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      <title>RTN Project / アールティーエヌプロジェクト</title>
      <link>http://www.rtnproject.com/</link>
      <description>RTNプロジェクトは、帰国子女などの海外生活体験者のネットワークを構築し、それをweb2.0的な「プラットフォーム」化しようというプロジェクトです。帰国生を対象とした大学入試・受験ガイダンスや就活支援セミナーなどのイベント情報、海外生体験者のインタビューなどを掲載しています。</description>
      <language>ja</language>
      <copyright>Copyright 2010</copyright>
      <lastBuildDate>Wed, 08 Sep 2010 14:39:40 +0900</lastBuildDate>
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            <item>
         <title>海外生活体験者・社会人インタビューvol.66</title>
         <description><![CDATA[<div class="sectionh2">
<table class="layout2">
	<tbody>
		<tr>
			<td>
			<img src="http://www.rtnproject.com/50/img/interviewee_s_173_profile.jpg" alt="interviewee_s_173_profile.jpg" width="150" height="113" />
			</td>
			<td>平川雄太さん。１９８８年生まれ。　３歳の頃から英語を学び、小学校卒業後、単身グアムへ渡り、中学卒業まで滞在。中学校卒業後はアメリカのニューヨークへ行き、１年半滞在後、アメリカのカリフォルニア・ロサンゼルスへ。ロサンゼルスの現地校を卒業後、ソウル大学言語教育学院を卒業。現在ヒルトン・ホテルに勤務し、ベル・ボーイとウェイターとして働いている。</td>
		</tr>
	</tbody>
</table>
</div>
<br />
<div class="h3_body">
<strong>実は英語がファースト・ランゲージ</strong><br />
<br />
<strong>―雄太とは、高校卒業以来だね。高校卒業以来、たまーに連絡取っていたけど、会っていたりはしなかったもんな。今日は、高校以前の話や、高校卒業後の話も聞かせて！</strong><br />
<br />
うん。博之とは高校で同じクラスだったりしたけど、卒業以来は会ってないもんね。今日はよろしく。さっき偶然、出会った友だちも連れてきてしまったけど、大丈夫だよね？（笑）<br />
<br />
<strong>―インタビューに差し障りがないなら、人数多いほうが楽しいし大丈夫だよ！</strong><br />
<br />
<strong>―いつまで日本にいたの？</strong><br />
<br />
生まれてから、小学校卒業まではずっと日本に住んでいたよ。３歳の頃からずっと英語を習っていたんだ。家の母がこれからの時代は英語だ！って思っていたから、そんなに小さい時期から学ばされていたんだ。小学校にいる時間以外は、家でもずっとアメリカ人といたから、日本にいても、いつの間にやら、英語の方が得意になっちゃって（笑）　だから、実は英語がファースト・ランゲージなんだよね。日本語より、英語の方が得意なんだ。知ってるでしょ？<br />
<br />
<strong>―</strong><strong>いや、知らんけど（笑）　でも、３歳の頃から英語学んでいたんだ&hellip;&hellip;すごいな。いわゆる、英才教育ですな（笑）</strong><br />
<br />
まあ、自分でいうのもなんだけど&hellip;&hellip;、一種の英才教育だよね（笑）<br />
<br />
<strong>―</strong><strong>雄太が初めて海外の国に住んだのはいつ？</strong><br />
<br />
小学校を卒業した後に、グアムに行ったよ。グアムには３年間住んでいたから、７年生から９年生の間までだね。両親がグアムが好きで、英語を勉強しに行って来いって言われたんだよね。血の繋がっていない保護者がいたけど、一人でたくましく生活していたよ（笑）<br />
<br />
<strong>―へぇー！　中学生で親元離れて生活するっていうのはすごいと思うなあ。そこら辺って、反抗期にしても、なんだかんだ親がいなくなったら、さびしい年頃なんだろうしさ。雄太って、案外たくましいんだね（笑）</strong><br />
<br />
<strong>はじめての海外って気はしなかった</strong><br />
<br />
<strong>―グアムはどうだった？何が印象に残ってるの？</strong><br />
<br />
グアムは本当に小さかったなあ。地図では点でしかないんだよね。３時間で島を一周出来てしまうしさ。後は、留学生が結構いたから、その人たちと積極的に交流をして、話をしたりしたくらいかなあ。色々な国から留学生が来ていたから、その人たちのお話を聞けて、中学生ながらに価値観は広がったんじゃないかって思う。<br />
<br />
<strong>―英語は大丈夫だったの？　一応、それまで海外で暮らしたことないわけだし。</strong><br />
<br />
日本の小学校に通っていたときから、夏休みなんかには、たまにミシシッピなどに英語の勉強に行かされていたから、初めての海外って感じはしなかったかなあ。さっきも言ったけど、英語の勉強自体は３歳の頃からしていたし、アメリカ人とはずっと一緒にいたしね。だから、そこまで新鮮ではなかったかも。<br />
<br />
<strong>―確かに&hellip;&hellip;、雄太の家がアメリカ的なものだもんね（笑）　それからグアム行くって、住む場所が変わるくらいのことくらいしか思わないのかもね。</strong><br />
<br />
<strong>グアムのあとは、NY＆LA</strong><br />
<br />
<strong>―グアムの後は、どこに行ったの？</strong><br />
<br />
グアムの後は、ニューヨークに行ったよ。住んでみたかったからね！　１年と半年くらい住んでいたのかな。だから、１１年生の途中までかな。世界的な大都市だったし、一度は住んでみたかったから、ニューヨークに行ったときは、本当に興奮したなあ。<br />
<br />
<strong>―何が印象に残っている？</strong><br />
<br />
ニューヨークは、本当に治安が悪かった。学校には一日に一回は、警察が来ていて、生徒の誰かが逮捕されて、連行されていくんだ。日本に住んでいたときは、治安は無条件に良いものだったし、グアムのときもそんなに悪くなかったから、本当に衝撃的だったなあ。<br />
<br />
<strong>―他にはある？</strong><br />
<br />
あとは、やっぱりブロードウェイかな。世界一の演劇力と、演出力で初めて行った時は本当に感動したよ。あんなに感動したのは人生で初めてかもしれない。ブロードウェイは本当にすごかったなあ&hellip;&hellip;また行きたい！<br />
<br />
<strong>―ニューヨークの後は、カリフォルニアのロサンゼルス？</strong><br />
<br />
うん、ニューヨークの仲良かった知り合いが、カリフォルニアに転勤になって、両親がせっかくだから、お前もカリフォルニアに行けって（笑）　それでWest High Schoolにトランスファーして、博之に体育の授業で会ったってわけ（笑）<br />
<br />
<strong>―そういえば、初めて会った時体育の授業だったね&hellip;&hellip;よく覚えているね。そんなこと忘れていたよ（苦笑）</strong><br />
<br />
アメリカの高校だと、２年間ほど中国語を履修して、聞きとって話すことが出来るようにはなったかな。もちろん読み書きもそれなりに出来るようになったよ。頑張って勉強した甲斐があって、卒業の年には中国語で最優秀賞ももらったりした！<br />
<br />
あ、あと、LAの住んでいた地域は治安が良かった！（笑）<br />
<br />
<strong>―雄太、よく中国人と中国語で話をしていたもんな。アメリカなんだから英語使え！とか思っていたけど（笑）　でも、とにかく高校の時から色々な言語を操る男ってイメージがあったぜ！</strong><br />
<br />
<strong>英語、中国語のつぎは韓国語</strong><br />
<br />
<strong>―高校卒業後は、どうしていたの？</strong><br />
<br />
高校卒業後は、日本に帰国して、ワンクッションを置いてから、韓国の専門学校行ったよ。ソウル短期大学で、韓国語を専攻していたんだ。韓国の大学に行った理由は、韓国語を専攻していたように、もちろん韓国語を覚えるため。<br />
<br />
<strong>―えっ？！　今だって、連れてきた韓国人の友達と流暢な韓国語で会話しているから、韓国語が話せるようになったんだろうけど、日本語、英語、中国語、韓国語で、４ヶ国語も話せるようになったのか？（笑）　4ヶ国語話せるってすごいな。</strong><br />
<br />
韓国には１年半ほど住んでいて、韓国語に関しては、半年で日常会話が出来るようになって、１年で現地の人たちと冗談を言えるようになって、１年半で新聞や小説を読めるようになったよ。韓国に来ていたんだから、韓国語を身につけようと毎日毎日、必死に勉強していたよ。<br />
<br />
<strong>―韓国の文化について教えてくれ！</strong><br />
<br />
No Alcohol, No life in Korea!!　日本と同じかもしれないけど、韓国では飲みにケーションがすごかったと思ったなあ。ちょっと仲良くなると、すぐお酒を飲みに行く。それから、上下関係が厳しかったなあ。年上には必ず敬語を使わないといけない。ただ、仲好くなると兄貴とか姉貴って呼ぶようになるんだよね。<br />
<br />
あと、ちょっと面白かったのが、知り合いの名前を忘れてしまって、その人が年上の場合は、男性なら「ヒョン」って呼んで、女性なら「ヌナ」って呼ぶんだよね。結構使ったかも（笑）<br />
<br />
<strong>スムーズなコミュニケーションによって</strong><br />
<br />
<strong>―卒業した後は？</strong><br />
<br />
卒業した後は、ヒルトン・ホテルでボーイしているよ。ボーイだから、直接部屋に行ったりすることが多々あるんだけど、４ヶ国語喋られるから、お客さまのほとんどに対応できる！　スムーズにコミュニケーションが取れるから、満足してもらえているよ。お客さまに満足してもらったり、コミュニケーションを円滑に取れたりすると、４ヶ国語を身につけて本当に良かったなあって思う。<br />
<br />
<strong>―だろうな（笑）　ほとんどカバー出来そう！</strong><br />
<br />
<strong>―最後に、どうしてそんなに言語を学ぶのか教えてくれ！</strong><br />
<br />
んー&hellip;&hellip;、言語を覚えるのが趣味だからかなあ（苦笑）<br />
<br />
<strong>―今日はありがとう！　また会おうぜ！　今度は京都で！　雄太の友だちも会いたがっているしさ！（笑）</strong><br />
<br />
<strong>活動報告 「世界の学校から」vol.12　山下博之</strong><br />
<a href="/2009/08/_vol12_1.html">http://www.rtnproject.com/2009/08/_vol12_1.html</a>
<br /><br />
<strong>インタビューアから一言</strong><br />
<br />
雄太とは同じ高校に通っていました。学区で通う高校が決まっていたので、実は家も近かったりして、たまに遊んだりしていたんですけど、こうやって話をすることはあまりなかったので、このインタビューを通じて、雄太の過去を色々と知ることが出来ました！　また、今回のインタビューには、雄太の友だちが同席していたのですが、彼らとはちょっと前に知り合ったと聞き、驚きました。高校のときからの、気さくな性格は変わっていないみたいです（笑）　それにしても、４ヶ国語も操れるのは羨ましいです！
</div>
<table class="layout2">
	<tbody>
		<tr>
			<td>
			<img src="http://www.rtnproject.com/50/img/interviewer_s_57_profile.jpg" alt="" width="150" height="113" />
			</td>
			<td>山下博之。１９８８年神奈川生まれ。小学校６年生の３学期からロサンゼルスへ渡り、高校卒業まで、滞在。中学校から高校１年までは日本人学校。西大和学園カリフォルニア校（6th,7th,8th,9th）、Los Angeles International School（10th)、その後、現地のWest High Schoolに転校し、卒業。帰国後、京都大学経済学部に進学し、現在３回生。国際経済学（本ゼミ）とイノベーション戦略（サブゼミ）に所属。サークルは、野球サークルと新書講読会に所属している。</td>
		</tr>
	</tbody>
</table>
]]></description>
         <link>http://www.rtnproject.com/2010/09/vol66_1.html</link>
         <guid>http://www.rtnproject.com/2010/09/vol66_1.html</guid>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">50)インタビュー</category>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">5000)社会人インタビュー</category>
        
        
         <pubDate>Wed, 08 Sep 2010 14:39:40 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>更新情報9月8日</title>
         <description><![CDATA[<p>
海外生活体験者・社会人インタビューvol.66をアップしました。<br />
<a href="http://www.rtnproject.com/2010/09/vol66_1.html">http://www.rtnproject.com/2010/09/vol66_1.html</a>
</p>
]]></description>
         <link>http://www.rtnproject.com/2010/09/98.html</link>
         <guid>http://www.rtnproject.com/2010/09/98.html</guid>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">2010)ニュース</category>
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         <pubDate>Wed, 08 Sep 2010 14:39:40 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>更新情報9月6日</title>
         <description><![CDATA[<p>
海外生活体験者・社会人インタビューvol.65をアップしました。<br />
<a href="http://www.rtnproject.com/2010/09/vol65_1.html">http://www.rtnproject.com/2010/09/vol65_1.html</a>
</p>
]]></description>
         <link>http://www.rtnproject.com/2010/09/96.html</link>
         <guid>http://www.rtnproject.com/2010/09/96.html</guid>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">2010)ニュース</category>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">ニュース・イベント</category>
        
        
         <pubDate>Mon, 06 Sep 2010 13:33:45 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>海外生活体験者・社会人インタビューvol.65</title>
         <description><![CDATA[<div class="sectionh2">
<table class="layout2">
	<tbody>
		<tr>
			<td>
			<img src="http://www.rtnproject.com/50/img/interviewee_s_172_profile.jpg" alt="interviewee_s_172_profile.jpg" width="150" height="113" />
			</td>
			<td>山谷剛史さん。１９７６年生まれ。東京都出身。理工系大学から上場企業のＳＥを経て、フリーランスライターに。それまでの経験と海外旅行の趣味を生かし、バックパック１つでアジア各国を巡り、月刊ASCII誌やInternet WatchなどIT系メディアでアジアのIT事情を紹介する。その後、東南アジアにも近い中国雲南省昆明に拠点を構え、中国各地や東南アジアの現地IT動向の記事を経済誌・IT誌になどに執筆。日本においては、中国関連の記事はマクロ的観点や新聞翻訳の記事が多い中で、現地発消費者視点での記事が評価を受ける。著作に『新しい中国人　ネットで団結する若者たち』（ソフトバンククリエイティブ）。</td>
		</tr>
	</tbody>
</table>
</div>
<br />
<div class="h3_body">
<strong>中国昆明に居を構えるITライター</strong><br />
<br />
<strong>―まず簡単な経歴について教えていただけますか？</strong><br />
<br />
サラリーマン時代はSEでした。残念ながら、大学は有名な大学じゃなかったんですが、理工学部で情報系、世間で言われるところのIT関連について勉強していました。理工系の情報系学科で、かつモノづくりが好きだったので、大学卒業後はSEとして勤めていたんです。SEという仕事には憧れていたんですが、憧れることと作ることは異なりました。苦手でした。勤めて３年くらいで、中国に留学しました。<br />
<br />
<strong>―なぜ中国に留学に行こうと思われたのですか？</strong><br />
<br />
たまたま、です（笑）　本当はＳＥの仕事に未練があり、インドに行く考えを当時は持っていました。旅行中に仲のいい女性が中国でできたので、そこにいついてしまいました（笑）<br />
<br />
<strong>―実は私も中国に留学していたんですよ！</strong><br />
<br />
へぇ、場所はどこなんですか？（北京です）　真面目だなぁ。わたしは、昆明に留学していたのですが。<br />
<br />
<strong>―昆明ですか&hellip;&hellip;。私は行ったことはないのですが、風光明美なところだと良く聞きます。中国留学中に特に力を入れられていたこと、留学中印象に残っていることはありますか？</strong><br />
<br />
語学留学でしたが、雲南省昆明という土地柄、ベトナム人、タイ人などの知り合いを作ることが大きかったんですね。ベトナムやラオスにバスに乗ればいける近さも魅力でした。中国だけでなく東南アジア全体も俯瞰することができたのはよかったですね。<br />
<br />
今は、中国に関する記事なんかを書いてますが、特にITに関するものが多いです。IT系ニュースサイトで 「アジアン・アイティー（ITmedia））」 「ニーハオ！中国デジモノ （日経トレンディネット）」 「中国電脳最新事情（日経PCオンライン）」 「マンスリー・チャイナネット事件簿（インターネットウォッチ）」 「中国ビジネス最前線（ソフトバンクビジネス＋IT）」 「中国IT小話（ASCII.jp）」 「華流ITマーケットウォッチ（CNET JAPAN）」などで執筆しています。<br />
<br />
そのほかにも、旅行ガイドブックを書いています。旅行ガイドブックに載るような宿屋って、現地に実際に行って、使ってみないとわからないでしょう？　現地に行かないとわからないような情報が求められるときに、私みたいな人間に仕事が来るんですよね。<br />
<br />
<strong>これからの有望な隙間産業とは</strong><br />
<br />
<strong>―どうしてまた、中国に住み込んで記事を書こうと思われたんですか？</strong><br />
<br />
日本語が堪能な中国人が中国に関する記事を書いて、日本のメディアに送るということもあるんですが、やはり中国出身の方が日本人の目線で記事を書くことは難しいんですね。<br />
<br />
中国に関する記事を書いている人はたくさんいるんですけど、やっぱり中国在住じゃないことのデメリットは大きい。中国のローカルの生活を見る時間が、忙しいために圧倒的に少ないんですよ。結果論ではあるのですが、現在日本の中国の情報は、そのほとんどが、上海の現地情報とネットの情報かと思います。<br />
<br />
ですから、なんだかおっかない中国という印象や、銀座で買い物する金持ち中国人の印象ばかりが強調されます。中国市場はとてもニーズはありますが、先ほど話したように、上海の現地情報とネットのニュースの翻訳がほとんどなわけです。中国全体の普通の生活、貧しい生活、金持ち生活を紹介できることは強みがありますし、隙間産業としてニーズも発生するわけです。<br />
<br />
<strong>―山谷さんはご自身の中国ITライターという職業を隙間産業とおっしゃいましたが、これから、発展するであろう隙間産業についてお聞かせください。</strong><br />
<br />
たとえば、インドのＩＴライターなんてレアですよね。残りのBRICs各国でもそう。ファッションに詳しい人が中国のファッション事情を柱に書いていくのもいいかもしれない。あとは、日本人がなるという意味では、中国企業の日本進出をサポートする日本人はずっとニーズがありますよ。<br />
<br />
たとえば、冷凍餃子を販売するとして、中国人社長が販売したくとも無理でしょう。日本人社長だと信用があるから信頼する企業があるでしょう？　日本人はどちらかと言えば中国人を信じず、日本人を信じるので、中国企業の日本支社を日本人が作ると日中でモノとカネが流れるわけです。<br />
<br />
<strong>―お時間の関係で少ししか伺えなかったんですが、今日は本当に貴重なお話をありがとうございました。</strong><br />
<br />
<strong>海外ITライター、山谷剛史のページ</strong><br />
<a href="http://www.geocities.jp/dtgoshi/">http://www.geocities.jp/dtgoshi/</a><br />
<br />
<strong>インタビューアーから一言</strong><br />
<br />
山谷さんのような職業の方は、今までのRTN PROJECTのインタビューに応じてくださった方の中でもめずらしいと思います。中国の昆明で暮らしながら、ITについての記事を書くことで、誰にも真似できないキャリアを確立されていて、本当に素敵だと思いました。お忙しいところ、インタビューのためにお時間を割いていただいて、本当にありがとうございました。
</div>
<table class="layout2">
	<tbody>
		<tr>
			<td>
			<img src="http://www.rtnproject.com/50/img/interviewer_s_13_profile.jpg" alt="" width="150" height="113" />
			</td>
			<td>秋山雪乃。１９８６年京都府生まれ。中学２年まで日本で過ごし、その夏に渡米。カリフォルニア州サンディエゴ・アーバインなどに滞在し、高校２年の年に 一 時帰国。その夏、再び渡米。University High Schoolを卒業し、帰国後、早稲田大学法学部に入学。１年休学して北京語言大学に留学し、現在４年に在籍。憲法水島ゼミ所属。学生ＮＧＯチャオに所属し、中国ハンセン病療養者村でのボランティアに従事している。</td>
		</tr>
	</tbody>
</table>
]]></description>
         <link>http://www.rtnproject.com/2010/09/vol65_1.html</link>
         <guid>http://www.rtnproject.com/2010/09/vol65_1.html</guid>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">50)インタビュー</category>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">5000)社会人インタビュー</category>
        
        
         <pubDate>Mon, 06 Sep 2010 13:33:43 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>更新情報8月31日</title>
         <description><![CDATA[<p>
活動報告 「世界の学校から」vol.26をアップしました。<br />
<a href="/2010/08/_vol26_1.html">http://www.rtnproject.com/2010/08/_vol26_1.html</a>
</p>
]]></description>
         <link>http://www.rtnproject.com/2010/08/831.html</link>
         <guid>http://www.rtnproject.com/2010/08/831.html</guid>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">2010)ニュース</category>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">ニュース・イベント</category>
        
        
         <pubDate>Tue, 31 Aug 2010 23:59:53 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>活動報告 「世界の学校から」vol.26　越島健介</title>
         <description><![CDATA[今回は、早稲田大学先進理工学部３年生の越島健介さんに、母校であるScarsdale High School を紹介していただきます。ニューヨークの郊外、マンハッタンから約２０キロ北に位置する、人口約１万７千人ほどの閑静な住宅地にある公立学校ですが、学業優秀な学校として知られ、以前から多くの帰国子女を輩出しています。スカースデールは、極めて裕福なユダヤ系の白人が多く住む地域で、豪邸が建ち並ぶ通りもあり、緑に囲まれたゆとりのある豊かな街です。治安もよく、教育水準の高さも全米的に有名であることから、日本企業の駐在員はこの街を居住地として選ぶことが多いそうです。

<table class="layout2">
	<tbody>
		<tr>
			<td>
			<img src="/50/img/interviewee_s_149_profile.jpg" alt="" width="150" height="150" />
			</td>
			<td>越島健介さん。１９８９年ロサンゼルス生まれ。２歳から９歳まで神奈川県で過ごした後、再び渡米。Scarsdale High Schoolを卒業。帰国後、東京大学理科一類を目指し、約１年間受験勉強をするが、不合格となり、早稲田大学先進理工学部に進学することを決める。現在、電気情報生命工学科３年に在籍。</td>
		</tr>
	</tbody>
</table>
<h3>活動報告</h3>
<div class="h3_body">
<strong>～スカースデールという街～</strong><br />
<br />
<table>
	<tbody>
		<tr>
			<td>スカースデールは、ニューヨーク州、マンハッタンから約２０キロ北に位置する、人口約１万７千人ほどの閑静な住宅地です。極めて裕福なユダヤ系の白人が多
			く住む地域であり、街の中には信じられないような豪邸が並ぶような通りもあります。大都会ニューヨークに近接していながら、街の木々と芝生はよく管理され
			ており、緑に囲まれたゆとりのある豊かな街です。</td>
			<td>
			<img src="/50/img/report_s26koshijima1.jpg" alt="" width="150" height="113" />
			</td>
		</tr>
	</tbody>
</table>
<br />
緑がキレイで、治安もよく、教育水準の高さも全米的に有名であることから、日本企業の駐在員はこの街を居住地として選ぶことが多いです。よって、ニューヨークの中でもかなり日本人が多い地域となっています。<br />
<br />
<strong>～スカースデール高校～</strong><br />
<br />
<strong>授業、学習環境について</strong><br />
<br />
私が通っていたScarsdale High Schoolは、全米でもその教育水準の高さで有名です。公立高校の全米TOP100に入ったこともあるそうです。<br />
<br />
まず、授業のカリキュラムにかなり力をいれています。生徒は、自分の力に合わせてコースを選ぶことができ、自由に、そして、主体的に学ぶことができる環境が整えられています。例えば、数学の場合、９年生と１０年生では &ldquo;Regular&rdquo;、&ldquo;Advanced&rdquo;、&ldquo;Honors&rdquo;の３つのコースがあり、１１年生ではその上に&ldquo;High Honors&rdquo;が加わり、最終学年の１２年生になると &ldquo;Regular&rdquo;、&ldquo;Advanced&rdquo;、&ldquo;Honors&rdquo;、 &ldquo;High Honors&rdquo;、&ldquo;AB Calculus&rdquo;、&ldquo;BC Calculus&rdquo;というふうに、学年が上がっていくにつれ、クラスが細分化されていきます。優秀な生徒は、好きなだけ高度なことを学ぶことができて、数学が苦手な生徒は下の方のクラスで基礎から学んでいくことができます。<br />
<br />
&ldquo;AB Calculus&rdquo;、 &ldquo;BC Calculus&rdquo;は、いわゆる &ldquo;Advanced Placement&rdquo;という、大学レベルの授業を受けることができるコースのことです。 &ldquo;Advance Placement&rdquo;コースは、数学だけでなく、理科、社会、国語 (English)などはもちろん、フランス語、スペイン語、ラテン語、美術などの科目でも受けることができました。<br />
<br />
<table>
	<tbody>
		<tr>
			<td>
			<img src="/50/img/report_s26koshijima3.jpg" alt="" width="150" height="113" />
			</td>
			<td>それだけ豊富な科目を取り揃えていられるのは、優秀な教員を集めているからでしょう。スカースデール高校にいる教員の平均経験年数は１８年で、その９８％
			が修士号、１０％が博士号をもっています。しかも、教員と生徒の比は、１：９ほどで、教員は一人ずつ別々のオフィスを持っていました。生徒はいつでも教員
			のオフィスに行って、雑談をしたり質問をしたりできる環境もありました。</td>
		</tr>
	</tbody>
</table>
<br />
<strong>スポーツ、課外活動について</strong><br />
<br />
成績面では輝かしい実績を残しているスカースデール高校ですが、スポーツは特に強かった訳ではありませんでしたし、学校としても特に力を入れている様子はありませんでした。特に、アメリカンフットボール部は、試合に勝つと学校中が驚いてしまうほど弱かったです（笑）　ただ、やはり裕福な地域なだけあって、ゴルフやテニスなどは強かったようです。<br />
<br />
この学校でもう一つ特徴的なのは、Senior Options Programというプログラムがあったことでした。卒業前の２ヶ月ほど、ボランティア、インターンシップ、個人のプロジェクト、グループプロジェクトなど、生徒が有意義な体験をできそうなものならば何でもしていいというプログラムです。生徒はそれぞれ担当してもらいたい教員を選び、その教員はその生徒がSenior Optionsを通じて、できるだけ多くのことを吸収できるように、サポートしていきます。２ヶ月間の最後に、生徒は自分が体験してきたことを発表し、そこで初めて高校を卒業する権利を得ることができるのです。<br />
<br />
<strong>スカースデール高校の生徒たち</strong><br />
<br />
スカースデール高校の生徒数はおよそ１４００名。そのうち、８５％ほどが白人系、８％がアジア系、そして黒人系、ヒスパニック系、その他のマイノリティーが残りの７％といったところです。<br />
<br />
上述の通り、スカースデールには裕福なユダヤ系の白人が多かったため、その子供も同様にセレブです。もともとスカースデールという街は、外に出たときに「私はスカースデールに住んでいる」と言うとイヤな顔をされることがあるほど、「スノビッシュでプライドが高い金持ちが住んでいる」というイメージを持たれることが多いのですが、これは学校内でも確かにありました。１６歳や１７歳の子供がベンツやBMWに乗って登校してくるのが普通というような学校です。私は、歩いて登校していましたが（笑）<br />
<br />
そのためか、マイノリティーで、しかもそこまで裕福でもない生徒たちは、何となくですが肩身の狭い学校生活を送っていたような気がします。私自身も、中国、韓国、ギリシャ、インド、デンマークなどから来ているマイノリティーの生徒たちと仲良くしていることが多く、「生まれも育ちもスカースデール」のアメリカ人とは、やはりどこか距離がありました。<br />
<br />
しかし、そんなこととは関係なく、やはり優秀な人が多かったです。行動力や発言力などに富んだ生徒が多く、しかも「スカースデールの人間であるからには」というプライドから、みんないい大学に行こうと努力していました。<br />
<br />
<strong>～最後に～</strong><br />
<br />
<table>
	<tbody>
		<tr>
			<td>スカースデール高校は日本人が多い高校でしたし、その周りの高校にも日本人はたくさんいて、とにかくあの地域は日本人が多かったです。日本人コミュニティーとしてはアメリカの中でもかなり大きい方だったのではないかと思います。</td>
			<td>
			<img src="/50/img/report_s26koshijima2.jpg" alt="" width="150" height="113" />
			</td>
		</tr>
	</tbody>
</table>
<br />
しかし、そういう状態だったからこそ、自分をプッシュしてアメリカ人の中に飛び込んでいくということをしなければいけませんでした。私は、十分に努力したつもりでしたが、それでも不十分だったかなと今でも反省しています（苦笑）<br />
<br />
街はとにかく美しいですし、学校の教育水準、生徒の意識の高さは文句なしの学校です。スカースデール高校で学び、感じたことはたくさんありますし、それらは今でも私の中に生きていると感じています。<br />
<br />
もし訪れる機会があれば、是非立ち寄ってみてください！<br />
<br />
<strong>Scarsdale High School ：</strong><br />
<a href="http://www.scarsdaleschools.k12.ny.us/shs/site/default.asp">http://www.scarsdaleschools.k12.ny.us/shs/site/default.asp</a><br />
<strong>帰国子女大学入試・合格体験記vol.35</strong><br />
<a href="/2010/05/vol35_3.html">http://www.rtnproject.com/2010/05/vol35_3.html</a>
</div>
]]></description>
         <link>http://www.rtnproject.com/2010/08/_vol26_1.html</link>
         <guid>http://www.rtnproject.com/2010/08/_vol26_1.html</guid>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">5002)活動報告</category>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">60)活動報告</category>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">6000)世界の学校から</category>
        
        
         <pubDate>Tue, 31 Aug 2010 23:45:51 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>更新情報8月28日</title>
         <description><![CDATA[<p>
海外生活体験者・学生インタビューvol.75をアップしました。<br />
<a href="http://www.rtnproject.com/2010/08/vol75.html">http://www.rtnproject.com/2010/08/vol75.html</a>
</p>
]]></description>
         <link>http://www.rtnproject.com/2010/08/828.html</link>
         <guid>http://www.rtnproject.com/2010/08/828.html</guid>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">2010)ニュース</category>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">ニュース・イベント</category>
        
        
         <pubDate>Sat, 28 Aug 2010 18:37:53 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>海外生活体験者・学生インタビューvol.75</title>
         <description><![CDATA[<div class="sectionh2">
<table class="layout2">
	<tbody>
		<tr>
			<td>
			<img src="http://www.rtnproject.com/50/img/interviewee_s_171_profile.jpg" alt="" width="150" height="113" />
			</td>
			<td>林田澪亜さん。１９９０年横浜生まれ。８歳から中国に２年間滞在し、その後一度日本に戻ってから、１０歳から１８歳までフランスのストラスブルグ近郊のヘーゲンハイム、ドイツのデュッセルドルフに数年ずつ滞在。ドイツのISD（International School of D&uuml;sseldorf）を卒業後、慶應義塾大学法学部政治学科に進学。２年進学時に法律学科に転科し、現在は同大学法学部法律学科２年に在籍中。法律系サークルの役員を務めながら法曹を目指している。</td>
		</tr>
	</tbody>
</table>
</div>
<br />
<div class="h3_body">
<strong>フランスに住みながらスイスのインターに通う</strong><br />
<br />
<strong>―よろしくお願いします。</strong><br />
<br />
よろしくお願いします。<br />
<br />
<strong>―ではまず海外滞在歴を教えてください。</strong><br />
<br />
まず、小学校の２年生の２学期に中国の大連に行って、そこで日本人学校に通っていたんですけど、そのあと一度日本に戻って、小学校４年の終わりにフランスに行きました。そこからずっとフランスに住みながら、スイスの学校に通い&hellip;&hellip;<br />
<br />
<strong>―え？　フランスに住みながらスイスの学校行ってたの？</strong><br />
<br />
父親がフランスで働いてたから、そこに住まなきゃいけなかったんだけど、インターナショナルスクールに通いたくて、付近にはなかったから国境を越えてスイスまで行ってた。<br />
<br />
<strong>―どうやって？</strong><br />
<br />
母に車で（笑）　でも余りに遠くて、毎朝１時間半かかったから、もっと近くの、フランスとスイスの国境の近くに引っ越して、歩きと電車で通ってた。高校１年の夏の終わりにドイツに引っ越して、ドイツの学校に通い、卒業して日本に帰ってきました。<br />
<br />
<strong>フランス語とドイツ語を英語で勉強</strong><br />
<br />
<strong>―日本の教育は全然受けてないんだね。どうやって日本語はキープしたの？　やっぱり家族？</strong><br />
<br />
うん、２年半くらいしか日本の教育は受けなかった。日本語は家族で話してたのと、あと読書が好きで、日本語の本をよく読んでいたから、苦労はしてないかも。<br />
<br />
<strong>―フランス語はいつ習得した？</strong><br />
<br />
初めてヨーロッパにいったとき、一番必要だったのは英語だったから、日本にいた頃から英語の塾に通っていて、英語のことばっかり考えてた。フランス語は、フランスについてから、現地のフランス語の語学学校に通ってた。学校の必修で、フランス語とドイツ語と英語を、英語で勉強しなきゃいけなかったから。<br />
<br />
<strong>―まだフランス語、ドイツ語はそれなりに話せるんだっけ？</strong><br />
<br />
ドイツ語は大学で第二外国語としてやり直して蘇ってきたかな？（笑）　フランス語はフランスに住んでたから使っていただけで、必要性を感じなかったから、だいぶ忘れたかな。スーパーでの買い物くらいはできるけど（笑）<br />
<br />
<strong>―友達との会話で苦労はなかったの？</strong><br />
<br />
フランス語とドイツ語で話す友達がいなかった。インターだから英語か日本語で話すくらい。あ、今思ったんだけど、第一外国語は中国語だった！　たまに思い出すくらいであまり覚えてないけど（笑）<br />
<br />
<strong>―英語も最初は苦労した？</strong><br />
<br />
英語は小学校のときは難しい単語を全く使わないから楽だったし、それに教育は日本のほうが進んでいるから、学業面では苦労しなかった。だから、その分語学の勉強に集中できた。<br />
<br />
<strong>中国、フランス、そして、ドイツ</strong><br />
<br />
<strong>―中国の印象は？　中国で差別受けたりだとか、怖い経験はなかった？</strong><br />
<br />
中国のときは、小さかったから、見るもの全てが新鮮で輝いてた。歴史的なこともわからなかったから、毛沢東の銅像があるーみたいな（笑）　珍しいとか言われても、わからないから、全部楽しいだけだった。今はどうかわからないけど、日本人が固まって住む集落があって、その一つに住んでたから、働いてる人はみんな日本人だったし、接する中国人も親日な人ばかりだったから、怖いと感じた経験はないかな。<br />
<br />
<strong>―フランスは？</strong><br />
<br />
ザ・西洋人っていう感じ（笑）　最初に接した西洋人がフランス人だったから。引っ越してすぐに、いつも犬を連れて家の前を通る大家族がある日ピンポーンと呼び鈴をならして、「今度うちきてBBQをやらない？」って誘ってきて、オープンだなって。田舎だったから、そういう感じだったのかもしれないけど、社会のどの層にいても人生を楽しんでいるのが、「戦争に負けてない」フランスの人の国民性なのかなーっていう印象。<br />
<br />
<strong>―戦争に負けてない？</strong><br />
<br />
一番最後は勝ったから？　ドイツとフランスを比べると、ドイツにはやっぱり暗さを感じた。這い上がってきました、みたいな（笑）<br />
<br />
<strong>―そうなんだ！　アメリカで育つとフランスは第一次も第二次世界大戦も侵略されてっていうイメージが強いんだけど、最後は勝ったもんね。</strong><br />
<br />
フランス人は気高いのに対して、ドイツ人は極めて日本人に近いというか、頑張ることはいいことみたいな。<br />
<br />
<strong>―時間に正確なところも似てるよね。</strong><br />
<br />
うん、フランス人は６時に修理にいきますって言えば、必ず８時以降、酷いときは次の日に来たりもするけど、ドイツ人はちゃんと正確な時間にくる。<br />
<br />
<strong>―ドイツのインターでの高校生活を聞かせてください。１６歳でお酒飲めるけど、酒・煙草なんかは、学校でどういう扱いだった？</strong><br />
<br />
さすがに校内に灰皿はなくて、外に出れば吸ってもよかった。お酒は親の承諾をもらえたら、イベントなんかで振舞われたら、それを飲んでもよかったかな。私は高校のあいだJudicial Boardっていう、校長１人・教師３人・生徒３人で構成された、学則に違反した生徒の処分を決める委員会に所属してました。それと、あの頃は教育に凄く興味を持っていたのと、ボランティアもよくやっていて、南アフリカやタンザニアに行ったりもしてた。<br />
<br />
<strong>自分が日本人だっていう意識は常に持っていた</strong><br />
<br />
<strong>―では、これだけ色々な国にいってるけど、林田澪亜という人格はどこで形成されたと思う？　部分的には全部の文化から影響を受けているんだろうけど、どの文化の影響が一番大きいと感じる？</strong><br />
<br />
フランスかな。お年頃だったから(笑)　思春期で一番悩んだ時期だったから。それが大きいかな。でも、それだけじゃなく、この頃は直行便がなかったから、日本に全然帰れなくて、未だ幼かったから日本に帰りたくて「どうしてこんな国にいなきゃいけないんだ」とか、「私だけどうして英語を話さなきゃいけないんだ」なんて思ってて、自分がいた環境にありがたみを感じられなかった。<br />
<br />
<strong>―日本に帰りたかった？</strong><br />
<br />
うん、フランスにいたころは帰りたかった。でも、ドイツに引っ越して、フランスにはいなかった日本人がドイツにはいっぱいいて、インターで同年代の日本人と接して、自分が恵まれていたんだなって感じられた。だから、ドイツの３年間では色々なことを吸収しようって思うことができた。フランスと言うよりも、フランスとドイツにいたときに、私が形成されたかな。<br />
<br />
<strong>―じゃあ、文化的にはフランスとドイツには余り影響うけなかった？</strong><br />
<br />
日本に帰って来て、だいぶ日本人っぽくはなったとは思うけど、でも一番好きなのは、やっぱりフランスのライフスタイルかな。一番好きな人間の種類も、フランス人みたいに落ち着いた楽しい人だし。<br />
<br />
<strong>―話を聞く限り、自分が日本人だっていう意識は強かった。</strong><br />
<br />
すごく強かった。フランスの時が一番強かった。逆に、ドイツでは日本人がいっぱいいて、周りの日本人とは少し違うって感じた時期もあったけど、とにかく自分が日本人だっていう意識は常にもってた。<br />
<br />
<strong>私は&ldquo;ザ・帰国子女&rdquo;だ、みたいな</strong><br />
<br />
<strong>―確かアメリカやイギリスの大学に進学することを最初は考えてたんだよね。</strong><br />
<br />
日本に戻りたいっていう気持ちが一番強かったんだけど。。。最初フランスにいたときは３年くらいで日本に戻るはずだったんだけど、父親の仕事の都合でもう少しいることになって。で、戻るってなったら、絶対に早稲田にいく！　って言ってたりしたんだけど（笑）　でも、高校生活の中で、アメリカに行くのもいいなって思うようにもなった。<br />
<br />
<strong>―で、紆余曲折を経て日本の大学に進むことになったと。日本に戻るって決まって嬉しかった？　やっぱり他の国に行きたかったっていう気持ちが強かった？</strong><br />
<br />
嬉しかった。フランスとドイツに３、４年ずつ滞在して、そろそろ次の国に行きたいなとも思ってたから、そういう意味でも嬉しかった。<br />
<br />
<strong>―帰国子女受験で苦労はした？</strong><br />
<br />
しなかった（笑） 向こうにいたころから本はいっぱい読んでいたし、小論文もコツをつかむだけで、追加で本を数冊読むだけだった。日本語が他の受験生と比べて下手ってこともなかったし、英語は英語で自信があったから。私立は楽だったかも。<br />
<br />
<strong>―じゃあ帰国子女受験に適してたんだね。私は&ldquo;ザ・帰国子女&rdquo;だ、みたいな？（笑）</strong><br />
<br />
そうそう（笑）　大学から見ても極めて魅力的だったんじゃないかな？（笑）<br />
<br />
<strong>気づいたら法律に関心を持っていた</strong><br />
<br />
<strong>―澪亜は現在慶応法学部に在籍し、僕も入っている法律系サークルの日吉代表を務めながら、ダブルスクールもしてるわけだけど、将来はやっぱり法曹を目指しているんだよね？</strong><br />
<br />
うん。本当に法曹の道に進むかはまだわからないけど、とりあえずロースクールに進学しようと思ってる。<br />
<br />
<strong>―きっかけは？</strong><br />
<br />
政治学科の講義を受けていて、政治思想以外の授業がつまらなくて（苦笑）　政治思想に関しては、人って面白いこと考えるなって思えたんだけど、政治は余り興味がもてなかった。必修の中でも、法学や憲法のほうに気づいたら関心をもっていて、勉強したいのは法律だなって。だから本当に勉強に専念したいと考えたときに、法律学科に転科しようって。時期は1年の夏頃かな。<br />
<br />
<strong>―法律のどこが面白いの？　政治よりも法律に何故興味をもったのかな。</strong><br />
<br />
政治学の授業をうけていて、人の考えがどうシステムに反映されるかを国家単位で考える学問っていう印象を受けて、人そのものを見る学問じゃないんだなって。それに対して、法律は人が人のためにつくったもので、人そのものを見る学問で、私はシステムより人について考えることに興味があったから、自然と法律に興味を持つようになった。<br />
<br />
<strong>―それじゃあ、ロースクール進学後、法曹になるにしろならないにしろ、将来は海外にまた戻りたい？　海外で仕事をしたいって考えてたりする？</strong><br />
<br />
思ってます。少なくともロースクールも含めて６年日本にいなきゃいけないことも考えて、もし司法試験を合格して弁護士資格をとったら、機会があればアメリカでも弁護士資格をとりたいな。<br />
<br />
<strong>―じゃあ、将来的にはやっぱり海外で働きたい、住みたい気持ちが強い？</strong><br />
<br />
うーん、近い将来は日本でいいと思うけど、子育ては海外でしたいかも。<br />
<br />
<strong>―バリバリ働きたい？　専業主婦は嫌だったりする？</strong><br />
<br />
余りお金に対する執着心はないから、楽しくない限り、そんなには仕事したいとは思わないけど、時代も考えて働いたほうがいいと思うし、やっぱり働きたいかな。大学入った当初、政治学科いたときは大学院に進んで、ずっと研究すればいいかなって考えてたりもしたんだけどね。<br />
<br />
<strong>インタビューアから一言</strong><br />
<br />
澪亜とは大学のサークルで仲良くさせてもらっています。しっかりと自分を持っていて、遊びも勉強も難なくこなしてしまう、多才で魅力溢れる女性です。今年は澪亜のカリスマ性に惹かれてサークル入る新入生も多いのではないでしょうか。もっとここを聞けばよかったという反省点もあるのですが、澪亜の人としての強さや魅力を改めて知ることができました。初めてのインタビュー付き合ってくれてありがとう！　これからも末永くみんなで仲良くして行きましょう。
</div>
<table class="layout2">
	<tbody>
		<tr>
			<td>
			<img src="/50/img/interviewee_s_166_profile.jpg" alt="" width="150" height="113" />
			</td>
			<td>三雲俊介さん。１９８８年生まれ。中学１年の夏に幼少期にも数年滞在した、米国カリフォルニア州オレンジカウンティー、ニューポートビーチに移り、私立 St. Margaret&#39;s Episcopal Schoolに高校卒業まで６年間通う。高校卒業後、慶應義塾大学法学部法律学科に進学。現在３年に在学。現在は法律系サークルとフットサルサークルに所属している。</td>
		</tr>
	</tbody>
</table>
]]></description>
         <link>http://www.rtnproject.com/2010/08/vol75.html</link>
         <guid>http://www.rtnproject.com/2010/08/vol75.html</guid>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">50)インタビュー</category>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">5001)学生インタビュー</category>
        
        
         <pubDate>Sat, 28 Aug 2010 18:37:52 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>更新情報8月24日</title>
         <description><![CDATA[<p>
活動報告 「世界の学校から」vol.25をアップしました。<br />
<a href="/2010/08/_vol25_1.html">http://www.rtnproject.com/2010/08/_vol25_1.html</a>
</p>
]]></description>
         <link>http://www.rtnproject.com/2010/08/824_1.html</link>
         <guid>http://www.rtnproject.com/2010/08/824_1.html</guid>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">2010)ニュース</category>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">ニュース・イベント</category>
        
        
         <pubDate>Tue, 24 Aug 2010 23:43:25 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>活動報告 「世界の学校から」vol.25　横山知子</title>
         <description><![CDATA[今回ご紹介願うのは、マレーシアの首都クアラルンプールにあるアメリカ教育制度の私立学校International School of Kuala Lumpurです。通称ISKLで知られ、紹介者の早稲田大学教育学部３年横山知子さんは、こちらの高校で４年間を過ごされました。マレーシアはマレー系、中国系、インド系、その他の民族で構成された多民族国家ですが、７０年代以降は順調な経済発展を背景に、穏やかで平和な国です。南国特有の青い空と赤い土、激しいスコールはイメージ通りですが、首都クアラルンプール（通称KL）には、近代的な高層ビルが立ち並び、片道６車線のハイウェイも走っています。

<table class="layout2">
	<tbody>
		<tr>
			<td>
			<img src="/50/img/interviewee_s_155_profile.jpg" alt="" width="150" height="113" />
			</td>
			<td>横山知子さん。１９８８年三重県生まれ。 小・中学校をマレーシアの日本人学校、高校をマレーシアのThe International School of Kuala Lumpurですごす。計１４年間マレーシアに滞在した後、帰国し、早稲田大学教育学部へ入学。現在３年に在学。社会教育・開発教育系のゼミに所属。</td>
		</tr>
	</tbody>
</table>
<h3>活動報告</h3>
<div class="h3_body">
<strong>マレーシアという国</strong><br />
<br />
マレーシアはマレー系約５０％、中国系３０％、インド系１０％、その他１０％の民族で構成された多民族国家です。もちろん宗教もイスラム教、仏教、キリスト教、ヒンドゥー教と様々です。異なる宗教の衝突が懸念されそうですが、その心配はいりません。民族間の暴動は、１９６４年と１９６９年の華人とマレー人による過去２回に留まっており、かなり平和でおだやかな国です。<br />
<br />
また、東南アジアというと発展途上国なので、海、自然、島といったイメージを持たれることも多いですが、マレーシアはmiddle income country（先進国でいう中進国）といえるので、首都のＫＬとなると大分発展しています。国際空港を含め、近未来的な外観の高層建築物が建っています。海外の企業も多く進出しており、日本企業と生活の結び付きも深いです。日本人にとって住みやすいだけでなく、コリアンタウン等もあります。<br />
<br />
<strong>インターナショナルスクールの特徴</strong><br />
<br />
マレーシアは、異なる人種、言語、宗教、文化が日常で複雑に交差しており、それを肌で感じることができる国です。インターナショナルスクールもアジア系か
ら欧米系まで、６０以上の異なる国々から生徒が集まっています。そのため、生徒一人一人の必要性に合わせて、ＩＢ(International 
Baccalaureate)、ＡＰ(Advanced Placement)、ＥＳＬ(English as a Second 
Language)、Early Graduationの制度が用意されています。<br />
<br />
<strong>時間割</strong><br />
<br />
コア科目（必修共通科目）の他はすべて自由に選択科目を設定して、自分だけの時間割を作ります。すべて自分で決めなければならないので、このカリキュラムによって自分に何が必要か、何に関心があるかを考える機会が与えられます。分からないことがあれば自らスクール・カウンセラーのもとに赴き相談します。最終的な判断は自分で下すので、自己決定と自己責任の能力が培われます。<br />
<br />
<strong>授業形態</strong><br />
<br />
他のインターと同じように、授業形態は典型的な参加型学習です。講義を一方的に聞いてノートに書き写すに終わりません。ペアワークやグループワーク、デイスカッション、パワーポイントやポスターによるプレゼンテーションが必ずあり、発言量がとても多いです。授業態度で良いとされるのは、「先生の話を静かに聞く」ことではなく、「能動的に考えて意見する」ことです。文書による毎日の宿題も半端ではなく、たくさんの文献を読み、たくさんのエッセイを書きます。<br />
<br />
<strong>模擬国連</strong><br />
<br />
MUN（Model United Nations）とは、生徒がある国を代表した外交官となり、国連会議を模したディベート大会を開くことです。スピーチの得意な生徒は精鋭部隊で開催校まで出向き、他校と討論します。校内でも全員参加のＭＵＮを２日に分けて行います。この時はスーツを着用し、国名が書かれたプラカードの前に座って、特定の国際問題について議論します。もちろん最後には決議を採ります。くじ引きで自分が担当する国が決まるので、それまで知らなかった国の政治体制や国内状況を入念に調べます。<br />
<br />
<strong>テクノロジー</strong><br />
<br />
インターに通っているとパソコンに強くなります。まず、日々エッセイを打ち込むので、タイピングは速くなります。そして、コンピュータには、フォトショップ、イラストレーター、ドリームウィーバー、スウィッシュ等の様々なソフトウェアが導入されています。授業中や課題を通してこれらのソフトを扱うので、中学生でも操作法が身に付きます。生徒が作るイヤーブック（卒業アルバム）や学校のフリーペーパーは毎回完成度が高いものでした。<br />
<br />
そして、ISKLオンラインという、学校が提供するBBSシステムがあります。ここに連絡事項がアップされ、先生や生徒と情報交換をします。毎日まめにチェックしないと後で大変な目に合うことも&hellip;&hellip;。所属大学にも同じようなサービスがあるのですが、高校の方が比べものにならないほど使用頻度が高かったです。インターにいると、学習とコンピュータがかなり密接な関係にあることが分かります。<br />
<br />
<strong>ボランティア</strong><br />
<br />
ボランティア活動も盛んです。孤児や障害を持つ子どもと接するボランティア、もらい手のいない動物の世話をするボランティア等が、毎週一回ずつ用意されています。どの施設も学校近くにあるため、放課後に学校から出るミニバンに乗って向かいます。また、非営利活動法人との提携で、マレーシアを飛び出し、家を建てに行く中期の海外ボランティアも経験できました。<br />
<br />
<strong>祝日がたくさん</strong><br />
<br />
国教はイスラム教ですが、マレーシア憲法は信仰の自由を認めています。イスラム・ヒンドゥー・仏教の祝日はすべて祝うので、アメリカ教育制度の学校ですが、多民族国家らしく、休みが非常に多いです。あとは、ラマダンという断食の時期になると、午前中ご飯が食べられないマレー系の生徒は体育の授業が免除になります。皆が一律に同じプログラムをこなすという観念がゆるく、柔軟な調整ができる学校でした。<br />
<br />
<strong>制服</strong><br />
<br />
<table>
	<tbody>
		<tr>
			<td>インターには珍しく、制服がありました。スクールマスコットである黒ヒョウの刺繍が入った水色か白のポロシャツで、下の服と上着は色の指定に沿えば何を着
			ても平気です。しかし、学校行事が近付くと、行事の運営メンバーが学校公認の私服の日を作り、チケットを販売します。たとえば、pajama 
			day（パジャマの格好）やtwin 
			day（仲のいい友達とお揃いの格好）といったテーマに沿った服装であれば３ＲＭ(当時１ＲＭ＝３２円)、自由な服装がよければ５ＲＭ払って、その代金は
			企画の運営などに回されます。</td>
			<td>
			<img src="/50/img/report_s25yokoyama3.jpg" alt="" width="150" height="113" />
			</td>
		</tr>
	</tbody>
</table>
<br />
<strong>学食</strong><br />
<br />
昼食は大抵、キャンティーンという食堂で購入します。ＲＭ５～１０もあれば十分です。価格が手頃なマレー料理、サンドイッチやフライドポテトといった欧米料理まで揃っており、その日の気分によって色々楽しめます。マレー料理は色々な民族料理の良い部分を取り入れているので、とてもおいしいです。授業の合間におやつを買ったり、スポーツの部活動を終えた生徒たちが夕方もキャンティーンで食べたりします。<br />
<br />
<strong>インターナショナルフェスティバル</strong><br />
<br />
<table>
	<tbody>
		<tr>
			<td>学校行事であるインターナショナルフェスティバルの日には、学校の１階のスペースがすべて解放され、生徒や保護者、チャリティーの団体などが、国別のブー
			スを設け、有料のゲームや料理で各国の文化を紹介します。先生や生徒も世界各国の民族衣装をまといます。この日ばかりはキャンティーンではなく、ミャン
			マーのヌードルやイギリスのスコーンを浴衣着で食べ歩きます。</td>
			<td>
			<img src="/50/img/report_s25yokoyama2.jpg" alt="" width="150" height="113" />
			</td>
		</tr>
	</tbody>
</table>
<br />
<strong>その他の行事とマレーシアウィーク</strong><br />
<br />
<table>
	<tbody>
		<tr>
			<td>
			<img src="/50/img/report_s25yokoyama4.jpg" alt="" width="150" height="113" />
			</td>
			<td>他にも、海外のインター同様、生徒が主体となる学校行事がたくさんあります。合唱やバンドのコンサート、ダンスショー、演劇、タレントショー、アートの展示、ダンスパーティー等々。生徒が個性を輝かせる場がたくさん用意されています。</td>
		</tr>
	</tbody>
</table>
<br />
<table>
	<tbody>
		<tr>
			<td>また、ミドルスクールでは、普段学校と家庭を行き来をしているだけでは見えてこないマレーシアの姿を再発見するため、１週間弱の国内旅行に出かけます。
			&ldquo;マレーシアウィ－ク&rdquo;といって、海でシュノーケリングをしたり、ジャングルを探検したりといった体験をします。旅行先は約１５か所の中から生徒が希望を
			出し、少人数のグループに分かれて訪れます。</td>
			<td>
			<img src="/50/img/report_s25yokoyama1.jpg" alt="" width="150" height="113" />
			</td>
		</tr>
	</tbody>
</table>
<br />
<strong>International School of Kuala Lumpur ：</strong><br />
<a href="http://www.iskl.edu.my/index_content.php">http://www.iskl.edu.my/index_content.php</a><br />
<strong>帰国子女大学入試・合格体験記vol.40</strong><br />
<a href="/2010/06/vol40_3.html">http://www.rtnproject.com/2010/06/vol40_3.html</a>
</div>
]]></description>
         <link>http://www.rtnproject.com/2010/08/_vol25_1.html</link>
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                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">5002)活動報告</category>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">60)活動報告</category>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">6000)世界の学校から</category>
        
