから、最初は英語がとても苦しかったです。宿題をやるのも、辞書を片手に頑張っていました。２年くらいすると、昔の英語力を取り戻して、後は大丈夫でした。<br />
<br />
それらの経験は、非常にためになったと思います。そのおかげで強くなりましたし、困難を乗り越えることによって、異文化への接し方や絶対に諦めない姿勢など、多くのことを学びました。<br />
<br />
<strong>―テキサスでは、何か部活動などをされていましたか？</strong><br />
<br />
高校ではカラーガードという、バトン部みたいなものに所属していました。カラーガードというのは、手具を操るダンスチームみたいなもので、チームでシンクロして、ダンスを行います。木で出来たライフルや背丈くらいの旗を持ち、音楽に合わせて踊ります。チア・リーディングに似ていますね。高校時代はそれが一番の思い出で、秋などは毎朝６時半に練習に、暗く寒い中、学校に行っていました。<br />
<br />
<strong>―どうしてカラーガードに入ろうと思ったんですか？</strong><br />
<br />
理由は特にないのですが、高校のときの恩師に当時勧められて、オーディションを受けました。Junior High schoolのときにはキャプテンも務め、練習で本当に大変だったのですが、毎日が非常に充実していました。青春！　って感じでしたね（笑）<br />
<br />
カラーガードに入ってから、私の高校生活もガラリと変わっていきました。同じ目標に向かってみなが努力する環境にいると、人種などは関係なくなり、私を「日本人」ではなく一人の友達として見てくれる、かけがえのない友達が大勢できました。人種の壁は絶対に乗り越えられるものだと確信しました。何よりも、私は異文化を受け入れ、理解しようとする人間になったと思います。<br />
<br />
放課後は車でドライブしたりして、毎日遊んで本当に楽しかったです。仲の良い友達の母は、第二の母のように思っています。ペンシルバニア大学に留学していたときには、冬休みはテキサスの友達の家に宿泊させてもらい、旧交を温めました。<br />
<br />
この話を就職活動の面接などで話すと、困難を乗り越えた自分がすごいみたいな話になってしまうのですが、実際に一番すごいのは、周りが白人至上主義なのに、日本人である私と仲良くなってくれた私の友達だと思います。人種は関係ないという人たちと知り合えたからこそ、今そうやって、話をすることが出来るようになったと思っています。<br />
<br />
<strong>―テキサスの後はそのまま京都大学ですか？</strong><br />
<br />
とにかくICUは本ッッッ当に楽しかったです！！（笑）　１年半しか通っていませんが、それ以上の密度があったと思います。非常に仲の良い友達もでき、毎年２回は必ず海外旅行に一緒に行きます。<br />
<br />
高校３年の時に帰国したので、ICUで高校最後の年を過ごしました。帰国したばかりの私にとっては、トランジションとしてはとても良かったと思います。生徒の３分の２が、帰国生でした。ですから、廊下で英語が普通に飛び交っていますし、雰囲気も非常に自由でのびのびとしていました。体育祭や学祭なども、私にとっては非常に新鮮でした。<br />
<br />
また、皆が皆帰国生だったので、自分の強みを考えるきっかけにもなりました。英語が出来るのは当たり前で、それ以外に何が自分に出来るのかということをいつも考えていました。<br />
<br />
<strong>―その後は京都大学ですね？　京都大学は、今までと比べて、周りの人々にどのような印象を受けましたか？</strong><br />
<br />
京大に初めて来たときは、カルチャー・ショックでした。京都大学は帰国生が少ないのもありますが、自分と違う人が非常に多かったです。そして、何と言っても皆賢い。受験勉強を勝ち抜き、高校などのすごく厳しい規制を受けてきたので、みな非常にしっかりしています。今までとは全く違うタイプの友達が増えました。<br />
<br />
また、先ほどのICUのときにも考えましたが、帰国生が少ないからこそ、自分の帰国生としての強みを考えました。色々と足りないものもありますが、自分の強みはあると思いました。例えば、国際感覚であったり、ディスカッション能力だったりですね。ゼミなどでは英語を話しただけで褒められてしまいます（笑）　慶應やICUと違って、京大は非常に帰国生が少ないですから。<br />
<br />
<strong>―学年たったの１６人は、少ないですよね。</strong><br />
<br />
大学はそもそも女の子が少ないし、サークルも部活も打ち込めるものを見つけられなかったので、１回の後期にペンシルバニア大学に留学することを決めました。２回生になってからは、ゼミが始まり、非常に厳しいゼミだったので、やりがいが出てきたのですが、もうすでに手続きなどを済ませていたので、２回の後期からアメリカに留学に行きました。<br />
<br />
<strong>―ペンシルバニア大学はivyリーグで、アメリカ屈指の名門大学ですが、授業などはどうでしたか？</strong><br />
<br />
ペン大には交換留学生として行きました。本当に勉強が大変で、毎晩２時くらいまで図書館で勉強ですが、休日には思いっきり遊んで、非常にメリハリのある生活をしていました。日本に帰ってきてからは、授業の差に愕然としました（苦笑）<br />
<br />
聴講が主な日本とは違い、discussionを中心に進行していき、授業では発言が求められます。ついていくのがやっとで、本当に大変でした。discussionに関して、面白かったのは、自分自身と自分の意見の分離がしっかりしているということです。意見を批判されても、自己を否定されたわけではないということを、みんなしっかりと理解していました。それから、学生のモチベーションが、日本とは全く違いましたね。<br />
<br />
ウォートン・ビジネス・スクールの講義も取っていました。MBAを習得しに来ている、アメリカで一番賢いような人たちがいるので、非常にレベルが高かったのですが、それでも一人の学生として、教授も学部生も接していました。印象に残っているのは、googleから２００ドル貰って、地方で収入を上げるビジネスを考える授業ですね。実践的な授業が多かったです。他学部の科目も履修出来たので、nursingや美についての科目も履修したりしました。それから、大学に募集があったので、モンゴルにボランティアにも行きました。<br />
<br />
<strong>―モンゴルでボランティアですか！？</strong><br />
<br />
モンゴルは、business schoolのボランティアで行きました。ボランティアといっても、コンサルティングを行うもので、ウランバートルで孤児院を運営するNGOのマーケティング戦略などを考えました。<br />
<br />
生活面では、サバイバルでした（笑）　「ゲル」というモンゴルの伝統的な移動式住居で１ヵ月ほど暮らしていたのですが、夜が寒く、火をつけていないと眠ることが出来ませんでした。しかも、火を起こせるのは私だけでしたし（苦笑）　町は治安が悪かったり、砂漠にはほとんど人がいなかったりと、すごい異文化体験をしたと思います。<br />
<br />
ただ、モンゴルのボランティアでも、アメリカでの留学生活でも、一貫して言えるのは、外から自国、世界を見ることで、相対的、多元的に考える視点を養うことができるということです。さらに、異文化に触れるからこそ、自国の文化を改めて見直し、自分が持つ偏見や先入観を自覚することができるのではないかと思います。世界を知らずして自国を知ることも、自分を知ることもできないのです。世界を知り、また自分を知ること、そこに国際交流に臨む意味があるのだと思います。<br />
<br />
<strong>―最後に一言お願いします！</strong><br />
<br />
一つか二つ、心から打ち込めるものや変った経験を大学生活で見つけるべきだと思います。重要なことは、経験などと通じて、自分が何を考え、どのように成長したのかということです。心から経験を楽しまないと、成長は出来ないと思います。色々なことを大学生活においてやっておいた方が良いと思います！<br />
<br />
<strong>Shepton High School ：</strong><br />
<a href="http://k-12.pisd.edu/schools/Shepton/Home.htm">http://k-12.pisd.edu/schools/Shepton/Home.htm</a><br />
<strong>Plano West Senior High School ：</strong><br />
<a href="http://k-12.pisd.edu/Schools/pwsh/index.html">http://k-12.pisd.edu/Schools/pwsh/index.html</a><br />
<br />
<strong>インタビューアから一言</strong><br />
<br />
インタビューをしていて、青山さんは行動的で、明るい人だなと思いました。インタビュー中にも、友達という言葉がよく出てきますが、友達の多さは明るい人柄が理由だと思いました。また、色々な出来事を本当に楽しんでいるように、話を聴いていて思いました。青山さん自身が、そうやって成長したからこそ、最後の後輩へのアドバイスがあるのだと思います。僕も、何かを経験する際には、心から楽しむことを忘れないようにします！
</div>
<table class="layout2">
	<tbody>
		<tr>
			<td>
			<img src="http://www.rtnproject.com/50/img/interviewer_s_57_profile.jpg" alt="interviewer_s_57_profile.jpg" width="150" height="113" />
			</td>
			<td>山下博之。１９８８年神奈川県生まれ。小学校６年生の時に渡米し、カルフォルニアに在住。以後、日本人学校に１０年生まで通い、その後、West High Schoolに転入し、卒業まで在籍。帰国し、京都大学へ入学。現在、経済学部２回生。</td>
		</tr>
	</tbody>
</table>
]]>
      <![CDATA[<table class="layout">
	<tbody>
		<tr>
			<td>
			<img src="http://www.rtnproject.com/50/img/interviewee_s_145_profile.jpg" alt="interviewee_s_143_profile.jpg" width="100" height="75" />
			</td>
			<td>青山愛さん。１９８８年広島生まれ。生後七ヵ月でニューヨークへ渡り、小学２年までの７年間を過ごす。その後、一度日本へ帰国。１２歳のとき再び渡米。テキサス州に中学・高校の５年間滞在、Shepton High School (9th, 10th)、Plano West Senior High School (11th)へ通う。高校２年のとき日本への帰国が決まり、国際基督教大学付属高等学校に編入。卒業後、京都大学経済学部に進学し、２回生のときにUniversity of Pennsylvaniaへ１年間留学し、現在３回（３年）に在学中。</td>
		</tr>
	</tbody>
</table>
]]>
   </content>
</entry>
<entry>
   <title>海外生活体験者・社会人インタビューvol.55〜後編〜</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.rtnproject.com/2010/02/vol55_3.html" />
   <id>tag:www.rtnproject.com,2010://1.552</id>
   
