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      <title>RTN Project / アールティーエヌプロジェクト</title>
      <link>http://www.rtnproject.com/</link>
      <description>RTNプロジェクトは、帰国子女などの海外生活体験者のネットワークを構築し、それをweb2.0的な「プラットフォーム」化しようというプロジェクトです。帰国生を対象とした大学入試・受験ガイダンスや就活支援セミナーなどのイベント情報、海外生体験者のインタビューなどを掲載しています。</description>
      <language>ja</language>
      <copyright>Copyright 2012</copyright>
      <lastBuildDate>Thu, 02 Feb 2012 01:28:37 +0900</lastBuildDate>
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      <docs>http://blogs.law.harvard.edu/tech/rss</docs> 

            <item>
         <title>グローバルビジネス新規事業提案ワークショップ</title>
         <description><![CDATA[<div>
株式会社ネクスト様のご協力をいただき、急遽セミナーを企画いたしました。<br />
採用に直結するような２日間に渡るインターンシップスタイルです。<br />
就活に出遅れたと思う方にも、スキルトレーニングの場として最適なプログラムです。<br />
現在確定している参加企業は、NTTデータ様とベンチャー企業のWebCrew様。<br />
他にも２、３社様の参加の予定です。確定次第お知らせ致します。<br />
<br />
株式会社ネクスト<br />
<a href="http://www.next-group.jp/">http://www.next-group.jp/</a><br />
株式会社NTTデータ<br />
<a href="http://www.nttdata.co.jp/">http://www.nttdata.co.jp/</a><br />
株式会社ウェブクルー<br />
<a href="http://www.webcrew.co.jp/">http://www.webcrew.co.jp/</a><br />
<br />
昼食＆懇親会も含めすべて無料です。<br />
是非この機会をお見逃しなく！<br />
<br />
エントリーをご希望の方は、<a href="http://www.rtnproject.com/2011/11/2011_5_2.html">エントリー・フォーム</a>に、氏名・連絡先アドレス等を全てご記入の上、送信してください。<br />
PCアドレスは個人のパーマネント・アドレスをご使用ください。大学のアドレス等は受け付けておりません。<br />
<br />
なお、個人情報の取り扱いについては、<a href="/2007/10/privacy.html">プライバシー・ポリシー</a>を厳守しております。<br />
<br />
以下、ワークショップの説明です。<br />
<br />
過去２回の開催において、参加した学生の方々から高い評価を得ている<br />
ネクスト・キャリア教育サービス主催のワークショップです。<br />
その第３回目を<span style="color: #ff0000">「留学生」と「帰国子女」の方を対象</span>にして開催致します。<br />
<br />
<span style="color: #ff0000">グローバルビジネスへの関心</span>が高く、外国人留学生と１年以上の留学経験のある帰国子女が、<br />
お互いの出身国の違いによるニーズの差やチャンスの幅を体感し、<br />
ビジネスの可能性、将来性、成長性を議論し、グループで企画を行う<span style="color: #ff0000">コンテスト形式のワークショップ</span>です。<br />
<br />
<span style="color: #ff0000">自身の成長、知識、経験、切磋琢磨の出来る仲間を得られる</span>だけでなく、<br />
学生同士が出したビジネスプランを、実際に<span style="color: #ff0000">グローバル展開をしている企業の方々が審査することで、<br />
企業と直接つながりを持つ</span>ことができるイベントとなっています。<br />
<br />
また今回のイベントでは、世界経済フォーラム（ダボス会議）において<br />
「ヤング・グローバル・リーダーズ2010」に選出された<br />
<span style="color: #3366ff"><strong>ライフネット生命 代表取締役副社長 岩瀬大輔 様</strong></span>をゲストにお迎えしての講演も予定しています。<br />
<br />
今後グローバルな活躍を意識している方にとって、実際に世界を舞台に大活躍されている岩瀬様のお話を<br />
直接非常に近い距離で聞くことは、今後の<span style="color: #ff0000">企業選択・起業をする際に得難い機会</span>になると考えております。<br />
<br />
これからグローバル企業で活躍をしたい、<br />
グローバル企業における新規ビジネス立案を学びたい、<br />
グローバルイノベーションのヒントを知りたい、<br />
実際に現在最前線で活躍をされている方の話を聞いてみたいなど、<br />
「グローバルビジネス」をキーワードに充実した内容を提供させていただきます。<br />
チャレンジ精神あふれる学生の皆様の参加をぜひお待ちしております！<br />
<br />
<div style="text-align: center">
<img src="http://www.rtnproject.com/globus.jpg" alt="globus.jpg" width="230" height="173" />
</div>
<br />
<strong>開催概要<br />
プログラム</strong><br />
1日目<br />
09:00～：<br />
<br />
<strong>「グローバルビジネス新規事業提案ワークショップ」</strong>※昼食含む<br />
<span style="color: #3366ff">グループワーク：ファシリテーション<strong>今聴夫 氏</strong></span><br />
1.世界の「不」を想像する（体験共有、事情理解）<br />
2.ビジネステーマ設定<br />
3.ビジネスアイディアワーク<br />
<br />
<strong>「ご協賛企業様のグローバル展開のプレゼンテーション」</strong><br />
18:00～：<br />
<strong>「（仮）グローバルリーダーとは」</strong><br />
<span style="color: #3366ff">講演：ライフネット生命　副社長<strong>岩瀬大輔 様</strong></span><br />
<br />
2日目<br />
09:00～：<br />
<br />
<strong>「グローバルビジネス新規事業提案ワークショップ」</strong>※昼食含む<br />
<span style="color: #3366ff">グループワーク：ファシリテーション<strong>今聴夫 氏</strong></span><br />
1.ビジネスアイディアワーク<br />
2.学生によるプレゼンテーション＆コンテスト<br />
ご協賛企業様による評価をフィードバックしていただきます。<br />
18:30～：<br />
懇親会＆コンテスト結果発表（<span style="color: #ff0000">優勝・各企業様の特別賞</span>）<br />
20:30　：<br />
終了<br />
※当日のプログラム内容については一部変更する可能性があります。<br />
<strong>日　　時：</strong><br />
<span style="color: #ff0000"><strong>2012年2月21日(火)　9:00-20:30<br />
2012年2月22日(水)　9:00-20:30</strong></span><br />
<strong>場　　所：</strong><br />
品川フロントビル　３Ｆ（株式会社ネクスト　会議室）<br />
（東京都港区港南2-3-13　品川フロントビル）<br />
<strong>費　　用：</strong><br />
<span style="color: #ff0000"><strong>無料</strong></span><br />
（※昼食・懇親会含む）<br />
<strong>定　　員：</strong><br />
<span style="color: #ff0000">2013年度卒業予定の大学生及び大学院生</span>限定<br />
<span style="color: #ff0000">40名限定</span>（※留学生枠20名程度、帰国子女枠20名程度）<br />
<span style="color: #ff0000">※応募者多数の場合、電話面談等で選考させていただきます。<br />
※最終連絡は2/15（水）までにご連絡させていただきます</span><br />
<strong>参加資格：</strong><br />
外国籍留学生及び1年以上の海外生活経験のある就活生<br />
<strong>応募締切</strong><br />
：<span style="color: #ff0000">2012年2月10日（金）</span><br />
<br />
<span style="color: #3366ff"><strong>岩瀬　大輔（いわせ　だいすけ） 様</strong></span><br />
ライフネット生命保険株式会社　代表取締役副社長<br />
<br />
1976年　埼玉県生まれ<br />
1998年　東京大学法学部を卒業後、ボストン・コンサルティング・グループ、<br />
リップルウッド・ジャパン（現RHJインター ナショナル）を経て、<br />
ハーバード経営大学院に留学。<br />
同校を日本人では4人目となる上位5％の成績で卒業。<br />
2006年 ライフネット生命保険の設立に参画。2009年2月より現職。<br />
世界経済フォーラム（ダボス会議）<br />
「ヤング・グローバル・リーダーズ2010」選出。<br />
日経ビジネス「チェンジメーカー・オブザイヤー 2010」受賞。<br />
<br />
<strong><span style="color: #3366ff">今 聴夫（こん・きくお） 氏</span></strong><br />
株式会社ネクスト　新規事業本部　キャリア教育グループ長<br />
<br />
1988年　株式会社リクルート入社　インターネット黎明期において、<br />
複数のネットサービス、ネットワークゲーム合弁会社の<br />
立ち上げに従事。<br />
その後、フリーペーパーのクーポンサイト責任者として、<br />
事業のネット化を推進。<br />
2006年　上場オークション運営会社に入社<br />
市場部長として、オークションサイトの事業運営を行う<br />
2008年　ネクスト入社　経営企画部長、人事部長を経て、<br />
社内新規事業提案制度に入賞し、<br />
新規事業開発本部キャリア教育グループ長に就任<br />
<br />
<div style="text-align: right">
以上
</div>
RTN Project 広報部<br />
</div>
]]></description>
         <link>http://www.rtnproject.com/2012/02/globus.html</link>
         <guid>http://www.rtnproject.com/2012/02/globus.html</guid>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">2020)イベント</category>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">ニュース・イベント</category>
        
        
         <pubDate>Thu, 02 Feb 2012 01:28:37 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>海外生活体験者・学生インタビューvol.168</title>
         <description><![CDATA[<div class="sectionh2">
<table class="layout2">
	<tbody>
		<tr>
			<td>
			<img src="http://www.rtnproject.com/50/img/interviewees_g_168_profile.jpg" alt="interviewees_g_168_profile.jpg" width="150" height="113" />
			</td>
			<td>ティティラット・ティップサムリットクンさん。タイ・スパンブリー県出身。中学まで現地校で学んだ後、タイ政府の長期海外派遣留学プログラムに参加して来日。東京学芸大学付属高校に派遣され、高校時代を過ごす。同校を卒業した後、京都大学法学部に入学。大学では国際法学研究会に所属し、数多くの国際模擬裁判・弁論大会に参加する。現在は４回生で、国際政治経済分析ゼミに所属している。次は神戸大学の国際協力研究科で国際法を専攻する予定。</td>
		</tr>
	</tbody>
</table>
</div>
<br />
<div class="h3_body">
<strong>タイ政府の派遣留学プログラム</strong><br />
<br />
<strong>―まずはじめに、先輩が日本に来ることになった経緯を教えてください。</strong><br />
<br />
私は、タイのバンコクから程近いスパンブリー県出身で、中学校３年まで地元の県立学校に通っていた。中高一貫だったけど、そのまま高校に進学しようとは思っていなかった。ちょうどその頃、タイ政府が長期海外留学派遣プログラムの参加者を募集してて、いいチャンスだと思って受けたら通った。<br />
<br />
幼い頃から、両親と頻繁に国内旅行に行ってたから、新しいことや外の世界に対する関心が元から強かったのかもしれないね。それに、タイでは海外留学が盛んなんだけど、大抵一年程度のもので、どうしても遊び気分、お客様気分になっちゃう子が少なくないのよね。私はそういうのが嫌で、長く留学して現地社会に溶け込んでみたかった。<br />
<br />
そういったことを踏まえると、政府の留学プログラムは、高校、大学、そして本人が希望する場合には、大学院まで留学先の授業料と生活費を支給してくれるから、非常に魅力的だったのよ。その代わり、帰国後は海外滞在期間の倍の期間だけ、タイで公務員になることが義務付けられているの。<br />
<br />
<strong>―それにしてもすごいプログラムですね。日本では聞いたことがありません。</strong><br />
<br />
そうかな。日本でも、高度成長期あたりまでなら、似たような制度があったはず。かつての日本がそうだったように、タイのような発展途上の国では、海外で高度な教育を受けた人材が不足していて、いても大抵はより待遇のよい先進国に行ってしまうの。かと言って、海外から人材を呼んでも、必ずしもタイの事情を分かってくれるとは限らない。だから、こういったプログラムを通じて、タイに残ってくれるような自前の人材を養成することが必要なわけ。<br />
<br />
案外知られていないかもしれないけど、日本って毎年多くの留学生をアジア諸国などから呼び込んでいるのよ。また、よく言われるように、今の日本の大学生ってあまり海外に留学したがらないから、日本政府は逆に海外から優秀な人材を呼び込む制度をとっているの。卒業して日本に残って働く人も多いし、帰国しても親日派になってくれるしね。<br />
<br />
<strong>―なるほど。ところで、数ある派遣留学先の中で、先輩が日本を選ばれたのはなぜですか？</strong><br />
<br />
タイ政府の留学プログラムは、複数の派遣先から選択できるんだけど、高校から行ける国はそう多くなくて、その数少ない選択肢のうちの一つが日本だった。<br />
<br />
それに、私としても、日本には前々から関心があった。日本人はあまり意識しないかもしれないけど、アジアの人から見ると、日本ってアジアに属しているのに、西洋の文化や法制度、政治制度などをうまく取り入れられている。そのやり方はアジアの他の国のモデルにもなりうる。<br />
<br />
<strong>ドラマの会話は「きれい」な会話</strong><br />
<br />
<strong>―高校から日本に来られたということですが、日本に来る前に日本語を学ばれたのですか？</strong><br />
<br />
いいえ、全然。全くしゃべれなかった。だから、日本に来てからは、まず日本語学校に通ったの。みんな留学生同士で、下手な日本語だったけど、とりあえず日本語を話しまくったのは、今ではよい思い出よ。日本語学校には一年半ほどいて、その後は東京学芸大付属高校に入学した。<br />
<br />
<strong>―そうは言っても、先輩の日本語は本当にうまいと思います。留学生の方によくある訛りとかほとんどないですし。</strong><br />
<br />
そりゃ、それなりに勉強したからね（笑）　高校に入っても、日本人の友だちが話す日本語のアクセントを意識して学ぶようにしたし、後は日本のいつもドラマを見てた。考えてみればわかるけど、ドラマの中で役者さんたちが交わす会話って、通常の日常会話にはない、非常に「きれい」な会話なんだよね。<br />
<br />
それに、日本の高校で日本人の学生たちと一緒に勉強できたことも大きかったと思う。学芸大附属って、帰国子女や留学生を頻繁に受け入れているせいか、みんなどこか「慣れてる」。ほら、日本人って、留学生が間違った日本語を話していても、遠慮して訂正してくれなかったりすることがよくあるじゃない。<br />
<br />
日本語を学ぶ側からすると、それは困るのよね。自分の日本語を改善することができないし、こちらも今話している日本語は間違ってるんじゃないかと、いちいち気を使わなければなれなくなる。それくらいなら、むしろ笑い飛ばしてほしいというか（笑）<br />
<br />
その点、高校の友だちは、みんな日本人を相手にするのと同じ感覚で私に接してくれた。私が変な日本語を話すと、みんな大笑いして、それから私に正しい日本語の話し方を教えてくれたの。恥ずかしいと思ったこともあったけど、遠慮してくれなくて、こちらとしてはむしろ気が楽だった。<br />
<br />
<strong>―学芸大付属高校の授業はどんな感じでしたか？</strong><br />
<br />
一言で言うと、「実験校」みたいだった。学芸大附属って、文系理系を問わず最初の２年はみんな全く同じ科目を勉強するけど、３年生になれば自由に授業を選択することができるの。先生もみんな自分の教えたいことを教えてた。特に印象に残ってるのは、倫理の授業は少人数ゼミナールの形で行われていて、カントとかアリストテレスとか、西洋古典の思想に関する著作を１年通して読み続けたの。その先生曰く「将来実務家になるにせよ、何らかの思想を持つ、少なくともそれらについて知っておくことは重要だ」って。学芸大附属に行けて、本当に良かったって思ってる。<br />
<br />
<strong>新しい環境を求めて</strong><br />
<br />
<strong>―話は変わりますが、京大へはどういった経緯で入られたのですか？</strong><br />
<br />
政府派遣留学生には、通常一般の留学生とは別個に入学枠が確保されているのよ。だから、京大への入学希望をタイの在日大使館に出して、そちらから推薦をもらい、日本側とも交渉してもらったうえで京大に入学した。その京大の特別入試では、小論文と面接試験があった。<br />
<br />
<strong>―京大、しかもその法学部に入られたのには、どういった理由があるのですか？</strong><br />
<br />
日本語学校時代、高校時代に東京にいたことが大きかったかな。東京は非常に刺激的なところだし、友人もできて学生生活も本当に楽しかったのだけど、大学もそのままの調子で続けるのはどうかと思ったの。せっかくの大学生活が高校生活の延長になっちゃうんじゃないかって。だから、そろそろ環境を変えた方がよいのかなと思ったのよ。日本の古都として名高い京都に魅力を感じたことも理由の一つ。<br />
<br />
法学部に入学したのは、最初にも言ったように、私は帰国後タイで公務員になることが義務付けられているから、大学にいるうちに将来に関係しそうな学問分野を学んでみたかったからよ。それに、わかると思うけど、京大法学部って、ほとんど必修がないでしょ。その自由さが気に入った。あと、京大のキャンパスって基本一つになってるから、先輩と後輩が離れ離れになることもないし、先輩たちとの人間関係を作りやすいかなっと思ったの。<br />
<br />
<strong>―大学では今までどんなことをしてきたのですか？</strong><br />
<br />
いろいろやったね。まず、「国際法学研究会（国法研）」というサークルに入った。大学に入学したとき、高校時代にテニス部と写真部に入っていたから、大学でも続けようと思ったのだけど、新歓のときに友達に「一緒に行ってみない？」って誘われて、気づいたら入部していた。<br />
<br />
国法研って、国際法の模擬裁判の大会に参加したりするサークルなんだけど、その大会に参加するために、それこそ一回生の頃からどっぷり国際法に浸かっていた。と言っても、国際法だけじゃなくて、英語、資料のリサーチ、プレゼンのやり方、法的思考とかいろんものを身につけられるサークルでもあった。今年は日本、アジアでの予選を突破して、ワシントンDCで開かれる世界大会にも参加したよ。こういう国際法の模擬裁判って、日本からは法学部生が参加するのだけど、海外のチームからはたいてい大学院生が参加するんで、日本勢が勝ち上がるのは本当に大変。<br />
<br />
<strong>ストラスブール大学へ交換留学</strong><br />
<br />
<strong>―留学もされたと聞きましたが、どこへ行かれたんですか？</strong><br />
<br />
ええ、そうよ。２回生の後期に、フランスのストラスブール大学へ1年間、交換留学に行ったの。とはいえ、留学期間の半分は附属の語学学校で勉強してたから、正規の授業をとっていたのは実質半年程度だったの。<br />
<br />
<strong>―フランスの授業はどんな感じでしたか？</strong><br />
<br />
法学の授業に関して言えば、基本的に日本と同じだね。大教室で大勢の学生に対して先生が講義するというスタイル。先生のフランス語は早口だし、授業が進むのも早くて、ついて行くのは本当に大変だった。<br />
<br />
それでも、フランスで法学の授業を受けたのはいい刺激になったと思う。同じ国際法の授業といっても、フランスの授業なら扱われるのはフランスが関わる事例が多いとか、また日本でやる授業とは視点が違う。また、憲法の授業では、頻繁に改正されているフランス憲法を説明するために、憲法の歴史や政治構造との関係にかなりの時間を割いて解説することが印象的だった。あと、EU法の関係に関する講義も面白かった。<br />
<br />
<strong>アジアの統合のために法律を</strong><br />
<br />
<strong>―最近なにか関心を持っていることなどはありますか？</strong><br />
<br />
そうね&hellip;&hellip;。最近は日本の法律に関心がある。私は今までどちらかというと、法学より政治学の方を学んできたんだけど、そうするとどうしても物事の「大枠しか理解できないのよね。やっぱり法律を学ばないと、物事の構造や、現実の問題をどう解決するかが見えてこない。だから、今さらかもしれないけど、民法や会社法などに興味を持っている。<br />
<br />
<strong>―最後に、先輩は将来タイの公務員になることが確定しているということですが、どの分野の公務員になりたいといった考えはありますか？</strong><br />
<br />
政府側の都合にもよるから、必ずしも私の希望通りになるとは限らないけど、できたらタイの外務省か内閣法制局に入って、内閣が議会に提出する法案を事前に審査したり、海外の法律を研究したりしたいと思う。<br />
<br />
もっとも、大学院まで行かせてくれるから、帰国する前に海外の大学院で修士を取ろうかなって考えてる。まだ具体的に何を研究するかまでは決めかねているけど、フランスに留学した影響からか、今は国際法、特にEU法に関心がある。<br />
<br />
現在、ヨーロッパでは政治的・経済的統合が進んでいるけど、その背景にはEU法によって各国の主権が一部ではあるけど制限・移譲されていることがあると思うの。今後のアジアも同じことが言えるんじゃないかな。つまり、今後アジア諸国もヨーロッパみたいに統合していくんだろうけど、それ際してEU法を研究することは、いかにしてアジアをよりよく統合に近づけていくかを考えるときに大いに参考になるんじゃないかって。もっとも、アジアは政治や文化や宗教などの面で違いが大きいから、EUのモデルをそのままアジアに使えるわけではないだろうけど。<br />
<br />
<strong>東京学芸大学付属高校：</strong><br />
<a href="http://www.gakugei-hs.setagaya.tokyo.jp/">http://www.gakugei-hs.setagaya.tokyo.jp/</a><br />
<strong>京都大学国際法学研究会：</strong><br />
<a href="http://kyotokokuhouken.web.fc2.com/">http://kyotokokuhouken.web.fc2.com/</a><br />
<strong>Universit&eacute; de Strasbourg ：</strong><br />
<a href="http://www.unistra.fr/">http://www.unistra.fr/</a><br />
<br />
<strong>インタビューアーからの一言</strong><br />
<br />
ティティラット先輩には、法学部の国際政治経済分析のゼミで出会いました。英語で話すゼミなのですが、その中でも積極的かつ明確に自分の主張を述べられていて、みんなのディスカッションをどんどん前進させていたのが印象に残りました。話してみると、非常に気さくな方で、勉強や将来に対する私の悩みにも、真摯に相談に乗っていただきました。今回のインタビューでは、法律学や大学卒業以降の進路について意見を交換することができ、非常に有意義でした。それでは、またゼミでお会いしましょう！<br />
</div>
<br />
<table class="layout2">
	<tbody>
		<tr>
			<td>
			<img src="http://www.rtnproject.com/50/img/interviewee_s_141_profile.jpg" alt="50/img/interviewee_s_141_profile.jpg" width="150" height="150" />
			</td>
			<td>吉村政龍。１９８９年東京生まれ。小学５年から高校３年までの８年間を台湾の台北で過ごす。中学と高校はDominican International Schoolに通い、０８年に卒業。同年帰国し、１年間の受験勉強の末、京都大学に入学。現在は法学部３回生。大学では政治経済学と東洋法史のゼミに所属し、法学部学生自治会の活動にも参加。最近は少数民族の人権問題に関心を持っている。２０１１年９月よりアメリカ・ペンシルベニア大学に１年間留学中。</td>
		</tr>
	</tbody>
</table>
]]></description>
         <link>http://www.rtnproject.com/2012/01/vol168.html</link>
         <guid>http://www.rtnproject.com/2012/01/vol168.html</guid>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">50)インタビュー</category>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">5001)学生インタビュー</category>
        
        
         <pubDate>Sun, 15 Jan 2012 02:32:12 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>更新情報1月14日</title>
         <description><![CDATA[<p>
海外生活体験者・学生インタビューvol.168をアップしました。<br />
<a href="/2012/01/vol168.html">http://www.rtnproject.com/2012/01/vol168.html</a>
</p>
]]></description>
         <link>http://www.rtnproject.com/2012/01/114_3.html</link>
         <guid>http://www.rtnproject.com/2012/01/114_3.html</guid>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">2010)ニュース</category>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">ニュース・イベント</category>
        
        
         <pubDate>Sat, 14 Jan 2012 02:52:44 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>更新情報1月11日</title>
         <description><![CDATA[<p>
活動報告 vol.44をアップしました。<br />
<a href="/2012/01/vol44.html">http://www.rtnproject.com/2012/01/vol44.html</a>
</p>
]]></description>
         <link>http://www.rtnproject.com/2012/01/111_1.html</link>
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                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">2010)ニュース</category>
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         <pubDate>Wed, 11 Jan 2012 00:34:40 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>活動報告 vol.44　宮崎紗絵子‏</title>
         <description><![CDATA[<div>
「キャリア教育の変革と普及」を掲げるNPO法人JUKEから、早稲田大学１、２年生向けのキャリアシンポジウムのお知らせです。「自分の本当にやりたいことが分からない」「行動したいけど、なかなか一歩が踏み出せない」悩める早大生の「今いったい、何をすべきなのか？」という疑問の答えを明らかにしていきます。開催は１月１４日（土）早稲田大学戸山キャンパス学生会館３Ｆセミナールームにて。報告者は早稲田大学法学部３年の宮崎紗絵子さんです。<br />
<br />
</div>
<div class="sectionh2">
<table class="layout2">
	<tbody>
		<tr>
			<td>
			<img src="http://www.rtnproject.com/50/img/interviewee_s_160_profile.jpg" alt="interviewee_s_160_profile.jpg" />
			</td>
			<td>宮崎紗絵子。１９８９年生まれ。愛知県出身。高校1年の夏からアメリカ・カリフォルニア州のサンディエゴで暮らし、Rancho Bernardo High Schoolに通う。高校卒業後帰国し、０９年早稲田大学法学部に入学。現在３年に在学。大学では、法律サークルに所属。大学２年の夏は、早稲田大学とKUMONの産学連携プロジェクトに参加し「日本の子育てをもっと元気に！」を掲げて活動。また、夏と春の２度、NPO法人JUKE主催のジョブシャドウィング（一日かばん持ちインターン）に参加。現在は、ジョブシャドウィングプログラム、RTN Projectでのインタビュー活動を通して知ったNPO法人JUKEのスタッフをしている。</td>
		</tr>
	</tbody>
</table>
</div>
<h3>活動報告</h3>
<div class="h3_body">
早稲田大学法学部３年の宮崎紗絵子です。私は「キャリア教育の変革と普及」を掲げるNPO法人JUKEで活動をしています。JUKEでは、１月１４日（土）に、早稲田大学で低学年向けのキャリアシンポジウムを開催します。「自分の本当にやりたいことが分からない」「行動したいけど、なかなか一歩が踏み出せない」悩める早大生の「今いったい、何をすべきなのか？」という疑問の答えを明らかにしていきます。ゲストには、『くたばれ！就職氷河期』（角川SSC新書）などで著名な、就職支援コンサルタントの常見陽平氏をはじめ、豪華ゲストを予定しております。<br />
<br />
<table>
	<tbody>
		<tr>
			<td>また、本イベントでは、春休みにNPO法人JUKEと早稲田大学キャリアセンター共催で運営される「ジョブシャドウィング」プログラムの紹介があります。ジョブシャドウィングとは、様々な企業・職種の社員に一日同行し、どのような仕事をしているか体感することです。米国ではインターンの前段階として多くの企業で採用されており、500万人の派遣実績があると言われています。日本でも政治の世界では「かばん持ち」として知られています。</td>
			<td>
			<img src="http://www.rtnproject.com/50/img/report_44_1.jpg" alt="report_44_1.jpg" width="150" height="113" />
			</td>
		</tr>
	</tbody>
</table>
<br />
２０１２年の新たな目標作り、そして有意義な春休みの過ごし方を考える一歩として、ぜひご参加ください！<br />
<br />
■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■<br />
【ＮＰＯ法人ＪＵＫＥ&times;早稲田大学キャリアセンター共催】<br />
大学１，２年生対象！！※早大生限定※<br />
『新たな年の大きな一歩！自分軸を見つける&quot;ジョブシャドウイング&quot;の使い方』<br />
2012年1月14日（土）　13：30-19：00<br />
■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■<br />
<br />
「自分の本当にやりたいことが分からない」<br />
「行動したいけど、なかなか一歩が踏み出せない」<br />
「自分の考えている今の進路が、本当に自分に合っているか分からない」これからの将来や就活を考えて、漠然と不安になってしまっていませんか？<br />
<br />
実際に目標をもって行動している学生や、第一線で活躍するバックボーンの異なった社会人ゲストの方々をお招きして、双方の視点から将来のキャリア形成について議論し、悩める早大生の「今いったい、何をすべきなのか？」という疑問の答えを明らかにしていきます。<br />
<br />
『くたばれ！就職氷河期』（角川SSC新書）などで著名な、就職支援コンサルタントで実践女子大学、白百合女子大学、武蔵野美術大学などで非常勤講師を務める常見陽平氏もパネリストとしてご登壇される予定です。<br />
<br />
新たな年の目標作りにも、ぜひご活用ください！<br />
沢山のご参加をお待ちしております。<br />
<br />
<table>
	<tbody>
		<tr>
			<td>
			<img src="http://www.rtnproject.com/50/img/report_44_2.jpg" alt="report_44_2.jpg" width="150" height="113" />
			</td>
			<td>【ぜひ参加していただきたい方】<br />
			・自分の本当にやりたいことが分からない方<br />
			・行動したいけど、なかなか一歩が踏み出せないでいる方<br />
			・自分の考えている今の進路が、本当に自分に合っているか分からず悩んでいる方<br />
			・大学生活をもっと充実させたいと思っている方<br />
			</td>
		</tr>
	</tbody>
</table>
<br />
【開催概要】<br />
■日時：2012年1月14日（土）<br />
■場所：早稲田大学戸山キャンパス 学生会館３Ｆセミナールーム<br />
■服装：私服<br />
■参加費：<br />
イベントのみ参加：無料<br />
交流会参加：500円<br />
<br />
■当日タイムスケジュール<br />
13:00 受付開始<br />
13:30 イベント開始<br />
13:50 ジョブシャドウイング説明<br />
13:55 ジョブシャドウイング体験者座談会<br />
14:15 社会人ゲストによるパネルディスカッション<br />
15:30 休憩<br />
15:40 社会人ゲストによる討論会<br />
16:55 ジョブシャドウイングプログラム紹介<br />
（プログラム実施日程、応募方法説明、受入企業紹介）<br />
17:00 休憩<br />
17:10 参加学生によるグループワーク<br />
17:40 アンケート記入<br />
17:50 閉式の挨拶<br />
18:00 交流会<br />
19:00  解散<br />
<br />
交流会では参加学生同士はもちろん、社会人ゲストの方々と直接話すこともできます！<br />
交流会の参加もお待ちしております。<br />
<br />
【JS概要説明】<br />
<a href="http://npo-juke.com/activity/career/jobshadowing/">http://npo-juke.com/activity/career/jobshadowing/</a><br />
<br />
【過去のJS関連イベント情報】<br />
<a href="http://npo-juke.com/result/2011/08/2011863/">http://npo-juke.com/result/2011/08/2011863/</a><br />
<a href="http://npo-juke.com/result/2011/09/20119243/">http://npo-juke.com/result/2011/09/20119243/</a><br />
...etc<br />
<br />
【パネリスト・社会人ゲスト紹介】<br />
◆　常見 陽平 氏<br />
1974年生まれ。北海道札幌市出身。一橋大学社会学部を卒業後、株式会社リクルート、玩具メーカーを経て株式会社クオリティ・オブ・ライフに参加。現在は企業の新卒採用や、大学のキャリア教育・就職支援のコンサルティングを行うほか、講演・執筆活動に没頭している。また、実践女子大学、白百合女子大学、武蔵野美術大学などで非常勤講師を務める。『くたばれ！就職氷河期』（角川SSC新書）などキャリア・就活に関する著書多数。<br />
<br />
※ゲスト情報は随時更新中です！<br />
<br />
■申し込みフォーム<br />
PC用：<a href="http://ws.formzu.net/fgen/S7284916/">http://ws.formzu.net/fgen/S7284916/</a><br />
携帯用：<a href="http://ws.formzu.net/mfgen/S7284916/">http://ws.formzu.net/mfgen/S7284916/</a><br />
<br />
※注意※<br />
今回のイベント参加は、早稲田大学の学生限定です。<br />
大変申し訳ございませんが、他大学の方はお申し込みされてもご参加できませんので、ご注意ください。<br />
<br />
【お問い合わせ】<br />
安田 嵩志：<a href="mailto:y.takashi.1025@gmail.com">y.takashi.1025@gmail.com</a><br />
<br />
</div>
]]></description>
         <link>http://www.rtnproject.com/2012/01/vol44.html</link>
         <guid>http://www.rtnproject.com/2012/01/vol44.html</guid>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">5002)活動報告</category>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">60)活動報告</category>
        
        
         <pubDate>Wed, 11 Jan 2012 00:29:45 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>更新情報12月20日</title>
         <description><![CDATA[<p>
活動報告 vol.43をアップしました。<br />
<a href="/2011/12/_vol43.html">http://www.rtnproject.com/2011/12/_vol43.html</a>
</p>
]]></description>
         <link>http://www.rtnproject.com/2011/12/1220_3.html</link>
         <guid>http://www.rtnproject.com/2011/12/1220_3.html</guid>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">2010)ニュース</category>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">ニュース・イベント</category>
        
        
         <pubDate>Tue, 20 Dec 2011 21:05:34 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>活動報告 vol.43 吉岡利代</title>
         <description><![CDATA[<div align="center">
<img src="/50/img/report_43yoshioka2.jpg" alt="report_43yoshioka2.jpg" width="490" height="170" />
</div>
<br />
今回は、ヒューマン・ライツ・ウォッチの吉岡利代さんから、学生インターン＆ボランティアの募集です。ヒューマン・ライツ・ウォッチは、１９７８年に設立された世界最大級の国際人権NGOで、本部はニューヨークにあり、世界約９０カ国の人権状況を調査・モニターしています。０９年に東京事務所も開設され、日本からも世界中の人権保護に向けた活動を展開されています。グローバルな人権保護に興味のある皆様には、やりがいのある仕事になるかと存じます。<br />
<br />
<div class="sectionh2">
<table class="layout2">
	<tbody>
		<tr>
			<td>
			<img src="http://www.rtnproject.com/50/img/interviewee_s_150_profile.jpg" alt="interviewee_s_150_profile.jpg" />
			</td>
			<td>吉岡利代さん。東京生まれ。中学３年まで東京に在住するが、高校１年のときに、父親の転勤で、アメリカ・ワシントンDCへ。高校３年間を過ごす。国際関係に関心をもち、Academy of the Holy Cross卒業後は、ボストンのタフツ大学へ進学し、国際関係論を専攻、３年次にはイギリスのオックスフォード大学へ交換留学する。０６年に卒業後、帰国し、２年間ゴールドマン・サックスの投資調査部に勤務。０８年８月から、国連難民弁務官事務所UNHCR在日事務所で働き、０９年４月からHuman Rights Watchのスタッフとなり、日本政府に対する政策提言を行っている。</td>
		</tr>
	</tbody>
</table>
</div>
<br />
<h3>活動報告</h3>
<div class="h3_body">
はじめまして。ヒューマン・ライツ・ウォッチの吉岡利代です。<br />
<br />
ヒューマン・ライツ・ウォッチ(本部ニューヨーク、<a href="http://www.hrw.org/ja">www.hrw.org/ja</a>)は、1978年に設立された世界最大級の国際人権NGOで、世界約90カ国の人権状況を調査・モニターしています。2009年4月に東京事務所を開設し、日本からも世界中の人権保護に向けた活動を展開しています。<br />
<br />
現在東京オフィスのスタッフは2名のみで、学生インターンの方々のお力が必要です。国際経験豊かなRTN Projectの皆様に是非インターンとしてお越しいただき、一緒に世界中のひとたちの尊厳を守る活動を広げていければと心から願っています。<br />
<br />
一人でも多くの皆様のご応募をお待ち申し上げております。<br />
<br />
(インターン募集要項）<br />
<br />
<a href="http://www.hrw.org/ja/node/91681">http://www.hrw.org/ja/node/91681</a>に掲載（以下同文）<br />
<br />
国際NGOヒューマン・ライツ・ウォッチ(本部ニューヨーク、<a href="http://www.hrw.org/ja">www.hrw.org/ja</a>)では、東京事務所の活動をサポートするインターンとボランティアを募集しております。勤務地は、東京またはニューヨークです。<br />
<br />
●インターン<br />
2009年4月に設立されたヒューマン・ライツ・ウォッチ(HRW)東京事務所では、日本政府に対し人権を重視した外交政策をとるよう訴える活動を主に行っております。インターンの皆様には、国際NGOの活動の現場にて、人権アドボカシーに多面的に関わって頂きます。具体的な業務内容は、外交政策の調査、HRWが発表するニュースリリースの翻訳、イベントサポート、データベース管理など多岐に及びますが、グローバルな人権保護にご興味のある皆様にとり、やりがいのあるお仕事になるかと存じます。<br />
<br />
応募の条件は以下の通りです。<br />
<br />
1) 英語及び日本語での業務遂行が可能な方<br />
<br />
または<br />
<br />
2) IT関係の専門知識をお持ちの方<br />
<br />
または<br />
<br />
3) 日本の援助政策についての専門知識をお持ちの方<br />
<br />
インターン期間は3ヶ月、週15時間を原則としていますが、ご相談に応じます。勤務地は、東京またはニューヨークです。<br />
<br />
ご興味のある方は、ご希望のインターン期間と勤務地を明記のうえ、<br />
<br />
・letter of interest　（志望動機を記した書面） A4　1枚程度<br />
<br />
・履歴書<br />
<br />
・reference letters 又はreference先　（2名）<br />
<br />
・簡潔なライティングサンプル（2ページ以上、内容は問いません）<br />
<br />
（勤務地ニューヨーク希望の方：提出資料はすべて英語での記載をお願いいたします。勤務地東京希望の方：reference letterは日本語・英語いずれでもかまいません。その他の提出資料につきましては英語の使用が好ましいですが、それが難しい場合には日本語でもかまいません）<br />
<br />
を、<a href="tokyo@hrw.org">tokyo@hrw.org</a>宛てにお送りください。なお、メールの題名は「東京インターン応募」としてください。<br />
<br />
●ボランティア<br />
<br />
東京での活動をお手伝い頂けるボランティアの方も募集しております。内容は、主にイベントサポートですが、ご相談に応じます。ボランティアご希望の方は、ボランティア・メーリングリストに登録させて頂きますので、<br />
<br />
&middot;         お名前<br />
&middot;         ご連絡先（携帯番号、メールアドレス）<br />
&middot;         ご所属<br />
&middot;         どの様なボランティアにご興味があるか<br />
&middot;         ボランティア可能期間・時間（平日夜のみ、週末日中のみ、など）<br />
&middot;         履歴書（あれば）<br />
をお書きのうえ、<a href="tokyo@hrw.org">tokyo@hrw.org</a>宛てにお送りください。なお、メールの題名は「東京ボランティア応募」としてください。<br />
<br />
ご質問、ご不明点等ございましたら、HRW東京事務所(03-5282-5160　<a href="tokyo@hrw.org">tokyo@hrw.org</a>)までお問い合わせ下さい。<br />
<br />
多くの皆様のご応募をお待ち申し上げております。<br />
<br />
HRW東京<br />
<br />
<strong>海外生活体験者・社会人インタビューvol.59〜前編〜</strong><br />
<a href="/2010/05/vol59_1.html">http://www.rtnproject.com/2010/05/vol59_1.html</a><br />
<strong>海外生活体験者・社会人インタビューvol.59〜後編〜</strong><br />
<a href="/2010/06/vol59_2.html">http://www.rtnproject.com/2010/06/vol59_2.html</a>
</div>
<div align="center">
<img src="/50/img/report_43yoshioka3.jpg" alt="report_43yoshioka3.jpg" width="490" height="170" />
</div>
]]></description>
         <link>http://www.rtnproject.com/2011/12/_vol43.html</link>
         <guid>http://www.rtnproject.com/2011/12/_vol43.html</guid>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">5002)活動報告</category>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">60)活動報告</category>
        
        
         <pubDate>Tue, 20 Dec 2011 19:53:30 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>更新情報12月14日</title>
         <description><![CDATA[<p>
海外生活体験者・学生インタビューvol.167をアップしました。<br />
<a href="/2011/12/vol167.html">http://www.rtnproject.com/2011/12/vol167.html</a>
</p>
]]></description>
         <link>http://www.rtnproject.com/2011/12/1214_2.html</link>
         <guid>http://www.rtnproject.com/2011/12/1214_2.html</guid>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">2010)ニュース</category>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">ニュース・イベント</category>
        
        
         <pubDate>Wed, 14 Dec 2011 23:52:22 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>海外生活体験者・学生インタビューvol.167</title>
         <description><![CDATA[<div class="sectionh2">
<table class="layout2">
	<tbody>
		<tr>
			<td>
			<img src="http://www.rtnproject.com/50/img/interviewees_s_241_profile.jpg" alt="interviewees_s_241_profile.jpg" width="150" height="113" />
			</td>
			<td>洞樹玲杏さん。１９９０年カルフォルニア州トーランス生まれ。Palos Verdes Peninsula高校に入学してから多くの帰国子女に出会い、日本の大学に興味を抱く。高校２年生の後半で遅れながらも受験を決意して２００９年に来日する。慶應義塾大学経済学部入学。大学ではYSTスノーボーディングチームや株式研究会に所属。</td>
		</tr>
	</tbody>
</table>
</div>
<br />
<div class="h3_body">
<strong>アメリカ生まれの日本人</strong><br />
<br />
<strong>―早速ですが、生まれ育ちはどこでしたか？</strong><br />
<br />
アメリカのカルフォルニア州のトーランスで生まれました。ロサンゼルスを転々と動き回りましたけど、最終的にはパロスバーデスの閉鎖的なコミュニティで育ちました。<br />
<br />
<strong>―子供の頃はどんな感じだったのでしょうか。</strong><br />
<br />
好奇心に満ち溢れる子だったと思います。常に自分が経験していないことにチャレンジする精神を持っていました。小学校までは、駐在員の家族が多くて、常に新しい友だちや人間関係をつくることが求められていました。もちろん、アメリカ人の友人もいましたが、家に遊びに行くほどの仲ではなかったんです。<br />
<br />
<strong>―なぜアメリカ人の友人と仲がよくなかったのですか？</strong><br />
<br />
子供の頃は、親同士の付き合いが、かなり友人関係に影響されるからだと思います。特に仲が悪かったわけではないのですが、母親が英語が得意ではなかったこともあって、それがひとつの壁のとなりました。しかし、自分はアメリカで生まれたので、アメリカ人という自覚もあったため、英語の勉強をしっかりして、日本人の友だちから離れた時期もありました。<br />
<br />
<strong>―小学校の頃に印象的だった出来事ってあります？</strong><br />
<br />
一番印象的だったのは、小学５年生の頃に、日系人のコミュニティが存在することに気づいたことです。それまで自分と同じ境遇の「アメリカ生まれの日本人」に出会ったことはなかったのです。５年生に進級したときに、クラスが一緒になって、知り合うことができました。住んでいる地区が一緒だったので、一緒の中学校にも進級しました。<br />
<br />
<strong>『火垂るの墓』と『パール・ハーバー』</strong><br />
<br />
<strong>―中学校の生活はどのようなものでしたか？</strong><br />
<br />
地区の問題もあって、小学校からとても離れた場所に移りました。選べる中学校は３つありましたが、多くのアジア系の人々が通うRidgecrestとその他の中学校に分けられました。僕はその他に分類されていたMiralesteに通っていて、他の小学校からの人たちも多かったため、とても新鮮な学生生活を送ることができました。<br />
<br />
中学校に上がると同時に、かなりの責任感が問われます。学校もホームルーム式から生徒が移動する形式に代わり、自分のロッカーがひとつ与えられて、その管理も任されます。僕も何度か時間割を間違えて、４限目に遅れたことが苦い思い出です（苦笑）<br />
<br />
中学校を単体として見てみますと、特徴的にはアジア人が少ない学校でした。ほとんどのアジア人がRidgecrestに行ってしまったため、日本人は自分を入れて片手で数えられるほどの人数でした。ましてや、日本語を流暢にしゃべることが出来る日本人は、小学校の頃からの友だちだけでした。<br />
<br />
<strong>―中学の頃だと人種差別とかの問題は起きません？</strong><br />
<br />
はい。中学校の頃になると、人種の問題を自覚するようになります。メキシコ人や白人が過半数を占めていて、黒人も他の学校に比べると比較的に多かったです。そのため、人種別のグループに固まるようになってきました。ただ、アジア人は勤勉で真面目だったために、あまり差別を受けることがなく、むしろ勉強を教えて欲しいと頼まれるくらいでした。<br />
<br />
一つ印象的な出来事がありました。文学の授業中に『パール・ハーバー』を観覧したことです。アメリカ生まれの日本人としては、第二次大戦はとても複雑な出来事でした。子供の頃に『火垂るの墓』を見たこともあり、両方の視点から戦争を見ることによって、感情が揺さぶられて、思わず授業中に泣いてしましました。<br />
<br />
この出来事がきっかけで、自分のアイデンティティが形成され始めたと思います。家ではすべて日本食で、子供の頃から限りなく日本の子供に近い環境で育てられたんです。しかし、学校では英語漬けの生活を送り、アメリカ人としての教育を受けてきました。そのため、自分が何者であるのかと問い始めるアイデンティティの危機がありました。<br />
<br />
<strong>自分のルーツへの想い</strong><br />
<br />
<strong>―高校に入学してからは何か変わりましたか？</strong><br />
<br />
高校はRidgecrestの近くにあったため、人種の比率が見事逆転しました。中学から続けてきたテニスをしようと思ったのですが、スポーツはシーズンに分けられていて、秋学期から始まることがわかりました。仕方がなく、春学期では体を鍛えるためにクロスカントリーを始めました。<br />
<br />
当時、クロスカントリーというスポーツを全く知らずに入部したのですが、練習の一日目に驚くほど走らされた印象があります。ウォームアップとしてグラウンドを３、４周、それから３ｋｍのワークアウトが始まったのですが、グラウンドを走るだけでもばてていて、とても３ｋｍを走れるとは思いませんでした（笑）<br />
<br />
クロスカントリーを選択した日本人が多かったため、日本語を使う機会が激的に増えました。最初はあまり打ち解けることが出来なかったのですが、練習を頑張っていると９ｔｈの足の早いグループに入れられて分けられて、一緒に遠方で試合をすることもあり、馴染むことができました。<br />
<br />
<strong>―日本の大学に進学することはいつ決めたのですか？</strong><br />
<br />
正直に言うと、日本の大学は東大や早稲田を除くと全く知りませんでした。１１年生になって、大学を検討する時期になり、日本人の友人をあたったりすることで、日本の大学の情報収集をしました。慶應は３年で卒業をして受ける友人がいて、初めて名前を知りました（苦笑）　親が生まれ育ち、自分のルーツがある日本という国をもっと知りたいという思いが強くなって、日本の大学に進学することを決意しました。<br />
<br />
<strong>日本はサブカルチャーの国</strong><br />
<br />
<strong>―高校まで日本語を使う機会がなかったようですが、日本の大学の対策は大丈夫だったのですか？</strong><br />
<br />
日本の大学を検討し始めたのは時期的に遅かったかもしれませんが、アメリカの大学と同様にSATの点数が求められていたから、それほど問題はありませんでした。しかし、字数制限がある小論文を書いたことがなかったため、小論文を書くのが最も苦労したことです。ネタを収集してから、８００字や１６００字の小論文を何度も書き直して、慶應に無事合格することができました。<br />
<br />
<strong>―今まで、日本に来たことはなかったのですか？</strong><br />
<br />
毎年、夏に日本に来る機会はありました。ただ、母方の実家に遊びに行くことが目的だったので、東京や都会に出る機会はあまりなかったんです。東京や神奈川の方に引っ越してから、人々の間の絆をまったく感じなくなりました。日本人は「思いやり」を大切にすると思っていたのですが、相手のためにドアを支え合うなどの些細な行為がなくて驚きました。<br />
<br />
一番驚いたのが、日本人の間ではサブカルチャーは批判するターゲットとなっていたことです。海外の若者はアニメや漫画を通して日本を知っているのに。それ以外は、武士や寿司などという限定された文化しか知れ渡っていません。人気のある日本のアイドルが世界共通で人気があると勘違いしていた日本の人が多かったです。<br />
<br />
<strong>スノーボードと株式売買</strong><br />
<br />
<strong>―大学に入ってからどのような活動をされていたのですか？</strong><br />
<br />
大学に入学してから様々なサークルを体験してきました。その中で、活動重視のサークルを選び、スノーボードと株式研究のサークルに入部しました。経済新人会も大学１年の間所属していましたが、現在の問題の分析に重点をおいていて、それらの解決案を評価しないことに疑問を持って退部しました。<br />
<br />
<strong>―株式研究ですか。どのような活動をされているのですか？</strong><br />
<br />
株式研究会では、企業分析をしたり、証券外務員２級の試験に向けて勉強したりしています。野村證券のバーチャルトレードを通して、実際に株式売買を体験してから、金銭的に余裕のある人は、実際のトレードをしています。僕は株に何らかの法則があると感じたため、勉強中で、将来は株に関する職業に就きたいと思っています。<br />
<br />
<strong>―なるほど。いつから経済に興味を持ったのですか？</strong><br />
<br />
小さい頃の目標は医者でした。ところが、高校に入って医者の家系の人に出会い、現実的な話を様々と教えてもらい、自分が抱いていたのは甘い幻想だと思い知らされました。また、高校の授業の生物学にもあまり興味が持てなくて、一時期自分の方向性見失ったんです。高校４年生になって、経済学の授業で、最も時事的な問題対して非常に高いレベルで分析を行っていました、それで経済に魅力を感じるようになり、大学では経済学を学ぶことに決めました。<br />
<br />
<strong>―それで経済学部に進学したわけですね。今日はありがとうございました。</strong><br />
<br />
<strong>Palos Verdes Peninsula High School ：</strong><br />
<a href="http://www.pvphs.com/">http://www.pvphs.com/</a><br />
<br />
<strong>インタビューアから一言</strong><br />
洞くんとは一緒の高校や予備校に通っていたのにもかかわらず、これまであまり話す機会がありませんでしたが、今回のインタビューを通して、色々と話を聞くことが出来て新鮮でした。日本人とアメリカ人のアイデンティティで揺れながら、悩みも多かったことと思いますが、それを乗り越えて変化を恐れずに、自分の道を明確にしているところに強さを感じました。将来を見据えて勉強をしていて、私も負けないように進んで行きたいです！<br />
<br />
</div>
<table class="layout2">
	<tbody>
		<tr>
			<td>
			<img src="http://www.rtnproject.com/50/img/interviewees_s_59_profile.jpg" alt="interviewees_s_59_profile.jpg" width="150" height="113" />
			</td>
			<td>矢田部洋子。１９９１年山口県生まれ。生まれてすぐ日本国内を転々とした後、５歳まで３年半マレーシアで過ごす。帰国後しばらく東京の学校に通うが再び海外に。高校４年間をアメリカのカルフォルニア州で過ごし、Palos Verdes Peninsula High Schoolを卒業後帰国。現在は一橋大学経済学部２年に在籍。幼い頃から美術が好きで、大学では書道会と創作同好会に所属している。</td>
		</tr>
	</tbody>
</table>
]]></description>
         <link>http://www.rtnproject.com/2011/12/vol167.html</link>
         <guid>http://www.rtnproject.com/2011/12/vol167.html</guid>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">50)インタビュー</category>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">5001)学生インタビュー</category>
        
        
         <pubDate>Wed, 14 Dec 2011 23:11:00 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>更新情報12月12日</title>
         <description><![CDATA[<p>
海外生活体験者・学生インタビューvol.166をアップしました。<br />
<a href="/2011/12/vol166.html">http://www.rtnproject.com/2011/12/vol166.html</a>
</p>
]]></description>
         <link>http://www.rtnproject.com/2011/12/1212_2.html</link>
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                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">2010)ニュース</category>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">ニュース・イベント</category>
        