        
         <pubDate>Tue, 24 Aug 2010 23:33:23 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>更新情報8月21日</title>
         <description><![CDATA[<p>
海外生活体験者・社会人インタビューvol.64をアップしました。<br />
<a href="http://www.rtnproject.com/2010/08/vol64_1.html">http://www.rtnproject.com/2010/08/vol64_1.html</a>
</p>
]]></description>
         <link>http://www.rtnproject.com/2010/08/821.html</link>
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                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">2010)ニュース</category>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">ニュース・イベント</category>
        
        
         <pubDate>Sat, 21 Aug 2010 05:09:40 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>海外生活体験者・社会人インタビューvol.64</title>
         <description><![CDATA[<div class="sectionh2">
<table class="layout2">
	<tbody>
		<tr>
			<td>
			<img src="http://www.rtnproject.com/50/img/interviewee_s_170_profile.jpg" alt="interviewee_s_170_profile.jpg" width="150" height="113" />
			</td>
			<td>岡本亜希子さん。１９８３年生まれ。東京都出身。小学１年のときに、父親の仕事の都合で渡米する。カリフォルニア州ロサンゼルスに６年滞在。その後、東京に戻り、聖心インターナショナルスクールに通う。大学受験ではＡＯ入試で中央大学総合政策学部に入学。２年間通った後、中央大学を退学し、米国ニュージャージー州にあるRutgers Universityに転学し、School of Communication, Information, and Library StudiesのJournalism and Media Studiesを専攻。卒業後帰国し、TBSテレビの子会社エフエフ東放に入社。現在は、報道局取材センター外信部に所属し、主に海外ニュースを担当している。</td>
		</tr>
	</tbody>
</table>
</div>
<br />
<div class="h3_body">
<strong>spelling bee で優勝　日本人としての自覚を得る</strong><br />
<br />
<strong>―今日はよろしくお願いします。まず、亜希子さんのＬＡ時代の話を聞かせて下さい。</strong><br />
<br />
私は1stから7th gradeまでＬＡの学校に通っていました。とにかく、ＬＡに住んでいた頃はすごく楽しくて、私という人間を作り上げてくれた場所だと思っています。もし、私がＬＡに住んでいなかったら、英語はもちろん、今の人格や性格も違っていたんだろうな〜と、最近実感しています。<br />
<br />
<strong>―具体的には、どういう体験が楽しかったのでしょうか。</strong><br />
<br />
一番楽しかったのは水泳でした。私は５歳から水泳を始めたのですが、とにかく大好きで、ＬＡでは週に３回も練習をしていました。特に楽しかったのは、水泳大会です。週末は必ず大会に参加していて、もう水泳のことしか頭になかったですね。まぁ、他にも友だちとたくさん遊んで、遊んで&hellip;&hellip;、もう遊んだことしか記憶がないですね！（笑）<br />
<br />
<strong>―ＬＡ時代では色々楽しい思い出がたくさんあったと思いますが、一番の思い出は何ですか？</strong><br />
<br />
一番印象に残っているのは、たぶん学校内で行われたspelling beeですね。spelling　beeとは、学校内で誰がspellingを一番正しく書けるか競うという大会なんですけど、その大会で一位になったことです。親は「日本人なのにアメリカ人より優れているってすごいよ！」と褒めてくれました。それまで、私はずっと白人と一緒に学校に通い、日本人がいない環境に育っていたので、日本人としての意識がほとんどありませんでした。その体験を通じて、日本人として勝ったんだと実感し、自分は日本人であるという意識が湧きました。<br />
<br />
<strong>帰国後はインターから日本の大学へ</strong><br />
<br />
<strong>―では、帰国後についてお聞かせ下さい。</strong><br />
<br />
日本に帰国してから、最初はキリスト系の私立学校に通っていましたが、正直学校に馴染めませんでした。しかも、私はそれまで英語で勉強していたため、日本の授業に全くついていけなかった(笑)　それがきっかけで、日本嫌いが進みました。結局、日本の学校ではなく、インターナショナル・スクールに通うことにしました。<br />
<br />
私が通っていたインターは女子校で、環境も整っていたし、授業も英語で行われていて、インターに入って本当に良かったと思いました。何よりも英語で話せる友だちができたことが大きかったです。もちろん、日本語は第二言語として勉強をしていましたが、やっぱりアメリカの大学に行きたいなーって、いつも思っていました。<br />
<br />
<strong>―なぜ日本の大学に進学しようと思ったのですか？</strong><br />
<br />
そもそも、私は日本の大学には行きたくなかったのです。私も周りの友だちと外国の大学に行きたいっていう気持ちが大きかったのですが、色々な事情があって、日本の大学に進学しました。まぁ、今だから言えるのですが、なんとなく日本の大学に行ったっていう感じです（苦笑）<br />
<br />
また、日本の大学に進学しようか迷っているときに、日本人の友だちができるかなと不安になった時期はありましたが、帰国子女受験コースで予備校に通っていて、その中で帰国子女の友だちができて、日本の大学でもやっていけると自信がつきました。<br />
<br />
<strong>日本の大学には希望がもてなかった</strong><br />
<br />
<strong>―亜希子さんは、日本の大学とアメリカの大学の両方を経験したわけですが、二つの大学を比較するとどうですか？</strong><br />
<br />
個人的に、日本の大学に通って希望を持てませんでした。私は大学に入学する前からジャーナリストになりたいという気持ちがあり、国際関係の勉強をしたいと思っていましたが、大学は自分が考えていたものとは全く違った環境で、失望感を持ちました。<br />
<br />
日本の大学って、単位を取るのは簡単じゃないですか？　確かに、大学生活の４年間は、自由な時間を確保することができて、それは逆に良いのかもしれませんが、自分はそういう大学生活は送りたくなかったので、アメリカの大学に転学しました。<br />
<br />
アメリカの大学は希望が持てる環境です。アメリカの大学では、卒業することで精一杯になり、入ったら苦労はしますが、そこで自分が本当に興味のあることを勉強することができます。ですから、私は日本の大学よりアメリカの大学に行ってよかったと思います。<br />
<br />
<strong>子供の頃からジャーナリストに憧れる</strong><br />
<br />
<strong>―そもそも、ジャーナリストになりたいと思ったきっかけは何でしたか？</strong><br />
<br />
私は小さい頃から、ジャーナリズムの仕事に携わりたいという気持ちが強くありました。小学生のとき、ちょうどロス暴動が起きたのですが、その様子がテレビで放映されていて、それを撮影しているジャーナリスト、記者に魅力を感じました。<br />
<br />
他にも、湾岸戦争で防弾チョッキを着ながら戦地から中継してレポートしている姿がとてもカッコよく見え、私も人に何かを伝える仕事をしたいと思いました。その気持ちは大学生になっても変わらず、大学ではジャーナリズムの勉強をしたかったのです。<br />
<br />
アメリカの大学に通えば、先生からインターンの話を勧めてもらえます。アメリカの大学の良いところは、カリキュラムが充実しているだけではなく、就職も全面的にサポートしてくれることです。ちなみに、インターンを経験してみて、それは将来の夢をかなえる絶好の機会だと思いました。子どもの頃からジャーナリストになりたいと思っていたわけですから、当時はメディア業界のインターンに参加できて、本当に嬉しかったです！（笑）<br />
<br />
私が参加していたインターンは、国連本部などの取材が多くて、アシスタントとして記者やカメラマンに同行したのです。国連本部は色々な国のメディアが来ていて、その方たちと仲良くなれました。しかも、私はその仕事に熱中しすぎて、インターン生だから早く帰っていいよって言われたていたのに、もっとその仕事をやりたいと思って、本当の記者の方と一緒に、終業時間までずっと仕事していました。そこで改めてジャーナリストになろうという希望を持ちました。<br />
<br />
<strong>インターンは絶対に参加するべきですよ！</strong><br />
<br />
<strong>―大学生はインターンに参加するべきだと思いますか？</strong><br />
<br />
インターンは絶対に参加するべきですよ！　特に日本の学生は（笑）　日本の大学は、大学側からインターンの話とか勧めないし、日本の学生は自由な時間がいっぱいありますから。やりたい仕事があれば、努力してそれを職にする。挫折はありますが、自分が頑張ったことは財産になると思うし、後悔はしないはずです。私もメディアのインターンを通じて「やりたい！」という気持ちが湧きましたし、インターンは自分の夢を作るきっかけになると思います。<br />
<br />
<strong>―今の日本の大学生は、この自由な時間をどう有効に使うべきだと思いますか？</strong><br />
<br />
不況で企業の求人が減っていて、今の大学生は私の頃とは違うと思いますが、だったら、１、２年生はアメリカみたいなインターンに積極的に参加するべきなのに&hellip;&hellip;、と思ってしまいます。また、日本の大学で取れるＡ評価と、アメリカの大学で取るＡ評価の重みは全然違います。しかも、アメリカの学生は目的意識が明確で、勉学をどう活用させるか考えている一方、日本の学生は大学受験に完全燃焼してしまい、自由な時間をそのまま享受する傾向があると思いました。私はそうした日本の大学システムに失望しました。だからこそ、やりたい仕事があれば、少しでもその夢に向かうべきなのです。<br />
<br />
<strong>「英語が出来てすごい！」って思われたくない</strong><br />
<br />
<strong>―ところで、亜希子さんは、現在会社でどういう仕事をなさっているのですか？</strong><br />
<br />
私は英語ができるので、英語の取材の仕事はよく任されます。他にも日本語で原稿を書き、VTRの作成もしています。でも私は「英語が出来てすごい！」って思われたくないですね。英語が出来るのは小さい頃から自然に身に着いたものなのだと言いたいぐらいです。やっぱり、英語だけができる人になりたくないから。私は取材を得意としていますが、そこは英語ではなく、私のスピーディーさで勝負しています。これを評価してほしいと思っていますし、他に強みを見せたいです。<br />
<br />
<strong>―亜希子さんは報道局に勤めていますが、今の仕事は楽しいですか？</strong><br />
<br />
仕事をする度に、報道以外に私に向いている仕事はないと実感しています。やっぱり報道の仕事は楽しいです。ただ、テレビ局は不規則な生活で、２４時間態勢です。例えば、もし東京都内に震度５の地震や大きな事件があった場合、それが夜中であっても、特番を組むために無条件で出社しなければいけません。<br />
<br />
一度気がつかなかったことがあり、上司の方から「自覚が足りない」と怒鳴られたことがありました。報道局に勤めている人は、何かあったときに、それを真っ先に視聴者に伝えなければいけない。そういう自覚を持たなければならないと実感しました。<br />
<br />
<strong>報道局はスピード勝負、そして、体力勝負</strong><br />
<br />
<strong>―メディア業界に入るために、必要なものは何だと思いますか？</strong><br />
<br />
報道は面白味がありますが、スピード勝負です。そして、報道局に入りたいのであれば、体力勝負であることを決して忘れてはいけないと思います。結果が出ることで嬉しいと思うし、それがやりがいになって仕事を続けられるような気がします。ですから、やっぱり仕事に対する熱意と仕事をやりぬく体力が必要だと思います。<br />
<br />
<strong>―私も含め、今年の就活生に何かメッセージをお願いします。</strong><br />
<br />
就活はやっぱり運があります。でも、本当にやりたいことがあるなら、あらゆる手段を取って、絶対に諦めないことが重要です。諦めることは簡単です。隅から隅まで全部受ける。あと、入社後、早期退職はしないことです。だって、もったいないと思います。会社に合わない、嫌いとかの理由で退職することは、会社の選考に漏れた人に対して失礼です！（笑）<br />
<br />
<strong>最後まで夢を持ち続けること</strong><br />
<br />
<strong>―もうそろそろ時間ですね。最後に一言お願いします！</strong><br />
<br />
今は体力を維持しながら、記者としてのキャリアを積んでいるつもりです。将来的には海外メディアでもさまざまな情報を視聴者に伝えたいという夢を持っています。最近、アジアでも英語放送を行っていますが、やっぱり学生時代のインターンのように、世界中のメディアが集中するニューヨークみたいな街でいつか仕事がしたいです。<br />
<br />
<strong>―本日はありがとうございました！</strong><br />
<br />
<strong>インタビューアから一言</strong><br />
<br />
亜希子さんは私の姉の予備校時代の友人で、たまに家にいらっしゃって、一緒に会話をしたことがあります。普段は優しい印象の方なのですが、インタビューを通じて、芯のある非常に強い女性であることを初めて知りました。また、帰国子女にもかかわらず、自分の英語力を評価してほしくないという考えを持つことに、驚きを覚えつつ、立派な方だなと思いました。自分も含め、帰国子女は英語が出来るだけではなく、それ以外の能力に磨くことが重要なのではないかと思います。<br />
<br />
<strong>聖心インターナショナルスクール ：</strong><br />
<a href="http://www.issh.ac.jp/">http://www.issh.ac.jp/</a><br />
<strong>Rutgers University ：</strong><br />
<a href="http://www.rutgers.edu/">http://www.rutgers.edu/</a>
</div>
<table class="layout2">
	<tbody>
		<tr>
			<td>
			<img src="http://www.rtnproject.com/50/img/interviewer_s_58_profile.jpg" alt="" width="150" height="113" />
			</td>
			<td>徳井洋平。１９８９年生まれ。アメリカ合衆国コロラド州出身。１歳半で日本に帰国。小学１年生で再びアメリカのロサンゼルスに移り、中学３年までシカゴなどの様々な土地で暮らし、高校３年間はカナダのトロントで生活、Pine Ridge Secondary Schoolに通う。大学受験を機に帰国し、立教大学社会学部に入学。現在３年に在学中。大学では、朝から講義、午後は放送研究会のサークル活動のため、多忙を極める。趣味はサッカー観戦で、ＡＣミランのカカをこよなく愛す。</td>
		</tr>
	</tbody>
</table>
]]></description>
         <link>http://www.rtnproject.com/2010/08/vol64_1.html</link>
         <guid>http://www.rtnproject.com/2010/08/vol64_1.html</guid>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">50)インタビュー</category>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">5000)社会人インタビュー</category>
        
        
         <pubDate>Sat, 21 Aug 2010 05:09:39 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>活動報告 「世界の学校から」vol.24　重城聡美</title>
         <description><![CDATA[今回は、アメリカ・テネシー州ノックスビル市にあるFarragut High Schoolをご案内致します。テネシー州は、アメリカの中央東南部に位置する、東西700km、南北200kmと横に長い地形が特徴的な州です。ノックスビル市は、メンフィス市とナッシュビル市に次ぐ、テネシー州第３の年ですが、それでも人口はわずか１８万足らず。保守的な田舎ののんびりした雰囲気と教育への熱心さをバランス良く兼ね備えた学校だそうです。紹介者は、東京大学大学院工学系研究科精密機械工学専攻の修士課程1年在学中の重城聡美さんです。

<table class="layout2">
	<tbody>
		<tr>
			<td>
			<img src="/50/img/interviewee_s_162_profile.jpg" alt="" width="150" height="113" />
			</td>
			<td>重城聡美さん。１９８７年生まれ。京都府出身。１３歳から１７歳までの５年間をアメリカ・テネシー州ノックスビル市で過ごし、Farragut High School卒業後に帰国。東京大学理科Ⅰ類に入学後、工学部精密工学科に進学。東京大学柏葉会合唱団などで歌三昧の学生生活を送る一方、家電量販店での販売員経験を経て掃除機マニアに。また、ベンチャー企業でインターン生としてウェブ関連の業務に従事する。２０１０年５月現在、東京大学大学院工学系研究科精密機械工学専攻の修士課程1年在学中で、ナノメートル計測の研究に携わる。</td>
		</tr>
	</tbody>
</table>
<h3>活動報告</h3>
<div class="h3_body">
<strong>～はじめに～</strong><br />
<br />
<table>
	<tbody>
		<tr>
			<td>テネシー州は、アメリカの中央東南部に位置する、東西700km、南北200kmと横に長い地形が特徴的な州です。平地が広がる中部・西部とアパラチア山
			脈のふもとの東部という地形のバリエーションを持ちます。テネシー州西部の中心であるメンフィス市(人口６７万人)とテネシー州中部の中心であるナッシュ
			ビル市(人口５５万人・州都)が、テネシー州でのトップ２の大都市です。そして、東部地域の中心でありテネシー州３番目の街が、私が中高時代を過ごした
			ノックスビル市（人口18万人）です。</td>
			<td>
			<img src="/50/img/report_s24jujo1.jpg" alt="" width="150" height="113" />
			</td>
		</tr>
	</tbody>
</table>
<br />
私が4年間通ったFarragut高校は、そんなノックスビル市の郊外にある公立高校で、９年生から１２年生が合わせて約２０００人が通っていました。地域には私立高校は少なく、学区内に住む生徒はほとんど全員が最寄りの公立校に通いました。<br />
<br />
Farragut高校は、保守的な田舎ののんびりした雰囲気と教育への熱心さをバランス良く兼ね備えた学校であったように思います。高校生たちは、自由で多様性に富む高校生活を送っていました。<br />
<br />
<strong>～フレンドリーで保守的な白人社会～</strong><br />
<br />
<table>
	<tbody>
		<tr>
			<td>
			<img src="/50/img/report_s24jujo2.jpg" alt="" width="150" height="113" />
			</td>
			<td>テネシー州は、かつてはアフリカ系アメリカ人も多かったようですが、現在では全人口比は１６％程度に減り、しかも州西部や中部の都市部に集中しているた
			め、ノックスビル市のあるテネシー州東部では白人が人口の大半を占めます。私の高校では、白人が９割で、アフリカ系・ヒスパニック系・アジア系が合わせて
			１割程度でした。外国人の生徒は少数派であり、非英語圏出身者のためのEnglish as a Second 
			Language(ESL)という授業を履修する生徒も、全学年合わせて１０人を超えることはありませんでした。</td>
		</tr>
	</tbody>
</table>
<br />
一般的に、外国人が少ないと暮らしにくいようにも捉えられやすいですが、ノックスビル市は外国人にとってはむしろ住みやすい場所ではないかと思います。何故なら、田舎ならではのピュアでフレンドリーな人が多いからです。テネシー州が「Volunteer State」という愛称を持つことと関連してか、困っている人がいたら率先して助けようとする人も多く、私も生活する中で地元の人に助けられたことは数知れません。<br />
<br />
一方、キリスト教色の強さは、特に渡米直後の日本人には馴染の薄いものでした。私の高校でも信心深く保守的な人が多く、日曜日にはほとんどの人が教会に通っていました。教会のコミュニティーを中心に交友関係を形成する人が多い印象でしたし、初対面の人にも当たり前のように「どこの教会に通っているの？」と尋ねる人が多いことに、渡米直後は驚きました。<br />
<br />
また、高校の生物の授業で、ダーウィンの進化論を「これはあくまで一つの仮説ですが」という前提をつけて教えられたにも関わらず、それを教えることに対して、「宗教の自由を脅かす」という趣旨で抗議の電話をする保護者が少数ながらも毎年いたことは、少なくとも日本では想像もつかないことでしょう。<br />
<br />
<strong>～充実した駐車場と車での通学～</strong><br />
<br />
アメリカの田舎での生活には、車が必要不可欠な存在でした。徒歩や自転車で移動するには土地が広すぎる上に、手軽に使える公共交通機関は何もないためです。そのため、私の高校でも駐車場は非常に充実しています。<br />
<br />
テネシー州では１５歳で仮免許、１６歳で本免許を取ることができ、３、４年目の生徒の大半は、車を購入して自分で運転して通学していました。駐車場は、高校の３、４年生の生徒数に匹敵する１０００台以上が収容可能。また、運転に不慣れな高校生が事故を起こさないようにとの配慮からか、広大な土地を利用して、一台当たりの駐車スペースは一般の駐車場と比べて圧倒的に広く作られていました。<br />
<br />
車で通学していると、野生動物も多く見かけます。通学中にスカンクやオポッサムを轢いてしまうことはごく日常的です。轢かれたスカンクは独特の臭いを数日間放ち続けるため、何年か住んでいるとスカンクの臭いが身近なものになります。ただ、鹿との衝突事故は危険なものであり、注意する必要がありましたが、テネシーの自然を身近に感じることができました。<br />
<br />
<strong>～教育熱心な家庭も多い～</strong><br />
<br />
田舎ののんびりとした雰囲気の中でありながら、ノックスビル近郊の他の高校と比べて教育熱心な家庭が多く見られたことも、私の高校の特色でした。教育熱心な家庭が比較的多かった理由は２点あると思います。１点目は、Farragut 高校の学区がノックスビル市近郊の富裕層の多く住む地域であったことです。一般にアメリカの公立学校の教育レベルは、その地域の住人の貧富に影響を受けるため、富裕層が多く住む地域にある私の学校は人気がありました。２点目は、近隣の施設の影響によるものです。近くのテネシー大学やオークリッジ国立研究所で働く人々は、教育への関心も非常に高いのです。<br />
<br />
教育熱心な家庭が多いことで、Farragut高校は東テネシー地域内やテネシー州内の数学の大会の多くで健闘しています。私はこれらの大会に高校４年間を通じて参加しました。州大会でトップの成績をおさめると、地元の新聞に載ることや大学の奨学金を貰うこともあり、参加する人の意欲を掻き立てました。そして、大会などが近づくと、誰が大会に参加してどのような成果を持ち帰ってくるかということは、一部の生徒の間では関心の的でした。ただ、あくまで「自分のできる範囲で」頑張るに留まり、「都会のガリ勉の人たちには敵わないわ」というように割り切っていた点において、やはり田舎ののんびりした感じが顕著だったように思います。<br />
<br />
<strong>～高校生活の過ごし方は多様～</strong><br />
<br />
生徒数の多い高校であったため、高校生活の過ごし方は多岐に渡り、スポーツに専念する人もいれば、ボランティアに精を出す人も、勉強に専念する人も、アルバイトに熱中する人もいました。また、選択できる授業もバラエティに富んでいました。例えば、音楽の授業もバンド・オーケストラ・合唱などが開講されていました。合唱の授業だけで３種類あり、私もそのうちの一つを履修して楽しみました。他にも、芸術、ビジネスから職業訓練、軍隊演習(ROTC)まで、様々な分野の授業がありました。<br />
<br />
どのように授業をとるかは、規則の中ならば生徒が自由に決めることができました。１年の授業は、秋学期（８月から１２月）と春学期（１月から５月）に分かれており、各学期で授業を４コマずつ履修します。同じ学期の間は、選択した４コマが毎日９０分ずつ行われます。従って、１年間に履修する８コマの授業の内訳と履修する時限により、高校生活は大きく変わります。どの授業を履修しようかと、いつも年度初めには友人たちと共に悩んだものです。<br />
<br />
高校卒業後の進路も多岐に渡り、大学や短大に進学する人もいれば、軍隊に入る人も、働きだす人もいました。進学先としてはテネシー大学および系列の短大が圧倒的に多かったものの、一部にはテネシー州内外の他大学に進学する人もいて、１学年５、６００人中数人はIvy League等の上位校にも進学していました。高校卒業とともに経済的に親から独立しようという人は多く、高校４年次には大学の学費等の奨学金の応募に奮闘していました。<br />
<br />
<strong>～振り返って見て～</strong><br />
<br />
<table>
	<tbody>
		<tr>
			<td>私は、Farragut高校で4年間を過ごせたことに感謝しています。たしかに、塾のような英才教育もなければ繁華街もなく、都会的な刺激とは縁のない場
			所でした。しかし、私の高校生活を充実させたものは、音楽を素朴に楽しむ合唱団の仲間との時間と、南部訛りの強い先生の人情味と、ボランティア先の老人
			ホームの笑顔と、ほどほどの向上心を持った数学チームの仲間でした。これらを思い出すとき、私はテネシーの人たちへの感謝の念に絶えません。</td>
			<td>
			<img src="/50/img/report_s24jujo3.jpg" alt="" width="150" height="113" />
			</td>
		</tr>
	</tbody>
</table>
<br />
<strong>Farragut High School ：</strong><br />
<a href="http://farraguths.knoxschools.org">http://farraguths.knoxschools.org</a><br />
<strong>帰国子女大学入試・合格体験記vol.47</strong><br />
<a href="/2010/07/vol47_2.html">http://www.rtnproject.com/2010/07/vol47_2.html</a>
</div>
]]></description>
         <link>http://www.rtnproject.com/2010/08/_vol24_1.html</link>
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                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">5002)活動報告</category>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">60)活動報告</category>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">6000)世界の学校から</category>
        
        
         <pubDate>Sun, 15 Aug 2010 01:38:58 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>更新情報8月15日</title>
         <description><![CDATA[<p>
活動報告 「世界の学校から」vol.24をアップしました。<br />
<a href="/2010/08/_vol24_1.html">http://www.rtnproject.com/2010/08/_vol24_1.html</a>
</p>
]]></description>
         <link>http://www.rtnproject.com/2010/08/815_1.html</link>
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                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">2010)ニュース</category>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">ニュース・イベント</category>
        
        
         <pubDate>Sun, 15 Aug 2010 01:38:58 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>更新情報8月12日</title>
         <description><![CDATA[<p>
海外生活体験者・学生インタビューvol.74〜後編〜をアップしました。<br />
<a href="http://www.rtnproject.com/2010/08/vol74_1.html">http://www.rtnproject.com/2010/08/vol74_1.html</a>
</p>
]]></description>
         <link>http://www.rtnproject.com/2010/08/812.html</link>
         <guid>http://www.rtnproject.com/2010/08/812.html</guid>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">2010)ニュース</category>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">ニュース・イベント</category>
        
        
         <pubDate>Thu, 12 Aug 2010 13:51:09 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>海外生活体験者・学生インタビューvol.74〜後編〜</title>
         <description><![CDATA[<div class="sectionh2">
<table class="layout2">
	<tbody>
		<tr>
			<td>
			<img src="http://www.rtnproject.com/50/img/interviewer_s_57_profile.jpg" alt="" width="150" height="113" />
			</td>
			<td>山下博之さん。１９８８年神奈川生まれ。小学校６年生の３学期からロサンゼルスへ渡り、高校卒業まで、滞在。中学校から高校１年までは日本人学校。西大和学園カリフォルニア校（6th,7th,8th,9th）、Los Angeles International School（10th)、その後、現地のWest High Schoolに転校し、卒業。帰国後、京都大学経済学部に進学し、現在３回生。国際経済学（本ゼミ）とイノベーション戦略（サブゼミ）に所属。サークルは、野球サークルと新書講読会に所属している。</td>
		</tr>
	</tbody>
</table>
</div>
<br />
<div class="h3_body">
<strong>日本人はベタベタするけど、彼らは結構ドライ</strong><br />
<br />
<strong>―現地校で、他に何か印象に残っていることはありますか？</strong><br />
<br />
友達が最高に良いやつらだった！　英語って、仲良いやつには、罵倒表現を連発するんだけど、ずっと罵倒しまくってた（笑）　昼飯食べながら、トランプやったりして、ちょっとゲームで状況悪かったりすると、「ふざけんなよ！」みたいなね（笑）　本当に楽しかった！　あいつらとまた、トランプしたいと心から思うよ。<br />
<br />
特に仲良かったのがインド人で、彼は頭良かった。インドの教育の話なんかは面白かったかな。インドだと九九を３０の段まで覚えさせられるらしい。で、確認テストなんかで、言い間違えると鞭打ちらしい（苦笑）　その成果か、そいつは数学とか中々強かった。高校で、CalculasBCまで当然のように履修してたし、プログラミングなんかも得意だった。その友だちの兄貴なんか、ダートマスで、数学の最優秀賞を受賞したらしい。すごいね、本当。<br />
<br />
あと、付き合い方も本当バランスが取れてた。偏見かもしれないけど、日本人はベタベタした付き合いを好むけど、そいつらは結構ドライ。でも、学校が早く終わった日なんかは、必ず近くのマックに行ったりしてたし、こっちが遊びに行きたいと思ってたら、すぐ声掛けたりしてくれた。<br />
<br />
だから、こっちも変に遠慮しないでどんどん声を掛けることが出来た。SATの勉強などが必要だったわけだから、無駄にできる時間はなかったことを、彼らは理解してくれていた。アメリカの大学に進学する場合は、通常は１２月でSATの勉強を終えるから、卒業間際まで勉強していた僕らなんかは、意味不明だったと思うけど、真摯に理解してくれたよ。<br />
<br />
以前のインタビューで言われたことなんだけど、僕らはそれなりの経験はしているけど、別に大してすごくない。本当にすごいのは、英語もろくに話せないのに、一緒に飯食べてくれたり、遊んでくれたりした僕の友人たちだと思う。あいつらには今でも本当に感謝しているし、凄いと素直に思うし、本当に見習わないといけないとも思う。<br />
<br />
<strong>―学校外の活動はどうでしたか？</strong><br />
<br />
学校の外で小学生の勉強の面倒をみる「チャイルドケア」という授業を取っていた。アクの強い子どもたちが多くて、教えるのは大変けど。そこで、子供たちがどうしたら、自分の言うことを聞いて、まじめに勉強してくれるかってのを考えてた。割と考えたけど、好かれたら言うこと聞いてもらえるかもと、最後は単純な結論に至った。<br />
<br />
で、子供が前々から休み時間に遊びたいと言っていたから、一緒に遊ぶことにした。鬼ごっこや縄跳びなんかを一緒にしたり手伝ったりしてたかな。正直言うと、子供たち以上に僕のほうが楽しんでいたかもしれないくらい、楽しかった（笑）　それで、仲良くなって、勉強を教えたりするも、今まで以上に効率的になった。英語を話すいい機会にもなったしね。<br />
<br />
あと、やっぱり小さい子供は本当に純粋で、可愛かった（笑）　SATなどの勉強の疲れも、小さい子供たちと接していると心が和らいでくるし、本当に良い気分転換になったと思う。<br />
<br />
<strong>頭の良さは、他人に対する配慮や理解の早さでわかる</strong><br />
<br />
<strong>―京大に入ってからの第１印象を教えてください。</strong><br />
<br />
「京大には本当に賢いヤツが多い」というのが第１印象だったよ、ありきたりだけど。受験勉強で得た知識だけでなく、他人に対する配慮や理解の早さという意味ね。<br />
<br />
たとえば、百万遍（京大の北部にある有名な交差点）でコンパの待ち合わせをしたとする。そうすると、「頭のいい」やつは、店と百万遍というだけで十分だよね。もう何も聞かないで、時間になるとこれから向かう居酒屋がある方向に最も近い角で待っている。そういう人は良い意味で「空気」とか文脈を読んでいるよね。<br />
<br />
大学だと、そういう友達が出来て、今までとは違った意味で、すごい刺激的。<br />
<br />
<strong>―山下さんは今年から3回生になりますよね？　そうすると就活の準備はもう始めているのですか？</strong><br />
<br />
２年後は働いているわけだから、最近は社会がすごい身近に感じてきた。でも、僕ら学生は、大学という守られた環境にいるわけで、社会の実情なんかはほとんどわかっていない。だから、ちょっとでも、知ろうと思って城繁幸さんなどが書いた労働事情の本を読んだりしているよ。城繁幸さんの著作を読んでからは、実力主義の外資系企業に関心が出てきた。<br />
<br />
あとRTN Projectを通じて、社会人の人に僕がインタビューさせてもらえる機会も大きいんじゃないかと思ってる。普通、なかなか社会人と接点持てないから。でも、インタビューなどで、企業や社会の話をどんどん聞ける。あと、大学生は限られた人たちとしか、関わらないから、視野が狭くなりがちだし、コミュニケーションも内輪だけのものになりがち。だから、RTN Projectに携わっていて、本当によかったなって思うよ。もちろん、社会人だけではなく、知らない学生にインタビュー行ってるのも、同じ理由で、非常に有益だと思ってる。<br />
<br />
<strong>一言で言えば、「好きにすれば？」</strong><br />
<br />
<strong>―海外生活を振り返ってみて、自分は何を得たと思いますか？</strong><br />
<br />
さっきも言ったことだけど、一つは人間関係には適度な距離があることを知ったのは大きかったかな。アメリカにいたとき、一緒に遊ぶときはみんなしっかり遊んでたけど、自分でやりたいことがあるときは、無理に他の人に合わせるようなことはしなかった。ある意味「ドライ」な人間関係だと言えるかもしれないけど、だからといって別に嫌われることなんてなかった。そんなことで嫌うような人なら、こっちのほうから遠慮すべきだと思う。そうやってお互いを犠牲にしても、結局お互い不幸になるだけ。<br />
<br />
二つ目は、まあ度胸？かな。アルファベットもわかっていない状態で、英語を話してる集団に飛び込んでいったから、後は割と怖いものはなくなるかなって。日本だと、とりあえず日本語は話すことが出来るし、コミュニケーションを取れれば、なんとかなる場合が多い。足りないものも、色々あるんだろうけど、そこは努力で補えたらなあって思う。<br />
<br />
<strong>―将来の夢は何ですか？</strong><br />
<br />
漠然としているけど、色々な国に訪れて、様々な価値観に触れたいと思っている。僕自身、アメリカに行って、それまで住んでた場所だと、絶対に見られなかったものに触れることが出来て、本当に衝撃的だった。多分そこら辺が、自分のルーツなんじゃないかって思う。ちょっと、偉そうに表現するとさ（笑）<br />
<br />
でも、今はまだ日本とアメリカくらいしか行ったことがないから、まだまだ世界中に、自分の知らないものなんかがある。だから、もっともっと色々な世界に行ってみたい。そのためには、具体的にどのようなスキルだとか能力が認められるかはわからないけど、将来的に、自分の力が足りなくて、夢を実現させられなかったという状況は絶対に嫌だから、今出来ることをコツコツとやって、力を蓄えたいって考えてる。<br />
<br />
<strong>―最後に、後輩に向けて何かメッセージをお願いします。</strong><br />
<br />
一言で言えば、「好きにすれば？」かな（笑）　大学生になったらもう大人なんだし、なんでも自分で考えて行動するのが当たり前だと思う。「自分が将来やりたいこと」なんてのは、特にそうだよね。そんなもの自分で見つけるべきだし、他人が教えてくれるはずがない。そもそも答えは人によってまちまちだしね。要するに、誰かに何かを与えられるのを期待してるんじゃなくて、自分で積極的に考えろってことですよ！<br />
<br />
<strong>帰国子女大学入試・合格体験記vol.4 ：</strong><br />
<a href="/2008/08/vol4_2.html">http://www.rtnproject.com/2008/08/vol4_2.html</a><br />
<strong>Los Angeles International School ：</strong><br />
<a href="http://www.la-inter.org/">http://www.la-inter.org/</a><br />
<strong>活動報告 「世界の学校から」vol.12　山下博之</strong><br />
<a href="/2009/08/_vol12_1.html">http://www.rtnproject.com/2009/08/_vol12_1.html</a><br />
<br />
<strong>インタビューアからの一言</strong><br />
<br />
出身予備校が同じことがきっかけで、山下さんと知り合いました。今回のインタビューでは、心の底から楽しそうに現地校時代のことを語ってくれたので、今までクールな人だと思い込んでいた私には、少し意外でした。山下さんは自分とは異なる方向から物事を深く、かつ、はっきりと考えていていたので、得られるものが非常に多く、大変勉強になりました。このインタビューを機会に、今後ともちょくちょくお話させて頂きたいと思います！<br />
<br />
<a href="/2010/07/vol74.html">前編はこちらから＞＞</a>
</div>
<table class="layout2">
	<tbody>
		<tr>
			<td>
			<img src="/50/img/interviewee_s_141_profile.jpg" alt="" width="150" height="150" />
			</td>
			<td>吉村政龍。１９８９年東京生まれ。小学５年から約８年間台湾に滞在。Dominican International Schoolを０８年に卒業し、帰国。予備校で約１年間受験勉強に明け暮れた末に、京都大学法学部に合格し、入学。昨年は大学で学ぶことの意義に疑問を抱き無気力に陥ってしまったが、２回生になる今年からは法学と経済学の勉強を両立させながら、ロースクールを目指すと同時に、いろいろな新しいことに挑戦することを決意した。</td>
		</tr>
	</tbody>
</table>
]]></description>
         <link>http://www.rtnproject.com/2010/08/vol74_1.html</link>
         <guid>http://www.rtnproject.com/2010/08/vol74_1.html</guid>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">50)インタビュー</category>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">5001)学生インタビュー</category>
        
        
         <pubDate>Thu, 12 Aug 2010 13:47:52 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>更新情報8月9日</title>
         <description><![CDATA[<p>
活動報告 「世界の学校から」vol.23をアップしました。<br />
<a href="/2010/08/_vol23_1.html">http://www.rtnproject.com/2010/08/_vol23_1.html</a>
</p>
]]></description>
         <link>http://www.rtnproject.com/2010/08/89_1.html</link>
         <guid>http://www.rtnproject.com/2010/08/89_1.html</guid>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">2010)ニュース</category>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">ニュース・イベント</category>
        
        
         <pubDate>Mon, 09 Aug 2010 06:28:51 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>活動報告 「世界の学校から」vol.23　吉江奏太</title>
         <description><![CDATA[今回は、カリフォルニア州サンタバーバラ市にあるDos Pueblos High Schoolをご紹介願います。紹介者は一橋大学経済学部に通う吉江奏太さん。国立バスケットボール・リーグ２０１０主催者でもあります。Dos Pueblos High Schoolは市内で最優秀とされており、一年中天候が良い全米でも有名なリゾート地に位置しているので、車で５分も行けば大きなショッピングモールがあったり、綺麗なビーチがあったりするそうです。

<table class="layout2">
	<tbody>
		<tr>
			<td>
			<img src="/50/img/interviewee_s_169_profile.jpg" alt="" width="150" height="113" />
			</td>
			<td>吉江奏太さん。１９８９年生まれ。小学６年生から高校卒業まで米国カリフォルニア州サンノゼ、サンタバーバラに滞在。Dos Pueblos High Schoolに通う。高校ではバスケ部に所属し、州大会CIFに出場。高校卒業後、日本に帰国し、一橋大学経済学部に入学。現在３年に在籍。大学では開発金融を専攻し、バスケ・サークル代表を務める。国立バスケットボール・リーグ２０１０主催者。</td>
		</tr>
	</tbody>
</table>
<h3>活動報告</h3>
<div class="h3_body">
<strong>リゾート地に位置する学校</strong><br />
<br />
Dos Pueblos High Schoolは、１９６６年に設立された、米国カリフォルニア州サンタバーバラ市に位置する４年制の公立学校です。生徒数は総勢２０００人ほどで、米国の公立学校としては標準の規模となっています。教育プログラムには非常に重点を置いていて、当地域では、サンタバーバラ市内の学校の中では、最も評判の良い学校とされています。STARと言われる、カリフォルニア州内の学校の学業成績水準を測る指標では、例年トップ１０％の層に属しています。<br />
<br />
学校の設備も非常に充実しており、４０エーカーの学校面積の中には、体育館、図書館、運動場、駐車場、そして、劇場などがあります。運動場は、野球場が４つ、バスケットコートが６つ、オリンピックで使用される大きさと同じサイズのプールなど、設備が充実しており、学生の課外活動にも積極的に貢献しています。<br />
<br />
<table>
	<tbody>
		<tr>
			<td>学校が位置するサンタバーバラ市は、全米の中でも有名なリゾート地のひとつであるため、学校の周りには大きなショッピングモールや綺麗なビーチがありま
			す。両方とも車で移動すれば５分ほどで行ける距離なので、昼休みや放課後は多くの学生を見かけます。海では、放課後にサーフィンをしに行く人や、部活動を
			している学生たちが走らされている光景をよく見かけます。バスケ部に所属していた頃は、私も放課後にチーム全体で海に移動し、頻繁にトレーニングを課され
			ていました。</td>
			<td>
			<img src="/50/img/report_s23yoshie4.jpg" alt="" width="150" height="113" />
			</td>
		</tr>
	</tbody>
</table>
<br />
<strong>生徒と教師について</strong><br />
<br />
人種の多様性がうかがえる米国ですが、この学校では生徒の６０％が白人、３０％がヒスパニック系、６パーセントがアジア系、そして４％が黒人となっており、白人の生徒が大多数を占めています。日本人は全学年で２人しかいなく、学年では私１人しかいませんでした。そのため、私の高校は、それほど国際的ではなく、アメリカの典型的なハイスクール青春映画に登場する文化を体験したい方にとっては、最適な学校と言えるでしょう。<br />
<br />
<table>
	<tbody>
		<tr>
			<td>
			<img src="/50/img/report_s23yoshie3.jpg" alt="" width="150" height="113" />
			</td>
			<td>一年中天候が良いリゾート地に位置しているからか、生徒も教師もとても気さくで、楽天家な人たちが多いなと感じました。教師に関しては、T－シャツに短パ
			ンとビーチサンダルという格好で、音楽を流しながら授業をしたり、授業時間が空いたときに映画を見せてくれたりする人も多く、生徒に楽しく授業をすること
			を考えているひとが沢山いました。そのため、生徒との関係も非常に強く、放課後に一緒にご飯を食べにいったり、海へサーフィンをしに行ったりする教師もい
			ました。このような学校環境であったため、私も非常にのびのびとした学校生活を送ることができました。</td>
		</tr>
	</tbody>
</table>
<br />
<strong>学業について</strong><br />
<br />
<table>
	<tbody>
		<tr>
			<td><br />
			ゆったりとした学校環境ではありますが、アメリカの公立高校の中でも高い水準の教育を提供しています。通常の授業よりも発展的な授業を学びたい優秀な生徒
			たちには、Advanced Placement programやGATE(Gifted and Talented Education) 
			programなどが設けられています。また、Engineering 
			Academyというプログラムがあり、自然科学やエンジニアに興味がある人たちへの科目コースも作られています。優秀な人材を積極的に輩出したいという
			考えから、毎年、様々なアカデミックな大会にも出場しており、ロボットエンジニア大会やEconomic 
			competitionという資本市場分析の州大会などで入賞しています。</td>
			<td>
			<img src="/50/img/report_s23yoshie1.jpg" alt="" width="150" height="113" />
			</td>
		</tr>
	</tbody>
</table>
<br />
<strong>課外活動とイベントについて</strong><br />
<br />
課外活動の一つとして、部活動のスポーツがあります。Dos Pueblos Highは、部活動プログラムにも非常に熱心に取り組んでおり、様々なスポーツにおいて州立大会に出場するなどの実績を残しています。特に、アメリカンフットボールと水球に力を入れています。アメリカンフットボールは、市内のライバル校と対戦する際に学内の全生徒が観戦しにいくほどの熱気があり、また、私が在学していた頃の水球チームは、州立大会で優勝していました。ちなみに、学内のスポーツ試合でのマスコットはChargerで、騎馬を表しています。<br />
<br />
<table>
	<tbody>
		<tr>
			<td>
			<img src="/50/img/report_s23yoshie2.jpg" alt="" width="150" height="113" />
			</td>
			<td>アメリカの通常の公立学校では、スポーツ部の活動は季節ごとに異なっていて、私が所属していたバスケ部は冬のみ活動していました。春は陸上部、夏はバレー
			部、秋はアメフト部が活動することになっていたため、一つのスポーツを一年中練習するのではなく、色々なスポーツに取り組むことができました。しかし、入
			部前にトライアウトという選考があるため、自分が入りたい部の選考が始まる前に練習しておく必要があります。やはり、アメリカの文化的にはアメフト部やバ
			スケ部が非常に人気であり、選考倍率も非常に高いです。そのため、選考に合格した際には学校中で人気者になれます。</td>
		</tr>
	</tbody>
</table>
<br />
また、スポーツ活動だけでなく、文化系の部活動にも力をいれています。舞台芸術の中では、ジャズミュージックバンドクラブやマーチング・バンドなどの部活動をサポートし、市内の各地でコンサートを開いています。私が卒業する年には、学内に劇場が設立され、舞台演技の活動も始まりました。その翌年には、『美女と野獣』のミュージカルがプロデュースされたそうです。<br />
<br />
また、アメリカの学校では、おなじみのダンスパーティーが頻繁に開かれます。Dos Pueblos Highでは、Homecoming Dance、Winter Formal、そして、Promといったイベントだけでなく、Halloween Partyやカウボーイの格好になって踊るダンスパーティーもありました。PromやHomecomingのパーティーでは、基本的に、女子生徒はドレスを着て、男子生徒はタキシードやスーツを着て参加します。ダンスパーティーに行く場合は、一緒に行くパートナーを探す必要があり、気になる相手を誘う時期になる、と生徒たちがそわそわし始めます。そして、周りから評判の良い人気者の生徒は取り合い競争になります。<br />
<br />
<strong>最後に</strong><br />
<br />
このような高校に通えて、私は非常に充実した生活を送ることができました。なによりも、アメリカの高校の伝統や文化に深く関わりながら４年間を過ごせたことで、日本の高校を通うのとは全く異なる体験をできました。私の学校紹介が、伝統的なアメリカの高校の雰囲気を少しでも知ることができるきっかけとなるのであれば、嬉しい限りです。<br />
<br />
<strong>Dos Pueblos High School ：</strong><br />
<a href="http://www.dphs.org/">http://www.dphs.org/</a><br />
<strong>帰国子女大学入試・合格体験記vol.34</strong><br />
<a href="/2010/04/vol34_2.html">http://www.rtnproject.com/2010/04/vol34_2.html</a>
</div>
]]></description>
         <link>http://www.rtnproject.com/2010/08/_vol23_1.html</link>
         <guid>http://www.rtnproject.com/2010/08/_vol23_1.html</guid>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">5002)活動報告</category>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">60)活動報告</category>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">6000)世界の学校から</category>
        
        
         <pubDate>Mon, 09 Aug 2010 06:28:50 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>更新情報8月5日</title>
         <description><![CDATA[<p>
海外生活体験者・社会人インタビューvol.63をアップしました。<br />
<a href="http://www.rtnproject.com/2010/08/vol63_1.html">http://www.rtnproject.com/2010/08/vol63_1.html</a>
</p>
]]></description>
         <link>http://www.rtnproject.com/2010/08/85.html</link>
         <guid>http://www.rtnproject.com/2010/08/85.html</guid>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">2010)ニュース</category>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">ニュース・イベント</category>
        
        
         <pubDate>Thu, 05 Aug 2010 02:35:44 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>海外生活体験者・社会人インタビューvol.63</title>
         <description><![CDATA[<div class="sectionh2">
<table class="layout2">
	<tbody>
		<tr>
			<td>
			<img src="http://www.rtnproject.com/50/img/interviewee_s_168_profile.jpg" alt="interviewee_s_168_profile.jpg" width="150" height="150" />
			</td>
			<td>荒谷沙知さん。１９８６年大阪生まれ。３歳から１０歳まで米国のカリフォルニア州サンフランシスコに滞在。一時帰国した後、中学、高校とカリフォルニア州のロサンゼルスで過ごす。帰国後、東京大学文科Ⅲ類に入学、文学部社会学科へ進学する。大学卒業後、住友商事に入社。海外のインフラプロジェクトを扱う部署に配属され、現在ベトナム市場を担当。同国の発電所建設プロジェクトに携わっている。</td>
		</tr>
	</tbody>
</table>
</div>
<br />
<div class="h3_body">
<strong>総合商社の総合職として働く女性とお会いするということで、私は非常に緊張していた。なぜなら、総合商社で働く女性のイメージは、パンツスーツにひっつめ髪&hellip;&hellip;といったような、キツいものだったからである。<br />
<br />
しかし、目の前に現れた荒谷さんは、小柄で、髪の毛も下ろしていて、白のニットとスカートを履いていた。濃色のスーツを着て全身寒色だった私よりも、よっぽど女性らしく、ほんわかとしていらっしゃった。イメージと全く異なる「商社ウーマン」にちょっと安堵しながら、私のインタビューは始まったのである。<br />
<br />
予備校に通わず、独学で東大に</strong><br />
<br />
<strong>―荒谷さんは海外のどちらにいらっしゃったのですか？</strong><br />
<br />
アメリカのロスアンジェルスやサンフランシスコを行ったり来きたりしていました。父の仕事の都合で渡米し、家族みんなで暮らしていました。累計１５年ほどになりますね。<br />
<br />
<strong>―どうしてRTNプロジェクトをお知りになったのですか？</strong><br />
<br />
友人が企画に参加したのがきっかけです。それに誘われて&hellip;&hellip;。海外生活体験者が一堂に会するって、なんだか不思議な空間ですよね。RTN Projectもwebsiteも、私の周りでは結構有名だから、あまりぶっちゃけた話ができないかもしれない（笑）<br />
<br />
<strong>―そんなことを仰らずに（笑）　日本ではどちらの大学に行かれていたのですか？</strong><br />
<br />
東京大学に通っていました。実は、日本では塾に通っていませんでした。アメリカにいた間は通っていたのですが、日本に帰ってきてからは、独学で小論文や面接の対策をしました。<br />
<br />
<strong>―大学ではどんなことに力を入れてらっしゃったのですか</strong><br />
<br />
大学ではテニスとオーケストラのサークルに所属していました。特にオーケストラは、一年間運営に携わっていたということもあり、かなり力を入れて取り組んでいましたね。私生活の多くの時間を占めていました。また、旅行に行くのが趣味だったため、コツコツとバイトでお金を貯めては、東南アジアをはじめ、多くの国々を旅行しました。<br />
<br />
<strong>お話を聞けば聞くほど、荒谷さんは謙虚で温和な方に思えた。男社会と称される総合商社で働かれているという事実が、にわかには信じがたいほどだ。</strong><br />
<br />
<strong>飲み会のノリでメールにビックリマーク！</strong><br />
<br />
<strong>―本当に荒谷さんは温和な方ですね。</strong><br />
<br />
私はちょっと驚いてます。  実は結構勝気だったりするんですよ（笑）　自分が思ったことは率直に言うし。アメリカでの経験が影響しているのかもしれないな。上司にも、結構はっきり自分の考えや意見をぶつけるので、時々驚かれてしまうこともあります（笑）<br />
<br />
<strong>―住友商事には上司に意見を言ったりする環境があるのですか？</strong><br />
<br />
現在私が所属している部署では、早い時期からプロジェクトの担当者として仕事を任せるという習慣があります。そのため、私も入社半年目で契約履行中の水力発電所案件の担当者になり、常に「当事者意識を持つ」ということ、そして「仕事は責任感と情熱が重要！」ということを、とことん教え込まれました。<br />
<br />
発電所建設プロジェクトにおける商社の業務は、クレーム対応といったトラブルシューティングが多いため、どうで考え、どう進めれば客先/パートナーが納得できる着地点を見つけられるか、常に自分で考える必要があります。<br />
<br />
私はまだまだ若手ですが、プロジェクトについての意見を言える環境はきちんとありますし、上司もそれを受け止めてくれますよ。でも、やはり最低限の上下関係はありますね。しっかり教え込まれます。私は体育会ではなかったし（注：インタビューイは体育会所属である）、大学時代はそういうことに慣れていなかったので、最初は覚えるのに必死でした。<br />
<br />
<strong>―ビールのラベルは上にして注ぐとかですか？（笑）</strong><br />
<br />
そうそう！　さすがですね（笑）　あとはエレベーターに乗るときは、人をかき分けて自分が１番はじめに乗って、ドアを開けて待っているとか。それに、飲み会の幹事は絶対に１年目の自分がやるし、メールの書き方とかもきちんと教えてもらえます。私は一度失敗してしまったことがあって、怒られた（苦笑）<br />
<br />
<strong>―どんな失敗をなさったのですか</strong><br />
<br />
飲み会は1年目がまずメールをまわして、出欠を取って、お店を予約して、代金を立て替えて支払うので、あとから飲食代徴収のお願いメールも回すのね。それで、やはり商社はチームで仕事をするという特徴があるから、それが影響しているのかもしれないけど、特にうちの部署は仲がよく、飲み会も盛り上がって。ついそのノリでメールの中にびっくりマーク（！）を使ってしまったの。<br />
<br />
上司から指摘を受け、指導されました。飲み会のときも１年目が率先してお酒を注いだり、食べ物を取り分けたりしなければならないのだけど、私より年次が上の事務職の方が先にやってくださったりして。そうすると「一年目の仕事だろ！」と突っ込まれてしまいますしね。<br />
<br />
<strong>―私も同じような経験があるのでわかります（笑）</strong><br />
<br />
ほんと！　なんか初対面だけど親近感わくね（笑）<br />
<br />
<strong>やはり「気配りの目」は経験がものをいう部分が大きいので、やり慣れている人が素早く対応できる。私も飲み会の席で、先輩マネージャーに席を立たせてしまったことを指摘され、赤面した思い出がある。</strong><br />
<br />
<strong>「女だから」と言われないように</strong><br />
<br />
<strong>インタビューは焼肉店で行われたのだが、お話しをしながらも、荒谷さんはせっせと肉を焼いたり野菜を焼いたり、火が通ったものがあれば取り分けてくれ、私の飲み物がなければ「なんか頼む？」と気遣ってくださいます。</strong><br />
<br />
<strong>―今働かれている部署は女性が少ないのですか？</strong><br />
<br />
そもそも総合職の女性を採用しだしたのが、ここ最近ということもあり、総合商社はまだまだ女性が少ないと思いますね。私が所属しているところも、男性の多い部署です。<br />
<br />
<strong>―働かれる上でなにか弊害はありますか？</strong><br />
<br />
配属された当初は、部署の男性は戸惑っていたようで、上司にも「女だからどう扱っていいかわからない」と言われ、傷ついたこともあります。<br />
<br />
でも、仕事をしていくうちに、最初は異質（？）だった私の存在も受け入れてもらえるようになったと感じますし、今は男/女関係なく扱ってもらっています。「女性だから」ということで変に優しくされることもないのが、逆に良いのかもしれません（笑）　とは言うものの、やはり女性だからということで、周りも気を遣っているところはあると思うし、やっぱり難しいところはどうしてもあるんだけどね（苦笑）<br />
<br />
<strong>―就職活動は順風満帆だったのですか？</strong><br />
<br />
全然そんなことないよ！　実は崖っぷちでした（笑）　元々クリエーティブな仕事がしたくて、テレビ局をはじめとしたマスコミや、国際協力にも興味があったので、国際協力系の機関を受けていたんだけど、最初はことごとく落ちてしまって、すごく落ち込んだりもしました。最後は、食品関係の仕事と総合商社で悩んだんだけど、最終的にはキャリアの幅が広くて、海外との接点が強い総合商社に向いているのかなと思って決断しました。<br />
<br />
<strong>―やはり就職活動中は落ち込みますよね&hellip;&hellip;。</strong><br />
<br />
そうですね&hellip;&hellip;。最初ほんとにうまく行かなかったから。ただ、落ちまくっても、「必ず自分に合ったところはある！」と信じて、前向きに気持を切り替えていくことが重要だと思います。今考えれば、私もただはじめのうちは自分に合ったところを受けてなかったんだなあって。就職活動ってやっぱり相性だと思うんです。<br />
<br />
どんなに優秀な人でも、やっぱり会社のカラーに合った人には優ることができない。就職活動中にそれに気づくのって、意外に難しかったりするんだよね。私は、総合商社は他にもいくつか内定をいただいたけど、私のバックグラウンドだったり、今までやってきたことだったり、性格だったりといった総合的な素質が、総合商社のほしいそれと合致していたのだと思います。<br />
<br />
実際に、今の仕事の客先は海外にいるため、異なった考えやバックグランドを持った人のニーズを理解するといったスキルが重要だし、業務の８割方は英語を使用します。そういった意味で、自分のバックグランドや経験を業務に活かせているなとすごく感じますね。<br />
<br />
<strong>―最後に就活生にアドバイスをください！</strong><br />
<br />
何よりも大切なことは、自分に素直になることだと思います。私も就活の最初の頃は、いかに自分をよく見せるかばかり考えていましたが、なかなかうまくいきませんでした。飾らず、とにかく自分の言葉で一所懸命話すようになってから、不思議と面接が通るようになったかな。拙い言葉でも良いので、素直な思いや考えを一所懸命話すことが、面接官にはきっと伝わるはず！　そして素直な自分を受け入れてくれる会社はきっと見つかるはず。<br />
<br />
合っているところを自分で理解するという意味で、自己分析は大切だと思います。自分を見つめるよい機会なので、とことん自分と向き合ってみてください。<br />
<br />
<strong>－今日はありがとうございました！</strong><br />
<br />
<strong>インタビューアから一言</strong><br />
<br />
私は体育会に属しているのですが、同じ男性社会で働く者として、考え方を共有することができて、とてもためになりました。この世界にいる者にしかわからない苦労があり、それを初対面でシェアできたことは、私にとって非常に有益でした。私は就職活動中だったのですが、その日うかがったことを参考に、最後の１ヵ月を頑張りたい！と改めて思うことができました。商社のお仕事の雰囲気がこのインタビューを通じて伝わっていれば嬉しく思います。
</div>
<table class="layout2">
	<tbody>
		<tr>
			<td>
			<img src="http://www.rtnproject.com/50/img/report_15MT_1.jpg" alt="" />
			</td>
			<td>富田茉記子。１９８８年生まれ。東京都出身。高校１年のときにイギリスへ渡り、高校時代２年間ロンドンで過ごす。卒業後帰国し、早稲田大学政治経済学部へ入学。現在は政治経済学部国際政治経済学科４年に在籍。大学では、体育会（男子部）にマネージャーとして所属しており、部活漬けの日々を過ごしている。</td>
		</tr>
	</tbody>
</table>
]]></description>
         <link>http://www.rtnproject.com/2010/08/vol63_1.html</link>
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                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">50)インタビュー</category>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">5000)社会人インタビュー</category>
        