   <published>2010-02-12T16:51:58Z</published>
   <updated>2010-02-12T16:53:01Z</updated>
   
   <summary> 	 		 			 			 			 			須藤展啓さん。１９８１年生まれ。北海道小樽市出身。０４年、北星学園大学文学部英文学科を卒業後、民間の語学学校IAYインターナショナルアカデミーに入学。その後、０６年に青年海外協力隊に合格し、２ヵ月間...</summary>
   <author>
      <name>RTNスタッフ</name>
      
   </author>
         <category term="50)インタビュー" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
         <category term="5000)社会人インタビュー" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.rtnproject.com/">
      <![CDATA[<div class="sectionh2">
<table class="layout2">
	<tbody>
		<tr>
			<td>
			<img src="http://www.rtnproject.com/50/img/interviewee_s_144_profile.jpg" alt="interviewee_s_144_profile.jpg" width="150" height="113" />
			</td>
			<td>須藤展啓さん。１９８１年生まれ。北海道小樽市出身。０４年、北星学園大学文学部英文学科を卒業後、民間の語学学校IAYインターナショナルアカデミーに入学。その後、０６年に青年海外協力隊に合格し、２ヵ月間の訓練を経た後、０７年１月より２年間キルギス共和国にて日本語教師として活動。帰国後は、札幌市内の専門学校にて日本語教師として勤務しつつ、日露青年交流センターの日本語教師としての試験を受験。合格後、０９年９月より、モスクワ市立教育大学にて日本語教師として活動中。</td>
		</tr>
	</tbody>
</table>
</div>
<br />
<div class="h3_body">
<strong>ロシアのスパルタ教育</strong><br />
<br />
<strong>―モスクワで日本語教師として活動されていて、どのようなことを感じましたか。</strong><br />
<br />
私の大学の学生だけなのかも知れませんが、ロシア人は意外と漢字に強いです(笑)<br />
<br />
ロシアは実は、日本語教育の歴史が深いようです。１００年以上はあると聞いています。最初に日本語教育に携わったのは、ロシアに漂着した日本人だとか。だから、ロシアの日本語教育は、他国のものと比べると独特で、「こういうやり方で、日本語が本当に上達するんだろうか？」というやり方でも、実際に上手くなっていますからね。<br />
<br />
<strong>―具体的にはどのような方法なのでしょうか</strong><br />
<br />
一言で言えば、詰め込みですね。<br />
<br />
私はモスクワ市立教育大学以外にも、高校などで日本語を教えたりもしているのですが、ロシアの教育方針には少し驚きました。例えば、どんな先生が「いい先生」だと思います？<br />
<br />
<strong>―「わかりやすい授業をしてくれる先生」でしょうか。</strong><br />
<br />
そうなんですよね。日本だと、わかりやすい授業をしてくれる、生徒の長所を伸ばそうとしてくれる、優しく親切な先生が「いい先生」と言われることが多いですね。でも、ロシアでいい先生と言うと、スパルタ教育をする先生なんですよ。教える過程で嫌われても構わない、結果的に生徒が伸びていることが重要、厳しく宿題をたくさん出す先生が「いい先生」と言われます。場合によっては手を出す先生もいるそうです。<br />
<br />
<strong>―ひと昔前の日本のようですね&hellip;&hellip;、竹刀を片手に授業を行う、あの。</strong><br />
<br />
そうですね(苦笑)　でも、ロシアでは先生が厳しいのは当たり前なので、体罰と騒がれたり、学級崩壊だと言われたりすることもないですし。また、結果を出してくれる先生は生徒からも尊敬されます。<br />
<br />
<strong>―ゆとり教育１年目の私としては、詰め込み教育は羨ましい限りです&hellip;&hellip;。</strong><br />
<br />
こうしたやり方が一概にいいとは言えませんが、でも、実際にロシア人学生は覚えるのが得意ですし、よく勉強します。だから、私も人気取りに走るような下手な授業はできないな、と(笑)　日本人教師ではあるが、ロシアで教えているので、「楽しくやりつつ、締めるところは締める」。こういった授業を行えるよう頑張っています。<br />
<br />
<strong>ロシアは大阪みたいだ</strong><br />
<br />
<strong>―須藤さんから見るモスクワは、どのようなものでしょうか。</strong><br />
<br />
初めは、モスクワで働くキルギス人を見て、少し悲しくなりました。<br />
<br />
キルギスにいたときは、周囲のキルギス人には様々な職種の方がいました。「俺はモスクワで一発あててやるんだ！!」と夢を語っている人も見ました。でも、実際にモスクワに来てみると、厳しい仕事や低賃金の仕事に従事しているキルギス人の方をたくさん見かけます。このお店のレジに立っていた人もキルギス人でしたよ。<br />
<br />
<strong>―そうだったんですか！？</strong><br />
<br />
ええ。だから、最初はどこか悲しい気持ちになってしまいました。ですが、すぐそうした気持ちはなくなりました。私が悲しんでも仕方のないことですし、私にはまだ何もできません。それに多分、彼らもそれをわかって来ているでしょうし、仕事に貴賎はありませんから。<br />
<br />
次に、モスクワそのものについてですが、想像していたよりもずっといい街でした。快適です。地下鉄も、ショッピングモールやファストフードも、スーパーもありますし。街を漂う灰色の雰囲気さえ気にならなければ（苦笑）、とても住みやすいです。<br />
<br />
<strong>―寒さを気になさらなかったところが、さすが北海道という感じですね(笑)</strong><br />
<br />
あ、そうですね(笑)<br />
<br />
それから、語弊があるとマズイのですが、ロシアの方は大阪の方みたいだなと感じました。エネルギッシュでバイタリティに溢れていて。そのエネルギッシュな部分が、ときたまキツく感じたりすることがあっても、実際は親身に向きあってくれていたり。例えば、道を聞いたときも、さらっと答えて、最後に笑顔という感じではなくて、大きな声でまくし立てるように話して、でも「ええから、兄ちゃん、ついて来っ！」と言って、世話を焼いてくれるところとか。敵にまわすとおっかないですが、味方にすると心強いです。<br />
<br />
<strong>―今、お話を伺って、今までのロシア人の方との会話を全て大阪弁に訳して思い返してみたのですが&hellip;&hellip;、どれも結構しっくりきますね（笑）</strong><br />
<br />
でしょう(爆)<br />
<br />
キルギスでもそうでしたが、ロシアの方も、人に頼り頼られという生活をよく知っているように思えます。<br />
<br />
<strong>明日があるさ♪</strong><br />
<br />
<strong>―日本とロシアは、今度どうあるべきとお考えですか？　また、日本がロシアからどのようなことを見習うべきだとお考えですか？</strong><br />
<br />
そうですねえ&hellip;&hellip;。もちろん、日本とロシアには仲良くあってほしいです。あと、欲を言えば、ロシア語を使う機会がもっと増えて欲しいですし、日本とロシアの相互交流の場が増えてくれればとも思っています。<br />
<br />
ロシアについては、精神的なタフさはとても良いことだなと思いました。深刻なことでも悲観しすぎることなく、前を向いて生きているところなんか特に。「明日やれることは明日やろう」くらいの、変に力みすぎていないというか、いい意味で肩の力を抜いているところもいいですね。<br />
<br />
あと、あまり偉そうなことは言えないのですが、ロシア人学生は真面目に頑張っていますからね。日本の学生のみなさんにも是非、頑張ってほしいです。<br />
<br />
<strong>―かしこまりました！！(笑)</strong><br />
<br />
<strong>「自分の両親がしてきたような生き方」</strong><br />
<br />
<strong>―今後は、どのような活動をお考えですか？</strong><br />
<br />
これは、たぶん期待されている答えとは違うのでしょうけれども&hellip;&hellip;、一番の目標は「自分の両親がしてきたような生き方」です。具体的には、普通に家庭を持って、子が大学を希望すれば進学させてあげ、夫婦喧嘩もあれど仲は良く、居心地のいい家庭を築くことですね。年を重ねて行くと、両親が当たり前にやっていたことが、実はとてもすごいことだったんだなと感じるようになりました。<br />
<br />
ちなみに、この「自分の両親がしてきたような生き方をする」というフレーズ、実はキルギス人の学生の言葉なんです。帰国も近くなって、進路などについて話していたときに、その学生が日本語でこう言ったんです。これを聞いたときに、「私もこれがいいなぁ」と思いました。<br />
<br />
仕事に関しては、今後もこのような形で、日本と外国に携われる仕事を頑張りたいです。日本、外国、日本語教師&hellip;&hellip;、何かひとつ、今と関わりを持つ仕事、日本の文化を伝えたり、外国の文化を日本に引き込んだり、そういった仕事に携わりたいと考えています。<br />
<br />
<strong>―ありがとうございます！　では、最後に一言お願いいたします。</strong><br />
<br />
僕みたいなものが長々とスミマセン&hellip;&hellip;（苦笑）<br />
<br />
<strong>―いえ、そうではなくて！！(笑)</strong><br />
<br />
違いましたか(笑)　では、今後も楽しく、厳しく頑張っていきたいと思います！！<br />
<br />
<strong>―素晴らしいお話、この度は本当にありがとうございます！</strong><br />
<br />
<strong>インタビューアーから一言</strong><br />
<br />
今回のインタビューは現地では有名な「Удонъясан(読み: ウドンヤサン)」で行いました。読んで字のごとく、「うどん屋さん」です。須藤さんとは、ブログを通じて知り合いになりました。私が書いている留学ブログに、須藤さんがコメントをくださったことがきっかけです。お話を通じて、ロシアに対する私の見方が大きく変わっていきました。また、お互いに北海道から来ているということもあり、北海道でロシア人の方と会う方法や、北海道でのロシア人事情など、個人的にも様々お話いただけました。本当に、ありがとうございます！！<br />
<br />
<a href="/2010/02/vol55_2.html">前編はこちら＞＞</a><br />
</div>
<table class="layout2">
	<tbody>
		<tr>
			<td>
			<img src="http://www.rtnproject.com/50/img/interviewee_s_41_profile.jpg" alt="interviewee_s_41_profile.jpg" width="150" height="113" />
			</td>
			<td>木村荘一郎さん。１９８７年生まれ。高校三年間を米国オハイオ州で過ごし、帰国後は北海道大学経済学部に入学。現在３年に在籍。１・２年は課外活動、２・３年は学業に精力的に取り組み、現在はモスクワ大学外国語学部に留学中。ロシア語の研修をしながら、現地で様々な出来事と格闘中。</td>
		</tr>
	</tbody>
</table>
]]>
      <![CDATA[<table class="layout">
	<tbody>
		<tr>
			<td>
			<img src="http://www.rtnproject.com/50/img/interviewee_s_144_profile.jpg" alt="interviewee_s_144_profile.jpg" width="100" height="75" />
			</td>
			<td>須藤展啓さん。１９８１年生まれ。北海道小樽市出身。０４年、北星学園大学文学部英文学科を卒業後、民間の語学学校IAYインターナショナルアカデミーに入学。その後、０６年に青年海外協力隊に合格し、２ヵ月間の訓練を経た後、０７年１月より２年間キルギス共和国にて日本語教師として活動。帰国後は、札幌市内の専門学校にて日本語教師として勤務しつつ、日露青年交流センターの日本語教師としての試験を受験。合格後、０９年９月より、モスクワ市立教育大学にて日本語教師として活動中。</td>
		</tr>
	</tbody>
</table>
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   </content>
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   <title>更新情報2月13日</title>
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   <published>2010-02-12T16:49:17Z</published>
   <updated>2010-02-12T16:56:48Z</updated>
   