        
         <pubDate>Mon, 12 Dec 2011 20:22:39 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>海外生活体験者・学生インタビューvol.166</title>
         <description><![CDATA[<div class="sectionh2">
<table class="layout2">
	<tbody>
		<tr>
			<td>
			<img src="http://www.rtnproject.com/50/img/interviewees_s_114_profile_2.jpg" alt="interviewees_gt_61_profile.jpg" width="150" height="113" />
			</td>
			<td>武市大輝さん。１９８８年東京都生まれ。６歳のとき父親の転勤によりアメリカ・オハイオ州へ渡米。９歳までの約３年間、現地の小学校に通い、その後帰国。都内私立の中高一貫校へ６年通い、一橋大学経済学部に入学。現在就活を控えた３年生。総勢180人が所属するテニスサークルの執行部に身を置き、サークル活動中心の生活を送る。勉学では確率論に対する関心が高く、ゼミでは数理ファイナスを勉強中。</td>
		</tr>
	</tbody>
</table>
</div>
<br />
<div class="h3_body">
<strong>―こんにちは。それでは今日1日よろしくお願いします。</strong><br />
<br />
こちらこそ、よろしくお願いします！<br />
<br />
<strong>毎日が楽しかった</strong><br />
<br />
<strong>―ではまず海外滞在経験について教えてください。</strong><br />
<br />
はい。幼少の頃、親の転勤で、６歳から９歳までアメリカのオハイオ州に住んでいました。平日は現地の学校に、土曜日はアクロンにある日本人学校に通っていました。<br />
<br />
<strong>―現地校ということは、言語の壁あったように思うのですが、すぐに馴染めましたか？</strong><br />
<br />
特に問題なかったように思います。当時から好奇心旺盛で、周りに対してオープンだったのが良かったのかと思います。それに言葉の壁と言っても当時はまだ幼稚園生で、言葉ではなく身ぶりそぶりで会話することが多かったですから。<br />
<br />
<strong>―なるほど。アメリカにいて一番苦労したことはなんですか？</strong><br />
<br />
そうですね&hellip;&hellip;。まだ小学生の頃だったためか、特に大きな苦労はなかったと思います。向こうの文化も好きでしたし、向こうの人も私たち日本人に対してなんの偏見も持っていなくて、毎日が楽しかったです。食生活も問題なかったです。<br />
<br />
苦労したのは、むしろ日本語の方かも知れません。日本語の授業は週一度しかありませんでしたし、日本語、特に漢字には慣れるのに時間がかかりました。家では普段日本語で話すのですが、文法的におかしな日本語を使っていて、よく注意されました。<br />
<br />
あと苦労したことと言えば、土地が広くて移動手段が主に車だったために、自分一人では遊びにいけなかったことくらいですかね。<br />
<br />
<strong>―では次に、アメリカでの一番の思い出を教えてください。</strong><br />
<br />
うーん&hellip;&hellip;。アメリカの独特の文化と言いますか、イースターエッグやハロウィーン、友人の誕生会は楽しかったですね。家が遠くて普段会えない分、お祭り事にはみんな集まりますから。でも振り返ってみて、一番感慨深かったのは、通っていた小学校で行われた、日本の文化を知ってもらう小さなお祭りですかね。<br />
<br />
<strong>―面白そうですね。具体的に何をしたのですか？</strong><br />
<br />
直接運営して開催したのは私たち子供でなく、私たち日本人の親です。私の小学校には、他校と比べても、日本人の割合が多く、教師陣とも仲が良かったんです。だから、日本の文化や食生活を体感してもらおうということで、開催することになりました。<br />
<br />
確か学期末に、学校の体育館を借りて、焼きそばや餅、味噌汁を配って、日本の文化に触れてもらいました。当時まだ小学生ということもあって、日本の文化を伝えられたということよりも、友人に自分や自分の生活を強くアピールできたことがとても嬉しかったのを覚えています。<br />
<br />
<strong>―なるほど。それは楽しそうなイベントですね。</strong><br />
<br />
<strong>帰国後は受験、受験</strong><br />
<br />
<strong>―次は帰国後のお話を伺いたいと思います。すぐに日本の文化、学校に馴染めましたか？</strong><br />
<br />
こちらも特に問題なかったですよ。両親がバリバリの日本人で、向の環境下では、全くもってアメリカナイズされていませんでしたし。ただ、後で友人から聞いた話ですが、自己紹介の際にテンションが高くて、英語でハローと挨拶してくる変なやつだったらしいです。漢字の読み書きにも、馴れていくうちに苦労しなくなりました。<br />
<br />
<strong>―えらく陽気な小学生ですね。そういえば、武市さんは中学受験をしたそうですが、どのような対策をしていましたか？</strong><br />
<br />
対策と言っても、小５から塾に通い始めたくらいで、それに通い始めたときは、受験しようなんて全く考えていませんでしたし。<br />
<br />
<strong>―そうなんですか。と言うことは、親の教育方針からですか？</strong><br />
<br />
いえ、自分から通いたいと申し出ました。小４のときに公文式に通い始めたのですが、そのときの理由は、仲のいい友人が習い事をやっていて、暇を持て余していたからですもの。まぁ、今から考えると、やっていてよかったと思えますけど。<br />
<br />
<strong>―なるほど。では中学受験に本腰いれたのも友人の影響ですか？</strong><br />
<br />
まさにその通りかと。私の通っていた小学校では、地区の特色からか、中学受験をする生徒が多かったです。一応私も塾に通っていたので、小６から本腰を入れて勉強を始めました。おかげでどうにか行きたかった中高一貫校に合格出来ました。<br />
<br />
<strong>―おめでとうございます（笑）　では次に中学、高校の時のお話を伺いましょう。まず部活はどこに所属していましたか？</strong><br />
<br />
小学生のときに卓球に夢中だったこともあり、かなり悩んだのですが、親の勧めもあって、太陽の下で体を動かせる軟式テニス部に入りました。男子校ということもあって、とても汗臭かったです（笑）<br />
<br />
<strong>―進学校ということもあって、勉学が大変だったのではないですか？</strong><br />
<br />
そうですね。かなりしんどかったです。勉強以外に色々興味があって、成績はあまりよくなかったですね。それでいて名前に拘り、周りにも流される形で、難易度の高い大学ばかりを受け、1年浪人するはめになりました。<br />
<br />
<strong>―そうですか。でもその１年があったからこそ、一橋大学に入学できたんですよね？</strong><br />
<br />
ええ。最初は理系から文転したこともあって、教科も増え、大変苦労しました。しかし、一日中自習室に籠ることで、集中力もつきましたし、目指していた大学にも入学できたので、結果的には浪人してよかったと思います。<br />
<br />
<strong>サークル活動をまとめ上げる</strong><br />
<br />
<strong>―では最後に大学生、つまり今現在の話を。武市さんはテニスサークルに入っていると聞きましたが。</strong><br />
<br />
はい。「一橋大学硬式庭球同好会」という、名前からもうかがえるような、硬いサークルです。サークル員は１８０人以上いて、学内で一番大きいんですよ。<br />
<br />
<strong>―すごい人数ですね。確か重要な役職についていたと聞きましたが？</strong><br />
<br />
はい。２年間執行部１２人の１人として、サークルの直接的運営に携わってきました。サークルの中心で動いてきたこともあって、人一倍楽しめもしましたけど、その分黒い部分も見えてきて色々考えさせられましたね（笑）<br />
<br />
<strong>ーそうですか。サークル生活で悩んだり、深く考えたりしたことは、具体的になんですか？</strong><br />
<br />
やっぱりサークル全体での意識の共有ですかね。そもそもの人数も多かったですし、部活と違って参加義務がなく、不満も多かったんですよ。サークルからの蒸発も絶えませんでしたし。<br />
<br />
<strong>―なるほど。大変でしたね。。。それに対してどうしたんですか？</strong><br />
<br />
そうですね。私は自分の絡みやすい性格を最大限生かして、サークル員と執行を結ぶパイプ役として奮闘しました。積極的にサークル員と接する機会を増やしたり、鍋や飲みに同学や後輩を誘ったりして、いろんな話をしました。ある意味楽しくもありましたが、やはり色々な不満を聴いていると悲しくもあり、また、大きな組織ということで、その不満解決に向けて動くことの大変さをしみじみと感じました。<br />
<br />
<strong>―バイトはしましたか？　どのようなことをしていました？</strong><br />
<br />
赤ペン先生のようなことをやっていました。具体的には、事務所に行って、生徒からのファックスや電話でくる勉強に関する質問を、その場で答えたり、解答を作ってまたファックスで送り返したりしていました。<br />
<br />
<strong>―なるほど。少し変わった塾講のようなバイトですね。そのバイトはどうでした？</strong><br />
<br />
やはり人に何かを教えるという難しさですね。それに色々工夫して教えても、生徒に教える際は、電話越しであったり、媒体が紙だったりで、相手が目の前にいないこともあって、分かったと言われても本当に理解したのかという確認も難しいのですよ。一応類題を出す等で確認しましたが、結構骨の折れることだと実感しました。<br />
<br />
<strong>―確かに。面と向かっていないと、相手の表情も読めませんし、難しそうですね。では最後にゼミについて教えてください。</strong><br />
<br />
はい。大学では数理ファイナンスをやっています。と言っても、まだ導入段階ということもあって、ゼミ中はひたすら確率などの計算問題をやっています。ゼミ自体は砕けた感じの、フレンドリーな雰囲気で楽しいですよ。あとゼミと言えば、RTN Projectの「能力開発＆人材開発ゼミ」ですかね。<br />
<br />
<strong>―ですね（笑）　そろそろ時間なのでこれまでとしましょう。今日は一日、ありがとうございました！</strong><br />
<br />
いえいえ、こちらこそ。とても楽しかったです。<br />
<br />
<strong>Fort Island Primary School ：</strong><br />
<a href="http://www.copley-fairlawn.org/Domain/248">http://www.copley-fairlawn.org/Domain/248</a><br />
<br />
<strong>インタビューアから一言</strong><br />
<br />
武市さんとは、大学の繋がりもあり話をする機会が多いですが、いつも感じることですが、周りの友だちとの間に壁を作らず、気さくに話している印象があります。一橋硬庭の役職でも、多くの人から意見を聞きだし、それをサークル運営に活かしていました。武市さんだからこそ話しやすい！　そういう雰囲気を醸し出しているからこそ、サークル内でも意見を纏め上げることが出来ているのだと感じました。<br />
<br />
</div>
<table class="layout2">
	<tbody>
		<tr>
			<td>
			<img src="http://www.rtnproject.com/50/img/interviewers_g_166_profile.jpg" alt="interviewees_s_251_profile.jpg" width="150" height="113" />
			</td>
			<td>檀谷貴彦。現在、一橋大学社会学部３年。大学では政治学のゼミを専攻し、第二次世界大戦期以前の国家主義形成に至るまでの国内動向、大戦以降の日本とアメリカの政治的関係の変化についての研究をしている。また、ファッションフリーペーパサークルを友人と立ち上げる。ウェブでの公開をする一方、紙媒体を中心とした配布活動を、大学を中心として行っている。バスケット、野球、テニスなど球技スポーツで体を動かすことが気分転換で、地元では友人と草野球チームで練習をしている。</td>
		</tr>
	</tbody>
</table>
]]></description>
         <link>http://www.rtnproject.com/2011/12/vol166.html</link>
         <guid>http://www.rtnproject.com/2011/12/vol166.html</guid>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">50)インタビュー</category>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">5001)学生インタビュー</category>
        
        
         <pubDate>Mon, 12 Dec 2011 19:47:57 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>更新情報12月9日</title>
         <description><![CDATA[<p>
海外生活体験者・学生インタビューvol.164～後編～をアップしました。<br />
<a href="/2011/12/vol164_1.html">http://www.rtnproject.com/2011/12/vol164_1.html</a>
</p>]]></description>
         <link>http://www.rtnproject.com/2011/12/129_2.html</link>
         <guid>http://www.rtnproject.com/2011/12/129_2.html</guid>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">2010)ニュース</category>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">ニュース・イベント</category>
        
        
         <pubDate>Fri, 09 Dec 2011 18:21:54 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>海外生活体験者・学生インタビューvol.164～後編～</title>
         <description><![CDATA[<div class="sectionh2">
<table class="layout2">
	<tbody>
		<tr>
			<td>
			<img src="http://www.rtnproject.com/50/img/interviewees_g_135_2_profile.jpg" alt="interviewees_gt_61_profile.jpg" width="150" height="113" />
			</td>
			<td>池田祐太郎さん。１９８７年富山県生まれ。中学１年から高校を卒業するまで、アメリカのOR州に暮らし、Westview High Schoolを卒業。大学受験のため帰国し、千葉大学工学部都市環境システム学科に入学。現在、東京理科大学大学院イノベーション研究科知的財産戦略専攻１年に在籍。「理系」というバックグランドを活かし、「知的財産（権）」のプロフェッショナルを目指す。</td>
		</tr>
	</tbody>
</table>
</div>
<br />
<div class="h3_body">
<strong>都市環境システムを学ぶ<br />
<br />
―大学生活はどうでしたか？？<br />
<br />
</strong>在籍していた都市環境システム学科は、都市環境のあり方を幅広い概念で捉えアプローチしていく学科。例えば、人と環境が共存する都市を創るには、エネルギーのリサイクル、風力・太陽光といった自然エネルギー、廃棄物の活用に必要な技術革新を学ぶ。それから、都市災害への対応や快適な都市を支えるための都市情報の活用やコミュニティの在り方も多角的に捉えることに務めるのね。<br />
<br />
少し宣伝をさせてもらうと、都市計画、住環境計画、都市空間設計、都市経営、都市防災、都市基盤、環境マネジメント、環境エネルギー、環境リサイクル、都市環境、都市通信、都市数理解析などのテーマについて、環境の基盤となるハード、人と人とのコミュニティや情報の流通を司るソフトに関する工学的技術を幅広く学び、確かな専門性を身につけることができるはず！<br />
<br />
都市環境のあり方を総合的にアプローチする学科は、数少ないだろうし、とてもユニークなカリキュラムが特徴だと思う。都市空間計画、都市基盤工学、都市環境工学、都市情報工学の４つの領域から構成されている中で、都市情報工学分野に注力して、卒業研究、学会発表、国際会議への参加を経験したよ。<br />
<br />
<strong>―国際会議へ参加されたのですか？！　すごいですね！！<br />
<br />
</strong>まあね（笑）　学部生での参加は稀なようで、普段の生活では経験できない貴重な時間を過ごすことができた。国際会議への参加は、卒業研究の成果に関して発表したので、まずは卒業研究について話すね。<br />
<br />
<strong>―お願いします！<br />
</strong><br />
<strong>知的財産教育の研究<br />
</strong><br />
卒業研究のテーマは、「オンライン教育システムを活用した理工系学生対象の知的財産教育」。発表内容をザッと話すと、理工系学生に不可欠な教育を分析し、それは知的財産に関する教育だと捉えて、不可欠な教育をフォローするためのシステムおよびコンテンツを開発した。実際に、理工系学生数１００名に対して、一定期間の試験的に使用してもらって、ひとまず今後の試験的運用機会を勝ち得たというのを論文としました。<br />
<br />
国際会議では、卒業研究内容の、特にオンライン教育システムおよびコンテンツを開発したことについて発表した。もちろん、試験的に使用してもらった結果や獲得データについてもアウトプットできたはず。ちなみに、国際会議論文のテーマは、&ldquo;Intellectual Property Online Education System Based on Moodle&rdquo;。英語での論文は初めての経験だったので、とても苦労したけど、所属していた研究室の檜垣教授の手厚いサポートと、米国生活での経験のおかげで、余裕を持って提出期限前に提出することもできたよ。<br />
<br />
国際会議とは別に、国内で開催された研究会にも参加させてもらって、沖縄まで発表に出かけてきたよ。貴重な経験になったけど、やはり学問もグローバルであるわけだから、国際会議は唯一無二の経験だったと思う。ちなみに、参加した国内の研究会は、ライフインテリジェンスとオフィス情報システム研究会（LOIS）で、オフィスシステムの基本となるインフラなどの要素技術から、アプリケーションなどの応用技術やシステム化技術まで幅広く扱っている研究会なんだ。<br />
<br />
<strong>―さすがですね（笑）　<br />
<br />
バリ島で国際会議に参加する<br />
<br />
―国際会議に参加されてどうでしたか？</strong><br />
<br />
参加した&ldquo;2011 International Conference on Data Engineering and Internet Technology&rdquo;の開催場所は、なんとインドネシア・バリ島（笑）　国際会議が開催されたホテルはリゾート地にある超超超豪華なホテルでした！　ちなみに、檜垣教授のご好意で、宿泊先も国際会議が開催されたホテルと同じホテルに。なかなか素敵な数日間でしたね♪（笑）<br />
<br />
毎朝食はバイキング、昼食は高級中華料理やインドネシア料理、ホテルにはプールもあったし、何よりここまでするか！というサービスは、一度味わうと忘れられないかな。是非お勧めしたいです（笑）<br />
<br />
肝心の国際会議だけど、持参したPCの不具合で、他の参加者のPCを貸してもらった以外は、基本的には大きな失敗というのもなく、英語での発表も質疑応答も無難にこなせたと思う。ただ、やはり知識レベルの差から、より専門的な回答を求められていたとは思うけど、自分ができることは全てやり切れたと思う。<br />
<br />
発表後は、システムの改善策のきっかけを得るために、海外の研究者と積極的な意見交換にも努めたし、ランチタイムの意見交換から、研究範囲のよりグローバルな視点が必須だということも認識できたと思う。ただ、まだまだ改善すべき課題も多くて、一体何年かかるのだろうという疑問は大きく残っていたかな。後は、言語力はさらに継続的に磨きをかける必要があると思った。やはり、最低限の「話す・聞く」だけだと、より専門的な意思の疎通ができないからね。<br />
<br />
<strong>学業にアルバイト、そしてフットサル<br />
</strong><br />
<strong>―これから働く上で英語は欠かせないとは言われていますけど、学業にも英語は欠かせないということですね。<br />
</strong><br />
そういうことだと思う。だから、帰国子女の可能性は大きいと思う。言語以外の対応力や忍耐力や感性とか、言葉では表すことが難しい事柄を経験していることも強みだと信じている。<br />
<br />
そういった観点から、予備校で帰国子女の大学受験をサポートするアルバイトには、かなり力を入れてるよ。かれこれ勤務して５年目。やはり、生徒は日本とは異なる教育制度を受け帰国していて、バックグランドは多種多様だからね。日本の文化に戸惑うひとや、周囲の誘惑に惑わされるひともいるから、個別ケアが必要不可欠！　後は海外と異なる受験制度に慣れてもらうことに努めて、各自が目指す大学合格へ導くまでサポートしてる。<br />
<br />
アルバイトの業務管理をするチーフ職にも就いていて、チーム全体の能力向上、ミス削減に貢献できていると思う。特に、社員とアルバイトの業務の受け渡しをスムーズに行えるよう情報共有を徹底している。全ては生徒に有意義な授業を受けてもらうのと、講師にスムーズな授業実施をしてもらうため。一度生徒として経験していることだから、何をしてもらいたいとか、何が必要かというのが分かりやすくて、目標が明確になるんだよね。<br />
<br />
<strong>―大学での研究とアルバイトの両立は大変そうですね。もうサッカーはされていないのですか？<br />
</strong><br />
大学入学当初はサッカーサークルに所属していたけど、現在は社会人中心に構成されているアマチュアフットサルチームに所属している。チームに所属して３年は経つと思うけど、色々と学ばせてもらったと思う。フットサルはもちろんのことだけど、お酒の飲み方だとか、働くこと、結婚までのプロセスや結婚してからの遊び方（笑）なんかも教えてもらっているよ。<br />
<br />
端から見ると、ただの一フットサルチームなのかもしれないけど、チーム全員がフットサル競技に真摯に取組んでいるから、私にとってはとてもかけがえのない場所だと思っているの。唯一の学生だけど、チームメイトの社会人の方は、職種も業種も違えば、年齢もバラバラ。職種や年齢が異なるメンバーでチームが構成されているから、限られた時間をマネジメントしなければならないし、チームとしての方向性や練習方法の確立も考えなきゃいけない。だから、色々と鍛えられてると思う。<br />
<br />
<strong>―いつか遊びに行かせてくださいね（笑）<br />
<br />
「大学院」「RTN Project」「就職活動」<br />
<br />
―今後は何に力を入れるつもりですか？<br />
</strong><br />
キーワードとしては、「大学院」「RTN Project」「就職活動」かな。<br />
<br />
まず、現在所属している東京理科大学大学院イノベーション研究科知的財産戦略専攻では、まだまだ色々と探求している過程だけど、特許・実用新案・意匠・商標・著作権などに代表される「知的財産」に関する幅広い業務知識と法律知識を身に付けて、また、それを用いた企業経営へのアプローチ手法を取得することが課題の一つだと思っている。<br />
<br />
研究としては、ブランドマーケティングに、あらゆる学問的観点からアプローチしていく予定。企業経営を確固たる地位へ導くためには、優れた価値を持つブランド確立が必須で、その構築には、コンセプトを明確にして、その個性を育て、消費者に認知させることが重要となっているんだ。知的財産に秀でた知識のもと、適切な商標登録を行って、ブランド名に対して法的保護を与えることも手段の一つであるのね。<br />
<br />
実務経験が豊富な講師陣のレクチャーは、ブランドの設計、実行、評価の一貫システムに秀でていて、ブランドの現状と将来環境の分析、ブランド価値の既定、ブランドシンボルの設計、ブランド市場戦略シナリオの構築、統合的なブランド戦略の実行、検証と評価という、ブランドマーケティングに欠かすことのできない６つの手法を確立させる手掛りとなると考えてるんだ。<br />
<br />
これからのグローバルな舞台では、クライアントとのコミュニケーションに英語力が必須で、常にクライアントのニーズを確実に理解することが求められるから、相互理解のもと商品の名前やイメージ、個性、価値を高めるブランドを構築していくための実践的トレーニングも講義で徹底されてる。<br />
<br />
現在の研究科では、実践的なシチュエーションを想定したトレーニングも充実しているから、ブランドメッセージの受け手と送り手の情報伝達を確実に実現させられるよう努めていきたいと思ってる。<br />
<br />
<strong>―分かりやすい説明、ありがとうございます（笑）<br />
</strong><br />
いえいえ（笑）　あとは、RTN Projectの一員として、海外生活体験者のネットワーク構築、相互支援が目的のプラットフォーム化プロジェクトにも注力していきたいと思う。何より、切磋琢磨する仲間と団体への貢献、自己実現のために頑張っていきたいと思う。<br />
<br />
就職した後は、グローバルな舞台で、常に顧客に求められて、成果を第一として行動するビジネスパーソンを目指したい。この世に存在する解決すべきあらゆる課題に対して、状況を突破する仮説を立て、それを実行する能力を身に付けたい。何より個人として、確立された存在となることを目指したいと思う。<br />
<br />
また、組織に対しても、チームでクライアントの要求以上のものを提供するために、常に周囲に何かを与え、献身するという意識を持ち続けたいと思う。確固たる信頼関係を構築した上で、組織力の向上に貢献できるようなビジネスパーソンになりたいと思ってる。<br />
<br />
<strong>―なるほど。僕も祐太郎さんに負けないように頑張りたいと思います！　祐太郎さんのアツく、強い気持ちの背景が理解できました。ありがとうございました！<br />
</strong><br />
こちらこそ、貴重な機会を提供してもらって、長々と（笑）ありがとうございました！！<br />
<br />
<strong>Westview High School　：</strong><br />
<a href="http://www.beaverton.k12.or.us/westview/">http://www.beaverton.k12.or.us/westview/</a><br />
<strong>The 2011 International Conference on Data Engineering and Internet Technology　：</strong><br />
<a href="http://www.irast.org/conferences/DEIT/2011/">http://www.irast.org/conferences/DEIT/2011/</a><br />
<strong>ライフインテリジェンスとオフィス情報システム研究会（LOIS） ：</strong><br />
<a href="http://www.ieice.org/iss/ois/jpn/index.html">http://www.ieice.org/iss/ois/jpn/index.html</a><br />
<br />
<strong>インタビューアから一言</strong><br />
<br />
祐太郎さんの人生は、まさにサッカーと共に歩んだ人生でした！　順風満帆であった人生のなかで、大きな挫折を乗り越えた後のご活躍は、目を見張るものがあります。当時のご苦労は想像を絶します。何が何でも前進するバイタリティ、ただし猪突猛進ではなく、冷静に状況を判断し、熟考かつ決断をするパワーは誰にも負けない強みであると確信しました。私自身も、これからの人生を歩んでいくために、祐太郎さんに負けぬよう、追いつけ追い越せの関係を構築できることを願っています。<br />
<br />
<a href="/2011/12/vol164.html">前編はこちら＞＞</a><br />
<br />
<br />
</div>
<table class="layout2">
	<tbody>
		<tr>
			<td>
			<img src="http://www.rtnproject.com/50/img/interviewers_g_146_profile.jpg" alt="interviewees_s_251_profile.jpg" width="150" height="113" />
			</td>
			<td>神谷貴大。１９８９年愛知県生まれ。現在、中央大学法学部政治学科３年。大学２年のときにJICA Vietnam法整備支援プロジェクトのインターンシップに参加。The Asian law Student Association（ALSA）に所属しており、現在は１１のALSA加盟国・地域の法学生を日本に招き、学術活動・文化交流活動・全体総会を行うAsian Forumを主催。企画の副委員長を務める。ゼミでは国際政治と現代思想を学んでいる。また塾講師として主に小中学生の指導にもあたる。</td>
		</tr>
	</tbody>
</table>
]]></description>
         <link>http://www.rtnproject.com/2011/12/vol164_1.html</link>
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                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">50)インタビュー</category>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">5001)学生インタビュー</category>
        
        
         <pubDate>Fri, 09 Dec 2011 18:04:28 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>更新情報12月7日</title>
         <description><![CDATA[<p>
海外生活体験者・学生インタビューvol.165をアップしました。<br />
<a href="/2011/12/vol165.html">http://www.rtnproject.com/2011/12/vol165.html</a>
</p>]]></description>
         <link>http://www.rtnproject.com/2011/12/127_1.html</link>
         <guid>http://www.rtnproject.com/2011/12/127_1.html</guid>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">2010)ニュース</category>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">ニュース・イベント</category>
        
        
         <pubDate>Wed, 07 Dec 2011 22:18:42 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>海外生活体験者・学生インタビューvol.165</title>
         <description><![CDATA[<div class="sectionh2">
<table class="layout2">
	<tbody>
		<tr>
			<td>
			<img src="http://www.rtnproject.com/50/img/interviewees_s_59_profile.jpg" alt="interviewees_s_59_profile.jpg" width="150" height="113" />
			</td>
			<td>矢田部洋子さん。１９９１年山口県生まれ。生まれてすぐ日本国内を転々とした後、５歳まで３年半マレーシアで過ごす。帰国後しばらく東京の学校に通うが再び海外に。高校４年間をアメリカのカルフォルニア州で過ごし、Palos Verdes Peninsula High Schoolを卒業後帰国。現在は一橋大学経済学部２年に在籍。幼い頃から美術が好きで、大学では書道会と創作同好会に所属している。</td>
		</tr>
	</tbody>
</table>
</div>
<br />
<div class="h3_body">
<strong>エネルギッシュな子ども時代</strong><br />
<br />
<strong>―幼稚園の頃にマレーシアに滞在していたとのことですが、いかがでしたか？</strong><br />
<br />
楽しい思い出ばかりです。ブリティッシュ系の幼稚園に通っていて、日本語を喋ると怒られていましたが、少しずつ知らない言葉を覚えられるのが楽しかったです。イベントが多い幼稚園で、仮装パーティーや誕生日パーティーがある度に参加していました。とにかくエネルギッシュで、当時住んでいたマンションにプールがついていたのですが、周りを自転車で走っていて、勢い余って自転車ごと水に落ちたこともあるくらいです（笑）<br />
<br />
<strong>―それはすごいですね（笑）　ずっとそんなにエネルギッシュだったんですか？</strong><br />
<br />
いえ、日本に戻ってきてから、しばらく引っ込み思案でした。マレーシアに行った頃は小さくて、環境に自然と溶け込めたのに対して、５歳で戻ってきたら全然違いましたね。日本には幼稚園の年長になってから戻ってきたのですが、急に環境が変化して戸惑ってしまって。知らない人ばかりなのが怖くて、最初は教室の隅で体育座りをして過ごしていたくらいです（笑）　でも、声を掛けてくれる子がいて、徐々に慣れてきて、また活発に遊びまわるようになりましたね。<br />
<br />
<strong>―どんなことをして遊んでいたんですか？</strong><br />
<br />
一輪車を乗り回していました（笑）　私が通っていた小学校では、昼休みに多くの生徒が一輪車をしていて、上級生が乗っている姿がとってもカッコよくて、自分もやりたくなって始めました。最初は何度も転びましたが、次第に上達して、学芸会のピエロ役で舞台上を一輪車で駆け回るまでになりました。<br />
<br />
<strong>―苦手だったことはありますか？</strong><br />
<br />
女の子らしく振る舞うことが苦手で、自分のことを「僕」とか「俺」とか言っていました（笑）　一輪車をする以外には、校庭を男の子と駆け回っていたんです。よく男子相手に喧嘩もしていましたね（笑）<br />
<br />
<strong>新しい出会いにワクワク</strong><br />
<br />
<strong>―中学受験をしたとのことですが、何がきっかけだったんですか？</strong><br />
<br />
「カッコイイ」と思ったからです（笑）　小学校中学年の頃に、友だちが中学受験をすることを知って、「そんなこと出来るなんてカッコイイ！」「私もやりたい！」と、親に頼んで塾に通わせてもらいました。両親は自由を尊重してくれる人なので、希望通り兄は受験をせずに公立中学校に行って、私は塾に通うという、ちょっとめずらしい家庭でした。勉強はすればするほど成績があるのが楽しかったので、辛いと思うことはほとんどありませんでした。<br />
<br />
<strong>―中学受験をする人は周りに多かったのですか？</strong><br />
<br />
友だちのほとんどは受験をせずに、公立中学校に進学しました。だから、私が通った私立中学校には、知り合いが一人もいなかったんです。<br />
<br />
<strong>―自分だけ違う中学校に進学するのは寂しくありませんでしたか？</strong><br />
<br />
新しい出会いにワクワクしていましたよ！　知っている人と交流するのももちろん楽しいですが、それだけではもったいないと思っていったので。生きているうちに知り合える人には限りがありますから、出来るだけ多くの人と知り合いたいですよね。<br />
<br />
<strong>―どんなことが楽しかったですか？</strong><br />
<br />
友だちと絵手紙を交換したり、ファックスを送り合っていたりしたことですね。絵を描くのが好きで、周りと絵を見せ合って交流していました。中学１年生の頃から、中学生のためのイラストコンテストにも、絵を出すようになりました。<br />
<br />
ただ、自分の絵に自信を持っていたのに評価されず、上には上がいることを思い知り、悔しい思いもしました。そのこともあって、もっと上手くなりたいと思いましたね。その甲斐あってか、中学２年生の頃に、美術の先生に絵を気に入ってもらえて、学校を紹介する冊子使うための絵を描くように依頼されました。あれは嬉しかったですね。<br />
<br />
<strong>もっと存在感を出したい！</strong><br />
<br />
<strong>―アメリカにはいつから行ったのですか？</strong><br />
<br />
中学３年生の夏に渡米しました。その年の９月から、現地の高校に入学しました。<br />
<br />
<strong>―英語は大変ではなかったですか？</strong><br />
<br />
最初は全くついていけませんでした。be動詞と一般動詞の違いすら分からない状態だったんですよ（笑）　特に、美術の時間にopen bookのテストを受けたとき、問題の意味も分からず白紙のまま答え合わせの時間がやってきてしまい、「まだ終わってないなら外でやってなさい」と教室を一人追い出されたことがショックでしたね。<br />
<br />
カタコトの英語で話そうとしても、発音がとても悪く聞きとってもらえなかったせいか、積極的に私に話しかける人は少なかったです。それが悔しくて、存在感を出すために成績を上げようと思いました。存在感が出れば、自分から話しかけるだけでなく、話しかけてもらえるチャンスが増えると思ったんです。実際に、日々英語の勉強をして、徐々に課題やテストでAを取ることが増えると、話しかけられる機会が増えました。<br />
<br />
<strong>―絵を描くことは続けていましたか？</strong><br />
<br />
はい。絵を描くことも「存在感を出すこと」になるので、平日は英語や学校の勉強、土曜日は一日中絵の勉強、日曜日に休むというサイクルで生活していました。英語が通じないときは、絵を描いてコミュニケーションを取ったりもしていましたね。美術のクラスは３段階ありましたが、高校在学中に全てのクラスを履修しました。<br />
<br />
<strong>―アメリカで一番印象的だったことは？</strong><br />
<br />
「百聞は一見に如かず」を経験したことですね。渡米前は、歴史問題などで対立していることや他の人からの話を聞いて、中国人や韓国人に対しあまり良い印象を持っていませんでした。しかし、そういったアジアの人たちが積極的に助けてくれたんです。<br />
<br />
英語が出来ないことの大変さを知っている人が多かったため、全く流暢に喋れなかった頃から、真剣に話を聞いてくれて、反応してくれたり、他の人と話したりするのを手伝ってくれました。それ以降、人の噂話などを聞いても真に受けず、実際に相手がどんな人なのかは、自分が話してから判断するようになりましたね。<br />
<br />
<strong>創り上げることで日々充実</strong><br />
<br />
<strong>―なぜ日本の大学に進学することにしたんですか？</strong><br />
<br />
日本に思い入れがあったことと、ニュースを通して見ていた日本の現状を実際に見てみたいと思ったので、帰国することにしました。中学受験をさせてもらったり、日々サポートしてくれたり、これまで親に色々と負担を掛けてきたので、授業料の安いところに行きたくて、まだ周りが志望校に迷っているころから、国立大学を第一志望にして勉強していました。<br />
<br />
<strong>―以前感じなかったことを帰国したから感じることはありましたか？</strong><br />
<br />
日本の車は怖いと思いました。アメリカでは、車は必ず歩行者を優先するので、信号や横断歩道がない場所でも、人が歩いていたら、必ず止まって待ってくれるんです。日本ではむしろ車が優先されている感じがしましたね。人が避けるのが当たり前といった感じで突っ込んでくる車がいたときは、本当に怖かったです&hellip;&hellip;。<br />
<br />
<strong>―大学で何か入っているサークルはありますか？</strong><br />
<br />
書道会と創作同好会に所属しています。書道会には、『とめはねっ!』という漫画を読んで興味を持って、それまで書道をしたことがなかったのに入部を決めました（笑）　入部してみたら初心者は自分だけで、書道歴１０年の人の隣で書くと、すごく落ち込みます。今でもそれは変わりませんが、書けば書くほど上達が目に見えて分かるのが楽しいです！<br />
<br />
創作同好会は１年生の１２月に出来て、Twitterで知り合った人と一緒に、初期メンバーとして活動しています。絵だけでなく、小説を書いたり、写真を撮ったり、デザインをしたりする人もいるので、色んな形の創作を目にできるのが楽しいです。プロを目指している人もいるので、良い刺激を受けますね。いわゆる美術は高校の頃にやったので、違うことをしたかったのですが、こうして色んなジャンルの人が集まるサークルを創り上げていくことが出来て、日々充実しています。<br />
<br />
<strong>―将来の目標はありますか？</strong><br />
<br />
まだハッキリと決まっていませんが、バリバリ働いて自立して生きていきたいですね。<br />
<br />
<strong>―今日はありがとうございました！</strong><br />
<br />
<strong>インタビューアから一言</strong><br />
<br />
矢田部さんとは高校も予備校も同じで、共通の友人もいたのですが、当時は親交がありませんでした。しかし、このインタビューを通して、彼女の私生活やその他多くのことについて話をして、シンプルかつ効率的なモチベーションと新たなことにチャレンジしようとする姿勢にかなり驚きました。元々は天才肌だと思っていたのですが、結果に伴う努力を怠ることなく、常に前向きな精神は尊敬に値します。これからも進みたい道を歩めるように、お互い頑張りましょう！<br />
<br />
</div>
<table class="layout2">
	<tbody>
		<tr>
			<td>
			<img src="http://www.rtnproject.com/50/img/interviewees_s_241_profile.jpg" alt="interviewees_s_241_profile.jpg" width="150" height="113" />
			</td>
			<td>洞樹玲杏。１９９０年カルフォルニア州トーランス生まれ。Palos Verdes Peninsula高校に入学してから多くの帰国子女に出会い、日本の大学に興味を抱く。高校２年生の後半で遅れながらも受験を決意して２００９年に来日する。慶應義塾大学経済学部入学。大学ではYSTスノーボーディングチームや株式研究会に所属。</td>
		</tr>
	</tbody>
</table>
]]></description>
         <link>http://www.rtnproject.com/2011/12/vol165.html</link>
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                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">50)インタビュー</category>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">5001)学生インタビュー</category>
        
        
         <pubDate>Wed, 07 Dec 2011 22:13:34 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>更新情報12月5日</title>
         <description><![CDATA[<p>
海外生活体験者・学生インタビューvol.164～前編～をアップしました。<br />
<a href="/2011/12/vol164.html">http://www.rtnproject.com/2011/12/vol164.html</a>
</p>]]></description>
         <link>http://www.rtnproject.com/2011/12/125_2.html</link>
         <guid>http://www.rtnproject.com/2011/12/125_2.html</guid>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">2010)ニュース</category>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">ニュース・イベント</category>
        
        
         <pubDate>Mon, 05 Dec 2011 22:54:08 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>海外生活体験者・学生インタビューvol.164～前編～</title>
         <description><![CDATA[<div class="sectionh2">
<table class="layout2">
	<tbody>
		<tr>
			<td>
			<img src="http://www.rtnproject.com/50/img/interviewees_g_135_2_profile.jpg" alt="interviewees_gt_61_profile.jpg" width="150" height="113" />
			</td>
			<td>池田祐太郎さん。１９８７年富山県生まれ。中学１年から高校を卒業するまで、アメリカのOR州に暮らし、Westview High Schoolを卒業。大学受験のため帰国し、千葉大学工学部都市環境システム学科に入学。現在、東京理科大学大学院イノベーション研究科知的財産戦略専攻１年に在籍。「理系」というバックグランドを活かし、「知的財産（権）」のプロフェッショナルを目指す。</td>
		</tr>
	</tbody>
</table>
</div>
<br />
<div class="h3_body">
<strong>プロレスラーがUFOキャッチャー</strong><br />
<br />
<strong>―幼少時代はどのような少年でしたか。</strong><br />
<br />
父親の仕事の都合で、東京だとか山梨だとか、転勤の機会が多くて。その頃の記憶っていうのはあいまいで、出身地の富山県に戻ってきて、幼稚園に通い始めてからの記憶は色濃く残っているかな（笑）<br />
<br />
<strong>―その頃の楽しかった思い出は何ですか？</strong><br />
<br />
幼稚園は毎日が楽しくて！　ひばり幼稚園というところに通っていて、その頃にサッカーと出会ったし、当時の先生には今も富山に戻る度に会いに行くし、それこそ当時の友人とも今では飲みに行くようになっているしね（笑）<br />
<br />
サッカーチームのコーチはプロレスラー（笑）　毎週練習に来てくれるときには、UFOキャッチーの景品を持ってきてくれるので、それが楽しみで練習に行っていたのも覚えてる。<br />
<br />
後は、幼稚園対抗のサッカー大会に出場したこともいい思い出だったと思う！　純粋で単純に日々を全力に楽しんでいて、やんちゃだったのだと思う（笑）<br />
<br />
<strong>―コーチがプロレスラーですか？！　すごいですね（笑）　転勤が多かったことは、現在の自分になにか影響はあると思いますか？</strong><br />
<br />
あまりないかな。今の自分の価値観が形成されたのはもう少しあとだと思う。もちろん基本的にはマジメだとは思うし、後は両親の教育がしっかりしていたことが、少なからず影響しているかな。<br />
<br />
<strong>「サッカー」というキーワード</strong><br />
<br />
<strong>―小学校での思い出は何がありますか？　楽しかったことや大変だったことだとか。</strong><br />
<br />
うーん、僕の人生を語る上で「サッカー」というキーワードは外せなくてね。当時入団したサッカー少年団の監督が荒山監督という人だったのだけど。。。<br />
<br />
<strong>―よく覚えていますね（笑）</strong><br />
<br />
そうそう（笑）　とても厳しい人でね。とにかく基礎練習を徹底的にやらされて、結果的にはそれが実を結んで、トレセンや県の選抜に選出されることに繋がったと思っているよ。ただ、僕らの代以降は、サッカー少年団に入ってくる子どもが年々減っていって、終いにはいくつかの少年団が合併して、１つのチームとして活動していたかな。<br />
<br />
その頃で厳しかった荒山監督はお辞めになられて、結果的に優勝だとかいい結果を残してあげることができなかったのは、悔しい思い出としてあるかな。ただ、僕を含めて、同学年の友人が県の選抜チームに選ばれたのは、荒山監督に小学校低学年から徹底的に基礎を叩き込まれたから。本当に感謝している。友人とのお酒の席でもよくその話になるしね。<br />
<br />
その当時は純粋な少年だったと思う。もちろん人の意見に左右されることなく、考えて日々サッカーをしていたと思うけど、アドバイスを貪欲に求めて、吸収しようとしていたと思う。後は悔しくてよく泣いていたかも（笑）<br />
<br />
<strong>―サッカー少年だったんですね！　キャプテンとかも務められていたのですか？</strong><br />
<br />
キャプテンはやっていたよ。ただ、サッカーになると厳しく接しなければいけないときもあるでしょ？　チームメイトに嫌われることに対しては、少し臆病になっていたと思う。　後は、僕だけサッカー少年団から選抜チームに呼ばれるということもあって、なんだろう、イジメとは言わないけど、僻みの類で少し嫌な思いをしたのも覚えている。<br />
<br />
ただ、勉強はそこそこで、サッカーばかり！　そこそこと言っても、週何日かは継続して学習塾に通っていたし、効率よく勉強をして、サッカーに打ち込む生活だった。単純にサッカーを楽しんだ小学校生活だと思う。<br />
<br />
<strong>日常の一瞬一瞬が輝いてた</strong><br />
<br />
<strong>―中学校時代はどうでした？　嬉しかったこととか、悔しかったこととか。</strong><br />
<br />
サッカー部の同年代で一番に試合に出場することもできたし、県やそれ以上の選抜チームに選ばれたことも嬉しかったと思う。あとは、本当に上手いな、スゴイなと思う選手にも出会えたし、何よりサッカーの面でもそうだし、学業や普段の生活においても、自分を正当に評価してくれる大人に出会えたことも嬉しかった。<br />
<br />
小学校と何ら変わりのない生活だったのかもしれないけど、日々が色濃く残っているし、その中で悔しかったことや苦しかったこともあっただろうけど、それを結果的には嬉しかったことに変えられていたのも事実。多くの友人ができたことは何より！<br />
<br />
<strong>―特別に何かこれ！というのがあるわけではなくて、日常の生活の一瞬一瞬が嬉しかったこと悔しかったことの思い出だったのですね。</strong><br />
<br />
そうだね、選ばれたこと選ばれなかったこともあったけど、そんな日々の中であの日の練習はこうだったな、苦しかったな、充実していたなというのは日々忘れることなく、記憶にある。まあもちろん思春期にも突入していたわけだし、少し悪ぶっていることもカッコいいなとも思ったし、恋愛していたこともあって、色々思うことはあったよね（笑）<br />
<br />
父親の仕事の関係で米国行きが決定していたけど、サッカーさえあればと思うところもあったかな。行ってしまえば何とかなるだろうという、変な自信もあって、だからこそ、嬉しいとかや苦しいとかいった感情も、感じにくくなっていたかも。ただ、何度も言うけど、結果だけは残していたことには間違いないかな。<br />
<br />
<strong>失格の烙印を押された</strong><br />
<br />
<strong>―前向きですね。米国ではどうでしたか？</strong><br />
<br />
渡米して、手続きの関係上すぐには学校に転入できず、何もできないストレスフルな生活を送った。ようやく転入できたものの、周囲の動き１つ取っても分からないことだらけだった。父親にはあえて電子辞書ではなく、紙の分厚い辞書を持たされて、単純なアンケートを答えるだけの宿題にも夜中の２時、３時まで時間が必要だった。今となっては素敵な思い出ではあるかな（笑）<br />
<br />
米国の生活にも少し慣れつつある頃に、ようやく生活に欠けていたサッカーも開始することができた。それと同時に言葉で全てが伝わらなくとも、サッカーで「俺はこれができるんだ！」と示すことで、周囲は称賛してくれたし、何よりただ英語ができない日本人という枠組みから、「池田祐太郎」として認めてくれるようにはなったのかな。名前も覚えてくれるようになったし。<br />
<br />
<strong>―大変でしたね。他にはどういった困難がありましたか？</strong><br />
<br />
州の選抜のトライアウトを受けるチャンスをもらったのだけど、結果的には選出されて、晴れて州の選抜チームでの活動を始めることになった。ただ、チームの戦術がうまく理解できなくて、サッカーの実力以外の部分でチームを辞めさせられることになったんだよね。自分の中では、サッカーというのは、良い評価をされるべきものであったし、何より「サッカー」ではなくて、「言語」で失格の烙印を押されたことは屈辱だった。<br />
<br />
高校の頃も、小学校からの生活と大きな変化なくて、勉強とサッカー。何よりサッカーありきではなったけど、これが日々の生活でのメインテーマではあったと思う。高校入学当初からトライアウトを経てファーストチームに選ばれたし、試合に出場することもできた。ただ、身体能力の部分で劣る部分や、やはり言語理解のところで不便があると、いくらサッカーで実力や結果を示すことができていても、どこか気持ち的に晴れない部分があるんだよね。<br />
<br />
何より特にサッカーでの結果を重視して突き進んできたけど、サッカー以外での評価があまり良くなかったことに関して、またそれがサッカーに関連付けられて、あまり良い評価をされないことはすごく悔しい想いをした。<br />
<br />
<strong>サッカー漬けから大学受験へ</strong><br />
<br />
<strong>―なるほど。祐太郎さんの中では人に評価されることが重要なのですね。</strong><br />
<br />
もちろん結果を重視すればするだけ、他人の評価は必要にはなってくると思うのね。何があろうが最終的には結果、もちろん自分としても周囲からの期待に応えられるくらいの結果を出すくらいの実力はあったはず。<br />
<br />
負けず嫌いだったということもあったけど、何より１番でいるということは常に目指すべきというところであったと思うし、結果を出すことができないものや、人からの評価やフィードバックには敏感になっていたし、純粋に吸収してやろうという気持ちは強かったと思う。<br />
<br />
将来的に何かを成し遂げたいという明確なものがあるようでなかったものの、ビジョンを大切にするようにはしていたし、確実に達成させるという強い気持ちがあったから、今もなお突き進めているんだと思う。そう思って、これからも池田祐太郎は進んでいきたいと思うし。<br />
<br />
<strong>―祐太郎さんの中には何か「これだ！」という強い想いがあるのでしょうね。</strong><br />
<br />
信念なのかな。ブレさせたくないものであることは間違いないかな。<br />
<br />
<strong>―サッカー漬けの米国生活だったのですね。帰国されてからはどうでしたか？</strong><br />
<br />
米国での高校サッカー、クラブチーム、州選抜、社会人チーム。まさにサッカーなくして語れない米国生活と、帰国して当初の日本の生活には、ものすごいギャップがあったのは間違いないと思う。久しぶりの日本は、高校を卒業したばかりの私には誘惑だらけで、予備校の帰国生コースでは真剣に受験勉強に取り組めていなかったと思う。当時、親にはよく説教されたし、本当に迷惑かけていたかな&hellip;&hellip;。<br />
<br />
それでも、何か危機感なのか、それともようやく目標を定めて行動することに楽しみを感じることができつつあったのか、受験勉強に対して真摯に取り組めるようになったし、何より問題一つ取っても、解答できたことに対する喜びは尋常ではなかったはず。おかげで、千葉大学工学部都市環境システム学科に入学が決定。当時の第一志望大学ではなかったものの、使命感をもって入学し、勉学に励めたと思う。<br />
<br />
<a href="/2011/12/vol164_1.html">後編はこちら＞＞</a><br />
<br />
<br />
</div>
<table class="layout2">
	<tbody>
		<tr>
			<td>
			<img src="http://www.rtnproject.com/50/img/interviewers_g_146_profile.jpg" alt="interviewees_s_251_profile.jpg" width="150" height="113" />
			</td>
			<td>神谷貴大。１９８９年愛知県生まれ。現在、中央大学法学部政治学科３年。大学２年のときにJICA Vietnam法整備支援プロジェクトのインターンシップに参加。The Asian law Student Association（ALSA）に所属しており、現在は１１のALSA加盟国・地域の法学生を日本に招き、学術活動・文化交流活動・全体総会を行うAsian Forumを主催。企画の副委員長を務める。ゼミでは国際政治と現代思想を学んでいる。また塾講師として主に小中学生の指導にもあたる。</td>
		</tr>
	</tbody>
</table>
]]></description>
         <link>http://www.rtnproject.com/2011/12/vol164.html</link>
         <guid>http://www.rtnproject.com/2011/12/vol164.html</guid>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">50)インタビュー</category>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">5001)学生インタビュー</category>
        
        
         <pubDate>Mon, 05 Dec 2011 22:43:27 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>更新情報12月2日</title>
         <description><![CDATA[<p>
海外生活体験者・学生インタビューvol.163をアップしました。<br />
<a href="/2011/12/vol163.html">http://www.rtnproject.com/2011/12/vol163.html</a>
</p>]]></description>
         <link>http://www.rtnproject.com/2011/12/122_1.html</link>
         <guid>http://www.rtnproject.com/2011/12/122_1.html</guid>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">2010)ニュース</category>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">ニュース・イベント</category>
        
        
         <pubDate>Fri, 02 Dec 2011 20:03:45 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>海外生活体験者・学生インタビューvol.163</title>
         <description><![CDATA[<div class="sectionh2">
<table class="layout2">
	<tbody>
		<tr>
			<td>
			<img src="http://www.rtnproject.com/63/img/uken.jpg" alt="interviewees_g_152_profile.jpg" width="150" height="113" />
			</td>
			<td>盧禹剣さん。１９８５年１２月中国吉林省生まれ。高校卒業した１９歳のときに、日本へ留学する。２年間語学学校に通い、その後早稲田大学基幹理工学部に合格し、２０１１年現在情報理工学科４年に在学。留学生と現地学生の情報ネットワークを築くために、中国留学生会に入り、企画責任者として国際交流イベントを多数担当する。また、父の独立を手伝い、飲食店の立ち上げにも力を入れた。</td>
		</tr>
	</tbody>
</table>
</div>
<div class="h3_body">
<br />
<strong>骨折とターニングポイント</strong><br />
<br />
<strong>―では、よろしくお願いします。高校を卒業してから、日本に留学していると聞いています。中国にいた頃はどのような生活を送っていましたか？</strong><br />
<br />
生まれから高校卒業まで中国に住んでいました。小学校まではのんびりしていて、人並みに勉強ができて、サッカーに打ち込んでいました。中学校に入学した直後、３日目くらいだったでしょうか、左足が折れて一ヶ月学校を休みました。骨折の治療も痛いけれど、それより１３歳だった自分は強い恐怖感を覚えました。「もう人並みの勉強さえできない！」それまでの自信の基盤が崩れた記憶があります。<br />
<br />
学校に戻ってすぐに受験のレールに乗りました。体育の時間も、休みの時間も、帰宅から寝るまでの時間も、すべて勉強に使いました。意識朦朧になってもテキスト暗記をしていた記憶があります。期末試験で学年一位を取りました。テスト勉強は私の生活の９割以上を占めていました。<br />
<br />
その後も順位争いのテスト勉強を続けました。朝７時に学校がスタートして、２４時とか２６時に寝る生活でした。高校３年のときに、５年続いた受験マインドが折れました。成績順位を守るだけの勉強には耐え切れなかったです。志望大学に受かったものの、海外留学を決めました。受験しかできない自分に対して恐怖感を覚えたからです。<br />
<br />
<strong>もう嘘はつきたくない</strong><br />
<br />
<strong>―子ども時代はどんな感じだったんですか？</strong><br />
<br />
小学校６年生まで嘘をつく子どもでしたが、ある出来事のおかげで、絶対正直者になろうと心掛けるようになりました（笑）<br />
<br />
小学校６年間、勉強に自信があって、先生からも大きな信頼を得ていました。この子は絶対に嘘などつかないと思ってくれていました。ところが、その頃流行っていた日本製ミニ四駆がどうしても手に入れたくて。夜も寝られずにミニ四駆のことを考えていました（笑）　そのあげく、「塾に行っているからお金ください」と母を騙しました。それで得たお金で買いました。<br />
<br />
クラスの中で高価な日本製ミニ四駆を持っているのは私だけでした。しばらくして、先生に怪しがられて、買ったお金の出処を尋ねられました。素直に嘘を認めることができずに、さらに友だちに嘘をつかせました。その友だちが貸してくれたと口裏を合わせたのですが、とうとう先生に真実がばれました。その結果、私は親、先生の信頼を失い、友立ちにも敬遠されたのです。<br />
<br />
嘘をつかれて人はどれほど傷づくか、他人の信頼を失うことはどれほど心細いのか、嫌というほど知りました。それ以降、何があっても真実を相手に伝えて、自分の責任をしっかり取ろうと思っています。<br />
<br />
<strong>日本社会への窓口になりたい</strong><br />
<br />
<strong>―日本語はどうやって勉強しましたか？</strong><br />
<br />
大学に入るまで、２年間日本語学校に通いました。平仮名から文法、作文など、体系的に日本語の基礎を学びました。今は英語で受験し、大学へ入学してから日本語を学ぶ学生もいます。「２年も語学学校に行っていたの？」と反対する声もあるかもしれません。しかし、日本で自分の基盤を築いていく上で、根幹である日本語に２年間集中して向き合えて、私は得した気がします。<br />
<br />
<strong>―母国を離れて海外で頑張るモチベーションは何ですか。</strong><br />
<br />
両親は、私が中学校の頃、来日しました。仕送りをもらい、金銭上憂いのない生活を送っていました。裕福な家庭という自分の幻想が来日後すぐに崩れました。両親の住まいの環境、働く環境を目の当たりにしたからです。特に、両親は日本語が話せないため、生活上の不便も数多くありました。自分のために、我慢してくれたのがよく分かりました。それからは親と日本社会につなぐパイプになろうと思ったのです。<br />
<br />
日本でもう一度生活のベースを築きたいと思いました。１９年間自分と関わった人たちから、地理的に分断されました。友情、信頼などは限定的な人の感情にしか生きていません。その土壌から離れた自分はすべて失った気がしました。言葉も分からない私は日本の社会との壁も感じました。しかし、「またゼロから始めればいい」という楽観的な考えがあったから、カギとなる日本語を学ぶ気持ちが強まりました。<br />
<br />
<strong>大きな結果を残したい</strong><br />
<br />
<strong>―将来どのような人間になりたいですか。</strong><br />
<br />
どんな相手でも、自分の味方につけ、大きな結果を残すことのできる人になりたい。なぜそれが目的かというと、起業活動を通じて自分の限界を感じたからです。より大きなことを成し遂げるには、自分の限界を突破しなくてはならないと考えました。<br />
<br />
就職活動を通じて、「人を巻き込んで、結果を出す」ことの厳しさとその価値を感じました。就職活動仲間、ＯＢ、社員、役員をなんとしても、味方につけないと次に進めないと思いました。絶対に逃げてはいけません。それが私にとって大きな挑戦であり、その挑戦の中で辛いことも多々ありました。しかし、ブレークスルーを達成できたときの喜びは、もう言葉に出来ませんでした。辛いときもありますが、私はこの生き方を選びたいと思いました。<br />
<br />
<strong>留学生大学入試・合格体験記vol.2</strong><br />
<a href="/2011/09/vol2.html">http://www.rtnproject.com/2011/09/vol2.html</a><br />
<br />
<strong>インタビューアから一言</strong><br />
<br />
国際交流イベントや飲食店の立ち上げなど、様々なことに熱心に活動されている方で、とても真面目なひとという印象を受けました。お話を聞いていると、彼の心がとても広いということが分かりました。「大きな結果を残すことのできる人になる」という将来に向かって、これからも幾度とない壁を超えていって欲しいと思います。まだまだ話足りないので、また熱く話しましょう！インタビューに応じていただき、ありがとうございました。これからの活躍に期待しています！<br />
<br />
</div>
<table class="layout2">
	<tbody>
		<tr>
			<td>
			<img src="http://www.rtnproject.com/50/img/interviewees_gt_61_profile.jpg" alt="interviewees_g_135_2_profile.jpg" width="150" height="113" />
			</td>
			<td>古屋開。１９９０年ドイツ・デュッセルドルフ生まれ。生後１年で帰国した後、小学６年から中学３年まで父の転勤で再びドイツへ。４年間フランクフルト 日本人国際学校へ通う。帰国入試で学芸大学附属大泉校舎へ入学し、現在は中央大学法学部国際企業関係法学科３年に在学。大学では、「飢餓で苦しむ途上国と 肥満で悩む先進国」のフードバランスを整えるTABLE FOR TWO中央大学の代表を務める。</td>
		</tr>
	</tbody>
</table>
]]></description>
         <link>http://www.rtnproject.com/2011/12/vol163.html</link>
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                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">50)インタビュー</category>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">5001)学生インタビュー</category>
        