        
         <pubDate>Thu, 05 Aug 2010 02:35:43 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>更新情報8月1日</title>
         <description><![CDATA[<p>
海外生活体験者・社会人インタビューvol.62をアップしました。<br />
<a href="http://www.rtnproject.com/2010/08/vol62_2.html">http://www.rtnproject.com/2010/08/vol62_2.html</a>
</p>
]]></description>
         <link>http://www.rtnproject.com/2010/08/81_1.html</link>
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                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">2010)ニュース</category>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">ニュース・イベント</category>
        
        
         <pubDate>Sun, 01 Aug 2010 22:06:12 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>海外生活体験者・社会人インタビューvol.62</title>
         <description><![CDATA[<div class="sectionh2">
<table class="layout2">
	<tbody>
		<tr>
			<td>
			<img src="http://www.rtnproject.com/50/img/interviewee_s_167_profile.jpg" alt="interviewee_s_167_profile.jpg" width="150" height="113" />
			</td>
			<td>木元仁玉さん。８６年生まれ。５歳まで中国で過ごす。その後兵庫県姫路に住み、同志社大学商学部に進学。２０歳のときに１年間アメリカNYに留学。大学４年生の２０１０年２月、東京都主催のビジネスコンテストで、オーディエンス賞と最優秀賞のダブル受賞という快挙を達成する。内定先企業を入社３週間前にして辞退し、大学卒業後、起業し美容関連事業を立ち上げ、現在、株式会社J LINK INTERNATIONAL代表取締役。日本語、中国語、韓国語、英語も話すクアトロリンガルでもある。</td>
		</tr>
	</tbody>
</table>
</div>
<br />
<div class="h3_body">
<strong>日本に帰ってきてからはちょっと大変だった</strong><br />
<br />
親が中国人なので、０歳から３歳までは大連、３歳から５歳までは吉林省に住んでいたんです。ここで、最初の言語、中国語を習得しました。韓国語も吉林省にいるときに覚えました。吉林省は漢民族の他にも朝鮮系の人も結構いて、公用語が韓国語と中国語なのです。そこで生まれ育った人は韓国語しか話せない人も多いので、話す機会が多く、学ぶ機会がいっぱいありました。５歳になってから、兵庫県の姫路に引っ越してきました。<br />
<br />
日本に帰って来てからはちょっと大変でしたね。私は日本語を満足には話せなかったのと、今は日本国籍ですが、そのときは名字も中国人って感じだったのでいじめられました。でも母曰く、３ヵ月くらいたったら、たくさんの友達を連れていたみたいですけど(笑)　ですが、本人にはちょっとつらい経験でしたね。<br />
<br />
<strong>そうだ、私ニューヨークへ行こう！</strong><br />
<br />
５歳で姫路に移ってからは、そのまま日本の暮らしになじんで、普通に高校・大学と受験しました。ただ、ゼミにもサークルにも所属しておらず、大学とはあまり関わりがあった感じではありません。今思えば、特定のクローズされた空間に生きるのは息苦しかったのかもしれません。大学２年生の６月ごろ、これも直感なのですけど、バスに乗っていたらいきなり、「あ、私ニューヨーク行こうっていうか、行くわ！」と思って決め<br />
ました。そこから１年休学してニューヨークへ旅立ちました。<br />
<br />
日本にいるときは英語も出来る方だと思っていたので、ちょっと高を括っていたところもあったんですよね。それが、実際ニューヨークにいって、ネイティブに全くついていけないことにショックを受けました。でも、日本人は文法が出来るから、語学学校の最初のテストの結果、一番上のクラスに入れられてしまったのです。日本人は一人もいなくて、周りは普通に英語を話せるヨーロッパ人だけ。授業内容も、安楽死や児童労働など、日本語でも上手く説明できないような、難しいテーマばかりでした。<br />
<br />
<strong>主張しないと周りは聞いてくれない</strong><br />
<br />
一番悔しかったのは、自分の意見が伝えきれないことでした。例えば、【死刑制度】がテーマだと、ヨーロッパでは基本的に死刑制度に反対なので、みんな反対意見でした。日本人が一人だったこともあり、私は日本の代表という自覚もありましたし、「言っていることは間違っている！」とイギリス人だった先生にまで一蹴されて。まるで、自分という人間を否定されて、何を言っても誰も聞いてくれない、同等に扱ってくれない&hellip;&hellip;と、本当にくやしい思いをしました。トイレで何時間も泣いていたときもあったんですよ（苦笑）<br />
<br />
それを克服したのは、単に英語力がついただけでなく、「最後まで自分の意見を主張してこそ、周りの人はやっと意見を聞いてくれる」ということがわかったから。日本人から見ると、欧米人ってきつい言い方をするように聞こえるときもあると思います。ダイレクトに批判されたりするとショックを受けていたのですが、別にその人たちは私のことを嫌いだから攻撃しているわけではないと気づきました。だから、ストレートに意見を否定されても、「あなたの意見も分かるけど、私はこういうふうに思うの」ときちんと向き合えるようになりました。すると、向こうも「なるほど、じゃあこういうふうなら？」と、口論でなく討論になっていきました。<br />
<br />
<strong>相手のことを知りたいから自分をオープンにする</strong><br />
<br />
アメリカや中国では、ちゃんと自分の意見を言う人をリスペクトしてくれますよね。彼らが自分の意見を最初に言うのは、相手のことを知りたいので、まず自分をオープンにしているのだなと思いました。それに、自分の意見を言えれば、相手の年齢や立場に関係なく相手はちゃんと聞いてくれるのが、すごくいいなと感じました。そういう経験が出来て、今まで自分の感じていた世界が当たり前でないとわかって、人として豊かになった気がします。<br />
<br />
ニューヨークは色々な国の人がいて、ちょっと逆にアメリカっぽくないところもありますが、その分世界の縮図を見られたことがとてもよかったです。自分の悩みのちっぽけさに気づいて、色々なものから解放されました。行き先をニューヨークに決めたのは、単なる直感なのですが、その奥には「世界を見てみたい」という希望があったからだと思います。<br />
<br />
<strong>最初に内定をもらったので、これは運命だ！</strong><br />
<br />
アメリカから帰ってきてからは、就活を始めました。私はかねてから興味があった美容関係の１０数社ほどしか受けていません。リーマンショック直後の大不況だったので、これには周りからの猛反対にあいました(笑)　でも、結果として、とても行きたかった会社から最初に内定をもらい、この会社は運命だ！とまで感じましたね。３月には内定が出ていたので、４年生は何やろうかなと思ったとき、自分の中国語能力が下がってきているのが嫌だったこともあって、今度は北京に行こうと思いました。<br />
<br />
内定先の同期はものすごく仲がよくて、自主合宿などもしていましたが、私が北京に行っても月に２、３回スカイプで熱く語りあっていました。みんなものすごく熱かったので、「入社したらこの企画提出しよう！」とか言っていて、営業計画書とかも書いていました。私は書き方もあまり知らなかったので、その勉強をしたいなと思っているときに、同期のリーダーの子がビジネスコンテストを紹介してくれたんです。<br />
<br />
<strong>最優秀賞＆オーディエンス賞のダブル受賞</strong><br />
<br />
それは、東京都主催のビジネスコンテストだったのですが、やはり興味のある美容と中国をテーマにすることに決めました。自分の勉強のために出たので、１次、２次が通って、３次で初めてパワポの存在を知ったくらい(笑)　決勝に行っても、まさか自分が優勝するとは思ってもみませんでした。<br />
<br />
結果的に最優秀賞をいただきましたが、嬉しかったのはオーディエンス賞です。お客さんがメッセージを紙に書いて、私たちの持っているかごの中に直接投票するんですね。「すごいよかったです」とか「頑張ってください」とか、嬉しい言葉を一杯いただけました。オーディエンス賞受賞直後に最優秀賞が発表されたのですが、席に戻ったらすぐまた呼ばれて、会場も盛り上がってくれて、とっても楽しかったです。<br />
<br />
<strong>この流れに逆らっちゃいけないと思った</strong><br />
<br />
起業しようと決めたのは、このビジネスコンテストがきっかけです。このあと、多くの審査員の方々や見に来てくださった人たちから、「君のアイデアはすばらしかった。そしてこのアイデアは日本に今必要で、日本を照らすことが出来るアイデアだ。」と言われました。「そして、そのチャンスは今しかないんじゃない？」とまで言われて。確かに、「チャンスの扉は今開いている」と、そのときは感じましたね。<br />
<br />
ですが、内定先も大好きでしたし、約１ヵ月間ものすごく悩みました。結局出した答えは「独立」。自然な流れでチャンスがやってきている以上、この流れに逆らっちゃいけないと思ったからです。何も努力もせずに周りに流されるのはよくないけれど、自分なりに一所懸命毎日頑張って、１００％の力を出してそれを認められたってことは、この流れに乗るのは必然的だと感じたんです。私は、人生はなるべくしてなっていると感じています。入社３週間前に内定を辞退して、自分の夢を追いかける道を選びました。<br />
<br />
<strong>夢を実現するための第一歩としての企業！</strong><br />
<br />
起業したいと言っている学生は大勢いますが、「どうして起業したいの？」という問いにきちんと答えられないなら、正直あんまりお勧めできません。確かに、中にはなんとなく起業したいという想いで進んでいく起業家もいます。ただ、私の場合は、今自分のやりたいことがあって、それを実現するための起業というスタンスです。まだ会社を興して２ヵ月ですが、はっきり言って大変です。アフター５も休日もありません。でも、自分の心が決まっていれば、どんなに大変でもくじけないし、周りも納得してくれます。だから、自分が本気でやりたいことが見つかったら、起業に向けて頑張るのもいいと思いますね。<br />
<br />
<strong>活動報告 vol.31 木元仁玉 ：</strong><br />
<a href="/2010/04/_vol31.html">http://www.rtnproject.com/2010/04/_vol31.html</a><br />
<strong>海外生活体験者ブログ vol.8　木元仁玉 ：</strong><br />
<a href="/2010/04/_vol8_1.html">http://www.rtnproject.com/2010/04/_vol8_1.html</a><br />
<br />
<strong>インタビューアから一言</strong><br />
<br />
木元さんにインタビューして、ものすごく刺激を受けました。アメリカに行こう！と思い立って行ってしまう行動力と、聞いている人を引き込む話術がうらやましかったです。木元さんは自分の興味のないことはしないと、はっきりしていますが、自分の興味のあることにかける情熱は半端ではないと思います。そして、木元さんが運のなかで一番大事なのは人運だと言っていたのが印象的です。実際たくさんの方のお世話になっているとおっしゃっていましたが、人を惹きつけるのは彼女の才能の一つなんだろうなと感じました。決して簡単な道のりではないと思いますが、期待しています！！
</div>
<table class="layout2">
	<tbody>
		<tr>
			<td>
			<img src="http://www.rtnproject.com/50/img/interviewer_s_38_profile.jpg" alt="" width="150" height="113" />
			</td>
			<td>内山紗也子さん。１９８６年鹿児島県生まれ。その後、東京、沖縄に暮らし、小学５年から２年間マレーシアに滞在。東京に帰国後、中学２年の夏から米国シカゴへ。高校卒業まで５年間在住。 Deerfield High School卒業後、帰国し、東京大学理科Ⅱ類に入学。現在、東京大学大学院農学生命科学研究科獣医学専攻高度医療科学研究室の５年生。クルクミンと抗癌剤の併用効果の研究をしている。</td>
		</tr>
	</tbody>
</table>
]]></description>
         <link>http://www.rtnproject.com/2010/08/vol62_2.html</link>
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                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">50)インタビュー</category>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">5000)社会人インタビュー</category>
        
        
         <pubDate>Sun, 01 Aug 2010 22:06:11 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>海外生活体験者・学生インタビューvol.74〜前編〜</title>
         <description><![CDATA[<div class="sectionh2">
<table class="layout2">
	<tbody>
		<tr>
			<td>
			<img src="http://www.rtnproject.com/50/img/interviewer_s_57_profile.jpg" alt="" width="150" height="113" />
			</td>
			<td>山下博之さん。１９８８年神奈川生まれ。小学校６年生の３学期からロサンゼルスへ渡り、高校卒業まで、滞在。中学校から高校１年までは日本人学校。西大和学園カリフォルニア校（6th,7th,8th,9th）、Los Angeles International School（10th)、その後、現地のWest High Schoolに転校し、卒業。帰国後、京都大学経済学部に進学し、現在３回生。国際経済学（本ゼミ）とイノベーション戦略（サブゼミ）に所属。サークルは、野球サークルと新書講読会に所属している。</td>
		</tr>
	</tbody>
</table>
</div>
<br />
<div class="h3_body">
<strong>ぼくが住んでた町がすべてだった</strong><br />
<br />
<strong>―どういった経緯で海外生活をすることになったのか教えてください。</strong><br />
<br />
小学６年のときに父がアメリカに転勤することになったので、一緒に行ったんだ。最初は日本人学校に中学３年まで通って、１年間日系インターナショナルスクールに在籍した後に、現地校に転校し、そこで高校を卒業したよ。<br />
<br />
<strong>―アメリカに行く前の話を教えてください。</strong><br />
<br />
僕が住んでいた菊川ってところは、結構小さい田舎で、見るものや人は限定的だった。小学校の途中で、ブラジルから転校してきた人がいても、その当初は、その人がブラジル人だとは全く思えなかった。限られた日本人のコミュニティしかなかったから、多分、外国人ていう概念をそもそも理解していなかったんだと思う。アメリカ行く前の僕の世界ってのは、住んでた町がすべてだった。<br />
<br />
家族で海外旅行に連れていかれても、あんまり海外に行っている実感はなかった気がする。どうせ、１～２週間で町に戻るわけだしね。旅行と滞在は、やっぱり、感覚的にも決定的に違ったと思う。<br />
<br />
<strong>アメリカって本当にあったんだ</strong><br />
<br />
<strong>―アメリカに行ってみて、まず何を思いましたか？</strong><br />
<br />
アメリカって本当にあったんだって思った（笑）　社会とかで世界地図は覚えたりしてたけど、そんなの行ってみないと本当にあるなんて実感しないじゃない。ロサンゼルスの空港から外に出ると、日本にはないpalm treeがあって、日本とは違ってべとつかない爽やかな風が吹いて、何もかもがそれまでの町とは違った。コーカロイドも普通に歩いているしさ。それまで住んでた町の要素が微塵もなくなって、戸惑いすら覚えた。<br />
<br />
ただのコーラも印象ががらりと変わったよね。容器とかの外観もさることながら、違う環境で飲んだコーラは、日本で飲んだコーラとは違う感じだった。ロサンゼルスのカラッとした気候で飲むコーラってのが最高だった。<br />
<br />
<strong>―カリフォルニアの日本人学校はどんな感じのところでしたか？</strong><br />
<br />
これは、今までの町の学校と変わらなかったかも（笑）　でも、全国津々浦々から、生徒が来てたのは違ったかな。<br />
<br />
カリフォルニアに住んでいる日本人は多かったけれど、そうした子どもの多くは現地校に通っていたので、日本人学校に行く人は少なかったね。目安としては、１クラス１０人程度という感じかな。まあ学校の規模が小さい分、ほとんどの人と友だちになれたのはよかったと思う。何人かとは、今でも連絡を取ってる。<br />
<br />
<strong>アルファベットはわからなくても、野球ならなんとかなる</strong><br />
<br />
<strong>―日常では、どんな活動をされていたましたか？</strong><br />
<br />
渡米してからも、野球をやっていたよ。いやあ、言葉の壁を痛感したよね。実際は小学校で、英語を学ぶ前だったから、正直アルファベットも満足にわかってなかった。しかも、細かいルールの違いもあったから、余計戸惑ったかも。でも、自分は野球を通じてなら、なんとかなるんじゃないかって思っていた。実際、野球に関することだったら、ボディーランゲージなどを介せば、なんとかなった。野球がちょっと上手かったら、すぐ「genius」とか「Ichiro」なんて呼ばれたりして、すぐにチームメイトとはうち解けたし、楽しかった。<br />
<br />
確か当時は、ゲームボーイアドバンスが発売されていたんだけど、チームメイトにトイザラスに置いてあるからやりに行こうとか誘われたり、家の裏側にあるバスケコートで、知らないアメリカ人とバスケしたりして、日本人学校以外の人とも、ちょこちょこ学外で交流していたよ。<br />
<br />
あと、面白かったのが野球の練習・試合中にヒマワリの種を食べていたことかな。ヒマワリの種に食塩をまぶして、殻の味わいを楽しんだ後に、中の種を食べるんだけど、本当ハムスター張りに、アメリカ人はそのSEEDSっていうお菓子を口に放り込んで、ボリボリ食べてるんだよね。しかも、何が面白いかって、その口の中で割った殻をグランドに吐き捨てまくってるんだよね（笑）<br />
<br />
だから、傍から見たらアメリカ人はものすごい行儀が悪く見える。守備も走塁のときも、ポケットにパンパンに入れておいたSEEDSをほうばって、くっちゃくっちゃしながら、お菓子食べることに夢中になってる（笑）　日本だったら考えられないし、すごく面白かった！　食べてみたら、案外美味しいし、はまった時期はあった。<br />
<br />
飛び込みで自分が知らない団体に入っていったことで、案外自信というか度胸はついたかも。言語が全く違う集団に野球やりに行くんだから、当時の自分には我ながら感心するというか、呆れるというか&hellip;&hellip;（苦笑）<br />
<br />
<strong>５００ページの教科書を徹夜で勉強？！</strong><br />
<br />
<strong>―現地校に転入するまでの経緯を教えてください。</strong><br />
<br />
日本人学校は中学３年まで行ってから、高校１年生も行ってた。でも、やっぱり英語力が向上しないなって痛感したから、現地校に行くことを決心したんだ。噂によると、現地校に通う学生は、５００Pくらいの教科書を４、５冊常に持っていて、毎日徹夜で勉強しているとか言われていた。最初は本気でビビってて、絶対嫌だったんだけど、残り少ないアメリカ生活で、英語力を身につけるには、それくらいしたほうがいいのかなとか思ったわけ。アメリカにいるからには英語話せるようになりたいしね。<br />
<br />
いざ、現地校に行ってみると教科書は分厚かったけど、流石に５００Pもなかったし、宿題で毎日徹夜することもなかった（笑）　周りに、現地校に通う知り合いもいなかったから、あんまり情報を得ることが出来なくて、そんなあり得ない話を信じてたんだよね（苦笑）<br />
<br />
<strong>―現地校になじめないということはありましたか？</strong><br />
<br />
最初の１日だけは、馴染めなかったかな（笑）　やっぱり転校してすぐってのは、友達もいないしね。ただ、野球を通じて知っていた友人に、彼の友人を紹介してもらったりして、昼休みを一緒に過ごす友人はすぐ出来たし、すぐ馴染めたよ。<br />
<br />
<strong>Tristanは一日中ダンスを踊っていた</strong><br />
<br />
<strong>―現地校にどんな印象を抱きましたか？</strong><br />
<br />
現地校には、今までとは違って、本当に多種多様な人がいたし、僕はそれがすっごい楽しかった。今でも、昨日のことのように感じる（笑）　日本人学校だったら、親が駐在で、とかいう人ばかりだったから、生徒も、僕含めてみな、どこか均質的だった。現地校に行ったら、授業中に踊りだす奴やら、ミリタリースクール行く奴やらで、本当に色々な人がいるんだよなって気付かされた。<br />
<br />
その授業中に踊りだす奴が、個人的にはすっごいカッコイイと思っているし、憧れた。名前もTristanっていって、これまたカッコいいんだ（笑）　首振って腕ぐるぐるしたり、腰振ったりしてて、常に調子乗ってる感じ（笑）<br />
<br />
今まで、均質的な環境にいたから、いわゆる空気を読んでばかりだったけど、そいつは凄いKYだった。というより、周りがどう思うか考えたことが、生まれてこのかた全くなくて、自分のやりたいことだけをやっているようにすら思えた。でも、そいつは、アメフトのすごい選手で、学校では誰もが一目置くような奴だったんだよね。アメフトをやってるんだから、チームプレーはしっかり出来るんだと思うけど、自分がしたいことに対して、周りがどう思うかについては、本気でどうでもいいと思ってる感じだった。<br />
<br />
最後の授業の日にも、そいつは、&ldquo;Today is the last day of the school! Hooo!!!Yeah guys!!!&rdquo;とか言って、わけわからん理由で踊っていたなぁ（笑）　そんなに踊るの好きだったのかな？　でも、そいつの良い面は今でも参考してる。まあ、公衆の面前で踊ろうとは思わないけど（笑）<a href="/2010/08/vol74_1.html">後編はこちら＞＞</a><br />
</div>
<table class="layout2">
	<tbody>
		<tr>
			<td>
			<img src="/50/img/interviewee_s_141_profile.jpg" alt="" width="150" height="150" />
			</td>
			<td>吉村政龍。１９８９年東京生まれ。小学５年から約８年間台湾に滞在。Dominican International Schoolを０８年に卒業し、帰国。予備校で約１年間受験勉強に明け暮れた末に、京都大学法学部に合格し、入学。昨年は大学で学ぶことの意義に疑問を抱き無気力に陥ってしまったが、２回生になる今年からは法学と経済学の勉強を両立させながら、ロースクールを目指すと同時に、いろいろな新しいことに挑戦することを決意した。</td>
		</tr>
	</tbody>
</table>
]]></description>
         <link>http://www.rtnproject.com/2010/07/vol74.html</link>
         <guid>http://www.rtnproject.com/2010/07/vol74.html</guid>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">50)インタビュー</category>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">5001)学生インタビュー</category>
        
        
         <pubDate>Wed, 28 Jul 2010 21:20:56 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>更新情報7月28日</title>
         <description><![CDATA[<p>
海外生活体験者・学生インタビューvol.74〜前編〜をアップしました。<br />
<a href="http://www.rtnproject.com/2010/07/vol74.html">http://www.rtnproject.com/2010/07/vol74.html</a>
</p>
]]></description>
         <link>http://www.rtnproject.com/2010/07/728.html</link>
         <guid>http://www.rtnproject.com/2010/07/728.html</guid>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">2010)ニュース</category>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">ニュース・イベント</category>
        
        
         <pubDate>Wed, 28 Jul 2010 21:20:56 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>活動報告 「世界の学校から」vol.22　畑悠歩‏</title>
         <description><![CDATA[今回は、Old Johnianの畑悠歩さんにSt. John&rsquo;s Leatherheadというイギリスのパブリックスクールをご紹介いただきます。自然に囲まれのんびりとしたLeatherheadというロンドン郊外の小さな町にある学校です。設立は２００年前、ハリー・ポッターを連想させる伝統的なパブリックスクールとのこと。プレイルームでビリヤードをしたり、学校のバーへ行ったりと、毎日がお祭りのような学校＆寮生活を送られたそうです。

<table class="layout2">
	<tbody>
		<tr>
			<td>
			<img src="/50/img/interviewee_s_152_profile.jpg" alt="" width="150" height="112" />
			</td>
			<td>畑悠歩さん。１９８８年神戸生まれ。１４歳から１８歳までイギリスのロンドンに滞在。St. John&rsquo;s Leatherheadを卒業後、帰国する。予備校で受験勉強をした後、慶應義塾大学に入学。現在、経済学部３年に在籍中。大学では、金融系のゼミで国際 経済と金融を学びつつ、学園祭の実行委員会にも所属している。</td>
		</tr>
	</tbody>
</table>
<h3>活動報告</h3>
<div class="h3_body">
<strong>〜St. John&rsquo;s Leatherheadという学校〜</strong><br />
<br />
<table>
	<tbody>
		<tr>
			<td>私が通っていた学校はSt. John&rsquo;s 
			Leatherheadというイギリスのパブリックスクールです。パブリックスクールというのは旧全寮制のプライベートスクールのことですが、現在は全員
			が寮生というわけではありません。振り返ってみると、日本にいては決して味わえないような、素晴らしい環境の中で３年間を過ごしました。<br />
			</td>
			<td>
			<img src="/50/img/report_s22hata1.jpg" alt="" width="150" height="113" />
			</td>
		</tr>
	</tbody>
</table>
<br />
学校はLeatherheadというロンドン郊外の小さな町にあります。小さいながらもきれいで、ちゃんとパブやカフェなどがあり、放課後によく町まで行って羽を伸ばしていました。また、ちょうどロンドンのグリーンベルトに当たる部分にあるため、車で１０分ほど行けば牧場や大きな公園といったイギリスらしい風景に出会えます。Leatherheadは自然に囲まれたのんびりとした土地でした。<br />
<br />
学校が創立されたのは約２００年前です。写真を見ても分かるように、校舎も非常に歴史のあるゴシック・リバイバル調の建物で、文化財にも指定されています。エレベーターはもちろんない、階段は急、部屋はすきま風のおかげで寒いと、いろいろボロの出ている校舎なのですが、イギリス人はそんなことお構いなしです。<br />
<br />
<strong>〜ハウス（寮）での生活〜</strong><br />
<br />
学校はハリー・ポッターの世界を想像してもらうといいと思います（笑）<br />
<br />
Montgomery、West、East、Churchill、Surry、North、Southという7つのハウス（寮）に分かれていて、1つのハウスには６学年、約７０人の生徒が所属しています。後輩の面倒を見つつ、基本的にはハウス単位で寮生活を送ります。<br />
<br />
寮のある高校は日本には少ないし、なかなか想像できないと思います。初めはおそるおそるでしたが、寮生活は予想以上に楽しくて、案外面倒くさくはないものでした。<br />
<br />
基本的にはずっと合宿をしているような気分です。勉強の時間というのはあるのですが、それ以外はフリーなので、友人の部屋に行ってだらだらしたり、プレイルームでビリヤードをしたり、学校のバー（18歳以上＋先生のために学校にバーがあるんです！）へ行ったりと、毎日がお祭りのような生活でした。<br />
<br />
掃除や洗濯は係の人がやってくれていたので、生活に面倒くさい点はありませんでした。唯一の難点は食事でしょうか。毎食、必ずじゃがいもが付き、質・量ともに必要最低限の水準でした。さすがイギリス（笑）　しかし、食事以外は天国のような３年間でした！<br />
<br />
<table>
	<tbody>
		<tr>
			<td>寮生は８割方イギリス人で、残りが韓国人や中国人でした。基本的には常にイギリス人に囲まれた生活を過ごしていたので、英語の上達という意味でも申し分のない環境だったと思います。月曜から金曜まではみんな寮にいるのですが、寮に入るといっても、イギリス人にとっては一種の社会経験のようなもので、週末になるとイギリス人は実家に帰ります。週末はそういう友人の家でホームパーティーをしたり、寮に残っている中国人や韓国人の友人とロンドンの中華街まで行ったりして過ごしていました。</td>
			<td>
			<img src="/50/img/report_s22hata3.jpg" alt="" width="150" height="113" />
			</td>
		</tr>
	</tbody>
</table>
<br />
<strong>〜学校での活動〜</strong><br />
<br />
St.John&rsquo;sでは勉強はもちろんスポーツやアート、様々な社会体験などに力を入れています。日本で言う文武両道を目指すと同時に、常に新しいことに挑戦し続けるという精神を掲げています。<br />
<br />
<table>
	<tbody>
		<tr>
			<td>
			<img src="/50/img/report_s22hata4.jpg" alt="" width="150" height="113" />
			</td>
			<td>まず、勉強面の説明をします。St.John&rsquo;sは全生徒がA-levelを目指して勉強しています。A-levelとは高校卒業時に受ける統一試験なの
			ですが、３教科しかありません。自分で選択した教科を狭く、深く勉強するのです。学校自体が小規模なので、１クラス１０人前後と少人数制の授業を設けてい
			ます。そのため、英語力不足も含めて先生が細かく面倒を見てくれます。英語の得意でなかった僕がそれなりの成績を修めることができたのも、丁寧に指導して
			くださった先生方のおかげだと思います。</td>
		</tr>
	</tbody>
</table>
<br />
スポーツは毎日ありました。３時まで授業があり、そのあと５時までがスポーツの時間なのです。寮制度ならではの時間の使い方でしょう。秋学期はラグビー、春はサッカー、夏はクリケットというように、シーズンごとに３種類のスポーツを行います。特にラグビーは強く、体型が逆三角形の友人が多かったです（笑）<br />
<br />
その他にも、一年を通してドラマ、バンド、合唱、ディベート、演劇など、いろいろなイベントがあり、ハウス対抗でポイントを競います。どれもそれまで経験のないことばかりでしたが、みんなで練習を重ねて一つのものを作り上げるのは、とてもいい思い出になりました。イギリスには日本のように部活や学園祭がないため、その代わりと言えるかもしれません。<br />
<br />
<strong>〜改めて宣伝！（笑）〜</strong><br />
<br />
<table>
	<tbody>
		<tr>
			<td>St.John&rsquo;sを一言で表すと「古き良きイギリス」だと思います。イギリスでも、教育現場が乱れたり、伝統のある学校でもその伝統が崩れたりしていま
			す。しかし、St.John&rsquo;sでは、学校が小さいこともあってか、古くからの伝統や価値観が伝えられていると思います。</td>
			<td>
			<img src="/50/img/report_s22hata2.jpg" alt="" width="150" height="113" />
			</td>
		</tr>
	</tbody>
</table>
<br />
そして、寮における生活というのは一生ものの体験だったと思います！　寮でないとできないような経験をしただけでなく、同じハウスにいる友人たちとは、家族のように仲良くなれました。決して日本では味わえないようなことだと思うので、もしこれから海外に行く人で少しでも興味があれば絶対にお勧めします！<br />
<br />
以上が僕のOld Johnian（St.John&rsquo;sのOBという意味）としての学校紹介です！<br />
<br />
<strong>St. John&rsquo;s Leatherhead　：</strong><br />
<a href="http://www.stjohnsleatherhead.co.uk/">http://www.stjohnsleatherhead.co.uk/</a>
</div>
]]></description>
         <link>http://www.rtnproject.com/2010/07/_vol22_1.html</link>
         <guid>http://www.rtnproject.com/2010/07/_vol22_1.html</guid>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">5002)活動報告</category>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">60)活動報告</category>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">6000)世界の学校から</category>
        
        
         <pubDate>Sun, 25 Jul 2010 00:34:35 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>更新情報7月25日</title>
         <description><![CDATA[<p>
活動報告 「世界の学校から」vol.22をアップしました。<br />
<a href="/2010/07/_vol22_1.html">http://www.rtnproject.com/2010/07/_vol22_1.html</a>
</p>
]]></description>
         <link>http://www.rtnproject.com/2010/07/725_2.html</link>
         <guid>http://www.rtnproject.com/2010/07/725_2.html</guid>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">2010)ニュース</category>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">ニュース・イベント</category>
        
        
         <pubDate>Sun, 25 Jul 2010 00:34:35 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>更新情報7月22日</title>
         <description><![CDATA[<p>
帰国子女大学入試・合格体験記vol.50をアップしました。<br />
<a href="/2010/07/vol50_2.html">http://www.rtnproject.com/2010/07/vol50_2.html</a>
</p>
]]></description>
         <link>http://www.rtnproject.com/2010/07/722_1.html</link>
         <guid>http://www.rtnproject.com/2010/07/722_1.html</guid>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">2010)ニュース</category>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">ニュース・イベント</category>
        
        
         <pubDate>Thu, 22 Jul 2010 16:36:54 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>帰国子女大学入試・合格体験記vol.50</title>
         <description><![CDATA[<div class="sectionh2">
<table class="layout2">
	<tbody>
		<tr>
			<td>
			<img src="http://www.rtnproject.com/50/img/interviewee_s_166_profile.jpg" alt="interviewee_s_166_profile.jpg" width="150" height="113" />
			</td>
			<td>三雲俊介さん。１９８８年生まれ。中学１年の夏に幼少期にも数年滞在した、米国カリフォルニア州オレンジカウンティー、ニューポートビーチに移り、私立St. Margaret&#39;s Episcopal Schoolに高校卒業まで６年間通う。高校卒業後、慶應義塾大学法学部法律学科に進学。現在３年に在学。現在は法律系サークルとフットサルサークルに所属している。</td>
		</tr>
	</tbody>
</table>
</div>
<br />
<h3>【慶應義塾大学法学部法律学科・経済学部・商学部合格】<br />
【早稲田大学法学部・商学合格】</h3>
<div class="h3_body">
まず断っておきますが、自分が帰国子女受験したのは０７年から０８年にかけてで、この体験記を書いている現在から３年前の話です。私が受験した慶應・早稲田・東大についてこれから書きますが、情報が古くなっている可能性が十分にあります。大学のwebsiteで確認するなり、直接問い合わせるなり、予備校や先輩方に聞くなりして、最新の情報を得ましょう。後述しますが、情報は帰国受験における鍵です。<br />
<br />
<u><strong>滞在先ですべきこと</strong></u><br />
<br />
<strong>～統一試験に関して～</strong><br />
<br />
帰国子女にとって一番大切なことは、置かれた環境の中で努力をし、そして、環境を存分に楽しむことだと思います。帰国生は本当に貴重な、実のある経験をすることができたんだなと、日本に帰ってきた今だからこそ思います。<br />
<br />
確かに帰国子女受験において、SATやIBなどの統一試験のスコアは非常に重要で、特に慶應では現地校の成績はあまり考慮されず、統一試験の点数さえとってしまえば入れるといっても過言ではありません。従って、現地校での勉強よりも統一試験の対策に時間をあてた方が&ldquo;賢い&rdquo;と教わる人もいるそうです。しかし、カリフォルニアでの恩師からの受け売りになりますが、これは賢くもなく、勿体ない海外生活の過ごし方です。<br />
<br />
第一に、試験対策だけでは限界があります。統一試験、少なくとも僕の受けたSATは受験者の語学力がスコアにそのまま反映されます。対策は勿論必要ですし、それによって点数を伸ばさなくてはいけません。しかし、語学力がなければ点数はいずれあがらなくなります。普通のテストと同様、実力が伴わなければいくら試験対策だけでは攻略できません。そして、最終的に必要になってくる&ldquo;実力&rdquo;をつけるための最短の道が、現地校で精一杯努力をすることです。<br />
<br />
第二に、帰国生に求められているのは&ldquo;点数&rdquo;だけではありません。帰国生に必要な勉強時間が、日本の一般受験生と比べ圧倒的に少ないのは、それ以外のものも求められているからではないでしょうか。語学力に加え、異文化との交流、文化の狭間で鍛え上げたアイデンティティーなど、日本の学生が持つことのできない経験を買われるのだと僕は思っています。<br />
<br />
現地の友達とたくさん時間を過ごし、スポーツに励み、ボランティア活動を行い、異文化に戸惑い、異文化を理解し&hellip;&hellip;。そのように多くのことに挑戦することで、おのずと語学力はあがり、その結果、学校の成績や統一試験のスコアもあがるはずです。<br />
<br />
<strong>～SATの対策について～</strong><br />
<br />
上で散々言ったものの、統一試験の対策は勿論必要です！（笑）　僕がSATを具体的にどう勉強したか書かせて頂きます。<br />
<br />
まずはWriting。ここは対策することによって一番点数を伸ばすことができます。文法の問題には完全に傾向があり、ほぼ全ての文法問題が過去に問われた問題の使いまわしです。過去問やPrinceton Reviewの問題集を何回も何回も解き、その傾向を覚えましょう。そして、SATの文法用の参考書があるので、それを使って文法を頭に叩き込みさえすれば、500点は取れるはずです。<br />
<br />
そして、最初に書かされるEssayですが、ここでは書く文量も問われるので、帰国生にとっては点をとりにくいところです。２５分という短い時間で、トピックを熟考し構成を一から考える時間はありません。まず、構成を決めておきましょう。僕は、イントロ、ボディーバラグラフ&times;2/3、そして最後にConclusionという流れで毎回書きました。<br />
<br />
次に、僕はどんな命題にも関連付けられるexampleを幾つか用意し、絶対的にそれを具体例にあげました。具体的には、アメリカの高校生なら必ず読まされる&rdquo;The Great Gatsby&rdquo;や&rdquo;The Adventure of Huckleberry Finn&rdquo;、さらには、リンカーンやエジソンといった著名な人物など、例にあげ易い題材を用意し、どんなトピックにも関連付けられるように、それだけはよく調べておきます。<br />
<br />
これによって、具体例によって支えられる筋の通ったEssayが書けるだけでなく、何回も練習して慣れれば、考えずとも一定の量の文章を書くことができるようになります。そうすれば、後はしっかりとしたTopic SentenceとConclusionを用意し、文法をシンプルし間違えないようにするだけです。これで僕はEssayの点数で11/12を取ることができました。<br />
<br />
次にReading。ここでは語学力がストレートに問われるため、帰国生にとっては鬼門で、時間内に終わらせることは非常に難しいと思います。問題慣れしても限界があります。単語を毎日１０個ずつでも覚えること。そして、本を読むことによって語学力をあげ、地道に十単位で点数を伸ばすことしかできないと思います。ただ一つ点を伸ばすこつは流し読みに慣れることです。<br />
<br />
最後にMathですが、何も目新しいことは言えません。満点を取れるよう過去問を何度も解くだけです。<br />
<br />
良くも悪くも、帰国受験では統一試験の点数で足切りが行われます。特に、慶應では点数で合否が分かれていましたし、東大では高得点を取っていなければ一次で落とされてしまいます。日本語（漢字など）や小論文は、帰国後予備校に通うなどして伸ばすことはできますが、統一試験は帰国前に取らなければなりません。僕はSATで目標スコアを取れず、東大受験時に悔しい思いをすることになりました。滞在期間の少ない人にとっては特に難しくなりますが、現地校で頑張りながら統一試験の対策をしっかりやりましょう。<br />
<br />
<u><strong>帰国後</strong></u><br />
<br />
帰国後何をすべきか、特に僕から言える目新しいことはないので割愛させて頂きますが、国立大学を目指す人にとって帰国後の勉強は非常に大事です。予備校の通うのなら、先生の指導に素直に従い頑張って下さい。<br />
<br />
帰国前・帰国後に共通して言えること。<br />
<br />
<u><strong>情報戦</strong></u><br />
<br />
帰国子女受験において最も大事とも言えるのが「情報」です。目標とする大学を受けるためにどのような書類が必要で、統一試験でどのくらいの点数をとる必要があるのか、帰国後どのような対策をすべきか&hellip;&hellip;。多くの情報が行き交いますが、「正しい情報」を得る必要があります。<br />
<br />
最初に言った通り、海外にいながらずっと帰国子女受験の対策ばかりするのは勧めませんが、情報は早めに知っておいて損はありません。どんな大学があって、統一試験ではどのくらいの点数が求められ、いつ受験要項が発表され、いつまでに書類を用意しなければいけないのか。事前にしっかりと予備知識を得て、長期的なプラン（いつ統一試験対策を始めて、いつまでに最低XXXX点をとればいいのか等）を立てれば、受験を簡単にとは言わないまでも、全く焦ることなく乗り越えることができると思います。<br />
<br />
「正しい情報」をしっかり集めなかったために、回り道をした人、目標までの道が途切れてしまった人はたくさんいました。<br />
<br />
<u><strong>大学別アドバイス</strong></u><br />
<br />
最後になりましたが、大学別のアドバイスを簡単にして終わりにします。<br />
<br />
<strong>～慶應義塾大学～</strong><br />
<br />
商・経済・法学部（法律）を受験し、何とか全部受かることができました。すでに何回か言いましたが、ご存知のように統一試験の点数で決まります。自分も、周りの受験生も、見事に前評判通りそのスコアで合否が決まりました。自分は渡米して、ESLの授業がないどころか、過去に英語が話せない生徒を受け入れたことのない私立の進学校に通っていたため、現地校の成績は最初の数年間それはもう悲惨なものでした（苦笑）　それでも合格したので、慶應ではあまり関係ないようです。<br />
<br />
<strong>～早稲田大学～</strong><br />
<br />
商・法学部を受け、これも合格することができました。当日の試験後、友達と慰労会を行うほど手ごたえはなかったのですが、やはり、当日の試験の出来によって合否が分かれたようです。ここでは日本での滞在が長い生徒が有利で、海外に長くいた生徒は苦しんでいた印象を受けました。<br />
<br />
<strong>～東京大学～</strong><br />
<br />
現地校での成績・努力、海外での活動、統一試験の点数、日本語英語両方の語学力など、帰国生の資質が総合的に問われるのが東大です。合格に近道はなく、受かる生徒はみな優秀で、帰国前・帰国後両方で努力することが求められます。僕は成績が良くなく、それをカバーできるほどの統一試験のスコアも取れず、悔しい思いをしました。<br />
<br />
<strong>St. Margaret&#39;s Episcopal School ：</strong><br />
<a href="http://www.smes.org/main/index.aspx">http://www.smes.org/main/index.aspx</a>
</div>
]]></description>
         <link>http://www.rtnproject.com/2010/07/vol50_2.html</link>
         <guid>http://www.rtnproject.com/2010/07/vol50_2.html</guid>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">62)帰国子女入試合格体験記</category>
        
        
         <pubDate>Thu, 22 Jul 2010 16:36:53 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>更新情報7月19日</title>
         <description><![CDATA[<p>
海外生活体験者・社会人インタビューvol.61〜後編〜をアップしました。<br />
<a href="http://www.rtnproject.com/2010/07/vol61_2.html">http://www.rtnproject.com/2010/07/vol61_2.html</a>
</p>
]]></description>
         <link>http://www.rtnproject.com/2010/07/719.html</link>
         <guid>http://www.rtnproject.com/2010/07/719.html</guid>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">2010)ニュース</category>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">ニュース・イベント</category>
        
        
         <pubDate>Mon, 19 Jul 2010 23:59:31 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>海外生活体験者・社会人インタビューvol.61〜後編〜</title>
         <description><![CDATA[<div class="sectionh2">
<table class="layout2">
	<tbody>
		<tr>
			<td>
			<img src="http://www.rtnproject.com/50/img/interviewee_s_164_profile.jpg" alt="interviewee_s_164_profile.jpg" width="150" height="150" />
			</td>
			<td>中島美紗央さん。１９８４年生まれ。神奈川県横浜市出身。中学の３年間をマレーシアのクアラルンプールで過ごし、現地の日本人学校で学ぶ。中学卒業後、日本の高校へ通い、その後早稲田大学法学部に入学。０７年リクルートに入社。住宅情報（現ＳＵＵMO）に配属、３年間の営業を経て、４年目の現在は人事部採用グループに所属。</td>
		</tr>
	</tbody>
</table>
</div>
<br />
<div class="h3_body">
<strong>インターンとはレベルが全く違います！</strong><br />
<br />
<strong>―大学時代の活動についてお話を伺ってきましたが、ご自身の経験から大学のときにやっておくべきということはありますか。</strong><br />
<br />
私が大学時代にやっておいてよかったと思ったのは、お話した通り社長さんなどの普段会いにくい人に、会う機会がたくさんあったことです。授業にいらっしゃることも多いですし、会社説明会なども普通にありますよね。社会人になってからでは、例えば会社の役員がどれほど仕事ができる人物なのかを肌でわかっているため、気軽には話しかけにくくなると思います。いいか悪いかは別として、学生だからこそできることだと思います。<br />
<br />
その他では、ストレスの流し方を見つけておくことですね。自分のコントロールの仕方を知らないと、次々に降ってくる仕事や、色々な日々のストレスにつぶされてしまいます。私自身も、あまりに仕事ができない、結果が出ない自分が辛すぎて、記憶が半分ほど消えてしまっている時期があります（苦笑）<br />
<br />
<strong>―1年次からベンチャー企業でインターンをするなど、私から見ると中島さんはかなり鍛えられていたようですが&hellip;&hellip;。</strong><br />
<br />
インターンとはレベルが全く違います！　フルタイムで働いたとはいえ、やはりインターンではどこかで自分が学生だという安心感があり、短期であり、また自分が失うものもなかったのでやっていられました。ですが、社会人は「この環境で長期間やっていかなければならない」という状況で働くことになります。家族ができたら守るものもできます。<br />
<br />
また、私の仕事は、飛び込みではなく、先輩の顧客を引き継いで、さらにその売り上げを伸ばさなければいけないタイプのものであったので、先輩たちが築いてきたお客様との関係性を壊すわけにいかないというプレッシャーもありました。<br />
<br />
自分がやらなければならないことはわかっていても、売れなかった１年目などは、お客様の思いを汲めなくて失敗してるのに、でも売り上げを伸ばすためにまた提案に行くことで、お客様には嫌な顔をされ&hellip;&hellip;という毎日で、もうボロボロの中で迷走する期間がありました。そういう中でもがいていき、ようやくお客様から「そういうのを待っていたんだよ」と言われて、営業の楽しさを知るまでは大変でした。<br />
<br />
ですから、ストレス発散する場所や方法は複数持っておくべきです。社会人になってぶつかるものは人それぞれですが、必ず何かにぶつかるので。ストレスがないという社会人に会ったことがありませんから（笑）<br />
<br />
学生には嫌なものから逃げることができる環境がありますよね。社会人と学生でいちばん異なるのは、嫌いな人やものがあるかということです。お金をもらう側は、まずは任された仕事をやり切ってから、自分のやりたい仕事ができるのかなと思います。それがどんなに興味のないものでも関係ありません。<br />
<br />
今まで、嫌なものは避けて、やりたいことに打ち込んできた人にとって――無意識の場合もあると思います――、その嫌なものをどう受け止め、好きなものに変えていくかが難しいんです。だから、大学生のうちに苦手なものに直面したとき、「ま、いっか」と思えたり、土日は遊ぶから頑張ろうと考えたり、嫌なものを受け止めつつも、自分で抜け道を作れるようにしておいたほうが、全てを抱え込んで倒れてしまうようなことにはなりにくいと思います。<br />
<br />
<strong>―私も、自分が嫌いなものや面倒くさいものは避けてばかりきたので&hellip;&hellip;。このままではストレス貯め込みそうです。たくさんのアドバイスありがとうございます。</strong><br />
<br />
<strong>何をやっているのかよくわからないのが魅力</strong><br />
<br />
<strong>―では話題を変えて、現在、中島さんがリクルートでされているお仕事について教えてください。</strong><br />
<br />
入社後３年は、住宅情報（現SUUMO）の部署で営業をしていました。そして、今年４月から人事部採用グループに異動となり、今は来年入社してくる学生の面接や社員紹介、会社説明会を含め内定者の育成などを担当する部署にいます。また、今の時期ですと、現在３年生の学生たちにどのようにリクルートをアピールしていくかなど、再来年の入社組への対策も練っているところです、<br />
<br />
<strong>―学生に関わるお仕事をされているんですね。普段、私たちが目にする機会の多いリクルートの出版物といえばホットペッパー、フロム・エ―、ゼクシィからカーセンサー、SUUMOなど幅広いですよね。</strong><br />
<br />
幅が広くて一体何をやっているのかよくわからないのが、私にとって良かった点でもあります。私の場合は、大学を出てやりたいことが決まっていなかったため、内定をいくつかいただきましたが、そこで迷ってしまいました。考えた末に出した結論は、「自分が今の時点で、一生何をしたいのか決めることはできない」ということでした。<br />
<br />
ですから、やりたいことに気付いたときにそれを実行できる制度や風土が整っているリクルートを選びました。リクナビは自分も登録していたし、フロム・エーは読んでいたし、いつか車や家を買いたいし、結婚もするし&hellip;&hellip;と、何かしら関心を持てそうなあらゆるものを扱っている選択肢の多い企業なのです。<br />
<br />
実際自分が営業から人事部に異動したのも、興味ややりたいことがそちらにあったので、キャリアウェブという、丸２年働いた人だったら誰でも応募できる、自分の希望で部署を選んで異動できる制度を使いました。<br />
<br />
<strong>主婦向けのサービスを提供する起業</strong><br />
<br />
<strong>―確かに車、住宅、結婚などはどれもこれからの人生で関わりがあるものですね。選択肢といえば、インタビュー前半で起業という道も希望していると仰っていましたが、その時期や具体的なアイディアは浮かんでいますか。</strong><br />
<br />
起業については、私が子供好きなので育児に専念し、子供が６歳になった頃にと考えています。内容については、非常にザックリしていますが、いずれは住み心地のよいマレーシアに住みたいという願望があるため、可能ならば私が日本にいなくても業務ができるものがいいなと思います。<br />
<br />
「CCC」のサークル活動など、昔から自分と似たニーズがある人に対して、何かしらのサービスや企画を行うことに魅力を感じてやってきました。決して万人受けするものではなくても、社員２０人ほどの規模で主婦層向けに何かできたらと考えています。たとえば「兼業主婦」を育ててネットワークするような。<br />
<br />
リクルートでやろうとすれば、基本的には会社にとっては投資となるので、リターンを得るため事業をどんどん拡大しなければなりません。個人で独立する場合は、２０人でずっとやりたい！というわけにいかないので、起業したいと思っています。私個人の一番幸せな働き方は、社員一人ひとりの顔が見られて、その雇用には責任を持てる状態かなと。それ以上多くの雇用を担うことは、私にとっては苦しみとなってしまいそうです。<br />
<br />
<strong>思いっきりいろんなことにチャレンジしてほしい</strong><br />
<br />
<strong>―それでは最後に、大学生に一言アドバイスをお願いします！</strong><br />
<br />
皆が言うことではありますが、学生ってすごくいい身分ですよね。何をやっても怒られるだけで済み、責任は伴わない。「しょうがない、学生だから」と許されます。そこを上手く使って、良い意味で失敗をたくさんできます。社会人になって痛感するのは、失敗すると多くの人に迷惑がかかるということです。失うものがほとんどない学生のうちに、思いっきりいろんなことにチャレンジして欲しいな。<br />
<br />
そんなに大きなことから始めなくても、まずは今まで買ったことのないジャンルの本を買ってみたり、普段降りない駅で降りて違う道を歩いてみたり。日々のささいな事を少し変えるだけで、見える世界が違ってくるので、是非やってみて欲しいと思います。<br />
<br />
<strong>―貴重なお話をありがとうございました。</strong><br />
<br />
<strong>インタビューアから一言</strong><br />
<br />
中島さんは、大学の講義にゲストスピーカーとしていらした際、大学時代の活動を笑いを交えながらお話してくださり、私は話しに夢中になりすぐに惹きこまれました。インタビューでは、大学４年間の活動や大学生へのアドバイスを中心にお話を伺いましたが、各学年これに打ち込んだというものが明確にあり、私もなんとなくサークル活動をするのではなく、必死に頑張ることができるものを探そうと刺激を受けました。まずは、アドバイス通り、普段読まない本を買ってみたり、隣駅で降りて歩いてみたり、小さなことから始めたいと思います。<br />
<br />
<a href="/2010/07/vol61_1.html">前編はこちらから＞＞</a>
</div>
<table class="layout2">
	<tbody>
		<tr>
			<td>
			<img src="http://www.rtnproject.com/50/img/interviewee_s_160_profile.jpg" alt="" width="150" height="113" />
			</td>
			<td>宮崎紗絵子。１９８９年生まれ。愛知県出身。高校1年の夏からアメリカ・カリフォルニア州のサンディエゴで暮らし、Rancho Bernardo High Schoolに通う。高校卒業後帰国し、０９年早稲田大学法学部に入学。現在２年に在学中。大学では、法律サークルに所属し活動している。趣味はミュージカルなどの舞台鑑賞。</td>
		</tr>
	</tbody>
</table>
]]></description>
         <link>http://www.rtnproject.com/2010/07/vol61_2.html</link>
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                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">50)インタビュー</category>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">5000)社会人インタビュー</category>
        