   <summary> 海外生活体験者・社会人インタビューvol.55〜後編〜をアップしました。 http://www.rtnproject.com/2010/02/vol55_3.html ...</summary>
   <author>
      <name>RTNスタッフ</name>
      
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      <![CDATA[<p>
海外生活体験者・社会人インタビューvol.55〜後編〜をアップしました。<br />
<a href="http://www.rtnproject.com/2010/02/vol55_3.html">http://www.rtnproject.com/2010/02/vol55_3.html</a>
</p>
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   <title>更新情報2月9日</title>
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   <published>2010-02-09T14:21:19Z</published>
   <updated>2010-02-09T14:22:15Z</updated>
   
   <summary> 海外生活体験者・社会人インタビューvol.54〜後編〜をアップしました。 http://www.rtnproject.com/2010/02/vol54_2.html ...</summary>
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      <name>RTNスタッフ</name>
      
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      <![CDATA[<p>
海外生活体験者・社会人インタビューvol.54〜後編〜をアップしました。<br />
<a href="http://www.rtnproject.com/2010/02/vol54_2.html">http://www.rtnproject.com/2010/02/vol54_2.html</a>
</p>
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   <title>海外生活体験者・社会人インタビューvol.54〜後編〜</title>
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   <published>2010-02-09T14:20:56Z</published>
   <updated>2010-02-09T14:22:08Z</updated>
   
   <summary> 	 		 			 			 			 			藤原彰子さん。新聞記者の父の転勤に伴い、６歳から１１歳までの５年間をエジプトのカイロで過ごす。その後、中学２年から高校１年終了の３年間をイタリア・ローマに滞在。日本の高校に編入後、学習院大学に入学。...</summary>
   <author>
      <name>RTNスタッフ</name>
      