        
         <pubDate>Fri, 02 Dec 2011 19:55:23 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>更新情報11月30日</title>
         <description><![CDATA[<p>
海外生活体験者・学生インタビューvol.162をアップしました。<br />
<a href="/2011/11/vol162.html">http://www.rtnproject.com/2011/11/vol162.html</a>
</p>
]]></description>
         <link>http://www.rtnproject.com/2011/11/1130.html</link>
         <guid>http://www.rtnproject.com/2011/11/1130.html</guid>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">2010)ニュース</category>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">ニュース・イベント</category>
        
        
         <pubDate>Wed, 30 Nov 2011 21:58:17 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>海外生活体験者・学生インタビューvol.162</title>
         <description><![CDATA[<div class="sectionh2">
<table class="layout2">
	<tbody>
		<tr>
			<td>
			<img src="http://www.rtnproject.com/50/img/interviewees_s_60_profile.jpg" alt="interviewees_g_154_profile.jpg" width="150" height="113" />
			</td>
			<td>伊藤耕平さん。１９８９年埼玉県生まれ。１歳からシンガポールで過ごし、５歳で帰国。中学１年の夏に再度シンガポールへ渡り、中学・高校時代を過ごす。Singapore American School卒業後、帰国し、立教大学へ入学、現在経済学部３年に在籍。開発経済学に興味があったため、現在はアジアの開発経済のゼミに所属し、行政機関やＮＰＯ団体等に研究発表等を行っている。</td>
		</tr>
	</tbody>
</table>
</div>
<div class="h3_body">
<br />
<strong>あの悪くて有名な伊藤耕平くんね</strong><br />
<br />
<strong>―今回はインタビューに応じて頂きありがとうございます。今回は伊藤さんの子供のころから、小学校、中学校、高校、そして大学と振り返って頂き、楽しかったことや挫折したことなど、様々なことを質問していきたいと思います。早速ですが、伊藤さんはどのような子供だったのでしょうか？</strong><br />
<br />
子供の頃の記憶があまりありませんので、親から聞いた話になってしまいますが、よろしいでしょうか？<br />
<br />
<strong>―構いません。</strong><br />
<br />
私は親の転勤で１歳から６歳までシンガポールで暮らしていました。母親の話によると、イタズラや喧嘩ばかりしている悪ガキだったらしい。近所のお母さんたちの間で私の話題になると、「あの悪くて有名な伊藤耕平くんね」と言われていていたらしいです。<br />
<br />
壁やベンチに「ペンキ塗り立て触るな！」と書いてあると真っ先にさわりに行ったり、外に遊びに行くと靴を脱いで帰ってきたり、近所で目が合うと必ず喧嘩になる子供がいたりしたそうです。覚えていませんが、興味があることに真っ直ぐだったのか、もしかしたら周りの注目を集めたかったのかもしれません。<br />
<br />
<strong>―日本の小学校時代はどうだったんですか？</strong><br />
<br />
小学校時代は、いろんなクラブや習い事をしていました。サッカークラブ、スイミングクラブ、塾、それから英語を忘れないように英会話をしていました。学校の休み時間は、ほとんど外でサッカーなどのスポーツをして、クラスの友だちと遊んでいました。他には昆虫採集にもはまってました。<br />
<br />
<strong>―苦手だったことはありますか？</strong><br />
<br />
塾や英会話に通うことが、苦手というか嫌いでした（笑）　勉強についていけないというわけではなく、単純に勉強しに電車に乗って塾に通うことが嫌だったのだと思います。<br />
<br />
<strong>―嬉しかったことは？</strong><br />
<br />
嬉しかったことは、友だちと遊んでいたり、スポーツをやっていたりするとき、「いいプレイだったね」と言われて、褒められることでした。小学生のときに、書いた作文がクラスで一番良かったと先生に褒められたことあるのですが、その時は照れて素直に喜べませんでしたが、嬉しかったですね。<br />
<br />
<strong>―では、面白かったことはなんでしょうか？</strong><br />
<br />
時々図書館に行き、シャーロックホームズのシリーズや動物の図鑑などを読み耽って、日が暮れるということがありました。昆虫採集なども友だちとよくやっていたので、動物や昆虫に関する知識は、小学生にしては多かったと思います。<br />
<br />
<strong>サッカー漬けの生活が出来なくなって</strong><br />
<br />
<strong>―次は中学校時代について質問していきたいと思います。中学校時代にハマったことはありますか？</strong><br />
<br />
サッカーにはまっていました。小学校時代からサッカーはやっていましたが、中学校の部活に入って、本格的に練習をするようになって、ますますはまりました。週末など部活がないときは、一人で壁に向かってボールを蹴ったり、練習本を買って基本的なことをおさらいしたりしていました。スパイクを磨いたりすることも好きでしたよ。<br />
<br />
<strong>―悔しかったことはありますか？</strong><br />
<br />
サッカーが出来なくなったことです。中学校１年生の途中でシンガポールにまた行ったのですが、学校では部活はシーズン制で、１年中サッカーをすることができません。また、近所にサッカーができる広い公園や壁がなかったので、練習することもできなくなりました。サッカー漬けの生活が出来なくなって、とても悔しい思いをしたのを今でも覚えています。<br />
<br />
<strong>―忘れられない思い出は何かありますか？</strong><br />
<br />
体育祭のときに、学校の高跳びの新記録を更新したことが忘れられません。全校生徒と先生の前での記録の挑戦だったので、多くの人から注目を浴びて、自分の名前のコールが気持ちよかったです。<br />
<br />
シンガポールに渡ってから、英語がしゃべれないことにずっと引け目を感じて、ネイティブの生徒とうまくコミュケーションがとれず、引っ込み思案になっていたのですが、それ以来、「英語は出来ないけど運動神経がいい奴」と認められ、そこからネイティブの友だちが出来て、英語の上達も早まったと思います。<br />
<br />
<strong>―他になにか想い出はありますか？</strong><br />
<br />
前の監督に褒められたことがありました。ハイスクールの９年生のときに、転校前の学校のサッカーチームと戦う機会があったんです。そのときはとても嬉しかったですね。<br />
<br />
英語に慣れておらず、前の学校のチームではコミュニケーションがうまく取れなかったので、不調で高く評価してもらえなかったんです。でも、次の学校のチームではうまくやり、試合中自分のプレーが出来たので、前の監督に試合中に褒められて、とても嬉しかったんです。<br />
<br />
<strong>もっとチャレンジすればよかった</strong><br />
<br />
<strong>―高校時代はどんな感じだったんでしょうか。</strong><br />
<br />
サッカー、ラグビー、陸上部と、いろんな部活に参加していました。特に印象に残っているのは、ラグビー部の試合で、キックからトライを始めて決めたときです。とても気持ちよかったです。<br />
<br />
それまで自分は足が速い方だと思っていたのですが、陸上部にすごい短距離走の選手がごろごろいました。この経験から、新しい分野にチャレンジする精神を養ったと思います。それまではサッカー一筋でしたからね。<br />
<br />
<strong>―勉強はどうでした？</strong><br />
<br />
学校の授業で良い点を取ったことが記憶に残っています。成績が悪かった授業で、必死に勉強して、テストの点数が良くなったという経験がいくつかあります。例えば、生物学の授業で頑張って勉強したら、自分ひとりAが取れたこととか、数学の授業で先生を見返したことですね。<br />
<br />
<strong>―充実した高校生活のように聞こえますが、なにか心残りだったことはありますか？</strong><br />
<br />
沢山あります！　今思えば、もっと多くのことにチャレンジすればよかったと、とても思います。恵まれた環境にいるのに、その中から得られることを全て吸収し切れていなかったと思います。たぶん、海外で生活していることが当たり前になって、その有難さが分からなくなっていました。<br />
<br />
具体的に何をすべきだったかというと、今でも連絡を取り合うような友だちをもっと作っておけばよかったと思います。あと、アメリカの学校特有の力の入ったチャリティ・イベントにもっと参加して、多くのことを見聞しておきたかったです。一言でいうと、もっと積極的にチャレンジしたかったです。<br />
<br />
<strong>大学では多くのことにチャレンジ</strong><br />
<br />
<strong>―それでは、大学生活をお伺いしたいと思います。ゼミについてお話を伺わせてください。どのようなゼミに所属しているのですか？</strong><br />
<br />
開発経済学を学び、アジア経済の研究を行うゼミに所属しています。<br />
<br />
<strong>―伊藤さんにとってゼミとはなんですか？　また、その魅力はなんでしょうか？</strong><br />
<br />
私にとってゼミとは、大学で単に授業を受けるだけではなく、自発的に何かを研究、分析する場です。ある社会問題の解決を現実的に考えたとき、学問で習う理論を応用するだけでは解決することが出来ないこともあると思うのです。実際に社会に何が存在し、それがどういう役割を持っているのかということを、一から学び直し、学術的な知識以外も身につける。そこから今まで学んだ学術的なことを応用させて、理論を現実的に組み立てていくことに魅力を感じます。<br />
<br />
<strong>―アルバイトの経験はありますか？</strong><br />
<br />
はい。塾講師と飲食店でアルバイトをしていました。<br />
<br />
<strong>―なぜ、塾講師だったのでしょうか？</strong><br />
<br />
一度でいいから、塾講師という責任のある立場に身を置いて、働いてみたかったんです。あまり長く続けられなかったので、いまでも交流がある人間関係は築けませんでした。ただそれでも、生徒のために勉強の資料を探して、プリントして、連絡帳をつけたりするという手間のかかる作業が、とても充実感を与えてくれました。そのバイトをしているからといって、全ての人が責任感のある人というわけではなく、どちらかというと適当にやっている人の方が多かったですね。<br />
<br />
<strong>―飲食店はどうでしたか？</strong><br />
<br />
帰国子女限定でアルバイトを探している個人経営の飲食店があったので、あまり深く関深く考えずに始めました。そこでは、今までに関わったことがないタイプの社会人と知り合って、それぞれの人生の選び方の違いを知りました。そのうえで、一所懸命頑張っている人は、何をしていても魅力的だということを知ることができました。<br />
<br />
<strong>―そう言えば、大学でもサッカーのサークルに所属しているんですよね？</strong><br />
<br />
日本一強いと言われているサッカーサークルに入りました。久しぶりに本気で体を動かすことで、ストレス解消になり、昔より頭を使ったサッカーが出来て、とても楽しいです。また、去年の秋、大学の全国大会で優勝も果たし、とてもやりがいを感じています。<br />
<br />
<strong>―友人関係はどうですか？</strong><br />
<br />
予備校の帰国生コースで出会った友人とは、今でも仲良くしています。外資系企業や金融関係を受ける人が多かったので、その分野に興味を持ち、現在就職活動を行っています。夏の外銀のインターンにも参加することが出来ました。また、彼らのおかげで、大学の友人だけでなく、他の大学のことを知り、視野を広く保つことが出来ています。<br />
<br />
<strong>座右の銘は「疾風に勁草を知る」</strong><br />
<br />
<strong>―それでは、伊藤さんご自身のことをお聞きしたいと思います。ご自分が思う自分の第一印象や性格はどのようなものだと思いますか？</strong><br />
<br />
第一印象はさわやかだと思います（笑）　常にだれに対してもさわやかに接しようと心掛けています。ですが、落ち込みやすく、暗いと言われてしまうことがあります。性格は、社交的で、表面上は誰とでも付き合える性格だと自分では思っています。ただ、ほんとの意味で打ち解けるようになるまでは、時間がかかる方だと思います。<br />
<br />
<strong>―自分の行動パターンや集団での立ち位置は？</strong><br />
<br />
一つのことに集中する傾向があると思います。また、集団では、臨機応変に立ち位置を変えています。その場で求められていることに、自分を合わせるように心掛けています。ゼミでもサッカーでも、自分の立ち位置というものは、いつも意識しています。<br />
<br />
<strong>―なるほど。では、最後に伊藤さんが大切にしていることをお願いします。</strong><br />
<br />
「疾風に勁草を知る」という言葉が好きです。意味は、困難な状況にあるときほど、その真の価値が問われるというものです。現在就活という困難な状況下にありますが、その中で価値のある行動と対応をして行きたいと思っています。<br />
<br />
シンガポールにいたとき、特に高校時代、あまりチャレンジしなかったので、多くのことを学べなかったという後悔があります。そのときに、自分から行動しないと何も学べない、そして吸収しようという意気込みがなければ何も学べないということを学んだのです。これを座右の銘にし、困難な状況にあれど、価値ある行動を取りたいという自分への戒めです。<br />
<br />
<strong>Singapore American School ：</strong><br />
<a href="http://www.sas.edu.sg/">http://www.sas.edu.sg/</a><br />
<br />
<strong>インタビューアから一言</strong><br />
<br />
伊藤くんとは帰国子女向けの予備校で知り合った。最初はクラスも違ってあまり交流はなかったが、懇親会で波長があい、また、偶然にも地元が一緒。それからよく話すようになり、大学入学後も交遊が続いている。多才で、物事に対していつも意外な視点を持てる人物であり、話していていつも感心する。これからも交流を深めていきたいと思っている。<br />
<br />
</div>
<table class="layout2">
	<tbody>
		<tr>
			<td>
			<img src="http://www.rtnproject.com/50/img/interviewers_g_130_profile.jpg" alt="interviewees_g_157_profile.jpg" width="150" height="113" />
			</td>
			<td>鈴木優雅。１９８８年東京都生まれ。生後間もなくイングランドに移り小２まで過ごす。帰国後、東京のインターナショナルスクールChristian Academy in Japanに編入。中学２年から高校卒業までをウェールズで暮らし、Kings Monkton Schoolを卒業。大学受験のため帰国し、一橋大学経済学部に入学。大学では数理ファイナンスを専門に勉強中。</td>
		</tr>
	</tbody>
</table>
]]></description>
         <link>http://www.rtnproject.com/2011/11/vol162.html</link>
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                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">50)インタビュー</category>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">5001)学生インタビュー</category>
        
        
         <pubDate>Wed, 30 Nov 2011 21:46:52 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>更新情報11月28日</title>
         <description><![CDATA[<p>
海外生活体験者・学生インタビューvol.161をアップしました。<br />
<a href="/2011/11/vol161.html">http://www.rtnproject.com/2011/11/vol161.html</a>
</p>
]]></description>
         <link>http://www.rtnproject.com/2011/11/1128.html</link>
         <guid>http://www.rtnproject.com/2011/11/1128.html</guid>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">2010)ニュース</category>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">ニュース・イベント</category>
        
        
         <pubDate>Mon, 28 Nov 2011 23:16:25 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>海外生活体験者・学生インタビューvol.161</title>
         <description><![CDATA[<div class="sectionh2">
<table class="layout2">
	<tbody>
		<tr>
			<td>
			<img src="http://www.rtnproject.com/50/img/interviewees_gt_61_profile.jpg" alt="interviewees_g_135_2_profile.jpg" width="150" height="113" />
			</td>
			<td>古屋開さん。１９９０年ドイツ・デュッセルドルフ生まれ。生後１年で帰国した後、小学６年から中学３年まで父の転勤で再びドイツへ。４年間フランクフルト 日本人国際学校へ通う。帰国入試で学芸大学附属大泉校舎へ入学し、現在は中央大学法学部国際企業関係法学科３年に在学。大学では、「飢餓で苦しむ途上国と 肥満で悩む先進国」のフードバランスを整えるTABLE FOR TWO中央大学の代表を務める。</td>
		</tr>
	</tbody>
</table>
</div>
<div class="h3_body">
<br />
<strong>小学校時代　～サッカーがひとつの転機～</strong><br />
<br />
一言で言えば、「常に周りの人を楽しませようとする子供」でしたね。周りを楽しませたいと思うようになった理由が２つあります。<br />
<br />
１つは、大自然いっぱいの鎌倉で１０年間生活していたので、とにかく毎日山へ行ってアクティブに遊ぶような子供で、好き放題やっても良いという環境が整っていたことです。限度はありますが、好き勝手やっていたので、思いっきり楽しんでいて、常に全力に何かに取り組む姿勢がありました。また、周りの人が喜んでくれることにいきがいを感じ、もっと人を喜ばせたくなる、人目や他人の評価などを気にする子どもでもありました。<br />
<br />
２つ目に、３人兄弟の末っ子であったため、家族に溺愛されていて、今思えば非常に自由気ままな生活をすることが許されていたと思います。家族に愛されていたからこそ、その愛情を家族に還元したいという気持ちが常にありましたね。小学生までは本当に無邪気に遊び、家族を喜ばせるためには手段を問わないほど、一所懸命であったと思います（笑）<br />
<br />
友達に誘われて始めたサッカーも、幼少期から小学生までの自分の人格を形成する上で、とても大きな要素になったと思います。サッカーはチームスポーツですから、一つ一つのプレーや動作にも、相手のことを思うことが必要不可欠とされていました。<br />
<br />
自由気ままな自分は、家族という環境では許されていたのですが、サッカーというチームスポーツでは勝手なことはできず、状況次第で自分を抑えなくてはならないことを知りました。だた、そこでの人間関係でも、やはり自分を抑えつつも、他人を喜ばせるといった存在であり続けることを意識していました。<br />
<br />
<strong>中学時代　～ドイツ在住という二つ目の転機～</strong><br />
<br />
他人を思いやりながらも自己成長に喜びを感じる子供でした。小学５年生のときに、人生の１つのターニングポイントでもある、ドイツへの渡航があります。日本の鎌倉という田舎で長年育った私には、そのような機会は刺激的としか言いようがありませんでした。<br />
<br />
父親の転勤が決まったときに、海外でしかも見知らぬ地へ自分が行くことが決定してしまったことに、驚きを隠せませんでした。不安のあまり、期待感というより寂しいといった感じです。<br />
<br />
ここで常に周りを楽しませようとする自分のスタイルが変化する転機が訪れたのです。小学６年から、ドイツのフランクフルトの日本人学校へ通うことになりました。日本人学校ということで、学校の生活環境などあまり日本と変化はありませんが、もっとも変化を感じたことは、学校から一歩外へ出れば「ドイツ」という異国の地であることです。<br />
<br />
今まで続けていたサッカーを本場であるドイツでもやりたいと思い、現地のサッカークラブへ入会しました。ドイツ人４割、移民の人たちが５割、日本人１割の国際色豊かなひとたちが所属していました。<br />
<br />
ここでは、今まで通用していたことがしなくなる、初めての挫折を味わいました。１つ目は「言葉の壁」による人とのコミュニケーションの断絶と、それによって人間関係の形成に時間が掛かってしまったのです。２つ目は、「体格の差」によるサッカーの能力差です。日本では通用していた自分の力が、こちらでは全くと言っていいほど通用しませんでした。<br />
<br />
現地でのサッカーは完全実力主義。結果を出せば良い。今までの手法が通用しないことを悟った私は、手法を変え、レギュラーを奪うべく努力をしました。積極的にコミュニケーションを取るために、まずは好かれようと、日本の漫画など現地の人が関心を抱くようなことを採り入れ、そのサッカークラブ内における自分の地位を築きあげていきました。<br />
<br />
また、日本人の素早い動作やスピードを活かそうと、現地の人にないであろう力を自分の特性として活かしました。結果を積み上げ、レギュラーの座を奪い取りました。他者にない強みを生かして問題を克服し、自己成長を感じながらプレーしていましたね。<br />
<br />
サッカーとは関係ないのですが、父親が旅行好きだということも、僕の人生においては大きな要素となっています。ヨーロッパはほとんど行っていますね。小さい頃から家族旅行は頻繁に行ってました。とにかく家族が仲良く、その中での私の立ち位置は、いつも盛り上げ役でした。<br />
<br />
友だちの勧めもあって、生徒会長にも立候補しました。とても少人数の学校でしたが、生徒会活動は私にとって非常に良い経験でしたね。人の上に立って何かを仕切ったことがあまりなかったのですが、一度やってみたら、案外自分にも適性があるのではと思ってしまいました。非常に良いサポートメンバーに恵まれ、それまでの周りを盛り上げるだけの自分から脱却を図ることが出来たきっかけでもあります。<br />
<br />
<strong>高校時代　～活動的な日々を送る～</strong><br />
<br />
一応、文武両道でした（笑）　ドイツでの生徒会の経験を活かそうと思い、生徒会活動は続けていました。また、帰国子女のみの少人数制の高校であったため、自分がやりたいことは出来るという環境が整っていたと思います。<br />
<br />
サッカークラブにも所属していたのですが、監督不在のときはチームメンバーのみで勝つための戦略を練ったり、独自の自主練習をやったりするなど、様々な取り組みをしたのが良い思い出ですね。帰国子女は上下関係があまり厳しくないので、良い意味で先輩と後輩の風通しも良かったです。<br />
<br />
もう１つ高校時代に力を入れたものに、生徒会活動の一環である清掃活動があります。帰国子女のゴミの分別のマナー問題を解決すべく、改善されない際の処置など、様々な方法を駆使して、校内の美化清掃に力を入れ、校内美化の徹底に尽力しました。<br />
<br />
高校生にもなると、一般的に社会にどう思われるのか、客観的に考える機会が急激に増えたと思います。生徒会活動の「学生フォーラム」と呼ばれる大きなイベントの際には、都内国立校が協力し合って、互いの高校のブース設置、高校紹介を行ったのですが、常に「見られる」ということを意識するようになりました。<br />
<br />
<strong>大学生活</strong><br />
<br />
まだ大学生である自分を表現することは難しいですが、現段階では、人からの期待を受け、それに対して全力を尽くし、やりがいやいきがいを感じるような人物になりたいと思っています。小中高の様々な経験を通して思うのは、やはり自分は第三者に評価されることで自分を知り、さらに何かを期待してくれる状況があるからこそ、頑張ることが出来る。<br />
<br />
大学２年のときに出会ったのが、TABLE FOR TWOの理念とその存在です。学生団体で少し社会経験を踏んだ後に出会ったのが、このTFTなのですが、大学の特性と私が叶えたいビジョンに対して、明確にアクションを起こせると確信し、大学生活ではこれ一本に頑張っていくことを決意しました。<br />
<br />
１８人のメンバーを操る代表として、気をつけた点は、一対一での対話を通し、細かいことでも不明な点をなくして、全員のキャッチアップを図り、進捗状況を正確に把握し、常にみんながついて来られるような体制作りをしました。TFTの活動は、とても地道な作業やなかなか結果に現れない側面もあるのですが、今はメンバーとともに協力し合いし、また切磋琢磨し合って、真剣に取り組んでいます。<br />
<br />
<strong>インタビューアから一言</strong><br />
<br />
内定先の同期も彼と一緒にTABLE FOR TWOをやっています。古屋くんのことをとても高く評価しています。いつも真面目という印象の古屋くんですが、「常に周りの人を楽しませようとするという一面も持ち、ギャップも見せてくれました。家族や友だちを大切にし、周囲の期待に応えるためにベストを尽くす。この根本的な価値観が彼をモチベートし、高校や大学での精力的な活動につながったのではないかと感じました。楽しい時間をありがとうございました。これからの活躍に期待しています。一緒に頑張りましょう！<br />
<br />
</div>
<table class="layout2">
	<tbody>
		<tr>
			<td>
			<img src="http://www.rtnproject.com/63/img/uken.jpg" alt="interviewees_g_152_profile.jpg" width="150" height="113" />
			</td>
			<td>盧禹剣。１９８５年１２月中国吉林省生まれ。高校卒業した１９歳のときに、日本へ留学する。２年間語学学校に通い、その後早稲田大学基幹理工学部に合格し、２０１１年現在情報理工学科４年に在学。留学生と現地学生の情報ネットワークを築くために、中国留学生会に入り、企画責任者として国際交流イベントを多数担当する。また、父の独立を手伝い、飲食店の立ち上げにも力を入れた。</td>
		</tr>
	</tbody>
</table>
]]></description>
         <link>http://www.rtnproject.com/2011/11/vol161.html</link>
         <guid>http://www.rtnproject.com/2011/11/vol161.html</guid>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">50)インタビュー</category>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">5001)学生インタビュー</category>
        
        
         <pubDate>Mon, 28 Nov 2011 23:07:43 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>更新情報11月26日</title>
         <description><![CDATA[<p>
海外生活体験者・学生インタビューvol.160をアップしました。<br />
<a href="/2011/11/vol160.html">http://www.rtnproject.com/2011/11/vol160.html</a>
</p>
]]></description>
         <link>http://www.rtnproject.com/2011/11/1126_2.html</link>
         <guid>http://www.rtnproject.com/2011/11/1126_2.html</guid>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">2010)ニュース</category>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">ニュース・イベント</category>
        
        
         <pubDate>Sat, 26 Nov 2011 19:34:57 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>海外生活体験者・学生インタビューvol.160</title>
         <description><![CDATA[<div class="sectionh2">
<table class="layout2">
	<tbody>
		<tr>
			<td>
			<img src="http://www.rtnproject.com/50/img/interviewee_s_151_2_profile.jpg" alt="interviewees_g_135_2_profile.jpg" width="150" height="113" />
			</td>
			<td>稲葉省吾さん。１９９０年神奈川県の田舎生まれ。小学校５年生のときにアメリカのニュージャージー州に引っ越し、７年８ヶ月ほど滞在。Parsippany Hills High Schoolを卒業後、日本に帰国。２００９年に上智大学国際教養学部に合格し、現在３年に在学。国際教養学部の制度を活用して、史学や政治学など複数の科目を学んでいる。RTN Project上智支部代表。</td>
		</tr>
	</tbody>
</table>
</div>
<div class="h3_body">
<br />
<strong>生まれ育ったこのムラで死ぬ！</strong><br />
<br />
<strong>―アメリカに行くまでの小学校時代について教えて下さい。</strong><br />
<br />
私は神奈川の典型的な田舎に生まれたんですが、歩いて５分もしないところに田んぼやハクビシンが出る林がある環境でした。そんな場所で幼少期を過ごせば、きっとスポーツ好きなやんちゃな男の子が育つんでしょうけど、私はまるっきり反対に育ってしまいました（笑）　Nintendoでばっかり遊んでいました。アウトドアで、今も記憶している好きだったことっていうと、カナヘビと遊んだことぐらいかなぁ&hellip;&hellip;。とっても普通？な男の子でした。<br />
<br />
日本の小学校に通っていた頃は、スポーツするのが嫌だったから、休み時間もずっと教室にいて、女の子と絵を描いたり、折り紙折ったりしていましたね。でも、折り紙と絵はこの頃から得意で、やってると周りからクラスメートが寄って来てくれたんです。皆に褒められると、段々自分にも自信が付いてきました。<br />
<br />
<strong>―アメリカに行ったのはいつですか？</strong><br />
<br />
５年生の２学期目でした。母親にいきなり、「父親がアメリカへ仕事に行くから引っ越す」と言われて、最初は大泣きしました。東京にもほとんど行ったことなかったような子供だったので、心底嫌でしたね。当時の私は「生まれ育ったこのムラで死ぬ！」っていう感じの人生設計を描いていたんですよ。<br />
<br />
ところが、数週間後にはアメリカに行きたくてワクワクしていました。きっかけは覚えていませんけど、「これも人生か」と思うようになりまして(笑)　昔から、意外なところで、マイペースでポジティブなところがあるんですよ。時間が経って、変化に対する恐怖心よりも、未知の世界への好奇心が勝ったのかもしれません。お得な性格の子供だったかも（笑）<br />
<br />
<strong>とにかくBIGだった！</strong><br />
<br />
<strong>―初めての海外、どんな気持ちで行きましたか？</strong><br />
<br />
アメリカ行く前は、「きっと猛毒を持っているでっかいハチとか、いかついマッチョマンだらけなんだろうなぁ」って漠然と思っていました。<br />
<br />
<strong>―なんですかそれ（笑）</strong><br />
<br />
私はハチが苦手なんです（笑）　マッチョマンだらけっていうのはゲームの影響。<br />
<br />
実際にアメリカの大地に降り立った第一印象は、「とにかくBIG！」でしたね。周りのものが何もかも大きいんです。車も、道路も、建物も、食事も、野菜も！　スケールのデカさに感動しましたよ。ちなみに、私が住んでいたところにでかいハチとマッチョマンはいませんでした（笑）　のどかで、おじいさんおばあさんが沢山住んでいる平和な田舎でした。それにしても、田舎と縁がありますね。日本からアメリカに移っても、結局住んでいるのは田舎なんですから。<br />
<br />
<strong>―実際の生活は、どんな感じでしたか？</strong><br />
<br />
日常の中では、学校生活がとても大変でした。Yes, No, Thank youの３つしか知らない状態で引越したので、まともなコミュニケーションが取れませんでした。転校初日に自己紹介をしたんですが、自分の発音が弱々しすぎて、先生が自分の名前をなぜか「イシカブー」って間違えて覚えてしまったんですね。日本に住んでいた頃、英会話教室に少し通いましたけど、全然役に立ちませんでした。当時の自分の英語力はcatsをキャットスと呼ぶくらいのものでしたから。<br />
<br />
チキンだった性格も災いして、小学校は休みがちでした。そもそも言葉がわからないから、授業についていけず、辛かったです。日本人は算数が得意とか言われますけど、割り算掛け算の言い方も分からず、おかげで算数もできませんでした。英語が喋れないから、イジメられても、言い返すことすらできません。<br />
<br />
しかし、落ち着いて考えてみると、「英語が話せれば何も怖いことはないんじゃないか？」ということに気づいたんです。それから奮起して、中学に進学してからは勉強をもっと頑張れるようになりました。英語も少しずつ話せるようなって、数学はアメリカ人の友だちに交じって出来るほどになりました。中学３年に進級する前までには、「君はHonors Class（上級クラス）で数学と化学を勉強しなさい」と先生に言ってもらえました。<br />
<br />
<strong>―頑張った甲斐がありましたね。<br />
</strong><br />
周囲には本当に感謝しています。アメリカに行って、最初の方は不安だったし、イジメも受けましたが、友だちは意外とすぐにできて、学校が終われば友だちの家で遊ぶ毎日でした。今から思えば、英語もまともに話せず、運動も勉強もできない外国からきた子にあんなに優しく接してくれたなんて、本当に恵まれた環境だったと思います。<br />
<br />
<strong>自分の絵を認めてもらえた</strong><br />
<br />
<strong>―その後の学校生活は、どうやって過ごしましたか？</strong><br />
<br />
学業に関しては、いつの間にか問題がなくなってたし、高校入学直後にESLを卒業したので、ずっと取りたかった美術の授業に、積極的に取り組みました。中学時代は美術の授業をとることができなかったので、一気にのめり込みました。そのおかげで、絵がみるみるうちに上達して嬉しかったです。このとき、既に絵は私のアイディンティティだったので、美術の分野で自分を認めてもらいたいという気持ちが強かったですね。<br />
<br />
１２年生のときには、地区で開かれた美術コンクールで入賞することができました。このコンクールには１０年生の頃から毎年作品を出していたのですが、小さい頃から続けてきた絵だったので、誰にも負けたくないという想いがありました。その想いを込めて、美術の先生のアドバイスをしっかり聞きながら、地道に努力を続けて技術を磨き、入賞という大きな結果が実りました。<br />
<br />
絵に関してはもう一点、私の学年で１番絵が上手い生徒として認められたことも嬉しかったです。卒業アルバムの企画に人気投票があって、そこで私は「学年で１番絵が上手い人」の男子部門で１位に選ばれました。絵を競いあったり、美術の先生に審査してもらったりした訳ではなく、生徒間での人気投票で決まったということは、身近にいる人たちに自分の絵を認めてもらえたということ。シンプルに嬉しかったです。<br />
<br />
<strong>―絵を描くことが本当に好きなんですね！</strong><br />
<br />
大好きです！　今でも絵を定期的にネットにアップしたり、イラストコンテストに応募したりしてますよ。すごいニッチですが、北条イラストコンテストっていう、地方新聞社が主催した関東の戦国大名のイラストコンテストで審査員特別賞を受賞したこともあります！（笑）<br />
<br />
<strong>「私がやった」に憧れる</strong><br />
<br />
<strong>―大学に進学してからはどうですか？</strong><br />
<br />
大学では国際教養学部に在籍していますが、社会学の分野が特に面白いです。日本史に強い興味をもっていることもあり、今は日本史における女性の存在や、室町時代のキリスト教について勉強しているのですが、講義はとても楽しいし、いつも新しい発見を与えてくれます。幸い、GPAも悪くない（笑）<br />
<br />
大学に進学して一番感じたことは、世界は広いということです。それは出会う人の多様さでもあるし、それが次々に繋がっていく豊富さでもありますね。RTN　Projectに関わってから他大学の学生と交流するようになりましたが、それがきっかけでNGO団体のイベントに参加してパネルディスカッションのファシリテーターを務めたこともあります。<br />
<br />
他にも、バイトなら塾講師と翻訳に挑戦しました。サークルは合気道サークルに入って内務を務めています。あと、外資系IT企業のインターンに参加して、最優秀賞をもらったり&hellip;&hellip;、とにかく人と人との「繋がり」が拡がっていっていることを強く感じますね。<br />
<br />
<strong>―それでは、今考えていること、将来に対する思いを聞かせて下さい。</strong><br />
<br />
漠然とですが、人から褒められる仕事がしたいです。例えば、広告業界に身を置けば「アレは私が製作に携わった広告なんだよ！」と人に堂々と言えるし、作品によってはカンヌなどで国際的に評価される。メーカーにしても、「アレはウチの会社が作ってるよ！」と皆に自慢できる。憧れてるんです。「私が作った」「私がやった」と胸を張って言えることに。<br />
<br />
あと、これは私の過去の体験に起因していると思うのですが、色々な場所で仕事をしたいと思っています。自分にとって、海外はとても居心地がいい。自由な空気をもっている場所でした。新しい場所で、自らが個として周囲に認められていくことの快感、人と出会い知り合うことの喜びを追い求めたいです。<br />
<br />
<strong>インタビューアから一言</strong><br />
<br />
予備校で知り合いになった稲葉くんですが、こうしてライフストーリーについてじっくり話したのは恐らく初めてです。見た目はなんだかアキバ系っぽくて、頼りなげにも見えますが、実は合気道の猛者です（笑）　自分の軸はしっかりとしていて、好きなことに対する興味と熱意が強いし、色々なことにも積極的にチャレンジしている印象を受けました。これからもお互い頑張りましょう！<br />
<br />
</div>
<table class="layout2">
	<tbody>
		<tr>
			<td>
			<img src="http://www.rtnproject.com/50/img/interviewees_g_154_profile.jpg" alt="interviewees_g_152_profile.jpg" width="150" height="113" />
			</td>
			<td>田中潤。１９９０年生まれ。アメリカ・カリフォルニア州出身。Palos Verdes Peninsula High Schoolにて生徒会長を務める。１８年間のアメリカ生活から一転、帰国して０９年東京大学に入学。現在同大学法学部３年に在籍。日比野勤的な、精神学、論理学の観点から憲法を解析し、掘り下げて行くメソドロジーを探求。同時に、寺尾美子教授の下で、英米法を憲法的観点並びに女性裁判官の視点から俯瞰し研究する指導を受けている。</td>
		</tr>
	</tbody>
</table>
]]></description>
         <link>http://www.rtnproject.com/2011/11/vol160.html</link>
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                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">50)インタビュー</category>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">5001)学生インタビュー</category>
        
        
         <pubDate>Sat, 26 Nov 2011 19:28:34 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>就活支援セミナー2011　第５回詳細情報</title>
         <description><![CDATA[<div>
<span style="color: red"><strong>教室が３１１号室に変更になりました。お間違えのないようにお願い致します。<br />
</strong></span><br />
2011年度　第５回目の就活支援セミナーの詳細が決定いたしました。<br />
<br />
すごいゲストが集まります！！<br />
<br />
第５回セミナーは、海外生活体験のある社会人経験1０年以上のOB・OGを１０数名お招きします。まとめてOB・OG訪問する絶好の機会です！　今回は、会場のキャパシティがないので、<span style="color: red"><strong>オープンエントリーは５０名限定</strong></span>とさせていただきます。ですから、直前のキャンセルはご遠慮願います。連絡がない場合は、次回以降エントリーをお受け致しません。<br />
<br />
また、エントリーと同時に、登録がお済でない方は、RTN Network(SNS)に登録し、「就活生フォーラム」と所属大学・予備校コミュ等関連コミュにご参加を願います。<br />
<br />
弊団体の就活支援セミナーは、参加＆学習型のセミナーです。「就活生フォーラム」には、第４回までの講義レジュメをアップ致します。学習効果を最大限に引き出すために、セミナーまでにレジュメを読了しておくことを参加条件と致します。<br />
<br />
以上３点が、エントリーの条件になりますので、よろしくお願い致します。<br />
<br />
なお、ＲＴＮプロジェクト就活支援セミナーの概要は、<a href="/2011/09/2011.html">こちら</a>からご覧ください。<br />
<br />
<strong>【主宰】</strong>すどうさん （<a href="/65/6501">こちら</a>から）<br />
<br />
<strong>【開催日】</strong>１２月１８日（日）<br />
<br />
<strong>【開催場所】</strong><br />
<br />
独立行政法人　国立青少年教育振興機構<br />
国立オリンピック記念青少年総合センター<br />
<a href="http://nyc.niye.go.jp/">http://nyc.niye.go.jp/</a><br />
<a href="http://nyc.niye.go.jp/facilities/d7.html">http://nyc.niye.go.jp/facilities/d7.html</a><br />
センター棟３１１号室<br />
<a href="http://nyc.niye.go.jp/facilities/d6-1.html">http://nyc.niye.go.jp/facilities/d6-1.html</a><br />
<br />
<span style="color: red"><strong>場所は以下でご確認ください。</strong></span>当日誘導はございません。<br />
<br />
<iframe width="450" height="450" frameborder="0" scrolling="no" marginheight="0" marginwidth="0" src="http://maps.google.co.jp/maps?hl=ja&amp;lr=&amp;ie=UTF8&amp;q=%E5%9B%BD%E7%AB%8B%E3%82%AA%E3%83%AA%E3%83%B3%E3%83%94%E3%83%83%E3%82%AF%E8%A8%98%E5%BF%B5%E9%9D%92%E5%B0%91%E5%B9%B4%E7%B7%8F%E5%90%88%E3%82%BB%E3%83%B3%E3%82%BF%E3%83%BC&amp;near=%E6%9D%B1%E4%BA%AC%E9%83%BD&amp;fb=1&amp;split=1&amp;gl=jp&amp;cid=0,0,8355391103327143777&amp;ei=F8jqSZOoFcWNkAWf08GmCA&amp;ll=35.676699,139.6929&amp;spn=0.006972,0.009656&amp;z=16&amp;output=embed"></iframe><br /><small><a href="http://maps.google.co.jp/maps?hl=ja&amp;lr=&amp;ie=UTF8&amp;q=%E5%9B%BD%E7%AB%8B%E3%82%AA%E3%83%AA%E3%83%B3%E3%83%94%E3%83%83%E3%82%AF%E8%A8%98%E5%BF%B5%E9%9D%92%E5%B0%91%E5%B9%B4%E7%B7%8F%E5%90%88%E3%82%BB%E3%83%B3%E3%82%BF%E3%83%BC&amp;near=%E6%9D%B1%E4%BA%AC%E9%83%BD&amp;fb=1&amp;split=1&amp;gl=jp&amp;cid=0,0,8355391103327143777&amp;ei=F8jqSZOoFcWNkAWf08GmCA&amp;ll=35.676699,139.6929&amp;spn=0.006972,0.009656&amp;z=16&amp;source=embed" style="color:#0000FF;text-align:left">大きな地図で見る</a></small><br />
<br />
<strong>【当日のスケジュール】</strong><br />
<br />
受付開始：9時00分<span style="color: red">（時間厳守で願います）</span><br />
開始時間：9時30分<br />
終了時間：17時00分<br />
(講義120分、お昼休み60分、パネル・ディスカッション90分 、懇親＆懇談150分)<br />
<br />
<strong>【費用】</strong>1000円（会場費・コピー代・OB/OGの交通費等に当てさせていただきます）<br />
<br />
<strong>【ドレス・コード】</strong>私服でお願いします。<br />
<br />
<strong>【申し込み方法】</strong>エントリーをご希望の方は、<a href="/2011/09/2011_5.html">エントリー・フォーム</a>に、氏名・連絡先アドレス等を全てご記入の上、送信してください。PCアドレスは個人のパーマネント・アドレスをご使用ください。大学のアドレス等は受け付けておりません。<br />
<br />
なお、個人情報の取り扱いについては、<a href="/2007/10/privacy.html">プライバシー・ポリシー</a>を厳守しております。<br />
<br />
詳細等については、以下にお問い合わせ下さい。<br />
<a href="/inquiry.html">info@rtn-net.com</a><br />
<br />
<strong>【注意】</strong><br />
<br />
■当日は時間厳守でお願いいたします。<br />
■事前に地図で場所をご確認ください。<br />
<br />
<strong>【当日スケジュール】</strong><br />
<br />
<strong>第１部　就活について学ぼう！<br />
【講義】</strong><br />
<br />
「実践的ＥＳ対策」 　そこできみは何をアピールしようというのか？<br />
「面接対策」 　ひとは見た目が９割。最初の３分ですべてが決まる？<br />
<br />
<strong>第２部　面接官と会おう！（OB・OGの話を聴く）<br />
【パネル・ディスカッション】</strong><br />
<br />
テーマ ： 「新入社員に望むこと」<br />
<br />
<strong>第３部　先輩方と懇親＆懇談です！<br />
【懇親＆懇談会】</strong><br />
<br />
以下、昨年度参加の社会人ＯＢ＆ＯＧゲストの紹介です。<br />
（今年度参加の社会人OB＆OGは確定次第お知らせ致します）<br />
<br />
ＮＨＫ・メガバンク・ＩＴ系ベンチャー・財閥系商社・外交官・外資系生保・ＴＢＳ・テレビ朝日・フロムワン（元サントリー系広告代理店）・弁護士（元通信社）・外資系ＩＴ企業・日系製薬会社（ＭＢＡホルダー）・会社経営者・その他<br />
</div>
]]></description>
         <link>http://www.rtnproject.com/2011/11/2011_5.html</link>
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                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">2020)イベント</category>
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         <pubDate>Wed, 23 Nov 2011 18:28:25 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>更新情報11月23日</title>
         <description><![CDATA[<p>
海外生活体験者・学生インタビューvol.159をアップしました。<br />
<a href="/2011/11/vol159.html">http://www.rtnproject.com/2011/11/vol159.html</a>
</p>]]></description>
         <link>http://www.rtnproject.com/2011/11/1123_1.html</link>
         <guid>http://www.rtnproject.com/2011/11/1123_1.html</guid>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">2010)ニュース</category>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">ニュース・イベント</category>
        