        
         <pubDate>Mon, 19 Jul 2010 23:58:32 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>更新情報7月17日</title>
         <description><![CDATA[<p>
活動報告 「世界の学校から」vol.21をアップしました。<br />
<a href="/2010/07/_vol21_1.html">http://www.rtnproject.com/2010/07/_vol21_1.html</a>
</p>
]]></description>
         <link>http://www.rtnproject.com/2010/07/717_1.html</link>
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                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">2010)ニュース</category>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">ニュース・イベント</category>
        
        
         <pubDate>Sat, 17 Jul 2010 12:16:14 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>活動報告 「世界の学校から」vol.21　内山紗也子</title>
         <description><![CDATA[今回は、東京大学獣医学専攻５年の内山紗也子さんに、ご自身が卒業された米国シカゴのDeerfield High School (DHS)をご紹介いただきます。アナウンサーの小野寺麻衣さんや内田恭子さんも卒業生とのこと。郊外に位置する4年制の公立高校で、Highland Park High Schoolという姉妹校もあります。シカゴの郊外はとても自然が多く、また、冬の寒さは厳しく。マイナス２０℃まで下がります。道路の凍結やブリザードのため休校になることもしばしばあったそうです。

<table class="layout2">
	<tbody>
		<tr>
			<td>
			<img src="/50/img/interviewer_s_38_profile.jpg" alt="" width="150" height="113" />
			</td>
			<td>内山紗也子さん。１９８６年鹿児島県生まれ。その後、東京、沖縄に暮らし、小学５年から２年間マレーシアに滞在。東京に帰国後、中学２年の夏から米国シカゴへ。高校卒業まで５年間在住。 Deerfield High School卒業後、帰国し、東京大学理科Ⅱ類に入学。現在、東京大学大学院農学生命科学研究科獣医学専攻高度医療科学研究室の５年生。クルクミンと抗癌剤の併用効果の研究をしている。</td>
		</tr>
	</tbody>
</table>
<h3>活動報告</h3>
<div class="h3_body">
<strong>はじめに</strong><br />
<br />
<table>
	<tbody>
		<tr>
			<td>Deerfield High School (DHS)は、アメリカ合衆国イリノイ州のシカゴ郊外に位置する４年制の公立高校です。Highland 
			Park High 
			Schoolという姉妹校もあります。１９６３年に初めての卒業生が卒業しました。現在、学校には１７００人以上が在籍しています。シカゴの郊外はとても
			自然が多く、冬はマイナス２０℃まで下がります。寒すぎると、雪も降らずに、道路に透明な氷が張ってしまいます。そうすると、車の運転が危険になるため学
			校も休みとなります。また、猛吹雪でも学校が休みになることもありました。</td>
			<td>
			<img src="/50/img/report_s21uchiyama1.jpg" alt="" width="150" height="112" />
			</td>
		</tr>
	</tbody>
</table>
<br />
<strong>キャンパス</strong><br />
<br />
Deerfield High schoolはシカゴの郊外に位置していて、裏側にはPrairie Wolf Sloughと呼ばれる保護林が広がり、&ldquo;Deer&rdquo;fieldという名前の通り、春になるとシカが走る姿が見られるほど、自然に囲まれた学校です。学校の敷地も広く、６つの野球グラウンド、テニスコート１０面、サッカー場ふたつに陸上競技用トラック、そして、大きなフットボール競技場があります。学校の講堂では、生徒たちによるダンスやミュージカル、コンサートなどが実施され、black box theaterと呼ばれる小さな劇場もあり、学生の劇団が活動しています。<br />
<br />
<strong>学生と教育</strong><br />
<br />
<table>
	<tbody>
		<tr>
			<td>DHSには１７００人以上の学生が在校しているにもかかわらず、９５％が白人で、マイノリティーの人数はとても少ないです。ただ、マイノリティーの中では
			アジア人は比較的多めです。アフリカ系アメリカ人は少数で、私が在校中でも２人ほどしかいませんでした。</td>
			<td>
			<img src="/50/img/report_s21uchiyama2.jpg" alt="" width="150" height="112" />
			</td>
		</tr>
	</tbody>
</table>
<br />
実は、アナウンサーの小野寺麻衣さんや内田恭子さんもこの学校の卒業生なのです。その頃は日本人が多かったようですが、私がいた頃は、日本育ちの日本人は私一人でした。裕福な家庭が多い地域のため、アフリカ系アメリカ人やアジア人であっても、養子として白人に育てられていることも多かったようです。<br />
<br />
ちなみにこの地域には、Chicago Bullsに所属していた全盛期のマイケルジョーダンが住んでいたと言えば、そこに住んでいる人たちの裕福さがわかりますよね。白人の宗教はユダヤ教が多く、次にカソリックが多かったです。<br />
<br />
裕福な地域であったため、先生の給与も高く、教育にも力を入れていました。０６年にはアメリカの公立高校のトップ５００以内、０７年にはトップ１０００以内に選ばれています。U.S.ニュースからは、シルバーメダル(college readiness indexが20以上と高いが、トップ100には入っていない高校)の称号をもらっています。学生の半分以上がAPテストを受け、その中の9割以上が通っています。教育レベルが貧富の差によって決まってしまうのは、とても残念なことでしたが、アメリカらしいとも言えます。<br />
<br />
教育には力を入れていましたが、マイノリティーが少ないためESL制度はありませんでした。私は８年生でアメリカに行きましたが、中学校さえもESLには３人しか在籍していませんでした。英語が話せない稀な学生だったため、最初ESL制度のないDeerfield High Schoolには通えないと言われてしまいましたが、ESLが免除される試験を受け、通うことを許されました。<br />
<br />
<table>
	<tbody>
		<tr>
			<td>
			<img src="/50/img/report_s21uchiyama4.jpg" alt="" width="150" height="150" />
			</td>
			<td>生徒たちのほとんどの両親がその街で育っています。また、生徒たちもほとんど海外に行った経験がありません。街中が知り合いという感じで、とても安全な街
			でしたが、排他的でもありました。本人たちは差別をしているつもりではなくても、差別的な発言をされることもありました。仲間意識も強く、スポーツに関し
			ても、自分の学校に対する愛着がみんな強いです。<br />
			</td>
		</tr>
	</tbody>
</table>
<strong><br />
スポーツ</strong><br />
<br />
イリノイ州立高校協会によって、多くのスポーツの部活が支援されていますが、フィールドホッケーやラクロスは個人の寄付によって運営されており、選手は自分たちで道具も買わなければいけません。そんな状況でも０７-０８シーズンは州で優勝しました。<br />
<br />
姉妹校であるHighland Park High Schoolは、慶応に対する早稲田のような感じで、永遠のライバルです。フットボールの試合があると、学校をあげて応援していました。体育祭のようにみんなが一丸となって燃える行事はありませんでしたが、この試合がそういう存在だったのかもしれません。<br />
<br />
<strong>その他の活動</strong><br />
<br />
感謝祭の休みの後から冬休みまでの間、School Chestという募金活動を毎年行っていました。生徒会によっていろんな催し物が行われ、毎年$120,000以上の募金を集めていました。その募金には、生徒だけでなく、先生、スタッフ、保護者も参加しており、年間行事となっていました。この募金は癌や白血病に苦しむ子どものためのキャンプに寄付されていました。<br />
<br />
この活動で、ただの高校生であっても、みんなで協力したら、大きなことを成し遂げられるということを学びました。確かに裕福な地域だったからこそ、高校生でもこの大きさの金額を集められたというのもありましたが、自主的に活動することの価値を知ることができました。<br />
<br />
また、上級生が下級生に勉強を教えるPeer to Peer Tutoringというボランティア・プログラムもありました。これは、始業前の早朝に教室に集まり、上級生が得意科目を、それが苦手な下級生に教えるというものです。私も１１年生になったとき、教えていました。それまでは、私は自分の英語に自信もなかったのですが、先生に勧められこのプログラムに参加して、教えた生徒の成績が上がったり、母親から感謝されたりして、自分の自信にも繋がりました。<br />
<br />
私は大学生になってからも家庭教師をしていますが、教えるこることの楽しさ、そして、教えることで自分の理解がさらに深まるということを学んだのは、このプログラムのおかげだったかもしれません。<br />
<br />
<strong>最後に</strong><br />
<br />
<table>
	<tbody>
		<tr>
			<td>典型的なアメリカ中部に位置するDHSでは、とても濃いアメリカ生活を過ごすことが出来ると思います。日本人が考えるアメリカとは違った、排他的なアメリ
			カという悪い側面もありますが、豊かな自然に囲まれた中に入ると暖かいコミュニティーが形成されていました。冬は厳しすぎるので、ぜひ夏に、ニューヨーク
			ともロサンゼルスとも違う「アメリカ」を体験しに来てください。</td>
			<td>
			<img src="/50/img/report_s21uchiyama3.jpg" alt="" width="150" height="112" />
			</td>
		</tr>
	</tbody>
</table>
<br />
<strong>Deerfield High School ：</strong><br />
<a href="http://www.usd216.org/HS/index.html">http://www.usd216.org/HS/index.html</a>
</div>
]]></description>
         <link>http://www.rtnproject.com/2010/07/_vol21_1.html</link>
         <guid>http://www.rtnproject.com/2010/07/_vol21_1.html</guid>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">5002)活動報告</category>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">60)活動報告</category>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">6000)世界の学校から</category>
        
        
         <pubDate>Sat, 17 Jul 2010 12:16:13 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>帰国子女大学入試・合格体験記vol.49</title>
         <description><![CDATA[<div class="sectionh2">
<table class="layout2">
	<tbody>
		<tr>
			<td>
			<img src="http://www.rtnproject.com/50/img/interviewee_s_165_profile.jpg" alt="interviewee_s_165_profile.jpg" width="150" height="113" />
			</td>
			<td>貫井隆さん。小学校５年から中学２年までの３年間をアメリカ合衆国イリノイ州で過ごす。帰国後、地元の中学校へ半年間通い、中学３年から駒場東邦中学校へ編入。国際基督教大学高校へ進学し、大学は受験勉強を経て、国際基督教大学へ進学。現在教養学部アーツサイエンス学科３年に在籍。</td>
		</tr>
	</tbody>
</table>
</div>
<br />
<div class="h3_body">
<strong>＜駒場東邦編入＞</strong><br />
<br />
<strong>～１度目のカルチャーショック～</strong><br />
<br />
私は、中学２年の秋にアメリカから帰国し、地元の中学校へ半年間通いました。中学校では、最初はカルチャーショックもありましたが、前にいた小学校のときの友達が多く通っていたこともあり、比較的楽しく通うことができました。<br />
<br />
<strong>～駒場東邦帰国編入試験～</strong><br />
<br />
その後、駒場東邦中学校へ帰国生入試で編入する機会があるということで、ダメでもともと、せっかくのチャンスなのだからと思い、試験を受けました。その結果、幸いにも合格し、中学３年からは駒場東邦中学校へ通うことになりました。ただ、その頃やっと地元の中学校に本当になじみ始めてきたので、また慣れ親しんだ場所を離れることが、少し寂しかったことを覚えています。<br />
<br />
<strong>～面接の態度がすごく重要～</strong><br />
<br />
編入試験についてですが、試験科目は数国英の３科目と、親同伴の面接でした。特別、編入試験のための対策はしていませんでした。試験の出来ですが、英語はできましたが、数学・国語の点数は芳しくなかったのではないかと思います。特に数学ですが、鋭角が30度・60度の直角三角形の辺の比すらわからなくて、筆箱から三角形の定規を取り出して、目分量で比を推測しようとしていた記憶があります（笑）　それでも合格したのは、これは後でお聞きしたことなのですが、「面接での態度がものすごく良かった」からだそうです。<br />
<br />
<strong>～２度目のカルチャーショック～</strong><br />
<br />
駒場東邦へ合格したのはよいのですが、そこで私は、帰国して地元の中学校へ入ったとき以上のカルチャーショックを受けることになってしまいました。まず、男子校だったというのが一つの大きな点です。私はそれまで共学の学校しか通ったことがなかったため、男子校という環境にあまり馴染めなかったのです。<br />
<br />
もう一つは、生徒が「受験勉強だけしてればいいよ」というふうに育てられたのだろうな、と思うような人が多かったということです。私もどちらかと言うとそうなのですが、とても温室育ちの生徒が多く、少し辟易してしまったところがありました。結局、駒場東邦には中学３年の１年間しかおらず、高校からは国際基督教大学高校へ進学しました。<br />
<br />
<strong>＜国際基督教大学高校＞</strong><br />
<br />
<strong>～ICU帰国受験～</strong><br />
<br />
国際基督教大学高校は、帰国入試で受験しました。他の私立や公立高校の受験なども考えたのですが、現実的に一般受験での合格は難しそうだということと、もう一つ重要な理由として、国際基督教大学高校には寮があり、寮生活ができるということで、国際基督教大学高校のみを志望しました。<br />
<br />
<strong>～寮生活がしたかったから～</strong><br />
<br />
なぜ寮生活がしたかったかというと、当時の私は、自分が過保護に育てられたのではないかということについて、強い危機感を持っており、親元を離れる必要性を強く感じていたからです。あとは、国際基督教大学高校は、教育理念のバックボーンにキリスト教があるので、私自身はキリスト教ではないのですが、思想・哲学的な勉強が高校からできるのではないかと思ったことも、国際基督教大学高校を志望した理由でした。<br />
<br />
<strong>～高校浪人は免れる～</strong><br />
<br />
帰国入試の試験科目は小論文と面接でした。それ以外に、過去の学校の成績が評価に加味されます。学校成績は、過去にCが一つあっても入れないという噂があったため、Cが何個かあった私は落ちるのではないかとずっと心配していたのですが、合格することができました。もしあれで落ちていたら高校浪人だったため、両親はとても心配していたようです。<br />
<br />
<strong>～３年間の高校＆寮生活を振り返って～</strong><br />
<br />
寮には、大学受験の半年を除く２年間半、ずっと住んでいました。最終学年では寮長もつとめさせていただいたのですが、そこで学んだことは、計り知れないです。当時は毎日が新しい自分との出会いだったのですが、現在の自分の基礎となっているのは、あの寮生活だと今でも思います。そして、毎日が修学旅行のようで、単純にとても楽しかったことを覚えています。高校生活も、充実していて、今でも、あの３年間は自分にとってとても大切な３年間です。<br />
<br />
<strong>＜大学受験＞</strong><br />
<br />
<strong>～いざ一般入試～</strong><br />
<br />
私の第一志望は一橋大学でした。これは今から考えるとだいぶ遅いのですが、受験勉強は高校３年の春くらいから、本腰を入れて受験勉強に取り組むようになりました。吉祥寺の駿台へ通い、秋ごろからはセンター試験の対策もやり始め、集中的に勉強しました。その結果、センター試験は９割近い成績をとることができました。<br />
<br />
一橋大学は前期社会学部・後期法学部と受けたのですが、社会学部は合格点まで圧倒的な差があり、法学部はあと２点と惜しかったのですが、結局どちらも不合格。併願していた早稲田大学商学部と国際基督教大学へはセンター入試で受かっていたため、どちらに行くか悩んだ末、リベラルアーツ教育を行っている国際基督教大学へ進学することにしました。<br />
<br />
<strong>～大学入試の反省点～</strong><br />
<br />
この受験勉強において、私には二つの反省点があります。一つ目は、受験勉強についてですが、やはり、英語圏からの帰国生にとって、英語はやはり圧倒的に有利なようで、模試の偏差値は７０を下回ることはありませんでした。しかし、英語以外の科目で、駒場東邦のような進学校組と圧倒的な差がついてしまっていたため、それをカバーするのが遅すぎました。<br />
<br />
帰国生は、日本の義務教育の何年間かがすっぽりと抜けているので、独学で数学や国語をやろうとすると、どこの部分が抜けているかが自分自身で把握できず、高校２年の範囲が終わっても、実は中学３年で理解しておくべき部分がわかっていないなどの事態に陥ることがあります。ですから、できれば帰国生のそのようなハンデを熟知している先生などを見つけて、指導を仰ぐことができればベストだったと思います。<br />
<br />
そして、もう一つ反省点は、勉強よりももっと根本的なことについてです。私が大学の志望理由を本格的に自問自答し始めたのは、なんとセンター試験が終わった後でした。高校３年生の春、受験勉強を始めるときに「なぜ大学へ行くのか」ということについて、私は考えたのですが、うまい答えが出ず、「それは今考えてもわからないから、とりあえず勉強しよう」と、そのことを保留にしていました。その疑問が、センター受験後、再び湧き上がってきて、なぜ自分は一橋大学へ行きたいのかという、根本的な疑問に頭を悩ませるようになったのです。その時期になって、初めて、各大学のパンフレットなどを取り寄せたりしました。<br />
<br />
<strong>～本当はどっちの大学に行きたいのか～</strong><br />
<br />
一橋の志望理由は、単純に「偏差値が高いから」「狭き門だから」「友達に尊敬されそう」などの理由でした。それに対して、国際基督教大学の志望理由は、「教育理念に共感する」「２年制の最後に専門を選択するので、専門性を受験の段階で決める必要がない」「英語教育が充実している」など、大学の教育内容に関する理由でした。<br />
<br />
実は、一橋大学よりも、国際基督教大学の方が、実は行きたいのではないかと考えて、それを確かめるために両方のキャンパスに足を運んだり、先人の知恵を仰ごうと、なぜかシュバイツアーの伝記を買ってきて読んだりしていました。そして、やはり一橋大学よりも自分が行きたいのは国際基督教大学なのだと国立二次試験の２・３週間前になって思うようになり、一橋大学は二次試験でわざと落ちてやろうとか、そんなことも考えだすようになりました。そんな心配をしなくても、結局は実力で落ちたのですが（笑）　このように悩んだ末の最終的な結論としては、「自分の第一志望は一橋とICUの両方ということにして、受かった方で満足する」だったと記憶しています。<br />
<br />
<strong>～受験直前に勉強に集中するために～</strong><br />
<br />
この時期になって深く考え、第一志望に国際基督教大学を加えたことは、全く後悔していません。大学に入ってから初めて志望動機を考えることに比べれば、まだマシだと思うからです。しかし、そうは言っても、この時期まで大学の志望理由の吟味を持ち越していたことは、遅すぎだったと思います。国立二次試験を一ヵ月後に控えた受験生が最優先すべきは、目前に迫った試験に対する勉強であって、行く大学について吟味することではないはずです。<br />
<br />
その結果、一橋大学には僅差で落ちました。このことが、良かったのか、悪かったのかは今でもわかりませんし、それを良くするのも悪くするのも、今の自分自身の行動にかかっているという結論に、今は落ち着いていますが、それでも、この「落ちた」という事実は、あの時の心の準備不足が原因だったんだと胸に刻もうと思っています。<br />
<br />
<strong>～一度決めたら後ろを振り返らない～</strong><br />
<br />
これから大学受験や高校受験を控えている方は、私のように直前になって志望していた大学や高校の志望動機がわからなくなって、勉強をする手が止まってしまわないように、時間の余裕や心の余裕がある時期に、前もってきちんと吟味しておくとよいと思います。そして、一度決めたら、後はもう後ろを振り返らずに、行けるところまで行きましょう。
</div>
]]></description>
         <link>http://www.rtnproject.com/2010/07/vol49_4.html</link>
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                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">62)帰国子女入試合格体験記</category>
        
        
         <pubDate>Thu, 15 Jul 2010 01:59:33 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>更新情報7月15日</title>
         <description><![CDATA[<p>
帰国子女大学入試・合格体験記vol.49をアップしました。<br />
<a href="/2010/07/vol49_4.html">http://www.rtnproject.com/2010/07/vol49_4.html</a>
</p>
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         <link>http://www.rtnproject.com/2010/07/715.html</link>
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                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">2010)ニュース</category>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">ニュース・イベント</category>
        
        
         <pubDate>Thu, 15 Jul 2010 01:53:54 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>更新情報7月13日</title>
         <description><![CDATA[<p>
海外生活体験者・社会人インタビューvol.61〜前編〜をアップしました。<br />
<a href="http://www.rtnproject.com/2010/07/vol61_1.html">http://www.rtnproject.com/2010/07/vol61_1.html</a>
</p>
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         <link>http://www.rtnproject.com/2010/07/713.html</link>
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                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">2010)ニュース</category>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">ニュース・イベント</category>
        
        
         <pubDate>Tue, 13 Jul 2010 07:44:14 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>海外生活体験者・社会人インタビューvol.61〜前編〜</title>
         <description><![CDATA[<div class="sectionh2">
<table class="layout2">
	<tbody>
		<tr>
			<td>
			<img src="http://www.rtnproject.com/50/img/interviewee_s_164_profile.jpg" alt="interviewee_s_164_profile.jpg" width="150" height="150" />
			</td>
			<td>中島美紗央さん。１９８４年生まれ。神奈川県横浜市出身。中学の３年間をマレーシアのクアラルンプールで過ごし、現地の日本人学校で学ぶ。中学卒業後、日本の高校へ通い、その後早稲田大学法学部に入学。０７年リクルートに入社。住宅情報（現ＳＵＵMO）に配属、３年間の営業を経て、４年目の現在は人事部採用グループに所属。</td>
		</tr>
	</tbody>
</table>
</div>
<br />
<div class="h3_body">
<strong>授業を受けて弁護士になる気がなくなった？！</strong><br />
<br />
<strong>―本日はよろしくお願いします。早速ですが、中島さんはマレーシアにいらしたんですよね。そのときのことを簡単に教えていただけますか？</strong><br />
<br />
親の仕事の都合で、一家全員マレーシアに移住しました。私は日本人学校に通っていたので、英語をバリバリ勉強するということもなく、大きな変化を経験したわけではありません。変わっていたところと言えば、幼稚園と小学校も併設された中学校だったため、小さい子供と活動をともにすることもあり、中学１年生のときから、かなり上級生意識が芽生えていたことでしょうか。<br />
<br />
<strong>―帰国後は、公立高校を経て早稲田大学法学部に入学されたんですよね。中島さんは大学４年間、とてもアクティブに活動されていたようですが、どのようなことをされていたのか教えてください。</strong><br />
<br />
１年生で最も力を入れたのはインターンですね。「法学部に入学したからには弁護士になろう！」という思いは、法律の授業を受けてなくなりました（苦笑）　ならば、別のものを頑張ろうと入ったサークルでは、お酒が飲めないため段々フェードアウトしていき&hellip;&hellip;（笑）　これは働くしかない！　とリクナビに登録したのがきっかけで、起業家１人に学生１人が5日間密着するかばん持ちインターンシップに参加しました。<br />
<br />
その際に密着した社長がとても魅力的な人で、コピー取りでも構わないから働きたいと話してみると、３ヵ月程の新規キャンペーンがあるから、その学生営業部隊を作らないかと誘われ、コピー取りのつもりがバリバリ働くことになりました。仕事に私自身が少し慣れてから、大学の先輩などを誘って学生１０人程の営業部隊を作り、すぐに仕事を投げ出す学生のモチベーションを上げる方法や、フルタイムで働くことができないハンデのある学生が営業を行うための制度作りなどに力を入れました。<br />
<br />
私は、大学の後期試験前までの３ヵ月間、ほとんどフルタイムで働き、学生部隊の立ち上げも上手くいったところで大学に戻りました。当時はインターンという言葉もなかった頃なので、仮就業体験として日経新聞の取材を受けたりもしましたよ。<br />
<br />
<strong>―１年生の頃からフルタイムでインターンですか？！　想像を絶するアクティブさですね（笑）　単位を落としていないのが本当に尊敬です！</strong><br />
<br />
<strong>「ワセジョ」と呼ばれる自分はこのままでは負け犬一直線</strong><br />
<br />
<strong>―次の年はなにをされたんですか？</strong><br />
<br />
１年の時にフルタイムで働いてみて、社会人の大変さに気付き、名刺を持って営業したことで肩書を持つと動ける範囲が狭まることを知りました。自由な身である学生のうちにしかできないことをしようと思った年でした。<br />
<br />
その当時、「勝ち組」「負け犬」といった言葉が流行っていて、「ワセジョ」と呼ばれる自分はこのままでは負け犬一直線だろうと不安で（爆）、実際に仕事と結婚や出産を上手く両立させている女性はいないのだろうかと、テレビや本ではなく自分の目で見て確認したいと思いました。<br />
<br />
そこで、同じ思いを持った友人らと「CCC (Campus Cue Chances!)」というOG訪問や企業で働く女性の話を聞く女子大生サークルを立ち上げました。もともとは、自分たちが話を聞きたくて始めたサークルでしたが、途中からは大学のキャリアセンターに協力してもらい、ゲストを迎えての講演会やイベントを企画しました。<br />
<br />
ただ、当時は女子学生向けのイベントはほとんどなく、女子大生限定のイベントなんて逆差別だと批判されたり、企画書がないなら話にならないと言われたり、どこかの企業の回し者かと言われたり&hellip;&hellip;。キャリアセンターに私たちの熱意が伝わり協力してもらえるようになるまでは大変でしたね。その後は、４００人規模のイベントが成功するなど、女子大生のキャリアプランに関する不安や関心の高さがわかり、キャリアセンターも自主的に女子向けのイベントを開いてくれるようになりました。<br />
<br />
<strong>―とても面白そうなサークルですね。確かに、今では大学でも女子学生向けの講演会がよく開かれていますが、そのはしりだったんですね。</strong><br />
<br />
<strong>女子大生が株をやったら面白いのでは？</strong><br />
<br />
<strong>―２年次はサークルの設立からイベント企画までサークル活動一色だったようですが、３年生はいかがでしたか？</strong><br />
<br />
３年生では、本の出版に携わりました。その頃、東大生が書いた経済の本などが出版されており、ふと女子大生が株の本を出したら面白いのではと思いました。元々、自分の貯金の範囲内で株をやっていて、株のセミナーにも参加していたため、セミナーの講師に「女子大生が株をやったら面白いのでは？」と提案しました。すると、話が進み、企画の内容を作らせてもらって、その講師の名前で「株美人」という本を出版していただきました。<br />
<br />
<strong>―大学生で本を出したんですか！？</strong><br />
<br />
出ちゃったって感じですね（笑）　自分の名前で内容も全て自分で出版するのは難しいですが、私にとっては、女子大生の株の本があれば面白いのでは？というのが実現したいことだったため、それが達成できればインフラは何でも構いませんでした。<br />
<br />
<strong>―３年生は就職活動の年でもありますよね。</strong><br />
<br />
そうですね。私の中のモットーは、そのときにしかできないことをやる！なので、就活は、今しか興味のない会社を見ようと思ったり、その会社を知る機会はない！と思い、外資や広告代理店、メーカーなど、インターンや説明会に幅広く積極的に参加したりしました。リクナビに登録した１年生の時には参加できないインターンが多かったので、３年夏のインターンは日程をやりくりして４つ程参加しました。<br />
<br />
<strong>―4つ！？</strong><br />
<br />
<strong>半年間３０万の、まさにザ・学生旅行</strong><br />
<br />
<strong>―そのあとは、どう過ごされましたか。</strong><br />
<br />
４年の４月の半ばには内定が出て、リクルートにお世話になることに決めたので、その後の１年間をどうしようかと、社会人の方にいろいろと話を聞きました。その結果、かなり多くの先人たちにお勧めされた旅行に行くことにしました。また、学生時代の彼氏は大事にすべきとのアドバイスも貰っていたので、彼をよく知るためにも一緒に旅行に行くことになりました（笑）　７月から１０月頃までは私ひとりで、その後３ヵ月程は彼氏と、また年明け２、３月にもマレーシアやベトナムなどのアジア諸国をバックパックで旅行しました。半年間で飛行機代も含め30万円ほどの、まさにザ・学生旅行でした！（笑）<br />
<br />
また、内定が決まったときから転職活動のようなこともしていました。３年間はリクルートで働くと決めていましたが、将来の自分の選択肢を増やしておきたいと考えていたため、興味のあるベンチャー企業の社長さんたちに話を伺ったりしていました。<br />
<br />
社長さんなどの偉い方に怖いもの知らずで話しかけることができるのは、学生の特権ですよね。学生時代に、そういった方と関係を作っておいて３年後に「ひさしぶり」と会える方が転職するにもいいですし、起業を考えていたこともあり、自分が良いと思ったベンチャー企業が３年後にどうなるのかを見ることは大切だと思いました。<a href="/2010/07/vol61_2.html">後編はこちらから＞＞</a>
</div>
<table class="layout2">
	<tbody>
		<tr>
			<td>
			<img src="http://www.rtnproject.com/50/img/interviewee_s_160_profile.jpg" alt="" width="150" height="113" />
			</td>
			<td>宮崎紗絵子。１９８９年生まれ。愛知県出身。高校1年の夏からアメリカ・カリフォルニア州のサンディエゴで暮らし、Rancho Bernardo High Schoolに通う。高校卒業後帰国し、０９年早稲田大学法学部に入学。現在２年に在学中。大学では、法律サークルに所属し活動している。趣味はミュージカルなどの舞台鑑賞。</td>
		</tr>
	</tbody>
</table>
]]></description>
         <link>http://www.rtnproject.com/2010/07/vol61_1.html</link>
         <guid>http://www.rtnproject.com/2010/07/vol61_1.html</guid>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">50)インタビュー</category>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">5000)社会人インタビュー</category>
        
        
         <pubDate>Tue, 13 Jul 2010 07:44:13 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>帰国入試＆大学生活ガイダンス2010 御礼</title>
         <description><![CDATA[<div>
ＲＴＮプロジェクト広報部より、御礼とお知らせです。<br />
<br />
７月１１日（日）開催の「帰国入試＆大学生活ガイダンス２０１０」は、総勢１００名を越える参加をいただき、大盛況のうちに幕を閉じました。雨模様の天候にもかかわらず、多くの方々にご参加いただいた上に、多くの感謝の言葉をかけていただいたことは、望外の喜びです。至らぬ点も多々あったかと思いますが、参加していただいた帰国受験生の支援になったのであれば、苦労の甲斐もあったと思います。また、ゲストとして参加いただいた各大学のメンバーのみなさま、告知にご協力いただいた国内外のみなさまのご協力にも、スタッフ一同、心から御礼申し上げます。<br />
<br />
なお、RTNプロジェクトは、帰国受験生支援の一環として、websiteに合格体験記の掲載を行なっております。また、websiteに組み込んであるRTN Network（SNS）には、帰国生を対象にした、お役立ち情報満載の「受験生フォーラム」を立ち上げております。帰国受験生の方々、受験生を支援していただける方々のご参加を、心よりお待ち申し上げております。<br />
&nbsp;<br />
RTNプロジェクト　広報部<br />
<br />
<strong>帰国入試＆大学生活ガイダンス２０１０ ：</strong><br />
<a href="/2010/06/2010_5.html">http://www.rtnproject.com/2010/06/2010_5.html</a><br />
<strong>帰国子女大学入試・合格体験記 ：</strong><br />
<a href="/62/">http://www.rtnproject.com/62/</a><br />
<strong>「受験生フォーラム」（SNSにご登録ください） ：</strong><br />
<a href="http://www.rtn-net.com/?m=pc&amp;a=page_c_home&amp;target_c_commu_id=5">http://www.rtn-net.com/?m=pc&amp;a=page_c_home&amp;target_c_commu_id=5</a><br />
</div>
]]></description>
         <link>http://www.rtnproject.com/2010/07/2010_6.html</link>
         <guid>http://www.rtnproject.com/2010/07/2010_6.html</guid>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">2020)イベント</category>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">ニュース・イベント</category>
        
        
         <pubDate>Sun, 11 Jul 2010 23:49:03 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>更新情報7月10日</title>
         <description><![CDATA[<p>
帰国子女大学入試・合格体験記vol.48をアップしました。<br />
<a href="/2010/07/vol48_1.html">http://www.rtnproject.com/2010/07/vol48_1.html</a>
</p>
]]></description>
         <link>http://www.rtnproject.com/2010/07/710_1.html</link>
         <guid>http://www.rtnproject.com/2010/07/710_1.html</guid>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">2010)ニュース</category>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">ニュース・イベント</category>
        
        
         <pubDate>Sat, 10 Jul 2010 02:58:40 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>帰国子女大学入試・合格体験記vol.48</title>
         <description><![CDATA[<div class="sectionh2">
<table class="layout2">
	<tbody>
		<tr>
			<td>
			<img src="http://www.rtnproject.com/50/img/interviewee_s_163_profile.jpg" alt="interviewee_s_163_profile.jpg" width="150" height="112" />
			</td>
			<td>山本晃一さん。１９９０年香港生まれ。香港で１８年間暮らす。現地の日本人小学校・中学校を卒業後、Concordia International Schoolに進学。２００９年６月に卒業後、帰国し横浜国立大学経営学部会計情報学科に合格。現在１年に在籍。大学で夢中になれるものを模索中。</td>
		</tr>
	</tbody>
</table>
</div>
<br />
<h3>【横浜国立大学経営学部合格】</h3>
<div class="h3_body">
<strong>海外滞在時</strong><br />
<br />
私は経済的な理由から私立大学を受験する選択肢はなく、はじめから国公立大学一本に絞っていました。叔母の影響を受け公認会計士になりたかったので、そのサポートがある横浜国立大学経営学部会計情報学科を受験することを決めました。入試は小論文と面接です。学校の成績と統一試験はそれほど評価されないし、英語の試験はありません。このことを私はG９にして知って（しまっ）たので、日頃からニュースや新聞を読み日本語に触れる一方で、学校の勉強と統一試験の対策を頑張りませんでした。そして、私はあとでそれを後悔することになるのです。<br />
<br />
<strong>帰国当初</strong><br />
<br />
私は９月上旬に帰国し、予備校に通い出しました。通い出したばかりの私は、周りの皆と同じように勉強していれば受かるだろうと、軽い気持ちでいました。毎週の課題である小論文の復習・予習をこなし、課題図書は週２冊のペースで読む。小論文を書く際に煮詰まったときは講師に直接相談しに行く。これらをこなしたあとは、皆と一緒に息抜きをしたりもしていました。<br />
<br />
<strong>お受験</strong><br />
<br />
そんな私が初めて迎えた受験が法政大学です。予備校にもしものために受けるようにと勧められたからです。私は私立受験シーズンが過ぎる頃の９月に帰国しましたが、法政大学だけは出願に間に合いました。法政大学の入試は英語と小論文です。私が勉強を怠ってきた英語があります。英語が苦手だと自覚していたので、英語の過去問を１０年分解きましたが、小論文の過去問は解きませんでした。<br />
<br />
<strong>甘かったのだと思い知らされる</strong><br />
<br />
私は不合格。皆は合格。皆と同じこと「しか」しなかったから、落ちるのは当たり前です。なぜなら、皆は高校時代に学校の勉強と統一試験の対策をちゃんとしていたから、英語が鍛えられています。しかも、７月から予備校にほぼ毎日通い、英語・日本語・小論文を勉強しています。その頃の私は週１で塾に通い、小論文を学んでいただけでした。つまり、勉強量が圧倒的に違います。私は皆に差をつけられていたのです。皆と同じこと「しか」しないようでは差を埋めることはできません。<br />
<br />
<strong>まずは差を埋める</strong><br />
<br />
だから、私は毎週の課題小論文の復習と予習をこなしつつ、つまり、皆と同じことをしつつ、皆が７月の頃に使っていた教科書で勉強しました。この教科書は皆の基礎を作り上げたものです。これを終えてから、過去の課題小論文を読み返すと、また違う視点から物事を考えることができるようになりました。基礎なくして発展はありえません。<br />
<br />
そして、課題図書に加えて、自分が興味をもった本であれば、新書であれハードカバーであれ買って読破しました。しかも、私は課題図書の著者のブログを読んだり、そこのリンクから他の記事を読んだりと、インターネットをフルに活用しました。<br />
<br />
しかし、片っ端から読めばいいというものではありません。本や記事を読むのは小論文のネタにするためです。そして、ネタに昇華させるためには、それについての知識を深めなければいけません。考える力なくして知識は深まりません。そのためにはただ読むだけではなく、読みながら自分でツッコミを入れることが重要だと思います。それを鵜呑みにせずに自分で考える。そうすることで、それはネタとして記憶に残るし、ネタを上手く小論文に応用する力も養われます。<br />
<br />
小論文の過去問も解きました。しかし、４年分だけです。なぜなら、適当に数だけこなしても意味がないと、法政大学の受験で思い知ったからです。だから、私は何度も書き直して、講師に添削を頼んでいました。そのたびに改善点がみつかります。小論文で完璧なものは出来上がりませんが、とりあえず講師がOKを出すまで書き直しました。<br />
<br />
<strong>つぎに差をつける</strong><br />
<br />
私は皆との差を埋めるべく勉強しました。しかし、受験に勝つためには、皆に差をつけなければなりません。私が一番努力したのが面接対策です。面接で聞かれるのは志望理由です。私は複数の講師に協力してもらい、横国以外の２校の志望理由書をそれぞれ２週間ずつかけて完成させていました。それを横国に応用することは簡単です。しかも、横国の面接練習も１週間びっちり行いました。単純に考えて一ヶ月強です。<br />
<br />
皆が気を抜く面接対策。だから、似たような志望理由ばかりが飛び交い、面接官はげんなりです。そんな面接官も唸る志望理由を聞かせることができれば、皆に大きく差をつけることができると思います。<br />
<br />
<strong>おわりに</strong><br />
<br />
はじめに、学校の勉強と統一試験の対策を、つまり、英語の勉強を頑張らなかったことを後悔していると述べました。それは、法政大学に落ちたからではありません。私は法政大学に落ちたことで、周りと同じことをしてるだけではいけないと気づき、気持ちを引き締めることができました。それから横国を受けるまでの一ヶ月半は、これまでの人生の中で一番勉強したと思います。<br />
<br />
そもそも、横国の入試に英語はありません。ではなぜ後悔しているのか。帰国して勉強を始めると、将来の夢が変わることがあります。私は公認会計士ではなく、社会福祉系の事業を立ち上げたいと考えるようになったのです。<br />
<br />
そのための勉強に相応しいのは、横国の経営学部会計情報学科ではなく、一橋大学の商学部だと考え、受験することにしました。一橋大学の入試には英語があります。それもかなり重要視されるものです。私はもちろん勉強しました。皆との差を埋めるべく勉強しました。しかし、その差はあまりにも大きすぎたようでした。<br />
<br />
帰国以前から準備をしておくことにこしたことはありません。私は横国の経営学部に入るための準備&lsquo;しか&rsquo;しなかったのです。皆さん、東大や一橋は無理だと諦めていませんか？　帰国子女であれば、英語と日本語を頑張るだけで、入れる可能性が十分あります。限界を作らずに挑戦してください。<br />
<br />
<strong>Concordia International School ：</strong><br />
<a href="http://www.cihs.edu.hk/modules/homepage/">http://www.cihs.edu.hk/modules/homepage/</a>
</div>
]]></description>
         <link>http://www.rtnproject.com/2010/07/vol48_1.html</link>
         <guid>http://www.rtnproject.com/2010/07/vol48_1.html</guid>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">62)帰国子女入試合格体験記</category>
        
        
         <pubDate>Sat, 10 Jul 2010 02:58:39 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>帰国子女大学入試・合格体験記vol.47</title>
         <description><![CDATA[<div class="sectionh2">
<table class="layout2">
	<tbody>
		<tr>
			<td>
			<img src="http://www.rtnproject.com/50/img/interviewee_s_162_profile.jpg" alt="interviewee_s_162_profile.jpg" width="150" height="113" />
			</td>
			<td>重城聡美さん。１９８７年生まれ。京都府出身。１３歳から１７歳までの５年間をアメリカ・テネシー州ノックスビル市で過ごし、Farragut High School卒業後に帰国。東京大学理科Ⅰ類に入学後、工学部精密工学科に進学。東京大学柏葉会合唱団などで歌三昧の学生生活を送る一方、家電量販店での販売員経験を経て掃除機マニアに。また、ベンチャー企業でインターン生としてウェブ関連の業務に従事する。２０１０年５月現在、東京大学大学院工学系研究科精密機械工学専攻の修士課程1年在学中で、ナノメートル計測の研究に携わる。</td>
		</tr>
	</tbody>
</table>
</div>
<br />
<h3>【東京大学理科Ⅰ類・慶應大学理工学部・早稲田大学理工学部・東北大学工学部合格】</h3>
<div class="h3_body">
<strong>高校生活は情報収集のみ</strong><br />
<br />
私は高校卒業直前までアメリカでの大学進学を考えていたため、高校在学中は日本の大学入試を特に意識していませんでしたし、必要な試験（SAT ,SATⅡ,TOEFL）も特に対策をしませんでした。高校生の間は高校生活を十分に満喫したかったからです。<br />
<br />
ただし、情報収集だけは怠らないようにしました。SATやSATIIを受けないアメリカ人高校生も多い中、自分には何が必要かを知らないことで後悔したくなかったためです。周りに日本人が少なく、日本の入試の情報が乏しかったため、インターネット等で、必要な試験や書類の情報だけは集めるように心がけました。<br />
<br />
高校卒業後は単身で帰国して、７月から２月までの約半年間、東京で一人暮らしをしながら予備校に通うことにしました。<br />
<br />
<strong>私大入試で自分の実力を直視</strong><br />
<br />
予備校に通い始めて３ヵ月目、９月に集中している私大入試は、自分の実力に直視するチャンスだと思います。私は慶應と早稲田（共に理工学部）の受験を通じて、自分の弱みをはっきりと知りました。<br />
<br />
一番の失敗は、慶應で理系教科の口頭試問にて、定着度の低かった簡単な公式を答えられずに冷静さを失ったことです。焦った私は、後続の面接で「早稲田が第一志望」と捉えられる発言をしてしまうなど、立て続けに失敗をしてしまい、不合格を確信しました。<br />
<br />
幸運にも慶應と早稲田の両方に合格しましたが、私は選考を通じて、基本的事項を定着できていなという、自分の弱みを明確に認識しました。この認識は、１０月から１２月にかけて、数学・物理の基礎的な部分をやり直す動機として役に立ちました。<br />
<br />
<strong>センター入試を受けるなら苦手教科を作らずに、また一般の受験生を意識して</strong><br />
<br />
年が明け、１月に東北大学（工学部）の受験のために、センター試験（英数理の３科目５教科）を受験しました。センター試験は、その受験者数の多さから、巷に情報も教材も溢れており、対策はしやすいと思います。決して難しい試験ではなく、基本を勉強して過去問を解けば、短期間で十分に対策可能です。センター試験は苦手教科に足を引っ張られやすい試験であることに注意をして、そして、一般入試の受験生を意識するべきだと思います。<br />
<br />
私自身は、苦手教科である化学に足を引っ張られ、苦戦しました。具体的には、１２月中旬の各予備校のセンター模試を受けたときに、化学が５割未満の悲惨な状況でした。よって、その後１ヵ月間の追い込みでセンター化学の点数を４０点以上点数を上げるという課題を抱えてしまい、１月はかなりの時間をセンター化学に費やしました。<br />
<br />
帰国受験生の大半がセンターを受験せずに、２月の国立の二次試験に向けて準備を進めるなかで、私一人が１月の大半をセンター対策に費やし、国立二次試験対策で周りに遅れをとりそうになりました。センターを受けるならば、あまり苦手な教科を作らないようにするべきだったと思います。<br />
<br />
ただ一方で、センター直前１ヵ月の追い込み自体は成功して、苦手な化学も模試より４０点以上伸ばし、他の教科も点数を伸ばして、無事に英数理平均95％程度に達することができました。<br />
<br />
この直前の追い込みで成果を出せた要因には、ごく少数の帰国生だけでなく、一般入試の受験生をライバルと意識したことが大きいと思います。そのような意識を持ったのは、「帰国は理系教科が苦手」と言われては悔しいという思いがあったためです。「センター満点が当たり前な人は世間に沢山いる」と自分に言い聞かせることで、センター対策のモチベーション低下を防ぎました。<br />
<br />
１月末にセンターを受けて、２月中旬に東北大の二次試験を受けました。東北の二次試験は筆記試験・面接ともに大きな失敗をすることなく、無事に合格しました。<br />
<br />
<strong>東大入試対策は、メリハリをつけた戦略を</strong><br />
<br />
東北大学の二次試験の翌週、２月下旬には、東京大学（理科１類）の二次試験を受けました。私は高校の成績があまり良くなかったため、２月上旬に書類選考の結果通知を受け取るまでは、東大は書類選考で落ちるのではないかと思っていました。また、直近１ヵ月の間にセンター試験も東北大の二次試験もあったため、東大の二次試験だけを意識して勉強した期間は、実際はかなり短いものでした。よって、試験勉強においても、試験本番の時間配分においても、「どこにどれだけ力を入れるか」に気を配るようにしました。<br />
<br />
まず、試験期間には、「均等に全部ができる」ようになるのではなく、自分の強み弱みにメリハリをつけて他の人との差別化を図るようにしました。なぜならば、合格するためには、東大入試の理系教科を全体的に満足に解く必要はなく、また、残された時間で均等に全部を勉強したところで、それは能力的にも現実てきではないと思ったからです。<br />
<br />
例えば数学を見ると、幸いなことに、東大の数学は一般入試の前期試験と同じ問題ですが、６問中４問選択式です。従って、全問を解く必要がありません（解いても採点されません）。それならば「６問全部で部分点をとれる」よりも「３問だけを完答できる」方が有利なはずです。<br />
<br />
私は、数学で６問中３問は完答することを目指して、勉強範囲を取捨選択しました。その結果、苦手な分野は残ったものの、得意分野を駆使すれば、どの年でも３問完答できそうだと思えるようになりました。そして本番の試験でも３問は解き切ってから４問目の部分点を稼ぐことができました。<br />
<br />
<strong>試験本番でも時間配分にメリハリをつける</strong><br />
<br />
また、試験本番でも時間配分にメリハリをつけました。その傾向は、特に小論文試験で顕著でした。何故ならば、試験当日の英語小論文が馴染みのない題材であったのに対して、日本語小論文は比較的得意なものだったからです。<br />
<br />
東大の小論文試験は日本語と英語の２問を合わせて１５０分で解く形式だったため、私は思い切って日本語問題に１００分以上を使い、残りの時間で英語の問題を書きました。自分の国語力の弱さに終始不安を感じていた私にとって、英語問題を蔑ろにして日本語小論文に専念することは、危ない賭けでした。しかし、英語も日本語も中途半端に書くよりは、例え国語力が弱くても１問は持論を展開できる回答をしたいと思い、思い切って日本語問題に比重を置きました。<br />
<br />
後に成績開示をした結果、英語の小論文の評価は芳しくありませんでしたが、日本語の小論文は予想以上に評価が高かったので、この選択は決して間違いではなかったと私は思っています。<br />
<br />
試験の約２週間後に行われた面接では、非常に和やかな雰囲気で、特殊だったのは論理クイズを一問出題されたことだけだと思います。無事に正解しましたが、翌週に合格発表で自分の受験番号を見たときには、ほっとしました。<br />
<br />
<strong>【総括】　大学が「この人に来てもらいたい」と思う自分を作る</strong><br />
<br />
私にとっての帰国大学入試は、大学が「この人に来てもらいたい」と思う自分を、迷いながらも作ろうとしたプロセスでした。何故なら、帰国入試は人物を総合的に見ているからです。<br />
<br />
帰国生入試の性質上、「何点取れば受かる」といった明瞭な基準がなく、何をどれだけできれば合格するかが見え辛い。それが帰国入試の辛さだと思います。しかし、大学に「うちの大学に来てもらいたい」と思われる水準以上なら合格するという点は、どの入試形式でも同じです。<br />
<br />
帰国生入試で異なるのは、評価基準がより多面的なものであること、つまり、大学が「この帰国生に来てほしい」と思う基準がひとつではないということだけです。そして、多面的であるがゆえに、受験生は自分の魅せ方に工夫することができます。<br />
<br />
注意すべきは、その工夫が自己満足なものにならず、大学側の目線から考えたものになる必要があることだと思います。「自分が大学だったら、どのような人に来てほしいか。今の自分に来てほしいか」を極力客観的に考える必要があるということです。合格するために何をするべきかは、人によって異なると思うので、それを自分で考えることが重要だと思います。
</div>
]]></description>
         <link>http://www.rtnproject.com/2010/07/vol47_2.html</link>
         <guid>http://www.rtnproject.com/2010/07/vol47_2.html</guid>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">62)帰国子女入試合格体験記</category>
        
        
         <pubDate>Wed, 07 Jul 2010 06:51:14 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>更新情報7月7日</title>
         <description><![CDATA[<p>
帰国子女大学入試・合格体験記vol.47をアップしました。<br />
<a href="/2010/07/vol47_2.html">http://www.rtnproject.com/2010/07/vol47_2.html</a>
</p>
]]></description>
         <link>http://www.rtnproject.com/2010/07/77_1.html</link>
         <guid>http://www.rtnproject.com/2010/07/77_1.html</guid>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">2010)ニュース</category>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">ニュース・イベント</category>
        
        
         <pubDate>Wed, 07 Jul 2010 06:51:14 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>更新情報7月5日</title>
         <description><![CDATA[<p>
帰国子女大学入試・合格体験記vol.46をアップしました。<br />
<a href="/2010/07/vol46_2.html">http://www.rtnproject.com/2010/07/vol46_2.html</a>
</p>
]]></description>
         <link>http://www.rtnproject.com/2010/07/75.html</link>
         <guid>http://www.rtnproject.com/2010/07/75.html</guid>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">2010)ニュース</category>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">ニュース・イベント</category>
        