   </author>
         <category term="50)インタビュー" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
         <category term="5000)社会人インタビュー" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.rtnproject.com/">
      <![CDATA[<div class="sectionh2">
<table class="layout2">
	<tbody>
		<tr>
			<td>
			<img src="http://www.rtnproject.com/50/img/report_19fujiwara_1.jpg" alt="report_19fujiwara_1.jpg" width="150" height="150" />
			</td>
			<td>藤原彰子さん。新聞記者の父の転勤に伴い、６歳から１１歳までの５年間をエジプトのカイロで過ごす。その後、中学２年から高校１年終了の３年間をイタリア・ローマに滞在。日本の高校に編入後、学習院大学に入学。入学直後の８月からエジプトのカイロ・アメリカン大学へ留学し、約２年間にわたりエジプト考古学などを学ぶ。学習院大学に復学し卒業後、読売新聞社に入社。「読売新聞」の外資系の広告営業担当、英字紙「ザ・デイリーヨミウリ」の広告営業担当を経て、現在広告局マーケティング部で調査や取材などを担当。</td>
		</tr>
	</tbody>
</table>
</div>
<br />
<div class="h3_body">
<strong>歴史がある国っておもしろい</strong><br />
<br />
<strong>―考古学の勉強っていうのは、実際に発掘とかもやるんですか？</strong><br />
<br />
専攻が考古学であれば発掘とかもやるんですが、私の場合、教養課程の一年目だったので、発掘まではやりませんでした。その代わりに、フィールドワークとして、教授と一緒に遺跡や博物館めぐりなどをしてました。<br />
<br />
<strong>―エジプト留学中に印象に一番印象に残ったことってなんですか？</strong><br />
<br />
ピラミッドの周りって砂漠なんですけど、そこには今でも山のように遺跡が埋れているんです。５０００年前と現在が共存してます。歴史がある国でおもしろいという印象でした。また、エジプトでは勉強をたくさんしないと、大学の授業についていけないので、けっこう勉強しましたね。どの科目も毎週テストがありますし。<br />
<br />
あとエジプトにいてよかったことは、日本にいたら絶対に知り合えないような国々の人々と、知り合えることができたことです。クウェート・リビア・イラン・パレスチナといった国の人と友達になれたことは、自分にとって財産になっていると思います。<br />
<br />
<strong>目標があるからこそ勉強も楽しくなってきた</strong><br />
<br />
<strong>―勉強がそこまで好きじゃないとおしゃってましたが、勉強するようになったきかっけを教えてもらえますか。</strong><br />
<br />
帰国子女だと、父親の仕事の関係で、小さい頃からいろいろな人と触れ合う機会があると思うんですね。外交官や商社マンなど、小さい頃からいろんな人をずっと見ていて、そうゆうふうになりたいという目標が無意識にあったんだと思います。<br />
<br />
目標を高く持つことはやっぱり大切で、目標まで届かなくても、目標のちょっと下までいけるのかもしれないと感じる。目標を心に持っていると、それが原動力となる気がします。ただやみくもに勉強するだけだと面白くないけれど、目標があるからこそ勉強も楽しくなったのだと思う。<br />
<br />
よく会社の上の人たちが言ってるんですが、社員の多くは入社するときはすごく優秀らしいんですよ。でも、入社してから、伸びない人も多いらしいんですね。それまで、ずっと努力しつづけてきて、安心しちゃうのかもしれない。会社に入ってからも、頑張って続けて勉強しようという人が少ない。今までの日本の場合、会社に入社することがゴールだったのかも。ただ、外国人を見ていると、会社に入ってからも、常に切磋琢磨している感じがします。<br />
<br />
そういうふうになってしまうのは、日本の受験戦争が大変すぎるからかもしれないですね。小学校のときは中学受験、中学のときは高校受験というように、常に頑張っているから、ある時点で疲れてしまうのかもしれない。そういう意味で、帰国子女のように、子供の頃自由時間があるのは、社会に出てから強いんじゃないかなっていう気がします。なんてったって力を温存してるから（笑）<br />
<br />
<strong>「君は広告のほうがいいんじゃないか？」</strong><br />
<br />
<strong>―新聞会社に勤めている方って、すごく激務なイメージなんですが、実際どうですか？</strong><br />
<br />
そうですね。記者は、最初地方で警察廻りなどをします。本当に「夜討ち朝駆け」です。３年から５年、地方の支局で苦労して、そのあと東京へ戻ってきます。それから各部署に配属されます。ただ、私は広告局に所属しています。<br />
<br />
広告局の仕事っていうのは、新聞に出る広告を探してくる。新聞に広告を出してもらう仕事です。ですから、お客さんのところに行って「広告出してください！」とセールスするのが、主な業務内容です。一言で言うと　お金を稼ぐ部署です。お金を稼ぐやり方が、通常の広告掲載だったりイベントだったり、いろいろあります。<br />
<br />
<strong>―やはり最初から広告局希望だったんですか？</strong><br />
<br />
読売の場合は、入社試験の時点で、部署別に受けなくてはいけなかったんですね。だから、入社試験の段階から広告局を志望していました。ただ、就職活動開始当初は、広告局を志望していたわけではないです。最初は、事業局志望でした。考古学も少しかじってたし、語学も使えるかなと思って、展覧会をやるような部署を志望していました。展覧会をやるような部署っていうのが事業局なんですね。<br />
<br />
ただ、ライバル社A社に面接を受けに行ったときに、「君は広告のほうがいいんじゃないか」「広告向いているよ」と言われたんです。それまで一切、広告っていうのは全く頭の中になかったんですが&hellip;&hellip;。そういった理由で、広告局を志望することにしました。そして、それ以降に受けた試験では、広告局志望で試験を受けました。<br />
<br />
<strong>―お話を聞いていると、広告局の業務は営業がメインという感じですが、営業っていうのは、人と会うのが好きじゃないといけないんですか？</strong><br />
<br />
そうですね。人と会うのが好きということは大切ですね。あとは、お客さんを好きになることもすごく大切。自分の会社が好きで、お客さんを好きになると、営業的にうまくいくというのを感じます。まぁ、今不況だから、それだけじゃないんだけど（苦笑）<br />
<br />
<strong>ひとに会って、大きなことをやって、お金を稼ぐ</strong><br />
<br />
<strong>―広告局の醍醐味とかやりがいを教えてもらえますか。</strong><br />
<br />
自分でお金を稼いで来られることですね。ちょっとゲーム感覚ではありますが、自分で戦略を立てて、それが上手く行き、結果的にお金が入ってきたときの満足感っていうんですか。<br />
<br />
あとは、読売新聞という大きな会社のもとで、大きなことをやらせてもらえること。自分の好きなことをやらせてもらえることもある。自分個人で会社を起こして、企画をやろうと思ったら難しいと思うんですが、会社の名前で企画をやらせてもらえる。そういう意味で、今の会社はすごくいい会社だと思う。意味があり、儲けの出る企画なら、自由にやってもいいよ、と思ってもらえる懐の広さが、今の会社のいいところですね。新聞社はそういう意味で面白いです。<br />
<br />
そのほかには、いろんな人に会えることです。大学受験したときに、学習院しか受けなかったんですね。他にいろいろ大学を受験してみたかったけれど、それができなかった。それが心の中に残っていたんですが、英字新聞「デイリー・ヨミウリ」で香港杯という大学のスピーチコンテストを企画していたときに、東京の大学はほとんど回ることができた。また、香港杯の優勝者とも一緒に旅行をするなど、多くの大学生とも接点が持てた。自分は大学をひとつしか受けなかったけれど、会社に入ってこの企画を担当することで、たくさんの現役大学生と交流が持てたことで、いろいろな大学に入ったような気分になれた。いい経験ができたと思っています。<br />
<br />
<strong>新聞社はいろんな仕事ができる会社。いろんな業種があるのは新聞社の自慢です。</strong><br />
<br />
<strong>―では最後に、就職活動している学生にアドバイスをもらえますか？</strong><br />
<br />
語学は武器になります。帰国生の特技である語学力に、謙虚さを持ち合わせれば強いと思う。あとは、最後まであきらめないことが大切。就職はお見合いみたいなものなので、必ず縁のあるところにいけると思います。だから様々な企業を受けて欲しいです。人の意見に惑わされず、自分を信じて就職活動してほしいですね。<br />
<br />
<strong>カイロ・アメリカン大学（AUC：The American University in Cairo） ：</strong><br />
<a href="http://www.aucegypt.edu/">http://www.aucegypt.edu/</a><br />
<strong>活動報告 vol.19 藤原彰子</strong><br />
<a href="/2008/08/_vol19.html">http://www.rtnproject.com/2008/08/_vol19.html</a><br />
<br />
<strong>インタビューアから一言</strong><br />
<br />
藤原さんは、ご自身で勉強が嫌いとおっしゃっていましたが、お話を聞いている限り、すごく知的探究心が強いと感じました。また、エジプトのお話は大変興味深かったです。私も一度エジプトを訪れたくなりました。土日も学校に通われていてお忙しいに、インタビューに応じてくださって、本当にありがとうございました。<br />
<br />
<a href="/2010/01/vol54_1.html">前編にはこちら＞＞</a><br />
</div>
<table class="layout2">
	<tbody>
		<tr>
			<td>
			<img src="http://www.rtnproject.com/50/img/interviewer_s_13_profile.jpg" alt="interviewer_s_13_profile.jpg" width="150" height="113" />
			</td>
			<td>秋山雪乃。１９８６年京都府生まれ。中学２年まで日本で過ごし、その夏に渡米。カリフォルニア州サンディエゴ・アーバインなどに滞在し、高校２年の年に 一 時帰国。その夏、再び渡米。University High Schoolを卒業し、帰国後、早稲田大学法学部に入学。１年休学して北京語言大学に留学し、現在４年に在籍。憲法水島ゼミ所属。学生ＮＧＯチャオに所属し、中国ハンセン病療養者村でのボランティアに従事している。</td>
		</tr>
	</tbody>
</table>
]]>
      <![CDATA[<table class="layout">
	<tbody>
		<tr>
			<td>
			<img src="http://www.rtnproject.com/50/img/report_19fujiwara_1.jpg" alt="report_19fujiwara_1.jpg" width="100" height="100" />
			</td>
			<td>藤原彰子さん。新聞記者の父の転勤に伴い、６歳から１１歳までの５年間をエジプトのカイロで過ごす。その後、中学２年から高校１年終了の３年間をイタリア・ローマに滞在。日本の高校に編入後、学習院大学に入学。入学直後の８月からエジプトのカイロ・アメリカン大学へ留学し、約２年間にわたりエジプト考古学などを学ぶ。学習院大学に復学し卒業後、読売新聞社に入社。「読売新聞」の外資系の広告営業担当、英字紙「ザ・デイリーヨミウリ」の広告営業担当を経て、現在広告局マーケティング部で調査や取材などを担当。</td>
		</tr>
	</tbody>
</table>
]]>
   </content>
</entry>
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   <title>更新情報2月5日</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.rtnproject.com/2010/02/25.html" />
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   <published>2010-02-05T14:45:28Z</published>
   <updated>2010-02-05T14:54:42Z</updated>
   