        
         <pubDate>Wed, 23 Nov 2011 17:44:57 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>海外生活体験者・学生インタビューvol.159</title>
         <description><![CDATA[<div class="sectionh2">
<table class="layout2">
	<tbody>
		<tr>
			<td>
			<img src="http://www.rtnproject.com/50/img/interviewees_s_249_profile.jpg" alt="interviewees_g_135_2_profile.jpg" width="150" height="113" />
			</td>
			<td>浅野卓也さん。１９８９年東京生まれ。小学校、中学校ともに地元の公立校に通う。２００４年、９年生の開始に合わせ渡米。アメリカ、コネチカット州のGreenwich High Schoolを卒業後、帰国する。現在は早稲田大学教育学部複合文化学科に在籍。第２外国語はスペイン語を選択。課外活動ではゴルフサークルに所属し、年２回のリーグ戦にむけて日々練習を重ねている。</td>
		</tr>
	</tbody>
</table>
</div>
<div class="h3_body">
<br />
<strong>―今日はよろしくね！</strong><br />
<br />
よろしく！<br />
<br />
<strong>いわゆる&ldquo;悪がき&rdquo;って感じ</strong><br />
<br />
<strong>―幼少期の自分を振り返るとどんな少年だったと思う？</strong><br />
<br />
物凄く元気がよくて、いわゆる&ldquo;悪がき&rdquo;って感じ（笑）　基本的に外で遊ぶのが大好きで、愛車のマウンテンバイクでいろいろな場所をうろうろしてた。雨が降った後なんて、わざわざ水たまりに自転車で突っ込んだりしてね。楽しんでたよ。家に帰れば、しっかり母親に怒られるっていうコースね（笑）<br />
<br />
今はそうでもないけど、釣りとか、昆虫採集も好きだったな。釣具屋で餌のミミズを買って、おじさんに冷蔵庫に保管するように言われてさ、聞いたまま実行したら、これまた母親激怒（笑）　冷静に考えれば、家の冷蔵庫にミミズが入ってたら、怒るのも当たり前なんだけど&hellip;&hellip;。それだけ夢中だったんだと思う！（笑）<br />
<br />
両親は基本的に厳しくて、食事中のマナーとか、時間には特に厳しかった。やんちゃで、見栄っ張りな時期だから、みんながまだ遊んでいる中、ひとりだけ早く帰ったり、当時はそれが本当に辛かったけど、今はありがたく思ってる。寝坊や遅刻をしないのは、その頃厳しくしてもらったからだと思う。<br />
<br />
<strong>―なるほどね。うちも親が割と厳しかったからその気持ちすごいわかる！</strong><br />
<br />
<strong>もう頭の中真っ白（笑）</strong><br />
<br />
<strong>―中学では何か変化はあった？</strong><br />
<br />
小学校からずっとサッカーをやっていたんだけど、そのままの流れでサッカー部へ。それまで先輩には可愛がってもらってきたし、後輩とも仲良くしてきたから、縦の関係って一度も考えたことがなかったんだ。だけど、中学の部活ではそれを初めて意識させられた記憶がある。つい１、２年前には凄く仲良かった先輩と敬語で話さないとならなくなったり、後輩も変に意識して敬語で話してきたり。部というか、中学校にそういう雰囲気があって、正直やりにくかった。だけど、基本的にはサッカーを中心に楽しく、それなりにやんちゃに過ごせたかな。<br />
<br />
<strong>―中学３年生になると、父親の転勤の関係で、アメリカ行きが決まったんだよね？</strong><br />
<br />
そう。実際にアメリカに行く２ヶ月前くらいかな？　父親にアメリカのコネチカット州へ行くことを告げられて、もう頭の中真っ白（笑）　しかも時期が悪い。こんな性格だから、体育が一番好きな授業なわけですよ。渡米は運動会の数日前。本番に僕はいないから、運動会の練習は全部自分がいない想定で進むわけ。学年で１つ作る組体操のピラミッドのメンバーにも入れなかったし、かなり歯がゆい２ヶ月間が続いた。海外に行きたいと思ったこともなかったから、とにかくクラスのみんなやサッカー部のみんなと離ればなれになるのが辛かった。直前は泣きまくった（笑）<br />
<br />
<strong>とりあえず５日間は終了</strong><br />
<br />
<strong>―実際にアメリカへ行ってみてどうだった？</strong><br />
<br />
僕が行った６月末は、アメリカの学校の年度末にあたる時期だったんだ。ちょっと中途半端な時期だったんだよね。だからアメリカへ行って、すぐに現地のミドルスクールに行くことになって。ESLっていう英語が第２言語の人が受ける授業だけ受講した。たったの５日間だけだったんだけど、ちゃっかり卒業証書をもらったりなんかしたんだよ（笑）<br />
<br />
でもそんなことより、どこへ行くにも親に送り迎えをしてもらわなければならなくなったせいか、すごく幼稚な気分になった。中学３年にもなって、学校に親の送り迎えだからね&hellip;&hellip;。それに、ＥＳＬの授業にいた外国人も、なんとなく幼いというか。日本人だからだろうけど、ポケモンの話とかされて、小学校でポケモン卒業したよ&hellip;&hellip;とか思いつつ、すごく微妙な気分になった。そんなこんなで右も左もわからないまま５日間は終了。<br />
<br />
<strong>本当に全てが嫌だった</strong><br />
<br />
<strong>―高校は４年間現地校に通ったんだよね？</strong><br />
<br />
うん。９月からは、実際に現地のGreenwich High Schoolという高校に通い始めた。全校生徒２８００人の大きな学校。日本の大学と一緒で、自動登録された授業以外は全部自分で選択するシステムだったり、履修登録等の相談をするカウンセラーがいたり、日本とのスケールの違いに驚かされた。小学校、中学校と地元の雰囲気しか知らないうえに、授業で習う程度の英語で、そういうプロセスをこなすわけだから、辛いのなんのって&hellip;&hellip;。最初は本当に全てが嫌だった。全てが。<br />
<br />
<strong>―その後も何か辛い経験はあったの？</strong><br />
<br />
振り返ると、自分にとってやっぱり辛かったのは、先にも後にも英語なのかなって思う。それまで特に何にも困らず、どちらかと言えばイケイケな感じで生きていて、いきなり言葉が通じない環境だからね。自分を出し切れないことで、外国人に相手にされなかったり、なんとなく誤解をされたり。年月を重ねるにつれて、ある程度英語はできるようにはなるわけだけど、その次元、その次元で、やっぱり言葉の壁はあった。本当の自分を表現できたうえで、この人たちと付き合うことができればなぁって思うと、すごく不甲斐ない気分になった。<br />
<br />
<strong>今の自分があるのは</strong><br />
<br />
<strong>―逆に良い思い出とかはある？</strong><br />
<br />
大きく分けて２つある。まず、現地での思い出としては、やっぱりずっと続けてきたサッカーがかなり役立った。特に最後の年は、前年に主力選手が抜けて&rdquo;rebuilding year&rdquo;とか言われてた中で、地区優勝をしたんだ。もちろんサッカーでも、もっともっと自分を出せればというか、歯がゆい思いは常にあったけど、チームメートには凄くよくしてもらったし、心の底から喜びと楽しさを感じられたのがその年のサッカーシーズンだった。<br />
<br />
サブであまり試合に出れないメンバーも含めて、ものすごく良い雰囲気のシーズンだったんだよね。サブのメンバーにイスラエル人のチームメートがいたんだけど、みんなの得点シーンをビデオ撮りして、YouTubeにＵＰしてくれたりして、実は自分の動画もあるんだけど（笑）　凄くいい雰囲気のチームだった。<br />
<br />
<strong>―えー！！　検索しよー（笑）　もう１つの思い出は？</strong><br />
<br />
もう１つは、現地で出会った日本人との関係かな。僕が行った学校には日本人も結構いたんだけど、アメリカへ行った当初は、なかなか違った性格の人を受け入れることができなかったんだ。だけど、そのうち他校の日本人との交流も増えたりして、本当にいろいろな人と出会えたことで、人に対する考え方が大きく変わった。<br />
<br />
どこで誰が自分にとって大事な存在になるかわからないし、どのタイミングで誰が自分を救ってくれるか分からないってことを学んだのかな。人との繋がりがどれだけ大切か考えさせてくれたし、自分がいかに恵まれた環境にいるのか感じさせてくれた。本当に尊敬できる人がたくさんいるんだよね。今はそれぞれ別々の大学で、それぞれの活動をしていたり、なかには社会人になっている人もいたりするけど、今でも何かあればいろいろ話せる人がいるのは、自分にとって何にも変えられない大きな財産だと思ってる。<br />
<br />
辛い経験も、最高に楽しい経験もできたアメリカ生活が、自分にとって確実に人生のターニングポイントになったって強く思う。あのまま普通に日本で暮らしていたら、どうなってたか想像もできないよ。今の自分があるのは、この経験があったからだと思ってる。<br />
<br />
<strong>―いいねー！　ほんと人との繋がりって大切だよね。</strong><br />
<br />
<strong>いろいろな人がいるから面白い！</strong><br />
<br />
<strong>―大学では一変、ゴルフサークルに所属？　なんでいきなりゴルフに目覚めたの？</strong><br />
<br />
そう！　ゴルフ！（笑）　単純にゴルフがやりたかったっていうのもあるけど、やっぱり高校のときにサッカーで優勝したことで、一区切りかなって思ってしまった部分があった。さらに言うと、サッカーじゃないスポーツを通して出会う人に凄く興味があって、大学ではゴルフを選んだ。そういう意味では、もう両立が厳しくなって辞めてしまったけど、子どもと遊ぶボランティアサークルにも入ってた。各団体には、いろいろな人がいるから面白い！<br />
<br />
<strong>―具体的な活動としては？　確か主将をやっているんだっけ？　大変だった？</strong><br />
<br />
サークル活動自体は、ゴルフをメインにした多くの行事があるんだけど、ぼくは主将という役職がら、年２回行われるリーグ戦に注力してきたよ。リーグ戦は他大学と戦う公式試合で、かなり本格的。１年生の後期に、先輩のキャディーとして試合を見に行ってから、ゴルフにはこんな世界があるのかと衝撃を受けて、選手として出場することが自分の中の目標になった。２年生の春から試合に出させてもらって、３年次は主将になった。<br />
<br />
<strong>仲間と手にした最高のトロフィー</strong><br />
<br />
主将という役職は先輩に選んでもらうんだけど、正直今までの主将像と自分自身のレベルの差がかなりあると感じてた。リーグ戦での成績等を評価してくれて、先輩が自分を選んでくれたのはすごく伝わってきたから、絶対この役職をやりきろうと決めた。だから、自分としても納得できるような主将像に近付くためにかなり練習したよ。<br />
<br />
結果としては、春に２部で優勝して１部に昇格。大好きなメンバーと優勝できて、本当に主将に選んでもらえてよかったと思った瞬間だった。そして迎えた秋も、１つ上のリーグで、あえて優勝だけを目標にみんなで取り組んできた。正直こんなドラマチックな展開があるのかというくらい僅差で、まさかまさかの優勝！！！<br />
<br />
最後は気持ちだと強く感じたし、心の底から感動した。ゴルフは個人競技だけど、リーグ戦は団体戦だから、チームで勝ち取った優勝という感覚がたまらなかった。間違いなく大学時代で１番の思い出になったよ。最高の仲間と手にした最高のトロフィーだよ。<br />
<br />
<strong>―そっかぁ。ほんとにおめでとう！　最後に、将来こんな人になりたいとか、何かあれば教えてください。</strong><br />
<br />
現段階では大したことは言えないけど、ロングスパンで変わらない信念みたいなものを持っていたいな。いろいろな人との関わり合いから、いろんなことを考えるけど、割とそういうのは刹那的な感情として終わる気がする。だから、何かぶれない自分なりのこだわりを持って生きたいなって思う。そういう人を見てかっこいいと思うし、自分自身もそれがあればぶれないのかなって。それを見つけるのは時間がかかるのだろうけど。<br />
<br />
<strong>―なるほど。　今日はどうもありがとう！　お疲れ様でした。</strong><br />
<br />
こちらこそ本当にありがとうございました！<br />
<br />
<strong>Greenwich High School ：</strong><br />
<a href="http://www.greenwichschools.org/page.cfm?p=20">http://www.greenwichschools.org/page.cfm?p=20</a><br />
<strong>帰国子女大学入試・合格体験記vol.58</strong><br />
<a href="http://www.rtnproject.com/2011/06/vol58_4.html">http://www.rtnproject.com/2011/06/vol58_4.html</a><br />
<strong>Paddy Golf Club ：</strong><br />
<a href="http://paddygolf.web.fc2.com/index.html">http://paddygolf.web.fc2.com/index.html</a><br />
<br />
<strong>インタビューアから一言</strong><br />
<br />
以前から知り合いだった浅野くんですが、このインタビューがきっかけになり、よく話すようになりました。周りの人に、常に敬意や感謝の気持ちを持って接する浅野くんのバックグラウンドを知ることで、彼という人間がいかに形成されて来たかがわかり、とても楽しかったです。最後に話してくれた「信念を持って生きること」には深く共感しました。楽しいインタビューありがとう。これからも仲良くしてくださいね！<br />
<br />
</div>
<table class="layout2">
	<tbody>
		<tr>
			<td>
			<img src="http://www.rtnproject.com/50/img/interviewees_g_153_profile.jpg" alt="interviewees_g_152_profile.jpg" width="150" height="113" />
			</td>
			<td>小掠瑞希。１９９０年愛知県生まれ。地元の公立小中学校を卒業後、愛知県立千種高等学校国際教養科に進学。周りの帰国子女に触発され、在学中に単身アメリカ・コロラド州のJohn Mall High Schoolに留学する。留学中は精力的に学校活動に励んだ。帰国後、学年を一年下げて千種高等学校を卒業。中央大学法学部国際企業関係法学科に進学。大学では学生団体The Asian Law Students&rsquo; Association（ALSA）に所属。日本支部の代表補佐外務担当として外交交渉に尽力した。また、法学部の制度を利用し、国際労働機関（ＩＬＯ）本部のインターンシップに参加。現在は安井哲章先生の刑事法ゼミに所属し、刑法を通して日本の法理論への理解を深めている。</td>
		</tr>
	</tbody>
</table>
]]></description>
         <link>http://www.rtnproject.com/2011/11/vol159.html</link>
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                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">50)インタビュー</category>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">5001)学生インタビュー</category>
        
        
         <pubDate>Wed, 23 Nov 2011 17:37:59 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>更新情報11月21日</title>
         <description><![CDATA[<p>
海外生活体験者・学生インタビューvol.158をアップしました。<br />
<a href="/2011/11/vol158.html">http://www.rtnproject.com/2011/11/vol158.html</a>
</p>
]]></description>
         <link>http://www.rtnproject.com/2011/11/1121.html</link>
         <guid>http://www.rtnproject.com/2011/11/1121.html</guid>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">2010)ニュース</category>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">ニュース・イベント</category>
        
        
         <pubDate>Mon, 21 Nov 2011 17:58:11 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>海外生活体験者・学生インタビューvol.158</title>
         <description><![CDATA[<div class="sectionh2">
<table class="layout2">
	<tbody>
		<tr>
			<td>
			<img src="http://www.rtnproject.com/50/img/interviewers_g_130_profile.jpg" alt="interviewees_g_157_profile.jpg" width="150" height="113" />
			</td>
			<td>鈴木優雅さん。１９８８年東京都生まれ。生後間もなくイングランドに移り小２まで過ごす。帰国後、東京のインターナショナルスクールChristian Academy in Japanに編入。中学２年から高校卒業までをウェールズで暮らし、Kings Monkton Schoolを卒業。大学受験のため帰国し、一橋大学経済学部に入学。大学では数理ファイナンスを専門に勉強中。</td>
		</tr>
	</tbody>
</table>
</div>
<div class="h3_body">
<br />
<strong>生卵を体育館の屋根から落とす</strong><br />
<br />
<strong>―子供のころはどんなことが好きだったんですか？</strong><br />
<br />
ピアノと乗馬が好きだった記憶がありますね。小学校の頃はテニスに嵌ってました。<br />
<br />
<strong>―どこが好きだったんですか？</strong><br />
<br />
ピアノは最初ちんぷんかんぷんだった楽譜が読めるようになって、徐々にだけど上達していくのが面白かった。週２回程度のレッスンで、学校の発表会とかで演奏する程度でしたけどね。<br />
<br />
<strong>―乗馬はどこが楽しかったんですか？</strong><br />
<br />
元々動物が好きで、馬と触れ合えて、懐いてくれるのが嬉しかった。懐いてくると、馬と意思疎通が図れて、上達するんですよ。<br />
<br />
<strong>―小学校ではテニスに夢中になった？</strong><br />
<br />
正確に言うと、テニスが好きだったというよりも、通っていたスクールに行くのが楽しかった。当時日本にいながらも、インターナショナルスクールだったので、日本の学校の生徒と触れる機会が少なくて、彼らとポケモンとかデジモンの話をするのが楽しかったんです（笑）　学校ではなかなかできませんでしたから。<br />
<br />
<strong>―では逆に苦手だったことは？</strong><br />
<br />
バスケットボールかな。。。夏に学内での交友を広めるために毎年バスケキャンプに参加していたのですが、ボールは重くてシュートできないし、背も低くてまったく活躍できなくて、嫌いになっちゃいました。<br />
<br />
<strong>―嬉しい思い出はありますか？</strong><br />
<br />
エッグドロップ大会で優勝したことですね。エッグドロップ大会というのは、生卵を規定に沿って作成したケースにいれて、体育館の屋根から落とす。生卵がつぶれず、ケースの体積や重量が小さく、落下までの時間が短ければ高得点。最小限のサイズのケースで一か八か狙ったら卵生存。体積、重量も最小で、空気抵抗も軽減でき、落下時間が短く、全ての指標で圧倒的大差でした。<br />
<br />
<strong>―博打打ちですね（笑）　では、他に何か面白かったことなど。</strong><br />
<br />
Individual Study Projectですね。半年かけて１つのテーマについて調べる。アンケートを取ったり、関係者にインタビューしたり、方法はなんでもOKです。<br />
<br />
<strong>―テーマはなんでしたか？</strong><br />
<br />
秋田犬です。<br />
<br />
<strong>―秋田犬ですか？！　どのように情報を集めました？</strong><br />
<br />
学校で好きな犬種のアンケートを取りました。それを基にグラフを作成。あと、秋田犬協会かどっかに手紙を書いて質問。なぜか英語で書いてしまい、返信がめちゃくちゃ遅かった（笑）<br />
<br />
<strong>―小学生にしては結構大変そうですね。</strong><br />
<br />
家族にもプレゼン資料のデザインとか手伝ってもらっていたので、それほどもありませんでした。でも、結構記憶に残っているということは、それなりに苦労したのかもしれません。<br />
<br />
<strong>―評価はどうでしたか？</strong><br />
<br />
クラスの半数はもらっていましたが、自分も最高評価をもらえたので嬉しかったです。あと、思い返せばなんですが、好きなことを調べて、まとめて、人に紹介するのは楽しいですね。<br />
<br />
<strong>ずる賢いプレーを覚えました</strong><br />
<br />
<strong>―中学時代についてお聞きします。ハマったこと、力を入れたことはなんですか？</strong><br />
<br />
部活ですね。シーズン制だったのでクロスカントリーと陸上をやっていました。試合毎にタイムが良くなっていくので、上達しているのがわかりやすくて嬉しかったですね。あと、試合前の緊張が解けて、試合後に味わう開放感は格別でした。他には、米軍基地に入って、アメリカのお菓子とかを買えたこととか、上下の学年に友人が多くできたことですね。<br />
<br />
<strong>―充実した部活ライフだったんですね。悔しいおもいでもありますか？</strong><br />
<br />
ウェールズに移って、ラグビーとサッカーを始めないといけなかったことですか。ルールも知らなかったので、コーチによく怒られていましたね。完全に試合で足手まとい。徐々に上達もして、ルールも覚えはしましたが。<br />
<br />
ラグビーもサッカーもイギリスはフィジカルで、俊敏性で差別化とかいう以前に、体当てられて潰されまくってました。サッカーも後方からの酷いタックルじゃない限り、笛は基本的に吹かないし、悔しかったですね。<br />
<br />
だから、相手にパワープレーをためらわせるような、ずる賢いプレーを覚えましたね。倒されるとき、相手も引き倒すとか（笑）　日本人選手が海外でなかなか通用しない理由を実感しましたね。フィジカルは極めて重要です。よくプレミアリーグで骨折する選手がいるのですが、あれだけラフだったらそりゃでますよ。<br />
<br />
<strong>―忘れられない思い出はありますか？</strong><br />
<br />
苦戦していたラグビーで、一定の成果を出せたことですね。なんとかレギュラーとしてプレーできていたし、U16のトーナメントで優勝することもできました。また、７人制ラグビーでも、トーナメント出場メンバーに選ばれました。<br />
<br />
<strong>―他に何か中学時代の思い出がありますか？</strong><br />
<br />
インター時代のサイエンスコンペティションで入賞することができました。サイエンスコンペでは、テーマを決めて、半年間そのテーマについて実験を行い、ブースでその成果を生徒、先生、審査員に発表します。私は、水仙は何を与えたら一番育つかをテーマに実験し、結局真水という結論だったんですが（笑）、それまでの観察日記や仮説が評価されて入賞しました。<br />
<br />
<strong>時間は有限だと思い知る</strong><br />
<br />
<strong>―では、高校時代に打ち込んだことはなんですか？</strong><br />
<br />
ヤングエンタープライズという企画に参加したことですね。この企画では、学校別にチームを作って疑似的に起業し、ビジネスモデル等を全国の学校と競います。昼休みに会議を開くなどして、ビジネスっぽいことをしていました。地区予選敗退に終わったのですが、いい経験になったと思います。<br />
<br />
あとはウェールズに現地化することです。生徒の数少ない遊び場のスポーツクラブがあったのですが、そこの会員になってレジャーテニスを友だちとよくしていました。昼休みには近くの公園で草サッカーをよくしていましたね。<br />
<br />
<strong>―辛かったことはありましたか？</strong><br />
<br />
統一試験ですね。最終学年の期末期間に、高校でやったことを全部一気にやりました、間に合わず、時間は有限だと思い知りました。ただ、挫折した統一試験の中でも、ほとんど一夜漬けでしたが、数学の試験の一つでトップスコアをとりました。ポテンシャルは認めてくれて、先生も熱心にあの手この手でやる気を出させようとしてくれました。<br />
<br />
<strong>―心残りだったことは？</strong><br />
<br />
英語が既に外国語という扱いだったので、フランス語を免除されましたが、やっておけばよかったと思います。大学の第２外国語に直接役立っただろうし、持ちネタの一つくらいにはできたかな。<br />
<br />
語学繋がりで言えば、日本人学校で日本語の勉強をもっとしておけばよかったと思います。現地の日本人学校に毎週土曜日通っていましたが、新聞記事をみんなで読んで話して終わりって感じで、特に漢字や熟語、国語の試験対策をしていなかったんです。ちゃんとやっていたら受験で多少は役に立ったと思います。<br />
<br />
<strong>ゼミ＆バイト＆サークルにインターン</strong><br />
<br />
<strong>―では大学時代の話に進みたいと思います。学業についてお聞かせください。</strong><br />
<br />
石村ゼミで数理ファイナンスを勉強しています。内容は難しいですが、物事を分析する自分なりの切り口を養う良い機会だと思っています。世の中には意図せずとも発生する法則があるかもしれない。誰も知らない法則を見つけたら強い。<br />
<br />
<strong>―ゼミで学んだ学問の面白さは？</strong><br />
<br />
理論が完璧に思えても、案外簡単に覆る。それをまた理論化する。その繰り返しで精度を上げていき、それを応用して世の中前進していく。と思いきや、ケースバイケースで理論を新たに作るのもどうなの？という話になってきて、じゃーどうすんだよ！と、中々前進しないとこですね（笑）<br />
<br />
<strong>―バイトの経験はありますか？</strong><br />
<br />
ホテルニューオータニで一時期していました。近場だったからですかね。でも、上智国教インター出身者とかと知り合えて、ちょっと嬉しかったですね。自分のベースはインターにあるのかなぁとかなんとか（笑）<br />
<br />
他に試験監督もやっていましたね。理由は単純に短期の繋ぎ融資が必要だったから（笑）　小さいころから「お受験！お受験！！」ってせかされている子供たちに対して、試験監督中、彼らの志望校リストと顔を見て、色々考えていました。この件について話すと長いのですが、子供の思春期を奪いかねないって思いました。<br />
<br />
<strong>―サークルや部活は何かされていますか？</strong><br />
<br />
テニスサークルですね。勧誘してくれた先輩が面白かったから入りました。規模も大きかったので、学内外の交友が増えていたし、続けていればもっと増えると思いました。サークルの人間が言ったら体育会に怒られますが、それでもそれに近い縦社会はいまだかつて経験したこともなかったので、その片鱗を経験できる貴重な機会だったともいます。<br />
<br />
<strong>―影響を受けた人とか、誰かいますか？</strong><br />
<br />
強いて言うなら友人の兄の社会人の方です。インター時代の先輩で、姉の友人であり、友だちのお兄さんです。イギリス時代は別地域だったんですが、同じ時期にいたので、付き合いは結構長いですね。その人が外資金融のトレーダーでかっこよかったんですね。それで、多少金融に興味もって、色々その中でもあるけど、やっぱり金融に進むならトレーダーになりたいと思いました。だから、著名な金融機関のインターンに応募して、実際を知ろうと思い立ちました。いくつかインターンに行って、トレーダーはやっぱり面白いなと思いました。<br />
<br />
<strong>Christian Academy in Japan　：</strong><br />
<a href="http://caj.or.jp/">http://caj.or.jp/</a><br />
<strong>Kings Monkton School ：</strong><br />
<a href="http://www.kingsmonkton.org.uk/">http://www.kingsmonkton.org.uk/</a><br />
<br />
<strong>インタビューアから一言</strong><br />
<br />
この度はインタビューを受けてくださりありがとうございました。鈴木くんとは海外から帰国して、大学受験のために予備校に通っているときに知り合いました。それからずっと連絡を取り合っています。実は彼が話している友人とも知り合いです。彼が通っていたChristian Academyは、私が小学生時代に住んでいた地域にあり、彼の友人と同じスイミングスクールに通っていたからです。小学生時代にほとんど同じ地域で育ったにも関わらず、全く違う生活をしていた彼の話を聞くのはとても新鮮でした。<br />
<br />
</div>
<table class="layout2">
	<tbody>
		<tr>
			<td>
			<img src="http://www.rtnproject.com/50/img/interviewees_s_60_profile.jpg" alt="interviewees_g_154_profile.jpg" width="150" height="113" />
			</td>
			<td>伊藤耕平。１９８９年埼玉県生まれ。１歳からシンガポールで過ごし、５歳で帰国。中学１年の夏に再度シンガポールへ渡り、中学・高校時代を過ごす。高校卒業後帰国し、立教大学へ入学、現在経済学部３年に在籍。開発経済学に興味があったため、現在はアジアの開発経済のゼミに所属し、行政機関やＮＰＯ団体等に研究発表等を行っている。</td>
		</tr>
	</tbody>
</table>
]]></description>
         <link>http://www.rtnproject.com/2011/11/vol158.html</link>
         <guid>http://www.rtnproject.com/2011/11/vol158.html</guid>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">50)インタビュー</category>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">5001)学生インタビュー</category>
        
        
         <pubDate>Mon, 21 Nov 2011 17:43:17 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>更新情報11月18日</title>
         <description><![CDATA[<p>
海外生活体験者・学生インタビューvol.157をアップしました。<br />
<a href="/2011/11/vol157.html">http://www.rtnproject.com/2011/11/vol157.html</a>
</p>
]]></description>
         <link>http://www.rtnproject.com/2011/11/1118_1.html</link>
         <guid>http://www.rtnproject.com/2011/11/1118_1.html</guid>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">2010)ニュース</category>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">ニュース・イベント</category>
        
        
         <pubDate>Fri, 18 Nov 2011 16:18:47 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>海外生活体験者・学生インタビューvol.157</title>
         <description><![CDATA[<div class="sectionh2">
<table class="layout2">
	<tbody>
		<tr>
			<td>
			<img src="http://www.rtnproject.com/50/img/interviewees_g_157_profile.jpg" alt="interviewees_g_157_profile.jpg" width="150" height="150" />
			</td>
			<td>舟木園実さん。福島県出身。９１年から９３年まで、親の仕事の関係でアラスカへ。一旦帰国し、その後９４年から９７年までアメリカ・シアトルへ。帰国後は７年半日本の学校へ通い、０４年に再びシアトルへ。０８年にRedmond High Schoolを卒業し帰国する。０９年上智大学外国語学部英語学科に入学。現在はIAESTE Japan関東地区学生委員会(国際インターンシップ斡旋団体)でボランティア活動に励む。</td>
		</tr>
	</tbody>
</table>
</div>
<div class="h3_body">
<br />
<strong>どちらの国に帰国するのか</strong><br />
<br />
<strong>―舟木さんの海外在住歴ってまさに「行ったり来たり」っていう感じだね。</strong><br />
<br />
うん。両親の仕事の都合で本当に日本に戻ったり、アメリカに戻ったり。どっちの国に対して「戻る」って使えばいいのか分からないぐらい（笑）<br />
<br />
<strong>―行ったり来たりというのは辛くはなかったの？</strong><br />
<br />
もちろん、しばらく一定の場所に住んでいればそこに馴染んでしまうし、離れるのは辛かったかな。だって、例えば東京から千葉とか、日本でよくある「引っ越し」なら会おうと思えば会えるけど、国がそもそも違うからね（笑）<br />
<br />
その都度、その都度、新しい友だちができるのはとても楽しかったし、「どんな友だちができるのだろう」って、わくわくしながら新しい土地に行くことはあったけど、同時に別れなきゃいけない友だちもいるから。小さいときなんて、メールでやりとりとかしないから、特に辛かったかも。中学で日本からアメリカ行くというのも、なまじ成長しちゃっているから、感極まったところがあるかな。でも、逆にアメリカの高校が楽しかったので、日本に戻るのが辛かったりもしたかな。<br />
<br />
<strong>―日本に戻るのが辛かった？　そんなにアメリカの高校楽しかったんだ。</strong><br />
<br />
うん。すごく楽しかったよ。英文を読むスピードが現地の子と全然違う、そういうギャップやショックは経験したけど、すごくゆっくり生活ができていた気がする。自由な時間が多かったのかな。もちろん、日本の学校にずっと行っているわけじゃないから、比較できないけど。でも英語力に自信あったし、アメリカの高校生活は楽しかったよ。<br />
<br />
<strong>深夜の２時、３時まで勉強して</strong><br />
<br />
<strong>―英語力に自信！　すごいね。どうやって勉強したの？</strong><br />
<br />
マンツーマンの英会話塾に、日本にいる間行っていたから。両親が「せっかくアメリカでの生活を経験しているのだから、忘れたらもったいない！」って（笑）　それでもアメリカに行ったら、さっき言ったみたいにギャップ感じたけどね。<br />
<br />
<strong>―舟木さん、英語の発音綺麗だもんね（笑）</strong><br />
<br />
またまた（笑）　でも、発音とか言葉が分からないとか、そういう問題よりも、単純に「スピード」が大変だったかな。先生にドサって教科書とかプリントとか渡されて、「明日までこれだけ読んできなさい」「この教科書を読まないと授業についていけません」って言われたり。だから高校１年のときは、深夜の２時、３時まで勉強して、必死に課題をこなしていたよ。そのおかげで１年間だけでESLを抜けられたしね。<br />
<br />
<strong>―&hellip;&hellip;（絶句）　すごく勉強したんだね。</strong><br />
<br />
あれ？　今私そんなに勉強するタイプに見えないって思ったでしょ！（爆）　でも本当にすごく勉強したかな。あの時は苦しかったけれど、今思えばあの時頑張ったから今の自分があるって思えるかな。今も大学の授業でどさっとプリント出してくる先生とかいるけれど、クラスメートが「うわー、いっぱいあるー」って言っている中で、私は「こんなのなれっこだもん」って思ってるから（笑）　いっぱい読んでいっぱい勉強してきたから、量に圧倒されるっていうことはまずなくなったよ。<br />
<br />
<strong>―いっぱい文章を読みたいなら、ぜひ法学部へどうぞ！（笑）</strong><br />
<br />
<strong>「なんでやりかえさなかったの？」</strong><br />
<br />
<strong>―上智の外国語学部英語学科にしたのには、そういう理由もあったんだね。</strong><br />
<br />
うん。やっぱり慣れていることをやるのが一番だと思って。それに、私って文章に関しては英語派なんだ。上智の外国語学部英語学科受けたのもそれが理由の一つ。英語エッセイと英語解釈、リスニング、そして面接が試験内容だから。面接ももちろん英語。つまり全然日本語がないの。日本語に自信がなかったっていうわけじゃないし、日本では受験するつもりで勉強していたし。でも、やっぱり直前まで慣れていた英語がいいかなって。<br />
<br />
<strong>―なるほど。日本では受験する予定だったの？</strong><br />
<br />
うん。中学から高校受験ね。だから普通に塾通ってたよ。１２時過ぎに帰って来る日々。そういう疲れちゃう学校生活と、いじめの問題とか間近で見てきたのもあって、「アメリカ行くよ」って親に言われたとき、ちょっぴり嬉しかったっていうのもあるかな。<br />
<br />
<strong>―でも、待っていたのは２時、３時までの勉強と（笑）　いまいじめの話が出たけど、アメリカではそういうことなかったの？</strong><br />
<br />
うーん。。。日本である「仲間はずれ」みたいな、陰湿なタイプのいじめはなかったかも。もっと直接的なことかな。<br />
<br />
<strong>―直接的というと？</strong><br />
<br />
Martin Luther King Dayに、高校で全校集会があったんだけど、その時アジア人の悪口を言っていた白人の子に背中蹴られたことがあるの。<br />
<br />
<strong>―えっ！？　激しいね&hellip;&hellip;。しかも、Martin Luther King Dayにやるとか、確信犯的なものを感じるね。</strong><br />
<br />
うん。それでもう怖くて、怖くて。校長先生に呼ばれて、「どの生徒に蹴られたのか教えなさい」って、生徒アルバム出されたりして。でも、私蹴られたとき怖くて振り向けなくて、後で何されるかも怖いし。それだから「教えられない」「できない」って言ったのね。<br />
<br />
先生は「なんでやりかえさなかったの？」って聞いてきて。「アメリカでは、あなたの文化と違ってやりかえすのよ。だって間違ったことされているんだから！」って言われたの。それが一番カルチャーショックだったかもしれない。すごく熱い先生で、そのあと全教師宛てに、メールでこういう問題があったって送ってくれて。それで異文化に触れたというか、何か自分が強くなったなって感じた。<br />
<br />
<strong>―すごい経験だね。やっぱりアメリカはいろんな人種が集まっているから、差別は少なからず起きるのかな。</strong><br />
<br />
<strong>上智は私に合ってるかな</strong><br />
<br />
<strong>―舟木さんはそれでアメリカが嫌いにならなかったの？</strong><br />
<br />
それで嫌になることはなかったかな。アメリカへの憧れの気持ちもすごく強かったし、この蹴られたことだって、ある意味では自分の強みになったと思う。文化と文化の衝突を間近で見られて、経験できたっていう強み。<br />
<br />
<strong>―そんなにアメリカが好きだったのに、日本の大学に来たんだ。</strong><br />
<br />
うーん。。。それはほら、学費とかビザとか、わりとリアルな事情があって（笑）　でも、日本も嫌いだったわけじゃ全くないし、上智って国際的だし、私にあっているかなって思ったの。<br />
<br />
<strong>―その上智大学での生活、いかがですか？</strong><br />
<br />
すごく楽しいよ！　同じような環境で育ってきた人がいるから、話が合うし、色々な文化に触れられるっていうのは、日本の大学の中でも特にすごいと思う。でも実際は、帰国子女はあんまり多くないし、留学生はFLA（国際教養学部）にしかいないし、そこまで国際的じゃないかもしれない（笑）<br />
<br />
<strong>―東大の法学部なんて、帰国子女片手で数えられるほどしかいないのに&hellip;&hellip;。</strong><br />
<br />
それはそうかもしれないけど（笑）　帰国子女は、確かに数の上では多いけど、私みたいに海外生活が長い帰国子女って、結構珍しいの。英語学科の中でも、学力とかで３つのレベルに分かれちゃうし、それで交流する機会っていうのも、大分減っちゃうかな。<br />
<br />
<strong>先生の熱さが忘れられなくて</strong><br />
<br />
<strong>―それじゃあ、帰国子女の悩みであるこの質問。ずばり、学力の差は感じた？</strong><br />
<br />
ところどころ感じるところはあるけど、私の学科は英語学科だから、そこまでじゃないかも。むしろ、もっと自分よりできる人がいたと思っていた（笑）　いろんな意味で、想像していたのとは違うかな。でも、すごく満足しているし、毎日楽しいよ。<br />
<br />
<strong>―大学を卒業したら、将来何になりたいとか決まっているの？</strong><br />
<br />
まだ具体的な職業は決めてないけど、今は教育学に興味があって、教職課程をとっているよ。日本とアメリカという２つの国で義務教育を受けてきて、色々感じるものがあったから。それに、あの「背中キック事件」のときの先生の熱さとかも忘れられなくて。教師の現実とかを教職課程で聞いていると、ちょっと幻滅しちゃうところもあるけれどね。モンスターペアレンツとか、本当に想像以上に大変なんだなって思うから。<br />
<br />
でも、自分でさっき話したように、遅くまで勉強してきたりとか、いろんなカルチャーに触れたりとか、そういった他人とは違う経験を持っているから、逆に活かせるんじゃないかなって思っている。先生にならなくても、自分の経験を強みに変えて、他人と接して行ける仕事に就きたいかな。<br />
<br />
<strong>―そう聞いていると、自分が海外で経験してきたことを僕は活かせていない気がしてきちゃうな（笑）　舟木さんは本当に海外でいい経験をしたのだなって思う。そんな舟木さんから、後輩の帰国生たちに向けて何かメッセージはある？</strong><br />
<br />
否定的なことばかり言っちゃった気もするけど、そういうのも全部「経験」として受け止めてほしい。日本の大学生活は楽しいし、帰国生だからって浮いちゃうことを気にしないで、どんどんその「経験」を駆使して頑張ってほしいかな。一緒に日本で楽しい生活を送ろう！<br />
<br />
<strong>―舟木さんは本当に帰国子女という特性をフルに、そしてポジティブに使っているね。本日はインタビューどうもありがとうございました！</strong><br />
<br />
<strong>Redmond High School　：</strong><br />
<a href="http://www.lwsd.org/school/rhs/Pages/default.aspx">http://www.lwsd.org/school/rhs/Pages/default.aspx</a><br />
<strong>社団法人IAESTE ：</strong><br />
<a href="http://www.iaeste.or.jp/">http://www.iaeste.or.jp/</a><br />
<br />
<strong>インタビューアから一言</strong><br />
<br />
舟木さんは予備校からの知り合いで、本当にエネルギッシュで、いつも頑張っている人です。ずっと前から、他の帰国生にはない、自分の海外生活をポジティブに使っている人だと感じていましたが、今回のインタビューを通して、それが一体どうやってなされているのか、どんな効果を生むのか、その一部を皆さんにも伝えられたと思います。何度もアメリカと日本を行き来している舟木さんだからこそ、双方の文化の衝突を実際に見て、触れて、感じてきたのだと思います。今後も積極的にその「経験」を活かして活動してください！<br />
<br />
</div>
<table class="layout2">
	<tbody>
		<tr>
			<td>
			<img src="http://www.rtnproject.com/50/img/interviewees_g_154_profile.jpg" alt="interviewees_g_154_profile.jpg" width="150" height="113" />
			</td>
			<td>田中潤。１９９０年生まれ。アメリカ・カリフォルニア州出身。Palos Verdes Peninsula High Schoolにて生徒会長を務める。１８年間のアメリカ生活から一転、帰国して０９年東京大学に入学。現在同大学法学部３年に在籍。日比野勤的な、精神学、論理学の観点から憲法を解析し、掘り下げて行くメソドロジーを探求。同時に、寺尾美子教授の下で、英米法を憲法的観点並びに女性裁判官の視点から俯瞰し研究する指導を受けている。</td>
		</tr>
	</tbody>
</table>
]]></description>
         <link>http://www.rtnproject.com/2011/11/vol157.html</link>
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                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">50)インタビュー</category>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">5001)学生インタビュー</category>
        
        
         <pubDate>Fri, 18 Nov 2011 15:08:27 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>更新情報11月16日</title>
         <description><![CDATA[<p>
海外生活体験者・学生インタビューvol.156をアップしました。<br />
<a href="/2011/11/vol156.html">http://www.rtnproject.com/2011/11/vol156.html</a>
</p>]]></description>
         <link>http://www.rtnproject.com/2011/11/1116.html</link>
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                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">ニュース・イベント</category>
        
        
         <pubDate>Wed, 16 Nov 2011 19:03:49 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>海外生活体験者・学生インタビューvol.156</title>
         <description><![CDATA[<div class="sectionh2">
<table class="layout2">
	<tbody>
		<tr>
			<td>
			<img src="http://www.rtnproject.com/50/img/interviewees_g_136_2_profile.jpg" alt="interviewees_g_154_profile.jpg" width="150" height="113" />
			</td>
			<td>市川智也さん。１９８９年生まれ。愛知県出身。創価大学法学部４年生。海外経験は南アフリカ（University of the Witwatersrandへ１年交換留学）、ベトナム（ボランティア１ヵ月間）、アメリカ（姉妹都市交流２週間）。将来的に発展途上国の経済成長に貢献することを夢見て、現在就職活動を行っている。趣味はスキューバダイビングと登山で、アフリカ最高峰のキリマンジャロを制覇。創価大学ワールド会の副代表を務め、留学経験者による後輩への留学支援を行っている。</td>
		</tr>
	</tbody>
</table>
</div>
<div class="h3_body">
<br />
<strong>姉妹都市交流でアメリカへ</strong><br />
<br />
<strong>―中学２年生のときに、学校を代表して、姉妹都市交流で初めて海外に行かれたそうですね。</strong><br />
<br />
はい。私の地元である愛知県豊橋市が、アメリカのデトロイト州にあるトリード市と姉妹都市交流を結んでおり、毎年学生の交換を行っていました。プログラムの内容としては、各中学校の代表生徒が集まり、お互いの都市に２週間滞在して異文化交流を深めるというものです。当時、成績も良く、野球部のキャプテンも務めており、文武両道を目指していた私は、幸運にも学校代表に選ばれることができ、人生で初めて海外に行くチャンスを手にしました。<br />
<br />
<strong>―私もアメリカが初海外なので、親近感が沸きます。姉妹都市交流ということですが、具体的に現地ではどんなことをしていましたか？</strong><br />
<br />
渡米したのがちょうど、ハロウィンの季節だったので、ホストファミリーみんなでスーパーに大きなカボチャを買いに行き、ジャック・ランタンを作りました。お菓子をもらうために近隣の家を回って、ハロウィンを満喫しました。また、現地の中学生との文化交流イベントでは、お互いの国の歌や踊りを披露しました。私たちは半被を着てソーラン節を踊ったのですが、大好評ですごく嬉しかったです。２週間という短い期間でしたが、人生初の経験をたくさん積んだ貴重なひと時だったと思います。<br />
<br />
<strong>―ハロウィンといい、文化交流イベントといい、楽しそうですね。アメリカでの経験を通して、自分の中で何か変わったこととかってありますか？</strong><br />
<br />
海外への興味を持つようになりました。それまでは、日本という限られた範囲の中で生きていたのですが、アメリカでの経験を通して、視野が広がった気がします。日本では当たり前とされていることが、海外では違っていて、不思議な感覚で、とても楽しかったですね。そして、これからもさらに多くの国々へ行って、日本ではできない経験をたくさん積みたいと考えるようになりました。<br />
<br />
<strong>野球漬けの高校時代</strong><br />
<br />
<strong>―中学生の頃に海外への興味を持ったそうですが、高校はどんな生活を送っていたのですか？</strong><br />
<br />
高校生活は野球漬けの毎日でした。野球は小学校３年から続けており、高校卒業まで１０年間続けました。高校が大阪の強豪校だったので、レギュラーを取ることが容易ではありませんでした。自分の強みである足を活かしたプレースタイルを確立する必要があると考え、チーム１の練習を重ねました。手がボロボロになっても自主練を欠かさず、粘り強くチャレンジした結果、レギュラーとしてチームを大阪ベスト８に導くことができました。<br />
<br />
<strong>―大阪には強豪校が多い中で、ベスト８はすごいですね。高校３年間の野球生活を振り返ったときに、印象に残っている出来事があれば教えてください。</strong><br />
<br />
高校２年のときに、試合で指を骨折してしまったことです。それまで練習を積み重ねてきただけに、悔しさは相当なもので、自暴自棄に陥るほどでした。しかし、そのときに何のために自分が野球をしているのかを考え直し、チームの勝利に貢献することが大切であると思うようになりました。それからは、自分がプレーできなくても、チームのためにできることをするために、マネージャーとして練習のサポートに全力を尽くしました。チームのためにベストを尽くす姿勢を学んだと思います。<br />
<br />
<strong>途上国との出会い</strong><br />
<br />
<strong>―高校までは野球一筋だったわけですが、大学に入ってからはどんなことをされていたのですか？</strong><br />
<br />
大学に入ってからは、英語の勉強に力を入れるようになりました。入学時に受けたTOEICでは４２５点しかありませんでしたが、絶対に留学に行ってみせると決意して、英語漬けの毎日を送り始めました。それからは、英会話スクールに通ってネイティブと話すこと、CNNニュースを視聴すること、Japan timesを購読することの３つを一日も欠かすことなく続けて、徹底的に英語力を伸ばしました。<br />
<br />
<strong>―一日も欠かすことなく英語の勉強を続けてきたとは素晴らしいですね。ですが、そもそも、どうして英語を勉強しようと思ったのですか？</strong><br />
<br />
開発系の授業を履修したことがきっかけです。世界では１０億人もの人々が貧困に苦しんでおり、３秒に１人の命が失われている事実を知ったときは、大きな衝撃を受けました。そして、今の自分にできることを探すために途上国を訪れてみたいという想いが芽生え、そのためのツールとしての英語を本気で勉強するようになりました。なぜ学んでいるのかという目的が明確だったからこそ、一日８時間以上の勉強でも苦にならず続けることができたと思います。<br />
<br />
<strong>―なるほど。実際に大学１年生の夏休みには、ベトナムの孤児院でボランティアをされたそうですね。</strong><br />
<br />
そうです。私は思ったことをすぐにでも実行したいタイプなので、１年生の夏休みにベトナムでボランティア活動をすることにしました。ベトナムに決めた理由は、ストリートチルドレンが多いと言われており、その現状を自分の目に焼き付けておきたかったからです。私のチームは、カナダ、イギリス、ドイツ、ベルギー、韓国、ベトナム、日本という７ヵ国のメンバーからなるグローバルチームで、孤児院の子供たちに１ヵ月間、英語を教えるというものでした。<br />
<br />
<strong>―７ヵ国からなるグローバルチームってカッコいいですね。英語を教えるボランティアということでしたが、具体的にどんなことをされていたのですか？</strong><br />
<br />
英語教育のカリキュラムを立ち上げました。当初は教育のプログラムがない状態で、クラスの子供たちの年齢もバラバラでした。しかし、子供たちにもっと効率よく勉強してもらうために、自分たちができることをみんなで考え、英語力に応じたクラス分け＆テキストの選定、オールイングリッシュタイムの導入、得意・不得意を明確にする評価システムの導入の３つに取り組んできました。そして、最終的には現地の大学生への引き継ぎも行い、カリキュラムを残すことができました。<br />
<br />
<strong>南アフリカへの交換留学</strong><br />
<br />
<strong>―ベトナムでのボランティア経験からどんなことを感じましたか？</strong><br />
<br />
カリキュラムを残すことができたことに対する達成感と同時に、貧困問題の根本的な解決策を探すためには、もっと長期間、途上国に滞在する必要があると思いました。そこで、今度は大学の交換留学で１年間、南アフリカのヨハネスブルグあるウィットウォータースランド大学に行くことにしました。<br />
<br />
<strong>―南アフリカに交換留学するなんて珍しいですね。現地ではどのようなことに取り組まれていたのですか？</strong><br />
<br />
現地の暮らしの中に入り込んでいくというモットーのもと、とにかくローカルの人々に話しかけまくりました。具体的には、なぜアフリカは発展が遅れてしまっているのか、どうやったらアフリカを希望の大陸にできるのか、などの質問を３００人以上にインタビューした結果、初等教育の充実、政治の汚職撤廃、安定した雇用の３つを現地の人々は求めているとわかりました。<br />
<br />
<strong>―３００人以上にインタビューをしたとはすごい行動力ですね。実際にインタビューして出た結果を踏まえて、どんなことをされたのですか？</strong><br />
<br />
今すぐ自分にできるアクションを考えたときに、初等教育の充実に至りました。留学生寮に住んでいたので、そこに一緒に住んでいた５０人のメンバーから、文房具３００点、本１００冊、衣服１００着をかき集めて、スラム街にある孤児院に寄付しました。一人でも多くの子供たちが教育を受けて、自立した大人へと成長してほしいと強く思います。<br />
<br />
<strong>―途上国の子供たちのために色々と活動されてきたようですが、将来についてはどうお考えですか？</strong><br />
<br />
将来的には、ビジネスもしくは国際協力でアフリカと携わっていければいいなと考えています。実際に現地で生活して、アフリカの人たちと一緒に自身の可能性を広げていくような生き方がしたいです。このビジョンを実現するために、就職活動にも全力で取り組んでいきます。<br />
<br />
<strong>―就職活動、頑張ってください！　本日はどうもありがとうございました。</strong><br />
<br />
ありがとうございました。<br />
<br />
<strong>University of the Witwatersrand　：</strong><br />
<a href="http://www.wits.ac.za/">http://www.wits.ac.za/</a><br />
<br />
<strong>インタビューアから一言</strong><br />
<br />
第一印象は爽やかで人当たりがよさそう。実際にインタビューをしていく中で、すごくアクティブに色々なことに挑戦されており、向上心や行動力がすごい！と感じました。また、アフリカに対して、本当に熱いパッションを持っていることもステキなことだなと思いました。夢の実現に向けての第一歩となる就職活動で、自分がやりたい仕事に就けるように、お互い頑張っていきましょう！<br />
<br />
</div>
<table class="layout2">
	<tbody>
		<tr>
			<td>
			<img src="http://www.rtnproject.com/50/img/interviewee_s_160_profile.jpg" alt="interviewees_s_241_profile.jpg" width="150" height="113" />
			</td>
			<td>宮崎紗絵子。１９８９年生まれ。愛知県出身。高校1年の夏からアメリカ・カリフォルニア州のサンディエゴで暮らし、Rancho Bernardo High Schoolに通う。高校卒業後帰国し、０９年早稲田大学法学部に入学。現在３年に在学。大学では、法律サークルに所属。大学２年の夏は、早稲田大学とKUMONの産学連携プロジェクトに参加し「日本の子育てをもっと元気に！」を掲げて活動。また、夏と春の２度、NPO法人JUKE主催のジョブシャドウィング（一日かばん持ちインターン）に参加。現在は、ジョブシャドウィングプログラム、RTN Projectでのインタビュー活動を通して知ったNPO法人JUKEのスタッフをしている。</td>
		</tr>
	</tbody>
</table>
]]></description>
         <link>http://www.rtnproject.com/2011/11/vol156.html</link>
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                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">50)インタビュー</category>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">5001)学生インタビュー</category>
        
        
         <pubDate>Wed, 16 Nov 2011 18:49:46 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>更新情報11月14日</title>
         <description><![CDATA[<p>
海外生活体験者・学生インタビューvol.155をアップしました。<br />
<a href="/2011/11/vol155.html">http://www.rtnproject.com/2011/11/vol155.html</a>
</p>]]></description>
         <link>http://www.rtnproject.com/2011/11/1114.html</link>
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                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">2010)ニュース</category>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">ニュース・イベント</category>
        
        
         <pubDate>Mon, 14 Nov 2011 20:24:58 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>海外生活体験者・学生インタビューvol.155</title>
         <description><![CDATA[<div class="sectionh2">
<table class="layout2">
	<tbody>
		<tr>
			<td>
			<img src="http://www.rtnproject.com/50/img/interviewees_g_155_4_profile.jpg" alt="interviewees_g_154_profile.jpg" width="150" height="113" />
			</td>
			<td>飯田安紗美さん。１９８９年生まれ。小学１年生から６年生までブラジルに５年間に滞在し、一旦帰国。２年後タイへ渡り、高校３年まで５年間滞在する。International School Bangkokを卒業後、帰国し、青山学院大学に進学。現在は文学部英米文学科の３年生。チャリティ&amp;ボランティアＡＮＩＭＯ代表を務め、STUDY FOR TWOなどにも所属していた。趣味はスポーツ観戦やファッションである。</td>
		</tr>
	</tbody>
</table>
</div>
<div class="h3_body">
<br />
<strong>ワールドカップでマンションが揺れる</strong><br />
<br />
<strong>―早速ですが、海外体験についてお聞きしたいと思います。ブラジルやタイに滞在されとお聞きしましたが、なぜ行かれたのですか？</strong><br />
<br />
私の父は自動車会社に勤めていて、途上国向けのエンジン開発の業務を行っています。それで、他の人とは変わった転勤先になったのかもしれません（笑）　普通のエンジン以外の仕事、例えば、電力供給のための発電用エンジンなどの仕事もしています。だから、今でも単身赴任でトルコなどに行ったりします。<br />
<br />
<strong>―小学校の頃ブラジルで過ごした名残としてポルトガル語を話せますか？</strong><br />
<br />
日常会話程度ならしゃべることができたと思うのですが、今はほとんど覚えてません。ただ、大学の第２外国語としてスペイン語を取ったときに、似ているような言葉がちょくちょくあったので、その際に少し思い出しました。<br />
<br />
<strong>―では、タイで高校を卒業したあとの日本と小学校を卒業した日本に何か違いを感じたことはありませんでしたか？</strong><br />
<br />
あまり違いは感じませんでしたが、「日本人はなんでこんなに同じなの？」と感じたことはありましたね(笑)<br />
<br />
<strong>―実は僕もアメリカで生まれ育ったので、日本に初めて来日したときに同じようなことを感じました（笑）　ブラジルやタイにいた頃にいろいろと異文化体験をされたと思いますが、一番印象的だった出来事はなんですか？</strong><br />
<br />
ブラジルではサッカーが国民的なスポーツなので、ワールドカップなどのイベントの時はマンションが歓喜で揺れるほど活気があって驚きました。ブラジルは日本のように地震がないため、耐震設計をしていないので、本当に地震のように揺れたんですよ（笑）<br />
<br />
<strong>―タイにもいらしたんですよね。何か印象に残っていることはありますか？</strong><br />
<br />
私がタイにいたときにクーデターが起きたのですが、実際には街では普段と変わらない生活が送られていました。日本のメディアで大袈裟に放送されていたようですが、戦車は王宮の周りを取り囲んでいたので、見かけることはありませんでした。<br />
<br />
<strong>大学でもボランティア活動を始める</strong><br />
<br />
<strong>―大学での活動の話を少し質問させて頂きます。どのようなサークルに所属していたのですか？</strong><br />
<br />
１年生のころはテニスサークルに所属していたのですが、２年生になるとボランティア活動に力を注ぎたいと思いました。環境や貧困の問題に直面してきたタイでの経験を思い出すようになったんですね。タイの高校では、１２０時間ボランティア活動が義務付けられていて、１週間チェンマイの孤児たちに英語を教えに行きました。<br />
<br />
それまでは「自分はスポーツもできないし勉強もできない」とのコンプレックスの塊でしたが、一週間のボランティアを通して「自分にもできることがあるんだ」と感じました。ボランティア活動は単にひとを助けるものだと思っていたのですが、自分にも得るものが多いことを学びました。<br />
<br />
日本に戻って来てから、ボランティア活動を経験したことがある大学生が３０％程度しかいないことに驚きました。大学がボランティア活動を義務付けるのは困難であっても、気軽にできるボランティア活動をしたいと思って、２年生から始めて１年ちょっとになると思います。<br />
<br />
<strong>－そのボランティア活動ではどのようなことをされるのですか？</strong><br />
<br />
ANIMOという団体を組織して、社会貢献としてCHARITY FLEA MARKETを定期的に開いています。今回は東日本大震災に寄付をしたのですが、前回はJ-FUNユースという難民支援をしている団体に寄付しています。その他にも、宮城県の子供たちに、学習に必要な文房具を届けようということで、「ルーズリーフ募金」を始め、５０００枚ものルーズリーフを集めました<br />
<br />
<strong>―ＡＮＩＭＯ以外のボランティア活動や団体に所属していますか？</strong><br />
<br />
STUDY FOR TWOという団体の活動にも参加していたこともあります。STUDY FOR TWOでは、要らなくなった教科書などを大学構内で販売して、集まったお金の一部がラオスの子供たちの奨学金等として使われます。そのような活動も行っていました。<br />
<br />
<strong>日本人はファッション意識が高い</strong><br />
<br />
<strong>―スポーツ等の趣味はありますか？</strong><br />
<br />
スポーツはやるのはあまり得意ではないのですが、観戦がとても好きです。社会人のフットサルのマネージャーを務めています。最近観戦した野球の試合にせよ、スポーツを見るのが好きです。その他には、１０年間学んできたので、絵を描くのが好きです。あとは、日本に帰ってきてからファッションに興味を持ったので、ファッションショーに参加したこともあります。<br />
<br />
<strong>―絵はどのような絵を描いていたのですか？</strong><br />
<br />
イラストやポップアートがとても多かったです。ブラジルにいた頃の影響もあってか、原色の赤などをよく使うかもしれません。筆よりも指で描くのが好きです（笑）　高校時代にアートのHLレベルの授業で、自分で作品集を作ったカルチャーイノベーションの絵が紹介されたこともあります。<br />
<br />
<strong>―ファッションの話ですが、ブラジルやタイのファッションは、日本のファッションとはどのように違うのですか？</strong><br />
<br />
ブラジルでは日本と比べて比較的露出が多いです。例えば、ブラジルではボディラインを見せるのを重視していて、シリコン等が頻繁に使われていました。帰国したときに、日本のファッションが違うことに気づいて、日本風のファッションに変えていったのですが、最近になってブラジル風の花柄とか、ブラジル風の格好をすることが多いです（笑）<br />
<br />
<strong>―タイのファッションはどんな感じだったのですか？</strong><br />
<br />
タイでもブラジルのように露出が多いです。タイの日常的な格好の、タンクトップに短パンやビーチサンダルを日本ですると、「あれ、ここは海なの？」と勘違いされるかもしれません（笑）　日本人は、肌の露出やボディラインに気を使う「セクシー」さよりも、「可愛い」を目指しているので、それが大きな違いかもしれません。<br />
<br />
<strong>―アメリカのロサンゼルスでもジーパンにTシャツが普段着なので、タイに似ているのかもしれません（笑）</strong><br />
<br />
そうですね。日本人はかなりファッション意識が高いと思います。<br />
<br />
<strong>―ブラジルやタイの滞在経験以外に、その他に旅行をしたことがありますか？</strong><br />
<br />
南アフリカ、シンガポール、メキシコ、アルゼンチン、パラグアイ、アメリカ、イギリスに行ったことがあります。そしてタイではよく国内旅行をしたことがあります。<br />
<br />
<strong>―サッカーが強そうな国が多いですね（笑）</strong><br />
<br />
そうですね（笑）　両親がとても旅行が好きなので、南米にいる間は南米を回ろうと回ったり、学校の修学旅行でイタリアに行ったりしました。でも、まだヨーロッパでは行ったことがないところが多いので、機会があれば旅行をしてみたいです。<br />
<br />
<strong>―では、将来のことを話したいと思いますが、将来就きたい仕事とかありますか？</strong><br />
<br />
将来のことを今とても迷っています。子供の頃からアナウンサーになりたいと思っていたのですが、将来的には夢が一つあります。それは３０歳までに起業をすることです。学生団体を立ち上げたときの、新しいことを成し遂げるというワクワク感を忘れられなくて、一から自分の世界を作ってワクワクしてみたいです。<br />
<br />
<strong>―なるほど。では、起業するとすれば、どのような企業を創りたいのですか？</strong><br />
<br />
起業するならば、女性にやさしい企業が理想的だと思います。そして、ボランティアの体験を生かして、難しいのかもしれないのですが、ボランティアとビジネスをバランスさせた社会起業を創りたいです。それを実現したTABLE FOR TWOの代表の小暮さん等がロールモデルです。<br />
<br />
<strong>―本日はありがとうございました。</strong><br />
<br />
<strong>International School Bangkok ：</strong><br />
<a href="http://www.isb.ac.th/">http://www.isb.ac.th/</a><br />
<strong>ANIMO ：</strong><br />
<a href="http://animo2010.jimdo.com/what-s-animo/">http://animo2010.jimdo.com/what-s-animo/</a><br />
<br />
<strong>インタビューアから一言</strong><br />
<br />
飯田さんはとても元気で活発的な方で、面白い体験を数多く聞くことができました。帰国子女は、アメリカやヨーロッパ等に行くケースが多いと思いますが、家族の都合によって発展途上国のブラジルやタイで計１０年間と人生の半分を過ごしている、かなりレアな帰国子女だと思います。私も「ボランティア活動を通して学べることがあるのではないか？」と、大掛かりなことではなくても日常的にできることはあるのではないかと考えさせられました。これから就職活動ですね。将来のために頑張ってください！<br />
<br />
</div>
<table class="layout2">
	<tbody>
		<tr>
			<td>
			<img src="http://www.rtnproject.com/50/img/interviewees_s_241_profile.jpg" alt="interviewees_s_241_profile.jpg" width="150" height="113" />
			</td>
			<td>洞樹玲杏さん。１９９０年生まれ。アメリカ合衆国カルフォルニア州トーランスで生まれる。Palos Verdes Peninsula高校に入学して多くの帰国子女に出会い、日本の大学に興味を抱く。高校２年生の後半で遅れながらも受験を決意して高校３年から塾に通い始める。慶應義塾大学経済学部入学。</td>
		</tr>
	</tbody>
</table>
]]></description>
         <link>http://www.rtnproject.com/2011/11/vol155.html</link>
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                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">50)インタビュー</category>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">5001)学生インタビュー</category>
        