        
         <pubDate>Mon, 05 Jul 2010 23:58:58 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>帰国子女大学入試・合格体験記vol.46</title>
         <description><![CDATA[<div class="sectionh2">
<table class="layout2">
	<tbody>
		<tr>
			<td>
			<img src="http://www.rtnproject.com/50/img/interviewee_s_161_profile.jpg" alt="interviewee_s_161_profile.jpg" width="150" height="113" />
			</td>
			<td>土橋美紀さん。１９８８年生まれ。長野県出身。小学３年から６年まで、アメリカのオレゴン州に暮らし、高校３年間はアメリカのジョージア州で生活する、North View High School卒業。大学受験のため帰国し、青山学院大学文学部英米文学科に入学。現在３年に在籍。大学では、教職課程を専攻し、英語教育などについて勉学中。児童福祉ボランティア青山子ども会という部活に所属し、相模原と青山キャンパスを往復する日々を送っている。</td>
		</tr>
	</tbody>
</table>
</div>
<br />
<h3>【青山学院大学文学部英米文学科合格】</h3>
<div class="h3_body">
<strong>&lt;日本の大学を受験した理由&gt;</strong><br />
<br />
私は、アメリカと日本を行き来していました。しかし、日本に戻り勉強したいという願望を抱き、大学は日本にすることに決めました。思えば、日本での中学時代はとても充実しており、友人や教師には恵まれていました。やはり、自分をサポートしてくれて、学びたいと思った環境は、私にとってはこの日本でした。海外の大学へ進むことによって能力は向上すると思ったのですが、日本できちんと基礎から勉強したいという意気込みで、日本の大学を志望しました。<br />
<br />
<strong>&lt;高校時代&gt;</strong><br />
<br />
帰国してから４年が過ぎたころ、再び渡米することになったので、正直大変でした。勉強はもちろん、単位制というのに驚きを隠せず、最初にできた友達もお互いに転校生同士だったのを今でも覚えています。４年間のブランクを埋めるまでの時間、そして、レベルの高い勉学についていくのが大変でした。また、土曜日には日本語学校補習校に通い、日本人の友達と一緒に遊びながら、息抜きをしていました。学業以外にも、吹奏楽でバンドをやり、ボランティア団体の課外活動にも参加し、それなりに楽しんでいました！＾＾<br />
<br />
<strong>&lt;統一試験&gt;</strong><br />
<br />
残念ながら、現状としては、統一試験の点数次第で出願資格をもらえない大学もあります。これから受験するみなさんには、統一試験対策に力を入れておいてほしいです。帰国してからではどうにもなりません。遅いです。また、帰国してからは統一試験以外のことに力を入れなくてはならなくなります。学習法はそれこそ多種多様です。自分に一番合った勉強法を見つけるのも１つの学習だと考えます。頑張ってください。<br />
<br />
<strong>＜帰国受験＞</strong><br />
<br />
<strong>１．はじめに</strong><br />
<br />
まず、ざっくりでもよいです。これからどのような勉強をしていきたいかを枠組みしておくとよいと思います。私は特に、帰国するまで志望校など決まっていなかったので決めるのが大変でした。そこが早い段階から決まっていれば学部・大学を絞れるようになります。受験へ早く取りかかれると思います。<br />
<br />
海外から帰ってきて不安なことばかりだと思います。しかし、決して志望学部・志望校は妥協しないこと。自分のレベルはそこまで届かないからと言って諦めるのではなく、頑張ってみようという勢いが受験には必須です。行きたい大学や学部が決まったら、調査です。インターネットが便利ですが、一番はやはり在学生に話を聞くことだと私は思います。実際その大学＆学部に通っている先輩に「お話を聞きたい！」と、その旨を伝えれば喜んで引き受けてくれるでしょう。以下をお勧めします！<br />
<br />
<strong>「帰国入試＆大学生活ガイダンス2010」</strong><br />
<a href="/2010/06/2010_5.html">http://www.rtnproject.com/2010/06/2010_5.html</a><br />
<br />
あとは面接やテストに向けての慣れと勉強のみです！<br />
自分の納得いくまで、頑張ってください！！<br />
<br />
<strong>２．試験科目別勉強法</strong><br />
<br />
<strong>～小論文～</strong><br />
<br />
そもそも小論文と初めて関わったのは、私が高校生になってからです。高２の夏、予備校の海外一時帰国生コースに参加し、２週間ほど勉強したのがきっかけです。それ以来、本帰国するまでほとんど小論文を書くという機会はなかったのですが、大学受験コースの受講生として、私は再び小論文の書き方を一から学びました。<br />
<br />
そこでは、素晴らしい講師の方々が熱心に教えてくださって、とてもためになります。しかし、いくら素敵な講義であっても、それを聞いているだけではダメです。小論文を自主的に作成し、添削された後も間違いをそこから学び、書き直して次へ生かしていくという手順が大事なのでないでしょうか。自信を持ってください！　小論文の能力は必ず時間を注いだ分だけ進化します。とにかく、いろんなお題に触れ、問題慣れするのが大切だと思います。<br />
<br />
<strong>～日本語～</strong><br />
<br />
日本語は帰国子女最大のウィークポイントとも呼ばれています。英文を和訳するとき、小論文や志望理由書を書くとき、面接でコミュニケーションを行うときなど、様々な形で日本語力は求められています。私の場合、自分の志望の受験科目に含まれてはいませんでしたが、小学校３年生から６年生まで海外にいたため、日本語力には不安があり、予備校の講義には真剣に取り組みました。<br />
<br />
できない自分としっかりと向き合い、初歩的なことから始めるのが大事です。背伸びせず、目の前にあることから取り組んでみてください。きっとあなたなりの学び方があると思います。努力した分だけ身になります。最後に読書はマストです。通学時間などを有効に使ってみてください。<br />
<br />
<strong>～英語～</strong><br />
<br />
まず、和訳と単語の暗記に集中して力を入れることをお勧めします。文法はニュアンスで分かってしまうというのはわかります。しかし、時間を見つけて文法事項も学んでみてください。効率よく穴埋め問題が解けるようになりますし、単語力UPにもなります。<br />
<br />
参考書として使ったのは、どこの書店にも売っているFORESTという文法書です。英語に限りませんが、参考書などを購入する際には、自分が勉強しやすいと思える、説明のわかりやすいものを選んでください。<br />
<br />
予備校では、授業で使ったテキストの他、少しレベルの高いクラスのテキストも頂いて勉強しました。<br />
<br />
<strong>＜最後にアドバイス＞</strong><br />
<br />
私立を目指す人、国公立まで目指す人、様々だと思います。最初から私立だけを狙うひともいれば、国立しか受験しないひともいます。経験から語れることと言えば、心神ともに鍛えることと自信を持つことではないでしょうか。<br />
<br />
受験対策としては、試験ならば、とにかく沢山の問題に触れる。面接なら、過去に聞かれている項目を自分で答えられるようノートか何かにまとめ、事前に準備しておくとよいでしょう。質問に対しての回答をその場で考えるより、準備していたほうがすらすらと緊張せず言えると思います。<br />
<br />
受験がはじまってしばらくすると、私立大学に受かっても国立大学を目指す人がいると同時に、まだどこにも受かってない人もいます。周りの友達が合格していくと焦ってしまうかもしれませんが、精神を落ち着かせ自分のペースを大事にしてください。きっと自分にあった大学に巡り合うときは来ます。受験が嫌になってどうしようもなくなったときは、少し息抜きをしてみてください。勉強から少し離れ、友達と遊ぶ。気分転換があってこそ、次のことに集中できるのではないでしょうか。<br />
<br />
最後に、自信を持つことはとっても大切だと思います。海外で蓄積してきた貴重な体験、そして、帰国して頑張ってきた努力を全力で発揮できるように、「私は大丈夫！　こんなに準備をしてきた。これからの可能性を広げていくんだ！！」と自分自身を奮い立たせてください。<br />
<br />
<strong>North View High School：<br />
</strong><a href="http://www.northviewhigh.com/index.php">http://www.northviewhigh.com/index.php</a>
</div>
]]></description>
         <link>http://www.rtnproject.com/2010/07/vol46_2.html</link>
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                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">62)帰国子女入試合格体験記</category>
        
        
         <pubDate>Mon, 05 Jul 2010 23:57:56 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>更新情報7月4日</title>
         <description><![CDATA[<p>
帰国子女大学入試・合格体験記vol.45をアップしました。<br />
<a href="/2010/07/vol45_1.html">http://www.rtnproject.com/2010/07/vol45_1.html</a>
</p>
]]></description>
         <link>http://www.rtnproject.com/2010/07/74_2.html</link>
         <guid>http://www.rtnproject.com/2010/07/74_2.html</guid>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">2010)ニュース</category>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">ニュース・イベント</category>
        
        
         <pubDate>Sun, 04 Jul 2010 01:49:14 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>帰国子女大学入試・合格体験記vol.45</title>
         <description><![CDATA[<div class="sectionh2">
<table class="layout2">
	<tbody>
		<tr>
			<td>
			<img src="http://www.rtnproject.com/50/img/interviewee_s_160_profile.jpg" alt="interviewee_s_160_profile.jpg" width="150" height="113" />
			</td>
			<td>宮崎紗絵子さん。１９８９年生まれ。愛知県出身。高校1年の夏からアメリカ・カリフォ ルニア州のサンディエゴで暮らし、Rancho Bernardo High Schoolに通う。高校卒業後帰国し、０９年早稲田大学法学部に入学。現在２年に在学中。大学では、法律サークルに所属し活動している。趣味はミュージカルなどの舞台鑑賞。</td>
		</tr>
	</tbody>
</table>
</div>
<br />
<h3>【早稲田大学法学部合格・名古屋大学法学部合格】</h3>
<div class="h3_body">
<strong>はじめに</strong><br />
<br />
帰国子女入試を受験する人には、海外滞在１０年の人もいれば、単身留学で滞在２年という人もいます。それまでの経歴が大きく異なる分、受験の準備や対策も人によって違ってきます。全員に共通して言えることも盛り込みましたが、特に私と似た経歴の人に参考にしていただければと思います。<br />
<br />
<strong>帰国前の準備</strong><br />
<br />
&nbsp;<strong>～TOEFL&amp;SAT対策～</strong><br />
<br />
私は、滞在歴が短いこともあり、元々アメリカでの大学進学は選択肢にありませんでした。そのため、渡米直後から日本人用の塾に通い、小論文や現代文の授業を受けていました。TOEFLの勉強もすぐに始め、少なくともTOEFL iBTを４回、TOEFL PBTを３回、高校卒業までに受験しました。SATのための勉強は、TOEFLの勉強が少し落ち着いてきた高３直前という遅めの開始でした。<br />
<br />
<strong>&nbsp;～志望理由書の作成～</strong><br />
<br />
帰国前にやっておいてよかったと思うことは、志望理由書の作成です。私は、アメリカで通っていた塾の授業の一環で、志望理由書作成や面接練習をしました。帰国後から受験までの約２ヵ月は、小論文や受験英語の勉強でいっぱいいっぱいなのが本音です。少しでも時間に余裕がある帰国前に、志望理由をまとめておいたり、面接で頻出する質問に対する答えを考えておいたりすることをお勧めします。面接では滞在国やそこでの経験に関する質問も多いので、帰国前なら周りの人からアイディアやアドバイスをもらうことも可能です。<br />
<br />
<strong>&nbsp;～大学への提出書類～</strong><br />
<br />
&nbsp;その他に、大学への提出書類についても言及したいと思います。大学に提出する出願書類は、量も多く、大学により必要な書類が異なる場合もあるため、ミスのないよう準備するのは大変です。ですが、帰国後その書類準備に時間をかけている暇はありません。志望理由書と同じように、こちらもある程度の準備を帰国前にしておくべきだと思います。早稲田大学などは、出願書類をホームページからダウンロードする形式をとっています。早めに書類を手に入れ、記入まで済ましておけば、帰国後に準備する他大学の書類の参考にすることもでき、書類作成がスムーズになります。とにかく、帰国後に小論文や英語の勉強に集中できる環境を作っておくことが大切です。<br />
<br />
<strong>&nbsp;～個人的な反省点～<br />
</strong><br />
一方で反省しているのは、SATの勉強に集中できなかったことです。SATの英語はTOEFLよりも格段に難しく、初めからSATは無理だと諦めてしまっている自分がいました。TOEFLのスコアも低いことから、元々慶應の受験を全く考えていなかったのも、モチベーションが上がらなかった原因だと思います。確かに慶應以外の私立で、SATのハイスコアを要求されることはほとんどないので、その上でTOEFLの勉強に集中するのもひとつの手だと思います。ただ、SATの勉強をあまりせずに低いスコアしかないということは、その分大学の選択肢を狭めているというのを忘れてはいけないでしょう。これについては、また後で述べたいと思います。<br />
<br />
<strong>帰国後</strong><br />
<br />
帰国後は、予備校に通う人が多いと思います。そこでは、ひたすら小論文と現代文、そして、受験英語の勉強の毎日です。<br />
<br />
<strong>&nbsp;～効果的な勉強法～</strong><br />
<br />
人によって効果的な勉強方法は違うと前置きした上で、私の行った方法を紹介させてもらいます。それは、予備校の授業を休まず集中して臨み、宿題や講師の先生方が言ったことを忠実にこなしていくことです。もちろん、自分なりの勉強法を見つけて受験対策をできれば言うことなしです。でも、その自分なりを見つけるために色々と試している時間は私立入試までにはありません。特に、小論文の勉強については、授業を集中して聴き、課題を絶対にサボらないに尽きると思います。<br />
<br />
<strong>&nbsp;～当たり前のことをやる～</strong><br />
<br />
別に１日中勉強しろと要求されているわけではないです。私も、毎日たっぷり６時間は睡眠をとっていたし、これに関してはあまりおすすめできませんが、お友達とおしゃべりしたり、部屋でテレビを見たりすることもしょっちゅうでした。ただ、予備校の先生がやれと言ったことはサボらずにやったつもりです。周りを見ても、早稲田から始まる私立入試でスムーズに合格していった人は、授業に出席して課題をこなすという当たり前のことを当たり前にやっていた人が多いように思います。<br />
<br />
<strong>&nbsp;～国立入試に関して～<br />
</strong><br />
私立入試の後は、１０月から２月末まで続く国立入試のための勉強です。私は、１１月に名古屋大学法学部を、そして２月に一橋大学法学部を受験しました。一橋大学については不合格だったため、残念ながら合格体験記にはなりませんが、経験から反省点もいくつかあるので参考にしてください。<br />
<br />
まず、先にも挙げたSATなどの統一試験に関してです。国立では２月末の東大、京大、一橋を目指す人が多いですが、SATやTOEFLのスコアが低いとその時点で選択肢は一橋のみとなります。ここで選択肢を広げるためにも、帰国前に統一試験の勉強をしっかりとしておくべきです。<br />
<br />
<strong>&nbsp;～一橋大学受験対策～</strong><br />
<br />
ただ、逆に言えば一橋の場合、統一試験のスコアが低くても、当日の試験次第で合格の可能性は十分あるわけです。一橋の筆記試験対策ですが、私の経験から言えるのは、英語の勉強をしっかりとやっておくべきということです。国立受験に向けて、予備校ではより高いレベルの小論文の授業が展開され、皆が必死で小論文の勉強をします。そのときについ忘れがちになるのが英語の勉強ですが、一橋大の英語の試験問題は一般生と同じ内容とはいえ、読解や和訳など意外と難解な問題が多いです。受験１カ月前になって、英語をちゃんとやっておけばよかったと後悔することがないように、１０月からコツコツと過去問を解いて試験の傾向をつかんでおくことをお勧めします。<br />
<br />
<strong>終わりに</strong><br />
<br />
帰国後、あっという間に私立の試験当日が来てしまいます。その２ヵ月の間、受験勉強に専念できるように、志望理由書や提出書類などの準備をしておくのとおかないのでは、気持ちの余裕も違ってくると思います。受験勉強については、私立も国立も、予備校の授業に出席して課題を全てこなすという当たり前のことが最も重要なのではないでしょうか。受験が初めてという人も多いと思いますが、私立の入試、そして、国立の入試まで是非がんばってみてください。この体験記が少しでも皆さんのお役に立つことができればうれしいです。<br />
<br />
<strong>Rancho Bernardo High School ：</strong><br />
<strong>活動報告 「世界の学校から」vol.1 足立創</strong><br />
<a href="/2008/02/post_20.html">http://www.rtnproject.com/2008/02/post_20.html</a>
</div>
]]></description>
         <link>http://www.rtnproject.com/2010/07/vol45_1.html</link>
         <guid>http://www.rtnproject.com/2010/07/vol45_1.html</guid>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">62)帰国子女入試合格体験記</category>
        
        
         <pubDate>Sun, 04 Jul 2010 01:49:13 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>帰国子女大学入試・合格体験記vol.44</title>
         <description><![CDATA[<div class="sectionh2">
<table class="layout2">
	<tbody>
		<tr>
			<td>
			<img src="http://www.rtnproject.com/50/img/interviewee_s_158_profile.jpg" alt="interviewee_s_158_profile.jpg" width="150" height="113" />
			</td>
			<td>上田千佳さん。１９８９年生まれ。京都出身。４歳から１３歳までをロンドン、中学３年 から高校１年までをニューヨーク、高校卒業までをロサンゼルスで過ごし、LAのWest High Schoolを卒業後、帰国し、東京大学文科Ⅰ類に入学。現在法学部２類（公法コース）３年に在籍。大学ではスポーツ愛好会バレーボールパートに所属し、セッターとして日々練習に励みつつ、学外の社会人サークルでイラスト活動にも勤しむ。３年からは刑事政策を扱う川出ゼミでも奮闘中。</td>
		</tr>
	</tbody>
</table>
</div>
<br />
<h3>【東京大学文科Ⅰ類合格】</h3>
<div class="h3_body">
はじめに、大学受験が三年前のことなので、記憶が多少曖昧なことをご了承下さい。そしてせっかくなので、帰国前の勉強、帰国後予備校での勉強に加えて、現在の大学の勉強についても多少触れて、合格体験記を書きたいと思います。<br />
<br />
<strong>帰国前の勉強　SAT&amp;TOEFL対策</strong><br />
<br />
東京大学の試験は、SATとTOEFLによる書類選考の一次と、小論文、英語、面接による二次試験があります。海外在住中はひたすらSATとTOEFLの勉強をし、点数を1点でも上げることに努めながら、私立入試に備えて小論文の訓練もしていました。<br />
<br />
東大は『同じ学校出身者の人を同じ科類には絶対に取らない』という変な噂があったせいで、同じ塾の友達同士でお互いが何点なのかを競い合う、正直気まずい受験生活を送っていました。あとで、都市伝説の類だとわかったのですが（苦笑）、主に単語、おそらく半年で6000個以上を暗記して、ひたすら過去問を解いていました。<br />
<br />
かってがわかってきた頃には、家で一日SATの数学50分、Reading25分writing50分、単語暗記3、4時間のペースで勉強していました。しっかりと日々予定、ノルマを立てた方が、その後は何をしてもいい！という希望が持てて、逆に一所懸命集中して勉強できました。<br />
<br />
<strong>帰国後　予備校での小論文対策</strong><br />
<br />
私立入試の後、日本の予備校を選択した理由は、向こうの塾の先生にそう勧められたからでした。まるで「本当に東大に受かりたいなら、お前は俺じゃなくてもっと良い先生の所に行くべきだ」とでも言うような先生の口調は、今でも覚えています。<br />
<br />
帰国後の予備校では、腱鞘炎になるほどの小論文の書き直しと、読んだ本や資料の内容をまとめるネタ本作りの作業を行っていました。「アウトプットできない情報に意味はない」。その言葉が受験中はとても印象的で、それが私の信念だったとも言えます。<br />
<br />
私は本を読むのが極端に遅く、もっと言えば嫌いでした。手持ちの武器が少ないのなら、それを人の何倍も使いこなせなければいけない。だから同じような題材についてでも色々な問題に応用出来ることを理想に、何度も何度も過去問を解き、何度も書き直しを行いました。<br />
<br />
<strong>試験当日　合格答案対策</strong><br />
<br />
ちなみに試験当日は、ちゃっかり作戦勝ちと言いますか、問題（確か「弱者の利益をいかにして守るべきか論じなさい」）を見た瞬間に何も思いつかなかったため、受験勉強時代に書いた40本以上の小論文から、一番題材が近いと思ったものを、問題に沿うように少し修正して、あとは覚えていた通りの丸写しでした。何度も添削や書き直しを繰り返していた分、余計な内容のない筋の通った小論文になると思ったからです。実際受かったので、努力の甲斐があったと思いました。<br />
<br />
<strong>大学入学後　学期試験対策</strong><br />
<br />
合格体験記なのに大学の試験勉強について語るのも申し訳ないのですが、私は正直今の試験の方が十倍しんどいです。東大でクラスメイト達が「暗記ゲー」と揶揄するように、それは穴埋めや間違い探しのような、暗記が全ての試験だからです。帰国子女の私には、経験したことのない細かで正確な暗記が要求されて、とても苦戦しました。もちろん一般受験生の皆様は何なくこなします。今までインプットから逃げてきたつけが回ってきたなと感じました。<br />
<br />
しかし、学部の勉強が始まると、少し状況は変わります。法学部の試験は東大帰国枠の小論文ととても問題形式が似ています。120分で２問論述、出席点は一切ありません。私は、意外にも法学部の試験の成績は上々でした。逆に、駒場時代にとても楽に試験をこなしていた友達が、ふたを開ければ意外にも成績の評価が低かったのです。本をたくさん読んでいたけれど、彼の答案は評価されなかった。論述のスキルというものは日本ではほとんど教えられていないのでしょう。<br />
<br />
人生で使うタイミングは異なっても、読書、暗記を中心とするインプット、論述を中心とするアウトプットは、どちらも必要になると思います。受験勉強は、大学合格のためという都合の良い理由付けで、大切なスキルを訓練する非常に良い機会でした。得意な方だけでもいいです。皆さんも自分の将来のために頑張ってみてください。<br />
<br />
<strong>Torrance, West High School ：</strong><br />
<strong>活動報告 「世界の学校から」vol.12　山下博之</strong><br />
<a href="/2009/08/_vol12_1.html">http://www.rtnproject.com/2009/08/_vol12_1.html</a>
</div>
]]></description>
         <link>http://www.rtnproject.com/2010/07/vol44_4.html</link>
         <guid>http://www.rtnproject.com/2010/07/vol44_4.html</guid>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">62)帰国子女入試合格体験記</category>
        
        
         <pubDate>Thu, 01 Jul 2010 00:44:53 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>更新情報7月1日</title>
         <description><![CDATA[<p>
帰国子女大学入試・合格体験記vol.44をアップしました。<br />
<a href="/2010/07/vol44_4.html">http://www.rtnproject.com/2010/07/vol44_4.html</a>
</p>
]]></description>
         <link>http://www.rtnproject.com/2010/07/630_1.html</link>
         <guid>http://www.rtnproject.com/2010/07/630_1.html</guid>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">2010)ニュース</category>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">ニュース・イベント</category>
        
        
         <pubDate>Thu, 01 Jul 2010 00:43:51 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>更新情報6月29日</title>
         <description><![CDATA[<p>
海外生活体験者・社会人インタビューvol.60〜第３編〜をアップしました。<br />
<a href="http://www.rtnproject.com/2010/06/vol60_3.html">http://www.rtnproject.com/2010/06/vol60_3.html</a>
</p>
]]></description>
         <link>http://www.rtnproject.com/2010/06/629.html</link>
         <guid>http://www.rtnproject.com/2010/06/629.html</guid>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">2010)ニュース</category>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">ニュース・イベント</category>
        
        
         <pubDate>Tue, 29 Jun 2010 20:20:52 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>海外生活体験者・社会人インタビューvol.60〜第３編〜</title>
         <description><![CDATA[<div class="sectionh2">
<table class="layout2">
	<tbody>
		<tr>
			<td>
			<img src="http://www.rtnproject.com/50/img/interviewee_s_154_profile.jpg" alt="interviewee_s_154_profile.jpg" width="150" height="112" />
			</td>
			<td>池光正弘さん。１９６６年生まれ。徳島県出身。８８年、徳島大学を経て、日本マクドナルド株式会社に入社。ビジネスのノウハウを習得した後、０３年に株式会社はなまるに入社。その後、独立を決意し、モスクワにて０６年に有限会社MIBを設立し、０７年７月に日本食レストランУДОНъяСАНを創業。店舗はモスクワに８店舗、ニジニ・ノヴゴロドに１店舗を展開中で、１０年４月からはサンクトペテルブルクにも出店予定。現在は社長として、サンクトとモスクワでの展開促進と、日本の居酒屋のような新規業態の展開に向けて精力的に活動中。</td>
		</tr>
	</tbody>
</table>
</div>
<br />
<div class="h3_body">
今回インタビューを受けていただいたのは、モスクワで日本食レストラン「УДОНъяСАН(読み方：ウドンヤサン)」を経営されている池光正弘さん。彼の独立に向けて歩まれた道のりについて、熱く語っていただきました。<br />
<br />
<strong>池光さんの迷い　～好きなことって何だ？～</strong><br />
<br />
<strong>―「独立する」と目標を決め、それに向かって必要なスキルを磨いて、とても理想的な形ですね。</strong><br />
<br />
今でこそ独立はしましたが、実はまだ悩んでいることがあるんですよ。「私は何が好きなんだ」<br />
と。<br />
<br />
私の妻は理学療法士なんですが、彼女は昔からこの職業が好きだったようです。有名大学に合格したにもかかわらず、両親の反対を押し切ってそれを蹴り、理学療法の専門学校に行ったくらいですから。若い内から「やりたいこと」を明確に持っていた人だったんです。<br />
<br />
一方の私は、「何が好きなのか」と聞かれると、正直悩んでしまいます。うどん屋が別に好きだというわけではないですし、経営することが別に好きだというわけでもないんです。学生時代、友人と将来の夢を語り合って夜を明かしたときなんかも、はっきりと自分の夢を言える人がとてもかっこよく見えました。<br />
<br />
でも逆に、良かったこともあります。確かに、夢を見ている人に対して憧れを持ち、「自分が好きなものは何だろう」「自分も夢を追いかけたい」という悩みがありました。しかし、その悩みがあったからこそ、「夢を追う」という姿にロマンを感じているのかもしれません。ロマンチストになれたからこそ、モスクワへ行くということに対しても、リスクに怖じけず踏み出せたんだと思っています。<br />
<br />
ですから、若い内はたくさん悩んでください。それから、リスクを取らなかったら成功はないですよ！！<br />
<br />
<strong>―心得ました！！</strong><br />
<br />
<strong>奥せず前へ進みましょう！　～池光さんからの４つのメッセージ～</strong><br />
<br />
<strong>―最後に、何か日本の方々や、若い人へのメッセージをいただけますでしょうか。</strong><br />
<br />
うーん、いざ「メッセージを」と言われますとね&hellip;&hellip;。では、４つほど（笑）<br />
<br />
そうですね、まずは「日本食企業のみなさん、この世界的な日本食ブームを逃すのはもったいないですよ！」ですかね。日本食で海外に出店するには、もちろん一筋縄では行きません。日本食レストランのマネージメントの構造にも問題が有ります。例えば、調理人は「できるだけ良い食材を使って、美味しいものを作ろう」とします。しかし、経営者は「できるだけ材料費を抑えて、利潤を上げよう」とします。考え方は真逆なんです。つまり、調理とマネージメントとでは、まったく全く目標が違います。ところが、多くの日本食ﾚｽﾄﾗﾝでは、調理人にマネージメントも任せているケースが散見されます。<br />
<br />
日本でお店を出すように、職人さんがぽーんとお店を出すことは無理があるかもしれません。しかし、今、海外では「真の日本食」が求められています。海外で日本食レストランの経営・調理を担当している方の大半は、実は中国人だったということが良くありますし、出される料理も日本のものとはどこか違うということも、それは海外のお客さんも知っています。ここに、日本で出されるような日本食を作れる職人さんと、そういった環境を整えられる経営者が手を組んで進出しない手はないんじゃないか！と私は思います。<br />
<br />
次に、「フレキシブルに考えよう」ですかね。例えばですが、「オシャレなフル装備の高価な冷蔵庫」と「最低限の簡易な安価な冷蔵庫」。インドではどちらが売れると思いますか？<br />
<br />
<strong>―簡易な冷蔵庫でしょうか。</strong><br />
<br />
そうですね。では、日本食とカレー。インドではどちらが売れると思いますか。<br />
<br />
<strong>―それは、う～ん&hellip;&hellip;。</strong><br />
<br />
でしょう？(笑)　２つの質問はどちらも、考え方は同じなのですが、ちょっと変わるとわからなくなってしまうんですよね。日本だったら、１人当たりの消費額が高いですし、もので溢れていますから、「多少高くても質の良いもの」が売れます。インドはまだ１人当たりの消費可能額が高くないですし、ものがない層も多いですから、「安くて機能するもの」の方が売れます。この「～の方が売れる」というのは、買ってくれるお客が多い、つまり市場が大きいということですね。<br />
<br />
日本食とカレーも同じことです。日本食は一食当たりが高い上、インドの人にとってあまり馴染みのないもの。日本食を好む人、あるいはお金をかけられる人が人口の1％だとすると、およそ１２００万人。その市場の１００％のシェアを取るよりも、カレーなら１２億人が食べますでしょうし、１２億人の市場の２～３％のシェアを占めるだけでも、それだけで３６００万人のお客さんがつきます。正解は「カレー」です。<br />
<br />
<strong>―なるほど！　数字で考えればわかりやすいですね。</strong><br />
<br />
私が言いたいことは、日本人はもっとフレキシブルに物事を考える必要があると言うことです。電機メーカーであれば、地域性に合わせて商品を開発するのは当たり前です。ところが、インドでカレーを売るというと違和感がないでしょうか。でも、日本のカレーだって立派なカレーです。マーケットがこれだけでかいのですからチャレンジする意味はあると思うというか、むしろそうするべきではないかと思います。<br />
<br />
例えば、ロシアでは凄い寿司ブームですが、にぎりより圧倒的にロールの方が売れます。そのロールにはアボガドやチーズやカラフルな色の飛び子が入ってたりするんですが、日本人はどうも「あんなのは寿司じゃない」と言い切る人もたくさんいるようです。<br />
<br />
ロシアでは、日本人が思ってるよりはるかに凄い寿司ブームで、和食レストランだけでなく、中華レストランでもイタリヤレストランでも寿司を売ってます。でも、売れているのはﾛｰﾙばかり&hellip;&hellip;。これって悲しいことですか？？？　もっとフレキシブルに考えれば良いのではないでしょうか。<br />
<br />
<strong>―はい！　心がけます！</strong><br />
<br />
それから３つ目ですが、日本の生活とは較べないようにしましょう。日本は、宅配便を出せば時間指定までして配達できます。確実に。荷物をなくされることもなく。そういったインフラは、確かに日本は良く発達しています。ロシアでは「荷物が紛失した」「届かない」なんて珍しくはないでしょう？　しかし、だからと言って「ロシアはビジネスをするには危険だ」とか「カントリーリスクが大きい」といったことにはならないと思います。事実、米資本や中華資本、ドイツ資本、イスラエル資本なんかは、ロシアに既にたくさん進出しているのですから！<br />
<br />
最後に４つ目。「会社に入ったらプロのサラリーマンになりましょう」ですね。重要なのは、組織の中で自分の存在意義を確立すること、なんですよ。自分以外の誰かに簡単に取って替わられてしまわないよう、「こいつがいなくなったら困る」というくらいにならなくてはダメです。そのためには、会社で勉強出来ることはしっかり勉強して、知識を得ることが重要です。その意味では、特に若いうちは起業して独学で学んでいくより、組織の方が大きな仕事も出来るし、たくさんのことを学べるﾁｬﾝｽはあるかもしれません。<br />
<br />
ということで、ぜひ頑張ってくださいね。<br />
<br />
<strong>―たくさんの貴重なメッセージ、ありがとうございます！</strong><br />
<br />
<strong>インタビューアーから一言</strong><br />
<br />
池光さんとはレストランУДОНъяСАНで行われている「うどんを普及させる会」にてお会いしました。この会では、モスクワ近辺に滞在されている日本人の方々が集まると聞き、既に行ったことのある友人に紹介してもらい、参加してきました。お話を通じて、「海外で働くということ」「ビジネスとは何か」など、たくさんの教訓を頂きました。この度は本当にありがとうございます！！<br />
<br />
<a href="/2010/06/vol60_1.html">第１編はこちらから＞＞</a><a href="/2010/06/vol60_2.html">第２編はこちらから＞＞</a><br />
<br />
</div>
<table class="layout2">
	<tbody>
		<tr>
			<td>
			<img src="http://www.rtnproject.com/50/img/interviewee_s_41_profile.jpg" alt="" width="150" height="113" />
			</td>
			<td>木村荘一郎。１９８７年生まれ。高校三年間を米国オハイオ州で過ごし、帰国後は北海道大学経済学部に入学。現在３年に在籍。１、２年は課外活動、２、３年は学業に精力的に取り組み、現在はモスクワ大学外国語学部に留学中。ロシア語の研修をしながら、現地で様々な出来事と格闘中。</td>
		</tr>
	</tbody>
</table>
]]></description>
         <link>http://www.rtnproject.com/2010/06/vol60_3.html</link>
         <guid>http://www.rtnproject.com/2010/06/vol60_3.html</guid>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">50)インタビュー</category>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">5000)社会人インタビュー</category>
        
        
         <pubDate>Tue, 29 Jun 2010 20:20:24 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>帰国子女大学入試・合格体験記vol.43</title>
         <description><![CDATA[<div class="sectionh2">
<table class="layout2">
	<tbody>
		<tr>
			<td>
			<img src="http://www.rtnproject.com/50/img/interviewee_s_159_profile.jpg" alt="interviewee_s_159_profile.jpg" width="150" height="113" />
			</td>
			<td>高橋篤哉さん。１９８９年東京生まれ、日本の小、中学校を卒業後、高校の３年間オーストラリアに留学。Cairns State High Schoolを卒業し、２００８年に立教大学経営学部経営学科に入学。現在３年に在籍。インカレのポーカーサークルに所属し、代表を務める。</td>
		</tr>
	</tbody>
</table>
</div>
<br />
<h3>【立教大学経営学部・青山学院大学法学部合格】</h3>
<div class="h3_body">
<strong>はじめに</strong><br />
<br />
私は高校時代オーストラリアに留学していたので、アメリカとは卒業の時期が違い、１１月卒業でした。帰国子女受験は早いところでは９月に行われる大学もあるので、そういった大学を受験するには、現地の高校に通いながら毎回日本に帰国して受験しなければならず、時間的、距離的には厳しい受験だったと言えます。幸い、私は１年上の先輩が日本の大学を受験するのを見ていたので、１年前には大体受験がどのようなものか知ることができました。<br />
<br />
<strong>受験勉強前半</strong><br />
<br />
そんなわけで、１年前から受験を意識はしていたのですが、結局具体的な受験勉強というものを始めたのは、半年前くらいになってからでした。初めは、特にどこの大学を受けるのかも決めていなかったので、どの大学の受験でも有利になるだろうTOEFLの本や漢字の勉強をしていました。特に、帰国生は日本にいる期間にも限りがあり、TOEFLを受ける回数が限られてしまうので、早めに受ける必要があります。さらに、TOEFLやTOEICといったものは数回受けなければ自分の実力が出せないものなので、まずTOEFL対策からやり始めたのは正解だったと言えるでしょう。また、TOEFLは基本的な英語の力をつけることにもなりますし、今の自分の英語力も、このときに身についたものが大きいと感じています。<br />
<br />
<strong>受験勉強後半</strong><br />
<br />
６月に一時帰国したときに予備校に通い、先生と相談して具体的な受験校を決めることや、同じ帰国子女受験する友達との話を通じて、受験の感触を掴むことができました。私は高校のとき、サッカーやゲームやバンドばかりやっていて、全く勉強していなかったため、資格がなかったり実力が足りなかったりで、東大や慶應といった大学を受験することはありませんでした。そのため、現実的なプランとして、第１志望に早稲田の法、商、社会学部、第２志望は立教の経営学部、後は滑り止めに他のMarchレベルの大学を状況に応じて受けるというプランで勉強を始めました。<br />
<br />
この時期からは小論文を重点的に勉強していたと思います。初めは何を書いていいのかわからなかった小論文ですが、本や資料を読んで知識をつけることで、徐々に得意と思えるようになっていきました。個人的には、小論文に正解はなく、どんな内容でも、それが説得力を持って書かれていればいいんだと思えたことで、自信を持って書けるようになった気がします。<br />
<br />
<strong>結果</strong><br />
<br />
初めの早稲田の多学部共通試験は全部落ちました。私は、この大学受験が生まれてはじめての受験だったので、前日緊張して眠れず、当日の試験も過去問では８割取れていた英語が全くわからず、受験の厳しさを思い知ることになりました。これでかなり落ち込んだのですが、その次の青山学院大学法学部に受かり、最終的には立教の経営学部に受かり、そこに行くことに決めました。立教の英語の試験は簡単なものが出るので、満点に近い点数を取らなければ受からないと言われていましたが、実際に受けてみると本当に簡単でビックリしました。小論文と面接も納得のいくものができたと思います。<br />
<br />
<strong>おわりに</strong><br />
<br />
大学はその後４年間通うことになり、おそらく人生で一番楽しい時期になるものです。ですから、本当によく考えて決めた方がいいです。もちろん、自分の学力的なレベルもありますし、誰だっていい大学に入りたいと思っているでしょう。しかし、それだけではなく、実際のキャンパスの雰囲気、学生のカラー、立地条件なども重要です。イメージや名前だけで志望校を決めてしまうのではなく、実際に大学に行ったり、先輩方と会って確かめた方が良いでしょう。私も、キャンパスの雰囲気や立地条件で立教に決めました。第一志望は早稲田でしたが、今では立教で良かったのかなと感じています。<br />
<br />
高校までほとんど勉強という勉強をしていなかった私ですが、半年間意識して勉強することで立教大学に入ることができました。また、結果だけではなく、必死に努力したり、落ち込んだり、嬉しがったりすることが出来る受験というものは、人生の中でも本当に良い経験になると思います。こういう経験はそう何度もないので、みなさん自分で納得できるように頑張ってみてください。<br />
<br />
<strong>Cairns State High School ：</strong><br />
<a href="http://cairnsshs.eq.edu.au/wcmss/">http://cairnsshs.eq.edu.au/wcmss/</a>
</div>
]]></description>
         <link>http://www.rtnproject.com/2010/06/vol43_4.html</link>
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                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">62)帰国子女入試合格体験記</category>
        
        
         <pubDate>Mon, 28 Jun 2010 03:11:11 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>更新情報6月28日</title>
         <description><![CDATA[<p>
帰国子女大学入試・合格体験記vol.43をアップしました。<br />
<a href="/2010/06/vol43_4.html">http://www.rtnproject.com/2010/06/vol43_4.html</a>
</p>
]]></description>
         <link>http://www.rtnproject.com/2010/06/628.html</link>
         <guid>http://www.rtnproject.com/2010/06/628.html</guid>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">2010)ニュース</category>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">ニュース・イベント</category>
        
        
         <pubDate>Mon, 28 Jun 2010 02:29:54 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>帰国子女大学入試・合格体験記vol.42</title>
         <description><![CDATA[<div class="sectionh2">
<table class="layout2">
	<tbody>
		<tr>
			<td>
			<img src="http://www.rtnproject.com/50/img/interviewee_s_157_profile.jpg" alt="interviewee_s_157_profile.jpg" width="150" height="113" />
			</td>
			<td>矢田部浩平さん。１９８８年山口県生まれ。関東を点々としたのち、マレーシアで３年半をすごし、帰国後、小学２年から東京で暮らす。高２で渡米、カルフォルニア州ロサンゼルスのPalos Verdes Peninsula High Schoolを卒業後、大学受験のため単身帰国。現在は早稲田大学基幹理工学部表現工学科及川研究室に所属。デジタル信号処理などを中心に音響の研究をしている。</td>
		</tr>
	</tbody>
</table>
</div>
<br />
<h3>【早稲田大学基幹理工学部合格】</h3>
<div class="h3_body">
<strong>はじめに</strong><br />
<br />
帰国子女入試には、実に多種多様なバックグラウンドを持つ学生が集まります。僕は、子供の頃を除けば、高校時代１年１０ヶ月しか海外に滞在していません。学生時代のほとんどは日本で過ごし、帰国子女入試受験者の中では最も日本式の教育を受けた部類です。高校受験もしています。そんな僕の体験を、これから帰国子女入試を受ける方の役に立てばと思い、書き記すことにします。<br />
<br />
<strong>早稲田大学合格への道のり</strong><br />
<br />
僕は１７歳の夏に、父の仕事の都合でアメリカに引っ越しました。現地の高校に通いましたが、特に英語が話せるようになったわけでもなく、あっという間に卒業しました。在学中に統一試験は何度か受け、SATの最高点は1590/2400（そのうちMathが800）でした。SAT IIは物化数３科目で2310/2400を取りましたが、英語ができないことは大きなハンディキャップだと自覚していました。<br />
<br />
６月に高校卒業後すぐ帰国し、入試までの２ヶ月半を予備校の寮ですごしました。音に関わる研究がしたかったため、第一志望は早稲田大学基幹理工学部、それ以外は考えていませんでした。<br />
<br />
日本で「入試２ヶ月半前」と言えば冬です。その時期に一時帰国して、同級生が受験勉強をしている様子を見たことがあります。高１の頃は授業をサボってばかりだった友達も含めて、全員が「誰も話しかけるな」という雰囲気で、昼休みでも勉強していました。<br />
<br />
一応都立トップの進学校だったので、「１日１２時間勉強して、移動と食事に４時間を費やしても、８時間も寝られる」と書いてあるプリントが配られたことを覚えています。当時は「そんなに勉強するわけないじゃん」と馬鹿にしたものですが、実際に友達が受験勉強をする姿を見たら、その言葉以上のすごみを感じました。<br />
<br />
ところが、帰国子女の「私立大入試２ヶ月半前」は、一般の受験生と大きく違っていました。人によっては、勉強よりも遊びの方が盛んで、試験２週間前になってやっと勉強を始める人もいました。試験当日に会場まで応援に来てくれた友達が、「帰国生ってすごいね。緊張感のなさにビックリした。」と言っていたぐらいです。<br />
<br />
僕は「早稲田に落ちたら一般受験しよう」と思っていたので、確実に受かることだけを考えて夏をすごしました。まず、過去問をあるだけ集め、傾向を分析して必要な勉強を見定めました。そして自分の学力を常に計りながら、入試までの時間を逆算し、優先度の高いものから徹底的に勉強しました。例えば、「いくら数学や物化で張り合えても、英語で大差を付けられては負ける。早稲田の物理は力学と電気しかでないから、熱力や波動は捨ててその分英語をやろう」といった具合です。<br />
<br />
その結果、無事第一志望に合格しました。数学と化学で冷や汗はかきましたが、英語や物理は概ね狙い通り上手く行ったと思います。<br />
<br />
<strong>これから受験をする人へ</strong><br />
<br />
受験は、しなければならないことではありません。するかしないか、どれだけ頑張るか、どこの大学を目指すか、全て個人の自由です。でも、受験の結果が残り６０年の人生を左右します。「失敗した」と後で後悔をしても、誰もその責任を取ってはくれません。是非、それぞれの人にとって良い結果となるように頑張って欲しいです。<br />
<br />
そのために、志望校選びは大事なことだと思います。例えば、「なんとなく良さそう」といった曖昧な志望理由では、勉強に対するモチベーションを保てないのではないでしょうか。しっかり調べて、自分が何をしたいのかを考えて、行きたい大学を選べると良いと思います。<br />
<br />
あとは、とにかく頑張って勉強してください。遊びたいなら、受験が終わってからいくらでも遊べます。帰国子女入試は何回も受けられるものではありません。せっかく特別枠で入試をしてもらえるのだから、そのチャンスを逃してはもったいないと思います。<br />
<br />
ちなみに、僕のように範囲を絞って勉強することはあまりオススメしません。もし自分の受ける年に過去の問題と傾向が変わったら、捨てた範囲分点数を失う可能性があります。実際に、僕の年は化学で過去問にはない範囲が出て、何も答えられませんでした。また、複数校受験する場合にも、範囲を絞るとリスクになる可能性があります。早め早めから広く深く勉強しておくのがベストでしょう。<br />
<br />
<strong>Palos Verdes Peninsula High School ：</strong><br />
<a href="http://www.pvphs.com/">http://www.pvphs.com/</a>
</div>
]]></description>
         <link>http://www.rtnproject.com/2010/06/vol42_3.html</link>
         <guid>http://www.rtnproject.com/2010/06/vol42_3.html</guid>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">62)帰国子女入試合格体験記</category>
        
        
         <pubDate>Thu, 24 Jun 2010 16:28:46 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>更新情報6月24日</title>
         <description><![CDATA[<p>
帰国子女大学入試・合格体験記vol.42をアップしました。<br />
<a href="/2010/06/vol42_3.html">http://www.rtnproject.com/2010/06/vol42_3.html</a>
</p>
]]></description>
         <link>http://www.rtnproject.com/2010/06/624.html</link>
         <guid>http://www.rtnproject.com/2010/06/624.html</guid>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">2010)ニュース</category>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">ニュース・イベント</category>
        
        
         <pubDate>Thu, 24 Jun 2010 16:28:46 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>更新情報6月22日</title>
         <description><![CDATA[<p>
帰国子女大学入試・合格体験記vol.41をアップしました。<br />
<a href="/2010/06/vol41_3.html">http://www.rtnproject.com/2010/06/vol41_3.html</a>
</p>
]]></description>
         <link>http://www.rtnproject.com/2010/06/622.html</link>
         <guid>http://www.rtnproject.com/2010/06/622.html</guid>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">2010)ニュース</category>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">ニュース・イベント</category>
        
        
         <pubDate>Tue, 22 Jun 2010 23:39:27 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>帰国子女大学入試・合格体験記vol.41</title>
         <description><![CDATA[<div class="sectionh2">
<table class="layout2">
	<tbody>
		<tr>
			<td>
			<img src="http://www.rtnproject.com/50/img/interviewee_s_156_profile.jpg" alt="interviewee_s_156_profile.jpg" width="150" height="112" />
			</td>
			<td>大塚清輔さん。１９８９年生まれ。東京都出身。外交官である父に同伴して、２歳から１８歳まで、スコットランド、タイ、アメリカ（ニューヨークとマサチューセッツ）、スリランカ、スウェーデンにそれぞれ約３年間ずつ滞在。日本の大学を受験しようと帰国。中央大学に入学し、法学部国際企業関係法学科３年に在籍。国際交流学生団体The Asian Law Students&rsquo; Association（和名：アジア法学生協会）に入会し、活動中。8歳からスコットランドの伝統楽器であるバグパイプを続けており、各種イベントで公演している。</td>
		</tr>
	</tbody>
</table>
</div>
<br />
<h3>【中央大学法学部国際企業関係法学科合格】</h3>
<div class="h3_body">
<strong>大学選び</strong><br />
<br />
<strong>～なぜ日本の大学？～</strong><br />
<br />
帰国して勉強をしようと思ったきっかけは、まとまった期間を自分の母国である日本で勉強し、日本を見てみようと、心のどこかで考えていたことだと思います。それというのも、私は外交官である父に同伴して、スコットランド、タイ、アメリカ（ニューヨーク州とマサチューセッツ州）、スリランカ、スウェーデンという国々に通算１５年間滞在していたため、日本に住んでいた期間は一時帰国等を含めて途切れ途切れで、まとまった期間を自分の祖国で過ごしたことがなかったからです。<br />
<br />
<strong>～なぜ法学部？～</strong><br />
<br />
法学部を目指した理由は主に２つあり、1つ目は単に父から「もし日本で外交官を目指すなら法学部に入学するのが筋だろうな」と言われたことです。上記の通り、小さい頃から外交官としての父の背中を見て育ちました。外交官という職に大きな興味を抱いたことがきっかけです。<br />
<br />
もうひとつの理由は、社会を支えるシステムとしての法を勉強することで、日本の社会とその法律がどのような相互作用を持つのかという問題意識を抱いていたからです。私は今まで住んだ・滞在した国などの町や人を観察するのが好きで、その人々がどのような社会のルールやしきたりを基に行動しているのかに興味を持ち、法律を勉強することで、それを理解することができるのではないかと考えました。<br />
<br />
<strong>予備校時代</strong><br />
<br />
<strong>～意識面～</strong><br />
<br />
一番苦労した点は、受験勉強に対する自分の集中力・やる気を維持することでした。日本に帰国した当初は、これから自分が住む日本がどういうところなのかを肌で感じたいという好奇心が強く、改めて大学受験の勉強を意識始めたときは、すでに早稲田の９月帰国入試の直前でした。<br />
<br />
特に、精神的に苦労をしたのが小論文の勉強でした。高校ではIB科目のひとつに日本語を取っていたため、論文の書き方には自信がありました。しかし、実際の帰国生受験の小論文はかなり性質が異なっていて、今までどおりの小論文を書いていたら、厳しいコメントをたくさん受けました。<br />
<br />
私がここで言いたいのは、帰国入試受験科目のなかで、自分の中で「簡単だな」と思っているものがあったら、その自信は一旦すべて捨ててしまったほうがいいということです。もし、その自信が結果として表れたらよいのですが、そうでない場合の落胆は非常に大きいです。<br />
<br />
<strong>～勉強面～</strong><br />
<br />
<strong>＜小論文＞</strong><br />
<br />
予備校で私立コースと国立コース両方を受けましたが、私立受験のときに抱いた「小論文」への苦手意識を払拭しきれず、国立受験では不完全燃焼に終わってしまったため、あまり参考にはならないかもしれません。<br />
<br />
ただ、少しでも「小論文」への苦手意識を克服するために続けていたことは、小論文や現代文の講義で出てきたテーマに関連する新書を書店や自宅近辺の図書館などを利用して読むことです。ノートに書き写したり、自宅で既に定年退職した父に小論文を見てもらったりもしていました。<br />
<br />
フェロー制度も利用し、自宅で独自に解いた過去問や書き直し答案を添削してもらい、批判・指摘などを受けることによって、自分の論文の書き方を修正していき、少しずつでも自信をつけていくことを心がけていました。<br />
<br />
<strong>＜英語＞</strong><br />
<br />
和訳に関しては、日本の一般大学受験用の英語問題集のなかで和訳問題が多いものを購入し、それをひたすら解いていきました。単語も自分が思っているより知らないことが多かったので、単熟語集も購入し、それをひたすら就寝前に読んで暗記し、蓄えていきました。<br />
<br />
short essayに関しては、大学の過去問を書き上げて、英語の先生に見てもらって添削してもらうようにしていました。フェロー制度や個人的に先生に聞きに行ったりすることをお勧めします。<br />
<br />
<strong>～面接～</strong><br />
<br />
面接対策は、予備校で出されていた情報本をもとに、面接の想定質問を用意し、自分なりの回答を先生に見てもらいながら作成し、自分の受験学校ごとにデータベース化しました。国立入試まで期間は、このデータベースを基に、読み込みをしたり、親や予備校の友人に面接対策を手伝ってもらったりしていました。<br />
<br />
予備校時代の勉強だけではなく、面接対策のデータベース化はとても有効であったと思います。大学のゼミやインターンシップなどの選抜面接でも活用でき、大学在学中に行われた面接試験は落とされたことがありません。<br />
<br />
<strong>終わりに</strong><br />
<br />
大学受験生活において一番大切だなと思ったことは、自分の希望大学合格を目指す際に、「継続は力なり」をいう言葉をいかに信じて邁進できるかです。継続する意思がなければ、勉強のために時間も取ろうとしませんし、力も伸びません。また、講義科目のなかで少しでも苦手意識を抱いた科目があったら、即座にフェローや先生、仲間に相談したほうがいいと思います。そして、予備校で学んだテキストやノートは受験が終わったら捨てないで取っておいてください。特に文系学部では、ゼミや論文などに応用できる資料が揃っているので、入学後の大学の勉強にも大いに役立つはずです。<br />
<br />
<strong>Stockholm International School ：</strong><br />
<a href="http://www.intsch.se/">http://www.intsch.se/</a>
</div>
]]></description>
         <link>http://www.rtnproject.com/2010/06/vol41_3.html</link>
         <guid>http://www.rtnproject.com/2010/06/vol41_3.html</guid>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">62)帰国子女入試合格体験記</category>
        
        
         <pubDate>Tue, 22 Jun 2010 23:39:26 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>更新情報6月19日</title>
         <description><![CDATA[<p>
海外生活体験者・社会人インタビューvol.60〜第２編〜をアップしました。<br />
<a href="http://www.rtnproject.com/2010/06/vol60_2.html">http://www.rtnproject.com/2010/06/vol60_2.html</a>
</p>
]]></description>
         <link>http://www.rtnproject.com/2010/06/619_1.html</link>
         <guid>http://www.rtnproject.com/2010/06/619_1.html</guid>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">2010)ニュース</category>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">ニュース・イベント</category>
        