   <summary> 海外生活体験者・社会人インタビューvol.55〜前編〜をアップしました。 http://www.rtnproject.com/2010/01/vol55_2.html ...</summary>
   <author>
      <name>RTNスタッフ</name>
      
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海外生活体験者・社会人インタビューvol.55〜前編〜をアップしました。<br />
<a href="http://www.rtnproject.com/2010/02/vol55_2.html">http://www.rtnproject.com/2010/01/vol55_2.html</a>
</p>
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   <title>海外生活体験者・社会人インタビューvol.55〜前編〜</title>
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   <published>2010-02-05T14:45:27Z</published>
   <updated>2010-02-12T16:56:00Z</updated>
   
   <summary> 	 		 			 			 			 			須藤展啓さん。１９８１年生まれ。北海道小樽市出身。０４年、北星学園大学文学部英文学科を卒業後、民間の語学学校IAYインターナショナルアカデミーに入学。その後、０６年に青年海外協力隊に合格し、２ヵ月間...</summary>
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      <name>RTNスタッフ</name>
      
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         <category term="5000)社会人インタビュー" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.rtnproject.com/">
      <![CDATA[<div class="sectionh2">
<table class="layout2">
	<tbody>
		<tr>
			<td>
			<img src="http://www.rtnproject.com/50/img/interviewee_s_144_profile.jpg" alt="interviewee_s_144_profile.jpg" width="150" height="113" />
			</td>
			<td>須藤展啓さん。１９８１年生まれ。北海道小樽市出身。０４年、北星学園大学文学部英文学科を卒業後、民間の語学学校IAYインターナショナルアカデミーに入学。その後、０６年に青年海外協力隊に合格し、２ヵ月間の訓練を経た後、０７年１月より２年間キルギス共和国にて日本語教師として活動。帰国後は、札幌市内の専門学校にて日本語教師として勤務しつつ、日露青年交流センターの日本語教師としての試験を受験。合格後、０９年９月より、モスクワ市立教育大学にて日本語教師として活動中。</td>
		</tr>
	</tbody>
</table>
</div>
<br />
<div class="h3_body">
今回インタビューを受けていただいたのは、モスクワ市立教育大学で日本語の教鞭をとられている須藤展啓さん。彼の二ヵ国にわたる日本語教師としての活動と、その中で感じた「人と人との交流」に対する熱き思いを語っていただきました。<br />
<br />
<strong>日本って、どんな国だったっけ？</strong><br />
<br />
<strong>―須藤さんが日本語教師になられたきっかけは何でしょうか？</strong><br />
<br />
外国の人に日本のことを聞かれ、答えられなかったことが、一番のきっかけですね。<br />
<br />
大学は英文科だったので、外国から来ている方とお話する機会が多かったのですが、そのときに日本について質問されて、答えられなかったことが何度かあったんです。自分の国のことなのに、実は結構わかっていないことが多い&hellip;&hellip;。このことから、日本について知ること、そして日本について知ってもらうことに興味が湧いてきました。そこで、日本語教師になろうと決めたんです。<br />
<br />
<strong>―日本について知ってもらう様々な方法の中で、なぜ日本語教師を選ばれたのですか？</strong><br />
<br />
もともと国語が好きだったんですよ。小さい頃から本を読むのが好きで、寝る前に親が絵本を読んでくれるのは本当に好きでしたし、自分で音読するのも好きでした。中学・高校のときも国語の成績はなぜだかとても良かったんですよ。学年１位を取ったことだってあるんですから(笑)<br />
<br />
<strong>―おぉっ！！　スゴイですね。</strong><br />
<br />
いえいえ(笑)　初めは国語が得意で、次に日本を伝えることに興味をもって&hellip;&hellip;、こうして少しずつ緩やかな分岐点を経ていった結果、日本語教師になろうと思いました。大学卒業後、民間の語学学校IAYインターナショナルアカデミーに入学し、そこで日本語教師になるための経験を積みました。その後、日本語教育能力検定試験に合格し、青年海外協力隊にも合格しました。<br />
<br />
<strong>トンガからキルギスへ</strong><br />
<br />
<strong>―最初はキルギスで日本語教師になられたと伺っておりますが、なぜキルギスを？</strong><br />
<br />
実は、最初は全然違う国を希望していたんですよ(笑)<br />
<br />
青年海外協力隊に応募するときには、活動地域の希望を出せるのですが、私はトンガ王国を希望しました。そのときは、初等・中等教育で日本語教育を行っているところに勤務したかったんです。その条件を満たすところだったのがトンガ王国でした。<br />
<br />
でも、合格通知には、キルギス共和国と書いてありました。しかも、勤務先は大学。まさかの高等教育機関でした(笑)<br />
<br />
<strong>―予期せぬ勤務地であったキルギスでしたが、不安はありましたか？</strong><br />
<br />
初めはものすごく心配でした(笑)<br />
<br />
２５歳にして初めて行く外国だったんですよ。訓練所で語学研修を受けたとは言え、キルギス語もロシア語もほとんど分からない状態なので、ものすごく緊張していました。空港に着いたのも１月だったので、町を見たときには、「寂しいところに来てしまったなぁ」とすごく心配になりました。<br />
<br />
<strong>―１月のモスクワのような、あの灰色の空気漂う雰囲気ですか？</strong><br />
<br />
まさにその通りです(爆)<br />
<br />
その後、現地で１ヵ月のロシア語研修を積み、大学に配属されました。大学には日本人は誰もおらず、現地の人は英語もなかなか通じないので、それも心配でした。<br />
<br />
<strong>―モスクワよりも英語が通じないんですか？</strong><br />
<br />
モスクワよりも通じないでしょうね&hellip;&hellip;。「ドゥーユーハヴァギョール？」って、意味わかります？<br />
<br />
<strong>―ギョール&hellip;&hellip;ですか？</strong><br />
<br />
ロシア語訛りの英語ですよ。Girlがгёл(ギョール)になる。<br />
<br />
<strong>―あぁ！</strong><br />
<br />
日本人の英語も、彼らからすると分かりにくいかもしれませんから、お互い様なんですが&hellip;&hellip;。<br />
そんなこんなで、初めはとても心配していましたが、現地のキルギス人日本語教師がとても日本語が上手で会話ができたので、「これならやっていける！」と、そのとき初めて思えました。<br />
<br />
そして、学生のみなさんからも元気をもらえました。学生は皆、ちゃんと勉強するし、しかも明るく接してくれまして。助けられたこともたくさんあります。例えば、キルギス語を教えてもらったり、私の部屋探しを手伝ってくれたり、休みの日に暇をしていると声をかけてくれたり。学生の出身地へ遊びに行って、家族にまでお世話になったり。学生との交流で、どんどん知り合いが増えて行ったことが、とても楽しかったです。<br />
<br />
<strong>映画監督！？　としての日本語教師</strong><br />
<br />
<strong>―キルギスで日本語教師をされていて、辛かったこと、苦労されたことをお話いただけますか？</strong><br />
<br />
日本語教師として試行錯誤しました。<br />
<br />
そこでの仕事が、私にとっての日本語教師デビューだったので、いろいろ試行錯誤しました。初めのうちは、教壇に立って１００分近く話を持たせるだけでも大変でしたし、授業の準備なども「ここで学生に○○と質問が来たら、○○と返す」とか、いろいろシミュレーションしていました。<br />
<br />
<strong>―まるで映画監督のようですね。</strong><br />