        
         <pubDate>Mon, 14 Nov 2011 19:34:02 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>更新情報11月11日</title>
         <description><![CDATA[<p>
海外生活体験者・学生インタビューvol.154をアップしました。<br />
<a href="/2011/11/vol154.html">http://www.rtnproject.com/2011/11/vol154.html</a>
</p>]]></description>
         <link>http://www.rtnproject.com/2011/11/1111_1.html</link>
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         <pubDate>Fri, 11 Nov 2011 01:44:51 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>海外生活体験者・学生インタビューvol.154</title>
         <description><![CDATA[<div class="sectionh2">
<table class="layout2">
	<tbody>
		<tr>
			<td>
			<img src="http://www.rtnproject.com/50/img/interviewees_g_154_profile.jpg" alt="interviewees_g_154_profile.jpg" width="150" height="113" />
			</td>
			<td>田中潤さん。１９９０年生まれ。アメリカ・カリフォルニア州出身。Palos Verdes Peninsula High Schoolにて生徒会長を務める。１８年間のアメリカ生活から一転、帰国して０９年東京大学に入学。現在同大学法学部３年に在籍。日比野勤的な、精神学、論理学の観点から憲法を解析し、掘り下げて行くメソドロジーを探求。同時に、寺尾美子教授の下で、英米法を憲法的観点並びに女性裁判官の視点から俯瞰し研究する指導を受けている。</td>
		</tr>
	</tbody>
</table>
</div>
<div class="h3_body">
<br />
<strong>ウルトラマンは存在しない</strong><br />
<br />
<strong>―まずは子供の頃の事を聞かせてください。田中さんはどんな子供だったのですか？</strong><br />
<br />
機械とかを弄るのが好きな、いたずらっ子でしたね。幼稚園の頃両親がLEGOを買ってくれて、それでとにかく色々作ったりするのが大好きでした。大きなロボットとかに憧れていたんですね。ちっちゃいながらも、ウルトラマンは本当は存在しないんだって、なんとなく悟っていた「ませガキ」で、テレビ番組とか見ながら「自分はウルトラマンにはなれないなぁ」って思っていたんですよ。<br />
<br />
だけど、例えばロボットを作って戦わせるなら、できるんじゃないかなって（笑）　当時「モンタナジョーンズ」っていうアニメ作品がありまして、そこでいろんなメカが出てくるんですね。それを見て、「あぁ、自分は将来博士になりたいな」って思ったりしていました。<br />
<br />
<strong>―ウルトラマンにはなれないと分かっていたとは、なかなかリアリストな子供だったんですね（笑）　勉強の方はいかがでしたか？</strong><br />
<br />
さっぱりでした！（笑）　とにかく勉強できない子どもで、学年最下位レベルだったんじゃないでしょうか。もう本当にやる気が起きなくて、学校なんてなんで行くんだろうって、幼稚園の頃から思っていましたね。音楽とかも苦手で、幼稚園で笛とかハーモニカとかやらされたんですが、それがもうてんで駄目で。音程とかそういう問題以前に、なんか自分には無理だって、勝手に信じ込んでいたんでしょうね。<br />
<br />
<strong>野球が上達したくらい</strong><br />
<br />
<strong>―それは小学校に入ってから変わったんでしょうか？</strong><br />
<br />
てんで変わらなかったですね。唯一変わったことと言えば、スポーツを始めたということぐらいでしょうか。<br />
<br />
<strong>―何をされていたんですか？</strong><br />
<br />
野球をやっていました。小学校に入り立ての頃、背が周りと比べてちょっと高かったので、ピッチャーをやることになって。でも本当にへったくそだったんですね。ホームベースまでボールが届けば良いほうっていうぐらいで（笑）<br />
<br />
ただ、野球は練習すれば上達するんですよ。ほら、テレビ番組で、たまに「素人が１３０kmに挑戦する」とかあるじゃないですか。誰でもがんばればある程度までいくんですね。それが楽しくて。周りも小学生ですからレベルも似たようなもので、少しずつ上手くなって連携プレーとかできるようになると、本当に楽しかったです。ある種、協調性っていうものをそこで学んだのかもしれませんね。勉強は自分対他者の競合になりがちですが、野球はチームプレーですから。<br />
<br />
<strong>―勉強の方もがんばればある程度まで行くというように考えなかったのですか？</strong><br />
<br />
考えたには考えたのですが、もうぼろぼろで。高校入るぐらいまではもう駄目駄目でした。<br />
<br />
<strong>―中学に入ってからはどうでした？</strong><br />
<br />
なかったですね。せいぜい野球が上達したというぐらいで。成績も学年ではかなり低くて、実を言うとかけ算とかも中学半ばまでできなかったんですよ。私は姉や兄が優秀だったものですから、親にも過度な期待をかけられたといいますか。とにかく期待にそえない自分が悲しかったけれど、それでもできないものは仕方ないってふてくされていましたね。いま思うとよくグレなかったものです。<br />
<br />
<strong>「やる気スイッチ」が入った</strong><br />
<br />
<strong>―では高校では大きく変わったんですね。</strong><br />
<br />
もう、人が変わったかのようになりましたね（笑）　たまたまガレージを整理していると、父の持ち物だったライプニッツとかの微積分の教科書が出てきたんです。それをぺらぺらめくっていると、何故だか分からないのですが「理解できた」んですね。いままでかけ算もまともにできなかった僕がですよ？<br />
<br />
自分でもびっくりしました。そこからベクトルとか勉強して。微積分、ベクトルときて、その後割り算かけ算とか三角関数とか勉強したんです（笑）　多分こんな人、私ぐらいなんじゃないでしょうか。とにかくそれとつながって、なんかあらゆる勉強も「わかる」ようになりました。<br />
<br />
ほら、テレビCMで「やる気スイッチ」っていうのがあったじゃないですか。あんな感じに、まさに「スイッチ」が入って、あらゆることができるようになったんですね。自分でも本当に不思議です、何かが舞い降りたのじゃないかなって思うぐらいです。<br />
<br />
<strong>―すごい話ですね。勉強以外でも、その「やる気スイッチ」は炸裂したのでしょうか？</strong><br />
<br />
残念なが、ら野球の方はそこまで上達はしませんでしたね（笑）　でも、なんかせっかく自分がやる気になっているのだから、でかいことをやってみようと思いまして。生徒会長に立候補したんです、高校の。いままで白人しか当選していなかった生徒会の役職を、がんばって勝ち取ったんですね。<br />
<br />
多分投票してくれた人は、僕のよくわからないけど、溢れんばかりのやる気と自信に圧倒されたんでしょうね、あのときは舞い上がっていたので（笑）　人間波に乗ると恐ろしいものですね。その他にも数学オリンピックに出たり、全米ドイツ語大会に入賞したり、スタンフォードでの留学プログラムに参加したりと、まさに快進撃でした。今の自分にあのときの能力が欲しいぐらいです。<br />
<br />
<strong>―ものすごい快進撃ですね（笑）</strong><br />
<br />
<strong>『涼宮ハルヒの憂鬱』</strong><br />
<br />
<strong>―学業とは別に、何か趣味とかあったのでしょうか？</strong><br />
<br />
色々ありますよ。まず当時２０００年代はアメリカに前代未聞のポーカーブームが来ていたんです。たまたまアマチュアが世界大会で優勝して億万長者になって、まさにアメリカンドリームという感じで、みんなポーカーに走ったんですよ。<br />
<br />
それに倣って、僕もポーカーをするようになって、初めての大会で２位につけたんです。そこからゲーム全般にはまり始めました。プレイステーションを買ったりして、だんだんとサブカル文化に浸るようになりました。アニメにも触れるようになったんですが、『涼宮ハルヒの憂鬱』をみて、完全に日本アニメの虜になりましたね。「あぁ、これは現場で見たい！」って（笑）<br />
<br />
<strong>―もしかして、それが日本の大学を目指すきっかけになったんですか？</strong><br />
<br />
それだけではないですが、大きな要因にはなりましたね（笑）　でも、きっかけってそんなものだと思うんです。それ以外にも、「自分は日本人だから、日本の生活をせっかくだから経験したい」「それも比較的自由な時間が多い大学生の間に」っていう考えもありました。そしてどうせ目指すなら頂点がいいなと。<br />
<br />
<strong>―それで東京大学ですか？！</strong><br />
<br />
はい。大学受験に関しては別の記事でアップされていると思うので割愛しますが、大学に入ってから色々な出会いがありましたね。大事な親友に出会えたことはもちろん、法律という学問に出会ったというのも大きいです。<br />
<br />
<strong>―田中さんは法律がお好きなんですね。</strong><br />
<br />
法律全般が好きというわけでは実はないんです。人間を、人間として守る法律が私は好きです。法律って結局箱庭的な学問なんですね。こういう法律を作れば社会はよくなるなっていう立法目的のもとで法律が作られる。それは立派なことですし、不可欠ですが、法律を作っただけで世の中がよくなるとは必ずしも言えないんです。<br />
<br />
それが現実に適用されて、ちゃんとenforceされないといけない。弁護士は自分のもとに来た人を助けますが、積極的に外に出て行くことはあまりしませんよね。僕はどちらかというと、その外に行って働きかけて、法の下でちゃんとした平和な生活が保障されているか、それを確認して、できることならそれを守りたいんです。<br />
<br />
<strong>―では、田中さんは将来どのようなお仕事につきたいのでしょうか。</strong><br />
<br />
色々やりたいことはあります。社会に出て、企業でバリバリ働いて、グローバルに活躍して、自分の能力を限界まで試したいという強い気持ちがある一方、先ほど申し上げたように外に出て、世界の困っている人たちを助けたいと思う気持ちがあります。イスラーム法などを勉強していますが、法的整備が不安定な場所は積極的な助けが必要です。文言ではなく、人の手で人を救ってあげる必要性があるんです。だからNPOとかに所属して、世界的な支援を行いたいなとも思っています。<br />
<br />
<strong>―幅広い夢を持っていらっしゃるんですね。では、今日はどうもありがとうございました。これからの田中さんの活躍に期待したいと思います。</strong><br />
<br />
ありがとうございました！<br />
<br />
<strong>帰国子女大学入試・合格体験記vol.31</strong><br />
<a href="http://www.rtnproject.com/2009/12/vol31_2.html">http://www.rtnproject.com/2009/12/vol31_2.html</a><br />
<strong>Palos Verdes Peninsula High School ：</strong><br />
<a href="http://www.pvphs.com/">http://www.pvphs.com/</a><br />
<br />
<strong>インタビューアから一言</strong><br />
<br />
予備校で知り合った田中さんですが、こうして人生について話しあったのは初めてでした。田中さんの人生はオンとオフがはっきりしていて、聞いていてとても興味深かったです。まさに天才と呼ぶに相応しいのではないでしょうか。自分のパッションと自信を押し通し、これからの活躍に期待しています！　私も負けるつもりはありません（笑）<br />
<br />
</div>
<table class="layout2">
	<tbody>
		<tr>
			<td>
			<img src="http://www.rtnproject.com/50/img/interviewee_s_151_2_profile.jpg" alt="interviewee_s_151_2_profile.jpg" width="150" height="113" />
			</td>
			<td>稲葉省吾。１９９０年神奈川県の田舎生まれ。小学校５年生のときにアメリカのニュージャージー州に引っ越し、７年８ヶ月ほど滞在。Parsippany Hills High Schoolを卒業後、日本に帰国。２００９年に上智大学国際教養学部に合格し、現在３年に在学。国際教養学部の制度を活用して、史学や政治学など複数の科目を学んでいる。RTN Project上智支部代表。</td>
		</tr>
	</tbody>
</table>
]]></description>
         <link>http://www.rtnproject.com/2011/11/vol154.html</link>
         <guid>http://www.rtnproject.com/2011/11/vol154.html</guid>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">50)インタビュー</category>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">5001)学生インタビュー</category>
        
        
         <pubDate>Fri, 11 Nov 2011 01:34:50 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>更新情報11月9日</title>
         <description><![CDATA[<p>
海外生活体験者・学生インタビューvol.153をアップしました。<br />
<a href="/2011/11/vol153.html">http://www.rtnproject.com/2011/11/vol153.html</a>
</p>
]]></description>
         <link>http://www.rtnproject.com/2011/11/119_1.html</link>
         <guid>http://www.rtnproject.com/2011/11/119_1.html</guid>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">2010)ニュース</category>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">ニュース・イベント</category>
        
        
         <pubDate>Wed, 09 Nov 2011 22:17:18 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>海外生活体験者・学生インタビューvol.153</title>
         <description><![CDATA[<div class="sectionh2">
<table class="layout2">
	<tbody>
		<tr>
			<td>
			<img src="http://www.rtnproject.com/50/img/interviewees_g_153_profile.jpg" alt="interviewees_g_152_profile.jpg" width="150" height="113" />
			</td>
			<td>小掠瑞希さん。１９９０年愛知県生まれ。地元の公立小中学校を卒業後、愛知県立千種高等学校国際教養科に進学。在学中に単身アメリカ・コロラド州のJohn Mall High Schoolに留学。帰国後、千種高等学校を卒業し、中央大学法学部国際企業関係法学科に進学。大学では学生団体The Asian Law Students&rsquo; Association（ALSA）に所属。日本支部の代表補佐外務担当として、アジア各国支部との交渉に尽力した。国際労働機関（ＩＬＯ）本部のインターンシップにも参加した経験がある。</td>
		</tr>
	</tbody>
</table>
</div>
<div class="h3_body">
<br />
<strong>自分のことを見てほしい<br />
</strong><br />
<strong>―瑞希はどんな環境で育ったの？</strong><br />
<br />
私は一人っ子で、両親は共働。小学校に入学するまでは、祖父母の家で面倒を見てもらってた。だから、小さい頃は両親と時間を過ごした思い出があんまりなくて。忙しい両親に迷惑かけてはいけないって、いつも思ってた。精神的自立が普通の子どもより早かったかも。一緒に過ごす時間が短い分、両親に自分のことを見てほしいっていう気持ちも強かったように思う。それが影響して、目立ちたがりになったのかな（笑）<br />
<br />
<strong>―目立ちたがり？</strong><br />
<br />
うん。自然に周りの友だちと違うことやりたがったかなあ。習い事は結構アブノーマルなものやらせてもらったよ。和太鼓とか乗馬とか！　それから、小学生のときに、英語話せたらみんなと違ってかっこいいなって、漠然と思うようになって、自然に海外に憧れを抱くようにもなったかな。<br />
<br />
<strong>勉強＆部活に没頭する</strong><br />
<br />
<strong>―中学校ではどんな生活を送ってた？</strong><br />
<br />
学校・部活・塾のルーティーン（笑）　学校では、いつもクラスのリーダーや生徒会の副会長とかやっていたよ。目立ちたがりだったのが、自然にみんなの中で場をまとめる人っていう位置づけになってた。それと、勉強がとにかく楽しくて、毎日がんばって勉強してた。特に英語が大好きだったな。<br />
<br />
<strong>―小さいときから英語に興味あったもんね！</strong><br />
<br />
うん。でも、英語の勉強を本格的にスタートしたのは、みんなと同じ中学一年生だよ。英語だけは本当に楽しくて、勉強だと思ってなかった（笑）　学校では、全体的に成績はいい方だったけど、英語だけは常にトップだった！<br />
<br />
<strong>―すごい（笑）</strong><br />
<br />
自然と「英語だけは誰にも負けない」という自信になったよ。もちろん他の科目の勉強も熱心にした！　とにかく勉強が楽しくて。毎回テストのときに頑張った分だけ結果に出るのが楽しかったからかな。<br />
<br />
<strong>―勉強のほかに、中学校での思い出は？</strong><br />
<br />
とにかく部活に打ち込んだよ！　もともと運動はすごく苦手で、コンプレックスを持っていたんだけど、中学から部活でテニスを始めたの。とにかく試合に出たいっていう思いだけで、毎日走り込んだり、素振りしたり。試合に出て目立ちたいっていう思いがあったのかなあ（笑）　そして、そういう努力が功を成して、レギュラーになれた。運動に関しては、本当に自信がなかったから、すごくうれしかった！<br />
<br />
<strong>―本当に充実した中学時代だったんだね！</strong><br />
<br />
<strong>ひとつ広い世界へ―名古屋の高校へ</strong><br />
<br />
<strong>―高校はどうやって選んだの？</strong><br />
<br />
とにかく「周りのみんなとは同じような学校に行きたくない」って、漠然と思ってた。私の住んでた一宮市、は教育制度が充実してたから、みんな市内の学校に進学するの。でも私はどうしても名古屋の学校に行きたかった。人と同じ学校は嫌だっていうのと、「一宮から飛び出して広い世界を見たい」って思ってた。「名古屋の学校って、都会でかっこいい！」って気持ちからかな（笑）<br />
<br />
<strong>―そうなんだ（笑）　その中でも千種高校を選んだ理由は？</strong><br />
<br />
国際教養科（国教）っていう響きに魅力を感じたんだよね。私は英語が好きだったし、得意だったから、それをもっと伸ばせる環境がそこにはあるって思った。千種高校の国際教養科は、生徒の７割は帰国子女なの。残りの３割は私のように、中学まで海外経験が全くない生徒。今まで考えたこともない環境で、自分を鍛えるには最高の場所だと思った。<br />
<br />
<strong>―高校に入学してから、国教の印象はどうだった？</strong><br />
<br />
高校に入学して、生まれて初めて帰国子女に出会ったときのショックは忘れられない。海外経験が長い子たちの話す英語は、自分が同じクラスにいるのが恥ずかしいぐらい完璧で綺麗だった。それまで自分の英語のレベルが一番だったから、ここに来て初めて自分よりも英語ができる人たちに出会ったんだよね。<br />
<br />
それに、授業のレベルはすごく高くて、ずっと英語で異文化や社会問題についてのディスカッション。先生はみんな外国人だから日本語を話せないし、自分は授業でなにが起こってるかわからないし、みんなの英語は完璧だし、一気に自信を失った。<br />
<br />
<strong>もっと広い世界へ―初めての海外生活</strong><br />
<br />
<strong>―瑞希は高校で留学してるけど、どうして留学することにしたの？</strong><br />
<br />
周りの友だちのように英語話せないのが本当に悔しかったから。自分が英語で特別目立つ存在じゃなくなってしまったのも悲しかった。自在に英語を操る友だちとのギャップを埋めたい一心だったよ。<br />
<br />
<strong>―コロラドはどんなところ？</strong><br />
<br />
自然豊かなところだよ。街には鹿がのんびり散歩している（笑）　車がなければ生活できないから、最初は本当に不便だと思ったなあ。私の住んでいた街には、あまり裕福ではない人が多かったし、学校の人数も高校４学年合わせて１４０人ぐらいの、本当に小さいコミュニティだった。<br />
<br />
<strong>―英語での授業に最初からついていけた？</strong><br />
<br />
自分が思っていたよりもついていけたよ。千種の国教で自分が鍛えられていたんだなあって実感した。それよりも、最初は友だちもいないし、クラスメイトはみんな小さい頃からずっと一緒に育ってきてるから、自分だけみんなの輪の中に入れないことが辛かったな。<br />
<br />
<strong>―それは結構辛いよね。なんとかなった？</strong><br />
<br />
自分が学校内で目立てば、みんなが私と友だちになってくれると思った。せっかくだから、一番華形のチアリーダーをやってみようと思って、トライアウトに乗り込んだの！　シーズンの途中だったけどチームに入ったよ。<br />
<br />
私の物覚えが良かったから、チームのみんなは、私とチアをするのが楽しかったみたい（笑）　すぐに仲良くなれた。公式フットボールの試合でデビューしてからは、フットボール選手とも交流するようになった！　でも、私と彼女たちの間に言語や文化の壁はあったし、彼女たちがそれでイライラしてるときがあったのもなんとなくわかったよ。<br />
<br />
<strong>―文化の壁って、たとえばどんなこと？</strong><br />
<br />
私がすぐに「ごめんなさい」って言うこと。私が何に対して謝っているのかわからなくて、きっとイライラしてたんだと思う。性格の問題なのかもしれないけど、私、小さい頃から人に迷惑をかけてはいけないって思ってたから。なにかあるとすぐに「ごめんなさい」って言うんだよね。<br />
<br />
<strong>家族の大切さに気づく</strong><br />
<br />
<strong>―アメリカに行って、驚いたことことってどんなこと？</strong><br />
<br />
アメリカのひとたちが、みんな自分の家族に対して誇りを持っていることに驚いた。私は両親が共働きだったから、それまであんまり家族と過ごしたことがなくて、両親は一緒にいてもつまらない存在だと思っていたの。<br />
<br />
自分の両親がいかに私を愛してくれていたかに気づいた。アメリカではホストファミリーと暮らしていたけど、やっぱり他人だからさ。ホストマザーが意味もなく私にイライラしているときだって、結構あったんだよね。他人の家庭で生活して、自分の家族の無償の愛に気づいたよ。<br />
<br />
そもそも、両親がサポートしてくれなければ、留学にだって行けなかったし、小さい頃に通っていた習い事や塾にも行けなかったことを、アメリカで初めて意識するようになったの。それで、自分が両親に対して少し距離を置いたり、反抗的になったりしていたことに、すごく恥ずかしくなったよ。<br />
<br />
<strong>―アメリカに行って、ずいぶん大人になったみたいだね。</strong><br />
<br />
確かに、家族や自分の周りにいる人たちを、もっと大切にしたいと思うようになった。それはさっき話した経験があったからこそね。<br />
<br />
それから、自己主張するときはちゃんと自分の考えを伝えることの大切さも学んだかな。アメリカでは自己主張しないと仲間に入れてもらえないから。それまで、人に迷惑かけないように、自分が思ってることを周りの人に伝えないことも多かったんだけど、自分の思ってることはちゃんと言うようになった。<br />
<br />
<strong>「みんなのお姉さん」になった</strong><br />
<br />
<strong>―帰国して、瑞希はひとつ学年を落としたんだよね？　高校生活を再スタートさせることは、苦痛じゃなかった？</strong><br />
<br />
最初はすごく嫌だった。でも、自分から新しいクラスメイトに積極的に関わっていかないと友だちできないままなんだよね。アメリカのときと同じで、とにかく目立って存在感を出さないと、みんなに気づいてもらえないの（笑）　だから、まずは授業中によく発言することから始めたよ。そうしたら、クラスのみんなが自然と私の周りに集まってくるようになったの。<br />
<br />
<strong>―帰国してから頑張ったことってある？</strong><br />
<br />
すごく勉強するようになったよ。一緒に入学した学年の友だちが、みんな受験勉強で忙しそうにしてるのを見て、初めて大学受験を意識するようになったのが影響しているかも。それで、帰国して初めてのテストで学年トップ層に入ったんだ。そうしたら、勉強を教えてほしいっていうひとも周りに集まるようになった。<br />
<br />
おかげで、「面倒見のいいお姉さん」っていうキャラクターを確立することができたんだ。それからは、中学のときみたいに、クラスのリーダーをやるようになったよ。自分がひとつ年上だっていうことを上手く利用できたの（笑）<br />
<br />
<strong>さらに広い世界へ―たくさんの出会い</strong><br />
<br />
<strong>ー大学では何をやってるの？</strong><br />
<br />
ALSA（The Asian Law Students&rsquo; Association）っていう学生団体に所属してる。長期の休みを利用して、アジアのいろんな国の人たちと学術交流と文化交流するの。今まで行ったことなかった国を訪問する機会に恵まれて、たくさんの素敵な人たちに出会うことができたよ。<br />
<br />
それから、自分の英語力を活かして、日本支部代表の補佐もやらせてもらった。外務担当で、海外と連絡取ったり、企画のお手伝いをしたり。かっこいい名前のわりに細かい作業が多かったんだけど、正確かつ迅速に物事を処理する力が身に付いたかな。<br />
<br />
<strong>―団体の活動を通して得たものは？</strong><br />
<br />
なんでも深く話せる人たちに出会えたこと！　いろんな考えを共有して、本当に何でも話せる人が、いろんな国に一人ずついたら素敵だと思わない？　活動を通して、シンガポールや韓国にそういう友だちができたこと、活動を通して得た最高の財産だと思ってる。<br />
<br />
<strong>―学生団体のほかに頑張ったことは？</strong><br />
<br />
国際労働機関本部でインターンをさせてもらったこと。中大法学部から８人の選抜メンバーがジュネーブに派遣されるんだけど、その派遣団の代表もやった。世界ではあまり注目されていない、日本における外国人労働者の権利が研究課題。私たちのプレゼンを見て、初めてＩＬＯの職員さんが問題意識を持ってくれたことが、すごくうれしかったよ。すごく高い評価も受けたしね。<br />
<br />
ジュネーブでは、とにかく世界の広さを知った。自分がこの地球上でいかに小さな存在かを思い知らされて、よく気が遠くなったよ。様々な機能を持った団体が相互に関係し合って、それで初めて何か小さいことが動く。自分一人の力では何にもできないんだなあって思ったなあ。<br />
<br />
<strong>―将来はどんな人になりたい？</strong><br />
<br />
グローバルに活躍したい。せっかく今までこんなに世界を見る機会があったから、今度は今までに培った経験や人脈を活かしながら、社会に貢献したいな。<br />
<br />
自分は日本の小掠という家に生まれ育って、いろんな困難もあったけど、それらを乗り越えて来た中で、今の「小掠瑞希」という人間を形成したことにすごく誇りをもってる。自分が今までたくさんの人からもらってきた無償の愛に感謝しながら、「小掠瑞希」がもっともっと成長できるような環境にどんどん飛び込んで行きたいです！<br />
<br />
<strong>John Mall High School　：</strong><br />
<a href="http://huerfano.k12.co.us/jm/">http://huerfano.k12.co.us/jm/</a><br />
<strong>千種高等学校国際教養科 ：</strong><br />
<a href="http://www.chigusa-h.aichi-c.ed.jp/">http://www.chigusa-h.aichi-c.ed.jp/</a><br />
<br />
<strong>インタビューアから一言</strong><br />
<br />
これまでRTNのメンバーとしてともに活動してきましたが、このような形で詳しく話を聞かせてもらうのは初めてでした。実際には海外経験が短いのにもかかわらず、流暢に英語を話すことのできる彼女。その裏側には、幼いころから抱き続けた英語への強い関心と弛まない努力があるのだと強く感じました。自称「目立ちたがり屋」の性格も、常にそれを活かすことのできる環境へ自らを導いていく力があるからではないでしょうか。今後も幅広い領域で活躍していくであろう彼女を、陰ながら応援していきたいと思います。非常に楽しいインタビューありがとうございました。<br />
<br />
</div>
<table class="layout2">
	<tbody>
		<tr>
			<td>
			<img src="http://www.rtnproject.com/50/img/interviewees_s_249_profile.jpg" alt="interviewees_g_135_2_profile.jpg" width="150" height="113" />
			</td>
			<td>浅野卓也。１９８９年東京生まれ。小学校、中学校ともに地元の公立校に通う。２００４年、９年生の開始に合わせ渡米。アメリカ、コネチカット州のGreenwich High Schoolを卒業後、帰国する。現在は早稲田大学教育学部複合文化学科３年に在籍。第２外国語はスペイン語を選択。課外活動ではゴルフサークルに所属し、年２回のリーグ戦にむけて日々練習を重ねている。</td>
			<td>&nbsp;</td>
		</tr>
	</tbody>
</table>
</a>
]]></description>
         <link>http://www.rtnproject.com/2011/11/vol153.html</link>
         <guid>http://www.rtnproject.com/2011/11/vol153.html</guid>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">50)インタビュー</category>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">5001)学生インタビュー</category>
        
        
         <pubDate>Wed, 09 Nov 2011 20:35:41 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>エントリー手順</title>
         <description><![CDATA[<div>
RTN Projectでは、海外生活体験者の楽しく充実した就職活動を応援します。<br />
<br />
しかし、私たちが応援するのはあくまで、以下の作業を全て完了させた人のみです。<br />
ひとつでも漏れがあると、セミナーを含め、ＲＴＮプロジェクトのサービスの一部が受けられなくなることがありますので、<strong>就活本番のエントリーの予行演習</strong>だと思って、一つ一つ、確実に行って下さい。<br />
<br />
<strong>１）	まず、メンバー登録です。ＳＮＳ「ＲＴＮネットワーク」に登録しましょう。</strong><br />
「ＲＴＮネットワーク」は実名主義を採用しています。ＳＮＳへのご登録は実名(漢字)で行ってください。ミドルネームなどはカタカナで構いません。実名は、一般には非公開でも構いませんが、マイフレンドには必ず公開してください。個人のパーマネントPCアドレスでご登録ください。弊団体では、大学のアドレス等は受け付けておりません。<br />
<a href="http://www.rtn-net.com/">http://www.rtn-net.com/</a><br />
<br />
<strong>２）	SNSに登録完了後は、imageをアップしましょう。</strong><br />
imageは、自分の顔写真はもちろん、自分の好きな写真や画像などでも構いません。<br />
<br />
<strong>３）次に、以下の「就活フォーラム」に参加しましょう。</strong><br />
<a href="http://www.rtn-net.com/?m=pc&amp;a=page_c_home&amp;target_c_commu_id=6">http://www.rtn-net.com/?m=pc&amp;a=page_c_home&amp;target_c_commu_id=6</a><br />
ガイダンスの連絡や資料のアップは、全てＳＮＳ内の「就活フォーラム」で行いますので、このコミュニティに参加することは非常に重要です。どなたでも登録できますが、参加要件がありますから、詳細はコミュニティをご覧ください。参加要件を満たした上で参加申請願います。<br />
<br />
<strong>４）	そして、所属大学＆予備校のコミュにご参加ください。<br />
これでメンバー登録完了です。</strong><br />
<br />
<strong>５）最後に、<a href="/seminar_entry2.html">エントリー・フォーム</a>に、必要事項を全て記入し、申し込みましょう。</strong><br />
※この作業が終了した地点で、自動送信メールが届きます。ご確認ください。<br />
<br />
お疲れ様でした！<br />
これで、セミナーの参加手続きは全て完了です。<br />
<br />
なお、個人情報の取り扱いについては、<a href="/2007/10/privacy.html">プライバシー・ポリシー</a>を遵守しております。<br />
<br />
詳細等については、<a href="/inquiry.html">こちら</a>からお問い合わせ下さい。<br />
<br />
それでは、当日、会場で皆様にお会いするのを楽しみにしております。<br />
それまでは、「就活生フォーラム」の掲示板やwebsiteをご活用下さい！<br />
<br />
ＲＴＮプロジェクト　広報部<br />
</div>]]></description>
         <link>http://www.rtnproject.com/2011/11/2011_5_2.html</link>
         <guid>http://www.rtnproject.com/2011/11/2011_5_2.html</guid>
        
        
         <pubDate>Sun, 06 Nov 2011 18:11:54 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>就活支援セミナー2011　第４回詳細情報</title>
         <description><![CDATA[<div>
「マスマーケティングからone to oneマーケティングの時代へ」<br />
就職活動支援も、信頼できる学生をone to oneで企業に紹介することを目指します。<br />
<br />
第４回就活支援セミナーの詳細が決定いたしました！<br />
<br />
みなさんは、参加者５００名＆質問時間１０分の<br />
合同説明会や就活セミナーに満足できますか？！<br />
<br />
RTNプロジェクト就活支援セミナーは、参加者数１００名！<br />
企業人事＆新卒採用担当者の方のパネル・ディスカッション以外に、<br />
質問＆懇談時間はたっぷり１５０分！<br />
<br />
RTNプロジェクトのセミナーを、既存のセミナーと同列視しないでください！<br />
<br />
今回の参加＆協賛企業は、リクルート・博報堂・富士ゼロックス・デロイト トーマツ コンサルティングの４社様です。<br />
（あと１、２社参加企業様が増えるかもしれません）<br />
<br />
会場のキャパシティの関係上、<span style="color: red"><strong>オープンエントリーは先着１００名様</strong></span>に限り参加いただけます。海外生活体験者向けのイベントですが、将来グローバルに活躍したいとお考えの方は、それを了解してくださるのであれば、一般の方でも参加可能です。<br />
<br />
<span style="color: red"><strong>直前のキャンセルはご遠慮願います。</strong></span>連絡がない場合は、名簿とともにその旨参加企業様へ連絡させていただきます。また、次回以降、就活支援イベントのエントリーをお受けできなくなるかもしれませんので、ご注意ください。<br />
<br />
エントリーと同時に、登録がお済でない方は、ＳＮＳ「<a href="http://www.rtn-net.com/">ＲＴＮネットワーク</a>」に登録し、<br />
「<a href="http://www.rtn-net.com/?m=pc&amp;a=page_c_home&amp;target_c_commu_id=6">就活生フォーラム</a>」と所属大学・予備校コミュ等関連コミュにご参加を願います。<br />
<br />
以上２点が、セミナー参加の条件になりますので、よろしくお願い致します。<br />
<br />
注１：弊団体では、大学等のアドレスを受け付けておりません。<br />
個人のパーマネント・アドレスでエントリー＆登録をお願い致します。<br />
注２：「就活生フォーラム」はどなたでも参加いただけますが、参加要件がございます。詳しくはコミュニティの説明をご覧ください。<br />
<br />
なお、ＲＴＮプロジェクト就活支援セミナーの概要は、<a href="/2011/09/2011.html">こちら</a>からご覧ください。<br />
<br />
<strong>【主宰】</strong>すどうさん （<a href="/65/">こちら</a>から）<br />
<br />
<strong>【開催日】</strong>１２月４日（日）<br />
<br />
<strong>【開催場所】</strong><br />
<br />
独立行政法人　国立青少年教育振興機構<br />
国立オリンピック記念青少年総合センター<br />
<a href="http://nyc.niye.go.jp/">http://nyc.niye.go.jp/</a><br />
<a href="http://nyc.niye.go.jp/facilities/d7.html">http://nyc.niye.go.jp/facilities/d7.html</a><br />
センター棟１０２号室<br />
<a href="http://nyc.niye.go.jp/facilities/d6-1.html">http://nyc.niye.go.jp/facilities/d6-1.html</a><br />
<br />
<span style="color: red"><strong>場所は以下でご確認ください。</strong></span>当日誘導はございません。<br />
<br />
<iframe width="450" height="450" frameborder="0" scrolling="no" marginheight="0" marginwidth="0" src="http://maps.google.co.jp/maps?hl=ja&amp;lr=&amp;ie=UTF8&amp;q=%E5%9B%BD%E7%AB%8B%E3%82%AA%E3%83%AA%E3%83%B3%E3%83%94%E3%83%83%E3%82%AF%E8%A8%98%E5%BF%B5%E9%9D%92%E5%B0%91%E5%B9%B4%E7%B7%8F%E5%90%88%E3%82%BB%E3%83%B3%E3%82%BF%E3%83%BC&amp;near=%E6%9D%B1%E4%BA%AC%E9%83%BD&amp;fb=1&amp;split=1&amp;gl=jp&amp;cid=0,0,8355391103327143777&amp;ei=F8jqSZOoFcWNkAWf08GmCA&amp;ll=35.676699,139.6929&amp;spn=0.006972,0.009656&amp;z=16&amp;output=embed"></iframe><br /><small><a href="http://maps.google.co.jp/maps?hl=ja&amp;lr=&amp;ie=UTF8&amp;q=%E5%9B%BD%E7%AB%8B%E3%82%AA%E3%83%AA%E3%83%B3%E3%83%94%E3%83%83%E3%82%AF%E8%A8%98%E5%BF%B5%E9%9D%92%E5%B0%91%E5%B9%B4%E7%B7%8F%E5%90%88%E3%82%BB%E3%83%B3%E3%82%BF%E3%83%BC&amp;near=%E6%9D%B1%E4%BA%AC%E9%83%BD&amp;fb=1&amp;split=1&amp;gl=jp&amp;cid=0,0,8355391103327143777&amp;ei=F8jqSZOoFcWNkAWf08GmCA&amp;ll=35.676699,139.6929&amp;spn=0.006972,0.009656&amp;z=16&amp;source=embed" style="color:#0000FF;text-align:left">大きな地図で見る</a></small><br />
<br />
<strong>【当日のスケジュール】</strong><br />
<br />
受付開始：17時30分<span style="color: red">（時間厳守で願います）</span><br />
開始時間：18時00分<br />
終了時間：22時00分<br />
※ パネル・ディスカッション90分、懇親＆懇談150分<br />
<br />
<strong>【費用】</strong>1000円（会場費・コピー代・OB/OGの交通費等の実費を負担いただきます）<br />
<br />
<strong>【ドレス・コード】</strong>私服でお願いします。<br />
<br />
<strong>【申し込み方法】</strong>エントリーをご希望の方は、<a href="/2011/11/2011_5_2.html">エントリー・フォーム</a>に、氏名・連絡先アドレス等を全てご記入の上、送信してください。PCアドレスは個人のパーマネント・アドレスをご使用ください。大学のアドレス等は受け付けておりません。<br />
<br />
なお、個人情報の取り扱いについては、<a href="/2007/10/privacy.html">プライバシー・ポリシー</a>を厳守しております。<br />
<br />
詳細等については、以下にお問い合わせ下さい。<br />
<a href="/inquiry.html">info@rtn-net.com</a><br />
<br />
<strong>【注意】</strong><br />
<br />
■当日は時間厳守でお願いいたします。<br />
■事前に地図で場所をご確認ください。<br />
<br />
<strong>【当日スケジュール】</strong><br />
<br />
<strong>第１部　パネル・ディスカッション　企業の話を聞いてみよう！</strong><br />
<br />
<strong>【参加企業名】</strong><br />
<strong>株式会社リクルート</strong><br />
<a href="http://www.recruit.jp/">http://www.recruit.jp/</a><br />
<strong>株式会社博報堂</strong><br />
<a href="http://www.hakuhodo.co.jp/">http://www.hakuhodo.co.jp/</a><br />
<strong>富士ゼロックス株式会社</strong><br />
<a href="http://www.fujixerox.co.jp/">http://www.fujixerox.co.jp/</a><br />
<strong>デロイト トーマツ コンサルティング株式会社</strong><br />
<a href="http://www.tohmatsu.com/jp/dtc/">http://www.tohmatsu.com/jp/dtc/</a><br />
<br />
<strong>第２部	懇親＆懇談会　企業人事部の方と直接懇親＆懇談しよう！</strong><br />
<br />
<strong>【参加者名】</strong><br />
<strong>平栗瑞穂様</strong><br />
（株式会社リクルート 人事支援室　人事部　新卒採用グループ）<br />
New Graduate Recruitment Group）<br />
<strong>高倉資征様</strong><br />
（株式会社博報堂　人事局人事部）<br />
<strong>杉浦裕樹様</strong><br />
（富士ゼロックス株式会社　人事本部人事部）<br />
<strong>小澤正章様</strong><br />
（デロイト トーマツ コンサルティング株式会社　管理部人事グループ）<br />
<br />
</div>
]]></description>
         <link>http://www.rtnproject.com/2011/11/2011_4.html</link>
         <guid>http://www.rtnproject.com/2011/11/2011_4.html</guid>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">2020)イベント</category>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">ニュース・イベント</category>
        
        
         <pubDate>Sun, 06 Nov 2011 17:49:46 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>更新情報10月31日</title>
         <description><![CDATA[<p>
海外生活体験者・学生インタビューvol.152をアップしました。<br />
<a href="/2011/10/vol152.html">http://www.rtnproject.com/2011/10/vol152.html</a>
</p>]]></description>
         <link>http://www.rtnproject.com/2011/10/1031.html</link>
         <guid>http://www.rtnproject.com/2011/10/1031.html</guid>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">2010)ニュース</category>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">ニュース・イベント</category>
        
        
         <pubDate>Mon, 31 Oct 2011 22:18:37 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>海外生活体験者・学生インタビューvol.152</title>
         <description><![CDATA[<div class="sectionh2">
<table class="layout2">
	<tbody>
		<tr>
			<td>
			<img src="http://www.rtnproject.com/50/img/interviewees_g_152_profile.jpg" alt="interviewees_g_152_profile.jpg" width="150" height="113" />
			</td>
			<td>岡野真一郎さん。１９８８年神奈川県生まれ。高校在学中に、アメリカ・オレゴン州レイクオスエゴへ交換留学。日本国内の高校を中退し、カナダ・バンクーバーのWest Vancouver Secondary Schoolに編入。高校卒業後は、渡英。ロンドンのImperial College Londonに入学。１年間のイギリス生活を経て、０９年に慶應義塾大学経済学部経済学科に入学。現在は、坂井豊貴研究会に所属し、研究会代表を務める。メカニズムデザイン理論について理論的研究を深め、社会制度の効率化や社会問題の解決のために精力的に活動している。</td>
		</tr>
	</tbody>
</table>
</div>
<br />
<div class="h3_body">
<strong>海外に強く興味を持っていた<br />
<br />
―早速ですが、岡野さんの経歴を簡単に聞かせてもらってもいいですか？？</strong><br />
<br />
僕は、池田さんやRTN Projectの方のような帰国子女ではなく、高校までは日本に住んでいました。高校在籍１年次に、当時募集していた交換留学制度に応募したことが、
海外に渡るきっかけでした。元々海外に強く興味を持っていたので、交換留学という形で、早い段階で海外に進出することにしました。交換留学先はアメリカのオレゴン州です。<br />
<br />
<strong>―オレゴン州ですか？！　私もオレゴン州で中学、高校を過ごしましたよ！（笑）</strong><br />
<br />
そうなんですか？！　オレゴン州のどちらでした？<br />
<br />
<strong>―オレゴン州のポートランドでした。　岡野さんは？</strong><br />
<br />
僕はレイクオスエゴでした。ポートランドとは少し離れていますね。<br />
<br />
<strong>―そうですね、奇遇ですね。ただ、オレゴン州に留学とは&hellip;&hellip;、珍しい（笑）</strong><br />
<br />
そうなんですよ！　レイクオスエゴは、日本人は僕だけだったのかなって思います。回りは白人ばかりでしたし、アジア人も周辺にはあまりいませんでした。ただ、そのおかげで、オレゴン州での１年間は最高でしたね。<br />
<br />
その後、元々海外の大学に進学することを希望していたので、両親に無理を言って、そのまま海外に残ることにしましたが、アメリカはビザを取得するのが難しいということだったので、カナダへ留学することにしました。<br />
<br />
<strong>―なるほど、オレゴン州からカナダですか。ただ、風の噂によると、カナダではない国に留学されていたと？？</strong><br />
<br />
あ！　それは順を追ってお話しますね。私の経歴は少し変わっていますので（笑）<br />
<br />
<strong>―了解しました（笑）</strong><br />
<br />
<strong>当時はとてもナイーブだった</strong><br />
<br />
アメリカから北上する形で、カナダのバンクーバーに移動しました。現地ではIB（国際バカロレアプログラム）を選択して、２年間生活しました。大学はどの国でも良かったのです。ただ、アメリカよりヨーロッパの大学に進学する方が周囲から評価されるということだったのと、当時担当してくださっていたカウンセラーの方がイギリスからカナダに来ていた方だったんですね。<br />
<br />
２年間のカナダ生活後は、イギリスのロンドンにある大学に進学しました。その後、やむを得ない理由があったため帰国することになりました。この時点で、高校を卒業してから約１年半しか経過していなかったので、慶応義塾大学の帰国子女入試を受験して、現在に至るということです。<br />
<br />
<strong>―すごいですねー！　濃いです、聞きたいことがいっぱいありますよ（笑）</strong><br />
<br />
大したエピソードはないですよ。すごいのは履歴書だけです（笑）<br />
<br />
<strong>―いやいや（笑）　それでは経歴に沿って、質問させていただきたいのですが、最初に海外に行こうと決意されたのは、どういった理由だったのでしょうか？？</strong><br />
<br />
それはですね、僕がとてもナイーブだったからです（笑）　当時は、いわゆる進学校に在籍していて、大学に行くことは当たり前だと思っていました。今もそうですが、大学に進学して、その後やることと言えばフツウに就職活動。当時の僕は、それがとても嫌だったんですよね、馬鹿らしかった。<br />
<br />
ただ、そうは言っても、将来的には働かなければいけません。ただ、国内の大学に進学するという選択に、どうしても意味が見出せなかったというのが正直なところです。当時ナイーブだったと思うのは、海外の学校に行けば、何とかなるのではないかと思っていたからです。<br />
<br />
国内の大学に進学していく自分が嫌であったこと、海外への憧れ、海外に行けば今後何とかなるという考えなどもあり、一石二鳥やれ三鳥、四鳥になるという準備段階として、交換留学になりました。両親とも相談して、背中押してもらえたので、その時点で決意はできていましたね。最初の理由としては、そのような感じでしたね。<br />
<br />
<strong>オレゴンとバンクーバーの違い</strong><br />
<br />
<strong>―どうでした？　オレゴンの生活は。</strong><br />
<br />
すごく楽しかったですよ！　僕は男子校でしたので、共学に変わったことは新鮮でしたね。あとは、授業を自分で選択できるというところは驚愕しました。ホームステイ先も非常に良くしてくれましたので、苦労するということはありませんでした。強いて言うなら、渡米した最初の半年は、もちろん英語で苦労しましたけど。高校のチームでサッカーをしたり、春にはテニスもやったり。ホームステイ先の方々が、送り迎えなんかもとても良くしてくださっていたので、充実していました。単純に楽しかったですね！<br />
<br />
<strong>―そうですか！　その後のカナダではどうでしたか？？</strong><br />
<br />
オレゴンとのギャップで言えば、アジア人の多さに驚きましたね。カナダの教育とIB、を両立させて勉強していくのですが、その生活が単純に辛くて、脱落していくのは白人、いわゆる現地人が多かったので、周囲のアジア人の多さは際立っていましたね。<br />
<br />
僕たち留学生は、脱落するという選択肢はなかったし、カナダの教育に関しては特に興味がありませんでしたので、IBのプログラムをとにかく徹底的にやっていましたよ！　そうは言っても、もちろん遊ぶこともちゃんとしていました。住んでいた地域は郊外でしたが、比較的教育の基準は高かったので、いわゆる優秀な友人たちとよく遊びにいっていましたね。あとは、日本人も周囲に増えましたしね。<br />
<br />
<strong>―環境はオレゴン同様に良かったってことでしょうか。日本人が増えたことにはどう思われました？</strong><br />
<br />
今は昔ほどの思いはありませんが、わざわざ留学してまで、日本人同士でいるのはどうなのかなと思っていましたね、くだらないし、少し見下していました。もちろん、当時の日本人の友人とも仲良くしていますが、最初の印象としてはそういうのがありましたね。<br />
<br />
良かった点としては、オレゴンに先に留学できたことですか。日本人がひとりもいなかった環境で、１年間英語を徹底的に勉強できたことが功を奏して、カナダでも特に英語で苦労することはありませんでした。いきなりカナダでは、バカロレアのプログラムも含めて、難しかったと思います。<br />
<br />
<strong>―いい選択をされたのですね。ここまでの留学生活で得たものはなんですか？</strong><br />
<br />
ひとつは、細かいところまで理解しているというところです。僕は自分の留学経験はすごく幅の狭いものだったと思っています。それは留学先が英語圏であり、かつ先進国であるということです。国っていうのは、新興国もあれば、英語圏以外もあるわけじゃないですか。<br />
<br />
アメリカでも、カナダでも、普段日本で生活している人には分からないような、小さな違いっていうのは理解できて、彼らがどういった考え方をしていて、どういうところに根拠を置いて話しているかを感じ取ることもできたと思います。<br />
<br />
<strong>「真の社会のエリート」を知る</strong><br />
<br />
オレゴンでは周囲にアメリカ人がほとんどだった一方で、カナダでは、世界的に留学先として有名であったことから、非英語圏からの留学生、特にヨーロッパの留学生と知り合えたことがよかったですね！　特に、ドイツ人は考え方がしっかりしていて、我々就活生がようやく読み出した新聞なんかも、１６歳そこそこからちゃんと読んでいますし、選挙権がない歳から、社会全体に興味を持ち生活していました。<br />
<br />
<strong>―それは、ドイツのどういった文化が影響していると思います？？</strong><br />
<br />
民主主義の歴史の長さだと思います。彼らドイツ人は現状もしっかり理解していて、社会全体に意識を向けています。アメリカ人も同様だと思います。こういうことを感じ取れたり、考えるようになったりしたのも、日本国内に留まらず、海外に出たからだとも思いますし、オレゴンからカナダへ移った過程で、ようやく理解できたことだと思います。<br />
<br />
現地で関わりを持っていた人間が比較的裕福で、上流であったことが影響しているとも思いますが、「真の社会のエリート」というのが、どういったものなのかが分かりましたね。彼らはいい自分が好きなのでしょうね。悪いことをしないと思います。<br />
<br />
例えば、ドイツ人は１０歳で将来の方向性がほとんど決まってしまうことを嫌っていて、その先が決まってしまえば、方向転換ができないというところに問題意識をちゃんと持っているのですね。<br />
<br />
他には、道端にホームレスがいれば、ものすごくシンパシーを感じたり、申し訳ないと思えたりするという観点から、彼らが社会のエリートなのではないかなというふうに考えました。日本ではそういった光景は見られませんし、考えを持っている人はあまりいないですしね。<br />
<br />
<strong>―なるほど。。。「真の社会のエリート」という言葉、僕は好きです（笑）</strong><br />
<br />
西尾幹二さんの『個人主義とは何か』という著書の一説に、「イギリス的な社会のエリートっていうのは、答えが出ない問題をどうにかして解決しようとしながらも、解決できない自分に一生苦しみ、苛まれることが社会のエリートの義務だ」というのがあったのですが、すごく衝撃を受けました。高校１年生の頃に読んだのですが、僕もこうならねばというふうに思いましたね。ずっと心に秘めていました。<br />
<br />
<strong>―岡野さんは社会に興味をもって、考えていたと思いますよ。<br />
<br />
何らかの形で社会に還元したい<br />
<br />
―岡野さんが日本で考えられていたことを海外に出ることで確かめることができた。そう考えていいのでしょうか？</strong><br />
<br />
そうですね。海外に行っていなかったら、そんなふうに考えることはなかったと思いますが。それに、僕はこういった話をすることが好きで、するのですが、考えに共感してくれるのが、帰国子女の方や、海外で生活をしたことのある方々に限られてしまうので、そういったことはプラスだったと思います。<br />
<br />
<strong>―そうですね、それには私も賛同できます。</strong><br />
<br />
そもそも、国が考察の対象にならないのでしょう。おそらく、普通の日本人にとって、国家はただの箱ですからね。となると、やはり客観視せず、物事を考えようとしないのでしょうね。ただ、誰しもが僕と同じような生活を経験すれば、同じように考えて、同じように意見を言っていたと思います。<br />
<br />
<strong>―ただ経験するより、そこで何を考えるかってところが重要ですものね。岡野さん自身や国を含めて、物事を相対化し客観視できたことは良かったことなのですね。その経験により、新たな気持ちでイギリスには行けたのですか？</strong><br />
<br />
何らかの形で社会に還元したいなっていう気持ちはあります。どういう形でやろうかっていうのも、カナダに滞在している当時からずっと考えていました、故郷に錦を飾るはまだずっと先のことですが（笑）　ともかく、何らかの形で国に還元できたらなと。それに、やはりいつかは日本に戻らなければいけないなとも考えていましたし、そういったことから、研究者になれば戻れるのかと考えていました。<br />
<br />
<strong>―研究者として、日本に戻る？</strong><br />
<br />
そうですね、研究者としてのキャリアを築き上げたかったですね。イギリスの大学では、日本だと東京工業大学のような、バリバリの理系だけの学部が集まるところにいまして、そこでエネルギー関連の研究に進むべく勉学に励んでいました。日本には後々エネルギーの問題がくるだろうと予測していたので。あくまでも、当時はですが、イギリスでの思い出というと、大学に行っていたことぐらいしかないですね&hellip;&hellip;（笑）<br />
<br />
<strong>―実際に社会に還元されるために活動されたことはなかったのですか？？</strong><br />
<br />
それはなかったですね。僕はよく観念的な方にいってしまう傾向にありまして、社会のエリートのことなんかを話すと、周囲からは「それをどうしたいの？」とよく言われましたね。宣教師みたいだとも言われました（笑）　そもそも、それは、僕は行動が全てではないと思っていたからなのですね。行動してももちろんいいとは思いますが、僕は行動を求めているわけではなくて、例えば、一回きりの募金をすればいいわけではなくて、もっと根本的に、かつ継続的に何かをしなければいけないっていう考えが頭の中にありました。<br />
<br />
<strong>社会制度や市場設計の研究をする</strong><br />
<br />
<strong>―帰国されてからはどうされています？</strong><br />
<br />
慶応義塾大学の帰国子女枠の入試の条件の関係で、理工学部が受験できなかったのです。だから、経済学部に入学することを選択しました。今は社会制度の設計に興味がありまして、新しい学問領域である「メカニズムデザイン」について研究しています。社会制度とか市場設計の研究をするゼミに所属していて、これもひとつの社会貢献にはなるのかなと思いまして、経済学を通して、そういった考えを確立させることが目標となりました。<br />
<br />
<strong>―社会制度となるとあまりピンとこないですね。もうすでに研究テーマとかは決まっているのですか？</strong><br />
<br />
確かに、そうですよね。研究テーマは「周波数オークション」です。電波そのものを売ることはできないので、使用権をオークションにするっていうのが１つのアイデアですね。社会全体というわけではなくて、ミクロな制度設計や市場設計というのを現在重要視しています。他にも公共事業への入札だとか、国債のオークションもやっています。これらのテーマに関して、理論化することを目的としています。<br />
<br />
企業に割り当てられた周波数が、効率的に使用されているかどうかを見定めることを目的としてオークションがあるので、今後は最も高い価値を持っている企業に割り当てることを目指したいと思っています。それに周波数は１つだけではないので、相互に影響し合う周波数を、どういったルールで割り振ることが効率的であるかという問題にもアプローチしていきます。ゲーム理論も少し関わっていますね。<br />
<br />
<strong>―なるほど！　おもしろいですね！　研究を完成させてからはどうされるのですか？</strong><br />
<br />
三田祭で発表します！　中庭ではライブをやっていたりもしますが、我々はどこかのビルで論文発表しています（笑）<br />
<br />
<strong>―ぜひ、お伺いさせていただきますね（笑）</strong><br />
<br />
ぜひぜひ！<br />
<br />
<strong>―本日は長時間、ありがとうございました！</strong><br />
<br />
<strong>Lake Oswego High School　：</strong><br />
<a href="http://www.edline.net/pages/Lake_Oswego_Senior_High_School">http://www.edline.net/pages/Lake_Oswego_Senior_High_School</a><br />
<strong>West Vancouver Secondary School　：</strong><br />
<a href="http://www2.sd45.bc.ca/schools/westvancouver/Pages/default.aspx">http://www2.sd45.bc.ca/schools/westvancouver/Pages/default.aspx</a><br />
<strong>Imperial College London ：</strong><br />
<a href="http://www3.imperial.ac.uk/">http://www3.imperial.ac.uk/</a><br />
<br />
<strong>インタビューアからの一言</strong><br />
<br />
「本当によく考えている人」。３時間のインタビューを通じて、この印象を強く持ちました。何より、岡野さん自身が揺らがない軸を持ち合わせている方であり、他愛もない話からでも何かを吸収しようとする姿勢には圧倒されました。終始、討論のようになってしまい、インタビューとしては不完全ではあるかもしれないものの、この３時間は私にとって新鮮でした。記事に載せられないお話もいっぱいしていただけました（笑）　互いに相容れない考え方をする反面、賛同できることも多々あり、まだまだお互い探求の余地はあると思います。今後の岡野さんとの関係がどのようになるのかが楽しみです（笑）　切磋琢磨していける仲間になれると嬉しいです！！<br />
<br />
</div>
<table class="layout2">
	<tbody>
		<tr>
			<td>
			<img src="http://www.rtnproject.com/50/img/interviewees_g_135_2_profile.jpg" alt="interviewees_g_135_2_profile.jpg" width="150" height="113" />
			</td>
			<td>池田祐太郎。１９８７年富山県生まれ。中学１年から高校を卒業するまで、アメリカのOR州に暮らし、Westview High Schoolを卒業。大学受験のため帰国し、千葉大学工学部都市環境システム学科に入学。現在、東京理科大学大学院イノベーション研究科知的財産戦略専攻１年に在籍。「理系」というバックグランドを活かし、「知的財産（権）」のプロフェッショナルを目指す。</td>
		</tr>
	</tbody>
</table>
]]></description>
         <link>http://www.rtnproject.com/2011/10/vol152.html</link>
         <guid>http://www.rtnproject.com/2011/10/vol152.html</guid>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">50)インタビュー</category>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">5001)学生インタビュー</category>
        