        
         <pubDate>Sat, 19 Jun 2010 14:01:20 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>海外生活体験者・社会人インタビューvol.60〜第２編〜</title>
         <description><![CDATA[<div class="sectionh2">
<table class="layout2">
	<tbody>
		<tr>
			<td>
			<img src="http://www.rtnproject.com/50/img/interviewee_s_154_profile.jpg" alt="interviewee_s_154_profile.jpg" width="150" height="112" />
			</td>
			<td>池光正弘さん。１９６６年生まれ。徳島県出身。８８年、徳島大学を経て、日本マクドナルド株式会社に入社。ビジネスのノウハウを習得した後、０３年に株式会社はなまるに入社。その後、独立を決意し、モスクワにて０６年に有限会社MIBを設立し、０７年７月に日本食レストランУДОНъяСАНを創業。店舗はモスクワに８店舗、ニジニ・ノヴゴロドに１店舗を展開中で、１０年４月からはサンクトペテルブルクにも出店予定。現在は社長として、サンクトとモスクワでの展開促進と、日本の居酒屋のような新規業態の展開に向けて精力的に活動中。</td>
		</tr>
	</tbody>
</table>
</div>
<br />
<div class="h3_body">
今回インタビューを受けていただいたのは、モスクワで日本食レストラン「УДОНъяСАН(読み方：ウドンヤサン)」を経営されている池光正弘さん。彼の独立に向けて歩まれた道のりについて、熱く語っていただきました。<br />
<br />
<strong>モスクワとの出逢い　～こんなにオイシイところはないっ！～</strong><br />
<br />
<strong>―いよいよ独立されたときについてですが、なぜモスクワを選ばれたのですか？</strong><br />
<br />
それはねえ、モスクワが一番オイシイところだったからなんですよ(笑)<br />
<br />
はなまるにいたとき、全国を巡って仕事をさせていただけました。その際に集めたデータなどから、初めは沖縄でビジネスを立ち上げようと思っていたんです。<br />
<br />
<strong>―なぜ沖縄だったんです？</strong><br />
&nbsp;<br />
そうですねえ。沖縄での飲食店は、他地域の店舗に比べて損益分岐点が低かったことと、ちょうどその時期、人口が増加していたのは東京と沖縄だけでしたし、沖縄ブームなんてものもあったんですよ。それに直ぐ隣には台湾がありますから、台湾に進出するのも良いなと思っていたので。<br />
<br />
その旨を、はなまるの社長に相談してみると、こんなことを聞き返されました。「そういう理由で沖縄を選ぶなら海外にはもっと面白い場所があるのではないか？」<br />
<br />
そのとき私は「言われてみればそうかもしれない」と思いました。国内の飲食業は飽和状態で、今から新規参入じゃ後発も後発。それならば、いっそ先発になれる海外で仕事をしてもよいのではないか。せっかくマクドナルドでビジネスのノウハウを学んだわけですし、その際に英語力もつけましたし。<br />
<br />
それからタイ、韓国、台湾、モスクワ、etc、いろいろと調べました。その結果、モスクワが一番良かったんです。モスクワがなぜ一番良かったか、それだけで２時間は話せますよ(笑)<br />
<br />
<strong>―ぜひとも全てお伺いしたいのですが(笑)、そのうちのいくつかを、お伺いしてもよろしいでしょうか。</strong><br />
<br />
そうですね。これは出店前ですから、およそ３、４年前のデータです。<br />
<br />
・「レストラン数/人口」が東京の１０分の１程度。<br />
・モスクワの人口がおよそ１０５０万人と欧州一の規模。同国内にはサンクトペテルブルクという人口４６０万人の欧州で３番目の規模の市場もあり。人口面では国別でも圧倒的に欧州一のマーケット。<br />
・一人当たりGDPの伸び率も当時欧州一。<br />
・物価の高さは当時世界一で、日本食レストランの客単価が当時平均５０ドル。<br />
・日本食レストランの数が、ロシアは世界で３番目に多い(１位はアメリカ、２位はブラジル)。<br />
・しかし、それだけの店舗数に増加したのはついここ１０年の間。<br />
・全体的に親日で、和食ブームが起こっていた。<br />
<br />
他にもまだまだたくさんあるのですが、とにかくモスクワはとても魅力的な市場でした。ですから、モスクワでビジネスをすることに決めたんです。<br />
<br />
<strong>―この街に初めてついたときには、灰色の雰囲気しか読み取れなかったのですが（苦笑）、数字からモスクワを見ると、ものすごい都市なんですね。</strong><br />
<br />
その通りです(笑)<br />
<br />
<strong>３つの困ったこと　～УДОНъяСАНオープン！～</strong><br />
<br />
<strong>―実際にУДОНъяСАНをオープンされてからはいかがでしたか。</strong><br />
<br />
３つ困ったことがありました。「うどん屋を知らない」「マネージャーの育成」「ロシア語がわからない」です。<br />
<br />
１つ目ですが、ロシア人の方は、そもそも、うどん屋というものを知りませんでした。無理もありませんが（笑）　これで何が困るかといいますと、店舗を作るときに一苦労したんですよ。厨房でどのような器具が必要か、配置はどうするか、内装はどうするか。それに加えて、ロシアは建築業者に頼めば全部やってくれるわけではなく、厨房は厨房器具屋、壁紙は壁紙屋、看板は看板屋と、自分でそれぞれのお店と交渉しなければならなかったので、毎回うどん屋の説明をするのに一苦労しました。建築業者と設計図の話をするときは、自分で書いたりもしましたからね。<br />
<br />
<strong>―本当に、手作りなんですね。</strong><br />
<br />
その通りです(笑)　でも、それは１号店の話。２号店以降は、もうやり方が既にわかっていますから、すんなりと行きました。<br />
<br />
<strong>―ちなみに、１つお伺いしたいのですが、店名のУДОНъяСАНは、なぜ中の二文字が小文字なのですか。</strong><br />
<br />
それは「かわいい」からなんですよ(笑)<br />
<br />
<strong>―えっ！？</strong><br />
<br />
店名は、ロシア人の知らない「うどん」という言葉をまず知ってもらうことと、日本人が経営している日本食レストランであることが、一発でわかるようにしたかったんです。ですから、日本語の店名にしようと考えていたのですが、サムライとかフジヤマ､サクラなどのありきたりな日本語だと、外国の方が経営している日本食レストランと混同されそうでしたし、現実的には登録商標が取れるかという問題もあって「うどん屋さん」をロシア語表記にした「УДОНъяСАН」にしたということです。<br />
<br />
その際に、中の二文字を小さくするという案をロシア人のパートナーが出してくれました。この方が、視覚的にかわいく、親しみやすいのだとか。日本語で書けば「うどんゃさん」という感じでしょうか。<br />
<br />
<strong>―なるほど！　ロシア人ならではですね。私はずっと気になっていたので(笑)　話が逸れてすみません。続きをお願いいたします。</strong><br />
<br />
はい(笑)　２つ目ですが、ロシア人のマネージャーを育てるのはなかなか大変です。現場のキルギス人やロシア人は一所懸命働いてくれるんです。でも、マネージャークラスになったロシア人は、なかなか働いてくれません。むしろ「自分たちを現場の人間と一緒にするな」といった変な矜持さえ見えます。そんな中で、現場に具体的でかつ的確な指示が出せるマネージャー。これを育てるのに苦労しています。<br />
<br />
３つ目ですが、細かいところまで伝えられないのが残念です。私はそもそも、ロシア語はそれほどわかりませんから、英語で事業を行っています。現場や部下に指示を出すときに、簡単なものは出せるんです。「○○をやってくれ」「△△はするな」と言ったものなら。ただ、「○○のときは～～しなければいけないのは、&times;&times;という理由だから。だから、△△というときは□□しなければいけない」と、指示の本質、理由までを伝えることができないので、応用力を持って行動してもらうことができず、歯がゆいです。<br />
<br />
<strong>―海外で事業を立ち上げる障壁の具体的な事例、貴重な体験をお聞きすることができて、本当に嬉しいです。</strong><a href="/2010/06/vol60_3.html">第３編はこちらから＞＞</a><br />
<br />
<a href="/2010/06/vol60_1.html">第１編はこちらから＞＞</a><br />
<br />
</div>
<table class="layout2">
	<tbody>
		<tr>
			<td>
			<img src="http://www.rtnproject.com/50/img/interviewee_s_41_profile.jpg" alt="" width="150" height="113" />
			</td>
			<td>木村荘一郎。１９８７年生まれ。高校三年間を米国オハイオ州で過ごし、帰国後は北海道大学経済学部に入学。現在３年に在籍。１、２年は課外活動、２、３年は学業に精力的に取り組み、現在はモスクワ大学外国語学部に留学中。ロシア語の研修をしながら、現地で様々な出来事と格闘中。</td>
		</tr>
	</tbody>
</table>
]]></description>
         <link>http://www.rtnproject.com/2010/06/vol60_2.html</link>
         <guid>http://www.rtnproject.com/2010/06/vol60_2.html</guid>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">50)インタビュー</category>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">5000)社会人インタビュー</category>
        
        
         <pubDate>Sat, 19 Jun 2010 14:00:24 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>帰国子女大学入試・合格体験記vol.40</title>
         <description><![CDATA[<div class="sectionh2">
<table class="layout2">
	<tbody>
		<tr>
			<td>
			<img src="http://www.rtnproject.com/50/img/interviewee_s_155_profile.jpg" alt="interviewee_s_155_profile.jpg" width="150" height="113" />
			</td>
			<td>横山知子さん。１９８８年三重県生まれ。 小・中学校をマレーシアの日本人学校、高校をマレーシアのThe International School of Kuala Lumpurですごす。計１４年間マレーシアに滞在した後、帰国し、早稲田大学教育学部へ入学。現在３年に在学。社会教育・開発教育系のゼミに所属。</td>
		</tr>
	</tbody>
</table>
</div>
<br />
<h3>【早稲田大学教育学部合格】</h3>
<div class="h3_body">
<strong>＜帰国前＞</strong><br />
<br />
５歳の頃からマレーシアで育ち、日本に住んだり、日本の学校に通ったりした経験がなかったので、大学は日本に行きたいという気持ちが強くありました。周りの帰国生の中では、割と早くから、いま通っている大学受験合格の目標を持って海外生活を送っていたと思います。<br />
<br />
<strong>＜遊ぶか勉強するか＞</strong><br />
<br />
私は勉強しなくても良い成績を取れるタイプではなかったので、義務教育期間中、テスト前は勉強量で騙し騙し良い成績をもらっていました。そして、高校でインターナショナルスクールに入ってからは、まずネイティブに追いつくために、趣味をすべて封印して、ほとんど遊ばず学校の勉強に集中しました。<br />
<br />
ただ、帰国子女は、捕まらない程度に遊んでいいと思います。勉強に見返りを求めるならば、勉強ばかりしていても構いませんが、海外でしか経験できないことを吸収し、どこにもいない面白みのある人間を目指すのも賢い手です。また、遊びは英語習得の近道でもある気がします。<br />
<br />
<strong>＜統一試験対策＞</strong><br />
<br />
さて、統一試験です。帰国前は、学校の勉強と並行して、１２年生に進級する少し前からＴＯＥＦＬの対策を始めました。試験は計４回受けています。ＳＡＴの対策はそれよりも遅く、卒業する半年前から、計２回受験しました。私の場合、ＴＯＥＦＬは初期に受けたスコアが良く、そこから伸び悩んだので、受験回数と点数は必ずしも関係ないかもしれません。<br />
<br />
ただし、余裕があれば早めの対策と、現状の点数に満足せず、スコアアップを目指してください。受験対策のスタートが早ければ早いほど、帰国してから落ち着いて勉強することができます。早稲田大学でスコア提出が義務付けられているＳＡＴですが、私の点数は志願票記入例の早稲田花子さんより２００点低いものでした。冷や汗出ました（笑）　参考までに。<br />
<br />
勉強の具体的な対策です。ＳＡＴ頻出の英単語は、普通の学校生活を送る限り、まず耳にしません。そこで、私がＳＡＴ単語の暗記に使っていた参考書は、&rdquo;Vocabulary Cartoons&rdquo;と&quot;Word Smart&quot;の２冊です。絵から単語を覚えるシリーズものです。私は今でも&rdquo;expunge&rdquo;が「抹消する」という意味であることを、スポンジが黒板消しに使われている独特の絵柄から思い出すことができます。合う人には合うのではないでしょうか。<br />
<br />
<strong>＜早稲田大学の入試対策＞</strong><br />
<br />
早稲田大学では、英語・現代文・日本語小論文の筆記試験と、学科・専修によっては面接が課せられます。私の周りには、独学で早稲田の同学部に合格した知り合いもいますが、帰国入試について右も左も分からない状態ならば、予備校に通ってこれらの教科を勉強することをおすすめします。<br />
<br />
<strong>～英語～</strong><br />
<br />
まず、英語対策です。特に帰国子女は、英語は話せても、文法となると弱いと言われます。個人的に、英文法に関しては、桐原書店の「総合英語フォレスト」をすべて暗記できれば十分だと思い、この参考書で文法の勉強をしました。あとは、予備校で教わったことをきっちり定着させ、苦手分野は自宅学習でカバーしました。<br />
<br />
<strong>～日本語～</strong><br />
<br />
現代文では、古典は出ません。これだけで気持ちが楽になります。私は現代文が英語より得意だったので、さしあたっての対策はあまりしていません。小さい頃から読書が好きで、それが読解力につながったのだと思います。漢字の書き取りだけは、試験日間近に練習しました。漢字は暗記するだけで点数が取れるサービス問題なので、息抜き感覚で勉強できました。<br />
<br />
<strong>～小論文～</strong><br />
<br />
小論文対策ですが、ここでも読書量が威力を発揮すると思います。自分が専攻したい分野に関係する新書を読むのも大事ですが、違う分野の新書を幅広く読むことも大事です。量を読むために、予備校までの通学時間が長かったので、電車に乗っている時間を利用しました。あとは、本は読みっぱなしにするのではなく、小論に使えそうな要点などをノートにまとめてネタ帳作りに勤しみました。<br />
<br />
<strong>～面接～</strong><br />
<br />
面接対策では、予備校で配布される『栄冠をめざして』という帰国入試情報の冊子を参考にしました。自分が受ける予定の大学学部の質問内容をすべて書き写し、面接用ノートを作って自分の回答を書きました。自分の住んでいた国や通っていた学校、打ち込んできた事柄など、「自分」について気づくことがあればすべて書き出しました。ここで注意していたのは、自分なりの言葉で表現すること、そして、自分にはどのような他人と異なる側面があるのか探してみることです。<br />
<br />
<strong>＜最後に＞</strong><br />
<br />
合格体験記ということですが、私は国立大学まで受験を続けました。ほんの少しでもやる気があれば、帰国生には国立大学受験にチャレンジしてほしいと思います。勉強して損はないですし、国立大学受験に向けて行った勉強が大学入学後も活きてきます。今でも、予備校時代に使った小論文対策のノートを読み返し、大学のレポート作成のヒントにすることが多々あります。自分の限界を決めず、ぜひ頑張ってがんばってみてください。<br />
<br />
<strong>International School Kuala Lumpur ：</strong><br />
<a href="http://www.iskl.edu.my/index_content.php">http://www.iskl.edu.my/index_content.php</a><br />
<br />
</div>
]]></description>
         <link>http://www.rtnproject.com/2010/06/vol40_3.html</link>
         <guid>http://www.rtnproject.com/2010/06/vol40_3.html</guid>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">62)帰国子女入試合格体験記</category>
        
        
         <pubDate>Thu, 17 Jun 2010 00:20:46 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>更新情報6月17日</title>
         <description><![CDATA[<p>
帰国子女大学入試・合格体験記vol.40をアップしました。<br />
<a href="/2010/06/vol40_3.html">http://www.rtnproject.com/2010/06/vol40_3.html</a>
</p>
]]></description>
         <link>http://www.rtnproject.com/2010/06/617_1.html</link>
         <guid>http://www.rtnproject.com/2010/06/617_1.html</guid>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">2010)ニュース</category>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">ニュース・イベント</category>
        
        
         <pubDate>Thu, 17 Jun 2010 00:20:45 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>帰国子女大学入試・合格体験記vol.39</title>
         <description><![CDATA[<div class="sectionh2">
<table class="layout2">
	<tbody>
		<tr>
			<td>
			<img src="http://www.rtnproject.com/50/img/interviewee_s_139_profile.jpg" alt="interviewee_s_139_profile.jpg" width="150" height="113" />
			</td>
			<td>柴田真也子さん。１９８８年東京都生まれ。４歳から７歳までエジプト、１７歳から２０歳までパキスタン、イギリス、スペインに合計７年半滞在。 American School of Madrid卒業後、慶應ＦＩＴ入試で法学部法律学科に合格。一橋大学法学部にも合格、入学し、現在２年に在籍。</td>
		</tr>
	</tbody>
</table>
</div>
<br />
<h3>【慶應法学部FIT入試合格】</h3>
<div class="h3_body">
<strong>＜一次試験＞</strong><br />
<br />
まず、慶應法学部独自のFIT入試は、他の帰国生入試とその内容がだいぶ異なります。FITの一次試験は書類選考ですが、２０００字の志望理由書や２ページに及ぶ自己PR、自らに影響を与えたこと、慶應に入った後に期待することなど、書かなければならない書類の量が非常に多いです。<br />
<br />
<strong>～志望理由書～</strong><br />
<br />
私はその中で２０００字の志望理由書から取りかかりました。最初に目次のようなものをつくり、エッセイを書くときに行うブレインストーミングの作業にかなりの時間をかけました。私は自分が学びたいこと、そう願ったきっかけと将来の夢について書きましたが、そのためにその内容に関連する書物を５冊以上読み、自らの関心や問題意識を深めるために情報収集の作業に力を入れました。<br />
<br />
枠組みの段階から予備校の先生に何度も添削して頂き、実際に２０００字の志望理由書として文章にしたのは、願書提出期限の1週間ほど前でした。ただし枠組みがしっかりと出来ていたので、文章にするのは非常に楽でした。志望理由書にたくさんの時間をかけたので他の書類にはあまり時間をかけられませんでしたが、提出期限ぎりぎりまで手を抜かずに、全てを書き上げました。書類の量が多くて大変ですが、どの書類も力を入れて書くことが重要だと思います。<br />
<br />
<strong>＜二次試験＞</strong><br />
<br />
<strong>～小論文～</strong><br />
<br />
二次試験は、三田キャンパスにて３つの試験をこなします。まずは小論文です。法学部の教授が実際に試験会場にて４５分ほどの講義を行います。それを、メモを取りつつ聴講した後に、その内容についての問いに対する小論文を書きます。<br />
<br />
私のときは「人権における表現の自由と情報化社会の摩擦」についての出題でした。この内容については、教授が講義の最後の方で述べていたことなので、講義を最初から最後まで、しっかりと気を抜かずに聞いておくことが大切です。<br />
<br />
また、メモも講義が終了次第すぐに回収されてしまうので、講義終了後見直している時間はありません。メモをとりつつ講義の内容を頭に叩き込むことが必要です。字数制限がないのでそこは融通が利きますが、問いに対する講義内容を踏まえつつ、自分の問題意識、意見をちゃんと書き表すことを念頭に据えて論文を仕上げました。終わったのは時間ギリギリだったと思います。<br />
<br />
<strong>～プレゼンテーションと質疑応答～</strong><br />
<br />
小論文の次は１５分ほどのプレゼンテーションと面接官による質疑応答です。プレゼンテーションの内容は自由に決められます。私は志望理由書の内容を広げ、現在の国際政治や国際法に対する自分の問題意識や考察について発表しました。ですから、１次試験合格発表後の１０日ほどの時間でも、どうにか内容をまとめることが出来ました。<br />
<br />
FITの面接は、普通の慶應の帰国生入試と比べるとずっと厳しいという話を聞いていましたが、実際もかなりシビアでした。私は本番で１０分ほどプレゼンテーションの時間をオーバーしてしまい、それに対してお叱りを受け、また、プレゼンテーションの内容に対しても厳しい指摘を受けました。「違う学部の方がよかったんじゃないの？」とまで言われました。ただ、何を言われてもきちんと相手の質問に答え、自分の考えを表現するように努力しました。<br />
<br />
<strong>～グループ・ディスカッション～</strong><br />
<br />
最後はグループ・ディスカッションになります。６人１組で、３人の試験官の前でディスカッションを行います。私のときのテーマは、「インターネットにより情報の波及が進んでいるが、今後の印刷物の役割について述べよ」というものでした。私の周りはみんな国内生で、ディスカッション時にも、とても丁寧でかしこまった言葉を使っていて驚いたのを覚えています。<br />
<br />
しかし、帰国生はディスカッションというものを海外の学校で大体は散々やっています。私も、２次試験の内容の中で、グループディスカッションが一番やりやすかったです。相手の発言に耳を傾けつつ、自らの意見をしっかりと述べる態度をとり、議論の舵取りのような役割を担えると、ポイントが高いと思います。私も司会のような役割を担い、議論の方向性を示唆したりしました。<br />
<br />
<strong>＜最後に＞</strong><br />
<br />
これで試験の内容は全部です。FIT入試は、最初から最後まで、内容が非常に濃くてなかなか大変ですが、その分自分の力を磨く要素をたくさん含んでいます。実際に、この志望理由書が、国立大学を受験時の面接内容のベースになりました。<br />
<br />
また、自分の関心のある分野に対する知識を深めるきっかけにもなりました。試験内容をこなす間はしんどいですが、終わった後、さらに合格した後の充実感は大きいものです。どの試験内容も手を抜かずに、しっかりと向き合って全力を尽くすことが合格の鍵だと思います。<br />
<br />
また、予備校の先生の力も私には非常に大きいものでした。私は、予備校の先生のアドバイスをしっかりと頭に叩き込んで試験に向かいました。然るべき人からのアドバイスに耳を傾け、自らの欠点を踏まえつつ、試験の前に出来るだけそれを改善するように努めて、全力を尽くしたことで摑んだ合格だと思っています。<br />
<br />
<strong>American School of Madrid ：</strong><br />
<a href="http://www.amerschmad.org/">http://www.amerschmad.org/</a><br />
<br />
<strong>合格体験記vol.32　柴田真也子【一橋大学法学部合格】：</strong><br />
<a href="http://www.rtnproject.com/2010/01/vol32_1.html">http://www.rtnproject.com/2010/01/vol32_1.html</a><br />
</div>
]]></description>
         <link>http://www.rtnproject.com/2010/06/vol39_6.html</link>
         <guid>http://www.rtnproject.com/2010/06/vol39_6.html</guid>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">62)帰国子女入試合格体験記</category>
        
        
         <pubDate>Sat, 12 Jun 2010 02:07:14 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>更新情報6月12日</title>
         <description><![CDATA[<p>
帰国子女大学入試・合格体験記vol.39をアップしました。<br />
<a href="/2010/06/vol39_6.html">http://www.rtnproject.com/2010/06/vol39_6.html</a>
</p>
]]></description>
         <link>http://www.rtnproject.com/2010/06/612.html</link>
         <guid>http://www.rtnproject.com/2010/06/612.html</guid>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">2010)ニュース</category>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">ニュース・イベント</category>
        
        
         <pubDate>Sat, 12 Jun 2010 02:07:14 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>更新情報6月9日</title>
         <description><![CDATA[<p>
海外生活体験者・社会人インタビューvol.60〜第１編〜をアップしました。<br />
<a href="http://www.rtnproject.com/2010/06/vol60_1.html">http://www.rtnproject.com/2010/06/vol60_1.html</a>
</p>
]]></description>
         <link>http://www.rtnproject.com/2010/06/69.html</link>
         <guid>http://www.rtnproject.com/2010/06/69.html</guid>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">2010)ニュース</category>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">ニュース・イベント</category>
        
        
         <pubDate>Wed, 09 Jun 2010 22:11:10 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>海外生活体験者・社会人インタビューvol.60〜第１編〜</title>
         <description><![CDATA[<div class="sectionh2">
<table class="layout2">
	<tbody>
		<tr>
			<td>
			<img src="http://www.rtnproject.com/50/img/interviewee_s_154_profile.jpg" alt="interviewee_s_154_profile.jpg" width="150" height="112" />
			</td>
			<td>池光正弘さん。１９６６年生まれ。徳島県出身。８８年、徳島大学を経て、日本マクドナルド株式会社に入社。ビジネスのノウハウを習得した後、０３年に株式会社はなまるに入社。その後、独立を決意し、モスクワにて０６年に有限会社MIBを設立し、０７年７月に日本食レストランУДОНъяСАНを創業。店舗はモスクワに８店舗、ニジニ・ノヴゴロドに１店舗を展開中で、１０年４月からはサンクトペテルブルクにも出店予定。現在は社長として、サンクトとモスクワでの展開促進と、日本の居酒屋のような新規業態の展開に向けて精力的に活動中。</td>
		</tr>
	</tbody>
</table>
</div>
<br />
<div class="h3_body">
今回インタビューを受けていただいたのは、モスクワで日本食レストラン「УДОНъяСАН(読み方：ウドンヤサン)」を経営されている池光正弘さん。彼の独立に向けて歩まれた道のりについて、熱く語っていただきました。<br />
<br />
<strong>飲食業で独立したい　～マックドナルドが呼んでいる♪～</strong><br />
<br />
<strong>―初めは、どのようなお仕事をされていたのですか。</strong><br />
<br />
初めは、マクドナルドで働いていたんですよ。理由は独立がしたかったからです。<br />
<br />
大学はコンピュータ系が専門でした。でも、その専門を選んだときは「なんとなく」だったんです。初めは、同じ工学部でも土木科に憧れがあったのですが、どうせ進むならコンピュータ系に行ったほうがいいと周囲から言われて。そんな中途半端な動機でしたし、コンピュータ系で独立しようとなると、巨額の資本が必要になるし、専門分野での独立には、今イチ実感がわかなかったんです。<br />
<br />
なぜマクドナルドかというと、きっかけは学生時代にアルバイトをしていたからなんです。そのときに、社員向けのフランチャイズ独立制度があることを知りました。世界中に展開し成功している企業で、ビジネスについて学べて、しかも、社員独立制度もある。さらに言えば、飲食業での独立は、コンピュータ系の独立よりも実感がわきやすい。そこで、マクドナルドで働くことに決めました。<br />
<br />
国立大学に入って、工学系で、しかも、ちょうどバブル期でしたからね。ハンバーガー屋で働くと言ったら、両親はびっくりして難色を示しましたよ（笑）　それでも、マクドナルドに入って、私は良かったと思っていますよ。<br />
<br />
<strong>人材育成に強い印象　～奥さんにもボーナス～</strong><br />
<br />
<strong>―マクドナルドに入社されてからは、どのようなお仕事をされたのですか。</strong><br />
<br />
実際に行ったのは「店舗の管理業務」と「新制度導入の試み」の大きく分けて２つですね。<br />
<br />
店舗の管理業務ですが、これはトラディショナルとサテライトの統括をする業務です。通常店長1人当たりおよそトラディショナル1店舗とサテライト２店舗を受け持っていました。新制度導入では、Made For Youシステムの導入や、グループ店長、新規プロモーションなどをやっていました。<br />
<br />
<strong>―あ、あのぅ&hellip;不勉強で申し訳ないのですが、いろいろとカタカナが&hellip;&hellip;。</strong><br />
<br />
ああ(笑)　トラディショナル店舗というのは、独立店舗です。ドライブ・スルーができたり、駐車場があったりするタイプのものです。サテライト店舗というのは、デパートのフードコートに入っているような店舗を想像していただければわかりやすいと思います。<br />
<br />
Made For Youシステムというのは、お客様から注文を受けてからハンバーガーを作り始めるシステムです。グループ店長というのは、サテライト店舗を地域エリアでまとめる、そのエリアの責任者のことを言います。従来のトラディショナル１店舗とサテライトを２店舗という形態から、サテライト店舗だけを別にするわけですから、そのｴﾘｱの社員１人あたりの負担が軽くなります。新規プロモーションとは、新商品を売り出すことです。例えば、マックリブとかご存じですか。<br />
<br />
<strong>―はいっ！！　懐かしいですねぇ。</strong><br />
<br />
でしょう(笑)　そういう意味では、いろいろとチャレンジさせてもらえたなあと思っています。<br />
<br />
マクドナルドで勤務していたときに一番印象に残ったのが、人材育成システムでした。「部下が育たないのは上司のせい」という考え方が根底にありました。マクドナルドの実際の現場では、社員１割アルバイト９割以上の人数比ですから、人を育てられることが重要な能力なんです。<br />
<br />
そのためか、環境はとても恵まれていたと思います。先述の通り、いろいろなことに数多くチャレンジさせてもらえました。また、育った人材を外に出さない制度も充実していました。社員独立制度はその一つですし、福利厚生も面白いものがたくさんありました。一つ具体例をあげると、夏・冬以外のボーナスに決算ボーナスというのがあって、その時は、ボーナスからいくらかの額が社員の配偶者に直接支給されました。「社員が健康的に働けるのは、家でちゃんと支えてくれる方がいるからだ」ということなのだとか。<br />
<br />
<strong>―初めて聞きました。大変興味深いシステムです(笑)</strong><br />
<br />
そうでしょう(笑)　マクドナルドで働いていたときに、世界展開で飲食業を行うノウハウを学んだだけでなく、人材育成の大切さも学ぶことができました。<br />
<br />
<strong>力試しのとき　～社員独立制度の一時廃止～</strong><br />
<br />
<strong>―マクドナルドからはなまるうどんへと転職されているようですが、なぜですか。</strong><br />
<br />
実はですね、社員独立制度がなくなってしまったんです。私がちょうど３７歳くらいの頃、マクドナルドは一時的に社員独立制度を取りやめてしまったんです。今は復活したそうなのですが、将来独立しようと考えて入社していた私にとっては、夢を断たれる思いでした。<br />
<br />
きっかけとなったのは、はなまるうどんの方から声をかけていただいたからなんです。ちょうどその頃、私は香川エリアを担当していたのですが、事業拡大期にあったはなまるうどんの方から、「力試しをしないか」とお誘いいただいたんです。<br />
<br />
自分で言うのもなんですが、マクドナルドにいたときは、比較的に出世している方でした。しかし、「それは自分の実力なのか」それとも「マクドナルドの完成されたシステムの中だけでしか通用しないのか」と悩んでいました。一方、当時のはなまるうどんでは、事業拡大に向けて１００人以上の新入社員がいましたから、そのひとたちと横並び一線の競争をして、力試しができる新しい環境でした。<br />
<br />
大きな会社でビジネスのやり方を学んで、小さい会社を大きくして、その後独立。流れとしては良いのではないか。自分は３７歳だし、３年したら４０歳とキリが良くなる。ならば、４０歳で独立しようじゃないか。そう思い、３年契約で株式会社はなまるで働くことに決めました。<br />
<br />
はなまるでも、それはもうバリバリ働きましたよ(笑)　入社時はスーパーバイザー見習い、入社１ヵ月後はスーパーバイザー、３ヵ月後は統括スーパーバイザー、半年で副部長、２年で事業部長になりましたからね。それまで４０店舗ほどだったのに対し、部長になった年には、新たに１２０店舗開店しましたし、入社後３年目には、上場審査が通るまでになりましたからね。充分に力試しができたと思っています。<br />
<br />
<strong>―す、すごいですねえ&hellip;&hellip;。圧倒されてしまいました(笑)</strong><br />
<br />
<a href="/2010/06/vol60_2.html">第２編はこちらから＞＞</a><br />
</div>
<table class="layout2">
	<tbody>
		<tr>
			<td>
			<img src="http://www.rtnproject.com/50/img/interviewee_s_41_profile.jpg" alt="" width="150" height="113" />
			</td>
			<td>木村荘一郎。１９８７年生まれ。高校三年間を米国オハイオ州で過ごし、帰国後は北海道大学経済学部に入学。現在３年に在籍。１、２年は課外活動、２、３年は学業に精力的に取り組み、現在はモスクワ大学外国語学部に留学中。ロシア語の研修をしながら、現地で様々な出来事と格闘中。</td>
		</tr>
	</tbody>
</table>
]]></description>
         <link>http://www.rtnproject.com/2010/06/vol60_1.html</link>
         <guid>http://www.rtnproject.com/2010/06/vol60_1.html</guid>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">50)インタビュー</category>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">5000)社会人インタビュー</category>
        
        
         <pubDate>Wed, 09 Jun 2010 22:11:09 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>更新情報6月7日</title>
         <description><![CDATA[<p>
帰国子女大学入試・合格体験記vol.38をアップしました。<br />
<a href="/2010/06/vol38_2.html">http://www.rtnproject.com/2010/06/vol38_2.html</a>
</p>
]]></description>
         <link>http://www.rtnproject.com/2010/06/67.html</link>
         <guid>http://www.rtnproject.com/2010/06/67.html</guid>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">2010)ニュース</category>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">ニュース・イベント</category>
        
        
         <pubDate>Mon, 07 Jun 2010 00:25:50 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>帰国子女大学入試・合格体験記vol.38</title>
         <description><![CDATA[<div class="sectionh2">
<table class="layout2">
	<tbody>
		<tr>
			<td>
			<img src="http://www.rtnproject.com/50/img/interviewee_s_153_profile.jpg" alt="interviewee_s_153_profile.jpg" width="150" height="113" />
			</td>
			<td>岡村美佳さん。１９８６年東京生まれ。4歳から8歳までの4年間をアメリカのニューヨーク・カリフォルニアで過ごし、日本に帰国。中学１年生のときに、今度はイギリス・ロンドンに渡り、５年間過ごす。Marymount International Schoolを卒業後、日本に帰国し、０６年に東京大学理科Ⅱ類に入学。教養学部生命認知科学科を卒業後、東京大学総合文化研究科に進学し、現在修士1年。大学では、酵母を使ってDNAの転写・組み換え機構について研究を行っている。</td>
		</tr>
	</tbody>
</table>
</div>
<br />
<h3>【東京大学理科Ⅱ類合格】<br />
【慶應大学商学部・上智大学理工学部・千葉大薬学部合格】</h3>
<div class="h3_body">
<strong>幼少期</strong><br />
<br />
幼稚園から小学校３年生までの４年間、ニューヨークとカリフォルニアで育ちました。気付いたら英語が喋ることができた年齢だったので、２回目の渡英では英語にも困らず、兄妹の中でも運のいいときに転勤が降ってきた子供でした。<br />
<br />
<strong>高校生活</strong><br />
<br />
イギリス時代は学校の勉強のみ。どちらかと言えば放課後の部活動のために学校へ行っていました（笑）　特にアカデミックな学校ではなかったので、少しやれば上位の成績が取れたし、IBに向けての準備はきちんとしてくれる先生の授業を履修していたので、最低限のことだけをやっていました。もっとやればもっといい点数が取れたのにと思うこともあるのですが、高校生活を満喫した、という満足感はあります。<br />
<br />
アメリカのニューヨークやカリフォルニアにいた人たちは、受験に関する情報を持っており、日本の受験に向けての勉強もしていて、帰国してから少し引け目を感じる部分はありました。その具体的な例が、慶應の理工学部を受けるのに物理が必要であるという情報でした。<br />
<br />
もちろんちょっと調べればすぐわかることなのですが、私の学校から日本で理系に進んだ例がほとんどなく、日本では物理受験の方が一般的であることを知りませんでした。他にも物理を受験科目としているところがあり、必然的にその学部を併願することができませんでした。そういった意味で、情報が乏しかったと思います。<br />
<br />
しかし、そのせいで学校の勉強が疎かになり、IBやSATの点数に影響が出るのであれば、まずは現地の勉強を優先するべきだと思います。受験に向けての準備は、日本に帰って来てからでも遅くはないし追いつく余地がありますが、IBやSATの点数はやり直しがききません。現地での頑張りを評価してくれるというのが帰国受験のメリットなので、その最大のアピールのために、まずは向こうの勉強をしっかりすることが大切だと思います。<br />
<br />
<strong>受験１</strong><br />
<br />
私は当初、医学部を志望していました。最初の年は、どうせ受かっても行かないから、と他を一切受けませんでした。後から考えると、それが原因で受験に対する心構えをするのが遅くなったと後悔することになりました。９月の私立受験という目標がない分、７月からの２ヵ月必死にならず、新しい日本の寮での生活が楽しくて、勉強そっちのけで遊んでいました。予備校では、最初のうちはどの科目も基礎からやっていたので、少し余裕を持っていました。<br />
<br />
そして、私大の受験が終わり、後半戦がスタートしました。気付けば、数学、生物、化学と基礎固めをしていなかった私は完全に乗り遅れ、全くついていけなくなっていました。ただ、どの医学部もいわゆる正統な受験問題を出す受験形式をとっておらず、学科勉強に関してはそれで乗り切れてしまいました。<br />
<br />
しかし、結果は全敗。評価基準が「総合的」な感じがして、結局敗因はグレーゾーンのままなのですが、やはりちゃんとやっていた人が合格したというのは、事実として謙虚に受け止めました。どこも押さえなかった私は、必然的に浪人することになりました。<br />
<br />
<strong>受験２</strong><br />
<br />
２年目は一般の浪人コースに入って、全科目勉強の仕直しです。いかに自分が１年間やっていなかったかを思い知らされました。取りあえずは、生物、化学のゴロを丸暗記から始まります。丸暗記がなければ、それを分析に用いたり、発展させたりする能力は付きようがないと思います。<br />
<br />
帰国受験の寿命があるので、２年目には慶応大学の商学部、上智大学の化学、千葉大学の薬学部を受験、医学部受験に先だって、いくつか行くところを確保しました。そして、東京大学の理科II類にも出願しました。<br />
<br />
医学部は前年同様に受験しましたが、すべて不合格。しかし、１年の勉強の甲斐あって東大に合格。そのときは希望通りの道ではなかったのですが、浪人した１年は無駄にはならなかったのかなと納得しました。<br />
<br />
<strong>医学部受験</strong><br />
<br />
慶応、東北大、東大以外の医学部に関しては、正直具体的に何を見ているかはよく分かりません。ただ、納得のいく優秀な人が合格していったことは確かです。<br />
<br />
小論文を書くにあたっては、具体的な体験談やデータをもっているといいと思います。新聞や雑誌を読んだとき、また、授業で気になる情報があったときは、それ用のノートに蓄積するといいとでしょう。<br />
<br />
地方の医学部は、地域依存が高く、なるべく残ってくれそうな人を取ると思われがちですが、正直帰国生にそれを求めているとは思いませんでした。多様性・国際性アピールのためであり、逆に違った人も入れていこうという姿勢を持っているので、地域的なことよりは、自分がいかに幅と深みのある人であるかを提示できることが重要ではないかと思います。<br />
<br />
<strong>東大受験</strong><br />
<br />
<strong>～数学～</strong><br />
<br />
とにかくいい解答を作る、頭の整理が出来るようになることが重要だと思います。IBでやっていたような数学とはレベルが違います。機械的に公式に当てはめるようなものはなく、どの公式を使うか、どうやって解答への道を作るかという作業から自分で切り開いていきます。私は、模範解答を丸写し、それを踏まえて似たような問題を並べて自分できれいな解答を作るといった方法を取りました。<br />
<br />
<strong>～化学・生物～</strong><br />
<br />
覚える！　そして、数をこなすことです。資料集の薀蓄的なところにも興味を持って、頭に叩き込むといいと思います。<br />
<br />
<strong>～小論文・面接～</strong><br />
<br />
理系に関しては、見ていないに等しいと思います。<br />
<br />
<strong>最後に</strong><br />
<br />
海外から見ている方々へ。とにかく目の前のことを一所懸命やることです。せっかくの海外生活を楽しむということも、人としての糧になると思います。<br />
<br />
受験生の方々へ。目標を定め、それに関する情報を得るということ、それを網羅的にしっかりとやって、頑張ってください。<br />
<br />
<strong>Marymount International School ：</strong><br />
<a href="http://www.marymountlondon.com/home.php">http://www.marymountlondon.com/home.php</a>
</div>
]]></description>
         <link>http://www.rtnproject.com/2010/06/vol38_2.html</link>
         <guid>http://www.rtnproject.com/2010/06/vol38_2.html</guid>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">62)帰国子女入試合格体験記</category>
        
        
         <pubDate>Mon, 07 Jun 2010 00:25:49 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>海外生活体験者・社会人インタビューvol.59〜後編〜</title>
         <description><![CDATA[<div class="sectionh2">
<table class="layout2">
	<tbody>
		<tr>
			<td>
			<img src="http://www.rtnproject.com/50/img/interviewee_s_150_profile.jpg" alt="interviewee_s_150_profile.jpg" width="150" height="113" />
			</td>
			<td>吉岡利代さん。東京生まれ。中学３年まで東京に在住するが、高校１年のときに、父親の転勤で、アメリカ・ワシントンDCへ。高校３年間を過ごす。国際関係に関心をもち、Academy of the Holy Cross卒業後は、ボストンのタフツ大学へ進学し、国際関係論を専攻、３年次にはイギリスのオックスフォード大学へ交換留学する。０６年に卒業後、帰国し、２年間ゴールドマン・サックスの投資調査部に勤務。０８年８月から、国連難民弁務官事務所UNHCR在日事務所で働き、０９年４月からHuman Rights Watchのスタッフとなり、日本政府に対する政策提言を行っている。</td>
		</tr>
	</tbody>
</table>
</div>
<br />
<div class="h3_body">
<strong>同じアングロサクソンでも大違い</strong><br />
<br />
<strong>―アメリカの大学からイギリスの大学に行くと、言葉も英語が通じるし、すんなり溶け込めそうなイメージなのですが、実際はどうでしたか。</strong><br />
<br />
それが、アメリカとあまりに違うので、すごくびっくりしました（笑）　授業のシステムもぜんぜん違ってて。Oxfordとタフツ大学が提携校で、その提携プラグラムで留学したのですが、Oxford大学は特殊な授業のプログラムなんですね。先生と一対一で授業をする授業方式なんです。しかも、一週間に１時間しか先生と会えない（苦笑）　そして、毎回授業のときに、リーディングリストというものを渡されて、そのリーディングリストに、本のリストが２０冊分書かれているんですよ。そのなかから、１０冊くらい本を読んで、１０ページ分くらいのレポートをカリカリ書いて、授業のときに提出するんですね。<br />
<br />
<strong>―ほかの授業はないんですか？</strong><br />
<br />
大体ワンセメスター３科目をとるので、一対一の授業が週に３回あって、それ以外の時間はひたすら本を読んでいるという感じです。ただ、私が留学したのが３年生のときだったので、先生と一対一の対話形式の授業がメインでしたが、１、２年生のときはイントロの授業とかもあると思います。アメリカは、みんなでディスカッションして、意見交換してという授業が多かったので、すごくカルチャーショックを受けました。私、本から勉強してるの？みたいな気持ち。ただ、すごくいい経験にはなりました。<br />
<br />
<strong>―授業以外の面でも、違う部分ってありましたか？　人の雰囲気とかも違うのですか？</strong><br />
<br />
人の雰囲気とかもぜんぜんちがう（笑）　アメリカ人だと常にオープンで、いつもウェルカムという感じの人が多いと思うんですが、イギリス人はシャイな人が多いです。打ち解けるまで時間がかかる。イギリスには実質１０ヵ月いたのですが、なかなかイギリス人とは仲よくなれなくて、すっごく仲のいいイギリス人の友だちはできなかったですね。やっぱり日本と似ているなという感じがしました。<br />
<br />
<strong>―雨が多いって聞きますが？</strong><br />
<br />
天気はつらかったですね（苦笑）　向こうは１０月から授業が始まるんですが、５時くらには外が真っ暗になってしまうんですよ！　お店が６時、７時に閉まってしまうので、やることがなくて、本当にどんよりって感じでした。けれど、初夏は本当にきれいで、６月はバラが町中に咲いていて、さすがイギリスという感じでした。<br />
<br />
ちなみに、ボート部に入っていました。それも、イギリスにいないとできないなという理由で入っていました。朝５時から練習といった感じで、大変でしたが、それはそれで楽しかったですね。<br />
<br />
<strong>アメリカでは新卒でも一人前として扱われる</strong><br />
<br />
<strong>―大学を卒業されて日本に帰られた理由を教えていただけますか？</strong><br />
<br />
アメリカで就職するか、日本で就職するか、正直迷いました。日本に帰ってきた理由が２つあって、新卒として就職するには、日本の方が自分が成長できると思ったから。アメリカだと、新卒として就職しても、一人前として扱われるんです。会社から教えてもらったりとか、そういうことはあまりないんですね。研修とか、もちろんあるのですが、自分でがんばれよっていう感じなんです。日本だと新人研修とかがあったり、会社の中でもまれながら育ててもらえるという、温かい文化があると思ったので。<br />
<br />
<strong>―やはり、アメリカで新卒として職を探すのは難しいんですか。</strong><br />
<br />
私の友だちを見ていても、みんな結構苦労していましたね。大学院に進んだひとも、半分くらいいました。<br />
<br />
<strong>―経験がないと雇ってもらえないということなんですか？</strong><br />
<br />
分野によってはそういうこともありますね。小さな法律事務所に入って、下積み経験をして、また大学院に戻るというひともいました。アメリカ人の友だちでも、就職活動には苦労していましたよ。<br />
<br />
日本に戻ってきた二つ目の理由として、アメリカで日本語が話せる日本人よりも、日本で英語が話せる方が、ちょっと世の中、社会の役に立つかなと思ったことですね。と言うか、いい仕事が見つかるかなと思ったからですね（笑）　アメリカ生活も７年くらいになっていたので、いい加減、日本のことも勉強しなくちゃと思ったこともあります。<br />
<br />
<strong>―就職活動はどのようになされたんですか？</strong><br />
<br />
就職活動は短かったですね。ボストン・キャリア・フォーラムで就職活動したんですよ。あれだと、金土日の週末３日間で決まってしまうこともあります。事前エントリーがあって、キャリア・フォーラムの２週間前くらいに、オンラインでエントリーします。そのあと、書類とかを提出して、企業側から何日目の何時にブースに来てくださいと言われ、そこで面接をします。外資系だと、その場でオファーが来たりします。それ以外だと、キャリア・フォーラムの1週間後くらいに、東京本社の人と電話で面接して、そこでオファーが来るとか、すごく期間としては早く決まります。<br />
<br />
<strong>思い描いていた夢を実現する</strong><br />
<br />
<strong>―投資銀行では、どのようなお仕事をされていたのですか？</strong><br />
<br />
投資調査部で企業調査をしていました。ソニーやパナソニックなどの、テレビメーカーを調査するチームに配属になったんです。取材に行ったり、業界のプロの方のお話を伺ったりしながら、これらの会社の業績予想を作成し、投資判断におとしこむ。時代の流れを肌で感じながら仕事が出来た経験は、一生の宝物です。<br />
<br />
<strong>―投資銀行で２年働いて辞めたわけですが、その決断ってすごいなと思うんです。</strong><br />
<br />
でも、小学校、中学校のときから思い描いていた夢だったのですね。途上国で一度は生活したいと思っていて。学生時代はなかなか機会がなかったんですね。そこで、社会人で一度働いたし、行くぞと思ったんですが、結局行けず（苦笑）　だから、日本で似たような仕事をやろうと思って、UNHCRの方に行ったんです。<br />
<br />
<strong>―UNHCRではどういったお仕事をされていましたか？</strong><br />
<br />
日本国内の難民の方との仕事でした。ミャンマーとかスリランカから来て、日本に保護してもらいたいと思って、難民申請する人たちがいるんですね。その人たちを助けようという仕事なんですが、そのような方の援助体制を整えるために、法務省の人に交渉しに行ったりしていました。<br />
<br />
<strong>―仕事のやりがいは難民の人を助けられることですか？</strong><br />
<br />
アメリカに行っていて、将来的には日本の国自体を国際化したいなという思いが強まったんですよ。日本って、経済的にも文化的にも大きな国なのに、内向きですよね。日本国内の外国人とか、あ！外人って感じですよね（苦笑）<br />
<br />
日本国内にも、外国人で困っている人がいるんだっていうことですね。自分の国なので、日本国内の困っている人を助けられるのは、やりがいを感じました。ただ、難民認定してもらうには、すごくハードルが高くて。少しずつは変わってきているけれど、なかなか聞かないですよね。メディアでもあまり取り上げられないし。<br />
<br />
<strong>―今の仕事に転職されるきっかけを教えてもらえますか？</strong><br />
<br />
UNHCRの仕事自体が契約スタッフみたいな感じでした。UNHCRの契約を更新するかしないかのときに、それが昨年の４月で、ちょうどhuman rights watchの事務所が４月に開設して、開設と同時に一人スタッフを募集していたんです。私も、国連でこのまま続けるか、新しい仕事を探すか、迷っていて。私のやっていたポジションがずっとあるかどうかもわからない状態だったので。<br />
<br />
<strong>―契約スタッフから正規のスタッフになるのは難しいのですか？</strong><br />
<br />
正規の国連スタッフはかなり難しいですね。国連の採用の倍率はすごく高いです。また、大学院卒でないと行けません。契約社員のポジションもいつまであるのかわからなかったので、どこまで国連の中でやっていくか悩みました。<br />
<br />
<strong>―最後に、現在のhuman rights watchの仕事内容を教えていただけますか？</strong><br />
<br />
東京事務所は２人の職員でやっています。日本政府に対する、政策提言をしていて、日本の外交政策を、もっと人権を尊重するように働きかけています。日本って、外交力を持っていて、いろんな国に、お金をあげたりしているじゃないですか。その割には静かな外交をやっていて、人権侵害が起こっている国に対してもお金をあげたりしてしまっている。その国で人権侵害が起こっていてもあまり口うるさく言わなかったりしているんですね。だから、人権侵害をやっちゃだめだよと、ちゃんと言ってもらうように、外務省にお願いする仕事をしています。それがメインの仕事ですね。それから、メディアの人に対しても、世界中でどのような人権侵害が起こっているのか、ニュースを流したりしています。<br />
<br />
<strong>―最後にメッセージをお願いします。</strong><br />
<br />
海外で暮らした日々は、みなさんの考え方、生き方に様々な影響を与えていると思うんです。だからこそ悩んでしまうこともあるとは思うのですが、海外での貴重な経験を力に、そして自分らしさを大切にしながら、世界で羽ばたいていけたら素敵ではないでしょうか。一緒に頑張りましょう！<br />
<br />
<strong>―今日は長い時間本当にありがとうございました！</strong><br />
<br />
<strong>インタビューアから一言</strong><br />
<br />
お話を伺う前の印象は、本当にスマートでシャープな方といった感じでした。しかし、お話を伺っていくと、第一印象とは裏腹に、すごくきさくな方で、いつも緊張してしまいがちなインタビューも、楽しくさせていただくことができました。生き生きとNGOで働いてらっしゃる吉岡さんを見て、私もこんな社会人になれたらと憧れてしまいます。ご自身の就職活動のお話、金融機関で働いてらっしゃった頃のお話も興味深く伺えて、大変参考になりました。今回はお忙しいなか本当にありがとうございました。<br />
<br />
<a href="/2010/05/vol59_1.html">前編はこちら＞＞</a><br />
</div>
<table class="layout2">
	<tbody>
		<tr>
			<td>
			<img src="http://www.rtnproject.com/50/img/interviewer_s_13_profile.jpg" alt="" width="150" height="113" />
			</td>
			<td>秋山雪乃。１９８６年京都府生まれ。中学２年まで日本で過ごし、その夏に渡米。カリフォルニア州サンディエゴ・アーバインなどに滞在し、高校２年の年に 一 時帰国。その夏、再び渡米。University High Schoolを卒業し、帰国後、早稲田大学法学部に入学。１年休学して北京語言大学に留学し、現在４年に在籍。憲法水島ゼミ所属。学生ＮＧＯチャオに所属し、中国ハンセン病療養者村でのボランティアに従事している。</td>
		</tr>
	</tbody>
</table>
]]></description>
         <link>http://www.rtnproject.com/2010/06/vol59_2.html</link>
         <guid>http://www.rtnproject.com/2010/06/vol59_2.html</guid>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">50)インタビュー</category>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">5000)社会人インタビュー</category>
        
        
         <pubDate>Sat, 05 Jun 2010 12:33:49 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>更新情報6月5日</title>
         <description><![CDATA[<p>
海外生活体験者・社会人インタビューvol.59〜後編〜をアップしました。<br />
<a href="http://www.rtnproject.com/2010/06/vol59_2.html">http://www.rtnproject.com/2010/06/vol59_2.html</a>
</p>
]]></description>
         <link>http://www.rtnproject.com/2010/06/65_1.html</link>
         <guid>http://www.rtnproject.com/2010/06/65_1.html</guid>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">2010)ニュース</category>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">ニュース・イベント</category>
        