<br />
そうですね(笑)　授業という映画の台詞、演出を考えて、実際に現場で行うわけですからね。学生を惹きつけられる授業で、かつ学生の身になる授業をやるためにはどうすべきか&hellip;&hellip;。一日に１コマだけではないこともあったので、前日はまともに寝られなかったこともあります。<br />
<br />
<strong>―授業を受ける身として、今後も精進したいと思います&hellip;&hellip;。</strong><br />
<br />
<strong>「持ちつ持たれつ」が教えてくれたもの</strong><br />
<br />
<strong>―キルギスでお仕事をされて、どのようなことが印象に残っていますか？</strong><br />
<br />
「人に助けを求める」ということの大切さを知りました。<br />
<br />
私はもともと、自分の悩みを人に相談したり、人に「困っているから助けて」と言ったり、そういうことが苦手でした。でも、キルギスで生活していくうちに、そうしたことへのためらいもなくなってきました。「人に頼らない」なんて、悠長なことは言ってられなかったので(笑)<br />
<br />
そうして人に頼り頼られと生活しているうちに、こんなことに気づいたんです。「助けを求めない」というのは、ラクしているのではないかなぁと。<br />
<br />
<strong>―と、言いますと？</strong><br />
<br />
人に助けを求めたり、何かをお願いしたりするときって、言ってしまえばちょっと面倒くさいじゃないですか。事情を説明して、なぜあなたにお願いするのかも言って、言い方を考えたり、それを外国語でするときもあったり、相手にかかる迷惑を考えたりすると&hellip;&hellip;。精神的に負担に感じることが多いじゃないですか。<br />
<br />
一人でやっている方が、人に迷惑をかけないから精神的にはラクなんですが、でもそうは言っていられない状況というのは、多かれ少なかれ必ずあります。何事も人との関わりなしでは望ましい結果は期待できない。だから、人に助けを求めるという行為は、とても重要なんだなぁ、と。<br />
<br />
<strong>―私も同感です。モスクワでそれを強く感じました。</strong><br />
<br />
そうですね。モスクワはかなり便利な都会ではありますが、まだまだ人との交流なしで生活できるほど合理化されているわけではありませんしね。<br />
<br />
私は人に頼り頼られと生活しているうちに、人との交流が今まで以上に楽しくなってきました。例えば小さなことですが、初めはスーパーで無言で買い物していたのですが、最近では市場でおばちゃんとやりとりしながら野菜を買ったりするようになりましたし。<br />
<br />
<strong>―私も全くその通りです！(笑)</strong><br />
<br />
<strong>「行けるときに行くべき」</strong><br />
<br />
<strong>―キルギスから帰国されて、モスクワへ来られるまでは、どのように過ごされていたのですか？</strong><br />
<br />
実は、帰国してすぐ、またキルギスを訪れたんです(笑)　帰国後、どうしてもまたキルギスに行きたくて、自費で１月ほど旅行に行ってきました。<br />
<br />
<strong>―キルギスをとても気に入られたんですね。</strong><br />
<br />
えぇ(笑)<br />
<br />
旅行後は、専門学校で日本語教師のお話を頂いて、そこで１年契約ということで働かせてもらいました。でも、実は帰国間もない頃に、日露青年交流センターの日本語教師の試験を受けていたんです。これは「キルギスで自分が積んだ経験がどれほどのものか」を測る、いわゆる実力試しとして受けたんです。だから実は、当初はロシアに行くことはあまり考えてなかったんですよ。どうせ落ちるだろうと思っていましたし（笑）<br />
<br />
５月頃に日露青年交流センターから合格通知が届き、派遣予定地がモスクワであると聞くと、そこでの生活や日本語教育について考えるようになりました。そうしているうちに、モスクワで日本語教師として働くことに、徐々に興味が湧いてきました。<br />
<br />
でも、このとき私はある悩みを抱えていました。専門学校での仕事は、知人から紹介を受けており、また一年契約で勤務させて頂いていたので、モスクワへ行けば双方にご迷惑をかけることになってしまいます。<br />
<br />
そこで「モスクワを諦める」と決め、専門学校でお世話になっていた先生のところへ相談しに伺ったところ、その先生からは「それは行った方がいい」とのお言葉を頂きました。今思えば、相談しに行っている時点で、本当は行きたかったのかもしれません。だって、本当に諦めるのであれば、相談する前に黙って合格通知を破ってしまえばいいのですから。<br />
<br />
周囲の人は概ねモスクワ行きに賛成してくれていました。両親も、初めは「日本に残って欲しかった」と難色を示しましたが、その後「若いうちに、行けるうちに行った方がいい」と、賛成してくれるようになりました。<a href="/2010/02/vol55_3.html">後編はこちら＞＞</a>
</div>
<table class="layout2">
	<tbody>
		<tr>
			<td>
			<img src="http://www.rtnproject.com/50/img/interviewee_s_41_profile.jpg" alt="interviewee_s_41_profile.jpg" width="150" height="113" />
			</td>
			<td>木村荘一郎さん。１９８７年生まれ。高校三年間を米国オハイオ州で過ごし、帰国後は北海道大学経済学部に入学。現在３年に在籍。１・２年は課外活動、２・３年は学業に精力的に取り組み、現在はモスクワ大学外国語学部に留学中。ロシア語の研修をしながら、現地で様々な出来事と格闘中。</td>
		</tr>
	</tbody>
</table>
]]>
      <![CDATA[<table class="layout">
	<tbody>
		<tr>
			<td>
			<img src="http://www.rtnproject.com/50/img/interviewee_s_144_profile.jpg" alt="interviewee_s_144_profile.jpg" width="100" height="75" />
			</td>
			<td>須藤展啓さん。１９８１年生まれ。北海道小樽市出身。０４年、北星学園大学文学部英文学科を卒業後、民間の語学学校IAYインターナショナルアカデミーに入学。その後、０６年に青年海外協力隊に合格し、２ヵ月間の訓練を経た後、０７年１月より２年間キルギス共和国にて日本語教師として活動。帰国後は、札幌市内の専門学校にて日本語教師として勤務しつつ、日露青年交流センターの日本語教師としての試験を受験。合格後、０９年９月より、モスクワ市立教育大学にて日本語教師として活動中。</td>
		</tr>
	</tbody>
</table>
]]>
   </content>
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   <title>更新情報2月2日</title>
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   <published>2010-02-01T17:35:43Z</published>
   <updated>2010-02-01T18:38:44Z</updated>
   
   <summary> 活動報告 「世界の学校から」vol.17をアップしました。 http://www.rtnproject.com/2010/02/_vol17.html ...</summary>
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      <name>RTNスタッフ</name>
      
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         <category term="ニュース・イベント" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
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      <![CDATA[<p>
活動報告 「世界の学校から」vol.17をアップしました。<br />
<a href="/2010/02/_vol17.html">http://www.rtnproject.com/2010/02/_vol17.html</a>
</p>
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   <title>活動報告 「世界の学校から」vol.17　伊藤ニコラ</title>
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   <published>2010-02-01T17:35:42Z</published>
   <updated>2010-02-21T11:21:14Z</updated>
   