        
         <pubDate>Mon, 31 Oct 2011 21:54:11 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>就活支援セミナー2011　第３回詳細情報</title>
         <description><![CDATA[<div>
<span style="color: red"><strong>【時間変更】会場の都合で、１３：００開始となりました。<br />
以下でご確認をお願いいたします。<br />
</strong></span><br />
2011年度　第３回目の就活支援セミナーの詳細が決定いたしました。<br />
<br />
すごいゲストが集まります！！<br />
<br />
第３回のパネル・ディスカッションは、海外生活体験のある入社数年目の社会人OB・OGを１０数名ほどお招きします。まとめてOB・OG訪問する絶好の機会です！　今回は、会場のキャパシティがないので、<span style="color: red"><strong>オープンエントリーは５０名限定</strong></span>とさせていただきます。ですから、直前のキャンセルはご遠慮願います。連絡がない場合は、次回以降エントリーをお受け致しません。<br />
<br />
また、エントリーと同時に、登録がお済でない方は、ＳＮＳ「ＲＴＮネットワーク」に登録し、「就活生フォーラム」と所属大学・予備校コミュ等関連コミュにご参加を願います。<br />
<br />
弊団体の就活支援セミナーは、参加＆学習型のセミナーです。「就活生フォーラム」には、第１回および第２回の講義レジュメをアップ致します。学習効果を最大限に引き出すために、セミナーまでにレジュメを読了しておくことを参加条件と致します。<br />
<br />
以上３点が、エントリーの条件になりますので、よろしくお願い致します。<br />
<br />
なお、ＲＴＮプロジェクト就活支援セミナーの概要は、<a href="/2011/09/2011.html">こちら</a>からご覧ください。<br />
<br />
<strong>【主宰】</strong>すどうさん （<a href="/65/6501">こちら</a>から）<br />
<br />
<strong>【開催日】</strong>１１月２７日（日）<br />
<br />
<strong>【開催場所】</strong><br />
<br />
独立行政法人　国立青少年教育振興機構<br />
国立オリンピック記念青少年総合センター<br />
<a href="http://nyc.niye.go.jp/">http://nyc.niye.go.jp/</a><br />
<a href="http://nyc.niye.go.jp/facilities/d7.html">http://nyc.niye.go.jp/facilities/d7.html</a><br />
センター棟５０１号室<br />
<a href="http://nyc.niye.go.jp/facilities/d6-1.html">http://nyc.niye.go.jp/facilities/d6-1.html</a><br />
<br />
<span style="color: red"><strong>場所は以下でご確認ください。</strong></span>当日誘導はございません。<br />
<br />
<br />
<a style="color: #0000ff; text-align: left" href="http://maps.google.co.jp/maps?hl=ja&amp;lr=&amp;ie=UTF8&amp;q=%E5%9B%BD%E7%AB%8B%E3%82%AA%E3%83%AA%E3%83%B3%E3%83%94%E3%83%83%E3%82%AF%E8%A8%98%E5%BF%B5%E9%9D%92%E5%B0%91%E5%B9%B4%E7%B7%8F%E5%90%88%E3%82%BB%E3%83%B3%E3%82%BF%E3%83%BC&amp;near=%E6%9D%B1%E4%BA%AC%E9%83%BD&amp;fb=1&amp;split=1&amp;gl=jp&amp;cid=0,0,8355391103327143777&amp;ei=F8jqSZOoFcWNkAWf08GmCA&amp;ll=35.676699,139.6929&amp;spn=0.006972,0.009656&amp;z=16&amp;source=embed">大きな地図で見る</a><br />
<br />
<strong>【当日のスケジュール】</strong><br />
<br />
受付開始：12時30分<span style="color: red">（時間厳守で願います）</span><br />
開始時間：13時00分<br />
終了時間：19時30分<br />
(講義120分、パネル・ディスカッション90分 、懇親＆懇談150分)<br />
<br />
<strong>【費用】</strong>1000円（会場費・コピー代・OB/OGの交通費等の実費を負担いただきます）<br />
<br />
<strong>【ドレス・コード】</strong>私服でお願いします。<br />
<br />
<strong>【申し込み方法】</strong>エントリーをご希望の方は、<a href="/2011/09/2011_5.html">エントリー・フォーム</a>に、氏名・連絡先アドレス等を全てご記入の上、送信してください。PCアドレスは個人のパーマネント・アドレスをご使用ください。大学のアドレス等は受け付けておりません。<br />
<br />
なお、個人情報の取り扱いについては、<a href="/2007/10/privacy.html">プライバシー・ポリシー</a>を厳守しております。<br />
<br />
詳細等については、以下にお問い合わせ下さい。<br />
<a href="/inquiry.html">info@rtn-net.com</a><br />
<br />
<strong>【注意】</strong><br />
<br />
■当日は時間厳守でお願いいたします。<br />
■事前に地図で場所をご確認ください。<br />
<br />
<strong>【当日スケジュール】</strong><br />
<br />
<strong>第１部　就活について学ぼう！<br />
【講義】</strong><br />
<br />
「キャリア・デザインⅡ」　キャリア・デザインの一環として就活を考える<br />
「自己分析」 　自己分析はやる必要があるのか？　就活における自己分析とは？<br />
「ＳＰＩⅡ・その他適性試験対策」 　たかが試験されど試験　帰国子女の鬼門<br />
<br />
<strong>第２部　リクルーターと会おう！　（OB・OGの話を聴く）<br />
【パネル・ディスカッション】</strong><br />
<br />
テーマ ： 「学生と社会人のちがいについて」<br />
<br />
<strong>第３部　先輩方と懇親＆懇談です！<br />
【懇親＆懇談会】</strong><br />
<br />
以下、昨年度参加の社会人ＯＢ＆ＯＧゲストの紹介です。<br />
（今年度参加の社会人OB＆OGは確定次第お知らせ致します）<br />
<br />
国立大学職員<br />
外資系投資銀行債券セールス<br />
日系大手証券地方支店勤務<br />
外資系投資銀行アナリスト&rarr;ＵＮＨＣＲ&rarr;ヒューマンライツウォッチ<br />
財閥系商社<br />
無印良品<br />
三菱東京UFJ銀行<br />
博報堂<br />
リクルート<br />
ベンチャー企業家<br />
商社&rarr;教育系ＮＰＯ法人代表<br />
司法修習生&rarr;弁護士<br />
キヤノン<br />
政府系金融機関＆NPO法人代表<br />
外資系コンサルティングファーム<br />
外資系Ｔ企業<br />
その他<br />
</div>
]]></description>
         <link>http://www.rtnproject.com/2011/10/2011_3.html</link>
         <guid>http://www.rtnproject.com/2011/10/2011_3.html</guid>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">2020)イベント</category>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">ニュース・イベント</category>
        
        
         <pubDate>Sun, 30 Oct 2011 21:37:28 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>更新情報10月29日</title>
         <description><![CDATA[<p>
海外生活体験者・学生インタビューvol.151をアップしました。<br />
<a href="/2011/10/vol151.html">http://www.rtnproject.com/2011/10/vol151.html</a>
</p>]]></description>
         <link>http://www.rtnproject.com/2011/10/1029_1.html</link>
         <guid>http://www.rtnproject.com/2011/10/1029_1.html</guid>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">2010)ニュース</category>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">ニュース・イベント</category>
        
        
         <pubDate>Sat, 29 Oct 2011 17:52:17 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>海外生活体験者・学生インタビューvol.151</title>
         <description><![CDATA[<div class="sectionh2">
<table class="layout2">
	<tbody>
		<tr>
			<td>
			<img src="http://www.rtnproject.com/50/img/interviewees_g_151_profile.jpg" alt="interviewees_g_150_profile.jpg" width="150" height="113" />
			</td>
			<td>佐古田麻優さん。１９９０年北海道生まれ。４歳まで名古屋で過ごす。その後、香港に５年、台北に９年、計１４年間を海外で過ごす。台北美國學校（Taipei American School）を卒業後、日本に帰国し、帰国入試を経て一橋大学社会学部に入学。現在２年に在籍する。来年の２月からオーストラリア国立大学へ留学の予定。</td>
		</tr>
	</tbody>
</table>
</div>
<br />
<div class="h3_body">
<strong>日本の良さを世界に発信する<br />
<br />
―早速ですが、小学校のときの話からお伺いしたいと思います。</strong><br />
<br />
香港の日本人学校に通っていました。当時、香港はイギリスの植民地であったので、とても国際色豊かな文化の中にいました。その一方で、食事は日本食をたくさん食べ、テレビも日本の番組ばかりを見ていました。多分、日本人以外の人と接することが多く、日本から離れていため、日本への憧れみたいなものが芽生え、日本の文化を知ろうとしていたのかなと思います。<br />
<br />
<strong>―なるほど。外国にいるのか、日本にいるのか、若干わからない感じですね（笑）　そのような状況は、小学校４年のときに台湾に引っ越しても、変わらなかったのですか？</strong><br />
<br />
いいえ、かなり変わりましたね。日本企業の現地駐在員を親に持つ日本人ばかりの香港日本人学校と違って、台湾の日本人学校には台湾人、台湾と日本人のハーフ等、たくさんの色んな人がいました。また、そこでは、日本語以外の言語も少し使われていました。そして、この日本人学校の校長先生の言葉が、当時の自分の意識を大きく変えてくれました。<br />
<br />
<strong>―どんな言葉だったんですか？</strong><br />
<br />
正確には覚えていないのですが、「君たちのような海外にいる日本人は、日本の良さを世界に発信する責任がある」といった旨の言葉でした。当時の自分にとっては、とても印象的でしたね。この言葉を頂き、初めて自分が海外にいることを意識するようになりました。<br />
<br />
実際に日本の良さを世界に発信していくためには、言語力を身につけることと、もっと色んな国の人と交流することが不可欠だなと考えました。だから、台北日本人学校へ転入のわずか１年後、台湾のインターナショナルスクールへ編入しようと決意したんです。<br />
<br />
<strong>ひたすら努力あるのみ</strong><br />
<br />
<strong>―インターナショナルスクールは、それまでの日本人学校とかなり勝手が違ったと思うのですが、実際どうでしたか？</strong><br />
<br />
入ってからかなり苦労しました。生徒間のやりとりや授業はすべて英語ベースで行われていたので、最初は何も理解できていなかったですね&hellip;&hellip;。また、英語が苦手でも中国語ができれば、まだなんとか一部の友だちとはコミュニケーションがとれたのですが、英語も中国語も不得手な私には居場所がない状態でした。それに、外国語が話せない私を他の生徒は面白がり、嫌がらせをしてくることが多々ありました。<br />
<br />
<strong>―かなり大変な目に逢いましたね。どうやってその状況を乗り越えたのですか？</strong><br />
<br />
そこはもうひたすら努力でした。インターナショナルでは、言語科目が充実していたので、中国語と英語の授業をたくさん履修し、ひたすら勉強しました。中学に進級するころには、大体話せるようになり、友だちに遊びに誘ってもらう機会も増え、生活が楽しくなりました。<br />
<br />
また、二胡という中国の民族楽器を習い始め現地の人との交流が深まったこと、陸上部やアカペラ部に入ったことも、生活が一気に楽しくなった大きな要因でしたね。言語が話せるようになることで、色々なことに挑戦しやすくなり、そこから卒業するまで、高校生活をしっかり楽しめたのではないかと思います。<br />
<br />
<strong>こんなにも差がついてしまった<br />
<br />
―そこから先の進路はどのように決めたのですか？</strong><br />
<br />
家族がアメリカの大学を推奨していたのと、周りの友だちがみんなアメリカの大学を志望していたので、私も流れ的に受けることになりました。しかし、私は課外活動に没頭しすぎて、自分が希望するアメリカの大学に合格できるほどの成績を持っていなく、当然のように落ちてしまいました。<br />
<br />
<strong>―そこで日本の大学を受けようと考えたのですね？</strong><br />
<br />
はい、そうですね。日本に帰国してきたものの、当初は色々な誘惑に負けて、受験勉強もろくにせずに、遊んでばっかりでした（笑）　そのせいか、私立大学に関しては、受験はあまり上手くいきませんでした。<br />
<br />
そのとき、「あと半年間頑張って国立大学も受験したほうがいい」という予備校の先生のアドバイスを受けたことと、もう少ししっかり勉強して自分の日本語を磨きたいという思いで、国立大学を受験することにしました。ただ、国立受験を決意したものの、もう私立大学の合格が一つ決まっていた安心からか、中々勉強が捗らなかったです。<br />
<br />
<strong>―そうだったのですね。でも、国立受験は結果的に上手くいったのですよね？　どうやってそこから持ち直したのですか？</strong><br />
<br />
きっかけは、アメリカの名門大学に進学した高校時代の友だちとの再会でしたね。１２月くらいに、高校のときの友だちが日本に遊びにきたのですが、そのときの友だちの話に大きな刺激を受けました。彼らはすでに大学に入ってから半年間ほど経っており、自分とは比べものにならないほどしっかりした考え方を形成していました。<br />
<br />
彼らの話を聞き、「同じ高校時代を過ごした仲間なのに、半年でこんなにも差がついてしまったのか」という驚きと同時に、「自分も負けずに頑張らないといけない！」「だらだら勉強している場合じゃない！」と思いました。<br />
<br />
<strong>―そういう刺激をもらえる友だちというのは、すごく貴重な存在ですよね。で、そこから怒涛の巻き返しが始まったわけですね？（笑）</strong><br />
<br />
はい（笑）　そこからもう、入試まではひたすら自分を追い込みましたね。別人のように、ストイックに図書館に引き籠もって、勉強する日々が毎日続きました。その甲斐もあってか、なんとか一橋大学に合格することができました。あの１２月の時点での高校時代の友人との再会がなければ、きっと得ることができなかった結果なのだと思っています。そこは本当に友人に感謝したいです。<br />
<br />
<strong>大学に入ったら部活に入ろう<br />
<br />
―大学入ってからは、どのように過ごされているのですか？</strong><br />
<br />
それまでずっと海外にいた分、日本の学校の体育会とか、いわゆる日本にしかないものへの憧れがかなり強かったのと、昔からスポーツが大好きだったという理由で、入学後ボート部に入りました。日本的な体育会でのボート漬けの毎日はとても楽しかったのですが、６月に病気が理由で退部せざるをえなくなってしまいました。<br />
<br />
これから何をするかを考えているときに、「日本に帰国したから日本っぽいことをする」のではなく、「日本という新しい場で今まで培ってきた能力を活かす」そうと、考えを変えてみることにしました。結局は自分の視野が狭かったんですね。<br />
<br />
今は中学時代に台湾で習い始めた二胡の教室に通い、中国人講師の通訳等の手伝いをさせていただいたり、日本での留学生の支援などをしたりしています。そして、やはりまた海外、特に行ったことのない英語圏へ行きたい気持ちも強かったので、来年の２月から、大学の交換留学制度を利用して、オーストラリアへ１年間留学することにしました。<br />
<br />
<strong>―非常にアクティブですね！　見習わせていただきます（笑）　今日は本当にありがとうございました。</strong><br />
<br />
いえいえ（笑）　こちらこそありがとうございました。<br />
<br />
<strong>香港日本人学校 ：</strong><br />
<a href="http://www.hkjs.edu.hk/">http://www.hkjs.edu.hk/</a><br />
<strong>台北日本人学校 ：</strong><br />
<a href="http://www.taipeijs.org/">http://www.taipeijs.org/</a><br />
<strong>台北美國學校（Taipei American School） ：</strong><br />
<a href="http://www.tas.edu.tw/">http://www.tas.edu.tw/</a><br />
<br />
<strong>インタビューアからの一言</strong><br />
<br />
かなりのチャレンジ精神をもった方だな、という印象を受けました。インターナショナルスクールへの進学、アメリカの大学や日本の国立大学への挑戦、民族楽器からボートにまで手をだしてしまう守備範囲の広さ、どれを取っても、佐古田さんのチャレンジ精神の強さが見受けられます。自分も佐古田さんを見習って、これからは色々なことにチャレンジしていきたいと思いました。とても勉強になりました。<br />
<br />
</div>
<table class="layout2">
	<tbody>
		<tr>
			<td>
			<img src="http://www.rtnproject.com/interviewees_s_239_profile.jpg" alt="interviewees_s_239_profile.jpg" width="150" height="113" />
			</td>
			<td>加地隼人。１９８９年東京都生まれ。父の転勤で２歳から９歳までアメリカはイリノイ州で過ごした後、帰国。東京都の小学校、中学校を卒業し高校入学と同時に再び父の転勤で渡米することに。ＮＹ州のScarsdale High Schoolを卒業した後に帰国。２００９年に慶應大学経済学部に入学。現在は同大学３年生として経済学を勉強する傍らでバンド活動を行っている。</td>
		</tr>
	</tbody>
</table>
]]></description>
         <link>http://www.rtnproject.com/2011/10/vol151.html</link>
         <guid>http://www.rtnproject.com/2011/10/vol151.html</guid>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">50)インタビュー</category>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">5001)学生インタビュー</category>
        
        
         <pubDate>Sat, 29 Oct 2011 17:32:33 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>海外生活体験者・学生インタビューvol.150</title>
         <description><![CDATA[<div class="sectionh2">
<table class="layout2">
	<tbody>
		<tr>
			<td>
			<img src="http://www.rtnproject.com/50/img/interviewees_g_150_profile.jpg" alt="interviewees_g_150_profile.jpg" width="150" height="113" />
			</td>
			<td>秋山雄哉さん。１９９２年静岡生まれ。９４年に香港に渡り、９６年からシンガポールで日本人幼稚園に通う。９８年に帰国。小学校から中学１年生の冬まで日本で過ごし、再びシンガポールへ。日本人学校で過ごした後、高校はインターナショナルスクールに通う。Canadian International School Singaporeを２０１０年６月に卒業後帰国。現在は一橋大学商学部１年に在籍し、起業部に所属している。</td>
		</tr>
	</tbody>
</table>
</div>
<br />
<div class="h3_body">
<strong>渋谷の街が全部新しくなった</strong><br />
<br />
<strong>―小さいころから海外に行っているそうですが、いつごろから覚えていますか？</strong><br />
<br />
香港には本当に幼いときにいたので、覚えていません。幼稚園の頃にシンガポールに行ったときもそうですね。ちゃんと覚えているのは、中学の頃からです。<br />
<br />
<strong>―では、中学１年生でシンガポールに渡ったときのことをお聞きします。実際に行ってみて、どう感じましたか？</strong><br />
<br />
そうですね、まず治安が良いなと思いました。幼い頃のことは覚えていないので、中学生でシンガポールに行くまで、他の国のイメージがあまりなかったんですよね。それで、なんとなくシンガポールは危ない国なんじゃないかと思っていました（笑）<br />
<br />
でも、実際に行ってみると、全てが管理されている感じがしましたね。東南アジアの中でも、マレーシアなどと比べると街が綺麗だと思いました。日本はそれまでアジアの中で一番綺麗だと思っていたんですが、違うなと思いましたね。シンガポールはものすごいスピードで経済が成長していることもあって、マンションやビルといった色々と新しいものが建設されていたんですよ。私が滞在中にも、さらに整備されていましたね。前まで公園だった場所が、いつの間にか小奇麗なショッピングモールに変わってたり、元々あったモールも綺麗なものに作り替えられたりして、渋谷が全部新しいビルになったように見えました。<br />
<br />
<strong>―シンガポールには色々な人種がいるイメージはありますが、実際はどうでしたか？</strong><br />
<br />
色々な人種の人がいましたね。チャイナタウンやアラブストリートもありました。通っていたインターナショナルスクールには、中国、韓国、東南アジア、ヨーロッパ、アメリカ、エジプト、インドなど、色々な国から来た人たちがいました。<br />
<br />
<strong>―それだけ多くの人種がいて、戸惑いませんでしたか？</strong><br />
<br />
人種は特に気にしていなかったので、大丈夫でした。「あいつイタリア人だったんだ」とか、「中国人みたいだけどカナダ人なのか」といった感じで、後々になって気づくことはありましたが（笑）　コミュニケーションにも苦労しませんでしたね。その場のノリで、英語だけじゃなく、シングリッシュを使っていました。楽しかったですよ。<br />
<br />
<strong>―シングリッシュというと、独特の言語ですよね？　英語と併用していて、混乱することはありませんでしたか？</strong><br />
<br />
混乱することはありませんでしたよ。シンガポールは、公用語として英語、中国語、マレー語、タミル語を採用しているのですが、それら４言語全てを学ぶのは大変なので、ミックスしたのがシングリッシュみたいです。英語をベースにして、他の言語の単語を混ぜたり、アクセントを変えたりしているだけだったので、大丈夫でした。<br />
<br />
<strong>英語を学ぶためにインターへ</strong><br />
<br />
<strong>―インターナショナル・スクールに入る前に、１０ヶ月ほど日本人学校に通われていたとのことですが、どうしてそのまま日本人学校に通わなかったんですか？</strong><br />
<br />
日本人のコミュニティに留まっているのは、もったいないと思ったからです。小学校の間ずっと日本にいたことで、日本人としてのアイデンティティは出来ていたので、シンガポールに渡ってすぐは、日本人学校に通うことにしていたんです。しかし、場所がシンガポールというだけで、日本人学校はまさに日本そのものなんですよね。言語も、学ぶ内容も、付き合う人も、全部日本と変わらなくて、日本人コミュニティが形成されているんです。<br />
<br />
でも、海外に生活していたと言うと、「英語ペラペラなの？」と聞かれるように、海外にいる＝英語を話せると思われるのが普通です。せっかく海外にいるんだから、英語を学びたいと思ったんです。<br />
<br />
<strong>―日本人の友だちと離れることは、寂しくありませんでしたか？</strong><br />
<br />
寂しかったです！（笑）　インターナショナル・スクールに日本人が少なかったこともあって、心細かったですね。でも、実際にインターの授業を見学して、面白そうだと思ったから、それでもインターに行こうと思いました。<br />
<br />
<strong>―どういうところが面白そうだと思ったんですか？</strong><br />
<br />
本当に単純なんですが、最初に見学に行ったときに、みんな授業中にパソコンを使っていて、カッコイイと思ったんです（笑）　必ず学校にパソコンを１台持っていかなければならなくて、ノートを取ったり、課題を提出したりするのも、全てパソコンでやるんです。プレゼンなどをやる機会もあって。入学前にそういうところを見て、インターに惹かれましたね。パソコンを使うことに慣れたので、大学でもノートはパソコンで取っています。使っている人が少ないので、ちょっと恥ずかしいですが（笑）<br />
<br />
<strong>―実際にインターに入って、苦労したことはありましたか？</strong><br />
<br />
やはり英語ですね。それまで日本の学校で日本語で学んでいたことが、全て英語になると、こんなにも難しくなるのかと思いました。数学なんかは同じ記号が出てきますが、それでも全部単語が違うので。でも、英語も、実際に話したり、テレビ番組を英語で見たりしていくうちに、自然に身についていきましたね。車が好きで、F1とかに関する英語の雑誌を読むこともしていました。<br />
<br />
勉強も楽めましたよ。特に経済学とマーケティングの授業ですね。例えば、どうやってものの値段が決まるかといった基本的なものですが、それまで値段は売り手が勝手に決めるものだと思っていたので、需給関係を学んだときは、「価格ってそうやって決まるんだ！」と驚きました。<br />
<br />
<strong>日本で学ぶことも大切</strong><br />
<br />
<strong>―卒業後、海外の大学に進学することは考えなかったんですか？</strong><br />
<br />
考えていました。最初はカナダの大学を視野に入れていたんです。でも、海外生活が長くなっていたので、日本人として、日本で勉強することも大事かなと思ったんです。今も海外で学ぶことは考えていますが、一度帰国してからまた外に出るのもありかなと。<br />
<br />
<strong>―帰国して最初にどのように感じましたか？</strong><br />
<br />
交通費が高い（笑）　シンガポールでは、みんなタクシーかバスを利用するんですが、どれも安いので、ギャップに仰天しました。電車が混んでいることも驚きでした。シンガポールでは、バスの乗車率が７０％を超えると話題になるくらい空いていたんですよ。<br />
<br />
あとは、経済があまり元気じゃないことですね。シンガポールで建設ラッシュを目の当たりにしていたので、違いを感じました。スカイツリーの建設が最近ありましたが、それでも景気が良いようには感じられませんでしたね。帰国直前に、それまで日本車ばかりだったシンガポールのタクシーが、ほとんどヒュンダイに変わったのを見てきたこともあって、そう思いました。<br />
<br />
<strong>―現在一橋大学で商学を学ばれていますが、高校の授業がきっかけになったのでしょか？</strong><br />
<br />
そうですね。最初のきっかけは、授業で経済学やマーケティングを学んだことだったのですが、実際に色々と目の当たりにして、ビジネスについて学びたいと思ったんです。日本で一番の商学部と言ったら一橋なので、一橋を目指すことにしました。<br />
<br />
<strong>マーケティングをやりたい</strong><br />
<br />
<strong>―日本の大学、そして一橋大学に通っていて、どのように感じますか？</strong><br />
<br />
勉強できる環境にあると思います。日本の大学というと、遊ぶイメージがありますが、一橋大学は都心から程よく離れているし、特に商学部では１年生の頃からゼミがあります。グループワークを通じて、色々な分析をしたり、ディスカッションをしたりすることは、将来役立つと思います。ただ、他の大学のことはあまり知らないので、場所が違えば、遊ぶイメージが本当になるのかもしれませんが（笑）<br />
<br />
<strong>―大学では、他に何か活動をされていますか？</strong><br />
<br />
はい。起業部に所属して、そこで活動をしています。ビジネスに興味があるということと、起業に興味があるということで、入部を決めたのですが、面白くて充実しています。起業に興味のある人同士が集まって、情報共有をしたり、イベントやインターンの紹介をしたりして、参加者を募っています。また、起業に関する勉強会やビジネスプランの意見交換が楽しいです。今は中高生向けのビジコンを企画していますが、秋からは私もビジコンに参加しようかなと思っています。<br />
<br />
実際に今も起業部で紹介されたインターンに参加しています。iPhoneアプリを開発している会社なのですが、そこでマーケティングやファイナンスについて勉強しながら、アプリの宣伝を担当して、広めているところです。<br />
<br />
「５Seconds」という、５秒動画をFacebookやtwitter上で共有していくアプリで、文字だけでなく、動画を使って、バースデーメッセージなどを送れるものです。YouTubeに動画を載せるのはめんどくさいイメージがあると思うんですが、iPhoneを使って、写真感覚で簡単に動画を共有できます。既にAppStoreからダウンロードできるので、是非ダウンロードしてみて下さい(笑)<br />
<br />
<strong>―精力的に活動されていますが、将来はどのようなことをしたいですか？</strong><br />
<br />
マーケティングに関わってみたいです。日本には優れた技術があると思うのですが、技術を生み出しただけで満足している面があるんじゃないかと思うんです。せっかくある技術をビジネスに活かすのは、マーケティングの仕事だと思うし、それを仕事に出来たら楽しいんじゃないかと思っています。<br />
<br />
<strong>―貴重なお話をありがとうございました。最後に何か一言どうぞ！</strong><br />
<br />
こちらこそありがとうございました。iPhoneアプリやシンガポール興味のある人は是非お話しましょう！　Facebookで待ってます（笑）<br />
<br />
<strong>シンガポール日本人学校 ：</strong><br />
<a href="http://www.sjs.edu.sg/">http://www.sjs.edu.sg/</a><br />
<strong>Canadian International School Singapore ：</strong><br />
<a href="http://www.cis.edu.sg/">http://www.cis.edu.sg/</a><br />
<br />
<strong>インタビューアからの一言</strong><br />
<br />
今回のインタビューで初めてお会いしたのですが、すごくしっかりしている方だと思いました。メールで連絡を取り、インタビューをさせて頂くことになったのですが、レスポンスがとても早く、すぐにインタビュー日時を決めることが出来ました。また、お話を聞いていて、環境の変化に適応する柔軟性がある方だなと思いました。多くの人種が存在するシンガポールで、戸惑うこともなく周りとの交流を楽しめたということでしたが、秋山さんのフレンドリーな性格が伝わってきました。急なインタビューだったのに、こちらの質問にも、全て笑顔で落ち着いて答えて下さり、とても話やすかったです。以上の２点に加え、まだ１年生なのに、将来やりたいことを見据えて活動されているということに、大きな刺激を受けました。私も負けないように頑張ります！<br />
<br />
</div>
<table class="layout2">
	<tbody>
		<tr>
			<td>
			<img src="http://www.rtnproject.com/50/img/interviewees_s_59_profile.jpg" alt="interviewees_s_59_profile.jpg" width="150" height="113" />
			</td>
			<td>矢田部洋子。１９９１年山口県生まれ。生まれてすぐ日本国内を転々とした後、５歳まで３年半マレーシアで過ごす。帰国後しばらく東京の学校に通うが再び海外に。高校４年間を、アメリカのカルフォルニア州にあるPalos Verdes Peninsula High Schoolで過ごし、卒業後帰国。現在は一橋大学経済学部２年に在籍。幼い頃から美術が好きで、大学では書道会と創作同好会に所属している。</td>
		</tr>
	</tbody>
</table>
]]></description>
         <link>http://www.rtnproject.com/2011/10/vol150.html</link>
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                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">50)インタビュー</category>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">5001)学生インタビュー</category>
        
        
         <pubDate>Wed, 26 Oct 2011 23:44:38 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>更新情報10月26日</title>
         <description><![CDATA[<p>
海外生活体験者・学生インタビューvol.150をアップしました。<br />
<a href="/2011/10/vol150.html">http://www.rtnproject.com/2011/10/vol150.html</a>
</p>]]></description>
         <link>http://www.rtnproject.com/2011/10/1026.html</link>
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                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">2010)ニュース</category>
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         <pubDate>Wed, 26 Oct 2011 00:00:18 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>更新情報10月1日</title>
         <description><![CDATA[<p>
海外生活体験者・社会人インタビューvol.115をアップしました。<br />
<a href="/2011/10/vol115_2.html">http://www.rtnproject.com/2011/10/vol115_2.html</a>
</p>]]></description>
         <link>http://www.rtnproject.com/2011/10/vol115_3.html</link>
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                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">2010)ニュース</category>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">ニュース・イベント</category>
        
        
         <pubDate>Sat, 01 Oct 2011 19:48:11 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>海外生活体験者・社会人インタビューvol.115</title>
         <description><![CDATA[<div class="sectionh2">
<table class="layout2">
	<tbody>
		<tr>
			<td>
			<img src="http://www.rtnproject.com/50/img/interviewees_s_115_profile.jpg" alt="interviewees_g_149_profile.jpg" width="150" height="113" />
			</td>
			<td>小山恵理子さん。東京都出身。生後半年でドイツに渡る。６歳で帰国し、小学校５年で再度渡独する。フランクフルト日本人学校へ通うが、中学２年のときにフランクフルト・インターナショナル・スクール（インター）へ編入し、０５年に卒業。翌年ブリストル大学へ進学し、高校２年次に関心を持った化学を専攻する。在学中にハイデルベルク大学へ１年間留学する。卒業後は商社へ入社し、医薬品を扱う部署に配属され、現在社会人２年目である。</td>
		</tr>
	</tbody>
</table>
</div>
<br />
<div class="h3_body">
<strong>日本、ドイツ、イギリスと渡り歩く</strong><br />
<br />
<strong>―経歴、プロフィールについて教えてください！</strong><br />
<br />
生まれて半年でドイツに行き、６歳までいました。その後帰国し、小学校１年生から４年生まで通っていました。そのころまではドイツ語を喋ることができたのですが、その後忘れてしまったみたいで（笑）　小学校５年生のときに、またドイツに戻ることになって、最初は、フランクフルト日本人学校にいたのですが、中学２年のときから高校３年までインターに通いました。<br />
<br />
その後、イギリスのブリストル大学に通って、マスターを取りました。専攻は化学です。ただ、４年間イギリスにずっといたわけではなく、Chemistry with a year in Europeという１年間ヨーロッパに留学するというプログラムがあって、大学３年のときにドイツのハイデルベルク大学に１年間交換留学しました。４年のときにイギリスへ戻り、０９年の７月に卒業しました。<br />
<br />
イギリス滞在時は就職活動とかはしていなくて、キャリアフォーラムにも行ったのですが収穫がなく、結局就活を始めたのは卒業してからですね。ですから、秋採用でぶっつけ本番でした（笑）　何社か受けて、現在の就職先に受かりまして、それが決まったのが９月中旬でしたね。入社は２０１０年の４月からで、現在は２年目です。<br />
<br />
<strong>―海外生活のエピソードについて教えてください！</strong><br />
<br />
インターに行ったのが大きかったですね！　日本人学校は楽しかったのですが、色々な人と出会って、実際に現地のドイツ人と交流をしたこともあって、自分の視野がすごく広がりました。こういう考え方や生き方があるのかとか。授業とかも、今まで受けていたものと違っていて、宿題とかも全然分からないまま、先生に教えてもらったりとかしてもらいましたね。<br />
<br />
逆にイギリスは、イギリス人しかいなくて、英語を学ぶという点では役に立つ生活だったのですが、自分の人生の中で、勉強以外に学ぶことが多かったのは、インターでの生活とハイデルベルクへの１年間の交換留学ですね。自分がドイツが好きだからというのもあるかもしれません（笑）<br />
<br />
<strong>―就活が終わったのは秋採用ということですが&hellip;&hellip;</strong><br />
<br />
２年の終わりくらいかに、ロンドンのキャリアフォーラムがあって、そこに行ってみたんですが、そのときは何もやらなかった。もちろん、大学に通っているときはキャリアフォーラムに行き、何個か面接の約束を取り付けたのですが、その後進展はありませんでした。ナビサイトは大学４年になったときからチェックしてました。面接のアポイントも事前にやる必要があったので、イギリスにいたときからエントリーはしておいて、実際に帰国してから本格的に就活をしていました。<br />
<br />
<strong>商社では医薬品を扱う仕事に<br />
<br />
―なぜ化学という分野を選んだのですか。</strong><br />
<br />
先生が面白くて良い先生で、高２のときに化学に興味を持ち、たまたま成績も良かったので（笑）　国際系の勉強にも興味を持っていたのですが、２年の冬に志望を出さなくてはならないときに、成績も良いということで、化学をやってみようと思いました。実際、大学へ行って嫌いになったときもありましたが（笑）　会社では、たまたま医薬品を扱う部署に配属されましたが、自分で希望を出したわけではありません。同期は６人いて、それに加え２人、本社から出向という形で来ていて、今年は新入社員が１０人います。<br />
<br />
<strong>―指導する立場として&hellip;&hellip;</strong><br />
<br />
２年目から指導することはありませんよ！？（笑）　それはないのですが、メンターと指導社員いう制度があって、３年目以降、あるいはもっと上の方が新入社員を指導するという制度が会社にあります。指導社員の方には１年間本当にお世話になりました。<br />
<br />
私の場合は、特に海外経験が長いこともあって、自分が当たり前だと思ってやっていることが、向こうからしたら当たり前ではなかったり、向こうが常識だと思っていることを私が知らなかったり。結構、常識的な事柄について、知らないことが多かったですね。<br />
<br />
うちの部門は輸入をやっていて、メールや電話での英語対応をして、海外のメーカーさんから物を仕入れたりしています。ただ、別の部署だったら、国内のことばかりだったりするわけで。。。お客さんが日本の会社だと、ビジネスマナーなどを分かっていないと、変な目で見られてしまいますよね。やはり、その点を会社は気にしていたと思います。<br />
<br />
<strong>―「帰国子女」ということで、そのように見られた？</strong><br />
<br />
いや、そういうことはないと思います（笑）　私がしっかりしていなかったので。<br />
<br />
<strong>―ちなみに、現在の仕事内容について教えてください。また、将来についてはどのように考えていますか？</strong><br />
<br />
海外のメーカーさんからお薬の素となるもの、もしくはお薬を購入し、日本の製薬会社さんに売ることをしています。私がやっている仕事というのは、物流の管理で、実際に日本の製薬会社さんと海外のメーカーさんの間に私たち商社が入って、納期等を調整しています。だから、営業としてやっていくには、薬の知識がかなり必要なんですね。まぁ、この先、何をやりたいかとか決まっていないんですけど、部署の移動というのも考えられるし、まだ分からないですね。ただ、海外とのやりとりは続けられたらと思っています。<br />
<br />
<strong>正直さというのは伝わると思います</strong><br />
<br />
<strong>―仕事をしている際にあたって、大切にしていることはなんですか。</strong><br />
<br />
丁寧にやることですね。結構、自分がせっかちなので、自分がやったことなどを見直したりし、提出する前に確認したり。支払いだったりとか、お金の管理をやっているので、もしそれで失敗をしたら、会社が信用を失うことになります。学生の頃は自分のヘマは自分に返ってくるだけですが、社会人になると会社全体に迷惑がかかるので、ミスはどうしてもあるのですが、できるだけ減らすように仕事をしていますね。個人の問題ではないということを、一番大切に考えています。<br />
<br />
<strong>―実際に、就活生にアドバイスすることがあれば、お願いします。</strong><br />
<br />
社会人になったら意識を変えなくてはいけないし、いつまでも怠けてはいられなくなりますね。それでお給料も貰っているわけだしね。いやー、でも、私もなんでいまここで自分が働いているのか分からなくて、なぜ私なんかを採用したのだろうとか思ってしまいますね（笑）<br />
<br />
でも、一つ言えるとしたら、正直であることかな。ESとか書いているときに、自分をちょっとでも大きく見せたり、面接のときに、ちょっとえらい子ぶったりするのではなくて、分からないことは分からないと、正直に意思表示することが大切ですね。私も何回か面接をして、最終で落ちてしまうことがあって、それはパッションが足りないとか、そういうのは向こうからしたら伝わることなので。<br />
<br />
いまは就活が厳しいでしょう？　内定が取れないとか、就活留年とかが怖くなって、とりあえずどこか内定が欲しいという感じになってしまう。たくさん受けることはいいことなんだけれど、その中で自分が本当に行きたいところはどこ？　好きなのはどれ？　といったことを、しっかりと把握すべきですね。<br />
<br />
就職先の会社説明会では、朝早く着いて一番前に座ったのですが、その後面接に行った際に、実際に覚えていてくれて、とてもうれしかったですね。やっぱり普通のことなんだけど、一番前に座って話をしっかりと真剣に聞くこと。ただの説明会であっても礼儀をしっかりと示す。相手の目を見て話を聞く。退出など際はきちんと挨拶する。そういった振る舞いは、見てくれてなくても、大切だと思いますね。正直さというのは伝わると思いますよ。<br />
<br />
<strong>固定観念を良い意味で持っていない<br />
<br />
―最後に、自分が海外生活体験者であることについて、どう考えているのか、それが自分にどう影響しているか、教えてください！</strong><br />
<br />
良い面で言うと、何事にもオープンになれるということ。例えば、日本に長くいた人は、決まったしきたりとかがあったりするのですが、そのような常識というものは、全て私にとって真新しいことなんですね。「なんで？」「どうして？」といった質問が多くなり、イライラされることもあるのですが、逆にあとで質問した人にいろいろ話を聞いてみると、相手も「確かに、それはおかしいよね」と言ってくれるようになって、賛同されることもありました。つまり、固定観念を良い意味で持っていなかったことかなぁ。ただ、やはり海外生活が裏目に出るのは、そういった常識などに欠けていることかな。「そんなことも教えなくちゃだめなのか」といったように、ちょっと厳しく言われてますね（笑）　まぁ、でも最終的には自分に戻ってくるので、すごくためになります。<br />
<br />
<strong>インタビューアからの一言</strong><br />
<br />
６年ぶりくらいの再会です。開口一番、「ますます母親に似てきたな！」と言われました！（笑）　自分の関心がそのまま仕事に直結していて、話を聞いていてもとても興味深く、楽しくインタビューを行うことが出来ました。日本を支える第一線で活躍していってほしいと思います。これからもお仕事頑張ってくださいね！　本当にありがとうございました！<br />
<br />
</div>
<table class="layout2">
	<tbody>
		<tr>
			<td>
			<img src="http://www.rtnproject.com/50/img/interviewees_gt_61_profile.jpg" alt="interviewees_g_137_2_profile.jpg" width="150" height="113" />
			</td>
			<td>古屋開。１９９０年ドイツ・デュッセルドルフ生まれ。生後１年で帰国した後、小学６年から中学３年まで父の転勤で再びドイツへ。４年間フランクフルト 日本人国際学校へ通う。帰国入試で学芸大学附属大泉校舎へ入学し、現在は中央大学法学部国際企業関係法学科３年に在学。大学では、「飢餓で苦しむ途上国と 肥満で悩む先進国」のフードバランスを整えるTABLE FOR TWO中央大学の代表を務める。</td>
		</tr>
	</tbody>
</table>
]]></description>
         <link>http://www.rtnproject.com/2011/10/vol115_2.html</link>
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                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">50)インタビュー</category>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">5000)社会人インタビュー</category>
        
        
         <pubDate>Sat, 01 Oct 2011 19:37:40 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>更新情報9月28日</title>
         <description><![CDATA[<p>
海外生活体験者・学生インタビューvol.149をアップしました。<br />
<a href="/2011/09/vol149.html">http://www.rtnproject.com/2011/09/vol149.html</a>
</p>]]></description>
         <link>http://www.rtnproject.com/2011/09/928.html</link>
         <guid>http://www.rtnproject.com/2011/09/928.html</guid>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">2010)ニュース</category>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">ニュース・イベント</category>
        