        
         <pubDate>Sat, 05 Jun 2010 12:33:38 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>帰国入試＆大学生活ガイダンス2010</title>
         <description><![CDATA[<div>
帰国受験生のみなさま、こんにちは！　ＲＴＮプロジェクト広報部よりお知らせです。<br />
<br />
６月に入り、帰国受験生のみなさんは、そろそろ卒業後の受験が気になる時期になりましたね。まだ、卒業もしていないのに、今度は受験。その気持ち、わかります。私たちも、みな経験したことですから。<br />
<br />
受験勉強のこと、アプリケーションのこと、受験手続きのこと&hellip;&hellip;。「一体どこから始めたらいいの？」「みんなはどうしてたんだろう？」きっと、色々な不安があることだと思います。<br />
<br />
さて、ＲＴＮプロジェクトでは、そんな帰国生の皆さまのために、Webサイト、ＳＮＳ（Social Network Site）やガイダンスによる支援を行っております。<br />
<br />
まず、Webサイトには<strong>「帰国入試合格体験談」</strong>をアップしています。帰国受験にはさまざまなパターンがあります。それに対応するためにも、先輩方の声に耳を傾けてみてはいかがでしょうか。<br />
<a href="/62/">http://www.rtnproject.com/62/</a><br />
<br />
次に、ＲＴＮネットワーク（ＳＮＳ）内に<strong>「受験生フォーラム」</strong>という、帰国受験をされる方のコミュニティを用意しております。入試に直接役立つ取っておきの情報も満載、世界各国から帰国した受験生＆学生と互いに情報交換し、悩みを相談したり、励まし合ったりすることも出来ます。<br />
<br />
是非、ご利用下さるようお願い致します。<br />
ＳＮＳ新規登録：<a href="http://www.rtn-net.com/">http://www.rtn-net.com/</a><br />
受験生フォーラム：<br />
<a href="http://www.rtn-net.com/?m=pc&amp;a=page_c_home&amp;target_c_commu_id=5">http://www.rtn-net.com/?m=pc&amp;a=page_c_home&amp;target_c_commu_id=5</a><br />
<br />
また、今年度も「帰国入試＆大学生活ガイダンス２０１０」を開催することに致しました。専門家のアドバイスを受けつつ、学生が自ら企画し、学生が自ら主催するイベントです。<br />
<br />
東大、京大、一橋といった国立大学や早慶上智をはじめとする私立大学の先輩方をゲストにお迎えした、受験生や保護者の方が自由に質問＆懇談ができるガイダンスです。<br />
おかげさまで毎年大変好評をいただいております。<br />
<a href="/2008/09/rtn_1.html">http://www.rtnproject.com/2008/09/rtn_1.html</a><br />
<br />
今年も、数十名の先輩方を迎えて、帰国受験生のみなさんを待っています！<br />
受験勉強の悩みや不安を、私たちと一緒に解決しませんか？<br />
&nbsp;<br />
ガイダンスの詳細は以下の通りです。<br />
<br />
イベント名：<strong>RTN Project 「帰国入試＆大学生活ガイダンス２０１０」</strong><br />
内容：　帰国入試受験生向けガイダンス及び大学生との交流促進<br />
対象：　帰国受験生およびその保護者・関係者<br />
　　　　または将来帰国受験する可能性のある方およびその保護者・関係者<br />
日時：　１０年７月１１日（日）１３：００ー１７：００<br />
場所：　独立行政法人国立青少年教育振興機構<br />
　　　　国立オリンピック記念青少年総合センター<br />
　　　　国際交流棟２F　第一ミーティングルーム<br />
　　　　<a href="http://nyc.niye.go.jp/">http://nyc.niye.go.jp/</a><br />
費用：　無料<br />
<br />
場所は以下でご確認ください<br />
<br />
<iframe width="450" height="400" frameborder="0" scrolling="no" marginheight="0" marginwidth="0" src="http://maps.google.co.jp/maps?hl=ja&amp;lr=&amp;ie=UTF8&amp;q=%E5%9B%BD%E7%AB%8B%E3%82%AA%E3%83%AA%E3%83%B3%E3%83%94%E3%83%83%E3%82%AF%E8%A8%98%E5%BF%B5%E9%9D%92%E5%B0%91%E5%B9%B4%E7%B7%8F%E5%90%88%E3%82%BB%E3%83%B3%E3%82%BF%E3%83%BC&amp;near=%E6%9D%B1%E4%BA%AC%E9%83%BD&amp;fb=1&amp;split=1&amp;gl=jp&amp;cid=0,0,8355391103327143777&amp;ei=F8jqSZOoFcWNkAWf08GmCA&amp;ll=35.676699,139.6929&amp;spn=0.006972,0.009656&amp;z=16&amp;output=embed"></iframe><br /><small><a href="http://maps.google.co.jp/maps?hl=ja&amp;lr=&amp;ie=UTF8&amp;q=%E5%9B%BD%E7%AB%8B%E3%82%AA%E3%83%AA%E3%83%B3%E3%83%94%E3%83%83%E3%82%AF%E8%A8%98%E5%BF%B5%E9%9D%92%E5%B0%91%E5%B9%B4%E7%B7%8F%E5%90%88%E3%82%BB%E3%83%B3%E3%82%BF%E3%83%BC&amp;near=%E6%9D%B1%E4%BA%AC%E9%83%BD&amp;fb=1&amp;split=1&amp;gl=jp&amp;cid=0,0,8355391103327143777&amp;ei=F8jqSZOoFcWNkAWf08GmCA&amp;ll=35.676699,139.6929&amp;spn=0.006972,0.009656&amp;z=16&amp;source=embed" style="color:#0000FF;text-align:left">大きな地図で見る</a></small>
<br />
<br />
残念ながら、今回は会場の都合により、先着１００名さまという人数制限を設けさせていただきました。たいへん申し訳ありませんが、プレエントリー制を取り、先着順とさせていただきます。<br />
<br />
エントリーをご希望の方は、<a href="/2010/06/2010_4.html"><u>こちら</u></a>からお願い致します。<br />
<br />
お一人さまでも、お友達と一緒でも、大歓迎致します。<br />
沢山の帰国受験生の参加を、お待ち申し上げております！<br />
<br />
ＲＴＮプロジェクト広報部<br />
<br />
<a href="http://www.rtnproject.com/img/guidance2010_bill_l.jpg"><img alt="guidance2010_bill.jpg" src="http://www.rtnproject.com/img/guidance2010_bill.jpg" title="クリックして拡大" "width="466" height="654" /></a>
</div>
]]></description>
         <link>http://www.rtnproject.com/2010/06/2010_5.html</link>
         <guid>http://www.rtnproject.com/2010/06/2010_5.html</guid>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">2020)イベント</category>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">ニュース・イベント</category>
        
        
         <pubDate>Thu, 03 Jun 2010 05:55:12 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>帰国入試＆大学生活ガイダンス2010　エントリー手順</title>
         <description><![CDATA[<div>
ＲＴＮプロジェクトでは、楽しく充実した帰国受験ライフを応援します。<br />
しかし、私たちが応援するのはあくまで、以下の作業を全て終了させた人のみ。<br />
ひとつでも漏れがあると、ガイダンスを含め、ＲＴＮプロジェクトのサービスの一部が受けられなくなることがありますので、一つ一つ、確実に行いましょう。<br />
<br />
１）&nbsp;&nbsp; &nbsp;まず、エントリー・フォームに、必要事項を全て記入し、申し込みましょう。<br />
個人のPCアドレスでの登録をお願いします。<br />
複数名で参加の方は、全員エントリー願います。<br />
また、保護者・関係者の方はそれをご記入願います。<br />
エントリー・フォーム：<a href="/rtnguidance_entry.html"><u>こちら</u></a><br />
※この作業が終了した地点で、自動送信メールが届きます。ご確認ください。<br />
<br />
２）&nbsp;&nbsp; &nbsp;次に、ＳＮＳ「ＲＴＮネットワーク」に登録しましょう。<br />
個人のPCアドレスでの登録をお願いします。<br />
（登録後、設定により携帯使用も可能になります。）<br />
ＳＮＳへのご登録は実名(漢字)で。ミドルネームなどはカタカナで構いません。<br />
実名は、一般には非公開でも構いませんが、マイフレンドには公開してください。<br />
<a href="http://www.rtn-net.com/">http://www.rtn-net.com/</a><br />
<br />
３）&nbsp;&nbsp; &nbsp;SNSに登録完了後は、imageをアップ願います。<br />
imageは、自分の顔写真はもちろん、自分の好きな写真や画像などでも構いません。<br />
<br />
４）&nbsp;&nbsp; &nbsp;最後に、以下の「受験生フォーラム」にご参加ください。<br />
<a href="http://www.rtn-net.com/?m=pc&amp;a=page_c_home&amp;target_c_commu_id=5">http://www.rtn-net.com/?m=pc&amp;a=page_c_home&amp;target_c_commu_id=5</a><br />
ガイダンスの連絡は、全てＳＮＳ内の「受験生フォーラム」で行います。<br />
また、ガイダンスへの参加条件とさせていただきます。<br />
<br />
お疲れ様でしたっ！<br />
これで、ガイダンスの参加手続きは全て完了です。<br />
<br />
なお、個人情報の取り扱いについては、<a href="/2007/10/privacy.html"><u>プライバシー・ポリシー</u></a>を遵守しております。<br />
<br />
詳細等については、<u><a href="/inquiry.html">こちら</a></u>からお問い合わせ下さい。<br />
<br />
それではっ！<br />
当日、会場で皆様にお会いするのを楽しみにしております。<br />
それまでは、「受験生フォーラム」の掲示板やＷＥＢサイトをご活用下さい！<br />
<br />
ＲＴＮプロジェクト　広報部<br />
</div>
]]></description>
         <link>http://www.rtnproject.com/2010/06/2010_4.html</link>
         <guid>http://www.rtnproject.com/2010/06/2010_4.html</guid>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">2020)イベント</category>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">ニュース・イベント</category>
        
        
         <pubDate>Thu, 03 Jun 2010 05:55:11 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>更新情報6月3日</title>
         <description><![CDATA[<p>
活動報告 「世界の学校から」vol.20をアップしました。<br />
<a href="/2010/06/_vol20.html">http://www.rtnproject.com/2010/06/_vol20.html</a>
</p>
]]></description>
         <link>http://www.rtnproject.com/2010/06/63_1.html</link>
         <guid>http://www.rtnproject.com/2010/06/63_1.html</guid>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">2010)ニュース</category>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">ニュース・イベント</category>
        
        
         <pubDate>Thu, 03 Jun 2010 01:19:02 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>活動報告 「世界の学校から」vol.20　山瀬加奈</title>
         <description><![CDATA[Bellevueはマリナーズのイチローやスターバックス発祥の地で有名なワシントン州シアトルから、車で３０分ほどのベッドタウン。ワシントン州はThe Evergreen State と呼ばれるほど緑の多い場所。また、シアトルは全米でも治安がよく、退職後に住みた都市No１として知られていますが、教育熱心な街とも言われています。今回は、明治大学国際日本学部１年の山瀬加奈さんに、Bellevue市にあるInterlake High School（通称IHS）をご紹介いただきます。

<table class="layout2">
	<tbody>
		<tr>
			<td>
			<img src="/50/img/report_s20yamase1.jpg" alt="" width="150" height="150" />
			</td>
			<td>山瀬加奈さん。１９９１年生まれ。東京都出身。中学１年から高校卒業まで、アメリカのワシントン州Bellevue市に在住。０４年中学受験に合格した直後、父の海外赴任が決まっていたことを両親に伝えられ、その年の夏、複雑な気持ちで渡米。０９年６月Interlake High Schoolを卒業し、日本に帰国。１０年４月、明治大学国際日本学部に入学し、現在１年に在学中。</td>
		</tr>
	</tbody>
</table>
<h3>活動報告</h3>
<div class="h3_body">
<strong>シアトルのベッドタウン</strong><br />
<br />
<table>
	<tbody>
		<tr>
			<td>ベルビューは、マリナーズのイチローやスターバックス発祥の地で有名なシアトルから、車で３０分ほどのベッドタウン。ワシントン州はThe Evergreen Stateと呼ばれ、緑豊かなシアトルはEmerald Cityという愛称を持っています。また、雨も多く、別名はRainy City。１年の２/３が雨か曇りで、アウトドアが楽しめるのは６月から９月の４ヵ月のみ。夏は湿気がなく気温も２５度前後なので過ごしやすく、北海道より高緯度、樺太同じ緯度ではあるにもかかわらず、冬は気温がマイナスになることは少なく、雪も年に３、４回しか降りません。<br />
			</td>
			<td>
			<img src="/50/img/report_s20yamase3.jpg" alt="" width="150" height="150" />
			</td>
		</tr>
	</tbody>
</table>
<br />
西海岸の町ということで、古くからアジア系の移民が多いのですが、隣町のレドモンドにMicrosoftの本社ができてからは、インド人や中国系の人々が多く住んでいます。MicrosoftはもとよりBoeing社があるので、航空機関係、商社、また、水産業で働く日本人も少なくなく、日本のスーパー宇和島屋やビデオレンタル店、そして、日本語補習校もあり、日本人にとっても住みやすい街です。春にはアメリカの８大アニメ・コンベンションの１つ「サクラコン」がシアトルで開催され、アニメを通じて日本文化にも触れることができます（笑）<br />
<br />
<strong>教育熱心な街</strong><br />
<br />
<table>
	<tbody>
		<tr>
			<td>
			<img src="/50/img/report_s20yamase4.jpg" alt="" width="150" height="112" />
			</td>
			<td>シアトルは全米でも治安がよく、退職後に住みた都市No１として知られていますが、教育熱心な街とも言われています。特に、ベルビュー市は有名で、全米公立高校ランキングで、ベルビュー市の高校５校のうち４校が５０位以内にランクインしています。ちなみに、私が卒業したInterlake高校は１８位でした。</td>
		</tr>
	</tbody>
</table>
<br />
<strong>HIS (Interlake High School)</strong><br />
<br />
<strong>～カリキュラム＆環境～</strong><br />
<br />
<table>
	<tbody>
		<tr>
			<td>ベルビュー市内では唯一のIB (International Baccalaureate)とAP (Advanced Placement) のProgramがある高校で、１２００人の生徒が在籍しています。４０ヵ国以上の第二言語をもつ生徒が在籍し、国際色豊かです。園芸のクラスがあることも特徴的です。</td>
			<td>
			<img src="/50/img/report_s20yamase2.jpg" alt="" width="150" height="112" />
			</td>
		</tr>
	</tbody>
</table>
<br />
Microsoftの援助があるためか、宿題のダウンロードや提出、成績閲覧、出欠確認、レポートやエッセイ、パワーポイントによるプレゼンテーションなど、PCを使用する機会はとても多いです。必須科目にもPCの授業があり、そこで基礎的な知識を学べます。<br />
<br />
ガリ勉のイメージがあるInterlakeですが、多くの学生がスポーツなどの課外活動に参加し、Football, Drill Team, Math Club, Jazz Band, Girls Golfは好成績を残しています。<br />
<br />
<strong>～施設＆設備～</strong><br />
<br />
学校は４年前に立て直したばかりで、とても広く、設備も充実しています。４つのPC室、漫画や日本語の本など多様な本を蔵書する図書館、シアター、大学情報やボランティア情報を閲覧・相談できるキャリアセンター、大中小の３つの体育館、トレーニングルーム、野球場、温室(園芸用)、テニスコートにフットボール場があります。<br />
<br />
教室は先生の担当教科に関連するもので飾り付けられ、技術室や美術室には専門家が使うような器具・道具がそろっているので、充実した環境で徹底的に学ぶことができます。<br />
<br />
学校の近くにあるゴルフ場や公園で、ゴルフチームやクロスカウントリー部が練習している姿もよく見かけます。徒歩２０分のところには、小さなモールと映画館、公民センターがあるため、放課後に遊びに行くこともよくありました。<br />
<br />
<strong>～教育理念～</strong><br />
<br />
IHSの教育目標は「誠実であり(Integrity)、『個』を持ち(Humanity)、学業に営む(Scholarship)」生徒を育てることです。友だちのようなカウンセラー、個性的な先生たち、多種多様な選択授業、そして、国際色豊かな生徒たちの中で過ごした高校生活で、私は３つの教育目標全てを達成できたと思っています。<br />
<br />
入学時存在の薄かった私が、毎年学年から一人選ばれるIntegrity賞を３年生次に受賞し、Drill Team(ダンス部)の部長補佐とAnime Clubの部長になり、卒業時にTop 10%に選出されたのは、一人ひとりの生徒を大事にしてくれるIHSの存在があってこそだと思います。<br />
<br />
<strong>シアトル日本語補習学校</strong><br />
<br />
<table>
	<tbody>
		<tr>
			<td>英語を全く知らない状態で渡米した私にとって、日本語補習校の存在はなくてはならないものでした。自分の言いたいことが伝えられ、何を言っているかがわかる喜び。先生や友だちと一緒に比較する日本とアメリカの違い。滞在が長い友だちに現地校の宿題を助けてもらったり、シアトルを案内してもらったりしたこともありました。日本の流行について語ったり、CDや漫画を貸し借りしたり。先輩後輩関係があまりなく、時に、先生とタメ口で話してしまうという、日本語補習校なのに日本ではない、そんな不思議な環境でしたが、ここが心の支えであったことは事実です。</td>
			<td>
			<img src="/50/img/report_s20yamase5.jpg" alt="" width="150" height="113" />
			</td>
		</tr>
	</tbody>
</table>
<br />
私が教員になるという目標を定め、国際日本学部に進むことを決めたのも、日本語補習校での授業がきっかけでした。高校に入ってからは、現地校の部活との両立に苦労し、最終的には大学受験のため中退してしまいましたが、シアトル日本語補習校は、私のもう一つの母校だと思っています。<br />
<br />
<strong>「とりあえず挑戦」から生まれる充実した生活</strong><br />
<br />
<table>
	<tbody>
		<tr>
			<td>
			<img src="/50/img/report_s20yamase6.jpg" alt="" width="150" height="113" />
			</td>
			<td>先ほども述べたように、私は高校４年（１２年生）をDrill Teamというダンス部とAnime Clubに所属しました。部に入ることは友だちを作るきっかけになりますし、授業を受けるときよりも英語をしゃべるので、英語力もつきます。そしてなにより、学校生活がいっそう楽しめます。今でも連絡を取っているのは、部活の仲間たちがほとんどです。</td>
		</tr>
	</tbody>
</table>
<br />
また、私は選択科目で園芸や演劇、障害児教育援助など色々な授業を受け、卒業のために必須のボランティア活動では、通訳や日本祭りのスタッフ、図書館の事務援助を体験しました。全く経験のないものを中心に、多くのチャレンジをしてみたことで、様々な人に出会い、異文化に触れ、多くのことを学び、寛容になれたと同時に、自分の「好きなこと」を見つけ、「個」を強くすることができたように感じます。英語で話すのが怖いからと言って何もしないより、少しでも興味のあるものは、とりあえず挑戦してみるといいと思います。<br />
<br />
<strong>Interlake High School ：<br />
</strong><a href="http://www.bsd405.org/default.aspx?tabid=120">http://www.bsd405.org/default.aspx?tabid=120</a><br />
<strong>シアトル日本語補習校 ：<br />
</strong><a href="http://www.seajschool.org/default.aspx?tabid=120">http://www.seajschool.org/default.aspx?tabid=120</a>
</div>
]]></description>
         <link>http://www.rtnproject.com/2010/06/_vol20.html</link>
         <guid>http://www.rtnproject.com/2010/06/_vol20.html</guid>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">5002)活動報告</category>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">60)活動報告</category>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">6000)世界の学校から</category>
        
        
         <pubDate>Thu, 03 Jun 2010 01:19:01 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>更新情報6月1日</title>
         <description><![CDATA[<p>
帰国子女大学入試・合格体験記vol.37をアップしました。<br />
<a href="/2010/06/vol37_1.html">http://www.rtnproject.com/2010/06/vol37_1.html</a>
</p>
]]></description>
         <link>http://www.rtnproject.com/2010/06/61.html</link>
         <guid>http://www.rtnproject.com/2010/06/61.html</guid>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">2010)ニュース</category>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">ニュース・イベント</category>
        
        
         <pubDate>Tue, 01 Jun 2010 03:35:42 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>帰国子女大学入試・合格体験記vol.37</title>
         <description><![CDATA[<div class="sectionh2">
<table class="layout2">
	<tbody>
		<tr>
			<td>
			<img src="http://www.rtnproject.com/50/img/interviewee_s_152_profile.jpg" alt="interviewee_s_151_2_profile.jpg" width="150" height="112" />
			</td>
			<td>畑悠歩さん。１９８８年神戸生まれ。１４歳から１８歳までイギリスのロンドンに滞在。St. John&rsquo;s Leatherheadを卒業後、帰国する。予備校で受験勉強をした後、慶應義塾大学に入学。現在、経済学部３年に在籍中。大学では、金融系のゼミで国際経済と金融を学びつつ、学園祭の実行委員会にも所属している。</td>
		</tr>
	</tbody>
</table>
</div>
<br />
<h3>【慶応義塾大学経済学部・早稲田大学商学部合格】</h3>
<div class="h3_body">
僕は、私立の受験では早稲田と慶應を受け、両方ともに合格しました。その後、予備校の国立コースを受講して、一橋大学を受けましたが、残念ながら落ちてしまいました。<br />
<br />
自分の受験生活を振り返ったときにまず思うのが、「自分は流されてばっかりいたなぁ」ということです。特に将来やりたいことがあったわけでもなく、ただ大学には入らなければならないから受験をするくらいに考えていた僕は、人間としてはダメダメでしたね（笑）<br />
<br />
この体験記では、そんな僕でも、ちゃんと名門と呼ばれる大学に合格できて、あと一歩で国立大学にも行けたプロセスを、順々に説明していきたいと思います。そして、これから受験を控えているみなさんにも、自信を持って頂けたら幸いです。<br />
<br />
<strong>現地での勉強　〜イギリス編〜</strong><br />
<br />
僕がイギリスにいたときは、日本での受験は全く意識していませんでした。しかし、現地での成績は非常に重要です。後で詳しく説明しますが、成績がないと書類審査が通らない、つまり、土俵の上にさえ立てないのです。幸いにも、現地の共通試験（A-level）の成績は良かったのですが、もし良くなかったらと思うと、冷や汗ものです。<br />
<br />
A-levelを受験する海外生活者の方は、最低ラインとしてA&times;２、B&times;２くらいは目指しておいた方がいいです。これ以下だと絶対にダメだというわけではないですが、これくらいの成績があればまず安心です。普通に勉強していれば決して難しくはないはずです。もちろん、東大や京大を目指す方はA&times;３は欲しいとこですが。<br />
<br />
ちなみに、僕はMath、Economics、Geography、Japaneseを取っていました。以下、科目別に簡単に説明したいと思います。<br />
<br />
<strong>Mathの勉強</strong><br />
<br />
Mathに関しては、とことん問題を解き続けることです。過去問、テキスト、練習問題を手を抜くことなく解き続ければ、必ず成績は上がります。ここでしっかりとAを１つ押さえておくのは重要です。また、A-level Mathで学んだ知識は、大学受験中や入学後も以外と役立つので、しっかりと「身につけておく」ことをお勧めします。<br />
<br />
<strong>EconomicsとGeographyの勉強</strong><br />
<br />
EconomicsとGeographyは正直きつかったです（笑） アジア系の学生はみんな理系科目を取る中、深く考えることなく好きな科目を取ったら、英語の海に溺れました（苦笑）　Geographyに関しては、徹底的にケーススタディを覚えるのが、得点への近道です。授業内容を完全に頭に叩き込むのは前提として（たいした情報量ではない）、少しでも細かいデータ、具体的な名称を試験中にアピールできるかで、点数に差が出てきます。<br />
<br />
Economicsは、いまノートを見返しても、なかなかレベルの高いとこをやっていると思います。とりあえずは、授業の骨子をきちんと理解して、大量のグラフを理解、描けるようにすることです。あとは、とことん長文問題を解き続けました。始めはとにかく時間がないと思うのですが、徐々にパターンに慣れ、筆記スピードも上がるはずです。<br />
<br />
僕も語学力を理由にイギリス人に負けたくはなかったので、必死に書く練習をしていた記憶があります。おかげで、「やればできる」という自信がつきました。また、内容的には、数学の部分を除いて、大学で教わる初級マクロ経済と大差ありません。そのレベルの経済知識を身につけることができると、日本で経済系の論題を理解し、小論文を書くときに大変役立ちました。<br />
<br />
以上、少し長くなりましたが、イギリスでのA-levelを受けるときに知っておいたら便利な情報と、なぜしっかりやることが大事なのかを説明したつもりです。現地での試験は大学入試の最初のステップだと言っても過言ではありません。<br />
<br />
<strong>Japaneseの勉強</strong><br />
<br />
最後に、JapaneseはさくっとAを取っておきましょう。内容はなんであれ、Aが１つ増えるというのは大事です。<br />
<br />
<strong>＜私立受験編＞</strong><br />
<br />
ここからが本番です。まず現地での成績によってスタートラインが大分変わってきます。特に、私立で慶應を目指している方は、現地での良い成績は絶対条件です。逆に現地で良い成績があれば慶應には行けると言っても過言ではないでしょう。<br />
<br />
本命の慶應の経済学部は受験科目が小論文だったため、私立の受験は小論文を中心にしました。具体的な勉強方法に関しては、国立受験編で後述します。<br />
<br />
<strong>＜国立受験編＞</strong><br />
<br />
国立受験を始めた動機ですが、必ずしも国立大学に行きたいという強い思いがあったわけではありませんでした。私立受験が終わったとき、入学までの半年間をどうすれば最も有意義に過ごせるかを考えました。私立受験のときに受けた講義、学んだことは、何よりも自分のためになっただけでなく、小論文の授業を通して考える力がめきめきと伸びるのを実感していました。そして、半年間バイトなどに使うよりは、予備校に通うことで、受験だけでなく、将来的にも役立つであろう「力」を身につけることにしたのです。とは言え、やるからには全力で合格を目指したのは言うまでもありません。<br />
<br />
<strong>一橋大学受験対策</strong><br />
<br />
一橋の受験は英語と小論文を課されています。また、小論文も要約問題と論述問題に分かれています。はっきり言って、英語と要約問題は８割近くを取るのが大前提です。英語と要約問題は、機械的に練習を重ねれば確実に点が取れるようになります。つまり、合否の分れ目は論述問題にあるのです。それは、論述問題は簡単には得られない、さらに深い思考力が必要とされるためです。<br />
<br />
<strong>英語の勉強</strong><br />
<br />
受験英語を勉強するにあたって、以下の２つのことに集中しました。１つ目は、自動詞と他動詞の区別や、inとexceptの場合のみthat節は前置詞をとる等々、重箱の隅をつつくようなパターン化された問題を機械的に解けるようにすること。２つ目は、徹底的に語彙を増やすこと。そして、基礎学力をつければ、あとは過去問を繰り返し解き続けるだけです。<br />
<br />
<strong>要約問題の勉強</strong><br />
<br />
要約問題の鍵は読解力、つまり筆者と問題の作成者の意図を汲み取る力です。僕は要約問題に関してだけは、あまり苦労しませんでした。幸いにも本を読むのが昔から好きで、文章そのものを理解する力はある程度あったと思います。あとは、問題の作成者がどのような答えを期待しているのか、それを汲み取る練習をしました。それは、英語のように繰り返し練習をすることで、徐々に見えてくるものです。<br />
<br />
<strong>小論文の勉強</strong><br />
<br />
小論文に関しては、十人十色の方法があると思います。ただ、ここでの最も有効なアドバイスは、「先生の言うことを愚直に聞け」ということです。まとめノートを作れと言われたら、資料や参考図書をひたすらまとめる。いい点が出るまで書き直せと言われたら、ひたすら書き直す。<br />
<br />
正直、僕はそこまでいい生徒ではなかったと思います。小論文を繰り返して書くよりは新しい問題を解くことに時間を使ったし、まとめノートも他の生徒のように膨大な量にはなりませんでした。<br />
<br />
<strong>受験で成功するためのアドバイス</strong><br />
<br />
受験には２つの型があると思います。既存のレールに従わなくても、自分なりの勉強方法を持っていて成功まで突っ走れる天才型と、プロの言うことをとことん、ひたすらに聞いて成功する凡人タイプです。僕はその中途半端な間を行ってしまい、それが中途半端な結果に終わってしまった理由の一つだと思います。<br />
<br />
実践的な試験までの道をつらつらと述べてきましたが、改めて強調したいことが３つあります。<br />
<br />
<strong>先生の言うこと、指示されることにはひたすら従う</strong><br />
<br />
こう書くと見栄えは悪いかもしれません。ただ、受験という長い競争を勝ち抜くにはプロの敷いてくれたレールの上を歩いて行くのが最も近道です。一部の人には当てはまらないかもしれないし、信頼しきれる先生に恵まれない場合もあるかもしれません。しかし、大多数の受験生にとっては成功への鍵となると思います。<br />
<br />
<strong>受験を楽しむ！</strong><br />
<br />
受験で得たことはその後にも多いに役立ちます。知識だけでなく、ものごとを論理的に理解する力や、考える力が身に付くからです。「やらされている」と感じるのではなく、「未来のために努力している」という実感を持ち、何でもポジティブに捉えて行くのは大事だと思います。<br />
<br />
<strong>共に高め合うことの出来る仲間を見つける</strong><br />
<br />
いい意味でのライバルを作り、時に協力し、時に競争しながら受験をすることは、長い受験までの道を乗り越えるのに、とても重要な刺激だと思います。<br />
<br />
<strong>＜最後に＞</strong><br />
<br />
僕は一橋の筆記（２次試験）は通ったのですが、面接で落ちてしまいました。いろいろ理由はあると思いますが、一橋に行きたい！という思いが周りの受験生よりも低かったせいかもしれません。ただ、国立コースを受講したことは間違いではなかったと胸を張って言えます。その時期に学んだことは、いまになって成果が現れているような気もします。<br />
<br />
国立受験をするみなさん！　国立コースで勉強することは、受験だけでなく、将来ずっと役立つものだと思ってください。そして、貪欲に先生やライバルたちからいいものを盗み取ってください。以上が、僕の体験から言える全てだと思います。<br />
<br />
<strong>St. John&rsquo;s Leatherhead ：</strong><br />
<a href="http://www.stjohnsleatherhead.co.uk/">http://www.stjohnsleatherhead.co.uk/</a><br />
</div>
]]></description>
         <link>http://www.rtnproject.com/2010/06/vol37_1.html</link>
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                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">62)帰国子女入試合格体験記</category>
        
        
         <pubDate>Tue, 01 Jun 2010 03:35:41 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>更新情報5月29日</title>
         <description><![CDATA[<p>
海外生活体験者・社会人インタビューvol.58〜後編〜をアップしました。<br />
<a href="http://www.rtnproject.com/2010/05/vol58_3.html">http://www.rtnproject.com/2010/05/vol58_3.html</a>
</p>
]]></description>
         <link>http://www.rtnproject.com/2010/05/529_1.html</link>
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                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">2010)ニュース</category>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">ニュース・イベント</category>
        
        
         <pubDate>Sat, 29 May 2010 05:17:46 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>海外生活体験者・社会人インタビューvol.58〜後編〜</title>
         <description><![CDATA[<div class="sectionh2">
<table class="layout2">
	<tbody>
		<tr>
			<td>
			<img src="http://www.rtnproject.com/50/img/interviewee_s_148_profile.jpg" alt="interviewee_s_148_profile.jpg" width="150" height="113" />
			</td>
			<td>原田大輔さん。１９７３年生まれ。９７年、東京外国語大学インド・パーキスターン語学科修了（９４～９５年、インド・ウッタルプラデーシュ州アラーハーバード大学留学）後、旧石油公団に入団。海外研修生の受入れ事業や東南アジア・豪州LNGプロジェクト担当部に在籍。０３年、経済産業省資源エネルギー庁へ出向し、長官官房国際課にて中国、インド、ASEAN諸国会合を担当。０６年１０月より、石油天然ガス・金属鉱物資源機構（JOGMEC）モスクワ事務所副所長としてロシアに赴任。</td>
		</tr>
	</tbody>
</table>
</div>
<br />
<div class="h3_body">
<strong>日本のエネルギー安全保障確保に向けて</strong><br />
<br />
<strong>―モスクワでは、どのようなお仕事をされているのですか。</strong><br />
<br />
現在は、東シベリアでの石油開発プロジェクト支援とロシア・CIS諸国の情報収集がメインですね。恐らく、東シベリアと聞いても日本に馴染みも少なく、ピンと来ないかもしれません。少しこの東シベリアでの石油開発の必要性についてお話しましょう。<br />
<br />
｢東シベリア・太平洋パイプライン｣というプロジェクトについて聞かれたことがあるでしょうか。０４年にスタートしたロシア政府主導の国家プロジェクトで、美しいバイカル湖で有名なイルクーツク州から太平洋岸の都市ウラジヴォストークまで約４７００kmの原油パイプラインを建設する一大プロジェクトです。昨年１２月に中国までの第一フェーズが完成し、現在ウラジヴォストークまでの第二フェーズの建設が始まっています。今年２月には、鉄道輸送と組み合わせた東シベリア産原油の日本への輸入も実際に始まりました。<br />
<br />
１９世紀後半、現在のアゼルバイジャン共和国の首都バクーからユーラシアの石油産業は始まりました。ロシア国内でも、油田開発地域は、１９世紀にはカスピ海周辺、２０世紀中葉ではヴォルガ・ウラル地域、２０世紀後半では西シベリアと、西から東へと遷移してきました。また、その石油の大半は欧州市場に向けて輸出されてきたのです。その意味で、ロシアにとっての東シベリアの原油がアジアに流れることは、まず新しい地域の開発を推進するという点、そして、新しい市場を開拓するという点で、歴史的に大きな転換を図ろうとしていると言えます。<br />
<br />
日本にとっても、これまで流れて来なかったロシアの原油がアジア太平洋マーケットに流れることは、重要な意味を持ちます。日本は現在、原油輸入の約９割を中東諸国に依存しています。有事の際に備えて供給源の多様化を迫られている日本にとって、中東以外の地域から原油を調達する試みは、日本のエネルギー安全保障に大きく貢献するものです。サウジアラビアと並ぶ大産油国であるロシアは、日本にとって最も近い国のひとつでありながら、これまでルートがなかったために原油輸入は限られてきました。しかし、現在建設が進む｢東シベリア・太平洋パイプライン｣によって、原油調達国として現実的かつ経済的な選択肢となっているのです。<br />
<br />
このような背景を受けて、０３年に日露政府間で「日露行動計画」でシベリアのエネルギー資源開発における協力関係について、さらに０７年には「極東･東シベリア地域における日露間協力強化に関するイニシアチブ」が合意され、東シベリアの石油開発とアジア太平洋への原油供給を促進するべく、現在石油開発プロジェクトを立ち上げ、探鉱作業を開始しています。未開発の地域で自然環境も厳しく、様々なリスクも高いこの地域で、まず政府（JOGMEC）が先に参画して、民間企業の方々が入りやすい土台をつくる。これが私たちが今一番取り組んでいることです。<br />
<br />
５０℃の灼熱のインドで生活していた自分が、－５０℃にもなる東シベリアで石油開発に携わる。人生は本当に不思議ですね。０６年に赴任してから既に３年半、ロシア語の習得にはまだまだ時間がかかりそうですが、毎日が勉強、これからも頑張っていきたいと思います。<br />
<br />
<strong>今後の目標と日本の方へのメッセージ</strong><br />
<br />
<strong>―今後の目標を、お聞かせ願えますか。</strong><br />
<br />
「井の中の蛙」という言葉があります。もちろんあまり良い意味では使われない言葉ですが、あえて自分は｢井の中の蛙｣を究めていきたいと感じています。言い換えれば、その分野（井戸）で蛙として自分をとことん磨いていくということです。<br />
<br />
インドにしても石油にしても、現在住んでいるロシアにしても、自分の中にとっての｢井戸｣は限りなく大きく、全てを知ることは至難の業だと痛感しました。許されているのは、その分野を常に研究し、謙虚な姿勢で知識を吸収していくことだけです。ちょっとネガティヴな考えと感じられるかもしれませんが、実際年を取れば取るほど、自分が進める道、選択肢は自ずと狭まって行きます。大学での専攻選び、そして、就職活動での選択は、やはり人生の中で非常に重要な選択のチャンスであり、その時の感性を信じて、いろいろな情報を収集・精査して決めるべきものだと思います。費やされた時間は決して自分を裏切らず、得た知識は蓄積していくものです。<br />
<br />
どんな年齢になっても、何でも新しいことを始めるのも素晴らしいことです。ただ、費やす時間が有限であることを自覚すると、私の年齢ではもうコアとなる｢井戸｣は確定しており、その｢井戸｣の中でスペシャルな｢蛙｣になることこそが、自分を成長させるということに気付きました。私の場合、それはもちろん石油です。この広大で人間の生活にも重要な分野を、更に究めていく蛙になっていきたいと思っています。そして最後には｢大海をも知る｣ような蛙になれたらと思うのです。<br />
<br />
<strong>―とても興味深い内容です。就職活動を控える私にはとても参考になります。それでは最後に、日本の方へメッセージをお願いいたします。</strong><br />
<br />
このwebsiteをご覧になっている方は、少なからず外国への強い関心を持っていらっしゃったり、外国と深い繋がりを持っていらっしゃる方が多いのではと思います。そして、外国の生活を経験された方は、自分が日本人であることを再認識させられる、数多くの経験を既にお持ちかもしれません。従って、釈迦に説法となるかもしれませんが、外国で痛感する日本人のアイデンティティの大切さについてお話させてください。<br />
<br />
私たちは日本人として生まれてきた以上、文化土壌としての日本人から離れることも、日本人を捨てることもできません。逆に、日本人であることは私達にとってかけがえのない資産であり、外国においては最も大切にすべきアイデンティティだと思います。例えば、外国の言葉は話せても、アイデンティティのない人は外国では文字通り｢ペラペラ｣の人間です。<br />
<br />
では、アイデンティティがあるかないかはどのように判るでしょう。それは自分に｢日本を愛しているか｣と問いかけてみてください。愛しているのなら、なぜ愛しているのか、その理由がアイデンティティの源です。私の知る限り、インド人はインドをこよなく愛し、ロシア人はロシアを心から愛しています。もちろん自分の祖国を愛していない方も中にはいらっしゃるでしょう。でも、その方は残念ながらアイデンティティが不安定で、外から見ると薄っぺらい人間となってしまっているのかもしれません。違う国に憧れたり、外国を愛したりすることが悪いというのではありません。日本人であればまず日本を愛することが第一にあるべきで、その理由を考えることが必要だと思うのです。その理由を考えると、自ずと日本についてさらに深く勉強することにもなります。<br />
<br />
例えば、ロシアは日本との間に北方領土という領土問題を抱えています。ロシア人の友人ともよく議論になるテーマです。ただ、日本を愛しているから北方領土を返してほしいというような、国粋的な考えとは少し違います。日本を愛しているからこそ、この問題の背景を詳しく勉強し、何が論点になっているのか、まず中立・公平に知らなくてはなりません。そうして初めて、この問題についてロシアの人と対等に話ができるようになります。逆に何も知らないまま、臭いものには蓋をして回避してしまうと、相手には薄っぺらい日本人として認識されてしまい、相手にされなくなってしまうかもしれません。<br />
<br />
このことはいつも自分にも言い聞かせていることですが、これから外国との架け橋となる方、ビジネスで企業戦士として外国を相手にされる方、是非日本人としてのアイデンティティをもう一度振り返り、ある意味での｢戦い｣、外国との遭遇、文明の衝突の最前線で、本当の自分がペラペラでないかどうか見出す旅に万全の準備で臨んでください。<br />
<br />
<strong>―本日はたくさんの勉強になるお話、ありがとうございました！！</strong><br />
<br />
<strong>インタビューアーから一言</strong><br />
<br />
原田さんとは、モスクワ在住邦人の飲み会で、初めてお目にかかりました。優しく暖かい雰囲気を持ちつつも、飲み会の席で私と社会主義について熱く討論なさってくださったことが、とても印象に残っています。今回のお話や、頂いた資料などから、ロシアのエネルギー関連について理解を深めることができただけでなく、働くうえで何を考え選択していくかということについてもお伺いができ、とても有意義な時間をすごしました。本当に、ありがとうございました！！<br />
<br />
<a href="/2010/05/vol58_2.html">前編はこちら＞＞</a><br />
<br />
</div>
<table class="layout2">
	<tbody>
		<tr>
			<td>
			<img src="http://www.rtnproject.com/50/img/interviewee_s_41_profile.jpg" alt="" width="150" height="113" />
			</td>
			<td>木村荘一郎。１９８７年生まれ。高校３年間を米国オハイオ州で過ごし、帰国後は北海道大学経済学部に入学。現在３年に在籍。１・２年は課外活動、２・３年は学業に精力的に取り組み、現在はモスクワ大学外国語学部に留学中。ロシア語の研修をしながら、現地で様々な出来事と格闘している。</td>
		</tr>
	</tbody>
</table>
]]></description>
         <link>http://www.rtnproject.com/2010/05/vol58_3.html</link>
         <guid>http://www.rtnproject.com/2010/05/vol58_3.html</guid>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">50)インタビュー</category>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">5000)社会人インタビュー</category>
        
        
         <pubDate>Sat, 29 May 2010 05:17:26 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>更新情報5月27日</title>
         <description><![CDATA[<p>
帰国子女大学入試・合格体験記vol.36をアップしました。<br />
<a href="/2010/05/vol36_2.html">http://www.rtnproject.com/2010/05/vol36_2.html</a>
</p>
]]></description>
         <link>http://www.rtnproject.com/2010/05/527_1.html</link>
         <guid>http://www.rtnproject.com/2010/05/527_1.html</guid>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">2010)ニュース</category>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">ニュース・イベント</category>
        
        
         <pubDate>Thu, 27 May 2010 03:37:45 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>帰国子女大学入試・合格体験記vol.36</title>
         <description><![CDATA[<div class="sectionh2">
<table class="layout2">
	<tbody>
		<tr>
			<td>
			<img src="http://www.rtnproject.com/50/img/interviewee_s_151_2_profile.jpg" alt="interviewee_s_151_2_profile.jpg" width="150" height="113" />
			</td>
			<td>稲葉省吾（どうかInaba Shogoと発音してください）さん。１９９０年神奈川県の生まれ。小学校５年生のときにアメリカ・ニュージャージー州に引っ越し、７年８ヵ月ほど滞在。Parsippany Hills High Schoolを卒業後、帰国。０９年に上智大学国際教養学部に合格し、現在２年に在学中。</td>
		</tr>
	</tbody>
</table>
</div>
<br />
<h3>【上智大学国際教養学部合格】</h3>
<div class="h3_body">
<strong>書類の提出のみで合否が決まる</strong><br />
<br />
上智大学国際教養学部を受験する際には、小論文や面接などの試験を受けるのではなく、書類の提出のみで合否が決まるため、合格できるかどうかは高校在学中に決まると言っても過言ではありません。他の方々もそうだと思いますが、僕の場合はSATとTOEFLの試験で出来る限り高いスコアを出すことを中心に勉強し、出願に必要な書類が全て揃っているかも念入りに確かめながら、慎重に準備を進めました。<br />
<br />
出願するに当たって一番重視したのは、SATとTOEFLのスコアを出来る限り伸ばすことでした。この２つの試験の成績は、受験者の英語を使っての読解力、および、会話能力を計るための指標です。そのため、これらの成績を基準に受験者の足切りが行われてしまうのです。僕の場合は、学校の勉強だけでは不足だったので、学外で日本人向けの塾に通いながら、SATとTOEFLの対策を行いました。<br />
<br />
<strong>SATの対策をどうするか</strong><br />
<br />
SATでは、読解問題、英文法の問題、エッセイ（点数は英文法のスコアに加算されます）、そして、数学の問題が出ますが、一番時間を要するのは読解問題対策だと思います。<br />
<br />
読解を英語で行うこと自体は、英語を用いなければならない環境に自らを置けば、自然と可能になっていきます。しかし、SATで出題される問題に含まれている英単語は、学術的な日常で用いられない単語が多いため、自ら進んで単語の勉強を長期的に行わなければ問題を解くことすらままならないのです。<br />
<br />
僕自身は超人的な記憶力を持っているわけではないので、約3000枚の単語カードを塾の先生の指導のもと制作し、毎日地道に勉強しました。その結果、満点ではありませんでしたが、十分満足のいくスコアをたたき出せました。<br />
<br />
英文法の問題と数学の問題は、教材と過去問を繰り返し解くことでスコアを伸ばせました。しかし、どちらも１、２問間違えるだけでスコアに大分開きが出てきますので、常に油断はできませんし、余裕はありませんでした。実際に僕は、英文法の問題で良いスコアを出した後、１００点近くスコアを下げたことがあります。<br />
<br />
エッセイは、インターネットの普及についての是非や、教育制度を改革することについての是非などの意見を問われました。基本的には、自分の立ち位置を決してぶらさずに、SATの読解問題に出てくる難しい英単語を１つか２つ使うことを意識して、文章を書きました。結果的には、エッセイで平均をはるかに越えるスコアを出すことはできませんでした。なにか改善できたはずなので悔やまれます。<br />
<br />
<strong>TOEFL対策をどうするか</strong><br />
<br />
TOEFLは、そもそも英語を母国語としない人々のための試験なので、出題された読解問題は、SATほど難しくはありませんでした。試験は全てコンピュータで行われるため、最初のうちは目がつかれたり、読みづらく感じたりしましたが、何回か試験を受けていくうちに、慣れて行きました。<br />
<br />
むしろ、スピーキングとリスニングのセクションで苦戦しました。特に、スピーキングは自ら質問の答えを考える必要が出てくることもあるため、集中力が途切れてと問題を聞き逃し、一気にスコアが下がってしまいます。TOEFLの試験は休憩時間を挟むため、それを有効的に使って、試験中に集中力を切らさないように過ごすよう努めました。<br />
<br />
TOEFLでもエッセイを書く必要がありますが、こちらの場合はパソコンでタイプできるし、出題される問題も決して難しいものではなかったため、SATのエッセイ対策を行っていれば大丈夫でした。SATのときよりも、誤字・脱字や内容が矛盾していないかなどを確認するための時間がとれたため、常に20点台半ば（IBTの場合、各セクション30点満点）の成績を残せました。<br />
<br />
出願に必要な書類を集める作業は時間をかけ、慎重に行いました。出願した書類の中に不備が１つでも見つかれば、その時点で不合格が確定するからです。国際教養学部の受験には、様々な書類が必要ではありましたが、出願期間直前に慌てて書類集めを始めたりするのでなければ、余裕を持って全ての書類を揃えられると思います。<br />
<br />
<strong>その他の対策　学校の成績・推薦状・出願理由</strong><br />
<br />
学校の成績も受験者の能力を知らせるためには十分役立ちますので、日頃から高い評定を得られるように努力しました。品行方正な生徒であるよう心がけ、特殊な事情がない限りはきちんと学校に行くようにし、成績表を見た上智大学の方々に僕を高く評価してもらえるように、出来る限りのことはしたつもりです。<br />
<br />
成績表を提出するに当たっての注意ですが、卒業式の時点では高校４年の最終学期の成績が出ていない可能性があり、卒業前に用意した成績表では認められないことがあるかもしれません。実際に、僕が最初に用意した成績表は最終学期の成績の欄が空白で、日本に帰国した後に、最終学期の成績が含まれた成績表を改めて用意してもらいました。<br />
<br />
推薦状は大学が指定したフォーマットを渡して書いてもらいましたが、それ以外は何かを指定して書いてはもらったわけではなく、先生たちの意見を尊重して書いてもらいました。ただし、書いてある内容を僕個人で事前に確認したかったため、１通ではなく３通ほど書いてもらいました。<br />
<br />
「出願理由」を述べたエッセイは500ワード程度の短いものでしたので、他校の受験に対する準備と並行して作成できました。純粋に「なぜ国際教養学部に行きたいか」を自分で思いついた言葉で書き、SATに出てくる学樹的な言い回しや難しい単語は使いませんでした。エッセイのチェックは予備校の英語教師に頼みましたが、これといって手直しはされませんでした。<br />
<br />
出願書類自体は日本に戻って来る前に全て揃えたので、予備校に通っている間は他校の受験勉強に集中出来ました。集中できたと言っても、結果自体は芳しくありませんでしたが（苦笑）　国際教養学部の受験にあたって、予備校のお世話になったのは「出願理由」のエッセイのチェックだけでしたが、授業を通して他校に合格できるほどの力をつけることはできました。<br />
<br />
<strong>最後に　帰国受験生に贈る言葉</strong><br />
<br />
上智大学国際教養学部の受験は、一般生の受験とも帰国生の受験とも異なった形式で行われます。その分楽だと思われるかもしれませんが、実際には毎年学部全体で２００名程度――春学期入学と秋学期入学がそれぞれ１００名程度――しか合格できないので、簡単なわけではありません。<br />
<br />
最後になりますが、この合格体験記が上智大学国際教養学部の受験を考えている方々の参考になれば幸いです。<br />
<br />
<strong>Parsippany Hills High School ：</strong><br />
<a href="http://www.pthsd.k12.nj.us/SCH/PHHS/home.html">http://www.pthsd.k12.nj.us/SCH/PHHS/home.html</a><br />
</div>
]]></description>
         <link>http://www.rtnproject.com/2010/05/vol36_2.html</link>
         <guid>http://www.rtnproject.com/2010/05/vol36_2.html</guid>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">62)帰国子女入試合格体験記</category>
        
        
         <pubDate>Thu, 27 May 2010 03:37:44 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>更新情報5月25日</title>
         <description><![CDATA[<p>
海外生活体験者・社会人インタビューvol.59〜前編〜をアップしました。<br />
<a href="http://www.rtnproject.com/2010/05/vol59_1.html">http://www.rtnproject.com/2010/05/vol59_1.html</a>
</p>
]]></description>
         <link>http://www.rtnproject.com/2010/05/525.html</link>
         <guid>http://www.rtnproject.com/2010/05/525.html</guid>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">2010)ニュース</category>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">ニュース・イベント</category>
        
        
         <pubDate>Tue, 25 May 2010 04:25:10 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>海外生活体験者・社会人インタビューvol.59〜前編〜</title>
         <description><![CDATA[<div class="sectionh2">
<table class="layout2">
	<tbody>
		<tr>
			<td>
			<img src="http://www.rtnproject.com/50/img/interviewee_s_150_profile.jpg" alt="interviewee_s_150_profile.jpg" width="150" height="113" />
			</td>
			<td>吉岡利代さん。東京に生まれ。中学３年まで東京に在住するが、高校１年のときに、父親の転勤で、アメリカ・ワシントンDCへ。高校３年間を過ごす。国際関係に関心をもち、Academy of the Holy Cross卒業後は、ボストンのタフツ大学へ進学し、国際関係論を専攻、３年次にはイギリスのオックスフォード大学へ交換留学する。０６年に卒業後、帰国し、２年間ゴールドマン・サックスの投資調査部に勤務。０８年８月から、国連難民弁務官事務所UNHCR在日事務所で働き、０９年４月からHuman Rights Watchのスタッフとなり、日本政府に対する政策提言を行っている。</td>
		</tr>
	</tbody>
</table>
</div>
<br />
<div class="h3_body">
<strong>陸上部のキャプテンに選ばれる</strong><br />
<br />
<strong>―高校での生活はいかがでしたか？</strong><br />
<br />
最初は語学ができず、ついていくのが難しかったので、勉強が大変でした。ただ、現地の生活に慣れてからは、楽しかったですね。地元の女子校だったので、海外生も私を含めて３人ほどしかいなかったんですが、地元の女の子たちに紛れ込んで、授業を受けていてすごく楽しかったです。現地の人もすごく暖かかったという印象です。<br />
<br />
<strong>―授業以外で力を入れていたことはありますか？</strong><br />
<br />
陸上とクロスカントリーをやっていたのと、あとは、インターナショナル・クラブのようなところで、日本文化の紹介をやっていました。ただ、一番力を入れていたのは授業です。ついていくのが大変だったので。<br />
<br />
<strong>―海外生がいないということはESLもなかったんですか？</strong><br />
<br />
なかったですね。１年のときから国語の授業として英語の授業を受けていました。来た当初から、シェイクスピアとかを読まなければいけなかったので、最初はもうわけがわからなかったのですが、日々の宿題をこなしていくうちに、だんだん語学もできるようになっていきました。また、日本語をしゃべる機会もなかったので、すごく自分の英語力のためになったとは思います。<br />
<br />
<strong>―高校３年間で印象に残ったことはありますか？</strong><br />
<br />
高校３年生のときに、陸上部のキャプテンに選んでもらったことです。そのときは、うれしかったですね。３年目にして、みんなと対等の立場に選んでもらえたということ。それまでは、海外生という違う土台に立っている感じでした。それが、キャプテンに選ばれて、陸上クラブのなかでは、対等に見てもらえたということが、本当に嬉しかったです。<br />
<br />
<strong>いろんな国のひとの中で国際関係を学ぶ</strong><br />
<br />
<strong>―高校卒業で日本に帰ろうとは思わなかったのですか？</strong><br />
<br />
やっぱり、いろんな国の人と一緒に勉強できるというところが大きかったです。もちろん、日本の大学でも留学生の方はいっぱいいるとは思うんですが。やはり、アメリカの大学の方が国際性が高いということが大きかったです。大学選びも海外生の比率が高いところを選んでいて、タフツ大学は２割から３割が海外生でした。そこにまず惹かれたことです。<br />
<br />
あとは、高校生のときから国際関係を勉強したいと思っていて。いろんな国をまたぐ仕事に就きたいという夢もありました。その土台を築くためにも、大学で国際関係を勉強しようと思って、国際関係の良いプログラムがあることを、もうひとつの大学選びの基準にしました。<br />
<br />
どこにいいプログラムがあるのか探していたんですが、授業の内容としても、授業以外の面、たとえば、教授やほかの学生との出会いという意味でも、アメリカの大学の方が良いプログラムがそろっていました。<br />
<br />
<strong>―実際に勉強されてみてどうでしたか？</strong><br />
<br />
国際関係と経済学をダブルメジャーにして、そのなかでも、専門は開発経済をやっていました。将来的に国際協力を仕事にしたかったのですが、国際協力に似た授業がなくて、それに一番近い授業が開発経済の授業かなと思い、開発経済を中心に勉強していました。あと、卒論は日本のODAについて書きました。<br />
<br />
<strong>―一番興味深かった部分はどの分野ですか？</strong><br />
<br />
開発への市民社会の取り組みです。卒論のテーマも日本のODAに日本のNGOがどれだけ関与しているかという内容でした。日本のNGOがどれだけ影響力を持てるかというものです。<br />
<br />
<strong>―実際のところ影響力はどの程度なのですか？</strong><br />
<br />
その当時は、日本のNGOが政策提言や自分の意見を表明する土台が出来上がりつつはあったものの、影響は大きくないというのが結論でした。意見は聞くけれど、反映はされていない。今は改善されつつあるのですが、急に影響力が大きくなったわけではない。<br />
<br />
<strong>―アメリカの大学は教授と学生が対話するという少人数制なのですか？</strong><br />
<br />
２年次からはセミナーがあって、１５人とか２０人くらいでしたね。ただ、１年生のときのイントロのクラスなんかは、１００名以上で勉強するというという感じです。<br />
<br />
<strong>寮生活と競技ダンス部、そしてイギリスへ</strong><br />
<br />
<strong>―寮に入っていらっしゃたんですよね？</strong><br />
&nbsp;<br />
４年間ずっと寮生活だったのですが、すごく楽しかったです（笑）　１、２年生のときは、アメリカ人の女の子がルームメイトでした。３年目はイギリスにいたので、一人部屋の寮に住んでいました。４年生のときは　アパートみたいな寮に１０人で住んでいました。チャイニーズハウスという名前で、中国からの留学生や、中国語を勉強している人、中国に興味のある人が住んでるんですね。その中にはダブルルームとシングルルームがあって。私はダブルルームで、中国系アメリカ人の女の子とルームシェアしていました。いつもわいわい大騒ぎで、毎週末パーティがあるという感じでした。<br />
<br />
<strong>―勉強以外で力をいれていたことはありますか？</strong><br />
<br />
私は競技ダンス部に入っていました。（競技ダンス部というのは、ひらひらの衣装をきてやるやつですよね？）そうです、昔、ウッチャンナンチャンがテレビでやっていた、あのダンスです（笑）　部活だったのでそれこそ、毎日練習がありました。ボストンに大学があったので、ボストン近郊の大学に試合をしに行ったり、自分の大学にほかの大学のダンス部の人たちが練習をしにきたりしていました。<br />
<br />
あとは、部活ではなくサークルみたいなもので、ジャパニーズ・カルチャー・クラブというのがあり、それに入っていました。このクラブでは日本文化を紹介する活動をしていました。そのほかには、ボランティアのクラブをやったり、学校内で日本語を教えたりしていました。部活動みたいなのはいっぱいあるので、ちょこちょこやっていました。けれど、一番時間を割いたのは社交ダンスですね。<br />
<br />
<strong>―日本人は多いんですか。</strong><br />
<br />
あまり多くない。一学年に５人くらいしかいないです。全部あわせて４、５０人。日本人は海外生の中でも少ない比率でした。日本の金沢大学と提携校で、金沢大学からの交換留学生が毎年１人いました。<br />
<br />
<strong>―イギリスに留学しようと思ったきっかけは何ですか？</strong><br />
<br />
アメリカの高校に３年間通い、大学もアメリカの大学に通っていたので、合計５年アメリカにいました。ずっとアメリカにいたので、１年くらいヨーロッパから世界を見てみてもいいかなと思ったんですね。中国語を勉強していたので、留学するときに中国に行くか、イギリスに行くかで迷っていたんです。でも中国に行っても、語学を勉強して終わっちゃうから、どうせ行くなら勉強できるところに行こうと思った。そうなると、英語圏になってしまうなと思って、ヨーロッパに行ったこともないし、いい機会だなと思ったので、イギリスに行くことにしました。<a href="/2010/05/vol59_2.html">後編はこちら＞＞</a>
</div>
<table class="layout2">
	<tbody>
		<tr>
			<td>
			<img src="http://www.rtnproject.com/50/img/interviewer_s_13_profile.jpg" alt="" width="150" height="113" />
			</td>
			<td>秋山雪乃。１９８６年京都府生まれ。中学２年まで日本で過ごし、その夏に渡米。カリフォルニア州サンディエゴ・アーバインなどに滞在し、高校２年の年に 一 時帰国。その夏、再び渡米。University High Schoolを卒業し、帰国後、早稲田大学法学部に入学。１年休学して北京語言大学に留学し、現在４年に在籍。憲法水島ゼミ所属。学生ＮＧＯチャオに所属し、中国ハンセン病療養者村でのボランティアに従事している。</td>
		</tr>
	</tbody>
</table>
]]></description>
         <link>http://www.rtnproject.com/2010/05/vol59_1.html</link>
         <guid>http://www.rtnproject.com/2010/05/vol59_1.html</guid>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">50)インタビュー</category>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">5000)社会人インタビュー</category>
        