   <summary>カリフォルニア州立大学は、１８５７年、カリフォルニア師範学校としてサンノゼに設立（現在のサンノゼ州立大学）されました。最も新しいキャンパスは２００２年に設立されたカリフォルニア州立大学チャンネル諸島校で、カリフォルニア州全土に２３のキャンパ...</summary>
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         <category term="6000)世界の学校から" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.rtnproject.com/">
      <![CDATA[カリフォルニア州立大学は、１８５７年、カリフォルニア師範学校としてサンノゼに設立（現在のサンノゼ州立大学）されました。最も新しいキャンパスは２００２年に設立されたカリフォルニア州立大学チャンネル諸島校で、カリフォルニア州全土に２３のキャンパスを持つ米国最大級の大学群です。今回は、留学中の早稲田大学人間科学部３年の伊藤ニコラさんに、その中からCalifornia Polytechnic State Universityをご紹介願います。

<div class="sectionh2">
<table class="layout2">
	<tbody>
		<tr>
			<td>
			<img src="http://www.rtnproject.com/50/img/report_22ito_1.jpg" alt="" width="150" height="113" />
			</td>
			<td>伊藤ニコラ。１９８６年大阪府生まれ。生後直ぐ東京へ移り、３歳まで日本に滞在。その後、イギリスで小学校２年生まで過ごし、日本へ帰国。小学校５年生の終わりに、今度はフランスへ。中・高をフランスの現地校で過ごし、卒業後１年間、美術大学のプレパ（予備校）へ。その後、日本へ戻り、現在早稲田大学人間科学部3年に在学中。</td>
		</tr>
	</tbody>
</table>
</div>
<h3>活動報告</h3>
<div class="h3_body">
<table>
	<tbody>
		<tr>
			<td>私が現在留学している大学は、アメリカ合衆国カリフォルニア州立ポリテクニック大学（California Polytechnic State
			University）で、「カル・ポリ（Cal
			Poly）」と称することが多い。ロサンゼルスとサンフランシスコのちょうど中間地点に存在する、サン･ルイス･オビスポ（San Luis
			Obispo）という、どちらかというと小規模な町とほとんど融合しており、また、この町にとって、極めて重要な存在である。</td>
			<td>
			<img src="http://www.rtnproject.com/50/img/report_s17nicolas9.jpg" alt="" width="150" height="150" />
			</td>
		</tr>
	</tbody>
</table>
<br />
０９年９月１３日に渡米し、まだ４ヵ月ほどしか経っていないが、経過報告という感じで、大学とサン･ルイス･オビスポの町の紹介をさせていただきたい。<br />
<br />
<strong>キャンパス</strong><br />
<br />
<table>
	<tbody>
		<tr>
			<td>カル・ポリのキャンパスは、一言でいえば、広大である。９月中旬にキャンパスを初めて歩き回ったときは、建物の位置関係がなかなか分からなくて、広いキャ
			ンパスを徒歩でさ迷っていたが、慣れるのに時間がかかった。キャンパスが山の上に建っているというのも、歩くにしろ自転車に乗るにしろ骨が折れる。</td>
			<td>
			<img src="http://www.rtnproject.com/50/img/report_s17nicolas3.jpg" alt="" width="150" height="113" />
			</td>
		</tr>
	</tbody>
</table>
<br />
私は早稲田大学の学生だが、早稲田の本キャンパスの３倍以上はあると思う。大学の敷地はさらにずっと広く、ウィキペディアには39.17 km2と記してあるが、その大半は農業目的に使われている。小さな町と隣接し、西カリフォルニアの自然の中に位置するこのキャンパスは、規模の制限などあまりなく建てられたのがよく分かる。その証拠に、キャンパスのいたるところに芝生やくつろげるスペースが設けてあり、建物同士は適度に離れていて、開放感がある。<br />
<br />
<table>
	<tbody>
		<tr>
			<td>
			<img src="http://www.rtnproject.com/50/img/report_s17nicolas10.jpg" alt="" width="150" height="112" />
			</td>
			<td>そこから来る難点といえば、上でも述べたように、キャンパス内の移動が大変だということだが、それは自転車を持っていれば解決できる。サン･ルイス・オビ
			スポは、アメリカでも珍しいとされるほど自転車利用者が多い町だと言われているが、おそらく、それが大学に通い、大学内を移動するのに、一番楽だからだろ
			う。もうひとつの理由は、車の駐車場が有料なので、みな節約のために自転車に乗っているのだ。</td>
		</tr>
	</tbody>
</table>
<br />
キャンパス内には、いくつもの売店や食堂などが散らばっているのも魅力である。その食堂だが、現在一部工事をしている。今キャンパス内では多くの工事がされているが、その多くは生徒の投票によって決められている。現在工事中のジム・センターもそうである。<br />
<br />
<strong>大学</strong><br />
<br />
<table>
	<tbody>
		<tr>
			<td>カル・ポリは、建築学部、工学部、農学部、そして商学部が、全国レベルで見ても、特に優れていると言われている。中でも、工学部の各学科、たとえば、電気
			工学、コンピュータ・エンジニアリング、機械工学、アエロスペース・エンジニアリングなどは、どれも州立大学内１位か２位を占めている。結果として、外国
			から来るほとんどの学生も、これらの学部・学科に所属する者が多い。</td>
			<td>
			<img src="http://www.rtnproject.com/50/img/report_s17nicolas2.jpg" alt="" width="150" height="113" />
			</td>
		</tr>
	</tbody>
</table>
<br />
だが、だからといって、他の学部が提供するプログラムや授業、特に文系の授業のレベルが低いということは決してない。私は、この前終了した秋学期（９月から１２月）は、主にジャーナリズム系と社会学・民俗学系の授業を取っていたが、十分に満足のいくボリュームだったといえる。それは、単に私が留学生で何もかも新鮮だったということだけではなく、話を聞いていると、現地の学生も口を揃えて言うことだ。秋学期の私の選択した授業が「アタリ」だったということもあるかもしれないが、冬学期（１月から３月まで）に取った授業にも期待している。<br />
<br />
勉強のボリュームに少し触れたが、いくつかそれについても説明したい。授業は、取得単位が１単位から４単位のものまで様々であるが、取得単位数が多ければ多いほど、授業の要求度も高い。同じ授業が基本的に週に２度あるので、２日後までにテキストを６０ページ読んで来い、ということはザラである。そのため、リズムは常に一定で、駆け足である。特に上述の４学部に属する学生は、プロジェクトに追われる毎日に苦悩しているようだ。文系は文系で、読み書きの課題が多く、ほっと一息つくのも大変である。大学内に張り巡られているある黄紙にはこう書いてある。&ldquo;Work 25～35 hours a week (2 hours per unit)&rdquo;　実は脅しではなかったりする。<br />
<br />
<strong>サン・ルイス・オビスポの町</strong><br />
<br />
サン・ルイス・オビスポは極めて小さな町である。アメリカの基準で言えば&lsquo;Town（村）&rsquo;である。確かに数えればそんなに建物もなく、広範囲に散らばっているので、&lsquo;City&rsquo;とは呼びづらい。<br />
<br />
<table>
	<tbody>
		<tr>
			<td>
			<img src="http://www.rtnproject.com/50/img/report_s17nicolas4.jpg" alt="" width="150" height="112" />
			</td>
			<td>しかし、だからといって何一つ欠けることはない。買い物は近所の大きなスーパー「Albertsons」で何でも手に入るし、中心街に行けば飲食店、
			バー、映画館など、たまに羽を伸ばすには最適な場所が何件かある。映画好きである自分からしてみれば、単館映画館１軒を含め、全部で４軒の映画館があるの
			だから、不満はない。さすがはハリウッドの国アメリカで、どんなに小さな町にも、映画館だけは豊富にある。他に、自転車関連だろうと、音楽関連だろうと、
			大体の店はそろっている。</td>
		</tr>
	</tbody>
</table>
<br />