        
         <pubDate>Wed, 28 Sep 2011 21:03:41 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>海外生活体験者・学生インタビューvol.149</title>
         <description><![CDATA[<div class="sectionh2">
<table class="layout2">
	<tbody>
		<tr>
			<td>
			<img src="http://www.rtnproject.com/50/img/interviewees_g_149_profile.jpg" alt="interviewees_g_149_profile.jpg" width="150" height="113" />
			</td>
			<td>谷内貴洋さん。東京生まれ。小学１年から中学１年まで、シンガポール日本人学校に通う。中学２年のときに帰国し、芝浦工業大学附属高等学校へ進学する。その後、再度シンガポールに渡り、International School of Singaporeへ３年間通い卒業。現在は、中央大学文学部人文社会学科英語文学文化専攻２年に在学。教職を取り、英語教師になることを目指している。テニスサークルにも所属。</td>
		</tr>
	</tbody>
</table>
</div>
<br />
<div class="h3_body">
<strong>高校に５年間通う</strong><br />
<br />
<strong>―簡単に今までのキャリアなどを教えて頂けますか？</strong><br />
<br />
僕、高校５年間行ってるんですよね。高校２年間を終えたところで、英語力をもっと伸ばしたいと思って、学年を２つ落としてシンガポールへ行きました。きっかけは親の転勤だったんですけど、海外に行くか行かないかを決めていいと親に言われていて、以前にもシンガポールに住んでいたし、英語力はある程度あるし、海外が好きだということもあって、行くことを決意しました。高校は理系だったんですけど、それに全然興味がなくて（笑）<br />
<br />
最初はマレーシアに行こうと思ったんですけど、年齢の問題があって、マレーシアの学校の場合は学年を落としても無理なことが発覚し、諦めたんですね。ただ、それを聞いた親が色々と探してくれたんです。古い友人のつてもあって、シンガポールでホームステイを通して、高校に通うことになりました。<br />
<br />
シンガポールの学校は、マレーシアの学校よりも入りやすいのですが、ここでも年齢の問題がやはり生じて、入学するならば２つ学年を落とすことが条件であると言われました。２つ落としての入学は珍しかったですね。本来ならば、高３から始まる４月を高１で始めました。帰国子女ということで、学年をさらに１つ落として、計３つ下げました。<br />
<br />
<strong>―そうなんですか。自分にとって「３つ下げるということ」に関して、どう思いますか？</strong><br />
<br />
今考えると、後悔はゼロですね。就職などを考えれば、海外の３年間というものは本当に良かったと思います。友人関係などは、３つ学年を落とすことになるので、なかなか厳しいものがあって、周りが自分よりも子どもっぽいなぁなんて、思ったり思わなかったりですね（笑）　自分的には結構、適応能力はある方だと思っていて、そこまでの問題はないんですけど、ただ、腹を割って話せるかというと、それは限られてしまいましたね。進路的には何も問題はなかったです。<br />
<br />
<strong>―シンガポールに住んでみて、何か印象的な思い出や出来事があったら教えてください。</strong><br />
<br />
シンガポールには１０年くらい住んでいたので、ほとんど「第２の故郷」みたいなとこがあります。小さい頃の思い出はシンガポールしかなくて、とりあえず「人と話すこと」が大好きでした。うちの親が言うには、外で知り合いとかが歩いていたら、「外で話すのもあれなので、お茶しに来ませんか？」とか言っていた、ませてた子どもらしいですね（笑）　人が家に来て欲しかったみたいです。<br />
<br />
親が頻繁にテニスをやっていて、不在のときが多かったので、すごく自由だったんですね。夜はフードコートとかで弟と２人で食べることもしばしばでした（笑）　反抗する時間がなかったので、反抗期もありませんでした。ただ、自分たちだけでやることが多かったから、生きていく上で、しっかりするようになりましたね。<br />
<br />
<strong>教職とテニスサークル<br />
<br />
―帰国後の話を聞きたいのですが、大学での活動を教えてください。</strong><br />
<br />
教職ですね。きっかけは予備校時代です。先生と色々な教育関係の話をしていくうちに、自分の中で面白いなって感じるようになっていました。あと、面倒見が良いということもあって、デスクワークよりも、ひととコミュニケーションを取っていく仕事を元々してみたかったこともありますね。帰国子女って、ある程度将来やりたいことが固まっていて、志望する学部学科を選択すると思うんですけど、僕の場合は、将来やりたいことを見つけるところから始めました。<br />
<br />
大学ではテニスサークルにも所属していて、小さい頃から続けていたテニスをやっています。アルバイトでテニスのコーチングをしてるんですが、「教える」という行為が楽しいと感じるのも、教職を取った理由の1つです。<br />
<br />
分野で言うと、帰国子女なので、英語の教師ですね。世界に出るきっかけにもなるし、自分自身が教える側に立って、海外で活躍する学生を育てるという、「輩出する側に立ちたい」という想いが強いですね。将来的には、僕の授業を受けたことがきっかけで、海外に行ってみたいって思ってくれる学生が増えると嬉しいですね。<br />
<br />
<strong>―アツイ想いを持っていますね！　ところで、谷内さんもぼくも中央大学に通ってますが、実際、周りにはあまり帰国子女が少ないと思うんですけど、客観的に見て、自分が海外経験者であることについてどうお考えですか。</strong><br />
<br />
どうなんでしょうね。。。発言力やプレゼン力はあると思います。グループとかでやっていても、例えば、パワポとかは自分で作っちゃいますね（笑）　周りが何やればいいかわからないっていう状態なので。<br />
<br />
<strong>今は将来を考えるとき<br />
<br />
―大学生活などで意識していること、ポリシーなどあったら教えてください。例えば、常にポジティブであるとか、チャレンジ精神があるとか。</strong><br />
<br />
難しいですね。。。でも、悔いは残したくないですし、何事にも全力でやりたいですね。ただ、全てに力を注ぎこむことは出来ないので、選択と集中です。今でしたら、サークルと教職ですか。サークルでは来年から運営する立場になるので、役員になるかどうかで悩んでいます。サークルだけでお金も時間も取られてしまうので、そうなったときに自分の将来の夢とかやりたいこととかの駆け引きが難しくなるんですよ。<br />
<br />
海外に旅行とかをたくさんしてみたくて、英語の先生になるにしても、世界の様々な場所を見ることで、教員になったときに教えることが増えると思うんですね。もし、それをするとしたら、サークルの役員は出来ないんです。サークルという1つの組織に入って、人と関わっていくということも重要だと思うんですけど、それよりも今は将来を考えて、海外に行って色々なところを見てみたいという気持ちが強いですね。<br />
<br />
<strong>―谷内くんの将来を真剣に考えて、理解してくれる、向きあってくれる人がサークルにいると良いとは思うんですけどね、どうなんでしょう。</strong><br />
<br />
テニスサークルの主将の人は僕と同い年だし、分かってくれていますね。確かに、役員になって、組織内で揉まれる経験というのも必要だとは思うし、やりがいとかもあると思うし、楽しいし充実した時間を送れるとは思うんですけど、一番気をつけなくちゃいけないなって思うことは、中途半端に両方に関わらないということですかね。<br />
<br />
<strong>シンガポール日本人学校 ：</strong><br />
<a href="http://www.sjs.edu.sg/">http://www.sjs.edu.sg/</a><br />
<strong>International School of Singapore ：</strong><br />
<a href="http://www.iss.edu.sg/">http://www.iss.edu.sg/</a><br />
<br />
<strong>インタビューアからの一言</strong><br />
<br />
谷内さんからは、すごく芯のある印象を受けました。自分のやりたいことやビジョン、海外経験がしっかりと将来像に反映されていて、話を聞いていてとても楽しかったです。同じ大学でも知らないことがたくさんありました。３０分程度の予定が、１時間以上話してしまいました（笑）　数多くの外国に行って、どんな国のことでも子どもに聞かれたら答えられるような教員目指して、頑張って欲しいと思います。本日はありがとうございました！<br />
<br />
</div>
<table class="layout2">
	<tbody>
		<tr>
			<td>
			<img src="http://www.rtnproject.com/50/img/interviewees_gt_61_profile.jpg" alt="interviewees_g_137_2_profile.jpg" width="150" height="113" />
			</td>
			<td>古屋開。１９９０年ドイツ・デュッセルドルフ生まれ。生後１年で帰国した後、小学６年から中学３年まで父の転勤で再びドイツへ。４年間フランクフルト 日本人国際学校へ通う。帰国入試で学芸大学附属大泉校舎へ入学し、現在は中央大学法学部国際企業関係法学科３年に在学。大学では、「飢餓で苦しむ途上国と 肥満で悩む先進国」のフードバランスを整えるTABLE FOR TWO中央大学の代表を務める。</td>
		</tr>
	</tbody>
</table>
</strong></strong>
]]></description>
         <link>http://www.rtnproject.com/2011/09/vol149.html</link>
         <guid>http://www.rtnproject.com/2011/09/vol149.html</guid>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">50)インタビュー</category>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">5001)学生インタビュー</category>
        
        
         <pubDate>Wed, 28 Sep 2011 20:50:02 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>更新情報9月26日</title>
         <description><![CDATA[<p>
海外生活体験者・学生インタビューvol.148をアップしました。<br />
<a href="/2011/09/vol148.html">http://www.rtnproject.com/2011/09/vol148.html</a>
</p>]]></description>
         <link>http://www.rtnproject.com/2011/09/926.html</link>
         <guid>http://www.rtnproject.com/2011/09/926.html</guid>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">2010)ニュース</category>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">ニュース・イベント</category>
        
        
         <pubDate>Tue, 27 Sep 2011 00:34:00 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>海外生活体験者・学生インタビューvol.148</title>
         <description><![CDATA[<div class="sectionh2">
<table class="layout2">
	<tbody>
		<tr>
			<td>
			<img src="http://www.rtnproject.com/50/img/interviewees_g_148_profile.jpg" alt="interviewees_g_148_profile.jpg" width="150" height="113" />
			</td>
			<td>山本かおりさん。ドイツ・デュッセルドルフ生まれ。３歳のときに日本に引っ越した後は、父の転勤により、交互にアメリカと日本に滞在した。慶応義塾ニューヨーク学院高等部を卒業後、慶応大学法律学部法律学科に入学。現在は同学部１年に在籍。NPO法人JUKEや文化交流を目的とするトルコ学生団体など、複数の団体に所属し、精力的に活動中。</td>
		</tr>
	</tbody>
</table>
</div>
<br />
<div class="h3_body">
<strong>私はいったい何人（なにびと）？<br />
<br />
―日本に帰って来て、カルチャーショックを受けられましたか？</strong><br />
<br />
昨年の夏日本に帰国し、自分の実家のある千葉県に戻ったとき、「家に帰ってきた」という感じがあまり湧いてこなくて、それが少し残念だったことを覚えています。私は生まれて以来人生のほんどを海外で過ごしてきて、自分という人間が構築されたのも日本ではないからかもしれません。<br />
<br />
自分のホームグラウンドではないわけですから、違和感を覚えることがあるのは私だけでなく、帰国子女全体に共通することだとは思っています。ただ、家ではほぼ日本語で会話しているので、言葉や文化に対してはありませんでしたけどね。どこか新しい土地に最初から住み直すという感じです。<br />
<br />
私の家は、転勤族とまでは言わないにしても、引っ越しは多い方でした。ドイツで生まれてからも３年後には転勤。その後、日本とマイアミを行ったり来たりしていて、高校はニューヨークで進学しました。実際に海外で過ごしてきて感じるのは、自分はどの国の人間の本質を持っているんだろう？ということでした。一時期、日本語も英語もあまり話せないときがあって、不器用だった私は、両方という選択肢を考えることがなかなかできませんでした。アイデンティティは選ぶものとして考えていたからです。<br />
<br />
生まれたのはドイツ。でも、ドイツを知らない。生活していたのはマイアミ。ニューヨークでの３年間、私の軸はどこの国なのかと思いましたね。不安でした。言葉が話せる＝全く同じニュアンスで話せるというわけではないからです。これは感覚的な問題ですね。同じものを見て笑えるか、私には一番大事なことでしたから。ですから、帰って来てからも、自分のホームはどこなのか定まっていなかったですね。<br />
<br />
<strong>どこに行こうと「自分の家」とする</strong><br />
<br />
<strong>―どうやって、その問題を乗り越えられたのですか？</strong><br />
<br />
満足感がないままボンヤリと過ごしていましたが、トルコ大使館にお勤めなさっていた方との食事がきっかけとなり、解決に向かいました。自分が所属できるトルコという国に戻らないことを不思議に思っていたので、なぜトルコ人なのにわざわざ日本に来て仕事を探し、この国にずっといるのかを尋ねました。<br />
<br />
その方がおっしゃったのですが、トルコの人たちは遊牧民族で、どこに行こうとその場所を「自分の家」とすることができるし、日本人や他の国の人々のように、神経質になって自分の居場所を考えたりしないそうです。出張していく先の国にも馴染めるので、なにも問題はないとのことでした。<br />
<br />
実は、これと同じことを日本の方に言われたとき、これといって感じたものはなかったんです。私は生まれも育ちも日本という国の人と異なっており、そのときはなにも響いてこず、そんなものなのかと自分を無理やり納得させていました。ですが、実際に色んな場所を家としているトルコの方に言われて、そのときはしっくり来て、この感覚はなくなりましたね。<br />
<br />
この問題は解決しましたが、やはり将来的には海外に行きたいと思っています。これから先変わっていくかもしれませんが、海外に行きたいという気持ちが自分の中にあります。ただ、大学にいる間は、日本の良い面と悪い面の両方を客観的に見られるように成長したいと思っています。<br />
<br />
<strong>―海外生活で学んだ、大切なものはなんでしょうか？</strong><br />
<br />
価値観を押し付け合わないことだと思います。海外では、無理やりにでも自分の価値観を分からせるということがないから、ありのままの自分でいても、話を聞いてくれます。海外に行くと宗教の問題が大きいじゃないですか。必ず、「あなたはどこから来たの？」「あなたはどの宗教を信じているの？」と、自分のルーツと信仰を聞かれます。けれど、そこで宗教に入っていないと言っても、「あぁ、そうなんだ」で済むんですよね。私が住んでいた地域に、細かいことを気にしないラテン系の人が多かったからかもしれませんが（笑）<br />
<br />
良いところも悪いところも、正直に受け止めてくれるところが、私は好きです。だから、純粋な日本人の方よりも、柔軟に相手の価値観を受け入れられる帰国子女の方のほうが、話しやすいと感じることが多いかもしれません。日本にずっと住んでいる方からは、「変わっている」とよく言われるのですが、帰国子女の方と話す場合はそういうことは言われません。私も、相手をそのまま受け入れられる人間になりたいですし、何より素の自分であり続けることにこだわりたいです。<br />
<br />
<strong>将来のキャリアについて考える<br />
<br />
―そうした人間に成長するために、なにか特別なことをしてらっしゃいますか？</strong><br />
<br />
私は日本についてまだまだ偏見があったり、知らなかったりすることも多いので、好きになるための努力をしたい。アメリカにはアメリカの、日本には日本にしかない、特別な自分を動かす何かを見つけようと思いました。そこで、ここでしか会えない人や、できないことを見つけられれば、もっと日本を好きになれると思ったんです。<br />
<br />
そのために、NPOに所属することも決め、大学で友だちをたくさん作ってサークルに入ることもしました。実は、大学に入学するときは、正直楽しみといった気持よりも、恐いという気持ちが大きかった気がします。日本の学生社会に、そのまますんなり入っていけるかと、くよくよ考えていいました（笑）<br />
<br />
大学に通いながら、休日を学生団体、サークル、NPO法人で過ごす中で、変わって行ったことがあります。それは、答えをひとつだと決めて、無理矢理結論を出さなくても良いということです。日本でも海外でも、全く違った価値観だらけの社会で生きていることには変わりはなく、どこにいても「山本かおり」でいようと思います。自分を無理矢理合わせようと作るのではなく、正面からぶつかっていけるような人間になりたいと思います。<br />
<br />
NPO法人JUKEには、いきなりコンタクトを取って参加し、現在も活動中ですが、とても充実しています。大学にいるだけでは会えない志の高い方々とたくさん会えるし、コミュニケーションを取れるので、とても楽しいんですよ。自分から動かなければ変わらないことの多さに気づかされる毎日です。なにより、将来のことについて１年の内から楽しみながら考えるのは、私自身の目標の確認でもありますから。<br />
<br />
<strong>―キャリア構築の一環なんですね。</strong><br />
<br />
海外だと、もっと小さい頃から将来のキャリアについて考えるように教育されるし、実際の会話に出てくるじゃないですか。でも、日本人同士の会話だと、全然出てこない。みんなの前で夢を語らずに、逃げ道を作っているので、すごく保守的だと思います。もっと普通に、ご飯食べるときとかにも、こんな話ができればなぁと思います。仕事でなくても、やりたいこと、自分がやると決めたことを語ることのできる人間関係は、いつでも私の刺激になりますし、本当に一緒にいて楽しいなと思う瞬間ですね。<br />
<br />
<strong>―では、将来はどのような仕事に就きたいと思ってらっしゃいますか？</strong><br />
<br />
あまり具体的には決めていませんが、マーケティングに興味がありますね。私の父がずっとマーケティングの仕事をしていたので、どんな仕事をしていたのかを理解して、父のことをもっと分かるようになりたいです。やはり、仕事は人生の大部分を占めるので。<br />
<br />
でも、もちろんそれとは別に、将来入りたいと思っているある会社がニューヨークにあるんです。でも、いきなり入社することを考えるというよりかは、まずは国内の企業で下積みをしてから、キャリアアップを目指したいです。ただ、まだ自分自身のことで知らない部分もあります。また、最初から色々決め付けて仕事をしたくないので、インターンに参加したり、留学したりして、自分の知らない興味や苦手部分も探していきたいと思っています。<br />
<br />
<strong>自分の「芯」を持つこと<br />
<br />
―海外生活体験者である自分について、なにか特別に思うことはありますか？</strong><br />
<br />
正直、海外生活体験者であることについて、特別に感じていることはなにもありません。運良く両親のおかげで海外に生まれ、住むことができたわけですし、英語もそうした環境があったから話せるようになっただけです。別に、私自身は大したことないんです。特に、最近は誰だって海外に行くことはできるし、英語だって喋れない人がいない場所はありません。チャンスを作れば、誰だって帰国子女になれるんです。<br />
<br />
ですから、海外生活体験者であること満足しないで、その一歩先を行きたいと思っています。アメリカ的な考えですけど、人と同じラインに立って「その他大勢の一人」という立場にいたら、絶対つまらないじゃないですか。だから、たとえ１年生であろうと、人より多くのことをたくさんしていたいと思います。３、４年生になると忙しくなるし、１年生のときの時間をただ遊びに費やすのはもったいないです。自分にとってのベストを常に考えたいですね。カッコつけて言っているけど、本当は自分がおもしろいと思うから（笑）<br />
<br />
<strong>―最後になりますが、山本さんが大事になさっていることはなんでしょうか？</strong><br />
<br />
私が一番大事にしていることは、自分の心に正直に生きることです。日本にいると、人の話を聞きなさいと教育されます。今は大分変わっているかもしれませんが、海外に比べると自分の意見というものがあまり求められないじゃないですか。だから、追い詰められた議論とか全然ないですよね。そうしたときに、自分の意見をぱっと言えない人が多いんですよ。<br />
<br />
面接とかも、予め用意した答えしか、答えられない人が多いと思います。それは喋り慣れていないということで、人間力というところにも繋がってくると思います。八方美人に私はなりがちです。でも、そこが利点にも欠点にもなると思っています。ある人にそれを教えていただいてから、困ったときは、自分の心が本当にそれを望んでいるか、本当におもしろいと思っているかどうかで決めようと思っています。<br />
<br />
意見を求められたらきちんと答えたいし、たとえ目上の立場の方が相手でも、自分の意見を隠したくはありません。自分の思ったことを言えないことが、一番怖いことです。アメリカだと、自分の意見が言えないと、存在を認識されなかったりするので&hellip;&hellip;。いっぱい自分で考えて、いっぱい自分の意見を発信できたら、きっと人を惹きつけられるようになる。私はそう考えています。英語、日本語で私を分けることはもうやめて、「自分の言葉」で周りに発信できるような人間になりたいですね。<br />
<br />
<strong>―本日は、インタビューありがとうございました！</strong><br />
<br />
<strong>活動報告 vol.41 ：</strong><br />
<a href="http://www.rtnproject.com/2011/06/_vol41.html">http://www.rtnproject.com/2011/06/_vol41.html</a><br />
<br />
<strong>インタビューアから一言</strong><br />
<br />
今回のインタビューを承諾してくださった理由を、「自分から動かないと全く出会えない人たちと出会うため」と説明してくださいました。インタビュー全体を通じ、山本さんの積極的な姿勢をひしひしと感じ取ることができ、ついつい話に聞き入ってしまいます。山本さんのアグレッシブさを見習い、今後の活動により一層の気合を入れようと思いました。インタビューに応じていただき、本当にありがとうございました。<br />
<br />
</div>
<table class="layout2">
	<tbody>
		<tr>
			<td>
			<img src="http://www.rtnproject.com/50/img/interviewee_s_151_2_profile.jpg" alt="interviewee_s_151_2_profile.jpg" width="150" height="113" />
			</td>
			<td>稲葉省吾。１９９０年神奈川県の田舎生まれ。小学校５年生のときにアメリカのニュージャージー州に引っ越し、７年８ヶ月ほど滞在。Parsippany Hills High Schoolを卒業後、日本に帰国。２００９年に上智大学国際教養学部に合格し、現在３年に在学。国際教養学部の制度を活用して、史学や政治学など複数の科目を学んでいる。RTN Project上智支部代表。</td>
		</tr>
	</tbody>
</table>
]]></description>
         <link>http://www.rtnproject.com/2011/09/vol148.html</link>
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                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">50)インタビュー</category>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">5001)学生インタビュー</category>
        
        
         <pubDate>Tue, 27 Sep 2011 00:24:20 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>更新情報9月23日</title>
         <description><![CDATA[<p>
海外生活体験者・学生インタビューvol.147をアップしました。<br />
<a href="/2011/09/vol147.html">http://www.rtnproject.com/2011/09/vol147.html</a>
</p>]]></description>
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                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">2010)ニュース</category>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">ニュース・イベント</category>
        
        
         <pubDate>Fri, 23 Sep 2011 16:42:14 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>海外生活体験者・学生インタビューvol.147</title>
         <description><![CDATA[<div class="sectionh2">
<table class="layout2">
	<tbody>
		<tr>
			<td>
			<img src="http://www.rtnproject.com/50/img/interviewees_g_147_profile.jpg" alt="interviewees_g_147_profile.jpg" width="150" height="113" />
			</td>
			<td>沼田聖乃さん。１９８９年東京生まれ。小学５年生から高校卒業までの８年間をニュージーランドのオークランドにて過ごす。Howick college卒業後帰国し、０９年春上智大学国際教養学部に入学。現在３年生。入学当初は２つのボランティアサークルに入り、東京の児童養護施設に通い教育補助や心のケアの手助けをしたり、途上国支援のためにインドに３週間滞在したり、さまざまな活動を行う。アルバイトでは飲食、大学のTA、英会話家庭教師などに挑戦。</td>
		</tr>
	</tbody>
</table>
</div>
<br />
<div class="h3_body">
<strong>―はじめまして。今日はよろしくお願いします！</strong><br />
<br />
よろしくお願いします！<br />
<br />
<strong>母親とふたり、ニュージーランドへ<br />
<br />
―沼田さんは海外が８年と長いですが、ご両親の仕事の関係で引っ越されたんですか。</strong><br />
<br />
よくそう聞かれますが、違います。母親が私に英語を学ばせるために、ニュージーランドへ２人で引っ越しました。８年間、父親は仕事で日本にいたんです。<br />
<br />
<strong>―珍しいですね。それも８年間も！　ニュージーランドへの引っ越しが決まったときは、沼田さん自身もプラスに捉えていたのですか？</strong><br />
<br />
母親に「行くよ！」と言われて、「あー、はい」みたいな（笑）<br />
<br />
<strong>―（笑）　現地で初めて学校に行ったときの記憶は残っていますか。</strong><br />
<br />
もともとは、３ヵ月ほど学校に行かず、現地の生活に慣れてから編入する予定でした。ただ、ニュージーランドに着いて３日後になぜか小学校に通うことになり（笑）、始めの１ヵ月は母親と一緒にホームステイをしていて、そこの家の子が通う学校に一緒に行きました。<br />
<br />
日本人は私ひとりという環境だったので、最初はさっぱり訳がわからない状態でした。ただ、ニュージーランドは、台湾や韓国、インドなど、いろいろな国からの留学生が多いので、新しい留学生として他の留学生に助けてもらいました。いつの間にか学校にも馴染み、半年後にはESOLクラスも出られました。出ただけならいいのですが、なぜか現地のネイティブの子たちよりも上のクラスに入れられちゃって&hellip;&hellip;。あれれ？という感じでした（笑）<br />
<br />
<strong>―オークランドでの生活は楽しかったですか。</strong><br />
<br />
本当にのどかな場所でしたね。学校の裏が原っぱで、牛や羊がいる環境でした。オークランドシティからバスで１時間ほどの町に住んでいたこともあり、街でクラブに行くなどの激しい遊びはできません。友だちの家の庭で水風船を投げて遊んだり、健康的な遊びをしていましたね（笑）<br />
<br />
<strong>―楽しそうですね。では、小中高を過ごしたオークランドでそのまま大学に行くという選択はされなかったんですか。</strong><br />
<br />
もともとは、ビザを取れたらニュージーランドに家族全員で移住しようという話もありました。結局ビザは取れず、大学卒業までということで、私はオークランド大学に法学専攻で入学しました。ただ、１ヵ月ほど向こうの大学に通いましたが、日本に帰国する事情が出来て急遽帰国することになりました。<br />
<br />
<strong>めぐこにドンキホーテ<br />
<br />
―帰国後に上智大学の国際教養学部を選んだ理由はなぜですか。</strong><br />
<br />
それまで英語で教育を受けてきたので、英語で学べる場所を探しました。国教といえば、早稲田と上智の名前が挙がりますが、上智に面白そうなサークルがあり、それに惹かれて上智大学に出願しました。<br />
<br />
<strong>―大学は楽しいですか。</strong><br />
<br />
楽しいです！　授業の課題はものすごい量ですけど（笑）<br />
<br />
大学入学当時は、「めぐこ」というインドやフィリピンの子どもたちへ教育支援を行うサークルに入っていました。１年の夏には３週間インドに行きました。結構過酷な旅で、帰国する日に３８度の熱が出て、このままでは飛行機乗れないんじゃないかって（笑）　強力な解熱剤を使ったら、３５度くらいまで下がっちゃいましたが（爆）、なんとか無事に帰国できました。<br />
<br />
現地では、サークルを引率するインド人の先生について、いろいろな施設を周ったり、スラム街に行ったりしました。結構本格的に入り込んだんです。地面に敷かれた葉っぱの上にカレーを乗せられ、ハエが寄ってくるのですが、現地の人の話が済むまで食べちゃいけないというときがありました。ハエがたかったカレーでも、残したら失礼になるので全て食べました。そうしたら、案の定&hellip;&hellip;。今となっては本当に良い経験です。<br />
<br />
「貧困」というものをテレビや新聞で目にはしていても、現地に行かないと実際の様子はわからないんです。たとえば臭いとか。物乞いする子ども、勉強したくてもできない子ども、酷い環境の中で勉強をしなければいけない子どもたちを見て、自分がどれだけ恵まれた環境で育ったのかを知りましたし、その分頑張らなければいけないと思いました。<br />
<br />
<strong>―とても良い経験をされたんですね。「めぐこ」は１年の夏でやめられて、他のボランティアサークルに入ったと聞きましたが。</strong><br />
<br />
はい。「ドンキホーテ」というサークルで、児童養護施設に通い、子どもたちと遊んだり、簡単な勉強を教えたりすることで、心のケアのお手伝いを行っています。その活動は今も続けていて、幹部になりました。<br />
<br />
<strong>飲食店のバイトと読者モデル<br />
<br />
―ボランティア以外で頑張っているものはありますか。</strong><br />
<br />
そうですね、昨年オープンした飲食店で、なぜかお店で２番目の立場に任命されたので（笑）　そっちも楽しくやっています。<br />
<br />
<strong>―今度食べに行かせてください！　そういえば、読モ経験もあると聞きましたが。</strong><br />
<br />
かじった程度ですよ。１年生の冬に美容院で声をかけられて、写真を撮ってもらったんです。その写真がホットペッパーに載ったら、他からも声をかけていただく機会がありました。サロンモデルがメインで、その他にiPhoneのアプリに出たり、ニッセンのカタログに出たりしました。感覚としては週１のアルバイトですかね。<br />
<br />
やっていてよかったと思うのは、カメラに慣れたことです。最初はガチガチでしたが、最近の撮影では、自然体でいられるようになりましたし、要求された表情をすぐにできるようになりました。表情や顔の角度が重要なサロンモデルと、洋服がメインで全身のポーズが大事な服のカタログモデルでは、気を遣うところが全然違いますしね。いい勉強になります。大学の友人にも読モや雑誌の専属モデルをやっている子は結構いますね。<br />
<br />
<strong>人の役に立つひとでありたい<br />
<br />
―さすが上智。レベルが高いですね！　それでは最後に、沼田さんの今後の目標を教えてください。</strong><br />
<br />
まず、大学卒業までには、人の役に立ったという実績が欲しいです。現在、サークルでボランティアを行う他に、保育園で子どもたちに読み聞かせの活動をしています。ボランティアが好きなのは、人の役に立ちたいという思いからなので。ただ、それは私が感じられるものではなく、相手がどう捉えるかなので、難しいものではありますが。ボランティアをしたというだけでなく、ボランティアをしたことによって、何かの役に立ったと言えるようになりたいです。<br />
<br />
そして、長期的な目標としても、やはり人の役に立つ人でありたいです。人に好かれる人になりたいですね。<br />
<br />
<strong>―素敵なお話、ありがとうございました！</strong><br />
<br />
<strong>Howick college ：</strong><br />
<a href="http://www.howickcollege.school.nz/">http://www.howickcollege.school.nz/</a><br />
<strong>めぐこ ：</strong><br />
<a href="http://www.meguko.net/">http://www.meguko.net/</a><br />
<strong>ドンキホーテ ：</strong><br />
<a href="http://donquixote.web.fc2.com/">http://donquixote.web.fc2.com/</a><br />
<br />
<strong>インタビューアから一言</strong><br />
<br />
沼田さんは、かわいらしく柔らかい雰囲気を持っていますが、話を聞くと、日本人が誰もいない小中学校で頑張っていたり、ボランティアでインドに滞在したり、外見とは異なり芯はとても強い方です。インタビュー後も就活の話で盛り上がり、またぜひお話したいと思いました。お忙しい中インタビューに応じていただき、本当にありがとうございました。<br />
<br />
</div>
<table class="layout2">
	<tbody>
		<tr>
			<td>
			<img src="http://www.rtnproject.com/50/img/interviewee_s_160_profile.jpg" alt="interviewee_s_160_profile.jpg" width="150" height="113" />
			</td>
			<td>宮崎紗絵子。１９８９年生まれ。愛知県出身。高校１年の夏からアメリカ・カリフォルニア州のサンディエゴで暮らし、Rancho Bernardo High Schoolに通う。高校卒業後帰国し、０９年早稲田大学法学部に入学。現在３年に在学。大学では、法律サークルに所属。大学２年の夏は、早稲田大学とKUMONの産学連携プロジェクトに参加し「日本の子育てをもっと元気に！」を掲げて活動。また、夏と春の２度、NPO法人JUKE主催のジョブシャドウィング（一日かばん持ちインターン）に参加。現在は、ジョブシャドウィングプログラム、RTN Projectでのインタビュー活動を通して知ったNPO法人JUKEのスタッフをしている。</td>
		</tr>
	</tbody>
</table>
]]></description>
         <link>http://www.rtnproject.com/2011/09/vol147.html</link>
         <guid>http://www.rtnproject.com/2011/09/vol147.html</guid>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">50)インタビュー</category>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">5001)学生インタビュー</category>
        
        
         <pubDate>Fri, 23 Sep 2011 16:11:05 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>更新情報9月21日</title>
         <description><![CDATA[<p>
海外生活体験者・社会人インタビューvol.113～後編～をアップしました。<br />
<a href="/2011/09/vol113_2.html">http://www.rtnproject.com/2011/09/vol113_2.html</a>
</p>]]></description>
         <link>http://www.rtnproject.com/2011/09/921.html</link>
         <guid>http://www.rtnproject.com/2011/09/921.html</guid>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">2010)ニュース</category>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">ニュース・イベント</category>
        
        
         <pubDate>Wed, 21 Sep 2011 20:06:33 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>海外生活体験者・社会人インタビューvol.113～後編～</title>
         <description><![CDATA[<div class="sectionh2">
<table class="layout2">
	<tbody>
		<tr>
			<td>
			<img src="http://www.rtnproject.com/50/img/interviewees_s_113_profile.jpg" alt="interviewees_s_110_profile.jpg" width="150" height="113" />
			</td>
			<td>清水宏美さん。１９８４年生まれ。東京大学出身。大学４年次を休学し、約１０ヵ月間ケニアにてNGO研修を行う。研修先は、NPO法人AIESECを通して見つける。現地では、スラム内のCBOを自ら研修先として開拓し、資金調達活動を行う。０８年株式会社ワークスアプリケーションズに入社。リクルーティンググループに所属している。</td>
		</tr>
	</tbody>
</table>
</div>
<br />
<div class="h3_body">
<strong>まさかの人事配属！</strong><br />
<br />
<strong>―それでは、就職される際に、ワークスアプリケーションズと他のベンチャーで迷われていたとのことですが、ワークスアプリケーションズを選択された決め手は何ですか。</strong><br />
<br />
決め手は、裁量権の大きさと仕事の規模感ですね。裁量権の大きさに関しては、私が働いていたベンチャーは何でもやれたので、当時は同じくらいかなと判断しました。そこで、どうせ自分の裁量でやれるのであれば、案件の規模が大きい方がいいなと考えました。裁量権の大きさと仕事の規模が両立するところって、なかなかないんですよね。両方を良いとこ取りできるのが、ワークスアプリケーションズだったんです。<br />
<br />
<strong>―現在は、ワークスアプリケーションズで人事の仕事をされていますよね。</strong><br />
<br />
営業に行きたいと言って入社したんですけどね。配属先は、入社後にある適性を測る研修の結果と本人の希望をふまえ、ドラフト会議で決まるのですが、その結果が人事でした。もう、びっくりしましたよ（笑）　人事は第３希望には入れていましたが、まさか配属されるとは思っていなかったので（笑）<br />
<br />
<strong>―必ずしも希望の配属先ではなかったのですね。そこで現在まで３年続けられているわけですが、気持ちの切り替えはどのようにされたんですか。</strong><br />
<br />
最初の時点で切り替えはしていました。入社前は「営業じゃないならやめる！」とか言ってたんですが（笑）、入社前に人事社員と接する機会があって、仕事内容が面白いことは知っていました。加えて、仕事内容が他企業の人事では行われていない特殊なものだなと。<br />
<br />
アップルやグーグルみたいに、海外の成長企業くらいの勢いで人採るんですよね。そういう採用って他ではないし、日本ではやりにくいんです。アメリカなら、成長企業に人がどんどん集まってくるんですが、日本では&hellip;&hellip;。ワークスがなぜ採用に力を入れているのかというと、普通にやっていても必要な分は採用できないからなんです。日本の人材市場が新卒も中途も新興企業に不利なように構造化されているので、その中で戦わなければいけない難しい状況があります。ただ、それができないとワークスの理念を達成できないんです。それを考えたときに、人事の仕事は非常に面白く、会社の根幹を支えるものだと。<br />
<br />
普通の人事は、集まってきた母集団に対して見極めるだけですが、ワークスの場合は、まず集客をしなければいけません。マーケティングができなければいけないんです。さらに、マーケティングした相手が自社に入ってくるので、その相手の活用を見据えたマーケティングが要求されます。ただのマーケッターになってもいけないんですね。難しいけど、面白い仕事なんです。配属された時点でここまで考えていたわけではないですが、面白い仕事だから頑張ってみようと思いました。<br />
<br />
<strong>就活って難しいよねという話</strong><br />
<br />
<strong>―私がワークスアプリケーションズという会社名を知ったのは、事業内容ではなく面白いインターンをやっている会社としてでした。おそらく大学生の多くがそうですよね。</strong><br />
<br />
ワークスは本業での広告宣伝費をほとんどかけていないので、学生への認知はゼロの状態からやらなければいけません。認知ゼロならまだいいですが、実際にはこの規模でたくさん人を採るので、大量採用だとネガティブに言われてしまうこともあります。離職率は１０％以下なので、健全なんですけどね。<br />
<br />
<strong>―清水さんは人事として日頃から大学生と接していらっしゃいますが、今の大学生に思うことはありますか。</strong><br />
<br />
いろいろありますね（笑）　いつも学生に言うのは、就活って難しいよねという話です。働いたこともないのに、会社を決めるなんてすごく難しいじゃんって。そこで、会社を選ぶ際に、なぜそうもたやすく企業のイメージ戦略を受け入れるのか、と思います。サッカーできないのに、サッカーチームを選んでいるようなものですよね。就活では、仕事やったことがない学生が、近似体験としてサークルとか学生団体での話を持ってきますが、そういうときにその組織やビジネスとは何かについて、なぜもっと知ろうとしないのかなと。安易ですよね。<br />
<br />
私の場合は、ビジネスや組織というものをケニアやベンチャーでの経験を通して自分なりに学びました。自分の軸を作るのに2年ほどかかりましたが、自分の頭で考えた結果だから、すごく納得しているんです。非常に泥臭くて、決して賢い方法ではなかったですが。でも、大学生を見ていると、それをしない人が多い。別に２年かけろという意味ではなく、ビジネスって何だろうとか、仕事って何だろう、組織って何だろうとか、そういう部分を理解しないままに、かっこよさに憧れて選んでしまうと、日本にとっても損失だなと感じます。<br />
<br />
そこで思うのは、なぜ良い大学の学生は既にブランドを持っているのに、またブランドを求めるのだろうという点です。<br />
<br />
<strong>―うーん（笑）</strong><br />
<br />
<strong>人生のご褒美みたいに捉えちゃう</strong><br />
<br />
唸ってますね（笑）　自分の人生のご褒美みたいに就職先を捉えちゃうと、もったいないなと思うんですよね。良い大学に入ったから良い企業に、という等価交換をしているつもりなのかな。でも、なぜそんなに自信がないのだろう&hellip;&hellip;と。せっかく良い大学出てるのだから、キャリアではもっとチャレンジすればいいのに。そういうことを良い大学の学生さんには思っています。<br />
<br />
<strong>―いろいろと考えるところがあります。なぜみんなして大手大手！と言うのか&hellip;&hellip;。</strong><br />
<br />
受験が偏差値で決まったように、就活も偏差値で行われていますよね。周りに対する自己顕示欲というか、自分の軸がないから、世間の軸や、いわゆる偏差値的な勝ち負けで決めてしまう。その勝ち負けは、恐らく就職後は通用しないんですよね。<br />
<br />
あとは、私はあまり社会貢献派ではなく、好きに生きればいいと思いますが、仕事をしていると、どうしても社会貢献を考えてしまいます。ワークスは、非常に社会貢献度が高いんです。ワークスがないとできないことはたくさんあって、本気で日本を変えようとしている企業だなと。入社時は、社会貢献って胡散臭いなと思うくらい興味がありませんでしたが、実際働く中で社会貢献があってよかったなと思うようになりました。<br />
<br />
採用って怖い仕事で、それは人の人生を巻き込むからなんです。間違った人を入社させてしまったら、巻き込み事故もいいところじゃないですか（笑）　だから、極力学生さんには自分で考えてもらいます。自分で考えてもらっても、やはり関わる以上には、ブラック企業には入社させたくないじゃないですか（笑）　だから、自分が学生さんに売り込める企業であることが大事です。<br />
<br />
かつ、入社後は仕事が難しくて、私は何度も折れそうになったんです。それでも、自分の仕事が社会にとってプラスの価値があるというのがあると、凹みそうになったときに頑張れる材料になります。どの企業も社会にとって価値はありますが、私が言う社会貢献は、「今何か世界を変えようとしているか」という意味の社会貢献です。<br />
<br />
<strong>力をつけて好きに生きていたい</strong><br />
<br />
<strong>―人事の仕事の難しさややりがいがよくわかりました。それでは、清水さん個人のお話を伺いたいのですが、今後のプランは立ててらっしゃいますか。</strong><br />
<br />
長期的なプランはわかりません。短期的には、この場所で頑張ろうと思っています。国内でのブランディングに加え、海外採用も始まっているので、そちらにも関わっていきたいですね。今はグローバルの土壌がない状態なので、それを作る段階は面白いです。<br />
<br />
<strong>―１０年後のご自分の姿は想像できますか。</strong><br />
<br />
できないですね（笑）　子どもはいるのかな。力をつけて好きに生きていたいですね。その中で自分のライフワークが見つかったら、それに没頭しているかもしれないし、面白い仕事を見つけたら、そこで仕事をしているかもしれないですし。まあ、面白いことをやっていたいですね。<br />
<br />
<strong>―面白いことをやっていたいというのは素敵ですね。現在は、仕事が非常にお忙しいとは思いますが、毎日湧いてくる大量の仕事をこなしながら、気持ちを切り替えたり、自分のことを考えたりという時間はとっていますか。</strong><br />
<br />
私、結構ドカンと休みをとって旅行に行きます。このインタビューの一週間後も１０日程休暇をとります（笑）　休めるときは休んで旅行に行きますね。１年目は有給を使いませんでしたが、２年目は１９連休をとり、小笠原の母島にひとりで２週間以上滞在しました。大量に本を持ち込んで、普段追いついていないインプットをし、静かな島なので、自分でいろいろと考える時間を意識的にとりました。３年目も、休みに振りかえる時間をとりましたね。<br />
<br />
<strong>―旅行は「時間がある学生時代にやっておけ！」と言われる代表格ですが、清水さんは１９連休で旅行という実績があるわけですね。</strong><br />
<br />
ウチの会社が休みやすいというのはあるかもしれませんが、別に大人になったら遊べないというのは嘘だと思うんですよね。大人になってからの方がお金もあるし、実力があれば休みもとることができます。結局、休みがとれないような働き方をするのがいけないのかなと。<br />
<br />
別に学生時代は旅行するなというわけではないですけどね。「学生時代は心の内側に旅をしなさい」という言葉を聞いたことがありますが、外にも内側にも両方すればいいのではないでしょうか。心の内側を旅するのは大事だし、ただ、外側に出て刺激をもらわないと知れないこともたくさんあるので、内外問わず旅をすればいいと思います。旅行もただ単にレジャーで終わらせず、いろいろな探求をすればいいのかなと。<br />
<br />
<strong>好きな言葉が２つあります</strong><br />
<br />
<strong>―では最後に、清水さんのモットーを教えてください。</strong><br />
<br />
ひとつは、「半径１メートル以内の人に誠実に生きる」です。結局、人が生きていく中で影響を与えられる人は、私が実際に話していたり、触れていたりする人くらいなんですよね。それが、例えばメディアに載ったとか、媒体を通した時点で私じゃないと思うんです。私が私として生きる中で大事なのは、今接している周り１メートルの人かなと。<br />
<br />
そしてふたつ目が、ケニア時代の友達が言っていた、&rdquo; I don&rsquo;t care what I cannot change.&rdquo;　という言葉です。「変えられないものは気にしてもしょうがないよね」というのは、物事を諦める言葉ではなく、自分の世界を生きるときに、すごく自由になれる言葉だなと思います。自分が変えられるものに気を払っていれば自由になれる。この２つの言葉があれば、自由に自分らしく生きていけるかなと。<br />
<br />
<strong>―本当に貴重なお話、ありがとうございました！</strong><br />
<br />
<strong>インタビューアから一言</strong><br />
<br />
約１時間とても濃い時間を過ごさせていただきました。働くということに真剣に向け合わなければいけない今、清水さんがケニアでの経験を通して働きたいと決意するに至った経緯はとても勉強になりました。どれだけ自分の頭で考えるかで、その結論も後から揺らぎづらいのですね。大学生に対する本音もお話いただき、非常に考えるものの多いインタビューでした。素敵なお話をありがとうございました！<br />
<br />
<a href="/2011/09/vol113_1.html">前編はこちら＞＞</a>
<br />
</div>
<table class="layout2">
	<tbody>
		<tr>
			<td>
			<img src="http://www.rtnproject.com/50/img/interviewee_s_160_profile.jpg" alt="interviewees_s_251_profile.jpg" width="150" height="113" />
			</td>
			<td>宮崎紗絵子。１９８９年生まれ。愛知県出身。高校1年の夏からアメリカ・カリフォルニア州のサンディエゴで暮らし、Rancho Bernardo High Schoolに通う。高校卒業後帰国し、０９年早稲田大学法学部に入学。現在３年に在学。大学では、法律サークルに所属。大学２年の夏は、早稲田大学とKUMONの産学連携プロジェクトに参加し「日本の子育てをもっと元気に！」を掲げて活動。また、夏と春の２度、NPO法人JUKE主催のジョブシャドウィング（一日かばん持ちインターン）に参加。現在は、ジョブシャドウィングプログラム、RTN Projectでのインタビュー活動を通して知ったNPO法人JUKEのスタッフをしている。</td>
		</tr>
	</tbody>
</table>
]]></description>
         <link>http://www.rtnproject.com/2011/09/vol113_2.html</link>
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                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">50)インタビュー</category>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">5000)社会人インタビュー</category>
        
        
         <pubDate>Wed, 21 Sep 2011 19:45:51 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>更新情報9月20日</title>
         <description><![CDATA[<p>
海外生活体験者・社会人インタビューvol.114をアップしました。<br />
<a href="/2011/09/vol114.html">http://www.rtnproject.com/2011/09/vol114.html</a>
</p>]]></description>
         <link>http://www.rtnproject.com/2011/09/920_3.html</link>
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                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">2010)ニュース</category>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">ニュース・イベント</category>
        
        
         <pubDate>Tue, 20 Sep 2011 01:22:58 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>海外生活体験者・社会人インタビューvol.114</title>
         <description><![CDATA[<div class="sectionh2">
<table class="layout2">
	<tbody>
		<tr>
			<td>
			<img src="http://www.rtnproject.com/50/img/interviewees_s_114_2_profile.jpg" alt="interviewees_s_114_2_profile.jpg" width="150" height="113" />
			</td>
			<td>浦賢子さん。大阪出身。小、中、高と大阪で生活、大学で上京し、創価大学経済学部へ進学する。学部時代には南アフリカへ１年間の留学を経験。帰国後１年間ＮＧＯでインターンシップを行い、大学卒業後２年間、青年海外協力隊としてモザンビークでJICA（独立行政法人国際協力機構）の活動に従事する。その後在モザンビーク日本大使館での１年間の勤務を経て再び帰国。政策研究大学院修士課程では、世界銀行にてインターンシップを行い、国際開発修士号を取得。現在も短期コンサルタントとして世界銀行に勤務している。２０１１年１０月をめどに一区切りを迎える予定である。</td>
		</tr>
	</tbody>
</table>
</div>
<br />
<div class="h3_body">
<strong>―ご多用の中、インタビューに応じていただきまして、本当にありがとうございます。</strong><br />
<br />
いえいえ、こちらこそ。インタビューを受けるのは初めての経験なので、緊張しますね。<br />
<br />
<strong>アフリカへの関心</strong><br />
<br />
<strong>―それでは早速始めさせていただきます。大学生活についてお聞きしたいのですが、学部時代は主にどのような活動をなされていたのですか？</strong><br />
<br />
パンアフリカン友好会というサークルに所属していました。文化祭で何かテーマを決めて展示会を行ったり、スワヒリ語のスピーチコンテストを主催したりしていました。大学内外からスワヒリ語を話すことのできる人を呼んで、何か決まったテーマについてお話していただくというイベントです。<br />
<br />
<strong>―そのサークルへ入ろうと思ったきっかけはあるのですか？</strong><br />
<br />
高校３年生のときに観た『未来の教室』というＮＨＫの番組で、ソマリアにおける女性性器切除について放送していて、こんなことがあるのかと衝撃を受けました。それでアフリカへの興味がわきました。<br />
<br />
<strong>―なるほど。南アフリカへ留学されたとのことですが、そのあたりにも繋がってくるのですね。でもなぜ南アフリカにしたのですか？</strong><br />
<br />
そうですね。他にもガーナとケニアが選択肢としてあったのですが、正直スワヒリ語自体に興味が強かったわけではなかったのです。それと、高校生のときから英語は結構頑張って勉強していたので、その３つの国の中では一番きれいな英語が話される南アフリカへ行こうと決めました。あとは単位や時期などの関係からですね。<br />
<br />
<strong>―その留学経験で、一番印象に残っていることを教えていただけますか？</strong><br />
<br />
正直、１２ヶ月のうち１０ヶ月は帰りたいと思っていたと思います。とにかく犯罪率が高い国でした。友だちといいますか、知り合いが留学生の部屋からPCのような高価なものを全部泥棒して、目の前から消えたことがあって、本当に人間不信になった時期もありました。でも、後になって考えれば、そのひとを恨むというよりも、そのような社会的背景がそうさせているのだと強く思いました。<br />
<br />
<strong>エイズへの関心</strong><br />
<br />
<strong>―帰国後はNGOで１年間のインターンを経験されているとのことですが、どのようなことをされていたのですか？</strong><br />
<br />
在日アフリカ人に対するエイズに関する情報提供やプロジェクトに携わっていました。　他にも、実際には達成できなかったのですが、他の大学生と大学生向けにエイズ教育をするプロジェクトを立ち上げようとしていました。<br />
<br />
<strong>―大学卒業後は、青年海外協力隊として、２年間モザンビークへ行かれたとのことですが、協力隊について少し教えていただけますか？</strong><br />
<br />
JICAという政府支援の下に活動する独立行政法人の下にあり、応募すると適性を検査され、参加できるかが決まります。協力隊の要請というのがあり、どういう人がどのような場所に必要なのか、過去の経験等によって配属地が決まります。南アフリカへ行きたいとオファーを出してはいたのですが、モザンビークに決まりました。今は変わったようですが、当時は２年間１度も日本へは帰ってはいけないルールがあったりもしましたよ。<br />
<br />
<strong>―主にどのような活動をされていたのですか？　また、素朴な質問なのですが、しっかり人数は集まるのですか？</strong><br />
<br />
柔道や水泳という職種では国体の人がいたり、他にも看護師の方もいたり、ＩＴ関係の方もいたりで、本当にいろいろな職種があります。参加応募者数は景気に左右されたりするようですが、人数が足りないということはあまりないようですね。私はエイズ対策に主に携わっており、看護学校で授業を行ったりしていました。その前に３ヶ月ほどの訓練期間がありました。<br />
<br />
<strong>―そんなに職種があるものなのですね。知りませんでした。南アフリカへの留学経験は活きましたか？</strong><br />
<br />
アフリカでやるという決心は、間違いなく留学なしにはなかったことだと思っています。ただ、エイズというのは、インターンがきっかけでしょうね。留学とインターンの２要素が合わさって、協力隊への参加があったという認識です。<br />
<br />
<strong>開発への関心</strong><br />
<br />
<strong>―その後１年間モザンビーク大使館にお勤めになったとのことですが、どのようなことをしていたのですか？　１年間だけ仕事をするというのはなかなかイメージできないのですが。<br />
</strong><br />
１年更新、最大２年の仕事で、コーディネーターとしてプロジェクトのオファーに対応する仕事をしていました。例えば、小学校を作りたいとか、井戸を作りたいというオファーが来たときに、それをどうハンドルするか考えていました。このような開発系の世界は基本的に短期が多いですね。個人的に結婚もあったので、この仕事は１年の任期で終えました。<br />
<br />
<strong>―日本へ帰国すると、大学院へ行かれたとのことですが、それはなぜですか？</strong><br />
<br />
開発系に携わるには、どうしても修士が必要で、政策研究大学院へ行きました。院自体が開発関係で、教育や保健などを学ぶのですが、実際１年間のコースワークはこてこての経済学がメインでした。学部時代も経済学を勉強していたのですが、そんなもんじゃなかったですね。バリバリの数学です。<br />
<br />
<strong>―世界銀行でのインターンというのは、どういった経緯でされたのですか？</strong><br />
<br />
大学院は全１年半のコースだったのですが、１年はそのコースワーク。残りの半年はインターンをしなければならないプログラム内容でした。全部で３０人ぐらいでしたが、１５人は留学生でした。彼らは日本でインターンをしなければならず、残りの１５人の日本人学生は海外でインターンをしなければなりませんでした。<br />
<br />
<strong>―大学院のプログラムの一環だったのですね。そのインターンというのは、全て個人でアプライするのですか？　なにか大学院との提携先があるのですか？</strong><br />
<br />
全部個人ですね。それでも最終的にみんな決まります。私は、世界エイズ・結核・マラリア対策基金へ行きたかったのですが、残念ながらダメでした。たまたまエイズ関係を専門とする教授に紹介していただき、世界銀行でのインターンが決まりました。<br />
<br />
場所はワシントンで、短期コンサルタントをやっていました。年に１５０日まで働けるルールです。長期コンサルタントというのもあるのですが、それは一生涯で２年だけ働けるというルールです。その時その時のプロジェクトがあり、その１５０日の一部として現在も短期コンサルタントとして世界銀行で働いています。１０月末までこの仕事は続ける予定です。<br />
<br />
<strong>世界銀行での仕事</strong><br />
<br />
<strong>―具体的にはどのようことをされているのですか？</strong><br />
<br />
リサーチ部門という部署にいます。いろいろな部や局があるので、正直他は詳しくありません。リサーチ部門の中でも、人間開発部門にいました。仕事は主に２つあって、問題を見つけることが１つ。現在行っているプロジェクトの効果を見ることが２つ目。１つの国について細かく見ていく仕事をしていると言えます。<br />
<br />
<strong>―どのようなところのやりがいを感じますか？</strong><br />
<br />
そうですね。日常は常にPCの前なので、案外淡々としています。ただ、プロジェクトの効果を見て、良い結果がでていると、凄く嬉しいですね。逆に大金をつぎ込んで失敗するプロジェクトもあるので、それは悲しいです。また、やりがいとは少し話がずれますが、世界銀行は経済学者が多いので、その人たちの下でリサーチの事を勉強できるのはすごくいいですね。最新の研究を身近に知ることができるは最大のメリットだと思っています。<br />
<br />
<strong>―お話を伺うまでは、世界銀行でこれからもお勤めすると思っていたのですが、そうではないとなると、今後のプランはどのようなものを予定しているのですか？</strong><br />
<br />
とりあえず、世界銀行での仕事は、１０月末を目途に一度区切りをつけるつもりです。自分自身の中では、PCの前よりも実際にフィールドで活動したいという気持ちもあるので、今はまだ模索中です。今後、配偶者の仕事の関係で、ＮＹで暮らすことが決まっているので、近い将来としては、ＮＹで何かしたいと思っています。それは仕事でもボランティアでもいいのですが。行ってみないとわかりません。昔はキャリアキャリアだったのですが、今は子育てや親の介護等の現実も考えなくてはならない時期に来ていると思っているので、悩ましいですね。<br />
<br />
<strong>―やはり現実とは向き合わなくてはならないのですね、どんな方でも&hellip;&hellip;。最後になりますが、今後就職活動を行う学生に向けて、何かアドバイスをいただければと思います。</strong><br />
<br />
うーん。。。何でもやってみることですかね。何でも良いので、ひたすらにいろいろなことをやっていくことで、必ず後に繋がっていくと思います。これだけは譲れないという１つ強みを持つことも大切だと思います。<br />
<br />
<strong>―貴重なお時間本当にありがとうございました。残りの大学生活や今後の就職活動などを考えるにあたって、参考にさせて頂きたいと思います。</strong><br />
<br />
<strong>―インタビューアから一言</strong><br />
<br />
初対面の社会人の方へのインタビューは初めてだったのですごく緊張しました。インタビュー前のメールでのやり取りなども、失礼のない対応ができているかすごく不安でした。しかし、ご多用中にもかかわらず、浦さんには快くインタビューに応じていただけました。アフリカの魅力や開発の世界での活動など、とにかく私にとっては無知な領域の話が多かったのですが、大変刺激を受けました。ボランティアや人助けが偉いという認識でそのような活動を捉えるのは個人的には好きではありません。しかし、やはり自らの活動が多くの人へ良い影響を与えることができるのは素晴らしいことだと再認識しました。<br />
<br />
</div>
<table class="layout2">
	<tbody>
		<tr>
			<td>
			<img src="http://www.rtnproject.com/50/img/interviewees_s_249_profile.jpg" alt="interviewees_s_251_profile.jpg" width="150" height="113" />
			</td>
			<td>浅野卓也。１９８９年東京生まれ。小学校、中学校と地元の公立校に通う。０４年、９年生の開始に合わせ渡米。アメリカコネチカット州のGreenwich High Schoolを卒業後、帰国する。現在は早稲田大学教育学部複合文化学科に在籍し、３年目を迎える。第２外国語はスペイン語を選択。課外活動ではゴルフサークルに所属し、年２回のリーグ戦に向けて、日々練習を重ねている。</td>
		</tr>
	</tbody>
</table>
]]></description>
         <link>http://www.rtnproject.com/2011/09/vol114.html</link>
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                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">50)インタビュー</category>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">5000)社会人インタビュー</category>
        