        
         <pubDate>Tue, 25 May 2010 04:25:09 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>帰国子女大学入試・合格体験記vol.35</title>
         <description><![CDATA[<div class="sectionh2">
<table class="layout2">
	<tbody>
		<tr>
			<td>
			<img src="http://www.rtnproject.com/50/img/interviewee_s_149_profile.jpg" alt="interviewee_s_149_profile.jpg" width="150" height="150" />
			</td>
			<td>越島健介さん。１９８９年ロサンゼルス生まれ。２歳から９歳まで神奈川県で過ごした後、再び渡米。Scarsdale High Schoolを卒業。帰国後、東京大学理科一類を目指し、約１年間受験勉強をするが、不合格となり、早稲田大学先進理工学部に進学することを決める。現在、電気情報生命工学科３年に在籍。</td>
		</tr>
	</tbody>
</table>
</div>
<br />
<h3>【慶應大学理工学部・早稲田大学先進理工学部合格】</h3>
<div class="h3_body">
<strong>＜はじめに＞</strong><br />
<br />
私は早稲田大学に進学することを決めましたが、正直、いま受験生活のことを思い返しても、私立受験に関してはあまり記憶がありません。国立受験のための勉強のほうが遥かに密度が濃かったからです。よって、私立受験に関しては覚えている限りで書きますが、 ここでは自分を反面教師的な立場において、 国立受験のためのアドバイスをメインに書いていきたいと思います。<br />
<br />
<strong>＜帰国前にしておくべきこと＞</strong><br />
<br />
一つは、統一試験の点数をできるだけ上げておくこと。これは私立受験に直接影響を与えますし、国立受験に関しても統一試験の点数で落とされてしまっては話にならないので、すごく重要です。その年にもよるとは思いますが、SAT Iは2000点以上、SAT IIは平均750点、TOEFL(iBT)は１０５点以上取れていれば、安全圏にいると言えるのではないかと思います。<br />
<br />
もう一つは、早めから数学の基礎を固めておくこと。物理と化学は、日本に帰ってきてからでも間に合います。高校でやっている内容を把握しておくくらいで大丈夫でしょう。しかし、数学は範囲が他の科目よりも広いですし、評価の対象としても大きいです。私は、これをやらなかったことを後になって悔やみました。<br />
<br />
最後に、帰国前の１ヵ月ほどは遊びまくって、思い出をたくさん作っておくことを勧めます。高校時代の思い出は、一生残ると思います。ここで遊んでおけば、日本に来て誘惑されることも少なくなるでしょう（笑）<br />
<br />
<strong>＜私立受験について＞</strong><br />
<br />
これらのことができていれば、あとは予備校での授業をしっかり理解していくように務めれば大丈夫です。予備校にもよるかとは思いますが、私が行ってたところでは、夏の間は授業も宿題もかなりあったので、備えは十分でした。<br />
<br />
ちなみに面接の重要度は意外に低かったようです。私はちょうど慶應の面接のときにウイルス性急性胃腸炎にかかってしまい、高熱で意識がもうろうとしている状態で面接を受けたのですが、受かりました。やはり、統一試験の点数が重要だったのだろうと思います。<br />
<br />
<strong>＜国立受験について＞</strong><br />
<br />
ここからは科目別に説明していきたいと思います。<br />
<br />
<strong>・物理</strong><br />
<table>
	<tbody>
		<tr>
			<td>&nbsp;<br />
			</td>
			<td>まずは、『物理のエッセンス』で基本的なところをざっと理解する。その後、『実戦 
			物理1・2重要問題集』を解いて、中級の問題を解いていき、最終的には『難問題の系統とその解き方物理I・II』を解いていきましょう。最後の『難問題』
			については、例題をやるだけでよいです。これができるようになれば、かなりの自信がつくでしょう。東大の過去問もわりとすらすら解けます。</td>
		</tr>
	</tbody>
</table>
<br />
<strong>・化学</strong><br />
<table>
	<tbody>
		<tr>
			<td>&nbsp;<br />
			</td>
			<td>化学は大きく分けて「理論」、「有機」、「無機」に分けれます。まずは、重要問題集で全体的に問題を解いていき、自分の苦手なポイントを把握しておく。次
			に、『鎌田真彰の化学有機化学標準問題集』をやり、有機化学を覚えてから、『福間智人の化学無機化学』をやり、無機化学を覚えていきましょう。有機と無機
			は、覚えることを覚えれば、大分問題が解けるようになります。次に、『 
			化学I・II標準問題精講』をやります。わりと難しめな問題があるので、いい勉強になると思います。ここまでやれば、あとは過去問を解いていくだけでいい
			でしょう。</td>
		</tr>
	</tbody>
</table>
<br />
<strong>・数学</strong><br />
<table>
	<tbody>
		<tr>
			<td>&nbsp;<br />
			</td>
			<td>数学の勉強に関しては、私は失敗したと思います。基本的には、『チャート式（青）』と『大学への数学』をやっていたのですが、あまり参考にはしないほうが
			いいと思うので、書かないことにします。</td>
		</tr>
	</tbody>
</table>
<br />
自分が東大に落ちた理由としては、一つは数学と小論文の比重の重さを見誤ったからだと思っています。むしろ、化学と物理よりも、その二つのほうが重点的にやっておくべきだと思います。<br />
<br />
もう一つは、気の緩みです。１月頃に解いた東大の過去問で、あっさり合格ライン以上の点数が取れてしまったので、そこで少し気が緩んでしまったのです。今思えば、最後まで１００％頑張ることができてなかったなーと思います。赤本でいい点がとれても、あまり気にしないようにしましょう。<br />
<br />
<strong>＜最後に＞</strong><br />
<br />
モチベーションをいかに保つかというのが、大事になってきます。自分の生活のリズムを作って、自分なりのリラックス法や集中法を見つけられるといいでしょう。
</div>
]]></description>
         <link>http://www.rtnproject.com/2010/05/vol35_3.html</link>
         <guid>http://www.rtnproject.com/2010/05/vol35_3.html</guid>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">62)帰国子女入試合格体験記</category>
        
        
         <pubDate>Fri, 21 May 2010 15:02:10 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>更新情報5月21日</title>
         <description><![CDATA[<p>
帰国子女大学入試・合格体験記vol.35をアップしました。<br />
<a href="/2010/05/vol35_3.html">http://www.rtnproject.com/2010/05/vol35_3.html</a>
</p>
]]></description>
         <link>http://www.rtnproject.com/2010/05/521.html</link>
         <guid>http://www.rtnproject.com/2010/05/521.html</guid>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">2010)ニュース</category>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">ニュース・イベント</category>
        
        
         <pubDate>Fri, 21 May 2010 15:02:10 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>更新情報5月20日</title>
         <description><![CDATA[<p>
海外生活体験者・社会人インタビューvol.58〜前編〜をアップしました。<br />
<a href="http://www.rtnproject.com/2010/05/vol58_2.html">http://www.rtnproject.com/2010/05/vol58_2.html</a>
</p>
]]></description>
         <link>http://www.rtnproject.com/2010/05/520_2.html</link>
         <guid>http://www.rtnproject.com/2010/05/520_2.html</guid>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">2010)ニュース</category>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">ニュース・イベント</category>
        
        
         <pubDate>Thu, 20 May 2010 11:42:37 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>海外生活体験者・社会人インタビューvol.58〜前編〜</title>
         <description><![CDATA[<div class="sectionh2">
<table class="layout2">
	<tbody>
		<tr>
			<td>
			<img src="http://www.rtnproject.com/50/img/interviewee_s_148_profile.jpg" alt="interviewee_s_148_profile.jpg" width="150" height="113" />
			</td>
			<td>原田大輔さん。１９７３年生まれ。９７年、東京外国語大学インド・パーキスターン語学科修了（９４～９５年、インド・ウッタルプラデーシュ州アラーハーバード大学留学）後、旧石油公団に入団。海外研修生の受入れ事業や東南アジア・豪州LNGプロジェクト担当部に在籍。０３年、経済産業省資源エネルギー庁へ出向し、長官官房国際課にて中国、インド、ASEAN諸国会合を担当。０６年１０月より、石油天然ガス・金属鉱物資源機構（JOGMEC）モスクワ事務所副所長としてロシアに赴任。</td>
		</tr>
	</tbody>
</table>
</div>
<br />
<div class="h3_body">
今回インタビューを受けていただいたのは、石油天然ガス・金属鉱物資源機構（JOGMEC）モスクワ事務所副所長の原田大輔さん。エネルギー安全保障の重要性と日本人として生きることに対する彼の熱き思いを語っていただきました。<br />
<br />
<strong>熱き天竺に向かって　～眠れる巨象インドとの出会い～</strong><br />
<br />
<strong>―大学は、なぜインド・パーキスターン語を選ばれたんですか。</strong><br />
<br />
私が大学に入学した９０年代初頭は、インドは世界で最も｢熱かった｣地域の一つでした。<br />
<br />
当時インドでは、カリスマ的な政治手腕を振るったラジーヴ・ガンディー首相が９１年に暗殺され、信用不安から外資がインドから撤退、外貨準備高が著しく目減りする等通貨危機が発生し、経済自由化へ政策を転換した時期だったんです。<br />
<br />
高校生の自分には、インドと言っても、人口も国土も大きい国、暑い気候、仏教発祥の地くらいしか知らず、当時の経済自由化の背景までは知りませんでしたが、インドがとにかく熱い国であることは、ニュースやドキュメンタリー、経済誌で取り上げられていて、伺い知ることができました。「眠れる巨象が目を覚ます」といったキャッチフレーズをよく見掛けた時代です。大学で何か役に立つもの・身につくものを学びたいと思い、当初から外国語学部に強い関心があったのですが、「英語はまあ、どうにかなるだろう」「今後、活きてくる言葉といったら何だろう」と大学受験期に考え、インド・パーキスターン語を受験することにしたんです。<br />
<br />
９２年に大学入学後、まだ不勉強だったインドの歴史、文化、宗教を学びながら、主眼の連邦公用語であるヒンディー語の基礎を学び、大学３年になった９４年にインドへ国費留学しました。<br />
<br />
<strong>―えっ！！　国費留学ですかっ！！</strong><br />
<br />
いやいや（笑）　私の留学した時代には、まだインドへ留学する人も限られていて、ちょうど当時の文部省が設立した留学制度も始まって、幸運だったんだと思います。アラーハーバード大学は、純粋なヒンディー語が話されている地域にあり、首都デリーからも夜行で一日かけて行く場所でしたから、行きたいという人も少なかったのかもしれません（笑）。<br />
<br />
入学したときから、必ず留学しなければならないという思い入れがありました。「言葉は実際に現地に行かなければと身につかない」という思いがあったからですが、インドに行ったのはいいものの、初めのうちは本当に大変でした（苦笑）　実は初めての海外＆一人暮らしだったので、何もかもが新鮮である一方で、インドという、日本よりも気候や環境面で過酷な生活に慣れるまで時間がかかりました。<br />
<br />
アラーハーバード周辺は、酷暑期の４月から５月には５０℃を超える地域で、冬はひと桁くらいまで気温も下がります。お腹をこわすのは日常茶飯事で、毎月１回原因不明の熱を出したりしていました。また、自転車で転んで肩鎖関節を脱臼したり、帰国したら赤痢で隔離されたり、更にはお腹から寄生虫を出産？したりと、なかなか体験できないことをさせていただきました（笑）　健康管理との戦いでしたが、もちろん語学習得にも力を注ぎ、やはり日本での勉強では得られない知識と充実した時間を過ごすことができました。<br />
<br />
<strong>可採埋蔵量に見た未来</strong><br />
<br />
<strong>―就職活動期には、なぜ｢石油｣を選ばれたのですか。</strong><br />
<br />
簡単に言えば、石油という分野に魅力、将来性、働き甲斐を感じたからだと思います。<br />
<br />
大学ではインドについて５年間学んだわけですが、就職となるとこれから３０年はその分野に身を置く可能性があり、大学で費やす時間の比ではありません。もちろん様々な分野を渡り歩くという選択肢もないわけではありませんが、ひとつの分野を究め切磋琢磨することは、最終的に自分の強い武器になり得ます。こんな視点で考えたとき、石油産業には自分を引きつける魅力と将来性があり、私が最終的に選んだ現在の職場（旧石油公団、現JOGMEC）に働き甲斐を感じたのです。<br />
<br />
漠然と石油という分野に興味を持ち始めたのは、インドに留学していた時期でした。インドで様々な方と出会ったのですが、そのとき中東やアフリカの産油国から留学している方とも交流する機会に恵まれました。第三世界という言葉は先進国からの見方かもしれませんが、インドはいわゆる第三世界のリーダーとして中東やアフリカと親密な関係を構築しようとしており、学生査証の優遇等を通して多くの留学生を受け入れていたのです。また、日本からは直に触れることのなかったイスラーム文化圏という繋がりという側面もこれら地域に共通しており、石油と密接なつながりを持つ世界を真近に感じたことで、強い関心を持つようになりました。<br />
<br />
帰国後、就職活動を迎えたとき、まず考えたのは「生涯インド関係で働くのかどうか」ということでした。実は、私が在学中の頃は、つまるところインドはまだ眠りから目を覚ましていなかったんです（笑）　確かに既に多くの日本企業も進出していましたが、インド独自の風土・宗教・文化を地肌で感じると、例えば中国の急速な経済成長モデルとは異なった、非常に緩やかな経済発展を遂げていくのではと感じました。実際、BRICsの一角として脚光を浴びるのは、それから10年以上経った最近のことです。<br />
<br />
また、インドで習得した言語や知識は強みでもありますが、社会に出れば、自分の経歴に必ず付いて回り、自分をインドだけに制約することにも繋がる可能性にも気付かされました。もしかすると留学時の生活の厳しさをもう体験したくないという気持ちもあったのかもしれませんが（笑）、インドだけでなく、違った世界も見てみたいという思いも強くなり、「別にインドにこだわる必要はないかな」と思い始めるようになりました。そして、就職活動を通じて様々な分野を研究していたときに、留学時代の友人の影響もあって「石油が面白いかもしれない」と思うようになったんです。<br />
<br />
<strong>―具体的には、どのような点に興味を持たれたのでしょうか。</strong><br />
<br />
石油と一口に言っても、実は様々な分野に細分化されます。まず、石油を発見する過程である探鉱・開発、つぎに、産油国から消費国へ輸送する分野、そして、各消費者への販売といった具合に産業が展開されています。それぞれの分野を研究していくうちに、私の興味を喚起したのが「可採埋蔵量」という言葉でした。<br />
<br />
「あと４０年程度で石油は枯渇する」と私が小学生の頃から言われていました。そんな社会科の授業を覚えている方もいらっしゃるのではないでしょうか。この４０年程度という数字は、全世界の石油の可採埋蔵量をその年の生産量で割り戻したもので、可採年数とも呼ばれます。しかし、その数値は、実はここしばらくほとんど変わっていないんです。というのも、世界が毎年消費する量と同じかそれ以上の量の石油が、石油開発に携わる国や企業の絶え間ない努力によって発見され、加算されているからなのです。ただし、２０世紀後半までの中東のような簡単に見つかる大規模な油田は既に少なくなっており、今後更に厳しい環境条件で大変な資金をかけて見付けなくてはならない状況にあります。<br />
<br />
就職活動中の私は、この事実に心踊らされました。産業の血液とも喩えられ、現在の生活に不可欠な石油が今後さらに厳しい条件で可採埋蔵量を確保しなければならない状況あること。ともすれば、私が５０歳くらいになって、自らが主体となって事業を動かせるようになる頃には、石油の安定供給に尽力するこの仕事の意義は更に高まり、注目を集めているかもしれない。今思えば非常に単純な発想でしたが、石油の探鉱開発や備蓄事業を推進する旧石油公団（現在のJOGMEC）の門を叩き、９７年に入団しました。<br />
<br />
<strong>―入団後は、どのようなお仕事をされたのですか。</strong><br />
<br />
印象に残っているのは、海外研修生の受入れ事業ですね。産油国から日本へ国営石油会社の方々を招き、日本との交流を深める事業です。産油国の方々に日本の技術を学んでいただくと同時に、日本に対する理解を深めていただいて、長期的かつ友好的な将来の関係を築くことが目的です。私が在籍した２年間で約１５０人の東南アジア、中東や南米、中央アジアの国々の方々と知り合うことができ、現在も友人として、時にはビジネスパートナーとして、情報交換をする大きな資産となっています。<br />
<br />
また、石油開発プロジェクトを担当する部に在籍していたときは、実際のプロジェクトに携わることができ勉強になりました。どこの国でどのような石油契約・税制条件の下で探鉱を行うのか、初期投資を回収しその後も利益を出せるほどの地質ポテンシャルが見込めるのか、生産された原油を日本のエネルギー安全保障に資するべく本邦へ持ち込むことができるのか等、様々な角度からプロジェクトを見る目を養うことを学びました。<br />
<br />
特にインドネシアの資産買収プロジェクトへ参加した際にはディールが終了するまで３ヵ月間、法務・会計等様々な外国人専門家とタッグを組んで、日本・インドネシアを行き来したのも素晴らしい経験でした。不眠不休の中で、チームが一丸となってゴールを目指す充足感を味わった貴重な時間として、今も深く記憶に残っています。<br />
<br />
経済産業省資源エネルギー庁への出向も、これまでの短いキャリアの中で非常に印象深いものです。日本のエネルギー政策の根幹に携わるという貴重な立場・時間の中で、エネルギー専門官として日本に与える影響を精査しながら、中国との二国間協議や日中韓、更にインドも含めたマルチラテラルな会合、ASEANとの国際会議のセットアップ・アジェンダの作成を行うという機会を与えられました。昼夜問わず働き、海外での会議に奔走する部署でしたが、通常の出向期間の延長を希望するほど、自己鍛錬の場として理想的な職場だったと思います。<br />
<br />
いろいろ携わってきた中で、総じてインド文化圏である南・東南アジア諸国に携わることが多かったように思います。これは外国語学部を選んだ人の宿命だと思うのですが、結局専攻語という経歴が一生ついて回るんですね（笑）　自分がインドに制約される可能性は回避できたと思うのですが、それでもインドが仕事上でもプライベートでも近づいてくる。もしかしたら、自らが引き寄せているような、ふと気付くと傍にインドがあるような不思議な感覚にとらわれることがよくありますね。<a href="/2010/05/vol58_3.html">後編はこちら＞＞</a>
</div>
<table class="layout2">
	<tbody>
		<tr>
			<td>
			<img src="http://www.rtnproject.com/50/img/interviewee_s_41_profile.jpg" alt="" width="150" height="113" />
			</td>
			<td>木村荘一郎。１９８７年生まれ。高校３年間を米国オハイオ州で過ごし、帰国後は北海道大学経済学部に入学。現在３年に在籍。１・２年は課外活動、２・３年は学業に精力的に取り組み、現在はモスクワ大学外国語学部に留学中。ロシア語の研修をしながら、現地で様々な出来事と格闘している。</td>
		</tr>
	</tbody>
</table>
]]></description>
         <link>http://www.rtnproject.com/2010/05/vol58_2.html</link>
         <guid>http://www.rtnproject.com/2010/05/vol58_2.html</guid>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">50)インタビュー</category>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">5000)社会人インタビュー</category>
        
        
         <pubDate>Thu, 20 May 2010 11:42:36 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>更新情報5月8日</title>
         <description><![CDATA[活動報告 vol.32 近藤恵多をアップしました。<br/><a href="http://www.rtnproject.com/2010/05/_vol32.html">http://www.rtnproject.com/2010/05/_vol32.html</a>
]]></description>
         <link>http://www.rtnproject.com/2010/05/58_1.html</link>
         <guid>http://www.rtnproject.com/2010/05/58_1.html</guid>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">2010)ニュース</category>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">ニュース・イベント</category>
        
        
         <pubDate>Sat, 08 May 2010 02:34:36 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>活動報告 vol.32 近藤恵多</title>
         <description><![CDATA[<div align="center">
<img src="http://www.rtnproject.com/50/img/report_32kondo5.jpg" alt="report_32kondo5.jpg" />
</div>
<br />
大学生のみなさま、この夏の計画は既にお決まりでしょうか？アイセックは世界最大のNPO学生団体です。世界107の国と地域に拠点を持ち、日本では24の大学に委員会を持って活動しています。そして、海外との交換事業として、インターンシップの募集を行っております。この夏、アイセックの「海外インターン」に参加、海外でのチャレンジングな機会を活かし、刺激的な経験をなさいませんか！<br />
<br />

<div class="sectionh2">
<table class="layout2">
	<tbody>
		<tr>
			<td>
			<img src="http://www.rtnproject.com/50/img/report_32kondo.jpg" alt="report_32kondo.jpg" width="150" height="150" />
			</td>
			<td>近藤恵多（こんどうけいた）。1990年生まれ。小中高と、札幌の地方公立校で海外とは無縁な生活を送る。部活はハンドボール部に所属し、部活に明け暮れるが、一念発起して、東京大学に合格。現在は、東京大学文科Ⅰ類２年に在学中。趣味は、一人旅。１年次は韓国、香港、タイ、インド、バングラデシュを訪れ、猛烈なインド好きになる。サークルは、海外インターンシップ斡旋団体のアイセック東京大学委員会に所属。</td>
		</tr>
	</tbody>
</table>
<br />
</div>
<h3>活動報告</h3>
<div class="h3_body">
はじめまして！　東京大学２年の近藤と申します。最近は、寒暖差が激しすぎて、すっかり体の方が参ってしまいました。札幌と違って、東京の家の窓は二重ではないので、朝の寒さは道産子の僕でも非常にこたえます。<br />
&nbsp;<br />
さて、いきなりですが、大学生のみなさま、夏休みをどう過ごすかはもう決められましたか？おそらく、まだという方が大半なのではないかと思います。そこで、自分の所属している学生団体アイセックの「海外インターンシップ」を、この夏休みの選択肢の一つとして考えてもらえればと思っています。<br />
&nbsp;<br />
「インターンシップ」という言葉は、おそらくどこかで耳にしている方が多い はずです。就活生の方の中には、夏に外資系企業でインターンをするという方もいるかもしれません。インターンシップとは一定期間、企業やNGOで就業経験を積むことです。日本でもベンチャー企業を中心に多くの求人があります。アイセックは世界最大のNPO学生団体です。世界107の国と地域に拠点を持ち、日本では24の大学に委員会を持って活動しています。 そして、海外との交換事業として、インターンシップの募集を行っております。<br />
&nbsp;
<table>
	<tbody>
		<tr>
			<td>ですから、 
			107の国と地域にまたがるアイセックのネットワークを使い、自分の興味、関心に合った国に行くことが可能です。たとえば、アフリカのNGOでAIDSの啓蒙にするインターンシップを行ったり、インドのIT都市バンガロールの大企業日本向けのマーケティングのインターンシップを行ったりすることが出来ます。</td>
			<td>
			<img src="http://www.rtnproject.com/50/img/report_32kondo2.jpg" alt="report_32kondo2.jpg" width="150" height="113" />
			<br />
			<div align="center">
			<span style="font-size: 90%">アフリカでのミーティング風景</span>
			</div>
			</td>
		</tr>
	</tbody>
</table>
<br />
アイセックのインターンシップの特色としては、<br />
①出国前、研修中、帰国後まで一貫したサポート体制があること、<br />
②地のアイセックメンバーの学生などと交流ができること 、<br />
③ 自らの好みにあった研修先を選べることなどが挙げられます。<br />
<br />
<table>
	<tbody>
		<tr>
			<td>特に①に関しては、研修前に研修先に応じたラーニングイベントを設けたり、実際に現地で研修された方と懇談の場を設けたりして、研修生がしっかりと問題意識を持って研修に臨まれるように手助けを致します。また、研修後も様々な「発信」の場を提供し、研修を自らのキャリアプランに活かしていけるよう、メンバー一同サポート致します。</td>
			<td>
			<img src="http://www.rtnproject.com/50/img/report_32kondo4.jpg" alt="report_32kondo4.jpg" width="150" height="113" />
			<br />
			<div align="center">
			<span style="font-size: 90%">日本の高校での研修報告会</span>
			</div>
			</td>
		</tr>
	</tbody>
</table>
&nbsp;<br />
詳しいことは、アイセックのHP（<a href="http://www.aiesec.jp/">http://www.aiesec.jp/</a>）をご覧下さい。こちらの方からインターンシップのアプライもできます。また、海外でのインターンシップと言われても、具体的なイメージがわかないという方はこちらのHP（<a href="http://www.mentor-diamond.jp/blog/aiesec/">http://www.mentor-diamond.jp/blog/aiesec/</a>）で研修生のブログを見ることが出来ますので、合わせてご覧ください。<br />
&nbsp;<br />
夏休みの選択肢の一つとして、海外インターンシップを加えていただければ幸いです。<br />
是非、海外でのチャレンジングな機会を活かし、刺激的な経験を！<br />
<br />
<img src="http://www.rtnproject.com/50/img/report_32kondo3.jpg" alt="report_32kondo4.jpg" />
<br />
<div align="center"><span style="font-size: 90%">バンガロールのアイセックメンバーと、 ドイツからの研修生と僕とでディベート</span></div>
</div>
]]></description>
         <link>http://www.rtnproject.com/2010/05/_vol32.html</link>
         <guid>http://www.rtnproject.com/2010/05/_vol32.html</guid>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">5002)活動報告</category>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">60)活動報告</category>
        
        
         <pubDate>Sat, 08 May 2010 02:34:35 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>更新情報4月24日</title>
         <description><![CDATA[<p>
活動報告 「世界の学校から」vol.19をアップしました。<br />
<a href="/2010/04/_vol19_1.html">http://www.rtnproject.com/2010/04/_vol19_1.html</a>
</p>
]]></description>
         <link>http://www.rtnproject.com/2010/04/422_1.html</link>
         <guid>http://www.rtnproject.com/2010/04/422_1.html</guid>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">2010)ニュース</category>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">ニュース・イベント</category>
        
        
         <pubDate>Sat, 24 Apr 2010 07:07:14 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>活動報告 「世界の学校から」vol.19　佐藤真璃香</title>
         <description><![CDATA[中学３年も終わりかけた１月、私はインドネシアのジャカルタに越し、Jakarta International School（JIS）のハイスクールを卒業するまで過ごしました。日本では制服を毎日着て通学していたのですが、JISでは半袖半ズボンにビーチサンダルという軽装になりました。インドネシア人はとても陽気な人が多く、問題があっても&ldquo;Tidak apa apa（大丈夫）&rdquo;と楽観的です。街の治安は良いとは言えず、日本と比べて多少は不便なこともありますが、物価が安く年中温暖な気候なので、とても住みやすい街でした。

<table class="layout2">
	<tbody>
		<tr>
			<td>
			<img src="/50/img/report_s19sato1.jpg" alt="" width="150" height="150" />
			</td>
			<td>佐藤真璃香さん。１９９１年日本で生まれる。小学３年から２年半をインドのニューデリーで過ごしたあと、小学６年で日本に帰国。中学時代を日本で過ごすが、中学３年の終わりからインドネシアのジャカルタで生活を送る。最終学年次の１２月にアーリー卒業をし、学業と帰国受験を両立させ、２０１０年４月から早稲田大学の人間科学部に進学。</td>
		</tr>
	</tbody>
</table>
<h3>活動報告</h3>
<div class="h3_body">
<strong>インドネシアの印象</strong><br />
<br />
インドネシアは、私が小学生のときに住んでいたインドと異なり、日本人が多く住み、日本食スーパーもいくつかあります。日本で購入するよりいくらか高いとは言え、生活スタイルや食事もあまり変えずに生活することができます。<br />
<br />
<table>
	<tbody>
		<tr>
			<td>移動手段は、電車やバスがあるといっても、自分の車で移動する人がほとんどです（交通ルールが曖昧で複雑なため日本人は運転しないで運転手を雇うのが無難）。しかし、夕方と毎週金曜日は渋滞がそこかしこで起こっているため、予定通りに物事が進まないことがネックではあります。そして、毎年１１月から３月にかけての雨季になると、小さな洪水が道路上に発生し、とても大変なことになります。数年に一度は大洪水が起こり、道路が川と化すので、学校が休みになることもありました。</td>
			<td>
			<img src="/50/img/report_s19sato2.jpg" alt="" width="150" height="113" />
			</td>
		</tr>
	</tbody>
</table>
<br />
<strong>インターならではの科目選択</strong><br />
<br />
<table>
	<tbody>
		<tr>
			<td>
			<img src="/50/img/report_s19sato5.jpg" alt="" width="150" height="112" />
			</td>
			<td>JIS（ジャカルタ・インターナショナル・スクール）には、１２月卒業、Early 
			Graduationをしたため、９年の後期から１２年の前期まで在籍していたのですが、この学校は、白人もアジア人も多く在籍する、国際色豊かな学校でした。行事や部活動も豊富で、学生生活を満喫できますし、教育レベルも高く、毎年世界各国の有名大学に生徒を送り出しています。</td>
		</tr>
	</tbody>
</table>
<br />
<table>
	<tbody>
		<tr>
			<td>授業は、数学とEnglish以外、最低単位さえ取ればよいので、比較的自由に教科を選ぶことができます。在籍する生徒は、卒業後、文字通り世界中の大学に羽ばたいて行きます。そのため、普通科目に加えて、International Baccalaureate (IB) とAdvanced 	Placement (AP)の資格がとれる教科も用意されています。自分に合うコースや自分が進学希望の大学に必要な資格がわからない場合でも、ハイスクールに５人いた担当のカウンセラーに相談すれば、様々なアドバイスを与えてくれます。<br />
			</td>
			<td>
			<img src="/50/img/report_s19sato6.jpg" alt="" width="150" height="112" />
			</td>
		</tr>
	</tbody>
</table>
<br />
日本人が学生の約３％を占めているため、学校には日本人のための日本語のクラスも設けられています。このクラスでは日本語を使っているのですが、課題はインターらしく、プレゼンテーションやエッセイ・ライティングが多いです。<br />
<br />
<strong>JISの卒業制度</strong><br />
<br />
<table>
	<tbody>
		<tr>
			<td>
			<img src="/50/img/report_s19sato4.jpg" alt="" width="150" height="112" />
			</td>
			<td>色々な国の生徒が在籍し、世界各国の大学を受験する生徒がいるため、JISには、私も利用した、１２月に卒業できるEarly Graduationという制度があります。これは、卒業するために必要な単位取得者であり、ある一定の条件を満たした者は、通常の５月卒業では合格大学の入学に間に合わない場合、半年早く卒業させてくれるものです。日本や韓国、オーストラリアなどが当たります。</td>
		</tr>
	</tbody>
</table>
<br />
私は父親が１１年の１月に帰国してしまったため、日本の高校に戻るか、JISに残るか、迷っていました。後者の場合、私はハイスクール在籍中に大学受験をするため、学校の課題と受験勉強を両立させなくてはならないのです。そのうえ、大学受験日が集中する９月から１０月にかけての一ヵ月間学校を休まなくてはなりません。<br />
<br />
カウンセラーも校長も驚いた顔をしていました。必要最低限の出席率を下回ってしまうからです。しかし、私のような状況の生徒を何人も見てきたカウンセラーと、日本の受験事情に詳しい当時の日本語の先生からアドバイスをもらい、１２月卒業が私に最適であると判断しました。課題は担当の先生とEmailで連絡を取り合いながら期日までに提出し、学校に戻ってきたらそれ以上休まないという約束であっさり認めてくれたのです。<br />
<br />
JISは、世界各国の大学を受験する生徒をバックアップし、サポートしてくれる制度があり、インターならではの良さを持った学校でした。<br />
<br />
<strong>後輩への応援メッセージ</strong><br />
<br />
<table>
	<tbody>
		<tr>
			<td>正直、私は勉強が嫌いなので（笑）、在学中、授業には出ていたものの、宿題は雑に終わらせていたことは、ちょっと反省しています。ただ、個性的な先生が多く、雑談とも言える面白い話や説教を聞いたり、スポーツや音楽など、勉強以外の活動を楽んだりしていました。</td>
			<td>
			<img src="/50/img/report_s19sato3.jpg" alt="" width="150" height="112" />
			</td>
		</tr>
	</tbody>
</table>
<br />
<table>
	<tbody>
		<tr>
			<td>
			<img src="/50/img/report_s19sato7.jpg" alt="" />
			</td>
			<td>１２年生の夏に予備校に通ってから、やっと勉強を始め、その面白さに気づき、それに学生生活で体験して学んだことを活かして、大学受験に挑みました。勉強はするに越したことはないのですが、海外にいたからには、日本で感じることのできないなにかを見つけ、個性を磨いてユニークな人になって欲しいと思いま	す！</td>
		</tr>
	</tbody>
</table>
<br />
<strong>Jakarta International School（JIS） ：</strong><br />
<a href="http://www.jisedu.org/">http://www.jisedu.org/</a><br />
<br />
</div>
]]></description>
         <link>http://www.rtnproject.com/2010/04/_vol19_1.html</link>
         <guid>http://www.rtnproject.com/2010/04/_vol19_1.html</guid>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">5002)活動報告</category>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">60)活動報告</category>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">6000)世界の学校から</category>
        
        
         <pubDate>Sat, 24 Apr 2010 07:06:12 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>インターン・ガイダンス2010　エントリー手順</title>
         <description><![CDATA[<div>
以下、ひとつでも漏れがあると、ガイダンスを含め、ＲＴＮプロジェクトの支援を受けられなる可能性があります。一つ一つ、確実に行ってくださるようお願い致します。<br />
<br />
１）&nbsp;&nbsp; &nbsp;まず、<a href="/rtnintern_entry.html"><u>エントリー・フォーム</u></a>に、必要事項を全て記入の上、お申し込み下さい。<br />
<br />
２）&nbsp;&nbsp; &nbsp;それと同時に、ＲＴＮネットワークにご登録下さい。<br />
ＳＮＳへのご登録は(漢字)実名でお願い致します。<br />
一般には非公開でも構いませんが、マイフレンドには公開願います。<br />
<a href="http://www.rtn-net.com/">http://www.rtn-net.com/</a><br />
<br />
３）&nbsp;&nbsp; &nbsp;SNSに登録完了後、イメージをアップして下さい。<br />
イメージは、自分の顔写真はもちろん、好きな写真や画像などでも構いません。<br />
<br />
４）&nbsp;&nbsp; &nbsp;以下の「就活生フォーラム」にご参加下さい。<br />
<a href="http://www.rtn-net.com/?m=pc&amp;a=page_c_home&amp;target_c_commu_id=6">http://www.rtn-net.com/?m=pc&amp;a=page_c_home&amp;target_c_commu_id=6</a><br />
ガイダンス等の連絡は、全てＳＮＳ内の「就活生フォーラム」で行います。<br />
<br />
お疲れ様でした。これで、エントリーは全て完了です。<br />
<br />
なお、個人情報の取り扱いについては、<a href="/2007/10/privacy.html"><u>プライバシー・ポリシー</u></a>を遵守しております。<br />
<br />
詳細等については、以下にお問い合わせ下さい。<br />
<u><a href="mailto:info@rtn-net.com">info@rtn-net.com</a></u><br />
<br />
それでは、当日、会場でお待ち申し上げます。<br />
それまでは、「就活生フォーラム」その他をご活用下さい。<br />
<br />
ＲＴＮプロジェクト　広報部<br />
</div>
]]></description>
         <link>http://www.rtnproject.com/2010/04/2010_2.html</link>
         <guid>http://www.rtnproject.com/2010/04/2010_2.html</guid>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">2020)イベント</category>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">ニュース・イベント</category>
        
        
         <pubDate>Fri, 23 Apr 2010 22:09:21 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>インターン・ガイダンス2010　詳細情報</title>
         <description><![CDATA[<div>
<span style="color: #ff0000">追加募集分も含め残席０になりましたので、エントリーを終了致します。<br />
これ以降はキャンセル待ちとなります。<br />
たくさんのエントリーありがとうございました。<br />
</span><br />
<span style="color: #ff0000">ご要望が大変強いので、１０名のみ追加募集致します。<br />
定員に達し次第、募集を終了いたしますので、申し込みはお早めに！<br />
</span><br />
<span style="color: #ff0000">たくさんのエントリーありがとうございます。<br />
定員に達しましたので、エントリーを終了させていただきます。<br />
増席が可能であれば、再度お知らせ致します。</span><br />
<br />
１０年度夏のインターン向けのガイダンスの詳細が決定致しました。<br />
<br />
今年の「夏のインターン・ガイダンス」は冒頭から実践的です。ＲＴＮプロジェクト就活塾主宰すどうが就活やインターンについて概況説明を行い、実例を交えながら、ESの実践的指導を行います。<br />
<br />
パネル・ディスカッションには、みなさんの先輩方、就活を終えたばかりの４年生ＯＢ・ＯＧをお招きして、就活生の生の声をお届けします。<br />
<br />
今回は、会場のキャパシティがないので、５０名限定とさせていただきます。ですから、直前のキャンセルはご遠慮願います。連絡がない場合は、次回以降、RTNプロジェクトの就活支援イベントのエントリーをお受けできなくなるかもしれません。<br />
<br />
また、エントリーと同時に、登録がお済でない方は、ＳＮＳ「RTN Network」に登録し、「就活生フォーラム」と所属大学フォーラムに参加をお願いします。<br />
<br />
上記２点が、エントリーの条件になりますので、よろしくお願い致します。<br />
<br />
なお、ＲＴＮプロジェクト就活塾2010の概要は、<a href="/2010/03/2010_1.html"><u>こちら</u></a>からご覧ください。<br />
<br />
<strong>主宰　すどうさん</strong>（<a href="/65/6501/"><u>こちら</u></a>から）<br />
<br />
<strong>【イベント名】　RTN Project 「夏のインターン・ガイダンス2010」</strong><br />
<br />
<strong>【開催日】</strong>５月２３日（日曜）<br />
<br />
<strong>【開催場所】</strong><br />
<br />
国立オリンピック記念青少年センター　センター棟５１３教室<br />
<a href="http://nyc.niye.go.jp/">http://nyc.niye.go.jp/</a><br />
場所は以下でご確認ください<br />
<br />
<iframe width="450" height="400" frameborder="0" scrolling="no" marginheight="0" marginwidth="0" src="http://maps.google.co.jp/maps?hl=ja&amp;lr=&amp;ie=UTF8&amp;q=%E5%9B%BD%E7%AB%8B%E3%82%AA%E3%83%AA%E3%83%B3%E3%83%94%E3%83%83%E3%82%AF%E8%A8%98%E5%BF%B5%E9%9D%92%E5%B0%91%E5%B9%B4%E7%B7%8F%E5%90%88%E3%82%BB%E3%83%B3%E3%82%BF%E3%83%BC&amp;near=%E6%9D%B1%E4%BA%AC%E9%83%BD&amp;fb=1&amp;split=1&amp;gl=jp&amp;cid=0,0,8355391103327143777&amp;ei=F8jqSZOoFcWNkAWf08GmCA&amp;ll=35.676699,139.6929&amp;spn=0.006972,0.009656&amp;z=16&amp;output=embed"></iframe><br /><small><a href="http://maps.google.co.jp/maps?hl=ja&amp;lr=&amp;ie=UTF8&amp;q=%E5%9B%BD%E7%AB%8B%E3%82%AA%E3%83%AA%E3%83%B3%E3%83%94%E3%83%83%E3%82%AF%E8%A8%98%E5%BF%B5%E9%9D%92%E5%B0%91%E5%B9%B4%E7%B7%8F%E5%90%88%E3%82%BB%E3%83%B3%E3%82%BF%E3%83%BC&amp;near=%E6%9D%B1%E4%BA%AC%E9%83%BD&amp;fb=1&amp;split=1&amp;gl=jp&amp;cid=0,0,8355391103327143777&amp;ei=F8jqSZOoFcWNkAWf08GmCA&amp;ll=35.676699,139.6929&amp;spn=0.006972,0.009656&amp;z=16&amp;source=embed" style="color:#0000FF;text-align:left">大きな地図で見る</a></small>
<br />
<br />
<strong>【対象】</strong>今夏にインターンを考えている海外生活体験のある大学生＆大学院生<br />
または、将来グローバルワイドに活躍することを志している大学生＆大学院生<br />
<br />
<strong>【当日のスケジュール】</strong><br />
<br />
受付開始：17時45分<br />
開始時間：18時00分<br />
終了時間：22時00分<br />
※&nbsp;&nbsp; &nbsp;講義90分、パネル・ディスカッション30分 、懇親＆懇談90分<br />
※&nbsp;&nbsp; &nbsp;間に休憩が２回ほど入ります。<br />
<br />
<strong>【費用】</strong>500円<br />
<br />
<strong>【ドレス・コード】</strong>私服でお願いします<br />
<br />
<strong>【申し込み方法】</strong>エントリーをご希望の方は、<a href="/2010/04/2010_2.html"><u>エントリー・フォーム</u></a>に、氏名・連絡先アドレス等をご記入の上、送信してください。<br />
<br />
なお、個人情報の取り扱いについては、<a href="/2007/10/privacy.html"><u>プライバシー・ポリシー</u></a>を厳守しております。<br />
<br />
詳細等については、以下にお問い合わせ下さい。<br />
<a href="mailto:info@rtn-net.com">info@rtn-net.com</a><br />
<br />
<strong>【注意】</strong><br />
<br />
■当日は時間厳守でお願いいたします。<br />
■事前に地図で場所をご確認ください。<br />
<br />
<strong>第１部　就活＆インターンについて学ぼう！</strong><br />
<br />
ＲＴＮプロジェクト就活塾主宰すどうが就活やインターンについて概況説明し、ESについて実践的な指導を行います。<br />
<br />
<strong>第２部　先輩に会おう！　～４年生OB・OGの話を聴く～<br />
【パネル・ディスカッション】</strong><br />
<br />
パネル・ディスカッションには、みなさんの先輩方、就活を終えたばかりの４年生ＯＢ・ＯＧをお招きして、就活生の生の声をお届けします。<br />
<br />
テーマ ： 「大学３年の夏はどうすごすべきか？」<br />
「インターンに行くべきか否か」<br />
「インターンに行くならどこに行く？」<br />
「どうすればインターンに行けるのか？」<br />
その他<br />
<br />
<strong>第３部　先輩方と懇談です！<br />
【懇談会】</strong><br />
<br />
主宰すどう、および、学生OB・OG１０名程度<br />
<br />
以下、ゲストの夏のインターン先です。<br />
<br />
A.T.カーニー、アクセンチュア、ローランドベルガー、富士通総研、JPモルガン、モルガン・スタンレー、ゴールドマン・サックス、クレディスイス、メリルリンチ、バークレイズ、UBS、BNPパリバ、ドイチェ、野村證券、大和ＳＭＢＣ（現大和CM）、日興コーディアル証券、三菱東京UFJ銀行、第一生命、三菱商事、三井物産、三井不動産、グリー、P&G、マクロミル、ビービット（以上重複あり）<br /> 
<br />
</div>
]]></description>
         <link>http://www.rtnproject.com/2010/04/2010_3.html</link>
         <guid>http://www.rtnproject.com/2010/04/2010_3.html</guid>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">2020)イベント</category>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">ニュース・イベント</category>
        
        
         <pubDate>Fri, 23 Apr 2010 22:09:21 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>帰国子女大学入試・合格体験記vol.34</title>
         <description><![CDATA[<div class="sectionh2">
<table class="layout2">
	<tbody>
		<tr>
			<td>
			<img src="http://www.rtnproject.com/50/img/interviewee_s_147_profile.jpg" alt="interviewee_s_147_profile.jpg" width="150" height="150" />
			</td>
			<td>吉江奏太さん。1989年生まれ。小学6年生から高校卒業まで米国カリフォルニア州サンノゼ、サンタバーバラに滞在。Dos Pueblos High Schoolに通う。高校ではバスケ部に所属し、州大会CIFに出場。高校卒業後、日本に帰国し、一橋大学経済学部に入学。現在３年 に在籍中。大学では開発金融を専攻し、バスケ・サークル代表を務める。国立バスケットボール・リーグ2010主催者。</td>
		</tr>
	</tbody>
</table>
</div>
<br />
<h3>【一橋大学経済学部合格】</h3>
<div class="h3_body">
<strong>＜国立大学受験について＞</strong><br />
<br />
まず、私は日本に帰国する前までは、大学受験対策を全くしませんでしたし、一橋大学の名前すら知りませんでした。また、統一試験のSATは、高校を卒業する２ヵ月前に実施される試験を受けただけで、３ヵ月ほどしか勉強しなかったので、非常に低い点しか取れませんでした。その結果、私立大学の試験は、ほぼ全て書類審査で落とされました。一橋大学の入学試験は、他の大学と比べて統一試験のスコアは重視されないということを予備校の講師から聞き、もう後がない立場にいた私は、受験することを決意しました。<br />
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一橋大学の入学試験は２月から始まります。つまり、私立大学を受験される人たちよりは、勉強する期間が長くなります。ですから、受験へのモチベーションを高く持続することが非常に重要になります。予備校に通っているのであれば、私立大学志望の人たちが受験を終え、遊んでいるのを見かけると思いますが、彼らの誘惑に負けてしまわないようにしてください。目先の楽しみよりも、より良い大学の合格のために勉強するのが最優先です。<br />
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また、受験対策の期間が比較的長いとはいえ、多くの人は海外の高校を卒業してから試験まで半年ほどしかありません。したがって、自分が合格するには何を徹底的に勉強していくべきか把握し、受験スケジュールを組み立てることも重要になります。では、これから、個人的に、どのように受験対策を行ったかを説明します。<br />
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<strong>＜入試対策＞</strong><br />
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一橋の入学試験には、対策することが三つあります。一つは、英語試験です。英語に関しては、過去問を解きつつ、出題される問題の形式と傾向を完全に把握することを目標としていました。一般的な帰国子女にとって、問題は英語力ではなく、いかに試験の形式に慣れることができるかどうかだと思います。一橋の試験においては、長い英文を的確に和訳することが頻繁に問われていたので、英語の新聞やインターネットのサイトに書かれている文章などを、日本語に訳す練習を毎日していました。試験形式とその傾向を理解し、自分の弱点だと思われる問題を解けるように、繰り返し練習していくことが重要だと思います。<br />
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二つ目の対策は小論文です。英語よりも小論文の出来が非常に悪かったので、試験日の２ヵ月前からは、ほぼ小論文しか対策していなかったと思います。なぜなら、１２月頃になっても、予備校での小論文の評価は悪く、非常に焦っていたからです。この科目も英語と同様に、とにかく過去問を解いていました。試験当日まで、どのような分野の小論文が出題されるかわかりません。したがって、経済学、法学、社会学といったあらゆる分野で、自分なりの議論を論理的に展開できるように、本や新聞などを通じて各分野の知識を頭にたたきこんでいました<br />
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小論文対策で非常に役立ったのが、予備校の講師に言われて作成した「ネタ帳」です。ネタ帳には、新聞の記事に掲載されている時事問題や新書などで読んだ各学問分野の議論などをまとめていました。そして、それらを覚え、小論文の出題分野に応じた知識を使えるように準備していました。新書は一冊200ページほどですが、内容がとても濃いものも多く、受験期に30冊ほど読みました。私は経済学部志望だったので、経済学に関連した新書を主に読んでいました。時事問題や各分野の知識を小論文に取り入れることで、自分の文章に説得力が増し、また議論の内容も深くなるので、小論文の評価もそれだけ高くなります。<br />
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また、試験当日の小論文を書く時間は１時間程度しかありません。自分の書いた小論文の内容がいくら優れていても、制限時間内に書けていないと、それは審査側から見たときに小論文として認めてくれません。したがって、知識の蓄積も重要ですが、それをいかに早くアウトプットできるかが勝負となります。私は過去問の模試を何度も解いていましたが、なかなか時間内に書き終えることができませんでした。そこで、まず小論文をそもそも書くことをやめて、問題の出題内容を読んだときに、瞬時にどのような知識や議論を用いるのが適切か考える訓練をしていました。<br />
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三つ目の対策は、二次試験である面接です。面接でまず考えるべきことは、面接官が何を求めているかということです。面接官は、基本的に、受験者が合格するに値する人物なのか判断しているだけだと思ったので、志望している学部で勉強する内容の知識や常識を踏まえつつ、熱心に自分の考えを主張しました。相手が求めている人材に合うように自分をアピールすることが重要だと思いました。<br />
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面接では、志望理由や時事問題など、様々な質問を聞かれます。そのため、事前にどのような質問をされるか想定し、答えられるように準備していました。また、なぜ自分は一橋大学を志望して、なぜ経済学部なのか、そして、なぜそう思ったのか、自分で自分を問い詰めて、考えを掘り下げることもしました。つまり、自分の考えに疑問を持たれても、的確に答えられるように準備することが必要です。<br />
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また、面接官にたまに厳しい質問を投げかけられることもありましたが、そのときこそ焦らずに、数秒考えてから答えるようにしていました。受験の時期に話題になっていたある経済政策