しかし、それもサン・ルイス・オビスポが学生の町だからという理由の方が大きいだろう。サン・ルイス・オビスポは人口約42000人だが、カル・ポリは毎年20000人の生徒を迎え入れている。そのうち30パーセントの学生がキャンパスの寮に住むと考えれば、町の人口の約３分の１が学生だということになる。これは、逆に町の懸念することのひとつである。例えば、ハロウィンの日に学生が仮装し、お酒を飲むと、学生が町を乗っ取ったかのような状態となり、手に負えなくなるからである。そのため、ハロウィンの時期は、警察の取り締まりが厳しくなり、学生からしてみれば少々狭苦しくもある。<br />
<br />
<table>
	<tbody>
		<tr>
			<td>個人的に一つ難点があるとすれば、それはまた距離が関わってくる。キャンパスが町と隣接しているとは言え、やはり自転車で飛ばして１０分はかかるし、先ほ
			ども述べたようにキャンパスは山の上に建っており、寮はその山の上のほうに位置する。言うまでもなく、風が強かったり、日が暮れたり、最近そうであるよう
			に多少冷えたりすると、面倒臭くなる距離である。自転車だとあまり買い物を持ち運べないのも問題点である。しかし、キャンパスで買い物をしようとすれば、
			普通の値段の２倍もすることがあるので、友人の車に乗せてもらえない場合は、覚悟を決めて行くしかない。</td>
			<td>
			<img src="http://www.rtnproject.com/50/img/report_s17nicolas5.jpg" alt="" width="150" height="113" />
			</td>
		</tr>
	</tbody>
</table>
<br />
<strong>学生寮</strong><br />
<br />
<table>
	<tbody>
		<tr>
			<td>カル・ポリには学生寮が二ヵ所存在する。1つはCerro Vista Apartmentsという寮で、もう1つは私の住んでいるPoly
			Canyon Villageである。Poly Canyon
			Villageは２年前にできたらしく、まだピカピカな印象が残る。基本的に留学生が住むのは、このPoly Canyon Villageである。</td>
			<td>
			<img src="http://www.rtnproject.com/50/img/report_s17nicolas6.jpg" alt="" width="150" height="112" />
			</td>
		</tr>
	</tbody>
</table>
<br />
Cerro Vista Apartmentsは、基本的にアパートがいくつか並ぶ感じではあるが、Poly Canyon Villageは「Village」なだけに、メインプラザにコーヒーショップ「Peet&#39;s Coffee」、ベーグル専門店「Einstein&rsquo;s Bagels」、ジュース専門店「Jamba Juice」、そして雑貨屋「Village Market」を含んでいる。さらに、平日毎日営業している郵便局があるので、まさに小さな「村」を思わせる。が、残念ながら、上でも述べたように、ベーグル専門店やスーパーは相当に高いので、個人的にはあまり利用しない。コーヒーショップは普通の値段であり、よく寮の学生が勉強したり、一息ついたりする。時々学生バンドが演奏したりするが、ちょっとしたイベントである。<br />
<br />
イベントといえば、Poly Canyon Villageは豊富である。ほとんど毎日何かしらのイベントがある。映画上映会、料理会、ゲーム・ナイト、アイスクリーム食べ放題、ライブ、etc。これらは、学生が暇になって、町にお酒を並みに行かないようにするための努力らしい。それらのイベントは、各寮のCA（Community Advisor）が運営している。CAは、イベント以外にも、夜回りなど色々な仕事を与えられる代わりに、生活費がタダになるのである。<br />
<br />
<strong>その他考察</strong><br />
<br />
大学紹介なので、あまりネガティブなことは書きたくはない。だが、こうしてあえてカル・ポリ、強いて州の大学のいくつかの問題点に触れるのは、カル・ポリを紹介させていただく上で、無視できない点だと思うからである。<br />
<br />
現在、カリフォルニア州全体が経済破綻寸前であり、カル・ポリもその影響を大きく受けている。学費は州立大学でありながら上がる一方で、最近大学は来年の学生数を減らすという苦策に出た。これには、直接的な経済的懸念以外にも、いろいろな懸念を生んでいる。<br />
<br />
その中で、州によって提供される「安いはず」の教育費がどんどん上がり、所得の低い家庭の生徒が、以前までは受けられるはずだった教育を受けられなくなってしまうという恐れが、やはり一番問題視されているだろう。０９年１１月には、いくつかの大学で学生が大規模なデモを起こしたが、州の決断は揺らがなかった。<br />
<br />
その上、予算節約の方法の１つとして、今年からは、「Furlogh（ファーロウ）Day」といって、毎学期授業時間を６つ削減するようにと、教師は州に命じられている。教師の給料を減らすことで節約をしようというのだ。だが、授業数が減り、生徒は質の低下した教育を受けることとなる。休みが増えて不満をこぼす生徒はあまりいないが、もともとそこまで給料の高くなかった教師にとっては、深刻な問題である。<br />
<br />
その問題はさらにカル・ポリ独特の問題へと繋がる。キャンパス内の人種の多様性の小さいことである。カル・ポリは、どういうわけか白人学生が大多数を占める。そして、不思議なことに、誰もその理由を知るものはいないようだ。大雑把な統計でいうと、学部生の７０パーセントが白人、１０パーセントがアジア系、１０パーセントがラテン系、そして残りが黒人、ネイティブ・アメリカン系、その他である。<br />
<br />
しかし、なぜこの統計なのか？　なぜ１０年前からこの統計が変わらないのか？　なぜ同じ工芸学校のCal Poly Pomonaは、ずっと人種的多様性のあるキャンパスなのか？　大学による無意識の組織的差別のためだろうか？　あるいは、さらに大きなスケールの問題なのか？<br />
<br />
この議論は、前学期受けたEthnic Studiesの授業で繰り返し行われたが、理由を突き止めることはできなかった。しかし、問題は、生徒の数を減らし、学費を上げてしまうと、さらに白人以外の生徒が少なくなってしまう恐れがあるということだ。人種差別意識、人種間の緊張がいまだ潜み、存在するこの州において、&lsquo;Race&rsquo;はアメリカを知らない人間が思うよりも、ずっと大きな問題なのである。<br />
<br />
こういった問題はすぐに解決することはないだろう。よって、今後カリフォルニアの大学、またはカル・ポリに通おうと思っている人は知っておくべきことだと思う。<br />
<br />
<strong>まとめ</strong><br />
<br />
<table>
	<tbody>
		<tr>
			<td>暗い現状の話をしたが、それらはあくまで隠れている部分であり、影響がないと言えばウソになるが、１年間の留学においては、そこまで考えなくてもいいこと
			だろう。実際、表面上では、カル・ポリは非常に暖かく迎え入れてくれ、キャンパスは広々と気持ちよく、授業も面白いので、不満はまるでない。サン・ルイ
			ス・オビスポは、都会の活気にはかけるが、その分ローカル色の強い、暖かい町であり、ルールが少々厳しいが、居心地はいい。これまでの留学は本当にすばら
			しい経験であり、あと２学期ここで勉強するのが本当に楽しみである。<br />
			</td>
			<td>
			<img src="http://www.rtnproject.com/50/img/report_s17nicolas8.jpg" alt="" width="150" height="113" />
			</td>
		</tr>
	</tbody>
</table>
<br />
<strong>California Polytechnic State University ：</strong><br />
<a href="http://www.calpoly.edu/">http://www.calpoly.edu/</a>
</div>]]>
      <![CDATA[<div class="sectionh2">
<table class="layout">
	<tbody>
		<tr>
			<td>
			<img src="http://www.rtnproject.com/50/img/report_s17nicolas1.jpg" alt="" width="100" height="75" />
			</td>
			<td>カリフォルニア州立大学は、１８５７年、カリフォルニア師範学校としてサンノゼに設立（現在のサンノゼ州立大学）されました。最も新しいキャンパスは２００２年に設立されたカリフォルニア州立大学チャンネル諸島校で、カリフォルニア州全土に２３のキャンパスを持つ米国最大級の大学群です。今回は、留学中の早稲田大学人間科学部３年の伊藤ニコラさんに、その中からCalifornia Polytechnic State Universityをご紹介願います。</td>
		</tr>
	</tbody>
</table>
</div>
]]>
   </content>
</entry>

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