        
         <pubDate>Tue, 20 Sep 2011 01:09:21 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>更新情報9月16日</title>
         <description><![CDATA[<p>
海外生活体験者・社会人インタビューvol.113～前編～をアップしました。<br />
<a href="/2011/09/vol113_1.html">http://www.rtnproject.com/2011/09/vol113_1.html</a>
</p>
]]></description>
         <link>http://www.rtnproject.com/2011/09/916.html</link>
         <guid>http://www.rtnproject.com/2011/09/916.html</guid>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">2010)ニュース</category>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">ニュース・イベント</category>
        
        
         <pubDate>Fri, 16 Sep 2011 12:13:50 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>海外生活体験者・社会人インタビューvol.113～前編～</title>
         <description><![CDATA[<div class="sectionh2">
<table class="layout2">
	<tbody>
		<tr>
			<td>
			<img src="http://www.rtnproject.com/50/img/interviewees_s_113_profile.jpg" alt="interviewees_s_110_profile.jpg" width="150" height="113" />
			</td>
			<td>清水宏美さん。１９８４年生まれ。東京大学出身。大学４年次を休学し、約１０ヵ月間ケニアにてNGO研修を行う。研修先は、NPO法人AIESECを通して見つける。現地では、スラム内のCBOを自ら研修先として開拓し、資金調達活動を行う。０８年株式会社ワークスアプリケーションズに入社。リクルーティンググループに所属している。</td>
		</tr>
	</tbody>
</table>
</div>
<br />
<div class="h3_body">
<strong>―本日はよろしくお願いいたします。</strong><br />
<br />
よろしくお願いします！<br />
<br />
<strong>フットサルのあとはケニアに行く</strong><br />
<br />
<strong>―まず、清水さんの学生時代のお話を伺わせてください。大学ではどのように過ごされていましたか。</strong><br />
<br />
基本的にフットサルばっかりしていました（笑）　もともと、中高とバスケをしていましたが、大学ではサッカーサークルに入りました。１年次はサッカーを、２年次からはフットサルを始め、３年次にはフットサルの社会人リーグに入るほど打ち込んでいましたね。<br />
<br />
<strong>―フットサル中心ですか（笑）　少し意外な回答ですね！　それでは、大学４年次のお話を伺います。AISECを通じて、ケニアにNGO研修に行かれていたとのことですが、そのきっかけは何だったのですか。</strong><br />
<br />
きっかけは３年冬の就職活動です。周りが動き始めたとき、自分がどういう仕事に就きたいのか考える中で、研修に行ってみようと考えるようになりました。特にやりたい仕事がなかったからです。周りが就活する中で、業界とかを決めていきますよね。でも、いろんな分野のイベントに参加したり、OBの話を聞いたりしても、あまり興味が湧く業界がなかったんです。業界という切り口で唯一興味を持てたのが、高校時代に憧れていた、国際協力の分野でした。<br />
<br />
民間の企業に就職するのと、国際協力の道に進むのでは、全くキャリアが異なるイメージがありました。なので、ただ興味があるという弱い動機で、そのまま国際協力の道に進んでいいのか、確信が持てずにいました。ただ、民間就職の道を選択しても、結局入社２、３年目でまた迷うんだろうなと。ならば、やってみるのがはやいかなと。私の仕事の最終的な利益の享受者の近くに行き、それが意味のあることと思えたならば、自分の道として選択し、人生を賭けられると考えました。<br />
<br />
<strong>―就活がきっかけなんですね。それでは、短期ではなく１年休学という手段をとったのと、ケニアの地を選択された理由を教えていただけますか。</strong><br />
<br />
まず、なぜケニアだったのかというと、私は国際開発というより、緊急援助に興味があり、それに&ldquo;近い&rdquo;環境を選びたかったからです。命に関わる、ギリギリのラインで、あまり価値観を相手に押し付けない領域がいいと思っていました。ただ、学生の身でそういう場に行くことは難しかったんです。そこで、開発として注目を浴びていたアフリカの、英語圏であるケニアを選びました。金銭的な負担の少ないAIＥSECを通じての研修を決め、研修先としては子どもに関する団体をネットワーキングしているＮＧＯを選択しました。<br />
<br />
１０ヵ月という期間にした理由は、ある程度の期間行かないと何もわからないだろうなというのと、モラトリアムだったので、就職は１年延ばしちゃえという思いからです（笑）　当初は６ヵ月研修して、残りは旅行期間に充てるつもりでしたが、研修に没頭して延長しました。<br />
<br />
<strong>ボランティアとインターンの違い<br />
<br />
―ケニアの研修先では、実際にどういったことをされていたのですか。</strong><br />
<br />
ネットワーキングのNGOだったので、いろいろな子ども支援を行っている団体とつながりがありました。まずは、複数の団体を回り、レポートを書く作業をして、興味がある団体があれば、そこにインターン生として行っていいよと言われていました。紹介してもらった団体は、私がやりたいことや見たいものとは少し違ったので、自分の希望をNGOに伝え、それに合致するところに派遣してもらいました。<br />
<br />
ナイロビのミトゥンバという小さなスラムで、公立の小学校にすら行けない貧しい子どもたちを集めて授業を行っている人プロジェクトで働きました。<br />
<br />
<strong>―授業を行う先生ではなく、先生の支援だったということですね。</strong><br />
<br />
そうです。先生をやりたいわけではありませんでした。このプロジェクトに何が足りないんだろうと考えたときに、ヒト・モノ・カネと何もないなと（笑）　まずはお金を調達しようと考え、プロジェクトのボスに依頼し、資金調達係に就任しました。<br />
<br />
<strong>―ポストを与えられるのではなく、自分からポストを獲りにいかれたのですね。それでは、ケニアで研修される中で最も苦労したことは何ですか。</strong><br />
<br />
うーん、ケニアという土地ならでは、ではないのですが、まさに自分の能力のなさですよね（笑）　既存の研修プログラムをこなすのではなく、自分で仕事をつくって取り組む中で、無力さを痛感しました。<br />
<br />
無力と言えば、研修に行く前に、ボランティアと研修（インターン）の違いについて考えていたので、現地では、ボランティアと呼ばれたら、インターン生だと訂正していました。私は彼らに提供できるスキルや能力があるわけではなく、自分が学ぶために研修していたのでボランティアと名乗るのはおこがましいと考えていました。<br />
<br />
<strong>―ボランティアとインターンの違いですか。</strong><br />
<br />
私はそれを意識していました。もちろん、インターンだから何も提供しなくてもいいわけではなくて、やるからには価値を出したいと考えて取り組んでいましたが。<br />
<br />
そういうわけで、とにかくがむしゃらにやっていたわけですよね。自分なりに一番の問題は資金調達だと考えて、自分の滞在費を使いながら「営業活動」をしていました。やり方はわからなかったので、手当たり次第、国際NGOや大使館、日本企業などに出向き、どうすれば提案が通るか話をしたり、NGO支援をしている団体の人に、どうすればいい提案書が書けるのか相談したりするなど、我流でやっていました。<br />
<br />
我流だったので、今から考えると全くなってない方法なんですよね。何もない状態の中で、自分ひとりの力で価値を発見するのは本当に難しい。私は、日本人としてというよりは、現地の人材のひとりとして何かをしたかったんです。だから、自分のツテで日本から寄付を集めてというよりは、資金調達という形でプロジェクトに成果をもたらしたいなと考えていました。<br />
<br />
<strong>―現地の人材としてですね。スラムという現場では、もちろん日本語は一切通用しないですよね。英語でのやり取りですか。</strong><br />
<br />
そうですね。あとは、教育がなければないほど英語が通じないので、スラムの子供とは、現地で覚えた片言のスワヒリ語でコミュニケーションをとっていました。<br />
<br />
<strong>働くって社会に関わること<br />
<br />
―それでは帰国後の話を伺います。大学に戻られてからはどう過ごされましたか。</strong><br />
<br />
まず、フットサルをやっていましたよね（笑）　あとは、大きな変化としては、モラトリアムから一転して、早く働きたいという気持ちになっていました。帰国後、翌日から会社説明会に行き（笑）、１ヵ月ほどスーツを着たいわゆる「就活」をやり、内定もいただいたんです。６月からは、スタートアップ企業で働き始め、半年ほどインターン生としてお世話になりました。その中で、最終的にワークスアプリケーションズを選びました。<br />
<br />
<strong>―ワークスアプリケーションズの内定は、もしや入社パスですか。</strong><br />
<br />
そうです。実は、ケニア研修前に入社パスをもらっていたので、そのおかげで４年次に１年間ケニアに行く勇気が出た部分もあります（笑）<br />
<br />
<strong>―そうだったんですね。少し、話が戻りますが、「働く気になっていた」と仰いましたが、それはどういった経緯からでしょう。</strong><br />
<br />
働くって、社会に関わることなんだというのを、ケニアで自らの体験を通して学べたんですね。滞在中に１ヵ月ほどタンザニアを旅行して、もちろん楽しいのですが、浮草みたいだなと感じることがありました。日本からのゲストとしてちやほや扱われるけど、その社会に根差しているわけではないですし&hellip;&hellip;。ちゃんと社会に関わろうという気になりました。社会に関わろうと思えて、でもその上で、何かしようとしても、何も生み出せない自分がもどかしく思いました。<br />
<br />
ケニアには、そもそも国際協力をやりたいのかという、職業選択のために行きました。結論としては、新卒の段階では、「私は合わないな」となりました。理由はいくつかあり、開発という社会への関わり方は私には違うなと感じたり、その領域にいる人とあまり水が合わないなと感じたり。<br />
<br />
<strong>―違うと思われたのは？</strong><br />
<br />
開発に関わっている人を粗く分類してしまえば、大きく２種類いると思っていて、ひとつはグローバルなキャリアを楽しみたい人と、もうひとつは、その地域が本当に好きで地域のために何かやりたい人。前者は、私が勝手に思うには、本当の問題解決はできてなく、後者は現地に溶け込んでいるし影響範囲が狭いながらも良いことをしているとは思いますが、世界は変えられないなと。私は、そのどちらのタイプでもなかった。少なくとも自分のファーストキャリアではないと結論付けました。<br />
<br />
<strong>―現地で自ら経験された故の考えですね。ファーストキャリアではないと。</strong><br />
<br />
まず、自分にビジネスの力が全くない。問題解決ができない状態で、私が国際開発や援助の道に行っても、何も変えられません。そして、そのエリアにいる人たちが、能力がある人たちかというと、ビジネスに長けているわけではない。<br />
<br />
例えば、国際公務員のキャリアを見ても、アカデミックなバックグランドはしっかり築く必要があっても、本当に「仕事」ができるのかには疑問がありました。私が本当にこの領域に身を投げ、世界を変えたいのならば、能力をつけなければならない。<br />
<br />
かつ、ここの領域を選ばないとしても、私は結構自分勝手に生きていきたいので（笑）、やりたいことをやって、自分で住む国も選んで生きていける状態を作るには、自分で仕事の力をつけなければならないと感じました。研修を通じて、自分の無力さは嫌というほど思い知ったので、好き勝手に生きるためには、力をつけなければなと。<br />
<br />
社会に関わらなきゃというのと、力をつけなきゃというのが合わさり、働きたいなという思いになりました。<br />
<br />
<strong>―なぜ働くのか、なかなか見えてこない私にとって、とても勉強になります。</strong><br />
<br />
<a href="/2011/09/vol113_2.html">後編はこちら＞＞</a><br />
</div>
<table class="layout2">
	<tbody>
		<tr>
			<td>
			<img src="http://www.rtnproject.com/50/img/interviewee_s_160_profile.jpg" alt="interviewees_s_251_profile.jpg" width="150" height="113" />
			</td>
			<td>宮崎紗絵子。１９８９年生まれ。愛知県出身。高校1年の夏からアメリカ・カリフォルニア州のサンディエゴで暮らし、Rancho Bernardo High Schoolに通う。高校卒業後帰国し、０９年早稲田大学法学部に入学。現在３年に在学。大学では、法律サークルに所属。大学２年の夏は、早稲田大学とKUMONの産学連携プロジェクトに参加し「日本の子育てをもっと元気に！」を掲げて活動。また、夏と春の２度、NPO法人JUKE主催のジョブシャドウィング（一日かばん持ちインターン）に参加。現在は、ジョブシャドウィングプログラム、RTN Projectでのインタビュー活動を通して知ったNPO法人JUKEのスタッフをしている。</td>
		</tr>
	</tbody>
</table>
</strong>
]]></description>
         <link>http://www.rtnproject.com/2011/09/vol113_1.html</link>
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                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">5000)社会人インタビュー</category>
        
        
         <pubDate>Fri, 16 Sep 2011 11:55:51 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>更新情報9月14日</title>
         <description><![CDATA[<p>
留学生大学入試・合格体験記vol.2をアップしました。<br />
<a href="/2011/09/vol2.html">http://www.rtnproject.com/2011/09/vol2.html</a>
</p>
]]></description>
         <link>http://www.rtnproject.com/2011/09/914_1.html</link>
         <guid>http://www.rtnproject.com/2011/09/914_1.html</guid>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">2010)ニュース</category>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">ニュース・イベント</category>
        
        
         <pubDate>Wed, 14 Sep 2011 11:49:54 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>留学生大学入試・合格体験記vol.2</title>
         <description><![CDATA[<div class="sectionh2">
<table class="layout2">
	<tbody>
		<tr>
			<td>
			<img src="http://www.rtnproject.com/63/img/uken.jpg" alt="uken.jpg" width="150" height="113" />
			</td>
			<td>盧禹剣さん。１９８５年１２月中国吉林省生まれ。高校卒業した１９歳のときに、日本へ留学する。２年間語学学校に通い、その後早稲田大学基幹理工学部に合格し、２０１１年現在情報理工学科４年に在学。留学生と現地学生の情報ネットワークを築くために、中国留学生会に入り、企画責任者として国際交流イベントを多数担当する。また、父の独立を手伝い、飲食店の立ち上げにも力を入れた。</td>
		</tr>
	</tbody>
</table>
</div>
<div class="h3_body">
<h3>【早稲田大学基幹理工学部合格】<br />
【東京工業大学５類合格】</h3>
<strong>＜はじめに＞</strong><br />
<br />
留学生の大学受験は、一般の入試と別枠ということを先ず断っておきたいです。受験は２段階で構成されています。まず、私費留学生統一試験を受け、その点数を元に志望大学にアプライし、次は、大学別筆記試験、面接を受け、オファーをもらうというプロセスになります。これからRTN Projectに入る留学生のために、アーカイブとして残せたら嬉しいです。<br />
<br />
<strong>＜来日前＞</strong><br />
<br />
<strong>・骨折</strong><br />
生まれから高校卒業まで中国に住んでいました。小学校まではのんびりと暮し、人並みに勉強して、サッカーに打ち込んでいました。中学入学直後、左足を骨折して１ヶ月学校を休みました。骨折の治療も苦痛でしたが、それよりも１３歳だった自分は強い恐怖感を覚えました。「もう人並みの勉強さえできない！」今までの自信が崩れた記憶があります。<br />
<br />
<strong>・中学校</strong><br />
学校に戻ってすぐに受験のレールに乗りました。体育の時間も休みの時間も、帰宅から寝るまでのすべての時間を勉強に使いました。意識が朦朧になっても、テキストを暗記していた記憶があります。その結果、期末試験で学年１位を取りました。それ以降も、テスト勉強は私の生活の９割以上を占めていました。<br />
<br />
<strong>・高校</strong><br />
順位争いのテスト勉強が続きました。７時に学校がスタートスして、２４時とか２６時に寝る生活でした。高３のとき、とうとう５年も続いた受験マインドに亀裂が入りました。成績順位を守るような勉強には、耐え切れなくなったのです。志望大学には受かったものの、海外留学を決めました。受験しかできない自分に対して恐怖感を覚えたからです。<br />
<br />
<strong>＜来日後＞</strong><br />
<br />
<strong>・日本語の勉強</strong><br />
大学に入るまで、２年間日本語学校に通いました。平仮名から文法、作文まで、体系的に日本語の基礎を学びました。今は英語で受験し、大学入学してから日本語を学ぶ学生もいます。「２年も語学学校に行っていたの？」と反対する声もあるかもしれません。しかし、日本で自分の基盤を築いていく上で、根幹である日本語に２年間集中して向き合えて、私は得をした気がしています。<br />
<br />
<strong>・モチベーション１</strong><br />
両親は、私が中学生の頃、来日しました。私は仕送りをもらい、金銭上憂いのない生活を送っていました。裕福な家庭という自分の幻想が来日後すぐに崩れました。両親の居住環境、労働環境を目の当たりにしたからです。特に、両親は日本語が話せないため、生活上不便なところも数多くありました。自分のためここまで我慢してくれたのがよく分かりました。これからは両親と日本社会をつなぐパイプになろうと思いました。<br />
<br />
<strong>・モチベーション２</strong><br />
日本でもう一度生活ベースを築きたいと思いました。１９年間自分と関わった人たちと、地理的に分断されました。友情、信頼などは、限定された人の感情にしか生きていません。その土壌から離れた自分は、すべてを失った気がしました。言葉も分からない私は、日本の社会との壁も感じました。しかし、またゼロから始めればいいという楽観的な考えがあったから、カギとなる日本語を学ぶ気持ちが強まりました。<br />
<br />
<strong>・情報収集</strong><br />
まず、以下の情報収集を行いました。統一試験の内訳は、日本語４００点、数学２００点、理科２００点となっています。また、志望大学毎に出題の傾向などが異なるので、各大学に問い合わせて、過去問を郵送してもらいました。<br />
<br />
<strong>・日本語</strong><br />
点数の比重（５割）が高く、全体に大きな影響を与えます。日本語試験は読解（２００点）と聴解（２００点）の二部構成となっています。読解を解く上でスピードが大事なポイントです。普段の勉強も、だらだら読むのではなく、制限時間内で問題を解く感覚を掴むとよいと思います。聴解においては、同じＣＤでも繰り返し聞いて、復唱できるまで練習することを薦めます。<br />
<br />
<strong>・数学＆理科</strong><br />
統一試験対策として、日本の高校数学＆理科の問題集を解くといいでしょう。問題集は１、２冊で十分間に合います。繰り返し解くことを薦めます。試験範囲は数学Ⅱまでですが、志望大学の個別入試となると、数学Ⅲまで入る場合もあります。中国の高校では数Ⅲが未修のケースが多く、早い段階から習得し、練習を積むことが必要です。<br />
<br />
<strong>・個別面接</strong><br />
オファーをゲットする最後の障壁です。全体の３割程度の重みではないかと思います。つまり、統一試験と大学別筆記試験の成績は７割。見られるポイントは４つあって、マナー、日本語力、論理性、情熱と私は考えます。実際には、どうして日本に来ようとしたのか、大学で何を学びたいのか、将来学んだことをどう生かすのか、どうしてうちの大学を選んだのか、などを聞かれました。<br />
<br />
<strong>・スケジュール</strong><br />
統一試験は年２回、６月と１１月に実施されます。私立の個別選考は９月から始まります。国立は１、２月に選考を始めるのが一般的です。私立大学志望の場合、無論６月の統一試験のスコアが必須となります。国立一本の学生も６月の試験で自分の課題を見つけて、１１月までさらに磨きを掛けることを勧めます。<br />
<br />
<strong>＜最後に＞</strong><br />
<br />
言うまでもなく、どの大学に入れるかは、就職のみならず、一生に影響する大きなことです。早い段階から計画立てて、実行するといいと思います。ご合格の朗報を願っています。<br />
</div>
]]></description>
         <link>http://www.rtnproject.com/2011/09/vol2.html</link>
         <guid>http://www.rtnproject.com/2011/09/vol2.html</guid>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">63)留学生入試合格体験記</category>
        
        
         <pubDate>Wed, 14 Sep 2011 01:45:50 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>更新情報9月12日</title>
         <description><![CDATA[<p>
海外生活体験者・社会人インタビューvol.112をアップしました。<br />
<a href="/2011/09/vol112_1.html">http://www.rtnproject.com/2011/09/vol112_1.html</a>
</p>
]]></description>
         <link>http://www.rtnproject.com/2011/09/912_1.html</link>
         <guid>http://www.rtnproject.com/2011/09/912_1.html</guid>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">2010)ニュース</category>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">ニュース・イベント</category>
        
        
         <pubDate>Mon, 12 Sep 2011 21:22:55 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>海外生活体験者・社会人インタビューvol.112</title>
         <description><![CDATA[<div class="sectionh2">
<table class="layout2">
	<tbody>
		<tr>
			<td>
			<img src="http://www.rtnproject.com/50/img/interviewees_s_112_2_profile.JPG" alt="interviewees_s_110_profile.jpg" width="150" height="113" />
			</td>
			<td>石田眞さん。大学教員。現職は早稲田大学大学院法務研究科教授。早稲田大学大学院法学研究科博士課程修了後、東京大学社会科学研究所助手時代の１９７８年―７９年の１年間、イギリスのロンドン大学高等法学研究所（ＬＳＥにも所属）に留学。その後、名古屋大学法学部助教授時代の１９８５年―８６年の１年間、アメリカのハーバード大学エンチン研究所に招致研究員として滞在、８６年―８７年には、ミシガン大学ロースクールに客員研究員として滞在した。その他にも、１９９１年―９２年にかけて、イギリスのウォーリック大学法学部に客員教授として６ヵ月滞在した経験をもつ。</td>
		</tr>
	</tbody>
</table>
</div>
<br />
<div class="h3_body">
<strong>イギリスの雇用契約の歴史<br />
<br />
―助手時代、イギリスではどんな研究をされていたのですか？</strong><br />
<br />
イギリス雇用契約の歴史に関する博士論文を執筆するための基礎的な研究を行っていました。イギリスの歴史研究を行うにあたって、当時の日本では第一次資料や特殊な第二次資料が手に入りにくかったので、現地に行って研究を遂行してみようと思い立ちました。現地では、予想以上に多くの資料や情報を収集できました。また、LSEでは、大学院の労働法のゼミにも参加しましたが、そこでは、イギリスにおいて労働者・雇用者間の雇用契約をどのように講義し、研究しているのか、確認することができました。<br />
<br />
<strong>―研究のテーマをイギリスの雇用契約の歴史とした理由は何ですか？</strong><br />
<br />
雇用契約に興味を持ったからですが、なぜ雇用契約に興味を持ったかというと、企業組織と従業員との結び付きをどのように捉えるのかに関心があったからです。そして、究極的には、組織と契約の関係を法的に考察することで、社会の特質・実態を把握できるのではないかと考えていました。<br />
<br />
イギリスを選んだ理由ですが、これはやや便宜的な理由です。博士論文では外国法の研究をしなければならないという不文律のようなものがありました。したがって、どうしてもイギリスの研究がしたかったというよりも、たまたま選択したイギリスの研究がおもしろくなってしまったというのが正確なところかもしれません。<br />
<br />
<strong>―やはり現地で研究したからこそ得られた成果もありますよね。</strong><br />
<br />
イギリス人が労働法や雇用契約をどのように考えているのか、法に内在する考え方や論理をより深く理解することができたことが成果だと思っています。１７世紀の市民革命の時代から、産業革命を経て、そして現代に至るまで歴史を研究したのですが、やはりイギリス人なりの視点に接近できたことが大きかったと思います。日本で生活し、日本の教育をずっと受けてくると、どうしても日本の視点からしか分析できなくなるのですね。<br />
<br />
少し具体的に言いますと、イギリスは階層によって明確に規律が分かれています。これは、「自由」とか「対等」というような理念の下で、雇用契約を抽象的に捉える考え方とは大きく異なります。理論と歴史的な軌跡の乖離が興味深かったところです。<br />
<br />
<strong>グローバル化の時代に</strong><br />
<br />
<strong>―海外での経験は今も生きていますか？</strong><br />
<br />
もちろんです。帰国後、２、３年かけて論文を執筆しましたが、イギリスの地で勉強したことの成果は、自分のベースになっています。まだまだ駆け出しの若い研究者であった頃に、ロンドン大学やBritish Libraryで、多数の文献を、しかも無料で閲覧できたことは貴重な経験です。<br />
<br />
加えて英語圏に一年間身を置くことができたことも、語学の勉強という意味で良い勉強になりました。帰国後しばらくしてから、アメリカに行く機会に恵まれたのですが、言葉の問題では随分と楽になりました。例えば、講義を英語で聞き理解することができるだとか、日常会話をドギマギせずに行うことができるとか、そういったことがスムーズにできたことが大きな前進でした。<br />
<br />
イギリスに行った当初は、日常会話って本当に難しいと思いました。特に電話の受け答えは難しい。用件を正確に把握しなければならないというプレッシャーもありますし、自分の知らない単語を話されると理解できないので困りました。自分の専門については、単語が分からなくても専門知識から推察することができるのですが、日常会話は、推察なんてできませんからね。ですから、１年間イギリス生活の中で言葉で苦労したことで、徐々に分からないことを分からないと言うゆとりをもつことができました。これは場数を踏まないとできないことだと思います。<br />
<br />
<strong>―その経験から、どのようなことを学生に伝えていらっしゃいますか？</strong><br />
<br />
今はグローバル化の時代と呼ばれて久しい状況です。だからこそ、日本のことをもっと知り、海外の人に発信できる人材になってほしいと思います。私はアメリカに２年間滞在していたのですが、そのときは日本のことを本当にたくさん話しました。相手もアメリカの事情を話すので、そうやって各々の国の違いをぶつけ合うことでコミュニケーションを取っていったのです。私は日本の労働法学者としてアメリカに行きましたから、当然相手のアメリカ人も日本の労働法学者として私に接してきます。ここで、きちんと伝えることができるかが、信頼関係にもつながるのです。<br />
<br />
<strong>―グローバル化が進めば進むほど、自国内に目を向けていかなければならないということでしょうか。</strong><br />
<br />
そうですね。日本にいる間に、日本のことをきちんと学んでおくこと。別に分野は何でもいいのです。関心分野を深く学び、それを国際言語すなわち英語で表現し、ディスカッションできればいいのです。<br />
<br />
<strong>想像力から共感力へ</strong><br />
<br />
<strong>―石田先生が一番大切にしていること、あるいは座右の銘は何ですか？　例えば、学生が卒業するときに送る言葉はなんでしょうか？</strong><br />
<br />
大切にしていることはたくさんありますよ（笑）　学生に送る言葉としては、『「一寸の虫にも五分の魂」を忘れるな』というのがあります。人間は多様ですし、価値観も様々です。国際社会では、とりわけこの点が強調されますが、国内であっても重要さは変わりません。だからこそ、想像力がキーポイントになります。<br />
<br />
相手のことを考え過ぎても、考え過ぎることはありません。複雑で難しい人間関係をうまく取り結んでいくためには、想像力を膨らませながら、相手のことを考えることが重要だと思います。どこまでなら理解できて、どこからだと軋轢に変わってしまうのか。想像力は失敗しながらでないと、身につけることができない力です。自分の想像力の範囲よりも広いところに身を置くことで、自分自身を成長させていくべきでしょう。<br />
<br />
想像力を鍛えていくと共感する力がついてきます。この共感する力こそ、人間関係を生み出し、強く互いを結びつけていくものなんですね。相手のことを理解しているかでなく、共感しているのか。これが重要です。想像力と共感する力には完成形がないので、いつも発達のプロセスにいると思って日々の生活をするといいのではないでしょうか。<br />
<br />
<strong>学ぶことを止めない</strong><br />
<br />
今までの話をまとめると、第一に、グローバル化が進めば進むほど国内を見なければならないこと、第二に、日本で生活している間に日本のことを、自分の関心分野で構わないからしっかり学び、それを国際言語で伝え・議論できるような力を蓄えておくこと、第三に、第二のことと関係しますが、ひとつの分野でいいから専門分野を深く勉強することですね。<br />
<br />
<strong>―専門分野も大切ですよね。</strong><br />
<br />
せっかく大学にいるのですから、専門分野にしっかり取り組んでほしいと思います。<br />
<br />
<strong>―法律を学ぶ学生が考えなければならないことはなんでしょうか？</strong><br />
<br />
たくさんありますね（笑）　たとえば、法は正義だとよく言われますが、本当にそうなのかというような問題です。法はそれ自体が正義を体現しているから、それは正当なものと考えられうるのかというと、私はそうではないと思っています。むしろ、法は変わりうるから正当性がある。しかし、法学部の学生が勉強している法の解釈は、現状の法律を前提しますので、すぐにその正当化作業になってしまうのです。こういった問題について真剣に考えない場合、法が全てだと思いこんでしまうかもしれません。これは非常に良くないことですから。柔軟な発想をもって取り組むこと、そのためにも学ぶことは止めないでください。<br />
<br />
<strong>―本日はありがとうございました。</strong><br />
<br />
<strong>University of London ：</strong><br />
<a href="http://www.lon.ac.uk/">http://www.lon.ac.uk/</a><br />
<strong>Harvard University ：</strong><br />
<a href="http://www.harvard.edu/">http://www.harvard.edu/</a><br />
<strong>University of Michigan ：</strong><br />
<a href="http://www.umich.edu/">http://www.umich.edu/</a><br />
<strong>University of Warwick ：</strong><br />
<a href="http://www.rtnproject.com/2008/02/post_21.html">http://www.rtnproject.com/2008/02/post_21.html</a><br />
<br />
<strong>インタビューアから一言</strong><br />
<br />
石田先生の優しい人柄に安心感を覚えながら、インタビューさせていただきました。先生の柔らかな口調と明確な意見のコントラストに魅了されたという感じです。人間関係をうまく取り結びながら、他者に共感しようと努めることを深く学びました。「将来、自分の価値観に合致した生き方ができるといい、人はそれぞれ違うのだから。またこれから先行きが不透明な時代だと言われるが、視点を変えれば、一番楽しい時代に生きることができるのだから、楽しめばいい。」という前向きなコメントも印象的でした。ご多忙の中、時間を割いていただき感謝しています。
</div>
<table class="layout2">
	<tbody>
		<tr>
			<td>
			<img src="http://www.rtnproject.com/50/img/interviewers_g_146_profile.jpg" alt="interviewees_s_251_profile.jpg" width="150" height="113" />
			</td>
			<td>神谷貴大。１９８９年愛知県生まれ。現在、中央大学法学部政治学科３年。大学２年のときにJICA Vietnam法整備支援プロジェクトのインターンシップに参加。The Asian law Student Association（ALSA）に所属しており、現在は１１のALSA加盟国・地域の法学生を日本に招き、学術活動・文化交流活動・全体総会を行うAsian Forumを主催。企画の副委員長を務める。ゼミでは国際政治と現代思想を学んでいる。また塾講師として主に小中学生の指導にもあたる。</td>
		</tr>
	</tbody>
</table>
]]></description>
         <link>http://www.rtnproject.com/2011/09/vol112_1.html</link>
         <guid>http://www.rtnproject.com/2011/09/vol112_1.html</guid>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">50)インタビュー</category>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">5000)社会人インタビュー</category>
        
        
         <pubDate>Mon, 12 Sep 2011 21:00:22 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>海外生活体験者・社会人インタビューvol.111</title>
         <description><![CDATA[<div class="sectionh2">
<table class="layout2">
	<tbody>
		<tr>
			<td>
			<img src="http://www.rtnproject.com/50/img/interviewees_s_112_profile.jpg" alt="interviewees_s_110_profile.jpg" width="150" height="113" />
			</td>
			<td>倉石知美さん。１９８７年生まれ。長野県出身。小学校、中学校と地元の公立校で過ごし、高校はアメリカのNY州にあるEastchester High Schoolに３年間通い、卒業。その後帰国し、日本外国語専門学校フライトアテンダント・エアライン科・グランドスタッフ専攻へ入学。２００８年１１月にANAエアサービス東京へ入社し、現在成田空港でグランドスタッフとして勤務中。</td>
		</tr>
	</tbody>
</table>
</div>
<br />
<div class="h3_body">
<strong>アメリカ生活あれこれ<br />
<br />
―高校３年間アメリカでの生活を経験なさっていますが、そこでの一番の思い出はなんですか？</strong><br />
<br />
学校ではソフトボール部とバレーボール部に所属しており、とても楽しかったです。妹が同じ部に所属していましたが、日本人は他にいませんでした。外国人との交流は、スポーツありきだったと感じています。また、wellness campを通じて、日本人の友だちと出会ったことで、他の州の、他の高校の日本人との輪も広がりました。卓也くんと出会ったのもそれがきっかけでしたね！　他には、アメリカ国内を家族でたくさん旅行しました。フロリダのディズニーワールドは本当に楽しかったです。なんと言っても規模が違いますね！<br />
<br />
<strong>―逆にアメリカで辛かった思い出は何かありますか？</strong><br />
<br />
勉強&hellip;&hellip;ですね。初めての海外で、日本にいる頃から英語は一番の苦手科目でした。最初は本当に困りました。身の回りの全てが英語だったのは本当に辛かったです。会話はもちろんできませんし、外国人の笑いの観点などもわかりませんでした。授業についていくのと、毎日の膨大な宿題をこなすので必死でした。テストも結構ありましたから。<br />
<br />
<strong>社会人への一番の近道を考えた<br />
<br />
―帰国後、日本外国語専門学校へ入学されたとのことですよね。帰国生は帰国入試で大学受験をする方が大多数だと思うのですが、そのなかで専門学校へ行くことを選んだのはなぜですか？</strong><br />
<br />
大学で４年間勉強する意味がよくわからなかったと言いますか、単純にその四年間をイメージできなかったからです。帰国する前から早く社会人になりたくて、その時興味のあった職種が、グランドスタッフの仕事かホテル業界の仕事でした。英語にも関係があるような仕事に興味があったのです。<br />
<br />
そんなとき、父親から専門学校の存在について教えてもらいました。教員である父の教え子が、当時日本外国語専門学校に通っており、その話を聞くことで、自分の中ですごく興味が強まりました。帰国後はすぐにオープンキャンパスに行きました。入学のためのテストはありませんでしたが、奨学金のためのテストは受けました。そのため、帰国入試用の予備校には一切通いませんでした。社会人への一番の近道を見つけたというところですね。<br />
<br />
<strong>―他の帰国生のなかで一人だけ違う選択をしたことに関して、抵抗感はなかったのですか？</strong><br />
<br />
ありませんでした。アメリカの大学に進学することも考えました。ただ、それも同じで、大学へ行ってまでやりたいこともなかったため、やはり社会人になろうと思いました。現地の大学へ行っていたらどうなったでしょうね？（笑）<br />
<br />
<strong>―一般の大学を卒業して航空会社へ務めるのはやはり厳しいのですか？</strong><br />
<br />
大学からの就職はわかりませんが、日本外国語専門学校では、面接の対策や履歴書の添削など、支援は全力でしていただきました。授業も、エアライン業界で元々働いていた方が先生だったので、業界で働くに際しては、学ぶことがとても多かったです。さらに、英語も重点的に勉強しました。TOEICの点数をあげるために勉強しました。PCの資格取得もしました。ちなみに、日本外国語専門学校の当時の就職率はほぼ１００％でした。エアライン科だからといって、みんながエアライン業界へ行ったわけではなく、ホテル業やアパレル業など、就職先は様々です。<br />
<br />
<strong>―専門学校ではどのような生活でしたか？</strong><br />
<br />
先ほど、PCの資格を取得したと言いましたが、その他にもビジネスマナーを勉強しました。秘書検定も取得しましたし、手話、韓国語、スペイン語なども勉強しました。ペン字なんかもやりましたね（笑）<br />
<br />
<strong>―専門学生と大学生との一番の違いはどのような部分だとお考えですか？</strong><br />
<br />
その当時は、大学生の生活に対する知識といいますか、イメージが全くなかったので、全然わかりませんでしたが、逆に社会人になってから大学生に感心しました。みなさん４年間しっかりと勉強されていたのだと感じました。<br />
<br />
<strong>―と言いますと？</strong><br />
<br />
大学卒の方を見てそう思うのです。私は２０歳で入社したので、学生気分が抜けきれていませんでした。しかし、大学を卒業した方々は入社時からしっかりしているように見えました。仕事を覚えるのも早ければ、先輩スタッフや上司の方とのコミュニケーションの取り方も上手です。<br />
<br />
大学生は４年間も何をやっているのだろうと、未だに思う部分はありますが、私は大学へは行くことはとても良いと思います。充実した時間がもてると思います。勉強だけではなく、サークルもいいですよね。そういうところで、人付き合いの術を学ぶのでしょうか。<br />
<br />
<strong>空港は国の扉ですもの！</strong><br />
<br />
<strong>―そもそも航空会社へ勤めたいと思われたのはいつ頃からですか？　何かきっかがあったのですか？</strong><br />
<br />
私は長野出身です。そのため飛行機に乗ることがありませんでした。しかし、アメリカへ行くことで飛行機を利用する機会が増え、チェックインやPCでの作業をしているグランドスタッフの姿がとても格好良く見えました。華やかで、一目惚れのような部分はありましたよ。それに加え、せっかくアメリカで語学を猛勉強したわけですから、英語に携われる仕事がしたいという思いもありました。<br />
<br />
<strong>―素人目だと、やはり女性&times;航空会社＝CAみたいな部分があるのですが、グランドスタッフを志望したのはなぜですか？　CAになりたいとは一度も思ったことがないのですか？</strong><br />
<br />
CAになりたいとは一切思いませんでした。飛行機にいれば、お客様と接する時間は密ですが、やはり地上で働いていることで様々な方と出会えます。上を飛んでいるよりも、その点がとても魅力的でした。あとは、パソコンも触りたかったのです！（笑）　そういう意味で、本当にＣＡには全然興味は向きませんでした。<br />
<br />
また、自分がいろいろな国を周ることよりも、自分がいろんな国からの人を迎える側でありたかったのです。私自身がそうであったからだと思いますが、慣れない空港という場所で親切にしてもらえると、日本もいい国だなと思っていただけると思います。国の扉ですもの！<br />
<br />
<strong>―グランドスタッフの主な仕事内容を教えていただけますか？</strong><br />
<br />
専門用語等があるので、うまく説明できるかわかりませんが、全力を尽くします！（笑）　　一部にはなると思いますが&hellip;&hellip;、まずは、チェックイン業務ですね。お客様のパスポートの確認をしたり、お荷物をお預かりしたり、搭乗券を発行したりします。おそらく皆さんが一番イメージするグランドスタッフの仕事ですよね。チケットは当日も購入できるので、発券カウンターでサポートを行ったりもします。<br />
<br />
フライトコントローラーという仕事もあって、いろいろな情報処理を行います。座席の調整を行い、場合によってはお客様に席の移動をお願いすることもあります。他にも、預けた荷物が搭載されているか等の情報処理を行ったり、乗車率に合わせて機内食の量を調整したり、情報伝達したりします。<br />
<br />
到着便に対する事前準備もします。飛行機にお手伝いが必要なお客様が何人搭乗されているかを確認し、到着ゲートで円滑な対応ができるようにします。実際ゲートでは、ベビーカーを用意したり、お客様のお荷物をお預かりしたり、急患の方の対応をする場合もあります。搭乗案内のアナウンス、ラウンジでの接客業務、オフィスでの事前準備など、その他にも本当にさまざまな仕事があります<br />
<br />
<strong>多くの「ありがとう」をゲットする<br />
<br />
―入社以来、何か辛い経験はありましたか？</strong><br />
<br />
お客様とのFace　to　Faceの対応が一番神経を使います。その方にあったサービスで対応しなくてはならないのです。沢山の質問をされるお客様もいて、正直なところ私の知識や対応力では充分でない場合もあります。実際に、自分の誤った案内でお客様を不快にさせてしまうこともありました。それは本当にあってはならないことですし、そうなった際にはしっかりと上司に相談をします。<br />
<br />
<strong>―仕事中、一番やりがいを感じるのはどのような場面ですか？　また、グランドスタッフとして何か大切にしていることはありますか？</strong><br />
<br />
ありきたりかもしれませんが、「ありがとう」と仰っていただけるのが一番うれしいです！　最初は機嫌が悪そうな方でも、手続き終了時に笑顔で「ありがとう」と言ってくださると、とてもうれしくなります。そう多く言っていただけることではないので、時折いただける「ありがとう」という言葉は、最高にうれしいです！　自分としても、その人に合った対応ができたという達成感と自信に繋がりますしね。<br />
<br />
もう一つは、日本人の方も含め、いろいろな国籍の方と出会えることが魅力だと思います。普通に日本で暮らしていたら、日本人としか接する機会しかありませんが、空港は本当に様々な国籍の方々が出入りします。友だちになるという話ではありませんが、その方の日本への滞在の一部に私がなっていると思うと、大きなやりがいに繋がります。<br />
<br />
<strong>―今後もグランドスタッフとしてキャリアを積んでいくと思うのですが、そのうえで何か目標としているものはありますか？</strong><br />
<br />
対応しているお客様全員の満足に繋がる業務はできていないので、一人でも多くの方に満足していただけるよう、ただただ自分の業務レベルや質を上げたいと思っています。より多くの「ありがとう」をゲットするためにも！（笑）<br />
<br />
<strong>―やはり航空会社は夢のある企業だと私は思います。今後航空会社への就職を希望する方へ何かアドバイスをいただけますか？</strong><br />
<br />
語学力は大きなメリットになります。英語はもちろんですが、中国語等、たくさんの言葉ができると対応力が上がると思います。海外からいらっしゃる方は不安を抱えていることも多いです。言葉でのアプローチは、安心感につなげるためにとても効果的なのです。<br />
<br />
また、早番や遅番などがあり、生活は不規則なため、体調管理は本当に大切です。そしてなんと言っても、常に見られている仕事なので、身だし並みには気を配れると良いと思います。他にも、人の話を親身に聞いてあげられる人は、この仕事に向いていると思います。本人にとってもやりがいになると思います。<br />
<br />
<strong>Eastchester High School ：</strong><br />
<a href="http://www.eastchester.k12.ny.us/district2/schools/highprofile.htm">http://www.eastchester.k12.ny.us/district2/schools/highprofile.htm</a><br />
<br />
<strong>インタビューアから一言</strong><br />
<br />
アメリカで過ごした高校生活で知り合いになった倉石知美さんにインタビューを依頼しました。今回のインタビューを通して、今までぼんやりとしか理解していなかったグランドスタッフの仕事内容がよくわかりました。また、CAではなく、グランドスタッフとして航空会社で働く魅力について、個人的に興味を持っていたので、すごく参考になりました。インタビューを快く受け入れていただき、本当にありがとうございました。
</div>
<table class="layout2">
	<tbody>
		<tr>
			<td>
			<img src="http://www.rtnproject.com/50/img/interviewees_s_249_profile.jpg" alt="interviewees_s_251_profile.jpg" width="150" height="113" />
			</td>
			<td>浅野卓也。１９８９年東京生まれ。小学校、中学校と地元の公立校に通う。０４年、９年生の開始に合わせ渡米。アメリカコネチカット州のGreenwich High Schoolを卒業後、帰国する。現在は早稲田大学教育学部複合文化学科に在籍し、３年目を迎える。第２外国語はスペイン語を選択。課外活動ではゴルフサークルに所属し、年２回のリーグ戦に向けて、日々練習を重ねている。</td>
		</tr>
	</tbody>
</table>
]]></description>
         <link>http://www.rtnproject.com/2011/09/vol111.html</link>
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                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">50)インタビュー</category>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">5000)社会人インタビュー</category>
        
        
         <pubDate>Fri, 09 Sep 2011 17:30:00 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>更新情報9月9日</title>
         <description><![CDATA[<p>
海外生活体験者・社会人インタビューvol.111をアップしました。<br />
<a href="/2011/09/vol111.html">http://www.rtnproject.com/2011/09/vol111.html</a>
</p>
]]></description>
         <link>http://www.rtnproject.com/2011/09/99_1.html</link>
         <guid>http://www.rtnproject.com/2011/09/99_1.html</guid>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">2010)ニュース</category>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">ニュース・イベント</category>
        
        
         <pubDate>Fri, 09 Sep 2011 17:30:00 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>更新情報9月5日</title>
         <description><![CDATA[<p>
海外生活体験者・学生インタビューvol.146をアップしました。<br />
<a href="/2011/09/vol146.html">http://www.rtnproject.com/2011/09/vol146.html</a>
</p>]]></description>
         <link>http://www.rtnproject.com/2011/09/95.html</link>
         <guid>http://www.rtnproject.com/2011/09/95.html</guid>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">2010)ニュース</category>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">ニュース・イベント</category>
        
        
         <pubDate>Mon, 05 Sep 2011 18:40:27 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>海外生活体験者・学生インタビューvol.146</title>
         <description><![CDATA[<div class="sectionh2">
<table class="layout2">
	<tbody>
		<tr>
			<td>
			<img src="http://www.rtnproject.com/50/img/interviewees_g_146_profile.jpg" alt="interviewee_g_143_profile.jpg" width="150" height="113" />
			</td>
			<td>小川雄さん。愛知県出身。地元の中学校に入学して１年が過ぎた０４年５月、インディアナ州Seymour Middle Schoolに編入。０５年８月にSeymour High Schoolに入学し００７年１月日本に帰国後、愛知県豊田西高校に編入した。０９年４月に中央大学法学部国際企業関係法学科に入学。大学入学後はタイのNGOでインターンシップを行ったり、インドのマザーハウスでボランティアをしたりと、積極的に活動の幅を広げている。学生団体であるアジア法学生協会にも所属し、他大学との交友関係も広くもつ。</td>
		</tr>
	</tbody>
</table>
</div>
<br />
<div class="h3_body">
<strong>―本日は、インタビューに応じてくれて、ありがとうございます！</strong><br />
<br />
私なんかでいいなら、いつでも答えますよ（笑）　でも何を聞きたいの？<br />
<br />
<strong>―今日は、子供の頃の話やアメリカ生活を振り返って、今感じていること、そして、今現在持っている将来の夢や目標、その実現のために大切にしていることをお聞きしたいと思っています。</strong><br />
<br />
なんだか深いですね。。。<br />
<br />
<strong>―（笑）　そんな堅苦しくならず、ありのままを取材したいと思っていますよ！<br />
<br />
日本人に戻ることを許された日<br />
<br />
―さて、アメリカでの思い出はどんなことがありますか？　聞かれて最初に思いつくことは何ですか？</strong><br />
<br />
そうですね。週に一回日本人学校で、日本人の友人と日本語を話すことですね。一週間に一度だけ、「日本人に戻ることを許された日」という感じがして、楽しみでした。<br />
<br />
<strong>―ということは、普段は現地校に通っていたのですね？</strong><br />
<br />
そうです。私以外には日本人はいませんでした。登下校で一緒にバスに乗り、一緒にランチを食べ、一緒に授業を受けるのは、大抵アメリカ人。もう、生きていくためには、英語の習得が必須でした。今思うと、かなり実用的な語学力を身につけたのですから、非常に恵まれた環境だったと思います。<br />
<br />
<strong>―アメリカのクラスメートは日本人の小川くんを毛嫌いしたということはありませんでしたか？</strong><br />
<br />
それは全然ありませんでしたね。いい友人に恵まれたと思います。もともと多様な人種の人々が生活する国ですから、違和感は少なかったのでしょうし、日常の会話やコミュニケーションもとれていました。１年が過ぎた頃には、自分の両親よりも英語が上手に話せていましたので、両親と一緒にホームパーティーに行くのが恥ずかしかったぐらいです。<br />
<br />
<strong>―それはどういうことですか？</strong><br />
<br />
つまり、自分の方がうまく話すことができるのに、両親の英語のレベルと同じレベルだと相手方は勘違いしてしまうのです。それがもどかしかった。いわゆる反抗期だと思います（笑）<br />
<br />
<strong>―なるほど。</strong><br />
<br />
<strong>広大なトウモロコシ畑が広がる</strong><br />
<br />
でも、やはり両親には感謝していることが多いです。父は普通のサラリーマンですが、私を自然の中で遊ばせようと配慮してくれました。カナディアンロッキーやイエローストーン国立公園に連れて行ってくれましたから。自然に対する親近感はここで培われたなぁと思います。<br />
<br />
そもそも、私がいたインディアナ州は、車を持っていないと生活できないほどの田舎で、広大なとうもろこし畑が広がっている場所です。この生活環境も自然への親近感を養ってくれたと思いますよ。アメリカは、ニューヨークのような都会というイメージを持っていましたが、実際には田舎もある。アメリカの広さ、多様性を強く実感することができました。<br />
<br />
<strong>―そういう環境の中で、小川くんの感性は磨かれていったのですね。</strong><br />
<br />
<strong>アメリカ人は自己主張が激しい？</strong><br />
<br />
<strong>―アメリカでの生活を通して、自分が変わったと思うことはどんなことでしょうか？</strong><br />
<br />
引っ込み思案でなくなったこと！　幼少期は静かで、言われたことを素直にやる子供でした。自分でいうのも変だけど、育てやすい子だったと思います（笑）　でも、アメリカに行ってからは、自己主張をしないと生きていけない生活になったので、奮闘しました。泣くことはなかったですけどね（笑）<br />
<br />
こうした生活を通して、集団の中での自分の立ち位置を見極めようという姿勢が生まれたと思います。今は自己主張しよう、今は意見を言うのを控えようと判断するようになったので。<br />
<br />
「アメリカ人は自己主張が激しい人たち」と考えている日本人が多いように思うけど、それは単純に考えすぎだと思います。実際には自己主張が苦手な子供だっています。確かに、学校や先生は自己主張をすることを求めてくるけれど、全員それができるわけではないのです。私はそういう教育環境の中で、自分なりの自己主張の仕方を確立していったと思います。<br />
<br />
<strong>―それはおもしろい視点ですね。「○○人は○○な人だ」と単純化した方が分かりやすいと思います。しかし、それはその人自身を見ようとしない考えなのだと、話を聞いて思いました。</strong><br />
<br />
ずばり！　その通りだと思います。異なる人を受け入れるということの出発点は、ここにあると思っています。どんな人かを見ようとせずに判断することは、非常に危険な考え方のように思いますね。<br />
<br />
<strong>羊のもふもふ感に囲まれて</strong><br />
<br />
<strong>―インタビューを通して小川くんの過去を取材してきましたが、ではここから未来のことを聞きたいと思います。単刀直入に聞きますが、将来の夢は何ですか？</strong><br />
<br />
将来の夢は漠然としているのだけど、国際開発や国際協力に関わる分野に進みたいと考えています。やはり、アメリカで生活した経験が大きく影響しているように感じます。とりわけ、国際開発の中の社会開発、特に教育分野に関心があります。この点は、大学２年次にタイの貧困村落に行ったこと、インドに１か月行ったことに起因していると思います。貧困地域の生活水準を上げること、そのために人材を育てることの大切さを痛感しました。<br />
<br />
<strong>―なるほど。国外に視点を置いているのですね。</strong><br />
<br />
確かに海外に興味がありますよ。でも円満な家庭を築くのも夢なのです。実はここも私としては非常に大切にしているところです（笑）<br />
<br />
<strong>―円満な家庭ですか！？　国際協力というグローバルな規模から一転して、ドメスティックな夢を示してくれましたね（笑）</strong><br />
<br />
私の両親はとても仲が良くて、今も週に１回か２回はどこかへ遊びに行っているようです。ハイキングに出かけたり、イチゴ狩りに行ったり、潮干狩りをやったり、とても楽しそうなのです。こんな夫婦仲に自分もなりたいと思います。<br />
<br />
あと、羊飼いにも興味がありますね。。。<br />
<br />
<strong>―えっ！？　また奇抜な（笑）</strong><br />
<br />
友だちからもよく笑われます。でも、私は本気ですよ！　あのもこもこした体毛を全身で感じつつ、巧みに牧羊犬を操り、アルプスの大自然のもとで暮らす羊飼いというライフスタイルには、強い魅力を感じています。羊のもふもふ感に囲まれて毎日癒しとのんびりとした生活を営むことをやってみたいと思います。<br />
<br />
<strong>―なるほど、もふもふ感ですか（汗）</strong><br />
<br />
すいません、突拍子もない夢を挙げてしまって。しかも、これら３つには相関性はあまりないですね（笑）　具体的には、まだ
